大罪的百合は如何にして成るか 作:モラトリアム末期
そして夏の季語は百合。
七つの大罪のほぼすべてを兼ね備えている私だが、しかし嫉妬だけは縁遠い人間――だった、はずである。
嫉妬らしい嫉妬を覚えたのは、幼い頃に友人が持っていた玩具を羨ましく思った程度だ。
それ以降は、自分の才能に不自由したことがなかったから、そんなちっぽけな感情を抱く必要もなかった。
そんな私だが、高校に入学してから一人の少女と出会った。
桜味名雪。
名前通りの桜色のサイドテールに、雪のように白い肌。整った顔立ちをしている。少し吊り気味の目元のせいで、第一印象は「気の強そうな子」――それだけだった。
実際、そういう一面もあった。
けれど、席替えで隣になってからは、それだけではないことを知る。
「柳ってさ、頭いいんだからもっと熱中できること見つけたら? 部活とか入ってないんでしょ」
五月の中旬、昼休みのことだった。
二段弁当を開けていると、彼女はそんなことを言い出した。
「そうだけど、そんなに駄目なの」
「スポーツでも創作でも、ここが使えるだけで有利なんだから。それじゃ宝の持ち腐れよ」
そう言って、名雪は人差し指で自分の頭を軽く叩く。
「……特にやることもないから、家に帰って勉強するの。まあ、してもしなくても大して変わらないけど」
「なら、うちの部活来る?」
そうして私は文芸部へ入部した。
彼女が文芸部だったことは、そのとき初めて思い出したくらいで、少し意外だった。
けれど放課後に戸を叩いた部室で一人、静かに小説を読み進める彼女の姿は絵になっていて、その光景を見た瞬間、納得もした。
「柊さんってさ、桜味さんといるとき楽しそうだよね。いつも無表情なのに、ちょっと嬉しそうっていうか」
中学三年間、一度も崩さなかったポーカーフェイス。
その私が、彼女といるときだけ頬を緩めているらしい。
友人に指摘されるまで気づかなかったのだから、やはり普通ではなかったのだろう。
彼女のことを人として好ましく思っているのは確かだ。
だが、それだけで一緒にいると気が緩むものなのだろうか。
真の意味で分かり合えた友人なんて、今まで一人もいなかった。
口では親友と呼び合っていても、それは世間的な呼称にすぎない。理解者ではなかった。
もし彼女がそうであるなら、私はどうするのだろう。
いや、そもそもこれは私がそうあってほしいと願っているだけの、一方的な感情だ。
だから、何か行動したところでどうにかなる類のものではない。
「では私たち4組の出し物は、『ロミオとジュリエット』の演劇に決まりました。賛成の人は拍手を」
文化祭の出し物が決まったのは七月上旬。
ロミオ役に選ばれたのは、名雪だった。
「ねえ、私ジュリエットやりたいかも。桜味さん、かっこよくない?」
「わかるー」
女子校特有なのかは分からない。
男っ気がない環境だからか、彼女に王子様のような格好良さを見出した何人かが盛り上がっていた。
「では次にジュリエット役ですね。希望者は挙手をお願いします」
上がった手は五つ。
「重要な役なので、一人ずつ意気込みをお願いします。では、柊さんから」
「はい」
私は負けた。
結局は多数決だ。
どれだけ内容が良くても、クラスに馴染めている人間が勝つのは当然だった。
それでも、どうにも煮え切らない思いが残る。
「城崎さん、許せないんだけど」
「もう決まったことなんだから諦めなさい。……そんなにジュリエットやりたかったの?」
「いや、別に」
「じゃあなんでよ」
怒っている理由は――。
いや、それは明確に「羨ましい」という感情だった。
幼い頃以来、久しく覚えていなかった感情。
私は他のどんな大罪を内に秘めていようと嫉妬だけは薄い人間だったはずなのに。
それなのに、どうして今こんなにも激情を抑えられないのだろう。
部室のエアコンが肌寒い。
「あ、こら。読めないでしょうが」
読書中の名雪に抱きつく。
彼女は冷え性で、触れ合った肌はひんやりと冷たかった。
私はすぐに離れた。
エアコンを消してから、自分も小説を開く。
◆
どうやら私は、独占欲というものが強いらしい。
夏休みに入ると、ロミオ役の名雪は頻繁に演劇の練習へ駆り出されるようになった。
主役なのだから当然だ。
一方の私は、ロミオに毒薬を売る薬屋役。
出番はまだ先なので、最近彼女と会えるのは文芸部の部室だけだった。
「夏休みは小説を書くか、読書感想文を提出すること。どっちを選んでもいいけど、コンクールにも出すからそこは考えてね」
夏休み前、部長はそう簡潔に説明していた。
私は小説を書いたことがない。
だから読書感想文を選んだ。
彼女が書いた小説を読んで、それについて感想を書くつもりだった。
「あのね、嬉しいけど、感想文って出版されてる本限定なの」
そう本人に言われた。
結局、彼女おすすめのミステリーとサスペンスを読むことになった。
「面白かったけど、犯人の動機だけは共感できなかった」
「……なら、それを書きなさいよ」
「あと、私ならこのトリックはもう少し見破られにくくする。例えば毒を化学反応で別の物質に分解されるようにして、検出を難しく――」
「あーもう、うざっうざっ。本当にうざい。そういう読み方するものじゃないから。何を思うかは自由だけど、それを私に言わないで。ぞわぞわする」
寒さに身震いしたように名雪は自身の両肩を抱いた。
提出用の感想文はすぐに書き終わった。
あとは、ロミオ役の彼女が部室にいられるこのわずかな隙間時間をどう過ごすかだった。
「それは何を書いてるの」
「恋愛もの。これ書き上げて、あとで部長に感想聞かなきゃいけないから急いでる」
「ふぅん」
クラスの演劇練習までに区切りのいいところまで書くらしい。
説明すると、名雪はキーボードを打つ速度を速めた。
「私にも見せて」
「部長のあとでね」
「嫌。最初は私がいい」
名雪は手を止めて、こちらを見た。
「……柳、あんた見かけによらず独占欲とか強そうね」
独占欲。
恋愛で使われる言葉だった気がする。
独り占めしたいという欲求と、「最初」を譲りたくない今の私の感情は、少し違うように思えた。
「……ほとんど一緒でしょ」
口に出ていたようで、呆れた表情の名雪にそう言われた。
私はどうやら、独占欲というものが強いらしい。
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