大罪的百合は如何にして成るか   作:モラトリアム末期

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三大欲求

私は食欲旺盛だ。

 

男子高校生並みに食べる。少なくとも、男子中学生の弟の倍は腹に入る。

消化器官が強いのか、テレビの大食いタレントのように食べ続けても平気だ。

普段から二段弁当なのも、そのためである。

 

「ねえ、まだ食べるの? せっかくショッピングモールに来たのに、ほとんどあんたのスイーツ巡りなんだけど……」

 

「名雪も食べる?」

 

カップアイスを一さじすくって差し出す。

 

「いらない。甘いものは別腹っていうけど、さすがに限界だから」

 

名雪はげんなりした表情で首を横に振った。

私は桜味名雪と最近できたばかりのショッピングモールに来ていた。

 

せっかくだからと目についたデザートを片っ端から食べ歩き、そのたびに彼女へ勧めていたのだが、どうやら付き合わせるのもそろそろ限界らしい。

 

「映画でも観に行く?」

 

名雪はホラーが苦手だと言うので、上映中だった恋愛映画を選ぶことになった。

 

「ちょっと、まだ食べるの……?」

 

売店でポップコーンを注文しようと列に並ぶと、名雪が呆れたようにため息をつく。

 

「映画館に来てポップコーンを食べないなんて、ありえない」

 

私はコンソメ味のLサイズを注文した。

 

商品を受け取ったところでちょうどトイレから戻ってきた名雪が、信じられないものでも見るような目で私から一歩距離を取った。

 

私からすれば、その反応のほうがおかしい。

 

映画だけを楽しむなら家でも観られる。

映画館だからこそ味わえるものといえば、大画面と音響、そしてポップコーンだ。

それを楽しまないのは、映画館という場所の利点を半分ほど捨てているように思えた。

とはいえ趣向も、食思も人それぞれだ

私は私の暴食のままに生きるだけだ。

 

 

映画の内容は、特に語るようなこともなかった。

主人公の男がわりとクズだったことくらいしか覚えていない。 つまり、さほど面白くなかったので、中盤以降の記憶がほとんどないのだ。

 

「嘘、あんた途中で寝てたでしょうが」

 

「いっぱい食べると眠くなるんだもん」

 

ポップコーンは血糖値が上がりにくいとはいえ、今日はさすがに暴食を重ねすぎた。

軽いシエスタを取ったことで気分はすっかり快調になった私は、映画の感想を語りたそうにしている名雪の手を引いて、家へ向かった。

もうすぐ十五時になる。

つまり、おやつの時間だ。

 

「ただいまー」

 

「お邪魔します」

 

両親は仕事でいない。 リビングでは弟がテレビゲームをしていた。

 

「げっ、姉ちゃんだ」

 

「弟の和良、勉強しないでゲームしちゃ駄目なのにルール破ってやってる」

 

「勝手に言いふらんしてんじゃねーよ」

 

しっしと手を振る弟、いくつかスナック菓子と飲み物を取って自室へ向かった。

 

「……なんとなく想像はついてたけど、掃除はいつしてるの?」

 

「してないよ」

 

「はあ?」

 

名雪は私の王城とも呼べるこの空間がお気に召さなかったようだ。

たしかに服は床に散らかっているし、お菓子のゴミも落ちている。

しかし怠惰であることには無問題だ。

この家に私に注意できる者は存在しない。

たまに弟が漫画を借りに来たついでに片付けていくが、私からすれば寝られれば何でもいい。

ベッドの上だけはもう一つの諸事情もあって秩序を保っている。

 

「ほら、ここは安全だから」

 

ぽんぽんとベッドの隣を指し示してやると、名雪は死んだ魚のような目で私を見下ろした。

 

「はあ……」

 

ため息を吐いた彼女は、跪くように身を屈めると、床に落ちていたお菓子のゴミを拾い、ゴミ箱へシュートした。

そのまま使用人のように、床に落ちているものを一つずつ片付けていく。

私はそれを無言で見つめていた。

名雪も喋らず、機械のようにそのまま作業を続けた。

 

 

「ねえ、これは何?」

 

二週間ぶりにフローリングが見えるようになった頃、名雪がそれを発見した。

持ち手のボタンを押す。 すると、機械が振動を始めた。

 

「マッサージ機?」

 

「あ、うん。そうなの」

 

合っている。 合っているけど……本当にそれで合っているなあ。

用途も、間違っていない。

彼女がそれを突然こちらへ投げてくるので、私は慌ててキャッチした。

抗議の視線を向けると、名雪は疲れ切った顔で口を開いた。

 

「どこかの誰かさんが、自分の部屋なのに掃除もしないから疲れた」

 

「おつかれさま」

 

「他人事みたいに観察して、あんたも手伝いなさいよ」

 

「何も言われなかったし、私はあのままでよかったし」

 

頭を叩かれた、最近よくされるけど全然痛くない

彼女が意図して加減しているのはわかりきっているし相変わらず優しいとも思う。

私はそんな彼女の甘さに漬け込んでいる。

 

「……マッサージしてほしいんだけど」

 

「エッ、これで?」

 

「そう言ってるでしょ」

 

隣に座った彼女が、私を見上げるようにこちらを向く。

できないの?

そんなふうに労いを求める彼女を、私が断る理由はなかった。

 

うつ伏せになった彼女の肩にマイクサイズのマッサージ機を押し当てていく。

 

「ん」

 

別に艷やかな声が響いたり、実際の行為に繋がったりはしないことは重々承知している。

その上で下を向く彼女に跨るような体勢でいることに、この図に、私は背徳感を覚えずにはいられなかった。

私は三大欲求が強い。

よく食べ、

よく寝て、

よくそういうこともする。

それらの欲求は七つの大罪のうち3つも占めているのだから人へ与える影響は凄まじいものだ。

気付けば息が荒くなり始めていた。

エアコンをつけているというのに身体が熱い。もし聞かれても夏バテってことにして誤魔化そうと思った。

 

「かたい、ね?」

 

「硬いに決まってるでしょ、そうじゃなきゃ頼まな、い……んっこれ小さいのに結構振動強いんだけどっ」

 

私が出力を上げたからだ。

嗜虐心を煽るようなことを言うのはこれで最後にしてほしい。

あまりに興奮するとラインを越えてしまいそうだった。

たまに漏らす声に色気はなかったが、名雪が声を上げたというその事実だけで私には十分だった。

 

コンコン

ノックは返事を待たず、扉が開かれる。

 

「姉ちゃん、ゲーム飽きたから漫画貸してー」

 

振り向けば弟が扉を開けて呆然としていた。

 

「お…」

 

「お?」

 

「お大事に!」

 

バタンと、扉が閉じ弟が床を駆ける音が聞こえる。

 

「ぶふっ」

 

笑いが堪えきれなかった。

気分が高揚していたのを弟にベクトルから変えられてしまった。

それにしてもお大事にって……意味わかんない

 

「あっはっはっは、あーおなかいたい」

 

「……?あんた弟も変なのね」

 

「んー私よりは普通だよ」

 

「そうでしょうね」

 

何も分からずにいる友人を見ていると、なんだか微笑ましく思えた。

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