大罪的百合は如何にして成るか 作:モラトリアム末期
柊柳は私にとって変わった友人だ。
よく食べ、よく寝て、
最近は私の膝の上に座り、私の書いた恋愛小説を読んでいる。
なんとも奇妙な光景だ。
この高校に入らないか、入っても彼女を文芸部に誘わなければこうはなっていなかっただろうと思えば感慨深い、そんな気もする。
夏休みも終わりに近いというのに部室で2人、文化祭の演劇練習もなければそうしていた。
飼ったことはないけれど、猫みたいであまり強く引き剥がせない。
背丈は彼女の方が高いため、その分の体重が私に伸し掛かっていた。
おまけに私が半身をずらさなければ柳の背中しか視界に映らず、まともに作業も出来ない。
休憩中の今だから許しているようなものだった。
あつい、温かいというよりはそうだ
いくらエアコンが効いている部室であれ夏なのだ。
本来べったりと人2人でいるべきでないことは明白だった。
「ね、名雪はこういう人が好きなの?」
ふと柳は問いかけてきた。
それは私が書いた恋愛小説についてだろう。いくつも書いたそれを柳の方から読みたいと言ってきたのに毎度感想はくれない。
ひょっとしなくてもつまらなかったのだろうかと不安だった。
自分が面白いと思って書いたものでも他人にとっては線の塊になることは中学から書き始めた私でも知っていた。
だから彼女から作品について聞かれたことに少し嬉しくもあった。
それでつい語りすぎてしまったのだ。
「そうね、しっかりしていて私の話を聞いてくれる人が好み。でも普通過ぎても一緒にいて飽きちゃうかもしれないから話が面白いといい。疲れたときは私が相槌して彼が話す、そういう関係って素敵だと思わない?」
「あーうん」
柳の返事からはあまり伝わっていないように感じられた。
だからつい言い訳じみたことまで付け足した。
「言っとくけど、趣味嗜好ばかりを作品に詰め込んだわけじゃないから」
「ふぅん」
私は何か間違いを言っただろうか。
若干不満気に聞こえる声だ。
しかし柳の考えなど私に推し量ることが出来るはずもない。
今は気にしないことにした。
「それで、どう。面白かったそれ」
「わかんない、もやもやする」
「そう」
やはり主人公を自分自身に当てはめすぎては私情が混じってよくなかったかもしれない。
柳はこれでいて繊細な感性の持ち主だ、美術でも先生にはベタ褒めされている。
その彼女が言うのだからこれは私の妄想でしかない駄文に違いないのだろう。
「はあ」
ため息がこぼれたが今の私にその資格はないはずだった。
人に時間を使わせて読んでもらっている。
それなのに手掛けた作品への反応は芳しくない。
そのことに私とあの人との差を強く感じた。
◆
「ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」
体育館によく響く声だった。
ジュリエット役の城崎かなでの演技は迫真のもので、それに応える名雪のロミオも完成されていた。
「ただ一言、僕を恋人と呼んでください。さすれば今日からはもうロミオではなくなります」
今日は通しの練習だ。
私の役はこのシーンに出てこないので、口を挟むことも毒を盛ることもできない。
何故ジュリエットがロミオと結ばれるのか、途中からそのことについてばかり頭の中を駆け巡っていた。
運命だから、両思いだから。
そんな理由で簡単に、二人は一緒になってしまうのか。
いや、そもそも最後は2人とも死ぬのだから厳密には結ばれてはいないのではないか。
事実、家柄という障害が2人の恋愛を見事に防いでみせている。
「柊さん、出番」
学級委員の、誰だったか眼鏡をした子が教えてくれた。
しかし元はといえばこの眼鏡が多数決ではなく強引にでも私を推薦してさえいれば私はジュリエットだったではないか。
本当に重要なのはやはり当人間ではなく、周囲の方であったかもしれない。
認められさえすればたとえロミオが女だろうが貧しかろうが恋は実る。
しかしそれは前提からしておかしい。
そうはならないから二人の婚約は認められないという話なのだから。
二人は結局想い叶わず心中するわけだが、私からしてもそれは賛成だ。
欲しいものが手に入らないくらいならそれは世界のほうが間違っている。
「見れば、それほどの貧苦にさいなまれていて、貴様まだ死ぬのが怖いのか!」
「売ります、売りますからどうかお赦しください!」
ロミオに本物の毒薬を売り渡すのは貧困に苦しむ薬屋だ。
人を殺せるものを売れば死刑になると、最初は拒否するのだがロミオに金で脅されて陥落する。
正直ここだけの場面なのに自分の演技すらも情けなく感じてしまうのは配役のせいだと思いたい。
私は大抵のことには才能に富んでいるし、基本無表情を貫くポーカーフェイスだってやろうと思えば変化させられる。
「ジュリエット……君の元へ行くよ。体が死を迎えても、僕たちの愛は不滅だ」
私の売った毒薬を飲みほしたロミオが満足そうに地に伏した。
ざまあない
愛が不滅だとかキザなことを宣ううちは恋に過ぎないのだ。
「ロミオ……すぐに追いつくわ。わたくしたちの愛は永遠に続くの……」
舌打ちは必至であった。
羨ましい、私もあんなドブネズミじゃなくてジュリエットがよかった
練習がひと通り終わるとスポーツドリンクを飲んだロミオ、じゃなかった名雪が私の方へ近寄った。
「よかったわよ、主役に負けないくらい。正直あんたがジュリエットやりたがったのも納得の技量よ」
「ありがと、そっちこそ名演技だったよ」
素直に褒められて嬉しい。
一場面の端役でしかないというのに彼女は私を見てくれていたようだ。
「たしかに柊さんの演技はまるで経験者のようでしたね」
おさげの茶髪が四角い眼鏡をくいと上げて言った、委員長だ。
「ありがとう眼鏡ちゃん、やっぱわかる人には私の抑えられない魅力がわかっちゃうんだよねー」
「眼鏡ではなく加藤です、それと魅力的だったかと言われると流石に。役が役ですので」
「あんだとぅ」
よくよく考えればこの女は委員長の座を利用してちゃっかりローレンスというこの演劇の中では良い奴に当たる役を手にしている。
やっぱり敵じゃないか
「喧嘩ふっかけないの」
頭を叩かれた、勿論名雪の手だ。
ちっとも痛くない
慣れ親しんだ彼女の手のひらがついでとばかりに私を撫でた。
「んにゃへへへ」
「どうして私には懐いたのかしら」
ほんと猫みたい、そう呟くと名雪は手を離してしまった。もう少しの間触れてほしかったと思うのは私の強欲だろうか。