キミとアイドルプリキュア♪~魂と輝き~   作:Ryo02913

16 / 16
今回少し書き方変えてみました。こっちの方が読みやすい、前回までの方がいい等あれば感想で教えていただきたいです。


第16話 届かぬ光

 

――喫茶グリッター

 

「大変です!」

店の扉が開くと同時に、こころの声が響いた。

 

「うわっ!」

 

カウンターでグラスを拭いていた響が顔を上げる。

 

「何だよ、いきなり」

 

「響さん! それどころじゃありません!」

 

こころはスマートフォンを手に、店の奥へ駆け込んでいった。その後ろからななも入ってくる。

 

「うたちゃん、これ見て!」

 

「どうしたの?」

 

うたが二人へ近づくと、こころはスマートフォンの画面を見せた。

そこには、アイドルプリキュアの三人がステージで歌っている動画が映っていた。

 

「えっ!? これ、この前のステージじゃん!」

 

「そうなんです! またネットにアップされてるんです!」

 

「コメントもいっぱい来てるよ」

 

ななが画面を指さす。

うたがコメントを読んでいくと、どれも三人の歌やダンスを褒めるものばかりだった。

 

「すごーい! みんな喜んでくれてる!」

 

「アイドルプリキュア、ますます人気ですね!」

 

「嬉しいなぁ!」

 

三人が喜んでいると、テーブルの上にいたプリルンが胸を張った。

 

「みんなに見てほしかったプリ!」

 

その一言で、うたの動きが止まった。

 

「……プリルン?」

 

「プリ?」

 

「もしかして、また動画をアップしたの?」

 

「みんなのキラキラを広めたかったプリ!」

 

「もう! 勝手にアップしちゃダメって言ったでしょ!」

 

 

「プリ~!」

うたに頬を引っ張られ、プリルンが助けを求めるように手を伸ばす。

少し離れたところでは、メロロンが不満そうに腕を組んでいた。

 

「ねえたまに何するメロ!」

 

「だってプリルンが!」

 

「ねえたまは悪くないメロ!」

 

「いや、今回はプリルンが悪いだろ」

 

響が横から口を挟む。

 

「何でメロ!?」

 

「本人に許可取ってねぇんだから」

 

「お兄ちゃんの言うとおりだよ!」

 

「……お前も少し落ち着け」

 

響はため息をついた。

まったく、朝から騒がしい。

しかし、動画を見て喜んでいるうた達の様子を見ると、悪いことばかりでもないらしい。

 

「皆さん、お話し中のところ失礼します」

 

そこへ田中がやってきた。

その手には一枚の書類がある。

 

「実は、アイドルプリキュアの皆さんにお仕事の依頼が届いています」

 

「お仕事?」

 

「はい。はなみちタウンフェスへの出演依頼です」

 

「ええっ!?」

 

うたが驚いて声を上げた。

はなみちタウンフェス。

毎年開催される町の大きなイベントで、音楽やダンスなど、さまざまな催し物が行われる。

その中でも、メインステージに出演するのは特に注目を集めているアーティストだった。

 

「そこに、私達が?」

 

ななが目を丸くする。

 

「はい。ぜひアイドルプリキュアの皆さんに、ライブをしていただきたいとのことです」

 

「すごいです! 大きなステージですよ!」

 

こころが目を輝かせる。

 

「どうしますか? もちろん、お断りすることもできますが」

 

田中の問いかけに、三人は顔を見合わせた。

大勢の人の前で歌う。

今まで以上に多くの人が、自分達のステージを見てくれることになる。

うたは胸の前で拳を握った。

 

「やりたい!」

 

「私も」

 

「もちろんです!」

 

三人の答えに、田中が微笑む。

 

「承知しました。それでは、出演をお引き受けしましょう」

 

「やったー!」

 

うた達が喜ぶ横で、プリルンも両手を上げた。

 

「みんな、頑張るプリ!」

 

「何言ってるの、プリルン」

 

「プリ?」

 

うたはプリルンを両手で持ち上げた。

 

「プリルンも一緒に頑張るんだよ!」

 

「プリルンも?」

 

「当たり前だよ! プリルンだって、アイドルプリキュアの大切なメンバーなんだから!」

 

プリルンは目を見開いた。

 

「メンバー……」

 

ななも頷く。

 

「いつも私達を支えてくれてるもんね」

 

「プリルンがいなかったら、私達はここまで来られませんでした!」

 

こころも笑顔で言った。

プリルンはしばらく三人の顔を見ていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。

 

「嬉しいプリ! プリルンもいっぱい頑張るプリ!」

 

「ねえたま、よかったメロ!」

 

メロロンが嬉しそうに抱きつく。

そんな様子を見ていた響が、口元を緩めた。

 

「よかったじゃねぇか」

 

「響さんも応援してくださいね」

 

田中に言われ、響は頷いた。

 

「ああ。まあ、俺にできることがあればな」

 

すると、うたが振り返った。

 

「そうだ! みんなで特訓しよう!」

 

「特訓?」

 

「ライブを大成功させるために!」

 

「いいね」

 

「心キュンキュンです!」

 

三人の視線が田中へ向く。

 

「田中さん! 特訓メニュー、お願いします!」

 

「私ですか?」

 

「マネージャーなんだから!」

 

田中は少し考えたあと、静かに頷いた。

 

「分かりました。では、皆さんのために特別なメニューを用意しましょう」

 

その表情を見て、響は嫌な予感がした。

 

「……ほどほどにしてやれよ」

 

しかし、その言葉が田中に届いたかは分からなかった。

 

 

――翌日・海岸

 

「それでは、特訓を始めます!」

 

田中の声が砂浜に響いた。

うた、なな、こころは運動着に着替えて並んでいる。その横にはプリルンとメロロンもいた。

少し離れた場所で、響が腕を組んで見守っている。

 

「最初は体力作りです」

 

田中が指さした先には、大きなタイヤが並んでいた。

 

「……タイヤ?」

 

うたが首を傾げる。

 

「こちらを引きながら、砂浜を走っていただきます」

 

「ええっ!?」

 

「ライブには体力が必要です。最後まで笑顔で歌い続けられるよう、基礎から鍛えましょう」

 

「なるほど……!」

 

こころが拳を握る。

 

「燃えてきました!」

 

「私は少し不安かも……」

 

ななが苦笑する。

 

「大丈夫! みんなで頑張ろう!」

 

うたが元気よく答えた。

やがて三人は、それぞれタイヤにつながれたロープを腰に巻いた。

 

「よーい、始め!」

 

田中の合図で走り始める。

しかし、砂に足を取られ、思うように進めない。

 

「お、重い……!」

 

「これは……結構大変だね……」

 

「まだまだです!」

 

三人が必死に走る横では、プリルンも小さな身体でロープを引っ張っていた。

その先には、メロロンが乗った小さなそりがある。

 

「ねえたま、頑張るメロ!」

 

「頑張るプリ!」

 

「プリルン、無理しないでね!」

 

うたが声をかける。

 

「平気プリ! プリルンもメンバープリ!」

 

その言葉を聞いて、響は目を細めた。

昨日からずっと、あいつは同じことを言っている。

よほど嬉しかったらしい。

 

「響さんもいかがですか?」

 

突然、田中に声をかけられた。

 

「……俺?」

 

「はい。皆さんと一緒に体力作りを」

 

「いや、俺はアイドルじゃねぇだろ」

 

「健康のためにもよい運動になりますよ」

 

「俺は遠慮しとく」

 

即答した響を見て、うたが不満そうな顔をした。

 

「お兄ちゃんだけずるい!」

 

「何がだよ」

 

「一緒に走ろうよ!」

 

「お前らの特訓だろ」

 

「応援するって言ったじゃん!」

 

「応援と参加は別だ」

 

しかし、うたは諦めなかった。

結局、響も予備のタイヤを引くことになった。

 

「……何でこうなるんだよ」

 

その言葉を聞いたななが、疲れた顔のまま笑った。

 

「響さんも頑張って」

 

「ああ……」

 

それからも特訓は続いた。

タイヤ引きが終われば、次はファンサービスの練習だった。

 

「笑顔、決めポーズ、ウインク。これらを繰り返し練習します」

 

「ファンサ千本ノックですね!」

 

こころが目を輝かせる。

 

「千本って……」

 

響は思わず田中を見る。

 

「本当に千回やるつもりか?」

 

「皆さんの様子を見ながら調整します」

 

その答えを聞き、響は少し安心した。

だが、三人はすでにやる気になっていた。

 

「キラッキランラン!」

 

うたが笑顔でポーズを決める。

 

「素敵です!」

 

「次はウインクだね」

 

ななが片目を閉じる。

 

「さすがななちゃん!」

 

「今度は私です!」

 

こころも勢いよくポーズを決めた。

その横でプリルンも挑戦している。

 

「プリルンもやるプリ!」

 

しかし、両目を同時に閉じてしまった。

 

「……できないプリ」

 

「ねえたま、かわいいメロ!」

 

メロロンが嬉しそうに手を合わせる。

 

「いや、今のは失敗だろ」

 

響が言う。

 

「ねえたまは何をしてもかわいいメロ!」

 

「はいはい」

 

響はそれ以上何も言わなかった。

どうやら、メロロンに何を言っても無駄らしい。

その後も、うた達は何度もポーズを繰り返した。

最初は元気だった三人も、時間が経つにつれて疲れが見え始める。

それでも、誰一人として途中でやめようとはしなかった。

 

「もう一回!」

 

うたが言う。

 

「うん」

 

ななが頷く。

 

「まだまだいけます!」

 

こころも笑顔を見せた。

そんな三人を見て、響は少しだけ感心していた。

戦うときもそうだが、こいつらは本当に諦めが悪い。

それが強さなのかもしれない。

やがて夕方になり、田中が特訓の終了を告げた。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

「終わったぁ……」

 

うたが砂浜へ座り込む。

ななも隣に腰を下ろした。

 

「疲れたね……」

 

「でも、充実した一日でした!」

 

こころはそう言いながらも、肩で息をしている。

プリルンはというと、すでにメロロンの腕の中で眠っていた。

 

「ねえたま、頑張りすぎメロ……」

 

「一番張り切ってたからな」

 

響が覗き込む。

プリルンの寝顔は満足そうだった。

 

「……本当に嬉しかったんだな」

 

響が小さく呟く。

その言葉に、うたが頷いた。

 

「うん。プリルン、ずっと楽しそうだった」

 

「そうだな」

 

響は眠っているプリルンを見た。

誰かに必要とされる。

それがどれだけ嬉しいことなのか、響にも少しは分かる気がした。

 

 

――その日の夜

咲良家の廊下。

うたは水を飲もうと部屋を出たところで、奥から小さな声が聞こえることに気づいた。

 

「プリ……」

 

「ん?」

 

そっと覗いてみると、プリルンが鏡の前に立っていた。

何度も片目を閉じようとしている。

しかし、うまくいかないらしい。

 

「プリルン?」

 

「プリ!?」

 

驚いたプリルンが振り返る。

 

「うた、起きてたプリ?」

 

「それはこっちの台詞だよ。何してるの?」

 

「ウインクの練習プリ」

 

「こんな時間に?」

 

プリルンは少し恥ずかしそうに俯いた。

 

「プリルンも、みんなみたいに上手になりたいプリ」

 

「プリルン……」

 

「今日、すごく楽しかったプリ」

 

プリルンは顔を上げた。

 

「みんなと一緒に頑張れて、嬉しかったプリ。プリルンもアイドルプリキュアのメンバー

だから、もっともっと頑張りたいプリ!」

 

うたはしばらくプリルンを見つめていた。

そして、優しく笑った。

 

「ありがとう、プリルン」

 

「プリ?」

 

「私も嬉しいよ。プリルンと一緒に頑張れるの」

 

うたはプリルンの隣にしゃがんだ。

 

「でも、今日はもう寝よう? 明日も練習があるんだから」

 

「分かったプリ!」

 

プリルンは元気よく頷いた。

うたはそんなプリルンを抱き上げ、部屋へ戻っていった。

 

 

――翌日・レッスンスタジオ

 

「わあ……!」

 

うたが広い部屋を見回す。

田中が用意したレッスンスタジオには、大きな鏡が並んでいた。

 

「今日は歌とダンスを中心に練習します」

 

「すごい! 本格的だね!」

 

ななが鏡の前に立つ。

 

「これなら細かい動きまで確認できますね!」

 

こころも嬉しそうだった。

一方、響は部屋の入口から中を覗いていた。

 

 

「……なあ、田中さん」

 

「何でしょう?」

 

「この家、どこまで広いんだ?」

 

「必要な設備は一通り揃えております」

 

「いや、そういう問題じゃ……」

 

響は途中で言葉を止めた。

今さら考えても仕方がない。

田中のことだから、何か事情があるのだろう。

 

「みんな、ちょっと待って!」

 

うたが鞄を開いた。

中から取り出したのは、リボンで飾られた二本のスプーンだった。

 

「プリルン! メロロン!」

 

「プリ?」

 

「何メロ?」

 

「二人にプレゼント!」

 

うたはスプーンを差し出した。

 

「お揃いのスプーンマイクだよ!」

 

「マイクプリ!?」

 

プリルンが目を輝かせる。

 

「これでプリルンも一緒に歌えるプリ!」

 

「そうだよ!」

 

メロロンはスプーンを見つめた。

 

「メロロンにも……?」

 

「もちろん! 二人とも一緒に歌おう!」

 

「……別に、メロロンは」

 

そう言いかけたメロロンだったが、嬉しそうにスプーンを持つプリルンを見ると、言葉を止めた。

 

「ねえたまが喜んでるなら、もらってあげるメロ」

 

「素直じゃねぇな」

 

響が小さく呟く。

 

「何か言ったメロ?」

 

「別に」

 

うた達は練習の準備を始めた。

三人がブローチを掲げ、光に包まれる。

キュアアイドル、キュアウインク、キュアキュンキュン。

変身を終えた三人は、鏡の前に並んだ。

 

「それじゃあ、始めよう!」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

プリルンが二本のスプーンを見せながら声を上げた。

 

「プリルンも頑張るプリ!」

 

音楽が流れ始める。

三人は息を合わせて踊り始めた。

アイドルが笑顔で手を伸ばし、ウインクがそれに応える。

キュンキュンも二人の動きに合わせて身体を動かす。

何度も繰り返してきた練習のおかげか、三人の動きは以前より揃っていた。

 

「いい感じじゃねぇか」

 

響が壁際で呟く。

 

「そうですね」

 

田中も満足そうに頷いた。

しかし、曲が終わると、こころが首を横に振った。

 

「もう一回お願いします!」

 

「こころ?」

 

「最後のところ、少し遅れてしまいました!」

 

「そうかな?」

 

「はい! もっと揃えられるはずです!」

 

その言葉を聞き、うたが笑った。

 

「じゃあ、もう一回!」

 

「うん!」

 

三人は再び位置についた。

プリルンもスプーンを握りしめる。

 

「みんな、頑張るプリ!」

 

響はその様子を見ていた。

疲れているはずなのに、誰も嫌な顔をしていない。

むしろ、練習するたびに楽しそうになっている。

……よくやるな。

響は小さく笑った。

 

 

――チョッキリ団

 

「……やはり、素晴らしいですな」

 

カッティーは一人、端末の画面を見つめていた。

そこに映っているのは、アイドルプリキュアのライブ映像だった。

何度見ても飽きない。

特にキュアアイドルの笑顔は、見ているだけで妙な気分になる。

 

「むふぉふぉ……」

 

カッティーは画面へ顔を近づけた。

 

「何を見てるんだい?」

 

背後から声がした。

 

「チョッキリーヌ様!?」

 

慌てて画面を隠す。

 

「べ、別に何も見ておりませんぞ!」

 

「怪しいねぇ」

 

「これは、その……猫の動画ですぞ!」

 

「猫?」

 

「癒やしを求めておりまして……」

 

チョッキリーヌは呆れた顔をした。

 

「そんなことしてる暇があるなら、さっさとキラキラを奪ってきな!」

 

「しかし、自分は少々体調が……」

 

「だったらザックリーに行ってもらうよ」

 

その言葉に、部屋の隅から弱々しい声が聞こえた。

 

「……ザックリ、今日は無理っす……」

 

見ると、ザックリーが毛布をかぶって横になっていた。

チョッキリーヌは再びカッティーへ向き直る。

 

「というわけで、アンタが行きな!」

 

「そんな……!」

 

カッティーは肩を落とした。

できれば、もうアイドルプリキュアとは戦いたくない。

だが、チョッキリ団の一員である以上、命令に逆らうこともできない。

 

「……仕方ありませんな」

 

重い足取りで、カッティーは出撃した。

 

 

――はなみちタウン

 

「さて、どこからキラキラを奪いますかな……」

 

町を歩きながら、カッティーは周囲を見回していた。

しかし、どうにも気が進まない。

頭に浮かぶのは、あの三人の笑顔ばかりだった。

特に、先日の出来事。

キュアアイドルに頼まれ、思わず鍵を渡してしまった。

あのときの笑顔を思い出すだけで、胸の奥に妙な感覚が広がる。

 

「……自分は何を考えているのですぞ」

 

カッティーは頭を抱えた。

そのとき、少し離れた建物から明るい歌声が聞こえてきた。

 

「む?」

 

顔を上げる。

そこから、強いキラキラが感じられた。

 

「これは……!」

 

カッティーは建物へ近づいた。

窓から中を覗くと、そこにはアイドルプリキュアの三人がいた。

 

「なっ!?」

 

思わず声を抑える。

三人は何度も歌とダンスを繰り返していた。

うまくいかない部分があれば話し合い、すぐにやり直している。

その表情は真剣だった。

カッティーは黙って見つめた。

いつも華やかなステージで笑っている三人。

その裏で、こんなにも努力していたとは思わなかった。

 

「……なるほど」

 

カッティーの表情が変わる。

 

「だから、あれほどまでに輝いているのですな……」

 

気づけば、画面で見たときと同じように、三人の姿から目が離せなくなっていた。

特にキュアアイドル。

何度失敗しても、笑顔で仲間を励ましている。

 

「……自分は」

 

カッティーは胸元へ手を当てた。

そこに、今まで感じたことのない温かさがあった。

 

「こんなものを、奪わなければならないのですかな……」

 

そう呟き、カッティーは建物から離れた。

これ以上見ていたら、戦う気持ちまで失ってしまいそうだった。

 

「……困りましたぞ」

 

町外れの公園まで来たところで、カッティーは足を止めた。

 

「自分はチョッキリ団。キラキラを奪うのが役目……」

 

そう言い聞かせても、胸の奥に生まれた感情は消えない。

そのときだった。

 

『……不要な光だ』

 

低い声が響いた。

カッティーの身体が強張る。

 

「ダークイーネ様……!?」

 

足元から闇が広がっていく。

 

『お前の中に、キラキラが生まれている』

 

「そ、それは……!」

 

『光など必要ない』

 

黒い闇がカッティーの身体へ絡みつく。

 

「お、お待ちください!」

 

逃れようとするが、身体が動かない。

 

『すべてを闇に染めよ』

 

「ダークイーネ様ぁぁっ!」

 

カッティーの姿が闇に飲み込まれた。

やがてそこに現れたのは、巨大な怪物だった。

 

 

――レッスンスタジオ

 

「もう一回、最初からやろう!」

 

アイドルが声をかけた。

 

「うん!」

 

「お願いします!」

 

三人が位置についた、そのときだった。

 

「ブルッときたプリ!」

 

プリルンが突然顔を上げた。

 

「プリルン?」

 

「真っ暗闇の気配プリ!」

 

その言葉に、三人の表情が変わる。

響も壁から身体を起こした。

 

「……来たか」

 

「どっち?」

 

アイドルが尋ねる。

 

「向こうの公園プリ!」

 

「行こう!」

 

三人はすぐに走り出した。

 

「響さん!」

 

こころが振り返る。

 

「ああ、俺も行く」

 

響もその後を追った。

 

 

――公園

 

「何、あれ……」

 

公園へ着いた三人は、目の前の光景に足を止めた。

巨大な怪物が木々をなぎ倒していた。

人型の身体に大きな腕。

その姿は、これまでのマックランダーともクラヤミンダーとは明らかに違っていた。

 

「マックランダー……?」

 

ウインクが呟く。

 

「でも、何か違います!」

 

キュンキュンも警戒する。

怪物がこちらを向いた。

 

「カッ……ティン……ダー……」

 

その姿には、どこか見覚えがあった。

 

「まさか……」

 

「中にカッティーがいるプリ!」

 

 

プリルンが叫んだ。

 

「えっ!?」

 

アイドルが怪物を見上げる。

 

「カッティーなの!?」

 

「プリ! 闇に包まれてるプリ!」

 

「……あいつ本人が取り込まれてんのかよ」

 

響はポケットから死神代行証を取り出した。胸元へ押し当てると、肉体から魂が抜け出す。

黒い死覇装をまとった響は、背中の斬月を抜いた。

 

「なら、下手に斬れねぇな」

 

響はカッティンダーを見上げた。相手の動きを止めるにしても、中にいるカッティーを傷つけないようにする必要がある。

 

「まずは動きを止めるぞ!」

 

「うん!」

 

アイドルが前へ出る。

 

「カッティー! 私達が助けるから!」

 

しかし、カッティンダーは答えなかった。

巨大な腕を振り上げる。

 

「危なぇ!」

 

響が叫ぶ。

四人は左右へ散った。

腕が地面を打ち砕き、足元の土が大きくえぐれる。

 

「なんて力……!」

 

ウインクが息を呑む。

 

「こいつ……今までの奴とは違うぞ」

 

響は斬月を構え直した。

カッティンダーが再び腕を振る。

 

『ウインクバリア』

 

ウインクが障壁を展開した。

しかし、怪物の腕が触れた瞬間、障壁に亀裂が走った。

 

「そんな……!」

 

障壁が砕かれ、ウインクの身体が後方へ弾き飛ばされる。

 

「ウインク!」

 

アイドルが駆け寄ろうとする。

だが、カッティンダーが進路を塞いだ。

 

「邪魔させるか!」

 

響が横から踏み込む。

斬月を振り抜き、怪物の腕を弾いた。

しかし、次の瞬間には反対の腕が迫っていた。

 

「くっ……!」

 

刀を立てて受け止める。

そのまま押し込まれ、響の足が地面へ沈んだ。

重い。

今までのクラヤミンダーとは比べものにならない。

 

「響さん!」

 

「俺はいい! 蒼風を!」

 

「はい!」

 

キュンキュンが前へ出た。

 

『キュンキュンレーザー!』

 

光がカッティンダーの肩に命中する。

だが、怪物はほとんど動じなかった。

 

「効いてない……!?」

 

キュンキュンが驚く。

その隙に響は刀を傾け、腕を横へ受け流した。

 

「うた! 今だ!」

 

「うん!」

 

アイドルが地面を蹴る。

 

『アイドルグータッチ!』

 

光をまとった拳が怪物の胸へ命中した。

カッティンダーの巨体がわずかに後ろへ下がる。

しかし、倒れない。

 

「えっ……!?」

 

アイドルが目を見開いた。

次の瞬間、怪物が腕を振り抜いた。

 

「アイドル!」

 

響が飛び込む。

斬月で腕の軌道を変えようとしたが、勢いを殺しきれなかった。

響とアイドルの身体がそれぞれ反対方向へ吹き飛ばされる。

響は地面に刀を突き立て、何とか体勢を立て直した。

 

「……ふざけた力しやがって」

 

肩に痛みが走る。

それでも刀を構え直した。

少し離れた場所では、アイドルが立ち上がろうとしていた。

 

「アイドルプリキュア、頑張るプリ!」

 

プリルンが必死に声を張り上げる。

 

「みんななら勝てるプリ!」

 

メロロンも隣で応援していた。

 

「ねえたま、大丈夫メロ! 四人は強いメロ!」

 

「そうプリ!」

 

プリルンは拳を握った。

だが、目の前では三人が次々と追い込まれていく。

ウインクのバリアは破られた。

キュンキュンのレーザーも通じない。

響も斬月で何度も攻撃を防いでいるが、押され続けていた。

 

「……プリ」

 

プリルンは自分の手を見る。

今日まで、みんなと一緒に特訓してきた。

自分もアイドルプリキュアのメンバーだと言ってもらえた。

だから、みんなの力になりたかった。

けれど、今は応援することしかできない。

 

「……プリルンも」

 

プリルンは顔を上げた。

 

「プリルンも戦うプリ!」

 

「ねえたま!?」

 

メロロンが驚く。

プリルンはその制止を聞かず、カッティンダーへ向かって走り出した。

 

「プリルン!?」

 

アイドルが振り返る。

 

「何やってんだ! 戻れ!」

 

響が叫んだ。

しかし、プリルンは止まらなかった。

 

「みんなを守るプリ!」

 

カッティンダーの足元へ飛び込む。

だが、その小さな身体を怪物は容赦なく払いのけた。

 

「プリルン!」

 

アイドルの叫びが響く。

プリルンの身体は地面へ落ち、そのまま動かなくなった。

 

「ねえたま!」

 

メロロンが駆け寄る。

 

「ねえたま! 起きるメロ!」

 

何度呼びかけても返事はない。

 

「……てめぇ!」

 

響が斬月を握り直した。

カッティンダーの腕が再び振り上がる。

 

「これ以上、あいつらに手ぇ出させねぇ!」

 

響は正面から踏み込んだ。

斬月を振り、怪物の腕へ刃を当てる。

しかし、硬い外殻に阻まれ、深く斬り込めない。

ならば。

響は刃の向きを変え、関節に近い部分を狙った。

カッティンダーの腕がわずかに止まる。

 

「今だ!」

 

アイドル達が立ち上がった。

 

「プリルンを傷つけるなんて……!」

 

アイドルは拳を握る。

 

「絶対に許さない!」

 

「私達の大切な仲間です!」

 

キュンキュンも前へ出た。

ウインクが頷く。

 

「三人で、カッティーを助けよう」

 

「うん!」

 

響は怪物から距離を取った。

 

「俺がこいつを押さえる!」

 

「お願い、お兄ちゃん!」

 

「ああ!」

 

響が斬月を構え直す。

カッティンダーの腕が振り下ろされる。

響は身体を横へずらし、刀の腹で攻撃を受け流した。

そして、怪物の足元へ回り込む。

 

「こっちだ!」

 

斬月を振り、足の動きを止める。

その隙に三人が並んだ。

音楽が流れ、ステージの光が広がっていく。

三人の光が一つになった。

 

『プリキュア・ハイエモーション!』

 

光がカッティンダーを包んでいく。

響は少し離れた場所へ下がり、様子を見守った。

いつものマックランダーなら、これで闇が消えるはずだ。

だが。

 

「……何?」

 

光の中から、カッティンダーの巨体が現れた。

闇が消えていない。

 

「そんな……」

 

ウインクが目を見開く。

 

「私たちの歌が届いてない?」

 

キュンキュンも驚いていた。

響は奥歯を噛みしめた。

三人の歌でも駄目なのか。

カッティンダーは苦しそうに身体を揺らしていた。

その胸元で、ほんの一瞬だけ光が見えた。

 

「……カッティー?」

 

アイドルが一歩前へ出る。

 

「聞こえてるんでしょ?」

 

怪物の動きが止まった。

 

「私は、あなたとも分かり合えるって信じてる!」

 

カッティンダーが腕を持ち上げる。

その先に闇の光が集まり始めた。

 

「うた、下がれ!」

 

響が前へ出た。

斬月を構え、攻撃に備える。

しかし、怪物は光を放たなかった。

腕が震える。

やがて、集まっていた闇が消えた。

 

「……カッ……ティ……」

 

怪物が低い声を漏らす。

そのまま身体を反転させ、空へ向かって飛び上がった。

 

「待って!」

 

アイドルが手を伸ばす。

だが、カッティンダーは戻らなかった。

やがてその姿は空の向こうへ消えた。

 

「……逃げたのか」

 

響が斬月を下ろす。

カッティンダーを浄化することはできなかった。

それでも、最後の瞬間。

あいつは自分から攻撃をやめた。

……カッティーの意思が残ってるってことか。

響は空を見上げた。

そのとき、背後から声がした。

 

「プリルン!」

 

振り返ると、うた達がプリルンのもとへ駆け寄っていた。

メロロンは涙を浮かべている。

 

「ねえたま……!」

 

「プリルン、お願い!」

 

アイドルが抱き上げる。

すると、プリルンの目がわずかに開いた。

 

「……うた?」

 

「プリルン!」

 

三人の表情が明るくなる。

 

「よかった……!」

 

「本当に心配したんだから!」

 

「ねえたま!」

 

メロロンが抱きつく。

プリルンは少し驚いたあと、弱々しく笑った。

 

「みんな……無事だったプリ?」

 

「うん! 大丈夫だよ!」

 

アイドルが答える。

 

「響さんもいます!」

 

キュンキュンが指さした先では、響が斬月を背負い直していた。

 

「ああ。全員無事だ」

 

その言葉に、プリルンは安心したように目を閉じた。

しかし、すぐに俯いてしまった。

 

「……プリルン」

 

「どうしたの?」

 

「何もできなかったプリ……」

 

うたは首を横に振る。

 

「そんなことないよ!」

 

「でも……」

 

プリルンは自分の手を見つめた。

 

 

「みんなが戦ってたのに、プリルンは何もできなかったプリ」

 

「プリルン……」

 

「みんなの力になりたかったプリ……」

 

その声は、いつもの元気なプリルンとは違っていた。

響は何も言わず、その様子を見ていた。

さっきの戦いを思い出す。

斬月で足止めはできた。

だが、自分の力だけではカッティンダーを止めきれなかった。

三人の歌も通じなかった。

……今までとは違う。

敵の力が、確実に強くなっている。

 

「プリルン」

 

響が声をかけると、プリルンが顔を上げた。

 

「……何やってんだよ、お前」

 

「……プリ」

 

「あんな無茶して、怪我でもしたらどうすんだ」

 

響は小さく息を吐いた。

 

「……心配しただろうが」

 

プリルンは俯いた。

 

「ごめんプリ……」

 

「……ま、無事でよかったけどな」

 

 

――その日の夕方

戦いを終え、うた達はグリッターへ戻っていた。

プリルンは毛布に包まれ、ソファで休んでいる。

田中が温かい飲み物を用意していた。

 

「大きな怪我がなくて何よりです」

 

「うん……」

 

うたはプリルンを見つめた。

いつもなら、真っ先に飲み物へ手を伸ばすはずなのに、今日は静かだった。

 

「プリルン、大丈夫?」

 

「大丈夫プリ」

 

笑顔を見せようとするが、どこか元気がない。

メロロンが隣に座った。

 

「ねえたま、今日はゆっくり休むメロ」

 

「……うんプリ」

 

うた達は顔を見合わせた。

心配ではある。

けれど、今はそっとしておいた方がいいのかもしれない。

一方、響は店の外で空を見上げていた。

 

「……どうしたの、お兄ちゃん?」

 

うたが隣へやってくる。

 

「いや、何でもねぇ」

 

「さっきの敵、強かったね」

 

「ああ」

 

響は短く答えた。

 

「今までの奴とは、明らかに違った」

 

「……うん」

 

「けど、あいつの意思は残ってたみたいだな」

 

「私もそう思う」

 

うたは空を見上げた。

 

「だから、次は絶対に助けたい」

 

響は妹を見る。

 

「……そうだな」

 

うたは少し笑った。

 

「お兄ちゃんも手伝ってね」

 

「言われなくても、そのつもりだ」

 

その答えに、うたは嬉しそうに笑った。

しかし、響の胸には別の不安が残っていた。

もし、今よりもっと強い敵が現れたら。

今の自分に、うた達を守れるのだろうか。

答えは出なかった。

 

 

――その日の夜

咲良家

プリルンは布団の中で目を開けていた。

隣ではメロロンが本を読んでいる。

 

「ねえたま、まだ起きてたメロ?」

 

「……プリ」

 

メロロンは本を閉じた。

 

「どこか痛いメロ?」

 

 

「もう痛くないプリ」

 

「じゃあ、どうしたメロ?」

 

プリルンはしばらく黙っていた。

 

やがて、ゆっくりと身体を起こした。

 

「メロロン」

 

「何メロ?」

 

「プリルン……キラキランドに帰るプリ」

 

メロロンの目が見開かれた。

 

「……え?」

 

「帰るプリ」

 

「どうしてメロ!?」

 

メロロンが身を乗り出す。

 

「ねえたま、うた達と一緒にいるのが楽しいって言ってたメロ!」

 

「楽しいプリ」

 

プリルンは小さく答えた。

 

「みんな、大好きプリ」

 

「だったら……」

 

「でも、プリルンは何もできないプリ」

 

その言葉に、メロロンは黙った。

 

「今日、みんなが危なかったプリ。プリルンも助けたかったのに、逆にみんなを心配させ

ちゃったプリ」

 

「ねえたま……」

 

「このままじゃ駄目プリ」

 

プリルンは自分の手を握りしめた。

 

「プリルン、もっと強くなりたいプリ」

 

メロロンは何も言えなかった。

その表情を見て、プリルンは少しだけ笑った。

 

「ごめんプリ、メロロン」

 

メロロンは俯いた。

そして、布団の陰へ隠していた小さな宝箱へ視線を向けた。

中には、伝説のハートキラリロックが入っている。

ねえたまが帰ってしまう。

そんなこと、嫌だった。

 

「……ねえたま」

 

メロロンは小さく呟いた。

だが、プリルンには聞こえていなかった。

 

 

――同時刻・咲良家

響は自分の部屋で、机に向かっていた。

広げているのは学校の課題だったが、ほとんど手が進んでいない。

頭に浮かぶのは、昼間の戦いばかりだった。

カッティンダー。

あの力は、今までのクラヤミンダーとは明らかに違っていた。

斬月で攻撃を防げても、完全には押し返せなかった。

 

「……ったく」

 

響は椅子の背もたれに身体を預けた。

考えても仕方がない。

次に現れたとき、どう戦うかを考えるだけだ。

そう思い、課題へ視線を戻したときだった。

机の上に置いていた死神代行証が光った。

 

「……ん?」

 

響は手を止めた。

ドクロ模様の目が点滅している。

 

「虚か」

 

代行証を手に取り、窓の外を見る。

だが、いつもと違う。

点滅の間隔が短い。

まるで、何かを強く知らせようとしているかのようだった。

 

「……何だ?」

 

胸の奥に、嫌な感覚が広がる。

響は窓を開けた。

夜の空気が部屋へ流れ込んでくる。

代行証の反応を確かめながら、響は意識を集中させた。

その瞬間。

 

「……っ!?」

 

全身に寒気が走った。

遠くから、異常な霊圧が伝わってくる。

今まで相手にしてきた虚とは、比べものにならない。

 

「何だよ、この霊圧……!」

 

響は思わず窓枠を握った。

方向は町外れの海岸の方だ。

 

「……行くしかねぇか」

 

響は死神代行証を胸元へ押し当てた。

魂が肉体から抜け出す。

うた達はすでに休んでいる。

起こす必要はない。

これはプリキュアではなく、死神の自分が対処するべき相手だ。

響は家を出ると、霊圧の感じる方角へ走り出した。

 

 

――町外れ・海岸

人通りのない海岸に、響が到着した。

近くには古い防波堤があり、その向こうには暗い海が広がっている。

代行証の点滅は、さらに激しくなっていた。

 

「……ここか」

 

響は海の方を見る。

だが、虚の姿はない。

おかしい。

確かに霊圧は感じる。

それも、すぐ近くからだ。

 

「どこにいやがる……?」

 

そのとき、頭上の空間に異変が起きた。

夜空の一部が黒く裂けていく。

 

「……は?」

 

響が顔を上げる。

裂け目は少しずつ広がり、その奥に真っ暗な空間が現れた。

そこから、巨大な白い仮面が姿を見せた。

 

「……何だ、あれ」

 

続いて、黒い身体が現れる。

長い鼻のような突起を持つ白い仮面。

外套のように広がった黒い身体。

その大きさは、これまでの虚とは比べものにならなかった。

防波堤をはるかに超える巨体が、ゆっくりと海岸へ姿を現す。

 

「……嘘だろ」

 

響は一歩後退した。

圧倒的な霊圧。

立っているだけで、身体が押し潰されそうになる。

そして、その姿を見た瞬間。

頭の中に、一つの言葉が浮かんだ。

 

「……大虚(メノス・グランデ)」

 

なぜその名前を知っているのかは分からない。

それでも、口から自然と言葉が出ていた。

巨大な虚が低い声を上げた。

その声が海岸一帯へ広がっていく。

響は奥歯を噛みしめた。

まずい。

こんな奴を町へ行かせるわけにはいかない。

響は、背中の斬月を抜いた。

 

「……相手が何だろうと、やるしかねぇ」

 

響は刀を構えた。

目の前の大虚が、その巨大な顔をこちらへ向ける。

 

「来いよ」

 

次の瞬間、大虚の腕が動いた。

 

「……っ!」

 

響は地面を蹴り、横へ飛んだ。

巨大な腕が防波堤を砕く。

 

「なんつー馬鹿力だ……!」

 

砕けたコンクリートが周囲へ散る。

響は着地すると、すぐに駆け出した。

狙うのは脚だ。

あれだけ大きければ、足元へ入り込めば攻撃を避けやすいはず。

 

「そこだ!」

 

斬月を振る。

刃が大虚の脚へ食い込んだ。

しかし。

 

「……浅い!?」

 

確かに斬れた。

だが、傷は巨体に比べればわずかなものだった。

大虚は気にする様子もなく、再び腕を振り下ろす。

響は刀を構えた。

 

「くっ……!」

 

刃で受け止める。

だが、押し返せない。

全身へ重みがかかり、足元の地面が崩れ始める。

 

「……ふざけんな!」

 

響は刀を傾け、腕の軌道を横へずらした。

直後、後方へ飛ぶ。

巨大な腕が地面を砕いた。

危なかった。

まともに受けていたら、身体が潰されていたかもしれない。

 

「……だったら」

 

響は斬月を握り直した。

刀身へ霊圧を集中させる。

 

「月牙天衝!」

 

青白い霊圧の斬撃が放たれた。

斬撃は大虚の胴体へ命中し、黒い身体を切り裂いた。

巨大な虚がわずかに後退する。

 

「……効いてんのか、これ?」

 

傷はついている。だが、あれだけの巨体に対しては、あまりにも浅い。

 

「くそっ……!」

 

しかし、次の瞬間には大虚が再びこちらを向いた。

身体に傷は残っている。

だが、倒れる気配はない。

 

「……嘘だろ」

 

月牙天衝をまともに受けて、あれだけか。

今までの虚なら、これで決着がついていた。

だが、目の前の相手は違う。

大虚の仮面が、響の方へ向けられた。

その口元へ赤い光が集まり始める。

 

「……何だ?」

 

光は次第に大きくなり、周囲の空気を震わせていく。

その瞬間、響の身体が反応した。

まずい。

あれを受けたら、終わる。

 

「……っ!」

 

響は全力で横へ跳んだ。

直後、赤い光が放たれた。

巨大な光線が海岸を貫き、響が立っていた場所を消し飛ばす。

後方の岩場まで削り取られ、地面に深い溝が残った。

 

「……っ、はぁ……」

 

響は離れた場所へ着地した。

足が震えている。

今のは何だ。

あんな攻撃、まともに受けられるわけがない。

だが、頭の奥にまた一つの言葉が浮かんだ。

 

「あれは虚閃(セロ)か⁉」

 

どうして知っている。

そんな疑問が浮かんだが、考えている余裕はなかった。

ギリアンが再び動き始める。

響は斬月を握り直した。

 

「……やってくれるじゃねぇか」

 

刀を構え、走り出す。

狙うのは仮面だ。

あそこなら、何とかなるかもしれない。

響は崩れた防波堤を足場にして跳び上がった。

さらに大虚の身体を駆け上がるようにして、高い位置へ向かう。

 

「これなら……!」

 

斬月を振り上げた。

しかし、大虚の巨大な腕が横から迫る。

 

「しまっ――」

 

避けきれなかった。

腕の一撃が響の身体を捉える。

 

「がっ……!」

 

響は空中から弾き飛ばされた。

防波堤の残骸へ背中から激突する。

衝撃で息が止まった。

 

「……っ、ぐ……」

 

崩れたコンクリートの上に倒れ込む。

右肩に激痛が走った。

死覇装の袖が裂け、血が流れている。

 

「……くそ……」

 

斬月を支えにして立ち上がろうとする。

だが、足に力が入らない。

あの一撃で、身体のあちこちを痛めたらしい。

響は荒い息を繰り返した。

強い。

今まで戦ってきた虚とは、まるで違う。

月牙天衝でさえ、決定打にならなかった。

 

「……こんな奴が……」

 

響は顔を上げた。

メノスは、ゆっくりと身体を動かしていた。

その向こうには、はなみちタウンの明かりが見える。

 

「……おい」

 

響の表情が変わった。

大虚が町の方へ顔を向けている。

 

「待てよ……」

 

あの虚閃を町へ撃たれたら。

建物ごと、多くの人間が巻き込まれる。

 

「……ふざけんな」

 

響は歯を食いしばった。

痛む身体を無理やり起こす。

 

「そっちへは……行かせねぇぞ……!」

 

斬月を握り、再び地面を蹴った。

大虚は響へ顔を向ける。

その口元へ、また赤い光が集まり始めた。

 

「……来るか」

 

響は足を止めなかった。

逃げれば、背後の町へ攻撃が届くかもしれない。

ならば。

あれを止めるしかない。

 

「……やってやるよ」

 

響は斬月を両手で握った。

残っている霊圧を刀身へ集中させる。

肩の傷が痛む。

脚も思うように動かない。

それでも、刀を下ろすわけにはいかなかった。

大虚の口元が赤く輝く。

 

「月牙……!」

 

響は斬月を振り上げた。

 

「天衝!!」

 

青白い斬撃が放たれた。

同時に、大虚の虚閃が放たれる。

二つの霊圧が正面からぶつかった。

 

「ぐっ……!」

 

響は刀を振り抜いた姿勢のまま、歯を食いしばった。

月牙天衝が虚閃を押し返そうとする。

しかし、赤い光は止まらない。

 

「……くそっ!」

 

青白い斬撃が押され始める。

このままでは負ける。

響は残っている霊圧を振り絞った。

 

「……行けえぇっ!」

 

月牙天衝が一瞬だけ勢いを増した。

青白い斬撃が赤い光を切り裂く。

だが、完全には消しきれない。

二つの霊圧が弾け、海岸に大きな衝撃が広がった。

 

「……っ!」

 

響の身体が後方へ吹き飛ぶ。

地面を転がり、ようやく止まった。

耳の奥で、低い音が続いている。

視界が揺れる。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

何とか顔を上げる。

大虚はまだ立っていた。

仮面の一部に亀裂が入っている。

どうやら月牙天衝の一部が届いたらしい。

しかし、それだけだった。

 

「……まだ、倒れねぇのかよ……」

 

響は斬月を握ろうとした。

だが、指に力が入らない。

右腕が思うように動かない。

左手で刀を持ち直し、膝をつく。

 

「……くそ……」

 

大虚がゆっくりと近づいてくる。

大きな影が、響の身体を覆った。

今の自分では勝てない。

その事実が、嫌でも分かった。

それでも。

ここで倒れるわけにはいかない。

 

「……まだだ」

 

響は斬月を地面へ突き立てた。

刀を支えにして立ち上がる。

全身が痛む。

息をするだけでも胸が苦しい。

それでも、足を前へ出した。

 

「俺は……」

 

頭に浮かんだのは、うたの顔だった。

その隣には、蒼風と紫雨がいる。

プリルンとメロロンも。

みんな、今日まで必死に戦ってきた。

あいつらだって、守りたいもののために戦っている。

だったら。

 

「……こんなところで、倒れてられるかよ……!」

 

響は斬月を握り直した。

大虚が再び腕を振り上げる。

響は横へ踏み込み、その攻撃をかわした。

傷ついた脚が痛む。

だが、止まらない。

狙うのは、さっき月牙天衝で亀裂が入った仮面。

あそこへ、もう一撃。

 

「……これで……!」

 

響は残っている力をすべて込めた。

 

「月牙天衝!!」

 

斬月から青白い斬撃が放たれる。

斬撃は大虚の顔へ向かって飛んだ。

そして、仮面の亀裂へ命中した。

大虚の巨体が大きく揺れる。

仮面の一部が砕け、巨大な虚が後方へよろめいた。

 

「……どうだ……!」

 

響は刀を構えたまま、息を切らしていた。

大虚はしばらく動かなかった。

やがて、低い声を上げながら顔を上げる。

その身体の背後に、黒い裂け目が開き始めた。

 

「……何?」

 

大虚が一歩後ろへ下がる。

続いて、もう一歩。

巨大な身体が、裂け目の中へ入っていく。

 

「……逃げるのか……?」

 

響は動けなかった。

今の自分には、もう追撃する力が残っていない。

大虚は最後にもう一度、響の方へ顔を向けた。

白い仮面には大きな傷が残っている。

だが、その霊圧はほとんど弱まっていなかった。

そして、巨大な身体は黒い空間へ消えていった。

裂け目が閉じる。

海岸には、再び夜の静けさが戻った。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

響はしばらく、その場に立ち尽くしていた。

やがて、斬月を握っていた手から力が抜ける。

刀を地面へ突き立て、その場に膝をついた。

 

「……帰った、のか……」

 

確かに、虚の霊圧は消えた。

町へ向かわせずに済んだ。

だが。

 

「……くそっ……追い返すのが精一杯かよ……」

 

響は地面を見つめた。

倒したわけじゃない。ただ、傷を負わせて追い返しただけだ。

もし、あいつがもう一度現れたら。

次も同じことができる保証はない。

 

「……ふざけんなよ……」

 

響は左手で地面を叩いた。

ここまで力の差を見せつけられたのは、死神になってから初めてだった。

今まで、斬月さえあれば何とかなると思っていた。

月牙天衝もある。

それなりに戦えるようになったつもりだった。

だが、今日の相手には何も通じなかった。

最後の一撃も、倒すには足りなかった。

 

「……もっと……」

 

響は斬月を見つめた。

 

「もっと強くならねぇと……」

 

その言葉だけが、誰もいない海岸に残った。

 

 

――深夜・咲良家

響はようやく家へ戻ってきた。

人間の身体へ戻ったあとも、全身に強い痛みが残っていた。

右肩を動かすだけで、顔が歪む。

足元も安定しない。

壁に手をつきながら、何とか自分の部屋へ向かった。

 

「……っ、くそ……」

 

階段を上るだけでも苦しい。

それでも、家族を起こすわけにはいかない。

今の姿を見られたら、うたが心配する。

響はようやく自分の部屋へ入り、ベッドへ身体を預けた。

天井を見上げる。

目を閉じると、あの巨大な白い仮面が浮かんできた。

大虚(メノス・グランデ)

なぜ名前を知っていたのか。

虚閃(セロ)という攻撃も、どこかで知っていたような気がする。

だが、それ以上考えることはできなかった。

疲労と痛みで、頭がうまく働かない。

 

「……あんなのが……いるのかよ……」

 

響は右手を見つめた。

まだ震えている。

死神になってから、これまで何度も虚と戦ってきた。

だが、あれほどの敵が現れたのは初めてだった。

 

「……今のままじゃ……」

 

響は拳を握ろうとした。

しかし、うまく力が入らなかった。

昼間のカッティンダー。

そして、夜の大虚。

どちらも、今までの敵とは比べものにならなかった。

敵が強くなっている。

それだけは確かだった。

 

「……もっと強くなるしかねぇな」

 

響は小さく呟いた。

その目は、まだ閉じられていなかった。

斬月。

自分の中にある、この力。

まだ何かが足りない。

そんな感覚が、胸の奥に残っていた。

だが、その答えが何なのかは分からない。

 

「……今度は……」

 

響はゆっくりと目を閉じた。

 

「絶対に……守ってやる……」

 

やがて、限界を迎えた意識が途切れた。

その夜。

同じ家の中で、プリルンはキラキランドへ帰ることを決めていた。

そして響もまた、自分の力が通じない敵の存在を知った。

二人が抱いた思いは違っていた。

それでも、その胸には同じ悔しさが残っていた。

大切な誰かを守りたい。

けれど、今の自分には力が足りない。

まだ誰も知らない。

この夜に現れた巨大な虚が、これから響を待ち受ける戦いの、ほんの始まりに過ぎないことを。




我々が岩壁の花を美しく思うのは
我々が岩壁に足を止めてしまうからだ
悚(おそ)れ無き花のように
空へと踏み出せずにいるからだ

BLEACH/第12巻 藍染惣右介

キミプリの推しは?

  • 咲良うた/キュアアイドル
  • 蒼風なな/キュアウィンク
  • 紫雨こころ/キュアキュンキュン
  • プリルン/キュアズキューン
  • メロロン/キュアキッス
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

仮面ライダージョーカー&名探偵プリキュア!(作者:究極の闇に焼かれた男)(原作:プリキュア)

〜あらすじ〜▼これは失踪した幼馴染を探す探偵にして仮面ライダーでもある少年──【鳴瀬翔太郎】と、時空を超えて出会った2人のプリキュアが紡ぐ物語。▼以下、入り切らなかったタグ一覧▼・オリジナル回あり▼・オリキャラ多数登場▼・オリジナル展開あり▼・オリジナルドーパント登場予定▼・原作一部改変


総合評価:382/評価:8.9/連載:21話/更新日時:2026年10月13日(火) 11:46 小説情報

元探偵で怪盗のヤンデレ彼女と僕(作者:ムツヒロ)(原作:名探偵プリキュア!)

いつもアイスを食べているあの子が俺を狙っていることを知らない…‥‥


総合評価:270/評価:7.8/連載:6話/更新日時:2026年10月18日(日) 22:03 小説情報

距離を置きたいだけなんだけど(作者:ろしでれ)(原作:時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん)

▼転生した先は、異世界ではなかった。▼慣れ親しんだ現代日本――そして、中学三年の春に思い出した。▼ここは、前世で読んだ事のある『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』の世界だと。▼ハーレム系な主人公が苦手な僕、真田伊織は、原作主人公・久世政近と少しずつ距離を置くことを決意するはず、だったんだけど………


総合評価:3933/評価:7.88/連載:23話/更新日時:2026年09月20日(日) 16:04 小説情報

【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜(作者:ペンギンって可愛いですよね)(原作:推しの子)

表紙イラスト↓▼【挿絵表示】▼世界的な名声を得た天才外科医は、数え切れない命を救った末、過労によりその生涯を終えた。▼――しかし、目を覚ますと彼は記憶を持ったまま、日本で赤ん坊として転生していた。▼二度目の人生でも迷うことなく外科医の道を選び、再び天才と呼ばれるまでに成長した彼は、都内の大学病院へ勤務することになる。▼病院の近くへ引っ越し、新たな生活を始めた…


総合評価:5603/評価:5.88/連載:69話/更新日時:2026年10月01日(木) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>