キミとアイドルプリキュア♪~魂と輝き~   作:Ryo02913

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第18話 光を追う者

――咲良家・うたの夢

 眩しい光に照らされたステージ。そこには、たった一人の少女が立っていた。白を基調とした衣装に、淡い緑色の飾り。長い髪が揺れ、その手にはマイクが握られている。

 

「……キュアズキューン?」

 

 うたが名前を呼ぶと、少女が振り返った。その顔に浮かぶ、優しい笑顔。

 

「キュアアイドル」

 

 ズキューンが手を伸ばす。

 

「あなたに届けたいものがあるの」

 

「わ、私に!?」

 

 うたは思わず両手を胸元へ当てた。

 ズキューンが指先をこちらへ向ける。

 

「受け取ってね」

 

 その瞬間、指先から光のハートが放たれた。

 

「ズッキュン!」

 

 光が胸に届くと、うたの身体がふわりと浮かび上がった。胸が温かい。目の前の少女が、今まで以上に輝いて見える。

 

「ああ……」

 

 うたが両手を伸ばす。

 

「キラッキランラン……キュアズキューン!」

 

 

――咲良家・うたの部屋

 

「ズキューン!」

 

 うたは勢いよく身体を起こした。目の前に広がっているのは、見慣れた自分の部屋だった。

 

「あれ……?」

 

 周囲を見回す。ステージも、眩しい光もない。もちろん、キュアズキューンの姿もなかった。

 

「……夢?」

 

 うたは胸元へ手を当てた。さっきまで、確かにズキューンが目の前にいた。あの笑顔。あの声。そして、自分へ向けられたファンサービス。

 

「……キラッキランラン」

 

 自然と頬が緩む。

 

「もう一回、会いたいなぁ……」

 

 そう呟いてから、うたは枕元へ視線を向けた。いつもなら、そこにはプリルンが眠っている。しかし、今日もその姿はなかった。

 

「……プリルン、まだ帰ってきてないんだ」

 

 うたは少し寂しそうに笑った。

 

「元気にしてるかな……」

 

 プリルンとメロロンがキラキランドへ帰ってから、まだそれほど時間は経っていない。それでも、毎朝聞こえていた声がないだけで、部屋がずいぶん静かに感じられる。

 

「……よし!」

 

 うたは布団から出た。

 

「プリルンも頑張ってるんだから、私も頑張らなくちゃ!」

 

 そう言いながら着替え始める。しかし、制服を手に取ったところで、再び昨日の光景が浮かんだ。

 

「……ズキューン」

 

 うたは制服を抱きしめた。

 

「あの笑顔、最高だったなぁ……」

 

 

――咲良家・朝食

 

「おはよー!」

 

 元気な声とともに、うたが食卓へやってきた。

 

「あら、おはよう、うた」

 

 母親が笑顔で迎える。

 

「おはよう」

 

 響も顔を上げた。右肩にはまだ包帯が巻かれている。前日のカッティンダー戦で傷が悪化したため、今も腕を動かすだけで痛みが走った。そのため、今日は左手で食事をしている。

 

「お兄ちゃん、おはよう!」

 

「ああ。今日は随分機嫌がいいな」

 

「えへへ!」

 

 うたは椅子へ座った。

 

「だって、朝からすっごくいい夢見ちゃったんだもん!」

 

「夢?」

 

「そう! キュアズキューンがね!」

 

 その名前を聞いた瞬間、響は嫌な予感がした。

 

「……またあいつの話か」

 

「またって何!? まだ全然話してないじゃん!」

 

「昨日からずっと話してただろ」

 

「それとこれとは別だよ!」

 

「何が違うんだよ……」

 

 響は小さく息を吐いた。うたは構わず話し始める。

 

「夢の中でね、ズキューンが私に向かって手を伸ばしてくれて! それで、すっごく素敵な笑顔で!」

 

「ああ」

 

「そのあと、ズキューンって!」

 

「……ああ?」

 

「私のハートがズキューンってなったの!」

 

 響は箸を止めた。

 

「……悪い。何言ってんのか分かんねぇ」

 

「もう! お兄ちゃんには分かんないかなぁ!」

 

「分かるように説明しろよ」

 

「だから、ズキューンがズキューンって!」

 

「同じこと言ってんじゃねぇか!」

 

 母親が二人のやり取りを見て笑っている。

 

「うた、ずいぶんその子のことが気に入ったのね」

 

「うん! すっごくかっこよくて、かわいくて、キラッキランランなの!」

 

「そう。今度お母さんにも見せてね」

 

「もちろん!」

 

 響は黙って味噌汁を飲んだ。

 ……駄目だ。お袋まで話に乗っちまった。

 

 

「そうだ、お兄ちゃん!」

 

「今度は何だよ」

 

「お兄ちゃんはどう思う?」

 

「何を?」

 

「キュアズキューン!」

 

 響は少し考えた。昨日、突然現れた二人のプリキュア。確かに強かった。自分達が苦戦したカッティンダーを相手に、ほとんど危なげなく戦っていた。

 

「……まあ、強かったな」

 

「それだけ!?」

 

「それだけって……」

 

「もっとあるでしょ! ほら、笑顔とか! 歌とか!」

 

「……知らねぇよ」

 

「もう!」

 

 うたが頬を膨らませる。響は呆れながら食事へ視線を戻した。だが、うたはまだ諦めていなかった。

 

「じゃあ、キュアキッスは?」

 

「あいつも強かっただろ」

 

「そうじゃなくて!」

 

「じゃあ何だよ!」

 

 母親が再び笑い始めた。いつも以上に賑やかな朝だった。

 やがて食事を終えると、うたは鞄を持って立ち上がった。

 

「それじゃあ、行ってきまーす!」

 

「ああ。気をつけろよ」

 

「うん! ズキューン!」

 

 響は顔を上げた。

 

「……おい」

 

「ん?」

 

「今、何て言った?」

 

「え?」

 

 うたは不思議そうに首を傾げた。

 

「行ってきますって」

 

「そのあとだよ」

 

「……あれ?」

 

 数秒の沈黙。うたは自分の口元へ手を当てた。

 

「……ズキューン?」

 

「それだよ!」

 

「えへへ……」

 

「笑って誤魔化すな!」

 

 うたは楽しそうに笑いながら玄関へ向かった。

 

「行ってきまーす!」

 

 扉が閉まる。残された響は、しばらくその方向を見つめていた。

 

「……大丈夫か、あいつ」

 

「ふふっ。いいじゃない、楽しそうで」

 

 母親が言う。

 

「まあ……そうだけどよ」

 

 響は右肩を押さえながら椅子を立った。肩の痛みはまだ残っている。だが、朝からあれだけ騒がれると、少しだけ痛みを忘れてしまいそうだった。

 

「……元気なのはいいけどな」

 

 響は呟いた。

 

「授業中までああじゃなきゃいいんだが……」

 

 

――学校

 響の心配は、残念ながら的中していた。

 

「咲良さん」

 

「……」

 

「咲良うたさん」

 

「……ズキューン」

 

 教室に小さな笑い声が広がった。先生が困ったように声をかける。

 

「咲良さん?」

 

「……あっ! はい!」

 

 うたが慌てて立ち上がった。

 

「それじゃあ、この問題を答えてください」

 

 黒板には、授業で扱っている問題が書かれていた。うたは黒板を見る。しかし、頭の中には別の光景が浮かんで

いた。

 白い衣装。優しい笑顔。自分へ向けられた指先。

 

「……ズキューン」

 

「……咲良さん?」

 

「はい! ズキューンです!」

 

 教室が笑いに包まれた。

 

「……咲良さん、まずは席に座りましょうか」

 

「えっ?」

 

 うたは黒板を見た。そして、ようやく自分が何を言ったのか理解した。

 

「……ああっ!?」

 

 顔が真っ赤になる。

 

「す、すみません!」

 

 隣の席では、ななが心配そうにうたを見つめていた。

 ……うたちゃん、今日ずっとこんな感じだ。朝から何度も名前を呼んでいる。話しかけても返事が遅い。ノートを開いていても、ほとんど進んでいない。

 

「……大丈夫かな」

 

 ななは小さく呟いた。

 

 

――昼休み

 

「うたちゃん」

 

「……ズキューン」

 

「うたちゃん?」

 

「……はぁ」

 

「うたちゃん!」

 

「わっ!?」

 

 うたが顔を上げる。目の前には、ななが立っていた。

 

「な、ななちゃん!?」

 

「大丈夫? 今日、何だか様子がおかしいよ」

 

「えっ? そうかな?」

 

 うたは首を傾げた。

 

「うん。授業中もずっとぼんやりしてたし……」

 

「そ、そうだった?」

 

「うん」

 

 ななは少し考えた。そして、何かを思いついたように顔を上げる。

 

「そうだ。こころちゃんに相談してみよう?」

 

「こころに?」

 

「うん。こういうことなら、何か分かるかもしれないし」

 

「……そうだね!」

 

 うたは立ち上がった。二人はこころのもとへ向かった。

 

 

――アイドルプリキュア研究会

 

「なるほど……」

 

 うたの話を聞き終えたこころは、真剣な表情で頷いた。

 

「状況は理解しました」

 

「本当!?」

 

「はい!」

 

 こころは机の上にノートを広げた。表紙には、アイドルプリキュア研究会と書かれている。

 

「まず、確認させてください!」

 

「うん!」

 

「キュアズキューンのことを考えると、胸が高鳴りますか?」

 

「うん!」

 

「もう一度ステージを見たいと思いますか?」

 

「もちろん!」

 

「そして、自分ももっと頑張りたいと思いますか?」

 

「うんうん!」

 

 うたは勢いよく頷いた。こころはノートを閉じた。

 

「診断完了です!」

 

「えっ!? もう!?」

 

「はい!」

 

 こころは立ち上がった。

 

「うた先輩は、キュアズキューンのファンになったんです!」

 

「……ファン?」

 

 うたは目を丸くした。

 

「そうです!」

 

 こころは嬉しそうに説明を始める。

 

「大好きなアイドルやキャラクターを応援したくなる気持ち。それが推し活の始まりです!」

 

「推し活……」

 

「そして、好きな相手のことが頭から離れなくなって、もっと知りたい、もっと応援したいと思う状態を、沼にはまるって言うんです!」

 

「沼?」

 

 ななが首を傾げる。

 

「はい! 一度はまると、なかなか抜け出せないんですよ!」

 

「……それって、大丈夫なの?」

 

 ななが心配そうに尋ねる。こころは大きく頷いた。

 

「もちろんです! 推しがいる毎日は、心キュンキュンなんですから!」

 

 うたは自分の胸へ手を当てた。

 そうか。この気持ちには、名前があったんだ。

 

「私……キュアズキューンのファンなんだ……」

 

 その言葉を口にした瞬間、自然と笑顔になった。

 

「そっかぁ!」

 

「うた先輩!」

 

 こころは両手を広げた。

 

「ようこそ、推し活の世界へ!」

 

「よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ!」

 

 二人が勢いよく握手を交わす。ななはその様子を見て微笑んだ。

 

「うたちゃん、元気になったね」

 

「うん! 何だかすっきりした!」

 

「それはよかった」

 

 ななも安心したように息を吐いた。しかし、こころはまだ話を終えていなかった。

 

「それでは、次の段階へ進みましょう!」

 

「次の段階?」

 

「はい! 推しの魅力を、もっとたくさんの人に知ってもらうんです!」

 

「それって……?」

 

 こころが拳を握る。

 

「布教活動です!」

 

「布教活動!?」

 

 うたとななが同時に声を上げた。

 

「もちろん、相手が興味を持ってくれたら、です!」

 

 こころは研究会のノートを開いた。そこには、アイドルプリキュアの活動について、細かく記録された資料が並んでいた。

 

「例えば、好きなところを紹介したり、写真を見せたり、一緒にステージを見てもらったり!」

 

「なるほど……!」

 

 うたの目が輝く。

 

「じゃあ、ズキューンの素敵なところを、みんなに伝えればいいんだね!」

 

「その通りです!」

 

「よーし! やってみる!」

 

 ななは楽しそうな二人を見つめた。

 

「私も手伝おうかな」

 

「本当!?」

 

「うん。キュアキッスのことも、もっと知りたいし」

 

「なな先輩も歓迎です!」

 

 こころは大きく頷いた。

 

「では、アイドルプリキュア研究会、新たな研究を始めましょう!」

 

「おー!」

 

 うたは元気よく拳を上げた。つい先ほどまで授業中にぼんやりしていた人物とは思えないほど、目が輝いていた。

 

 

――放課後・喫茶グリッター

 

「ただいまー!」

 

 うたが元気よく店へ戻ってきた。

 

「お帰り」

 

 カウンターにいた響が顔を上げる。その隣では、田中が書類を整理していた。

 

「響さん、具合はいかがですか?」

 

「……まあ、昨日よりはましだな」

 

 響は右肩を軽く動かした。まだ痛みはある。だが、日常生活に支障が出るほどではなくなっていた。

 

「無理は禁物ですよ」

 

「分かってるって」

 

 そのとき、うたが二人の前へやってきた。

 

「お兄ちゃん! 田中さん!」

 

「……何だ?」

 

「これ見て!」

 

 うたが取り出したのは、手作りのカードだった。そこには、キュアズキューンの姿を描いた絵と、たくさんの文字が書かれている。

 

「……何だ、これ」

 

 響が首を傾げる。

 

「キュアズキューン紹介カード!」

 

「紹介カード?」

 

「うん! ズキューンの素敵なところを、みんなに知ってもらいたくて!」

 

 響はカードを受け取った。まず目に入ったのは、大きく書かれた文字だった。

『笑顔が最高!』

 その下には、『強い!』『歌が上手!』『かっこいい!』『かわいい!』と続いている。

 

「……なあ」

 

「何?」

 

「これ、同じことばっか書いてねぇか?」

 

「違うよ!」

 

 うたが即答した。

 

「全部、別の魅力なの!」

 

「……そうかよ」

 

 響はカードを返した。うたは満足そうに頷く。

 

「お兄ちゃんもズキューンのファンになった?」

 

「いや、何でそうなるんだよ」

 

「だって、こんなに魅力がいっぱいなんだよ!?」

 

「分かった。強くて歌が上手なんだろ?」

 

「あと、かっこよくてかわいい!」

 

「……はいはい」

 

 響はそれ以上言わなかった。先ほどの朝食と同じ流れになる気がしたからだ。

 

「うたさん、素晴らしいですね」

 

 田中がカードを見て微笑む。

 

「自分が好きなものの魅力を、相手に伝えようとすることは大切です」

 

「ですよね!」

 

 うたは嬉しそうに頷いた。

 

「では、私は少し用事がありますので」

 

「用事?」

 

 うたが首を傾げた。田中は少しだけ表情を引き締める。

 

「実は、キラキランドへ戻ろうと思っています」

 

「えっ!?」

 

 うたが驚いた。響も田中を見る。

 

「プリルン達のことか?」

 

「はい。ピカリーネ様からも連絡がなく、二人の様子が気になっています」

 

「……そうだよね」

 

 うたは少し俯いた。プリルンとメロロンは、まだ戻ってきていない。二人とも元気だろうか。キラキランドで危

険な目に遭っていないだろうか。

 

「……私も行こうかな」

 

 うたが呟いた。しかし、田中は首を横に振った。

 

「いえ。皆さんには、こちらでの役目があります。二人のことは私に任せてください」

 

「……分かりました」

 

 うたは頷いた。響も田中へ声をかける。

 

「何かあったら、すぐ知らせてくれ」

 

「もちろんです」

 

 田中は静かに一礼した。

 

「それでは、行ってまいります」

 

 そう言い残し、店の奥へ向かっていった。

 うたはその背中を見送った。

 

「……プリルン」

 

 自然と名前が口から出る。響は妹を見た。

 

「心配か?」

 

「……うん」

 

 うたは正直に頷いた。

 

「でも、信じてる」

 

「……そうか」

 

「プリルン、頑張るって言ってたから。私も信じて待つ!」

 

 響は少しだけ笑った。

 

「なら、帰ってきたときに胸張って迎えられるようにしねぇとな」

 

「うん!」

 

 うたは顔を上げた。

 

「よーし! じゃあ、まずはお店のお手伝い!」

 

「……は?」

 

 響が聞き返す。うたはすでにエプロンを取り出していた。

 

「お兄ちゃんは怪我してるんだから、今日は私に任せて!」

 

「ああ、それは助かるけど……」

 

「じゃあ、行ってきまーす!」

 

 うたは店内へ向かった。その後ろ姿を見て、響は首を傾げた。

 

「……何だ、あのやる気」

 

 

――しばらく後

 

「お兄ちゃん! テーブル拭き終わったよ!」

 

「……ああ」

 

「食器も片づけた!」

 

「おう」

 

「ついでに宿題も終わった!」

 

「……は?」

 

 響は顔を上げた。

 

「ちょっと待て。今、何て言った?」

 

「宿題も終わった!」

 

「早すぎだろ!」

 

「えへへ! ズキューンのこと考えてたら、何だかやる気が出ちゃって!」

 

「……どういう理屈だよ」

 

 響は呆れた。しかし、うたの手元には実際に終わった宿題がある。どうやら嘘ではないらしい。

 そのとき、店の奥からこころとななが出てきた。

 

「うた先輩、すごいです!」

 

 こころが目を輝かせる。

 

「これも推しができたときあるあるです!」

 

「……またそれか」

 

 響が呟く。

 

「推しがいると、毎日が楽しくなって、いろんなことを頑張れるようになるんです!」

 

「へえ……」

 

 ななが感心する。

 

「確かに、うたちゃん、いつも以上に元気だね」

 

「そうかな?」

 

「うん」

 

「えへへ!」

 

 うたは嬉しそうに笑った。

 そこへ、きゅーちゃんが近づいてきた。散歩の時間らしい。うたはすぐに気づいた。

 

「あっ! きゅーちゃん!」

 

 そのままリードを手に取る。

 

「お散歩、行こう!」

 

「……おい、まだ休んでねぇだろ」

 

 響が声をかける。

 

「大丈夫!」

 

「本当に?」

 

「うん! 今日の私はやる気いっぱいだから!」

 

「……そうかよ」

 

 うたは元気よく玄関へ向かった。しかし、その途中で足を止めた。

 

「あっ! そうだ!」

 

「今度は何だ?」

 

 響が顔を上げる。

 

「お兄ちゃん!」

 

「ん?」

 

「私、ズキューンみたいに、もっとキラッキランランになれるように頑張るね!」

 

 響は一瞬、言葉に詰まった。さっきまでの騒がしさとは違う、まっすぐな言葉だった。

 

「……ああ」

 

 響は小さく頷いた。

 

「頑張れよ」

 

「うん!」

 

 うたは笑顔で走り出した。

 その姿を見送りながら、響は右肩へ手を当てた。

 ……推しか。好きな相手のことを考えるだけで、頑張れるようになる。正直、まだよく分からない。だが、うた

が楽しそうにしているのを見るのは悪くなかった。

 

「……単純な奴だな」

 

 響は小さく笑った。

 

 

――町中・商店街

 

通りの向こうから、一人の女性が軽やかな足取りで歩いてきた。美容院を出たばかりなのだろう。つややかに整えられた髪は、昨日現れたキュアキッスと同じ髪型になっていた。

 

「思い切ってキュアキッスと同じ髪型にしてもらっちゃった。似合ってるかな?」

 

女性は鞄から手鏡を取り出し、嬉しそうに自分の髪を確かめた。鏡に映る自分を見て、自然と笑みがこぼれる。

その様子を見たザックリーは、足を止めた。

 

「……何すか、あれ」

 自分は仕事が増えて苛立っているというのに、目の前の女性は随分と楽しそうだ。しかも、その髪型は昨日の新しいプリキュアを思い出させる。

 

「……気に入らないっすね。こっちは仕事が増えてむしゃくしゃしてるってのに……!」

 ザックリーは女性へ手を向けた。

 

「お前のキラキラ、真っ暗闇にしてやる!」

 女性の足元から黒い闇が広がり、手鏡と身体を包み込んでいく。

 

「えっ……何!?」

 

「クラヤミンダー!」

 ザックリーの声とともに闇が膨れ上がった。

やがて現れたのは、胴体に巨大な鏡を持つクラヤミンダーだった。

 

「クラヤミンダー!」

 

 ザックリーは満足そうに笑った。

 

「いい感じっすね。その鏡で、プリキュアのキラキラを全部跳ね返してやるっす!」

 

 

――喫茶グリッター

 

「お兄ちゃん!」

 

 散歩から戻ってきたうたが、店へ駆け込んできた。

 

「お帰り。どうした?」

 響が顔を上げる。

 

「向こうの公園、何か変なの!」

 

「……変なの?」

 

「空が黒くなってて……」

 

 その言葉に、響の表情が変わった。

 まさか。

 店の窓から外を見る。確かに、遠くの公園付近に黒い闇が広がっていた。

 

「……クラヤミンダーか?」

 

 響が呟く。うたは頷いた。

 

「多分!」

 

 そのとき、ななとこころも店内へ戻ってきた。

 

「うたちゃん!」

 

「うた先輩!」

 

 二人も異変に気づいたらしい。

 

「公園の方に、黒いものが……」

 

「きっと敵です!」

 

 響は窓の外を見た。プリルンがいない今、いつものように気配を知らせてくれる存在はいない。だが、あれだけ

はっきりと闇が見えていれば、敵が現れたことは分かる。

 

「……行くぞ」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 うたはきゅーちゃんを店の奥で休ませると、二人とともに準備を始めた。

 響はポケットから死神代行証を取り出した。そして、胸元へ押し当てる。魂が肉体から抜け出し、黒い死覇装をまとった響が現れた。

 

「……っ」

 

 斬月へ手を伸ばした瞬間、右肩に痛みが走る。まだ完全には治っていない。だが、前日ほどではなかった。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

 うたが声をかける。

 

「ああ。無理はしねぇよ」

 

「……本当に?」

 

「分かってる」

 

「それより、早く行くぞ」

 

 三人も頷き、ブローチを掲げた。

 

『プリキュア! ライトアップ!

キラキラ、ドレスチェンジ! YEAH!

キミと~! YEAH!

一緒に~! YEAH!

キミと歌う、ハートのキラキラ! 笑顔ニッコリ、キュアアイドル!』

 

『プリキュア! ライトアップ!

キラキラ、ドレスチェンジ! YEAH!

キミと~! YEAH!

一緒に~! YEAH!

キミと瞬く、ハートの勇気!

お目目パッチン、キュアウインク!』

 

『プリキュア! ライトアップ!

キラキラ、ドレスチェンジ! YEAH!

キミと~! YEAH!

一緒に~! YEAH!

キミと踊る、ハートのリズム! 心キュンキュン キュアキュンキュン!』

 

『ウィアー! キミとアイドルプリキュア!』

 

 四人は闇の広がる公園へ向かった。

 

 

――公園

 

 

「やっと来たっすね!」

 

 ザックリーが腕を組んで待っていた。その隣には、巨大な鏡を持つクラヤミンダーが立っている。

 

「ザックリー!」

 

 アイドルが声を上げる。

 

「また真っ暗闇にするつもり!?」

 

 

「当たり前っす! それが俺達の仕事っすからね!」

 

 ザックリーはクラヤミンダーを指さした。

 

「やっちまえ!」

 

「クラヤミンダー!」

 

 怪物の腕が持ち上がる。その鏡が光った瞬間、無数の光の刃が放たれた。

 

「散れ!」

 

 響が叫ぶ。四人は左右へ飛んだ。光の刃が地面へ突き刺さり、土を削り取る。

 

「……何だ、あの攻撃」

 

 響が眉を寄せる。見た目は鏡だが、そこから直接攻撃を放ってくるらしい。

 

「ウインク!」

 

「うん!」

 

 ウインクが前へ出る。

 

『ウインクバリア!』

 

 光の障壁が展開された。クラヤミンダーの攻撃が障壁へ命中する。ウインクは歯を食いしばった。

 

「……っ!」

 

 予想以上に重い。鏡から放たれる光が何度も障壁へ当たり、亀裂が広がっていく。

 

「蒼風! 無理すんな!」

 

 響が叫ぶ。しかし、次の攻撃が迫っていた。

 障壁が砕ける。

 

「きゃっ!」

 

 ウインクの身体が後方へ弾き飛ばされた。

 

「ウインク!」

 

 キュンキュンが駆け寄る。

 アイドルは拳を握った。

 

「私が行く!」

 

 そのまま地面を蹴る。

 

『アイドルグータッチ!』

 

 光をまとった拳が、クラヤミンダーの胸へ向かって放たれた。しかし。

 

「……えっ!?」

 

 クラヤミンダーの鏡が光った。次の瞬間、アイドルの拳から放たれた光が、鏡に映し出される。そして、その光が反対方向へ跳ね返された。

 

「危ねぇ!」

 

 響が横から踏み込む。斬月を振り、跳ね返された光を弾いた。

 

「……っ!」

 

 右肩に痛みが走る。響は顔をしかめた。だが、攻撃を受け流すことには成功した。

 

「お兄ちゃん!」

 

「俺はいい! 下がれ!」

 

 アイドルが後退する。

 響はクラヤミンダーを見上げた。

 ……なるほどな。あの鏡、こっちの攻撃まで跳ね返しやがるのか。

 

「面倒な能力してやがる……」

 

 響は斬月を構え直した。

 ザックリーが得意そうに笑う。

 

「どうっすか! 攻撃すればするほど、自分達が危なくなるっすよ!」

 

「……だったら」

 

 響は怪物の足元へ視線を向けた。鏡があるのは胴体。ならば、そこ以外を狙えばいい。

 

「こっちだ!」

 

 響は地面を蹴った。正面から向かうと見せかけ、途中で方向を変える。クラヤミンダーの側面へ回り込むと、斬月を振り下ろした。

 刃が怪物の脚へ命中する。

 

「クラヤミンダー!?」

 

 怪物が体勢を崩した。

 

「今だ!」

 

 響が叫ぶ。

 キュンキュンが前へ出た。

 

『キュンキュンレーザー!』

 

 光が怪物の脚へ命中する。しかし、クラヤミンダーは身体を回転させ、鏡をこちらへ向けた。レーザーの光が鏡へ吸い込まれていく。

 

「……そんな!?」

 

 次の瞬間、同じ光がこちらへ放たれた。

 

「避けろ!」

 

 響が叫ぶ。四人は何とか攻撃をかわした。だが、クラヤミンダーはさらに光を放ってくる。

 鏡の表面が周囲の光を反射し、視界を奪った。

 

「……っ!」

 

 響は目を細めた。眩しさで、相手の動きが見えない。

 

「くそっ……!」

 

 直後、巨大な腕が迫った。響は斬月を立て、何とか受け止める。しかし、右肩に痛みが走った。

 

「……ぐっ!」

 

 力が抜ける。腕の勢いに押され、響は後方へ滑った。

 

「お兄ちゃん!」

 

 アイドルが叫ぶ。

 

「……平気だ!」

 

 響は奥歯を噛みしめた。まだ動ける。だが、思うように刀を振れない。

 

「……ったく、昨日の今日でこれかよ」

 

 響は肩を押さえた。このまま無理に攻めても、同じことの繰り返しだ。

 

「うた!」

 

「何!?」

 

「正面から攻撃すんな! あの鏡に向かって撃ったら、全部返ってくる!」

 

「分かった!」

 

 アイドルは頷いた。ウインクも立ち上がる。

 

「じゃあ、私が注意を引くね!」

 

「無茶すんなよ!」

 

「大丈夫!」

 

 ウインクはクラヤミンダーの正面へ移動した。

 

「こっち!」

 

 怪物がウインクへ顔を向ける。その隙にアイドルとキュンキュンが左右へ回り込んだ。

 

「行くよ!」

 

「はい!」

 

 二人が同時に攻撃を放つ。しかし、クラヤミンダーは鏡を回転させ、両方の光を跳ね返した。

 

「……っ!」

 

 アイドル達が後退する。

 

 ザックリーが笑った。

 

「無駄っすよ! どこから攻撃しても、その鏡が全部防ぐっす!」

 

「……くそ」

 

 響は刀を握り直した。斬月であの鏡を砕ければ。

 そう考えたが、すぐに首を振った。仮に砕けても、クラヤミンダーを覆う闇は再び元に戻ってしまうかもしれない。結局、浄化できるのはプリキュア達だけだ。

 だったら、自分の役目は。

 

「……動きを止めるしかねぇか」

 

 響は斬月を構えた。

 そのとき、クラヤミンダーが両腕を広げた。鏡から無数の光が放たれ、四方へ広がっていく。

 

「……っ!」

 四人は身構えた。今度の攻撃は範囲が広すぎる。このままでは避けきれない。

 

『ウインクバリア!』

 

 ウインクが再び障壁を張った。だが、先ほどの攻撃で消耗している。このままでは。

 

「……まずい!」

 

 響は斬月を握り直した。

 月牙天衝を放つか。しかし、今の肩では十分な力を込められるか分からない。それでも、何もしないわけにはいかない。

 響が踏み込もうとした、その瞬間だった。

 上空から二筋の光が降り注いだ。

 放たれた光は、クラヤミンダーの攻撃をまとめて弾き飛ばした。

 

「……何!?」

 

 ザックリーが顔を上げる。白と黒の光が、公園の中央へ降り立った。

 

「……あっ!」

 

 アイドルが目を輝かせる。

 光の中から現れたのは、二人の少女だった。白い衣装の少女。そして、黒を基調とした衣装の少女。

 

「キュアズキューン!」

 

 アイドルが嬉しそうに叫んだ。

 

「キュアキッス!」

 

 キュンキュンも声を上げる。

 響は斬月を下ろしかけた。

 

「……またあいつらか」

 

 目の前の二人。昨日、カッティンダーから自分達を助けてくれたプリキュアだった。

 ズキューンがアイドルの方へ振り返る。

 

「怪我はない?」

 

「う、うん!」

 

 アイドルが慌てて頷く。

 

「よかった」

 

 ズキューンは優しく微笑んだ。

 

「キュアアイドルは、私が守るから」

 

「……っ!」

 

 アイドルの顔が赤くなった。

 

「……ズキューン」

 

 響はその様子を見た。

 ……おい。さっきまで必死に戦ってたよな?

 

「……うた」

 

 呼びかけても返事はない。

 

「おい、うた!」

 

「……キラッキランラン」

 

「聞いてねぇ……」

 

 響は呆れた。こんな状況でも、ズキューンのことしか見えていない。

 だが、ザックリーの方はもっと混乱していた。

 

「何すか、あんたら!?」

 

 ズキューンが振り返る。

 

「キュアズキューン」

 

 キッスが隣に並んだ。

 

「キュアキッス」

 

「名前なんか聞いてねぇっす!」

 

 ザックリーが叫ぶ。

 響は思わず口を開いた。

 

「いや、お前が何者か聞いたんだろ……」

 

 その言葉に、キュンキュンが頷く。

 

「確かにそうですね」

 

「お前まで真面目に答えんな」

 

 響はため息をついた。しかし、ズキューンは気にしていなかった。

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

「ええ、お姉さま」

 

 キッスが頷く。二人はクラヤミンダーへ向き直った。

 

 

――公園・戦闘

 クラヤミンダーが鏡を掲げる。

 

「クラヤミンダー!」

 

 無数の光が放たれた。だが、ズキューンとキッスは慌てなかった。

 

「キッス」

 

「はい、お姉さま!」

 

 キッスが前へ出る。その手から音符の形をした光が放たれ、クラヤミンダーへ向かって飛んだ。

 

『キッスショック!』

 

 音符が怪物の身体へ命中する。次の瞬間、クラヤミンダーの動きが止まった。

 

「……何!?」

 

 ザックリーが驚く。鏡は攻撃を跳ね返そうとしたが、キッスの光はその周囲を回り込み、怪物の身体へ直接届いていた。

 

「今です、お姉さま」

 

「うん!」

 

 ズキューンが地面を蹴った。キッスが放ったハート型の光が、空中にいくつも浮かび上がる。ズキューンはその光を足場にして、さらに高く跳んだ。

 

「……すげぇ」

 

 響が呟いた。攻撃を避けながら、一気に相手の頭上へ移動している。あの位置なら、鏡の反射を受けにくい。

 ズキューンの手の先に大きな光が集まる。

 

『ズキューンバズーカー!』

 

 強い光が放たれた。その一撃がクラヤミンダーの背中へ命中する。

 

「クラヤミンダー!?」

 

 怪物の身体が前方へ倒れ込んだ。

 

「……一撃で!?」

 

 ウインクが驚く。キュンキュンも目を輝かせた。

 

「すごいです!」

 

 響は黙ってズキューンの動きを追っていた。

 ……やっぱり強ぇな。無駄な動きがほとんどない。しかも、キッスとの連携が自然だ。初めて戦う相手とは思えないほど、息が合っている。

 

「……何者なんだ、あいつら」

 

 響は小さく呟いた。

 そのとき、クラヤミンダーが立ち上がろうとした。

 

「まだっすよ!」

 

 ザックリーが叫ぶ。

 

「やっちまえ! クラヤミンダー!」

 

 怪物の鏡が再び光る。ズキューンとキッスへ向けて、無数の光が放たれた。しかし。

 

「無駄よ」

 

 キッスが手を伸ばした。ハート型の光が二人の周囲に広がり、攻撃の進路を塞ぐ。

 ズキューンはその隙に前へ出た。

 

「キッス!」

 

「はい!」

 

「「二人の誓い今輝け!」」

 

 二人は同時にマイクを掲げた。ステージの光が広がり、音楽が流れ始める。

 

「……始まった!」

 

アイドルが目を輝かせる。

 二人は息を合わせて歌い始めた。ズキューンが笑顔で手を伸ばし、キッスが隣で身体を回す。歌声とともに光が

広がっていく。クラヤミンダーを覆っていた闇が、少しずつ弱まっていった。

 やがて二人は並び、マイクを掲げる。

 

 

『プリキュア・ズキューンキッスディスティニー!』

 

 二人の光が重なり、クラヤミンダーを包み込んだ。

 

「クラヤミンダー……!」

 

 怪物の身体から、黒い闇が剥がれていく。鏡が元の大きさへ戻り、地面へ落ちた。その上空に、小さなキラルン

リボンが現れる。

 

「やった!」

 

 アイドルが声を上げた。

 

 ズキューンはリボンへ手を伸ばし、そっと受け取った。

 

「これで、また一つ」

 

 キッスも頷く。

 

「ええ」

 

 二人は顔を見合わせ、微笑んだ。

 一方、ザックリーは頭を抱えていた。

 

「……何なんすか、あの二人!」

 

 昨日に続いて、今日もあっさり浄化されてしまった。

 

「……今日は退散っす!」

 

 そう言い残し、ザックリーは闇の中へ消えていった。

 

 

クラヤミンダーを覆っていた闇が消え、元の姿に戻った女性が公園の芝生に横たわっていた。その傍らには、美容院を出たあとに使っていた手鏡が落ちている。

 

「……ん……?」

 

 女性はゆっくりと目を開け、身体を起こした。周囲を見回すが、自分がどうして公園にいるのか分からない。

 

「あれ……? 私、美容院から帰る途中だったはずなのに……」

 

 不思議そうに首を傾げる。しかし、何かを思い出した途端、その表情が明るくなった。

 

「あっ! そうだ!」

 

 女性は勢いよく立ち上がった。

 

「キュアズキューンとキュアキッス! 二人のライブ、すっごく素敵だった!」

 

 興奮した様子で両手を胸の前に握る。

 

「二人が目の前で歌ってくれて、すっごく綺麗で……! まさか、あんな夢が見られるなんて!」

 

 女性は嬉しそうに頬を緩めた。

 

「キュアキッスと同じ髪型にしてもらった日に、こんな夢を見るなんて……今日は最高の日かも!」

 

 落ちていた手鏡を拾い、自分の髪型を確かめる。美容院で整えてもらった髪は、元のままだった。

 

「うん! やっぱり、この髪型にしてよかった!」

 

 女性は満足そうに笑い、軽い足取りで公園をあとにした。

 

 そんな女性の様子を、少し離れた木々の陰から響とアイドル達が見守っていた。女性は自分がクラヤミンダーにされていたことには気づいていないらしい。ただ、夢の中で二人のライブを見られたことを、心から喜んでいるようだった。

 

 

――公園・戦闘後

 

「……終わったか」

 

 響は斬月を背負いなおした。右肩に痛みが残っている。だが、幸い昨日のように倒れるほどの負傷はしていなかった。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

 アイドルが駆け寄る。

 

「ああ。何とかな」

 

「よかった……」

 

 アイドルは安心したように笑った。しかし、その直後。

 

「……あっ!」

 

 何かを思い出したように顔を上げる。

 響は嫌な予感がした。

 

「……今度は何だよ」

 

「ズキューン!」

 

 アイドルは勢いよく振り返った。少し離れた場所では、ズキューンとキッスが話している。

 アイドルが駆け寄った。

 

「……おい」

 

 響は声をかけようとしたが、すでに遅かった。

 

「キュアズキューン!」

 

 ズキューンが振り返る。

 

「どうしたの?」

 

 アイドルは両手を胸元へ当てた。

 

「あ、あの……!」

 

「うん?」

 

「今日も助けてくれて、ありがとう!」

 

 ズキューンは少しだけ目を丸くした。そして、優しく微笑む。

 

「気にしないで」

 

「……っ!」

 

 アイドルの顔が赤くなる。

 

「私はキュアアイドルを守りたいから」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アイドルは両手で胸を押さえた。

 

「……ズキューン……!」

 

 その様子を見て、ウインクが首を傾げる。

 

「うたちゃん、大丈夫かな?」

 

 キュンキュンは満足そうに頷いた。

 

「これは、推しから特別な言葉をもらって、感動している状態ですね!」

 

「……なるほど」

 

 ウインクが感心する。

 

「なるほどじゃねぇだろ」

 

 響が横から口を挟んだ。

 

「どう見ても話が進んでねぇぞ」

 

「それだけ、うた先輩にとって大切なことなんです!」

 

「……そういうもんなのか?」

 

「そういうものです!」

 

 響はそれ以上何も言わなかった。正直、よく分からない。だが、うたがあれだけ嬉しそうにしているのだから、悪いことではないのだろう。

 

「……お兄ちゃん」

 

 アイドルが突然振り返った。

 

「何だ?」

 

「ちょっと静かにしてて!」

 

「……は?」

 

 響は目を丸くした。

 

「今、大事な話してるんだから!」

 

「俺、何も言ってねぇだろ!」

 

「顔がうるさい!」

 

「顔は関係ねぇだろ!」

 

 そのやり取りを聞いて、ズキューンが笑った。

 

「仲がいいのね」

 

「……まあ、兄妹だからな」

 

 響は小さく息を吐いた。

 ズキューンは響を見つめた。なぜだろう。その姿を見ると、少しだけ安心する。以前から知っている人のような、不思議な感覚。しかし、思い出せることは何もなかった。

 

「……?」

 

 ズキューンは小さく首を傾げた。

 その隣で、キッスが一歩前へ出る。

 

「お姉さま」

 

「何?」

 

「そろそろ行きましょう」

 

「……そうね」

 

 ズキューンは頷いた。すると、アイドルが慌てて手を伸ばした。

 

「あっ! 待って!」

 

「どうしたの?」

 

 ズキューンが振り返る。アイドルは一瞬、言葉に詰まった。

 聞きたいことがたくさんある。どうしてあんなに強いのか。どこから来たのか。どうすればまた会えるのか。それに、初めて会ったはずなのに、どうしてこんなに気になるのか。

 

「……あの!」

 

 アイドルは思い切って声を上げた。

 

「私と、友達になってください!」

 

 その言葉に、周囲が静かになった。

 

「……え?」

 

 ズキューンが目を丸くする。キッスも少し驚いたようだった。

 

「……友達?」

 

「うん!」

 

 アイドルは頷いた。

 

「もっとお話ししてみたいし、一緒に歌ってみたい!」

 

 その言葉に、ズキューンは微笑んだ。

 

「……私も」

 

 しかし、答えが続く前に、キッスが声をかけた。

 

「お姉さま」

 

「……キッス?」

 

「行きましょう」

 

 キッスはズキューンの腕へ手を伸ばした。その表情は穏やかだったが、どこか焦っているようにも見えた。

 

「……でも」

 

「また会えますわ」

 

 キッスが小さく言う。ズキューンは少し迷ったあと、頷いた。

 

「……そうね」

 

 そして、アイドルへ向き直る。

 

「またね、キュアアイドル」

 

「……あっ!」

 

 アイドルが手を伸ばす。しかし、二人はすでに空へ跳び上がっていた。白と黒の光が、建物の向こうへ消えていく。

 

「……行っちゃった」

 

 アイドルが呟いた。

 ウインクが隣へ近づく。

 

「でも、また会えそうだね」

 

「はい! 今度こそ、もっとお話ししたいです!」

 

 キュンキュンが笑う。

 響も空を見上げた。

 ……あの二人。昨日も今日も、自分達が危ないところへ現れた。しかも、ズキューンはうたを守ることに妙にこだわっている。

 

「……何か理由があるのか?」

 

 響は小さく呟いた。

 そのとき。

 

「……よし!」

 

 アイドルが突然拳を握った。響は振り返る。

 

「……何だ?」

 

「決めた!」

 

「何を?」

 

「追いかけよう!」

 

「……は?」

 

 アイドルが走り出した。

 

「ズキューン! キッス! 待ってー!」

 

「おい、ちょっと待て!」

 

 響が叫ぶ。しかし、アイドルは止まらなかった。ウインクとキュンキュンも慌てて後を追う。

 

「うたちゃん!」

 

「うた先輩、待ってください!」

 

 響は三人の後ろ姿を見つめた。

 

「……マジかよ」

 

 右肩が痛む。あの三人について走るのは、今の身体では少し厳しい。だが、放っておくわけにもいかない。

 

「……ったく!」

 

「どいつもこいつも、無茶しやがって……!」

 

 そう言いながら、響も三人の後を追った。

 

 

――町の屋根の上

 ズキューンとキッスは、建物の屋根へ降り立った。

 

「……ふう」

 

 ズキューンが振り返る。遠くから、誰かの声が聞こえてきた。

 

「ズキューン!」

 

 ズキューンは首を傾げた。

 

「……キュアアイドル?」

 

「お姉さま」

 

 キッスが呼びかける。

 

「行きましょう」

 

「……でも」

 

 ズキューンは遠くを見つめた。なぜだろう。あの声を聞くと、胸の奥が温かくなる。初めて会ったはずなのに。どこか懐かしい。

 

「……不思議ね」

 

 ズキューンが呟いた。

 

「何がですの?」

 

「キュアアイドルのこと」

 

 キッスの表情がわずかに変わった。

 

「……あの子が、どうかしました?」

 

「ううん。ただ……」

 

 ズキューンは少し考えた。

 

「どうしてか分からないけど、あの子のこと、放っておけないの」

 

「……お姉さま」

 

 キッスは俯いた。その手が、胸元に触れる。

 自分達が力を手に入れた理由。そのために失ったもの。それを、キッスは覚えていた。けれど、今ここで話すわけにはいかない。

 

「……行きましょう」

 

 キッスはもう一度言った。ズキューンは小さく頷いた。

 

「……そうね」

 

 二人は屋根から飛び立った。その姿は、夕暮れの空へ消えていった。

 

 

――喫茶グリッター・夜

 

「……はぁ」

 

 うたがテーブルへ突っ伏した。

 

「結局、見つからなかったね」

 

 ななが苦笑する。

 

「……でも、きっとまた会えます!」

 

 こころが励ます。

 

「……うん」

 

 うたは顔を上げた。

 

「そうだよね!」

 

 そして、すぐに笑顔になる。

 

「次に会ったら、絶対にもっとお話しする!」

 

「うん」

 

 ななが頷いた。

 

「私も、キュアキッスのことをもっと知りたいな」

 

「はい! 研究会としても、調査を続けなければなりません!」

 

 こころが拳を握った。

 その隣では、響が椅子に座っていた。すでに死神化を解き、人間の身体へ戻っている。右肩には包帯が巻かれていた。

 

「……お前ら、元気だな」

 

 響が呟く。

 

「お兄ちゃん、元気ないね」

 

 うたが首を傾げる。

 

「誰のせいだと思ってんだよ……」

 

「え?」

 

「怪我してる兄貴を走らせる奴がいるか!」

 

「……あっ」

 

 うたはようやく気づいたようだった。

 

「ご、ごめん!」

 

「……ったく」

 

 響は小さく息を吐いた。うたは申し訳なさそうに兄を見た。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「……ああ」

 

 響は少しだけ笑った。

 

「まあ、今回は大したことねぇよ」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

 その言葉に、うたは安心したように笑った。

 

「よかった!」

 

 しかし、すぐに別のことを思い出したらしい。

 

「そうだ! お兄ちゃん!」

 

「……何だよ」

 

「今度ズキューンに会ったら、一緒に写真撮ってもらおうよ!」

 

「……何で俺まで」

 

「だって、せっかくだし!」

 

「お前だけで撮ってもらえよ」

 

「えー!」

 

 響は呆れながらも、小さく笑った。

 ……本当に、元気な奴だ。

 そのとき、うたはスマートフォンを取り出した。画面には、プリルンが残した動画が映っている。

『プリルンも頑張るプリ!』

 うたはそれを見つめた。

 

「……プリルン」

 

 響が顔を上げる。

 

「どうした?」

 

「……早く帰ってこないかな」

 

「……ああ」

 

 響は頷いた。

 

「俺も、そろそろ顔見てぇな」

 

 うたは少し笑った。

 

「ね! プリルンにもズキューンのこと、いっぱい話したい!」

 

 響はその言葉を聞いて、小さく息を吐いた。

 

「……またその話かよ」

 

「だって!」

 

 うたは笑顔で答える。

 

「ズキューンは私の推しなんだもん!」

 

 響はしばらく妹を見つめていた。そして、少しだけ笑った。

 

「……そうかよ」

 

 窓の外には、夜の町が広がっていた。

 今日も、うたは元気だった。新しいプリキュアに夢中になり、嬉しそうに笑っている。そんな妹の姿を見ていると、響も少しだけ安心できた。

 しかし、同時に思う。

 大虚。カッティンダー。そして、今日のクラヤミンダー。

 今の自分では、すべての敵を思いどおりに止めることはできない。右肩には、まだ痛みが残っている。それでも、うたが笑っていられる毎日を、これからも守りたい。

 響は左手を握りしめた。

 

「俺にもっと力があれば……」

 

 その呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

 

――場所不明

 深い闇に包まれた空間。そこに、一体の虚が立っていた。人間に近い身体つきだが、その顔は白い仮面に覆われている。胸には虚特有の孔があり、細い両腕には鋭い爪が伸びていた。

 その霊圧は、これまで響が戦ってきた虚とは明らかに違っていた。

 

「……死神、か」

 

 虚が低い声で呟いた。その目の前には、淡い光を放つ映像が浮かんでいる。映し出されていたのは、斬月を握って戦う響の姿だった。

 虚はしばらく、その映像を眺めていた。

 

「この世界にも、死神がいたとはな」

 

 映像の中で、響が斬月を振り下ろす。その姿を見た虚が、わずかに目を細めた。

 

「……面白れぇ」

 

 虚はゆっくりと顔を上げた。

 

「お前がどれほどの力を持っているのか、確かめてやる」

 

 その言葉を最後に、目の前の映像が消えた。闇の中に、再び静けさが戻った。




軋む軋む浄罪の塔
光のごとくに世界を貫く
揺れる揺れる背骨の塔
堕ちてゆくのはぼくらか空か

BLEACH/第14巻 山田花太郎

キミプリの推しは?

  • 咲良うた/キュアアイドル
  • 蒼風なな/キュアウィンク
  • 紫雨こころ/キュアキュンキュン
  • プリルン/キュアズキューン
  • メロロン/キュアキッス
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