キミとアイドルプリキュア♪~魂と輝き~ 作:Ryo02913
――場所不明
深い闇に包まれた空間。そこに、一体の虚が立っていた。
人間に近い身体つきに、白い仮面。両腕には鋭い爪が伸び、胸には虚特有の孔が開いている。背丈は人間とほとんど変わらないが、その身体から放たれる霊圧は、並の虚とは比べものにならなかった。
虚の目の前には、淡い光を放つ映像が浮かんでいた。そこに映っているのは、巨大な斬魄刀を握る黒衣の少年だった。
「……へえ」
虚は楽しそうに目を細めた。
「こいつが、あのでかい大虚を追い返した死神か」
映像の中で、響が斬月を振り下ろす。月牙天衝が放たれ、大虚の仮面を砕いた。
「……悪くねえな」
虚の口元が歪んだ。
「力任せなところはあるが、あの状態から反撃できるだけの根性はあるらしい」
虚は映像へ手を伸ばした。鋭い爪が光に触れると、映像が消える。
「この世界に来てから、まともに戦える相手がいなくて退屈してたところだ」
虚はゆっくりと振り返った。
「……少しは楽しませてくれよ、死神」
闇の中で、仮面の奥にある目が鋭く光った。
――喫茶グリッター・朝
「はぁ……」
うたはテーブルに頬をつけていた。目の前には、昨日作ったキュアズキューンの紹介カードが置かれている。
「結局、見つからなかったなぁ……」
「昨日はずいぶん探したもんね」
隣に座るななが苦笑した。
「はい。でも、あの二人は本当に速かったです!」
こころも頷く。
昨日、クラヤミンダーとの戦いが終わったあと、うた達はズキューンとキッスを追いかけた。しかし、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
建物の屋根まで探したものの、結局見つからなかったのだ。
「せっかく友達になれそうだったのに……」
うたは残念そうに呟いた。
「まあ、向こうにも事情があるんじゃねぇの?」
カウンターから響が声をかけた。
右肩の傷は少しずつ回復していた。まだ痛みは残っているが、前日よりは腕を動かしやすくなっている。
「でも、お兄ちゃん! 私はもっとズキューンのことを知りたいの!」
「……昨日も聞いたぞ、それ」
「昨日とは違うの!」
「何が違うんだよ」
「昨日よりもっと知りたいの!」
「……そうかよ」
響は呆れたように息を吐いた。
ここ数日、うたの口から出るのはズキューンの話ばかりだ。家にいても、学校から帰ってきても、寝る前までずっと同じ話をしている。
最初はそのうち落ち着くと思っていたが、どうやら逆らしい。
「……お前、夢にまで出てきそうだな」
「もう出てきたよ!」
「出てんのかよ!」
即答され、響は思わず声を上げた。
ななとこころが笑う。
「響さん、うたちゃんは本当にズキューンのことが大好きなんです」
「そういうことです! 推しへの想いは簡単には止められません!」
「……分かった。もう十分分かった」
響はそれ以上聞くのをやめた。
だが、うたはしばらくすると、窓の外を見つめて小さく呟いた。
「……プリルンも、まだ帰ってこないね」
その言葉に、三人の表情が少し変わった。
プリルンとメロロンがキラキランドへ向かってから、何日かが経っている。しかし、二人からは連絡がなかった。
様子を確かめに行った田中も、まだ戻ってきていない。
「……大丈夫かな」
うたが呟く。
「田中さんも向こうに行ってるんだろ?」
響が言った。
「だったら、何か分かれば連絡してくるはずだ。今は待つしかねぇだろ」
「……うん」
うたは頷いた。
それでも、気になるものは気になる。
プリルンは元気にしているだろうか。メロロンと仲良く過ごしているだろうか。
帰ってきたら、話したいことがたくさんあった。
新しいプリキュアが現れたことも、その二人がどれだけ強くて素敵だったかも。
「……早く帰ってこないかな」
うたは小さく笑った。
――はなみちタウン・商店街
「うたー!」
買い物を終えて商店街を歩いていたうた達へ、一人の少女が手を振った。
「あっ、みこと!」
うたが笑顔で駆け寄る。
クラスメイトのみことだった。その隣には、見慣れない女性が立っている。
女性は手帳とカメラを持ち、周囲を興味深そうに見回していた。
「ちょうどよかった! みんなに紹介したい人がいるんだ」
「紹介したい人?」
ななが首を傾げる。
すると、女性が勢いよく前へ出た。
「初めまして! 私、貴島つむぐと申します!」
女性は鞄から名刺を取り出した。
「雑誌『エンタメブンブン』の記者をやってます! よろしくね!」
「あっ! エンタメブンブン!」
こころが目を輝かせた。
「知ってるの?」
「もちろんです! いろんなアイドルやアーティストの素敵な情報が載っている雑誌ですよね!」
「そうそう! 読んでくれる人が元気になるような記事を作るのが、私達の仕事なの!」
つむぐは嬉しそうに頷いた。
「読者のみんなの心を、ブンブン盛り上げちゃうんだ!」
「ブンブン!」
うたが楽しそうに両手を上げる。
こころも同じように手を上げた。
「ブンブン!」
「……何やってんだ、お前ら」
後ろにいた響が呟いた。
その声を聞いたつむぐが振り返る。
「あれ? そちらは?」
「咲良響です。うたの兄です」
響は軽く頭を下げた。
「へえ! お兄さんなんだ!」
「はい! ちょっと口は悪いけど、優しいお兄ちゃんです!」
「余計なこと言うな」
響がうたの頭を軽く押す。
「もう! 何するの!」
そんな兄妹のやり取りを見て、つむぐは楽しそうに笑った。
「仲がいいんだね!」
「……まあ、普通ですけど」
響は視線をそらした。
「それで、つむぐさんは何を調べてるんですか?」
ななが尋ねる。
つむぐは待っていましたとばかりに手帳を開いた。
「実はね、今、ある二人組について取材してるの!」
「二人組?」
「そう! 突然現れた謎のアイドル!」
つむぐは手帳に挟んでいた写真を取り出した。
そこには、白い衣装の少女と、黒を基調とした衣装の少女が写っていた。
「キュアズキューンとキュアキッス!」
「ズキューン!?」
うたが勢いよく顔を近づけた。
「ち、近い近い!」
つむぐが驚いて一歩下がる。
「この二人のこと、知ってるの!?」
「知ってます! 大好きです!」
うたは目を輝かせた。
「ズキューンはすっごくかっこよくて、歌も上手で、笑顔が素敵で! キッスもすごく強くて!」
「ちょっと待て、うた」
響が声をかける。
「……一回落ち着け」
「だって、お兄ちゃん!」
「分かったから。まず人の話を聞け」
うたは口を閉じたが、目は輝いたままだった。
つむぐは笑いながら手帳を見せる。
「実は二人の情報って、ほとんど分かってないんだよね。最初に姿を見せたのは、はなみちタウンフェス。そのあとにも何度か目撃されてるんだけど……」
「活動場所も、普段の姿も分からないんですね」
こころが尋ねる。
「そうなの! だから、直接会って取材してみたいんだ!」
つむぐは拳を握った。
「二人の素敵なところを、もっとたくさんの人に伝えたい!」
その言葉を聞いた瞬間、うたの表情が明るくなった。
「それなら、私達も手伝います!」
「えっ?」
「私もズキューンに会いたいんです!」
うたはななとこころを振り返った。
「ね! 二人とも!」
「うん。私も、二人のことは気になるし」
「もちろんです! アイドルプリキュア研究会としても、ぜひ!」
こころも力強く頷いた。
「やった! ありがとう!」
つむぐは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、今日から私達はズキューンキッス捜索隊だね!」
「ズキューンキッス捜索隊!」
うたが両手を上げる。
「よーし! 絶対に見つけよう!」
そんな三人を見ながら、響は小さく息を吐いた。
……また面倒なことになりそうだな。
すると、うたが振り返った。
「お兄ちゃんも手伝ってね!」
「……俺もかよ」
「当然!」
「俺、まだ怪我してんだけど」
「歩くくらいなら大丈夫でしょ?」
「……まあ、そうだけどよ」
響は右肩を軽く動かした。
まだ痛みはあるが、確かに歩くだけなら問題ない。
「……分かったよ」
「やった!」
うたが嬉しそうに笑った。
響は頭をかきながら歩き始める。
……こうなると思ってたけどな。
――はなみちタウン・広場
「さて、どうしようか」
捜索を始めたものの、すぐに手がかりが見つかるわけではなかった。
つむぐは集めた情報を確かめるため、いったん別行動を取ることになった。
広場のベンチでは、うた達が今後の作戦を考えていた。
「そもそも、ズキューンとキッスって普段は何してるんだろう?」
うたが首を傾げる。
「私達と同じように、普通に暮らしてるんじゃないかな」
ななが答えた。
「そうですね。私達も普段は学校に通っていますし」
こころが頷く。
その言葉を聞いたうたが、突然顔を上げた。
「あっ!」
「どうした?」
響が尋ねる。
「もしかして、ズキューンとキッスも、誰かが変身してるのかな!?」
三人が一瞬黙った。
「……今さらかよ」
響が呆れたように言う。
「えっ!?」
「そりゃ、そういう可能性もあるだろ」
「お兄ちゃん、気づいてたの!?」
「いや、普通に考えりゃな……」
響はそう言いかけて、口を閉じた。
考えてみれば、うたはここ数日、ズキューンのことになると普段以上に周りが見えなくなっている。
今さら驚くことでもないか。
「じゃあ、変身する前の姿を探せばいいんだ!」
うたは鞄を開いた。
「そうだ! 絵に描いてみよう!」
「……絵?」
響が嫌な予感を覚える。
「うん! ズキューンに変身しそうな人を想像して描くの!」
うたはノートを広げ、勢いよく鉛筆を動かし始めた。
その間、ななとこころは顔を見合わせる。
「どんな人なんだろうね」
「きっと、すごく素敵な人です!」
「……まあ、そうだろうな」
響も二人の話を聞きながら待っていた。
しばらくすると、うたが顔を上げた。
「できた!」
勢いよくノートを掲げる。
そこに描かれていたのは、大きなリボンを頭につけ、派手な衣装を身につけた人物だった。
目の周りには大きな星が描かれ、服には無数の飾りがついている。
「……」
響は黙って絵を見つめた。
「どう!?」
うたが得意そうに尋ねる。
「……何だ、これ」
「ズキューンに変身しそうな人!」
「……そうか」
響はもう一度、絵を見た。
どこからどう見ても、普段の街を歩いている人間には見えない。
「……お前、これが普通に歩いてると思うのか?」
「えっ? だってズキューンだよ!?」
「だからって、変身する前からそんな格好してるとは限らねぇだろ!」
「えー!」
うたが不満そうに頬を膨らませた。
ななは困ったように笑っている。
「うたちゃんらしい絵だね……」
「個性的です!」
こころが頷いた。
「……お前ら、無理して褒めなくていいぞ」
響が言った。
そのときだった。
「あれ?」
うたが何かに気づき、顔を上げた。
広場の向こうを、一人の人物が歩いている。
大きなリボン。派手な衣装。そして、目立つ化粧。
「……え?」
ななが目を丸くした。
「……まさか」
こころも驚いた。
響はうたのノートと、通りを歩く人物を交互に見た。
「……嘘だろ」
そこには、うたが描いた絵と驚くほど似た格好の人物がいた。
「ほら! いたじゃん!」
うたが得意そうに叫ぶ。
「いや、何でいるんだよ!?」
響は思わず声を上げた。
すると、少し離れた場所からつむぐが現れた。
「あっ! あの人!」
つむぐは勢いよく走り出した。
「ちょっと、お話を聞かせてください!」
「えっ?」
突然声をかけられた人物が振り返る。
「もしかして、あなた……キュアズキューン?」
「……はい?」
相手は目を丸くした。
つむぐは手帳を取り出し、さらに質問を続ける。
「普段はどこで活動してるんですか!? キュアキッスとはどういう関係で!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
その人物は困ったように両手を振った。
「私、ただの衣装好きなんですけど……」
「……え?」
「今日は友達のイベントに行くところで……」
数秒の沈黙。
つむぐはゆっくりと手帳を閉じた。
「……失礼しました」
深く頭を下げる。
人物は苦笑しながら去っていった。
うた達はその様子を少し離れた場所から見ていた。
「……違ったね」
ななが呟く。
「そうですね……」
こころも頷く。
響はうたを見た。
「……お前の絵、ある意味すげぇな」
「えへへ!」
「褒めてねぇよ!」
うたは笑いながらノートを閉じた。
――はなみちタウン・路地
同じ頃。
商店街から少し離れた場所を、一人の記者が歩いていた。
貴島つむぐだ。
「うーん……」
つむぐは手帳を開いた。
ズキューンとキッスの目撃情報。二人の出演したフェス。その他にも、いくつか気になる話があった。
しかし、肝心の二人の正体は分からないままだった。
「……何か手がかりがあればいいんだけど」
つむぐは周囲を見回した。
すると、少し離れた場所に黒い影が見えた。
「……あれ?」
影は建物の陰へ消えていった。
つむぐは首を傾げる。
「誰かいたような……」
そのとき、背後から声が聞こえた。
「……面倒っすね」
「えっ?」
振り返ると、そこにはザックリーが立っていた。
「……あんた、誰?」
「こっちは仕事が増えて大変だってのに、どいつもこいつも楽しそうにしやがって……」
ザックリーは不機嫌そうに顔をしかめていた。
その視線が、つむぐの手帳へ向く。
「……何すか、それ」
「えっ? 取材のメモだけど……」
「取材?」
「そう! 今、すごく気になる二人組を探してるの!」
つむぐは嬉しそうに答えた。
「キュアズキューンとキュアキッス! 二人のことを記事にして、もっとたくさんの人に知ってもらいたいんだ!」
その言葉に、ザックリーの表情が変わった。
「……また、あいつらっすか」
「え?」
ザックリーは舌打ちした。
カッティーに続き、昨日もクラヤミンダーを浄化されたばかりだ。
しかも、相手は新しく現れた二人のプリキュアだった。
「……気に入らないっすね」
「……何?」
「そのキラキラした顔、見てるだけで腹が立つっす」
ザックリーが手を掲げた。
黒い闇がつむぐの足元から広がっていく。
「……えっ!?」
つむぐが後ずさる。
「ちょっと、何するの!?」
「その取材、俺が手伝ってやるっすよ」
ザックリーが笑った。
「真っ暗闇の世界からな!」
闇がつむぐの身体を包み込んだ。
「クラヤミンダー!」
ザックリーの声とともに、黒い影が大きく膨れ上がった。
現れたのは、巨大なカメラを思わせる怪物だった。
胸元には大きなレンズがあり、両腕からはフィルムのような黒い帯が伸びている。
「クラヤミンダー!」
「いいっすね!」
ザックリーは満足そうに笑った。
「そのレンズで、プリキュアどものキラキラを全部奪ってやるっす!」
クラヤミンダーがレンズを光らせた。
――はなみちタウン・広場
「……ん?」
響が足を止めた。
ポケットの中で、死神代行証が反応している。
取り出してみると、ドクロ模様の目が点滅していた。
「……虚か」
響の表情が変わった。
しかし、いつもとは少し違う。
代行証が知らせている霊圧は、今まで感じたものよりも明らかに強かった。
遠くからでも、身体を押さえつけられるような感覚がある。
「……何だ、この霊圧」
響が呟く。
その声に、うたが振り返った。
「お兄ちゃん?」
「……悪い。ちょっと用事ができた」
「用事?」
「虚が出た」
うたの表情が変わる。
「えっ!? また!?」
「ああ。しかも、かなり強そうだ」
響は右肩を軽く動かした。
痛みは残っている。だが、前日よりはずいぶん動くようになっていた。
「……大丈夫なの?」
ななが心配そうに尋ねる。
「……お兄ちゃん、まだ怪我してるでしょ!」
「分かってる」
「だったら……!」
「けど、放っとくわけにもいかねぇだろ」
響はうたを見た。
「あんな霊圧の奴が街に出たら、何が起こるか分かんねぇ。誰かが襲われる前に止めねぇとな」
うたは口を閉じた。
兄が一度決めたら、簡単には考えを変えないことを知っている。
だからこそ、心配だった。
「……絶対、無茶しないでね」
「ああ」
響は短く答えた。
「お前らも気をつけろよ」
「……うん」
うたが頷く。
響は三人へ軽く手を上げると、霊圧のする方向へ走り出した。
――町外れ・工事現場跡
人通りのない工事現場跡。
響は建物の陰へ入ると、死神代行証を胸元へ押し当てた。
魂が肉体から抜け出し、黒い死覇装をまとった響が現れる。
背中の斬月を抜き、霊圧のする方向へ歩き始めた。
「……近いな」
その瞬間だった。
「ようやく来たか」
頭上から声が聞こえた。
響が顔を上げると、建物の鉄骨の上に一体の虚が立っていた。
人間に近い体格。
白い仮面に覆われた顔。
両腕からは鋭い爪が伸びている。
その姿は、これまで響が倒してきた虚とは明らかに違っていた。
「……お前か」
響は斬月を構えた。
「……この霊圧、お前か」
虚は楽しそうに笑った。
「へえ。随分でかい刀を使うんだな」
その視線が斬月へ向く。
「面白そうじゃねえか」
「……てめえ、何者だ?」
響が問いかける。
虚は鉄骨から飛び降りた。
地面へ着地すると、ゆっくりと身体を起こす。
「俺はヴァルド」
「……ヴァルド?」
「ああ。大虚の中でも、
その言葉を聞いた瞬間、響の表情が変わった。
「……アジューカス?」
初めて聞いた言葉のはずだった。
しかし、頭のどこかで引っかかるものがある。
大虚。
ギリアン。
そして、その上の存在。
「……
思わず呟いた。
なぜ、そんなことを知っているのか。
自分でも分からなかった。
「へえ。知ってるのか」
ヴァルドが面白そうに目を細めた。
「だったら話が早い。お前、あのでかいギリアンを追い返したんだろ?」
「……だったら何だ」
「いや、少し気になってな」
ヴァルドは両腕を広げた。
「この世界にも、まともに戦える奴がいるのかと思ってよ」
響は眉を寄せた。
「……戦うために来たのか?」
「ああ」
ヴァルドは当然のように答えた。
「強い奴と戦う。それ以上に面白えことがあるか?」
その言葉とともに、ヴァルドの霊圧が膨れ上がった。
響の身体に重い圧力がかかる。
昨日まで戦っていた虚とは違う。
大虚のギリアンとも、また別の強さだ。
「……っ!」
響は奥歯を噛みしめた。
「……なんつー霊圧だよ……!」
ヴァルドは笑った。
「いい顔するじゃねえか」
そして、ゆっくりと前傾姿勢を取る。
「……じゃあ、始めようぜ」
次の瞬間、ヴァルドの姿が消えた。
「……っ!?」
響が反応したときには、すでに目の前へ迫っていた。
鋭い爪が横から振り抜かれる。
「くっ!」
響は斬月を立て、何とか受け止めた。
だが、衝撃が腕を伝わってくる。
「……ぐっ!」
右肩に痛みが走った。
ヴァルドはその様子を見て笑う。
「おいおい、その程度かよ!」
さらに爪を振るう。
響は斬月を傾け、攻撃を受け流した。
しかし、次の一撃がすぐに迫る。
「……っ!」
後退する。
ヴァルドの爪が死覇装を裂いた。
脇腹に浅い傷が走る。
「……くそっ!」
響は反撃に斬月を振り下ろした。
だが、ヴァルドは身体をひねってかわす。
「遅え!」
膝が響の腹部へ迫った。
「……ぐっ!」
響の身体が後方へ弾き飛ばされる。
地面を滑り、何とか体勢を立て直した。
「……速ぇ……!」
響は息を整えた。
目で追えないほどではない。だが、こちらが動く前に相手が動いている。
しかも、一撃が重い。
……まずいな。
怪我がなかったとしても、簡単に勝てる相手じゃねぇ。
「……どうした、死神!」
ヴァルドが笑いながら近づいてくる。
「もう終わりか?」
「……誰が!」
響は地面を蹴った。
斬月を横薙ぎに振るう。
ヴァルドは爪で刃を受け止めた。
「……っ!」
金属同士が擦れ合うような抵抗が伝わる。
響はさらに力を込めた。
しかし、ヴァルドは動かない。
「……何だよ、その馬鹿力」
「いいねえ!」
ヴァルドは楽しそうに笑った。
「そういう目だ! もっと見せてみろよ!」
突然、相手の力が増した。
斬月が押し戻される。
響は踏みとどまろうとしたが、右肩が痛んだ。
「……っ!」
わずかに力が緩む。
その隙を、ヴァルドは見逃さなかった。
爪が響の肩へ迫る。
「……しまっ!」
響は身体をひねった。
直撃は避けたものの、右肩をかすめた爪が傷口を開いた。
「ぐあっ……!」
響は後退した。
傷口から血が流れる。
「……くそ……」
ヴァルドが足を止めた。
「……何だ、お前」
その声から、先ほどまでの笑いが消えていた。
「最初から怪我してんのか?」
響は斬月を構え直した。
「……だったら何だ」
「……ちっ」
ヴァルドは不満そうに舌打ちした。
「つまんねえな」
「……何?」
「そんな状態の奴と戦っても、面白くねえだろ」
ヴァルドは肩をすくめた。
だが、響は刀を下ろさなかった。
「……勝手なこと言ってんじゃねぇぞ」
「あ?」
「てめえから仕掛けてきたくせに、つまんねぇからやめるだと?」
響は斬月を握り直した。
「……ふざけんなよ」
その言葉に、ヴァルドの目が細くなった。
「……へえ」
響は斬月を握り直した。
右肩は痛む。
だが、それでも。
「……まだ終わってねぇぞ」
斬月へ霊圧が集まり始める。
青白い光が刃を包んでいった。
「……月牙」
ヴァルドが顔を上げる。
「……お?」
「天衝!」
斬月が振り抜かれた。
青白い斬撃が地面を削りながらヴァルドへ迫る。
「……それだ!」
ヴァルドは笑った。
両腕を交差させ、正面から受け止める。
月牙天衝が直撃した。
衝撃が周囲へ広がり、砂埃が舞い上がる。
「……っ!」
響は肩で息をしていた。
今の状態で放てる限界に近い一撃だった。
しかし。
「……いいねえ」
砂埃の向こうから声が聞こえた。
ヴァルドがゆっくりと姿を現す。
両腕には傷がつき、白い仮面の端にも小さな亀裂が入っていた。
それでも、立っている。
「……効いたぜ、今のは」
ヴァルドは自分の腕を見た。
そして、嬉しそうに笑った。
「やっぱり、ただの死神じゃねえな」
響は斬月を構えたまま動かなかった。
今の一撃でも倒せない。
しかも、相手はまだ余裕がある。
「……くそっ」
ヴァルドはしばらく響を見つめていた。
やがて、ゆっくりと背を向ける。
「……今日はここまでだ」
「……待て!」
響が叫ぶ。ヴァルドは振り返った。
「あ?」
「てめえ、このままどこへ行くつもりだ」
「ああ?」
「俺と戦うためだけに来たんじゃねぇのか。だったら、他の奴らには手ぇ出すなよ」
「……気に入ったぜ、お前」
鋭い爪を響へ向ける。
「その怪我、さっさと治しとけよ。次は万全のお前とやりてえ」
「……何だと?」
「勘違いすんなよ。別にお前を見逃してやるわけじゃねえ」
ヴァルドは不満そうに笑った。
「そんなボロボロのお前を潰したところで、何も面白くねえだろ」
「……てめえ」
「次に会うときまでに、その傷を治しておけ。今度こそ、思いっきりぶっ潰してやるよ」
その言葉を最後に、ヴァルドの身体が闇へ溶けるように消えていった。
「……っ!」
響は追いかけようとした。
しかし、右肩に強い痛みが走る。
「……ぐっ!」
その場に片膝をついた。
斬月を支えにしながら、荒く息を吐く。
「……何なんだよ、あいつ……」
アジューカス。
ギリアンよりも上位の大虚。
今まで戦ってきた相手とは、明らかに違う。
しかも、あの虚は戦いそのものを楽しんでいた。
自分を倒そうと思えば、もっと攻撃できたはずだ。
それなのに、怪我を理由に戦いをやめた。
「……ふざけやがって」
響は右手を握りしめた。
悔しかった。
相手はまだ余裕があった。
こちらは全力を出しても、倒すどころかまともに追い詰めることすらできなかった。
「……もっと強くならねぇと……」
響はゆっくりと立ち上がった。
そのとき、町の方角に黒い闇が広がっているのが見えた。
「……何だ、あれ」
響は目を細めた。
あの闇には見覚えがある。
「……クラヤミンダーか」
響は斬月を背負い直した。
「……ったく、休む暇もねぇな」
そう呟き、町へ向かって走り出した。
――はなみちタウン・商店街
「……あれ?」
うたが足を止めた。
手に持っていたスマートフォンで、周囲の景色を撮影していたときだった。
画面の端に、小さな白い影が映り込む。
「……今、何か……」
画面の端に、小さな影が映った。
白くて丸い身体。
見覚えのある耳。
「……え?」
うたは画面を見つめた。
「……プリルン?」
その名前を口にした瞬間、心臓が大きく動いた。
慌てて振り返る。
路地の向こうを、小さな影が走っていった。
「……プリルン!」
うたが走り出す。
「うたちゃん!?」
ななが驚いて追いかける。
「どうしたんですか!?」
こころも後を追った。
「プリルンがいたの!」
「えっ!?」
「本当ですか!?」
うたは必死に路地を走った。
見間違いじゃない。
あれは、間違いなくプリルンだった。
「プリルン! 待って!」
声をかける。
しかし、プリルンは振り返らない。
そのまま路地の奥へ進んでいく。
「……どうして?」
うたは足を止めずに追いかけた。
――町外れ・駐車場
路地を抜けた先には、広い駐車場があった。
そこには、巨大なクラヤミンダーが立っていた。
胸元には大きなカメラのレンズがあり、両腕から黒いフィルムのような帯が伸びている。
「クラヤミンダー!」
怪物が低く声を上げた。
その少し離れた場所には、ザックリーが立っている。
「……あっ!」
うたは立ち止まった。
その目に映ったのは、怪物のすぐ近くにいる小さな妖精だった。
「プリルン!」
プリルンはクラヤミンダーを見上げていた。
「……真っ暗闇の気配プリ」
その表情は真剣だった。
自分より何倍も大きな怪物を前にしても、逃げようとしない。
「プリルン! 危ないよ!」
うたが叫ぶ。
しかし、プリルンは振り返らなかった。
「……プリ?」
代わりに、怪物へ向かって一歩踏み出した。
「キュアアイドルは、プリルンが守るプリ!」
その言葉を聞いた瞬間、うたの胸が温かくなった。
「……プリルン」
やっぱり、プリルンだ。
いつも自分を応援してくれた、大切な仲間。
「プリルン!」
うたはもう一度名前を呼んだ。
そのとき、別の声が聞こえた。
「ねえたま!」
上空からメロロンが降りてきた。
「一人で行っちゃ駄目メロ!」
「メロロン!」
うたが顔を上げる。
メロロンも戻ってきていた。
ずっと心配していた二人が、目の前にいる。
「二人とも!」
うたが駆け寄ろうとした。
しかし、その前に黒いフィルムが地面へ伸びてきた。
「……っ!」
うたは慌てて後退する。
クラヤミンダーがレンズを光らせた。
「クラヤミンダー!」
周囲へ黒い光が放たれる。
「危ない!」
なながうたの腕を引いた。
「……っ!」
光が地面へ命中し、黒い闇が広がっていく。
「うたちゃん、今は危険だよ!」
「……うん!」
うたは頷いた。
三人はブローチを取り出す。
『プリキュア! ライトアップ!
キラキラ、ドレスチェンジ! YEAH!
キミと~! YEAH!
一緒に~! YEAH!
キミと歌う、ハートのキラキラ! 笑顔ニッコリ、キュアアイドル!』
『プリキュア! ライトアップ!
キラキラ、ドレスチェンジ! YEAH!
キミと~! YEAH!
一緒に~! YEAH!
キミと瞬く、ハートの勇気!
お目目パッチン、キュアウインク!』
『プリキュア! ライトアップ!
キラキラ、ドレスチェンジ! YEAH!
キミと~! YEAH!
一緒に~! YEAH!
キミと踊る、ハートのリズム! 心キュンキュン キュアキュンキュン!』
『ウィアー! キミとアイドルプリキュア!』
ザックリーが三人を見て笑った。
「ようやく来たっすね!」
「ザックリー!」
アイドルが前へ出る。
「クラヤミンダーを今すぐ元に戻して!」
「嫌っすよ!」
ザックリーが腕を振り上げた。
「やっちまえ!」
クラヤミンダーのレンズが光る。
無数の黒い光が三人へ向かって放たれた。
『ウインクバリア!』
ウインクが前へ出て、光の障壁を展開した。
攻撃を防ぐ。
しかし、クラヤミンダーはさらに腕から黒いフィルムを伸ばしてきた。
「……っ!」
ウインクの障壁へ帯が巻きつく。
そのまま強い力で引き裂こうとする。
「ウインク!」
アイドルが飛び出した。
『アイドルグータッチ!』
光をまとった拳がフィルムを断ち切る。
しかし、切れた部分からすぐに闇が広がり、帯が再び伸びてきた。
「……また!?」
キュンキュンが横からレーザーを放つ。
『キュンキュンレーザー!』
光がクラヤミンダーの腕へ命中した。
怪物の身体がわずかに揺れる。
だが、すぐに体勢を立て直した。
「……しぶといですね!」
キュンキュンが顔をしかめる。
そのとき、後方から声が聞こえた。
「おい!」
三人が振り返る。
そこには、斬月を背負った響が立っていた。
「お兄ちゃん!」
アイドルが声を上げた。
しかし、響の姿を見た瞬間、その表情が変わった。
死覇装の肩口が裂け、血が滲んでいる。
「……怪我してる!」
「……大したことねぇ」
「全然大したことなくない!」
響は少しだけ顔をしかめた。
「……後で話す。それより、あいつを止めるぞ」
斬月を抜き、クラヤミンダーへ向き直る。
だが、そのときだった。
「……ねえたま」
メロロンがプリルンの隣へ並んだ。
プリルンはクラヤミンダーを見つめたまま、小さく頷く。
「……プリ」
二人の胸元から、淡い光が広がった。
その光を見た瞬間、響は動きを止めた。
「……何だ?」
プリルンとメロロンの周囲に、見覚えのある光が集まり始める。
その光は二人の身体を包み込み、次第に大きくなっていった。
「……え?」
アイドルが目を丸くした。
「プリルン……?」
光の中で、二人の姿が変わり始める。
小さな身体が人間のような姿へ変わり、衣装が光の中から現れていった。
やがて、二人は声を合わせる。
『プリキュア! ライトアップ! キラキラショータイム!』
眩しい光が広がった。
その中から、二人の少女が姿を現す。
白い衣装。
黒を基調とした衣装。
そして、見覚えのある姿。
『ハートをプリっとロックオン! キミとズッキュン、キュアズキューン!』
『ハートをメロっとひとりじめ! キミと口づけ、キュアキッス!』
光が収まった。
そこに立っていたのは、キュアズキューンとキュアキッスだった。
「……え?」
アイドルが固まった。
ウインクもキュンキュンも、言葉を失っている。
「……嘘」
ウインクが呟いた。
「……ズキューンとキッスが……」
キュンキュンが目を見開く。
響も驚きを隠せなかった。
「……おいおい」
思わず言葉が漏れる。
「……マジかよ」
あの二人が、プリルンとメロロンだった。
昨日まで、自分達と一緒に暮らしていた妖精。
夜中にキラキランドへ向かう姿を見送った、あの二人。
「……プリルンが……ズキューン……?」
アイドルが小さく呟いた。
その胸が大きく高鳴る。
ずっと会いたいと思っていたキュアズキューン。
その正体は、自分にとって大切な存在だった。
「……プリルン……」
アイドルは嬉しそうに笑った。
だが、その笑顔を見ても、ズキューンはすぐには振り返らなかった。
その視線は、目の前のクラヤミンダーへ向けられていた。
「……キッス」
「はい、お姉さま」
二人は並んで構える。
その姿を見たザックリーが顔をしかめた。
「……またお前らっすか!」
「そうよ」
キッスが答えた。
「今日も、あなた達の好きにはさせないわ」
「……ふざけるなっす!」
ザックリーが叫ぶ。
「やっちまえ! クラヤミンダー!」
怪物のレンズが強く光った。
黒いフィルムが無数に伸び、二人へ迫る。
ズキューンは前へ出た。
その動きには迷いがなかった。
「キッス!」
「はい!」
キッスが両手を広げる。
ハート型の光が現れ、黒いフィルムを次々と受け止めた。
『キッスショック!』
音符の形をした光が放たれ、クラヤミンダーの腕へ命中する。
怪物の動きが止まった。
「今です、お姉さま!」
「うん!」
ズキューンが地面を蹴った。
キッスの作り出した光を足場にして、一気に上空へ跳び上がる。
クラヤミンダーのレンズがズキューンを追おうとした。
しかし、キッスの光がその動きを妨げていた。
ズキューンが手を伸ばす。
『ズキューンバズーカー!』
光の一撃がクラヤミンダーの胴体へ命中した。
怪物が後方へ倒れ込む。
「……すごい」
ウインクが呟いた。
「二人の連携、全然隙がありません!」
キュンキュンも驚いていた。
響は黙って二人を見つめていた。
先ほど戦ったアジューカスとは違う力だ。
だが、二人の動きには無駄がなく、互いの動きを自然に補い合っている。
「……強ぇな」
響は小さく呟いた。
その声を聞いたアイドルが、顔を上げた。
「……うん」
アイドルは二人を見つめた。
「……プリルン、メロロン」
その名前を呼ぶ。
胸が温かくなった。
ずっと心配していた二人が、こんなに立派になって戻ってきてくれた。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
「……頑張れ!」
アイドルが叫ぶ。
「ズキューン! キッス!」
二人が振り返る。
「私達も応援してるよ!」
アイドルは笑顔で手を振った。
「二人なら、絶対にできる!」
その声に、ズキューンの表情が変わった。
なぜだろう。
その声を聞くと、胸の奥が温かくなる。
初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っているような気がする。
ズキューンは小さく微笑んだ。
「……うん」
隣のキッスが顔を上げる。
「お姉さま?」
「……行こう、キッス」
「はい!」
二人は同時にマイクを掲げた。
光が広がり、ステージが現れる。
音楽が流れ始めた。
「……始まった!」
アイドルが目を輝かせる。
ズキューンとキッスはステージの中央へ並んだ。
『ふたりの誓い、いま輝け!』
二人の歌声が重なる。
白と桃色の光がステージ全体へ広がり、クラヤミンダーを包み込んだ。
『プリキュア・ズキューンキッスディスティニー!』
光が怪物の身体へ降り注ぐ。
クラヤミンダーを覆っていた闇が、少しずつ消えていった。
「クラヤミンダー……!」
怪物の身体が光に包まれ、元の姿へ戻っていく。
やがて光が収まると、そこには貴島つむぐが倒れていた。
「……ん……?」
つむぐがゆっくりと目を開いた。
「……あれ?」
身体を起こし、周囲を見回す。
「……私、何してたんだっけ?」
そのとき、目の前に立つ二人の姿が目に入った。
「……え?」
つむぐの目が大きく開かれる。
「……ズキューン……キッス……?」
二人は顔を見合わせた。
そして、つむぐへ笑いかける。
「大丈夫?」
ズキューンが手を差し伸べる。
つむぐはしばらく固まっていたが、次の瞬間、勢いよく立ち上がった。
「キュアズキューン! キュアキッス!」
興奮した様子で二人へ近づく。
「やっと会えた! ずっと探してたの!」
ズキューンは少し驚いたようだった。
「……私達を?」
「そう! 雑誌の取材をしてるんだけど、ぜひ二人に話を聞きたくて!」
つむぐは鞄から手帳を取り出した。
「突然現れた二人組のアイドル! その正体に迫る特別取材!」
キッスが少し困ったようにズキューンを見る。
「……お姉さま」
「……そうだね」
ズキューンは小さく頷いた。
そして、つむぐへ向き直る。
「少しだけなら、いいよ」
「本当!?」
つむぐの顔が明るくなった。
「ありがとう!」
その様子を、少し離れた場所からうた達が見守っていた。
「……よかった」
アイドルが笑った。
ななも頷く。
「うん。つむぐさんも無事みたい」
「それにしても、本当に驚きましたね……」
こころはまだ信じられない様子だった。
「プリルンとメロロンが、あの二人だったなんて……」
響も黙ってズキューン達を見つめていた。
思い返せば、二人がキラキランドへ向かった夜。
プリルンは、もっと強くなりたいと言っていた。
うた達を守れる力が欲しいと。
「……そうか」
響は黙ってズキューン達を見つめていた。
思い返せば、二人がキラキランドへ向かった夜。プリルンは、うた達を守るために強くなりたいと言っていた。
「……やるじゃねぇか、あいつら」
響は小さく笑った。
その言葉に、うたが振り返った。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「プリルン、すごいね」
「ああ」
響は頷いた。
「……頑張ったんだろうな」
うたは嬉しそうに笑った。
そして、ズキューン達へ向かって歩き始めた。
――駐車場・戦闘後
取材を終えたつむぐは、二人へ深く頭を下げた。
「ありがとう! 素敵な記事にするから、楽しみにしていてね!」
つむぐは嬉しそうに手を振り、駐車場をあとにした。
その姿が見えなくなると、ズキューンとキッスは互いに顔を見合わせた。
やがて二人の身体が淡い光に包まれ、小さな妖精の姿へ戻っていく。
そこにいたのは、プリルンとメロロンだった。
「……プリルン!」
うたは嬉しそうに駆け寄った。
「メロロンも! お帰り!」
プリルンは顔を上げた。
「……プリ?」
うたは笑顔のまま続ける。
「ずっと心配してたんだよ! なかなか帰ってこないから、何かあったのかなって!」
プリルンは不思議そうに首を傾げた。
その様子に、うたは少しだけ違和感を覚えた。
「……プリルン?」
「……どうしてプリルンの名前、知ってるプリ?」
その言葉に、うたの動きが止まった。
「……え?」
プリルンは、まるで初めて会った相手を見るように、うたを見つめていた。
「……キミ、誰プリ?」
数秒の沈黙。
うたは何を言われたのか分からなかった。
「……何、言ってるの?」
思わず笑おうとした。
きっと冗談だ。
プリルンは時々、変なことを言ってみんなを驚かせる。
今回も、そういうことだと思いたかった。
「……もう、プリルン。びっくりさせないでよ」
うたは笑いながら手を伸ばした。
「私だよ。うた!」
プリルンは首を傾げた。
「……うた?」
「そうだよ!」
うたは頷いた。
「咲良うた! いつも一緒にいたでしょ?」
プリルンはしばらく考えるように目を閉じた。
しかし、やがて首を横に振った。
「……知らないプリ」
「……え?」
「プリルン、キミのこと知らないプリ」
うたの笑顔が消えた。
隣にいたななも、言葉を失っていた。
「……プリルン?」
こころが小さく声をかける。
しかし、プリルンはこころのことも分からない様子だった。
「……キミ達、プリルンを知ってるプリ?」
その言葉に、うたは何も答えられなかった。
胸の奥が冷たくなっていく。
「……そんな」
うたは小さく呟いた。
「……だって、プリルン……」
あの日、初めて出会ったとき。
一緒に歌ったとき。
喫茶グリッターで笑い合ったとき。
自分をアイドルプリキュアにしてくれた、大切な存在。
そのプリルンが、自分のことを知らないと言っている。
「……私のこと、忘れちゃったの?」
うたの声が震えた。
プリルンは答えられなかった。
ただ、不思議そうに首を傾げている。
その隣で、メロロンが一歩前へ出た。
「……ねえたま」
メロロンはプリルンの手を取った。
「もう行くメロ」
「……プリ?」
「ここに長くいる必要はないメロ」
その言葉に、響が顔を上げた。
「……待てよ」
メロロンが振り返る。
「……何メロ?」
響は二人を見つめた。
あの夜、二人を見送った。
プリルンはうた達を守るために、強くなりたいと言っていた。
そして、今はプリキュアになっている。
それなのに、うたのことを覚えていない。
「……どういうことだ?」
響の声が低くなった。
「何があったんだよ」
メロロンは一瞬、目を伏せた。
しかし、すぐに顔を上げる。
「……話すことはないメロ」
「……おい」
「ねえたま、行くメロ」
メロロンはプリルンの手を引いた。
だが、うたがその前へ出る。
「……待って」
その声に、プリルンが振り返った。
「……プリ?」
うたは小さく息を吸った。
涙が出そうだった。
それでも、何とか笑おうとした。
「……プリルン」
大切な名前を呼ぶ。
「私、うただよ」
プリルンは黙っていた。
「一緒に歌ったよね。いっぱい笑ったよね。プリルン、私のこと大切なメンバーだって……」
言葉が続かない。
うたは唇を噛んだ。
「……忘れちゃったの?」
プリルンは小さく首を傾げた。
「……ごめんプリ」
その言葉が、うたの胸に深く刺さった。
「……っ」
うたは目を伏せた。
プリルンは困ったようにメロロンを見る。
「……メロロン」
「大丈夫メロ、ねえたま」
メロロンはプリルンの手を握り直した。
「行くメロ」
「……分かったプリ」
二人は光に包まれ、空へ浮かび上がった。
「……プリルン!」
うたが叫ぶ。
しかし、二人は振り返らなかった。
そのまま建物の向こうへ消えていく。
「……プリルン……」
うたはその場に立ち尽くした。
ななもこころも、何も言えなかった。
響は歯を食いしばっていた。
何が起きたのか分からない。
だが、あの夜のプリルンの言葉だけは、はっきり覚えている。
『うた達を守れる力が欲しいプリ!』
プリルンは、その願いを叶えた。
けれど、その代わりに何かを失ったのかもしれない。
「……くそ」
響は小さく呟いた。
目の前で立ち尽くす妹を見た。
うたは何も言わず、二人が消えた空を見つめていた。
その肩が、小さく震えている。
「……うた」
響が声をかける。
うたは振り返らなかった。
「……お兄ちゃん」
ようやく声が返ってきた。
「……プリルン、私のこと……」
その先の言葉は続かなかった。
響は何も言わず、妹の隣へ立った。
「……ああ」
短く答える。
自分にも、理由は分からない。
だから、軽々しく大丈夫だとは言えなかった。
「……でも」
うたは小さく顔を上げた。
「……私、プリルンのこと、忘れないから」
その言葉に、響は妹を見た。
「……うん」
うたは涙を拭った。
「プリルンが私のこと忘れちゃっても、私は覚えてる。だから……」
声が震える。
それでも、うたは言葉を続けた。
「……また、仲良くなりたい」
響はしばらく黙っていた。
そして、そっと妹の頭へ手を置いた。
「……だったら、そうすりゃいい」
うたが顔を上げる。
「……え?」
「忘れちまった理由は分かんねぇけど、あいつがあいつであることに変わりはねぇんだろ」
響は空を見上げた。
「……だったら、また仲良くなりゃいいだろ」
「忘れちまったなら、何度でも話しかけりゃいい。お前、そういうの得意だろ?」
うたは兄を見つめていた。
響は少しだけ笑った。
うたは目を見開いた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……うん」
まだ、涙は止まらない。
それでも、うたは小さく笑った。
「……ありがとう、お兄ちゃん」
「……ああ」
響は妹の頭から手を離した。
そのとき、右肩に痛みが走った。
「……っ」
思わず顔をしかめる。
うたがすぐに気づいた。
「……お兄ちゃん!?」
「……何だよ」
「その怪我!」
うたが響の肩を見る。
死覇装が裂け、血が滲んでいる。
「……また無茶したの!?」
「……ちょっとな」
「ちょっとじゃないでしょ!」
うたの声が大きくなる。
響は思わず目をそらした。
「……悪かった」
「もう!」
うたは怒ったように頬を膨らませた。
だが、その目にはまだ涙が残っている。
響はそんな妹を見て、小さく息を吐いた。
……まったく。
自分のことより、人の心配ばっかしやがって。
「……帰るぞ」
響は静かに言った。
「……うん」
うたは頷いた。
ななとこころも二人の隣へ歩み寄る。
「うたちゃん。私達も一緒に考えるよ」
「はい! プリルンのこと、絶対に諦めません!」
うたは二人を見た。
そして、涙を拭いながら笑った。
「……ありがとう」
四人はゆっくりと歩き始めた。
――キラキランド・城の一角
暗い城の中。
プリルンとメロロンは、誰もいない部屋へ戻っていた。
プリルンは窓の外を見つめていた。
「……メロロン」
「何メロ?」
「さっきの子達……」
プリルンは小さく首を傾げた。
「……プリルンのこと、知ってたプリ」
「……そうメロ」
「どうしてプリ?」
メロロンは答えなかった。
プリルンは胸元へ手を当てる。
「……不思議プリ」
「……何がメロ?」
「あの子の声を聞くと、何だか胸が温かくなるプリ」
メロロンの表情が変わった。
「……ねえたま」
「でも、何も思い出せないプリ」
プリルンは小さく俯いた。
「……プリルン、あの子と会ったことあるプリ?」
メロロンはしばらく黙っていた。
やがて、静かに答える。
「……今は、知らなくていいメロ」
「……プリ?」
「ねえたまは、今のままでいいメロ」
プリルンは不思議そうにメロロンを見た。
だが、メロロンはそれ以上何も言わなかった。
部屋の奥には、ハートキラリロックが置かれていた。
固く閉じられた錠前。
その中には、二人が差し出した大切なものが封じられている。
メロロンは錠前を見つめた。
……ねえたま。
メロロンは、間違ってないメロ。
ねえたまが望んだ力を、手に入れられたんだから。
そう思いながらも、胸の奥には小さな痛みが残っていた。
――咲良家・夜
部屋の窓から、月の光が差し込んでいた。
響はベッドに腰を下ろし、右肩の包帯を巻き直していた。
昼間のアジューカスとの戦い。
あの虚の姿が、頭から離れない。
「……ヴァルド、か」
響は小さく呟いた。
自分よりも明らかに強い相手。
しかも、あいつはまだ本気を出していなかった。
「……くそっ」
響は拳を握りしめた。
今のままでは、次に戦ったとき勝てるかどうか分からない。
いや。
このままなら、間違いなく負ける。
そう思った瞬間、胸の奥に奇妙な感覚が生まれた。
まだ何かがある。
斬月には、自分が知らない力が残っている。
そんな気がした。
「……斬月」
響は静かに名前を呼んだ。
すると、頭の奥に、何かが響いたような気がした。
『……まだだ』
「……っ!?」
響は顔を上げた。
誰かの声が聞こえたような気がした。
だが、部屋には自分しかいない。
「……何だ、今の」
響は周囲を見回した。
何も変わっていない。
窓の外には、いつもの夜の景色が広がっている。
「……気のせいか」
そう呟いた。
しかし、胸の奥には妙な感覚が残っていた。
強くなりたい。
今度こそ、みんなを守れる力が欲しい。
その想いに応えるように、何かが自分の中で動き始めている。
響は右手を握りしめた。
「……次は、絶対に負けねぇ」
その言葉は、静かな部屋の中に消えていった。
ぼくはただきみに
さよならを言う練習をする
BLEACH/第15巻 吉良イヅル
キミプリの推しは?
-
咲良うた/キュアアイドル
-
蒼風なな/キュアウィンク
-
紫雨こころ/キュアキュンキュン
-
プリルン/キュアズキューン
-
メロロン/キュアキッス