心を持った少女人形(原材料:人間)   作:ばっどぼーい

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[シェリー編 3]声変わりと最初のリボン

手術が終わった直後、シェリーは声を出せなかった。

意識が浮かび上がったとき、最初に感じたのは顔全体を覆う重い圧迫感だった。額から頬、顎にかけて厚い包帯が巻かれ、頭部は左右へ動かないよう固定されている。

喉にも異物感があった。

内側から腫れ上がっているようで、唾を飲み込むだけでも鈍い痛みが走る。低い呻き声を出そうとしたが、空気が掠れて抜けただけだった。

音にならない。

直人はもう一度、声を出そうとした。

「お……」

それだけで喉が焼けるように痛んだ。

聞こえたのは、以前の低い声ではなかった。

高さも、響きも分からない。ただ、細く不安定な空気音が漏れただけだった。

「無理に話してはいけません」

すぐ近くからエマの声がした。

直人は目だけを動かした。

視界の端に、淡い水色のドレスが見えた。白い長手袋に包まれた手が、シェリーの黒い手袋を握っている。

男の操作によるものだった。

だがエマは、目覚めた妹が一人で怯えないよう、自分から手を握っていると信じていた。

「おはようございます、シェリー」

直人は首を振ろうとした。

固定具がそれを許さない。

代わりに黒い手袋の指が動き、エマの手を強く握り返した。

男が操作した。

「……ちが……」

掠れた音が出た。

自分の声ではない。

まだ完成した声ではないはずだった。腫れと処置の影響で、まともな発声ができないだけかもしれない。

それでも、直人は恐怖を覚えた。

以前なら、どれほど身体を変えられても、声を出せば自分が直人であることを確認できた。

低い声。

長年使ってきた響き。

怒鳴ったとき胸へ返ってくる振動。

今は、それがない。

「話さなくて大丈夫です」

エマは黒い手を両手で包んだ。

「お父様が、きれいな声へ整えてくださいました。今はまだ、喉がお休みしているだけです」

直人はエマを睨んだ。

否定しようとしても声が出ない。

口の形だけで「違う」と作る。

エマはその動きを見つめ、悲しそうに微笑んだ。

「怖いのですね」

違う。

「昔の声がなくなったと思うと、不安なのですね」

違う。

「大丈夫です。私も、目が覚めた頃は、何もかもなくなったと思っていました」

直人は黒い指を動かそうとした。

できない。

エマの手を振り払うことも、喉へ触れて確かめることもできない。

男が部屋へ入ってきた。

まずエマの髪へ触れ、リボンの位置を整える。それからシェリーの包帯と喉の状態を確認した。

「よく目を覚ましたね」

直人は男を睨んだ。

「声は出さないほうがいい。今無理をすると、調整した部分へ負担がかかる」

直人は唇を動かした。

――戻せ。

男はそれを読み取ったようだった。

「もう以前の声には戻らない」

直人の目が見開かれた。

「顔も、さらに整えた。包帯を外す頃には、前よりシェリーへ近づいている」

直人は身体をよじろうとした。

同時に、黒い腕が乱暴に持ち上がった。

男の操作だった。

片方の手が喉へ伸び、もう片方が顔の包帯を剥がそうとする。

「いけません!」

エマの両腕がすぐに動いた。

白い手袋がシェリーの黒い手を包み、顔から離す。

「触ったら、お顔が傷ついてしまいます」

直人は抵抗するように腕を振った。

だが、その抵抗さえ男が作ったものだった。

男は直人の恐怖を、シェリーの身体へ分かりやすく演じさせている。

顔へ手を伸ばす。

喉を押さえる。

エマを振り払おうとする。

そして、少しずつ動きを弱める。

エマはそれを、妹が自分の腕の中で落ち着いていく過程だと受け取った。

「大丈夫です」

白い腕がシェリーを抱きしめる。

「包帯が取れるまで、ずっとそばにいます」

黒い腕が、ゆっくりとエマの背へ回った。

直人は目を見開いた。

声が出ない。

抱き返しているのは自分ではないと叫べない。

黒い手袋の指がエマのドレスをつかみ、身体がその胸元へ寄りかかる。

「ほら」

エマが安堵したように言った。

「もう大丈夫ですね」

違う。

「私がいると安心するのでしょう?」

違う。

「私も嬉しいです」

直人は目を閉じた。

声を失うということが、これほど恐ろしいとは思わなかった。

身体は男の操作によって勝手に感情を演じる。

以前なら、低い声でそれを否定できた。

だが今は、身体だけが動き、直人の否定は音にならない。

シェリーの身体が示すものだけが、部屋の中で事実として扱われていた。

それからの数日、直人はほとんど話さなかった。

正確には、話せなかった。

喉の腫れが引き始めると、少しずつ音を出せるようになった。だが、発声するたび、自分の知らない響きが返ってくる。

まだ不安定だった。

高すぎるわけではない。

完全に女性の声として整っているわけでもない。

けれど、以前の低い声ではなかった。

声の芯が細くなり、喉の奥で鳴っていた重い響きが失われている。短い言葉なら、若い女性の声に近く聞こえる瞬間すらあった。

「み……ず」

初めてまともに言えたのは、その二音だった。

自分の口から出た音に、直人は凍りついた。

エマは嬉しそうに顔を上げた。

「声が出ましたね」

直人は黙った。

「もう一度、言ってみてください」

答えない。

男が水を入れたカップを用意した。

シェリーの黒い手が持ち上がり、取っ手をつかむ。

口元へ運ばれる。

直人は水を飲んだ。

冷たさが喉を通る。

「ありがとう、と言えるかな」

男が尋ねた。

直人は口を閉ざした。

エマが隣から優しく言う。

「無理に言わなくても大丈夫です」

男はエマの頬を撫でた。

「エマは優しいね」

「私も、最初は何も言いたくありませんでしたから」

「でも今は、きれいに話せる」

「お父様が、根気よく教えてくださったからです」

直人は二人の会話を聞きながら、新しい声を出さないよう耐えた。

声を出せば、それが自分のものとして耳へ残る。

使えば使うほど、脳が新しい響きへ慣れてしまう。

沈黙していれば、直人の声はまだ記憶の中にある。

そう思った。

だが男は、沈黙さえ利用した。

「シェリーは、声が変わったことをまだ受け入れられないようだ」

エマは心配そうにシェリーの手を握った。

「私が話しかけすぎているのでしょうか」

「違うよ。君の声を聞いて、自分もあんなふうに話したいと思っている」

直人は男を睨んだ。

「そのうち、身体が答えてくれる」

男が操作器へ触れる。

シェリーの右手が持ち上がり、喉へ触れた。

細い指が首筋をなぞる。

幻の指へ、自分の喉の感触が返る。

以前より外側は変わっていない。

それでも、その内部から生まれる音は別物になった。

「声を……返せ」

直人は我慢できずに言った。

部屋に響いたのは、掠れてはいるが、明らかに以前より高く柔らかな声だった。

直人自身が、その音に最も驚いた。

エマの目が輝いた。

「とてもきれいです」

「言うな」

その言葉も、新しい声で出た。

「シェリーに似合っています」

「聞くな!」

直人は叫んだ。

叫んだつもりだった。

しかし以前のような太い怒声にはならない。鋭く高い声が響き、自分の耳へ返ってきた。

 

包帯が外される前日、男は小さな箱を持ってきた。

中には黒いリボンが入っていた。

大きなものではない。

髪がまだ十分に長くないため、細く短い飾りだった。黒を基調に、縁だけ深い紫の糸で縫われ、中央には小さな青い石がついている。

エマは箱を覗き込み、嬉しそうに微笑んだ。

「シェリーのリボンですか」

「最初の一つだ」

男はシェリーの髪へ触れた。

手術前より少し伸び、耳へかかる程度になっている。将来の長い髪には程遠いが、片側をまとめて飾ることはできた。

「やめろ」

新しい声で拒絶する。

それを聞くたび、胸の奥が冷たくなる。

「まだ髪は短い」

男は櫛を通しながら言った。

「けれど、包帯を外す前に一つだけ結んでおこう。新しい顔を最初に見るとき、シェリーが自分の髪に何もないと思わないように」

「エマ」

「はい、お父様」

「君が選んだ位置で結ぼう」

エマは少し驚いたあと、嬉しそうに身を乗り出した。

「私が決めてもいいのですか」

「姉だからね」

エマはシェリーの髪を見つめた。

もちろん、自分では髪へ触れられない。白い手袋の指は、男の操作なしには動かない。

それでも男はエマの手を動かし、シェリーの髪へそっと触れさせた。

白い指が、まだ短い黒髪を梳く。

「こちらがいいと思います」

エマは左側を示した。

「どうして?」

「私のリボンと反対側になります。並んだとき、二つが外側に見えるから」

男は満足そうに頷いた。

「よく考えたね」

エマの顔が明るくなる。

「シェリーにも似合うでしょうか」

「きっと似合う」

男は髪の左側をまとめ、最初の黒いリボンを結んだ。

直人は鏡を見せられていなかった。

視界の端に、黒いリボンの先だけがかすかに揺れている。

頭を動かすと、飾りが髪を引く感覚があった。

小さな重み。

それは取るに足らないはずのものだった。

顔の骨格を変えられたことや、声を失ったことに比べれば、ただの布切れにすぎない。

それでも直人には、そのリボンが恐ろしかった。

手術のような強制ではない。

包帯のように一時的なものでもない。

可愛いから。

似合うから。

姉と対になるから。

そんな穏やかな理由で、シェリーの印が頭へ結ばれた。

「外せ」

「嫌だったかい」

「俺の髪にそんなものをつけるな」

男はすぐには外さなかった。

「エマは、どう思う?」

エマはシェリーを見つめた。

「とても可愛いです」

直人の黒い右手が持ち上がった。

リボンへ触れる。

男の操作だった。

幻の指へ、柔らかな布と小さな石の感触が伝わる。

「触らせるな」

「シェリーも気になっているようだ」

「取りたいだけだ!」

指がリボンの結び目へ触れた。

だが、ほどく代わりに、形を整えるように撫でる。

「ほら」

エマが微笑む。

「大切に触っています」

直人は目を閉じた。

違うと叫びたかった。

だが新しい声を聞きたくなかった。

男の操作する指は、リボンの端を何度も確かめた。

その触覚だけが、直人の中へ残った。

翌朝、包帯が外された。

エマは今日も隣にいた。

淡い桃色のドレスと白い手袋。金色の髪の右側には、明るい色のリボンが結ばれている。

シェリーの左側には、昨夜の黒いリボン。

二人が並べば、飾りは互いに外側へ向く。

男は包帯を一枚ずつほどいた。

直人は目を閉じていた。

前回の顔を見たときの記憶が蘇る。

直人とシェリーの中間。

まだ自分の目と声が残っていた顔。

今は声が変わった。

そして包帯の下では、顔もさらに進められている。

「終わったよ」

男が言った。

直人は目を開けなかった。

「見ませんか」

エマが尋ねた。

「見ない」

「私が先に見てもいいですか」

直人は答えなかった。

エマの身体が男の操作で前へ傾き、シェリーの顔を覗き込む。

少しの沈黙。

「きれいです」

その一言で、直人はさらに目を固く閉じた。

「言うな」

新しい声が漏れた。

「本当に、きれいです」

「黙れ」

「前よりも、ずっとシェリーらしくなりました」

直人は目を開けた。

鏡の中の顔は、前回より明確に女性へ近づいていた。

顎はさらに細く整えられ、頬の線も滑らかになっている。目元には直人の面影が残っていたが、それを囲む輪郭が変わったことで、同じ目でありながら別人のように見えた。

鼻筋にも元の形は残っている。

口元にも、直人だった頃の痕跡がある。

しかし全体を見れば、もう成人男性の顔とは言い切れない。

まだ完成したシェリーでもない。

直人の記憶を材料に作られた、若い女性の途中の顔だった。

短く伸び始めた髪の左側には、黒いリボンが結ばれている。

暗いドレス。

黒い手袋。

細い肩。

女性へ近づいた顔。

そして、その顔から出る新しい声。

「……これが」

直人は鏡を見つめた。

「俺なのか」

声が柔らかく響いた。

男はすぐに答えなかった。

エマが白い手袋で、シェリーの黒い手を取った。

「今のシェリーです」

「違う」

「まだ完成していなくても、大切なシェリーです」

「俺は直人だ」

その名前も、新しい声で発せられた。

鏡の中の顔は、低い声で直人と名乗っていた頃よりも、その音を不自然に響かせた。

男は鏡の横へ、手術前の写真を置いた。

男性の顔。

短い髪。

同じ暗いドレスを着て、黒い手袋を膝へ重ねている直人。

その隣に、現在のシェリーが映る。

同じ服。

同じ人形肢。

同じ姿勢。

違う顔と、違う声。

「やめろ」

直人は写真から目をそらした。

「並べるな」

「これが変化だよ」

「俺を消しているだけだ」

「消してはいない」

男は低い声の録音を再生した。

――俺は直人だ。シェリーじゃない。

部屋に、失われた声が流れた。

直人は息を止めた。

あれほど聞き慣れていたはずの声が、今は遠い他人のものに聞こえた。

続いて、昨日録音した新しい声が流れる。

――声を返せ。

同じ拒絶。

違う響き。

男は二つを交互に聞かせた。

エマは驚いたようにシェリーを見た。

「本当に、違いますね」

「聞くな」

「昔の声も、シェリーの声だったのですね」

「違う。あれが俺の声だ」

「今の声も、シェリーの声です」

エマは優しく言った。

「どちらも、お父様が大切に残してくださっています」

直人は鏡の中の自分を見た。

黒いリボン。

柔らかくなった顔。

新しい声。

直人はまだ消えていない。

記憶もある。

名前も言える。

怒りも恐怖も変わらない。

だが、それらを外へ示す手段が、一つずつシェリーのものへ置き換えられていた。

男が操作器へ触れる。

シェリーの黒い手が持ち上がり、髪のリボンへ触れた。

今度も、ほどこうとはしない。

指先で結び目を整え、鏡の中の位置を確かめる。

「やめろ」

「気に入ったのかい」

「違う」

「身体は大切に扱っている」

エマが自分の明るいリボンへ触れた。

同時に、シェリーの黒い手もリボンへ添えられる。

鏡の中で、姉妹人形が同じ仕草をした。

白と黒。

光と夜。

エマは嬉しそうに笑った。

「おそろいですね」

直人は否定しようとした。

だが鏡の中のシェリーは、リボンへ触れたまま、エマの隣へ静かに座っている。

エマが肩を寄せる。

「最初のリボン、よく似合っています」

シェリーの腕が動き、エマの腰へ回る。

エマも妹の肩を抱いた。

「外せ」

「何をですか」

「全部だ」

新しい声が震えた。

「リボンも、顔も、声も。この身体も。全部返せ」

エマはシェリーを抱きしめた。

男の操作で、黒い腕がそれを抱き返す。

「大丈夫です」

エマは耳元で囁いた。

「まだ変わったばかりだから、怖いだけです」

直人は鏡の中を見つめた。

自分は怯えている。

エマへ抱きついている。

黒いリボンを大切に触り、新しい顔で微笑んでいる。

すべて男が作った動きだった。

それでも、外から見えるシェリーは、初めて姉とおそろいの飾りをつけ、新しい顔と声を不安に思いながらも、抱擁によって落ち着きを取り戻した妹そのものだった。

男は二人の姿を撮影した。

「最初のリボンの日」

そう言って、記録へ名前をつける。

直人は新しい声で何度も否定した。

だがその日から、写真の中には黒いリボンを結んだシェリーが残った。

まだ髪は短い。

顔も完成していない。

胸元も平らなまま。

それでも男にとっては、この日がシェリーの髪を飾り始めた最初の日だった。

そしてエマにとっては、妹と初めて姉妹らしいおそろいを持てた、大切な記念日になった。

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