よく晴れた4月の頭。
春休みを終えた俺は大体9時間ほどのフライトを終え、休憩も与えられぬままバスに揺られること数十分。
これから通うこととなる学園の校門に立ち、そびえ立つその壮大な建物を見上げていた。
(ここが異能者養成学園、異学……!)
俺は建物から目を外し、周囲への視線を回す。
するも周りには俺と同じような学園の制服を着て、中に入っていくような人でいっぱいだった。
恐らく全員、俺と同じように異能に目覚めた者たちなのだろう。
右手に持った学園のパンフレットに視線を落とす。
そこには学園の概要と、どういう授業を行うか、などと言った事が書かれていた。
ここは世界中から異能を持つ少年少女が集まる場所。
大体16歳までに発現することもあって、高校という形を取っている。
そしてその形も日本の高校のものを取られている。
理由はよくわからないが、各国のお偉いさんが話し合って決めたらしい。
と言うわけで、学園という名前ではあるが、基本的には日本の高校そのものだ。
俺は今日からここに通うわけだが。
(今はちょうど朝10時。昨日の夜からずっと移動だったからなぁ……)
少々の疲れに溜息を吐きながら、軽い伸びをして疲労感を少しでも軽減しようした。
が、腕を伸ばしたその時、気の緩みからか右手に握っていたパンフレットが風に吹かれて飛ばされる。
「あ、やべっ!」
急いで取り戻そうとする時既に遅く。
春風に巻き上げられたパンフレットは空高く上がっていく。
(やらかしたっ、気が緩んで手が……!)
俺はそれを気まずい顔で見つめ、ただ飛んでいくのを見送ることしかできずにいた時だった。
突然、強い風が正面から吹き荒れる。
春風とは比べ物にならない強風、しかも真反対から吹き荒れる風に、俺は思わず両腕で顔を覆う。
数秒間の強風の後、風が収まったことで腕を下ろすと、周囲の生徒が俺の方を見て歓声を上げていた。
否、俺ではない。
(後ろ……?)
みんなの視線が向く方、俺の真後ろへと視線を向けると、そこには一人の女生徒が、俺の飛んでいったはずのパンフレットを手にしている。
清楚で落ち着いた黒く長い髪、容姿端麗などという言葉では収まらない美人がそこに立っていた。
「これ、貴方のね?」
「え、あっ、はいっ! すみません、ありがとうございます!」
「今日はちょっと風が強いから、気をつけてね?」
それだけ伝えて微笑むと、颯爽と立ち去ってしまった。
俺がパンフレット片手に呆然と、その後ろ姿を見つめていると、周囲の生徒のざわめき声が耳に届く。
「流石だな。うちの生徒会長は」
「超美人だよね、
「『風』を操る異能なんだっけ? 強すぎんだろ……」
今のはどうやらうちの生徒会長らしい。
風間会長……そう言えば──
(パンフレットに書いてあったな……)
パンフレットを軽くパラパラと開くと、そこには先ほど俺のパンフレットを拾ってくれた女生徒、生徒会長の顔とコメントが載っていた。
(覚えといて、損はなさそうだな)
生徒会長の顔を覚え、パンフレットを畳んでポケットに入れる。
その瞬間、遠くからチャイムの音が聞こえた。
スマホで時間を確認してみると、貰った手紙に書いてある入学式の30分前。
急ぐような時間でもないが、早めに行っておいても問題はないだろう。
俺は別のポケットから1枚の封筒を取り出す。
そこには入学式が行われる場所、時間、諸々が書かれている。
書かれているのだが。
(どう考えてもこの書き方、教室だよな……)
書いてある場所は数字。
体育館などと言った大きな施設ではなく、学校の一角にあるような教室が場所に指定されている。
確かにおかしさはあるが、そもそも普通の学校ではないしな。
(まぁ、行ってみればわかるか)
と、言うわけで学校を彷徨うこと数十分後、俺は教室の前へと立っていた。
……まさか、ここまで迷うことになろうとは。
なんせ1階かと思ったら地下1階で、2階かと思ったら3階で、階層の概念がめちゃくちゃになるかと思った。
(こんなとこで生活していくのか……?)
一抹の不安を抱きながらも、深呼吸をして教室のドアを開ける。
中を覗くとそこは机と椅子が並んだ、ただただ普通の教室が存在していた。
「あれ? 案内はここだよな……」
「……間違ってないよ」
「うぉっ──!?」
人の気配のしない教室の中、突然の声に俺はビックリして身体がちょっと跳ねる。
すぐさま落ち着きを取り戻し、声のした方へと視線を向けると、そこには一人の少女が教室の隅で本を読んでいた。
ただ、変わったところがある。
それは少女の見た目──ゆるくふわりとした少し短めの白銀の髪に、
その姿はまるで、『竜』のようであった。
竜のような姿に見惚れていた俺は一瞬の後に我に返り、教室の中へ入ると近くへ行って声をかける。
「えっと……ここが入学式の会場ってことで、いいのか?」
「少なくとも、私はそう案内されてる……」
「そ、そっか。じゃあここで間違いなさそうだな」
適当な机に学校の鞄を置いて、周囲へと視線を向ける。
やはり教室の中は普通、入学式とかやるような雰囲気ではない。
と言うかそもそも、教室で入学式を行うのがおかしい。
しかも俺達、二人しかいないし。
(とは言え指定はここだしなぁ……)
あーだこーだ言ったが、封筒に書かれてた場所は何度見直してもここだ。
だからここ以外の場所ではありえないのだろう。
ぐるぐると思考を巡らせるが、何考えてもわからない状況に、俺は仕方なく別のことを考えることにする。
今考えられることと言えば……やはり、この教室にいる少女、彼女のことだけだろう。
「あー、取り敢えず、俺たち二人だけだしさ、自己紹介でも……しない?」
「…………」
寡黙な少女はちらりとこちらへ視線を向けると、直後に本へと視線を戻す。
(ダメか……?)
そして少女は目を閉じて本も閉じると、俺の方へゆっくりと視線を向けて口を開く。
「私は、スティラ・グレイロート……見ての通り、【竜化】の異能。よろしく……」
そう言った彼女は立ち上がると、その背に背負った大翼を広げる。
その姿はまさしく、美しいのひと言で表す他なく。
強烈な異能の見た目と力強さに、俺は無意識に憧憬を抱いていた。
(しかし……なるほど。【竜化】、見た目にそのまま出るタイプの異能か)
異能自体は種類は幾つかある。
俺のように肉体の内部に変化が出る、
彼女のように見た目そのものが変化する、
そして内部にも外部にも変化はないが異能を持つ、
まぁ、細分化していくと他にも色々あるのだが、大まかな点で言えばこの3つに分けられる。
そんな中でも変化タイプは目で見てわかることもあり、非常に注目の的になりやすい。
「……貴方は?」
「俺は武見 和也。異能は『発電器官』ってやつだ」
「発電?」
「ああ、体内に追加された臓器で電気を生み出し、それを放電したりできるらしいんだけど……めちゃくちゃ弱いんだよな」
「……名前だけ聞くと、強そうだけど」
「そう思うだろ? 見てくれ」
俺は人差し指と中指を立て、ピースの形を作る。
そして言葉では言い表しかねるのだが、こう……体内から表に出す? みたいな感覚で、俺は俺自身の能力を使用する。
すると立てた2本の指の間でバチバチ、と火花が飛び散る。
これが俺が能力を使用したという証だ。
即ち、通電である。
「おお」
「これが最大」
「……?」
俺の異能を見た彼女の反応は、首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
「そんなバカな、みたいな顔されても困るな」
「……異能は、もっと強力なのが、普通だって聞いてる、から」
「俺もそう聞いてたんだけどなぁ。残念ながらこんな感じの能力だよ」
「……むぅ」
「一応、人一人ぐらいなら気絶させれなくもないけどさ。状況的にそんな事する機会もないし、せいぜい俺はモバイルバッテリーだよ」
自分で言ってて悲しくなってきたな。
とは言え、嘘偽りない100%の事実だ。
俺の異能は大して強くないし、使えたとしても先ほどのバチバチが限界。
気絶させるったって、極力接近する必要があるし。
だからできることと言えば、この能力を使ってスマホの充電をするくらい。
そんなわけで俺はただのモバイルバッテリーである。
「……それならそれで、よろしく、ね」
「ああ、よろしくな」
お互いに握手を交わそうとした、その時だった。
突然、教室のチャイムが大音量で鳴り響く。
俺とスティラは思わず顔を上げて音のした方、教室の中に設置された黒板の上のチャイムを見る。
何事かと思っていると、その直後にアナウンスが流れてきた。
『あー、あー。武見 和也。スティラ・グレイロート。この声は聞こえているだろうか』
「お、俺たちの名前……?」
「どういう事……」
突然名前を呼ばれた俺たちが困惑していると、教室の中を仄かな影が差していく。
そんな電気もついてない教室の中、徐々に暗くなっていく雰囲気と困惑に硬直している俺たちを無視するかのように、アナウンスは明るい声で言葉を続ける。
『ではたった今より、【特Aクラス】の
「にゅ、入学式……? いや、入学試験!? ど、どういう事だ!?」
「どうもこうも、ああいうことっぽいね……」
スティラは気怠げに右手を上げて黒板の方を指差す。
黒板の方へと視線を向けると、そこから黒い何かが滲み出ているのが見えた。
まるでスライムのようなそれは、黒板の隅々から次々の漏れ出ては一点に固まり形を成していく。
(異能……!?)
目の前の謎の光景に俺は思わず後退る。
一方でスティラは表情一つ崩すことなく、滲み出るスライムを見つめていた。
(肉体を変化するタイプか? もしくは俺と同じで生成するタイプ……いや、あの手の異能なら主流は内部生成による生成物操作! だとすれば……)
一旦息を吐き、気持ちを落ち着かせて黒板以外の周囲……扉の隙間や、窓の隙間、出入り口になり得そうな隙間へと視線を向ける。
そこには隅々から漏れ出てくる黒いスライムの姿があった。
俺の予想通り、スライムは教室を埋め尽くしていく。
「試験って、言ってたよな」
「……そう、言ってた」
「どうすりゃいいと思う」
「……シンプル・イズ・ベスト」
端的にそれだけ言葉を紡ぐと、スティラは突然右足を上げる。
その足を振り下ろして机の端に当てると、机が勢いづいて回転しながら宙に浮く。
そこに蹴りを入れると、凄まじい勢いで黒板に飛んでいき突き刺さった。
(すごい身体能力だ……! 『竜化』の異能による肉体強度の変化か。あれなら空も飛べそうだな)
なんて分析をしながら、机によりヒビ割れていく黒板を見る。
そして数秒後、完全に崩壊すると、中から黒いスライムに包まれた腕が伸び出てきた。
何事かと身構えていると、崩れ落ちた黒板を乗り越えて制服姿の男が1人、腕からスライムを垂れ流しながら現れる。
「すんげぇ異能だな、期待の新入生ってわけだ」
ニヤついた顔の男は「へっへっへっ」と笑うと、両手をポケットに入れて俺たちの前に立つ。
「誰……?」
「試験官だよ、試験官! ……まぁ、オメェらの先輩でもあるなぁ」
「先輩、ってことは……2年生、ってこと、すか?」
「そういうこったな。生徒同士をやらせるっつーのも変な話だが、まぁ、実力みたいってもんらしくてなぁ」
ヘラヘラ笑いながらも、教室にスライムが満ちていく。
どうやらこの状況を切り抜けるのが、俺たちに課せられた試験らしい。
そもそも入学式当日に試験とか、おかしな話ではあるが。
(やれと言われたからには、やるしかないよな)
俺はスティラの隣に立ち、目の前の男を見据える。
「……強制、っぽいね」
「言っとくが、俺ほとんど役立たねぇからな」
「ん……援護だけでも、よろしく」
頑張ってみるさ、と軽く返事して、構える奴らを相手に俺たちも構えるのだった。