7月。
梅雨も明けて、陽射しも強くなっていく時期。
1人の女性《藤宮 美優》はそんな暑さを気にしてないような雰囲気で、街中を歩いていた。
……が、この日の気温は35度を超えており、下手をすれば40度に達してるのでは、と内心疑いたくなるような暑さだった。表向きはさも平然としている美優だが、本当の所はと言うと。
「(……流石に暑すぎますわ。颯樹様とは別件ではあるものの、彼が今日用事があるって言ってた場所の近くを通るから、普段はしない化粧までしてきましたのに……汗で剥がれ落ちたらどうしてくれるんですの……!?)」
……めちゃくちゃ苛立っていた。
そんな感じで心の中で愚痴を言いながらも歩き続けていた美優だが、暑さが酷いことで身体が悲鳴を上げ始めていた。どこかで休憩をしたい……そう思っていた矢先、ふと視界に入った建物があった。
それが『ライブハウス&BAR喫茶《KINGDOM》』である。
「(ライブハウス? BAR? 喫茶店? なんか不思議なお店ですわね。ですが、休憩は出来そうですわ……。何か飲み物でも飲んで落ち着けるとしましょうか……)」
美優は怪訝に思いながらもKINGDOMに入店した。
「いらっしゃいませ」
そして、入店早々に彼女を出迎えたのは……白咲 莉々だった。
「……何故貴女がここにいますの?」
そんな莉々を美優はジト目で見た。
「両親から社会勉強の一環で、アルバイトをしてみてはどうかと言われまして……そして兄様にその件を相談してみた所、こちらのお店を紹介されたのです」
「それで今はバイトをしている……と?」
「はい。……では藤宮先輩、お好きな席へどうぞ」
軽く話をすると美優は空いている席を探していた。そんな中、近くに見知った姿の人物を見かけた。
「こんにちは、藤宮さん」
その人物とは……水澄 千歌だった。
「……何でしょう」
「貴女もこちらでバイトをしているんですの?」
「はい。こちらの店長さんは色んな腕を磨かれてるので、勉強になります」
千歌からそんな話を聞いた美優は、彼女の事と経緯をある程度想像しながらも、直ぐ様手渡されたメニュー表を見ながら、何を頼もうか考えていた。商品のイラストを見ながら暫く迷っていた美優だが、ふとある事に思考が向いた。
そうして視線が自分に向けられている、と分かった千歌は、ちょっと恥ずかしさを滲ませつつも美優に向き直った。
「な、なんでしょうか。あまり人の身体をジロジロと見るのは、マナー違反ですよ」
「いえ、失礼しましたわ。とてもその制服がお似合いでしたもので、少し見惚れてましたの」
「……そうですか。それは良かったです。……ただ、白鷺さんにもそれくらい素直ならば、彼女から敵意を買う事は無かったんじゃないですか?」
「あの方はご自分の立場を考えておりませんわ。いっその事、私から引導を渡してあげたい程だったのですが……力及ばず。あ、注文でしたら……カシスオレンジのカクテルをお願いします」
「……はい、承りました。少々お待ちください」
そういうと千歌はカウンターに戻り、注文の品を作成し始めた。
美優自身未成年という事もあり、バーのようなお店に行くのは初めてなので不思議な雰囲気である。目の前で
「(将来的にはこんなお店で颯樹様とお酒を飲むことになるのでしょうか……。だとすると颯樹様がどんなお酒が好みなのか今から調べておいた方が良さそうですわね。……あの方の事ですからお酒には強いとは思われますが……もし、アルコールで酔って意外な1面を見せてくれる……というのは少々願望としては強めでしょうか……? いえ、将来的に隣に立つものとしてそういった面も知る必要が……)」
そんな妄想にふけていた美優だが、近くから視線を感じる事に気づいた。
その方向……、彼女が座ってる席の左隣に目を向けるとそこには……
「・・・・・」
「ふぇぇ……」
彼女が忌み嫌う人物《白鷺千聖》とその友人の《松原花音》がいた。
「……何故あなた方がここにいらっしゃいますの?」
2人に気づいた美優は咳払いをして少し睨みつけるように彼女たちに視線を送った。
「あら、随分なご挨拶ね」
「……まさかとは思いますが人の話を盗み聞きでもされてたのですか? 前から言おうと思ってましたが素晴らしい趣味をしていますわね」
「言っておくと先にここにいたのは私たちよ。後から来て勝手に喋り散らかした挙句、人を貶すのは如何なものかしら? そっちこそ気持ち悪いくらいニヤけていたけど一体白昼堂々どんな妄想をしていたのかしらね」
「あら、私がそんな下品な女と見られていたとは誠に遺憾ですわ。それとも……貴方がそういう思考なだけでしょうか?」
「相変わらず貴方の根性はひん曲がったままなのね。一度精神科に行って矯正手術でも受けてきたらどうかしら?」
相変わらず売り言葉に買い言葉。両者、表面上は美しいくらいに笑顔なのだが、どちらも目が笑っていない。まさに地獄である。
その証拠……と言ってはなんだが、千聖の付き添いである花音は「ふぇぇぇ…….」とめちゃくちゃ慌てている。
「やれやれ、相変わらず品性の欠片もない方ですわね。その程度なら私のライバルにすら相応しくありませんわ」
「あら、この間私に完敗したくせにどの口が言ってるのかしら? 貴方の頭は鶏と同じレベルかしら?」
「あの程度で勝ったと思ってる時点でたかが知れてますわね。奇跡という運に生かされたようなものと考える謙虚さはありませんの?」
「運も実力のうちという言葉をご存知ないようね。それに私たちの奇跡を運で片付けられるのは聞き捨てならないわ。もう一度同じ目に合わせてあげてもいいのよ?」
「言ったはずですわ、私は全てを凌駕すると。この間と同じ展開になると思ったら大間違いですわよ」
両者共に懐からデッキケースを取り出さんと構えていた。
その時……
「お二人とも、喧嘩をするならお店の外でお願いします」
カウンター越しに千歌が待ったをかけた。
「藤宮さん、ご注文のカシスオレンジのカクテルとサービスの当店特性のマシュマロです。
それから白鷺さんと松原さん、ご注文のハミチツシャーベットとラムネシャーベットです」
千歌は品物を提供すると軽く頭を下げて再び仕事に戻った。
そして、千聖と美優はというと……少しの間無言の睨み合いをしたもののすぐに互いに目を逸らしそれぞれ注文の品に口をつけた。
「(……おいしい)」
千歌の出したカクテルに思わず心の中で呟いた。カクテルというもの自体、未成年という事もあるので飲んだことこそ無かったが、飲みやすく果汁そのものの美味しさもあり純粋に美味しいと感じたようだ。
一方の千聖と花音もシャーベットに舌鼓を打っていたのでこの時間は互いに干渉することなく静かに過ごしていた。
それからしばらくしてお店の扉が開き、一人の男性が入ってきた。
身長190cm、髪はグレーの丸刈り、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。
「……誰が変態かしら? 久しぶりの登場なのに失礼でしょう?」
……あの、ナレーションにツッコミ入れるの止めてください。
「店長、どうかされましたか?」
「いえ……レディーに失礼な物言いをする不埒な輩の気配を感じたのよ……」
「……?」
えーっと、気を取り直して……先程千歌にツッコまれたこの人物こそこのお店の店長である《重本玄十郎》である。
「店長さん、おかえりなさい」
「あら、莉々ちゃんもありがとうね」
「今日はCiRCLEとの合同会議……でしたよね? 如何でしたか?」
「とても有意義な時間だったわ。流石まりなちゃんね。ワテクシは奥で準備をしてくるから2人とももうちょっとお店の方お願いね」
「わかりました」
それから千歌と莉々はもう暫くお店を回していた。
そして数分後、着替えを得た玄十郎が奥から戻ってきた。
「お待たせ。後のことはやっておくから二人はもう上がって良いわよ」
「わかりました」
「それでは失礼します」
莉々と千歌はシフト終了という事でそのまま奥に戻り帰宅準備に取り掛かった。
「「ご馳走でした」」
「美味しかったね」
「ええ、それじゃあ涼も取れていい時間になったことだし私達も行きましょうか」
「あら、これからどこか行くの?」
「はい、この後彩ちゃんと日菜ちゃんと合流して映画を観に行くんです」
「へぇ、いいじゃない。どんな映画か聞いても?」
「最近話題になってる『ちびきゃわ』の映画なんです」
「あら〜、いいわね〜」
玄十郎との会話を終え、千聖と花音はシャーベットを食べ終わった事で帰り支度を始めていた。
「白鷺さんに松原さん、その映画を観るなら良いことを教えて差し上げましょうか」
そんな中、今まで静かにしていた美優が話しかけた。
「……貴方の言う『良いこと』がろくな事だった試しは無いのだけど」
「あら? そうでしょうか? 私は変なことを言った覚えはありませんわよ?」
「……随分と都合のいい頭をお持ちのようね」
「千聖ちゃん、とりあえず聞くだけ聞いてみない?」
「ほら、松原さんは興味がおありのようですわよ?」
「……まあ、花音が良いなら聞くだけ聞いてあげるわ。ただネタバレとかしようものならその口を塞ぐわよ」
千聖は訝しみながら美優を見る。そんな美優はいたずらに微笑みながら話し始めた。
「そうですわね……。その映画を観る前には是非赤魚の煮付でも召し上がってください」
「赤魚の煮付……? そんなシーンがあるのかな……?」
「ネタバレはダメと言われたのでそれは言えません。あ、それと単三電池を買っておくことをオススメしますわよ?」
「……赤魚の煮付と単三電池になんの関係があるのよ……」
「それは言えませんわ。ですが「藤宮さん」……あら」
美優が言葉を続けようとした時、帰り支度を済ませた千歌が呆れた顔をして声をかけた。
「貴方が白鷺さんを目の敵にしてることには触れないでおきましたが、それに関してそれ以上の発言は控えて貰えますか? いくらなんでも悪趣味かと」
「……、あらごめんなさい。良かれと思ったのですが」
「はあ……。あまりやりすぎるとそのうち颯樹からお叱りが来ると思いますよ? では私たちはこれで。行きますよ白咲さん」
「はい。それでは失礼します」
そのまま千歌と莉々はお店を後にした。
「……おすすめしてくれたところ悪いけど、私たちは既にお昼ご飯は済ませてあるのよ。そろそろ彩ちゃんたちと合流する時間だし私たちも行くわね」
「ま、待って千聖ちゃん」
千聖と花音も会計を済ませるとそのままお店を後にしたのだった。
店内で1人になった美優は二人が出ていったのを確認すると口角が下がり、ため息をついたままマシュマロを口にしていた。
「あら、随分と仲が良いのね?」
「先程までのどこを見たらそんな風に見えるのです?」
そんな美優に玄十郎は声をかけたが、美優はその発言にジト目で玄十郎を見た。
「喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない? 違ったかしら?」
「私と彼女は水と油。仲良くなるなど有り得ませんわ。ましてや受け入れることすらしたくありません」
明らさまに不機嫌な美優に対して玄十郎は「あらあら」と静かに返した。
「それに彼女は私にとって颯樹様の隣に立つための障害でしかありません。今すぐにでも叩き潰してやりたいくらいですわ」
そんな美優の脳内に浮かんだのは……かつての対抗戦での事。
そしてその時の
「(何度思い返しても胸糞悪いですわ……)」
美優は口の中のマシュマロを飲み込みながらそう思った。マシュマロその物は美味しかったが、なにより不満の気持ちの方が強かった。
「マシュマロは美味しくなかったかしら?」
「いえ、とても美味しいですわ。これも手作りですの?」
「ええ、当店のお客様サービスよ。それはそうと……なにか思い詰めた顔をしてるわね」
そんな彼女を見た玄十郎は声をかけた。
「私が思い詰めてる? ご冗談を」
「この間の対抗戦とやらの事かしら?」
「……ご覧になってましたの?」
「ええ、ここに来るお客さんにもそれに通じる子がいるのよ。それでウチのテレビで流してたの」
あの時の試合を見られていたとは……。そう思うと美優はやるせない気持ちでいっぱいになった。
何しろ自分が毛嫌いしてる白鷺千聖に負けたという事実だけでも腹立たしいのに、それを大勢の人に見られていたとなるとどんな気持ちになるか……。
「……ねえ、貴方強いのかしら?」
そんな中、突然玄十郎が疑問を投げかけた。
「それは勿論ですわ」
「そう。だったらこれから一戦どうかしら? 私も最近弟から作りすぎたデッキの一つを貰っちゃって」
「あら、初心者ですの?」
「まあ、やりこんでたけど途中から触れなくなっちゃって。気がついたらルールが変わっちゃってね。弟と多少プレイしてるからやり合う分には問題無いわよ?」
「……わかりました。お相手して差し上げますわ」
それを聞いた美優は玄十郎を少し見て、対戦を承諾した。
「(この方、こう言ってますが……かなりのやり手な気がしますわね。良いですわ、白鷺千聖を凌駕する為にもまずはこの方を超えてみせますわ)」
美優はそう考えながら自身の鞄の中のデッキケースを見ていた。
そんな時……
「こんにちはー」
桜色の髪をツーサイドアップにした少女《空乃優希》がやって来た。彼女もこのお店のバイトである。
「あら、こんにちは」
「今日もよろしくお願いします!」
彼女はそのまま奥へ行き、着替えを済ませるとバイト制服の姿で戻ってきた。
「……それでどこでファイトしますの?」
「そうね〜。ここだと他のお客様の迷惑になるし……。奥に丁度いい台があるからそこでやりましょうか
優希ちゃん、少しお店任せても良いかしら?」
「へ? あ、はい!」
「じゃあお願いね。行きましょ、美優ちゃん」
そして美優は玄十郎に誘われるがままにお店の奥へと入っていった。
「えっと……、何かあったのかな……?」
困惑していた優希だが間髪入れずにお客さんが入ってきたのですぐに接客モードに戻った。
「やっほ〜」
「勇さん! いらっしゃいませ!」
「近くまで来たから寄ってみたけど大丈夫?」
「はい! 私は何時でも大歓迎です!!」
「……僕もいるんだけど」
「あ、すみません颯樹さん」
「あれ? 店長は?」
「店長さんなら先程美優さんと一緒にお店の奥に向かわれましたが……」
「美優? 来てたの?」
「はい」
「……美優と玄十郎さん、不思議な組み合わせだね」
「そう言われれば。一体何してるんだか」
そんな光景を疑問に思いながら勇と颯樹は優希に案内された席に座るのだった。
どうもお久しぶり、かなです。
今回はこの企画にお誘い頂いたこともあり、作品を手がかせていただきました。
次回からファイトシーンに入ります。良かったら次回も見ていってください。