マンハイムの丘には、灰色の屋根と白い屋根を持つ、小さな屋敷がありました。
そこに住んでいたのは、灰色の魔女と白い魔女。
今では歌にしか残っていない、二人の魔女の、少し悲しくて優しい物語です。
カールスラント共和国、かつて二度の戦いに勝利した偉大な歴史をくむこの国の、マンハイムという美しい町。その街を見下ろす大きな丘に、ポツンと小さな屋敷が建っていた。
屋敷と呼ぶにはあまりに質素ないでたちで、二つの建屋が、渡り廊下でつながっていた。片方の屋根は灰いろに、もう片方の屋根は白く塗られていた。
いまはもう誰も住んでいないこの屋敷を、一人の男がじっと見つめている。
男は立派な帽章をつけ、いくつもの勲章をぶら下げた軍人で。首元には鉄十字章が鈍く光る。
「将軍、お時間です」
側近の一人がそう呼びかけた。
「ああ、いこう」
そうつぶやくと将軍は車に乗る、ふと振り向き、懐かしむ。その屋敷には二人の魔女が住んでいた。
灰色の魔女と白い魔女。これは二人の魔女の悲しいお話。
「この地方に伝わる、古い歌を知っているか?灰色の魔女と白い魔女の歌だ」
将軍は運転する側近にふと話しかけた。
「もちろん、学校で歌わされました。この地を守る魔女たちは、丘の上から見張ってる」
「そうだ、悪いネウロイどこにいる?悪い子供はどこにいる?」
おもむろに二人は歌いだした。
「白い魔女はフクロウだ。悪いネウロイ見つけ出す。灰色の魔女はオオカミで悪いネウロイ食い殺す」
「おっかない歌です」
「そうだ、そしてあそこがその灰の魔女と白い魔女の邸宅だ」
「え?作り話じゃなかったんですか?」
「本当の話さ、カイザーだってあの二人には逆らえなかった」
「へーすごいですね」
「信じていないだろ」
「あはは」
そうこれは、もう忘れられた話なのだ。
「おいいいか、グレイ夫人の機嫌を損なうなよ」
「わかってるさ兄さん、俺は本気だ」
「よし、花嫁を迎えに行こう」
このマンハイムにはある「しきたり」があった。
ウィッチを嫁にもらうときは、必ず「グレイ夫人」に許しを請い、認めてもらう。この土地のウィッチ達は皆偉大なる「灰色の女王」の娘である。その娘を嫁にもらうということは、一生をかけて一人の女性を愛すること。
だから女王に謁見し、ナイトの称号を与えられたもののみ、ウィッチを嫁にもらえるのだと。
灰色の女王の名前は、ヘルムート・ヴィッツという。
ここに一人の男がいる、名前はハンス。この街で生まれこの町で暮らす。ごく普通の、トラック運転手だ。この度、晴れて、退役したウィッチである、アンナ少尉と結ばれ。二人は「灰色の女王」の許しを請うために来た。
「おはいり!!」
部屋の奥からしゃがれた声がする。
「失礼します」
ノックは三回、挨拶は大きな声で、幼年学校で習ったことを忘れさえしなければお前は認めてもらえる。そう父や兄たちは言った。
「あんた、名前は?」
鷲の嘴のように長い鼻、片目は昔戦争でつぶれていて、左腕もない。しわくちゃの老婆がそこに座っていた。
ふと「灰色の女王」のわきに立っている男に意識が行く。そしてハンスは驚愕した。
「っしゃ社長!!」
そこに立っていたのはハンスが務める運送会社の社長だった。驚くハンスに社長がたしなめる。
「君はヴィッツ夫人に用があるのだろう?」
「あたしに何かようかい?」
「はい!こたびはこの!花嫁との結婚を許していただきたく!参上いたし...」
「あんた!!いったいどこのだれで、横にいるその子は?だれなんだい?なまえをいいなさい!ケンコンしたきゃすればいいだろ!!」
今日は一段と機嫌が悪いようだ。
「ハンス、ハンス・リーベンです」
「ああ、そうかい。としは?」
「24です」
「お嬢ちゃんは?」
灰色の女王は今度はにこやかに、聞いた。
「アンナ・リフィシェーン少尉であります!!この度は、晴れて満期除隊し、ヘルムート・ビッツ様に結婚のお祝いのお言葉をいただきたく拝謁しました」
「そうかいそうかい、いい返事だ。アンナだね覚えてるよ。大きくなった。ヨアヒムがかわいがってたね」
「うん、駄目だね」
「灰色の女王」の片目はするどく光り、冷たくそう言い放った。
「な、なんでですか」
「あんた、私を一度でも見たのかい?私の目を!さっきから、きょろきょろきょろ、壁に飾ってある勲章や、社長の顔色!!行ったり来たり、おまけにこの子の胸と尻をみてたね!!」
「それは」
「おい、リンエン!!おまえの部下だろ!!こんな失礼な男をここに連れてきて。恥ずかしくないのかい!!なぜちゃんと教育しない!!」
「灰色の女王」は杖で何度も社長をたたく。
「申し訳ありません、申し訳ございません。お恥ずかしい限りです」
社長はただ謝るばかりだ。
「さようなら」
そう言うと、アンナ少尉はいってしまった。これが「灰色の女王の試練」である。
アンナは泣きながら、渡り廊下を走る。「白い女王」の屋敷に逃げ込んだ。
「待ってくれ!!アンナ!君のこと!!」
ハンスは追いかけようとする、しかし二人の屈強な男に止められる。片方の右手にはブローニングハイパワー拳銃。もう片方の男はイサカM37ショットガンが握られている。
「悪いな、お兄さん、この先の屋敷には男は入れない決まりなんだ。旦那様からそう言い聞かされててな」
「これが俺たちの仕事なんだ」
「どけよ」
無理やり通ろうとするハンスの顎に冷たい感触が。拳銃が突きつけられる。
「どたまぶち抜かれたくなきゃ帰んな。これはおもちゃじゃない。それとも、9mmで頭蓋に穴を空けられたいのか?」
シャッコ、冷たく、ショットガンが音をたてる。二人はやる気だ。
「おい、悪いことは言わない。家に帰ろう」
慌てた社長がハンスを引きずっていく。
「白の女王」の邸宅では、アンナのすすり泣く声が響いていた。ここには優しい「白い女王」ヨアヒムベルリッヒがハーブティーを彼女にすすめる。
「それは災難だったわね、野良犬にかまれたと思って。忘れてしましなさい」
「だって...だって」
「だって、と言ってもしようがありません。ハンスはまだ大きな子供だった。彼が好きだったのはあなたではなかったの」
「え?」
「彼が好きだったのはお金と若い女の子、そんな人と結婚してごらんなさい。毎晩、旦那さまは夜の街に繰り出して、稼いだ金ぜーんぶ使って。空っぽの封筒を叩きつけられる。そんな可哀そうな女の子を私は山ほど見てきたのよ」
「そんな...」
「そんな風にならなくてラッキーだった」
そういって「白い女王」はこの地の娘たちを守っているのだ。なぜこの二人はこんなことを一銭にもならないのにするのかって?
「そうこれは、二人の老婆がとても美しかったころ、とてもとても悲しいことがいくつもあったから。娘たちが可哀そうな目に合にもう二度ともう二度とあわないように、あわないように、罪滅ぼしをしているのよ」
そう、この地の母親たちは、食器を洗いながら、ほこらしげに語るのだった。二人の魔女の悲しい物語を。
気が向いたら書きます