泥濘と砲火に阻まれ、オラーシャ軍の進撃は止まっていた。
その突破口を開くため、第二爆撃航空団とエイジス小隊に出撃命令が下る。
敵を見つけ、爆弾を落とし、生きて帰る。
それだけなら、いつもの任務だった。
だが戦場では、勝利と生還は同じ意味ではない。
誰を飛ばすのか。
誰を休ませるのか。
そして――誰に死んでもらうのか。
指揮官ヨアヒム・ヴェルリッヒは、今日もその毒杯を誰に飲ませるか決めなければならない。
1945年4月、目標は、ゼーロウ高地。侵攻するのはオラーシャ軍第8親衛軍と第5打撃軍。
ベルリンへの道、「ゼーロウ高地」への侵攻は、二日で終わるはずだった。しかし、無理だった。
ゼーロウ高地は泥濘地、湿地の上にあり、T-34は泥に沈み、狙い撃ちにされた。オラーシャ歩兵はネウロイの機関銃の撃ち下ろしによって次々とミンチにされ、犠牲者の数は1万人を超えた。
「だから、私たちにお鉢が回ってきたの」
第二爆撃航空団司令官、ヨアヒム・ヴェルリッヒは、映写機で部下たちに写真を見せる。
ヨアヒムは今年で33歳になる。いまだ魔力は衰えない。金髪碧眼、美しい銀縁メガネのお姉さんだ。彼女はふと、船をこいでいるウィッチに目を留める。
「照明をつけて。はい、眠そうなおバカさんがいるから簡潔に。いつものローテーション攻撃です。30機編成の爆撃連隊を、一度の攻撃に投入します。三部隊交代で」
眠そうにしていたナタリアをにらみつつ、黒板に簡潔に板書しながらヨアヒムは説明した。
「質問だ。俺たちウィッチ隊は留守番か?」
爆撃航空団直属のウィッチ隊「エイジス小隊」。その戦闘隊長の「ヘルムート」が質問した。銀髪に隻腕隻眼、軍歴20年を超すベテランウィッチだ。
「ちがうわ。全部のローテーション攻撃に、私と一緒に護衛についてもらう」
「えーっ!! 嫌です!!」
ナタリアが悪態をついた。プラチナブロンドのこのオラーシャ娘は、ナタリア・ミハイロヴァナ・ペトリャコフ。まだ14歳だ。わがままで気が強い。
「大佐は絶対。いいウィッチは命令をよく聞くウィッチだよ、ナタリア」
横にいた三つ編みの少女がナタリアを止めた。小早川比呂。扶桑海軍からスカウトされた、士族出身のお嬢さんだ。歳は14。
「仕方がない。不測の事態に備えて、出撃は十分に間隔を空けろ」
ヘルムートが煙草を吹かしながらそう言う。
「空中待機はできない?」
ヨアヒムは無茶が好きだ。
「駄目だ。絶対に基地へ戻らせてもらう。そのたびに補給と整備をさせてもらうぞ。いいな、エバンス」
ヘルムートはギロリとヨアヒムをにらむ。そして、横に控えていたエバンスを見て言った。
「任せてくれ。若い連中もやる気十分だ」
ウィッチ隊には直属の整備クルーがついている。エバンスはヘルムートの夫だ。彼の部下は皆若い。16歳の少年たちが物覚えがいいのは、彼らが皆ウィッチに恋をしているからだろう。
「チッ、エロおやじめ」
「はい、作戦説明は以上です!! 諸君!! 勝利あれ!!」
「勝利あれ!!」
ゼーロウ高地上空1000m。10機の爆撃機と4人のウィッチが悠然と進む。
「前方に目標を捕捉、敵砲撃陣地、情報をHMDに送信。各部隊緩降下爆撃を実行せよ」
ヨアヒムが戦略魔眼で見つけ出した敵を、エバンスたちが開発した「特殊照準器」に送信した。それが彼女の魔法の一つ。非常に便利である。
「エイジス小隊は上空に待機、高度3000で警戒してて」
エイジスはお留守番だ、背中を気にせず攻撃させたい、そういう作戦だった。
「こちらKugel、Kugelからアテーナへ、その命令には従えない。エイジス小隊は先行して突貫する!!敵のゲパルトをつぶすぞ!コメット!ペシュカ!!ついてこい!!水まきだ!」
三人のウィッチが急降下を始めた。エンジンがうなりを上げる。ウィッチには空の名前があったヘルムートは「Kugel」、小早川は「コメット」、ナタリアは「ペシュカ」。そしてヨアヒムは「アテーネ」だ。因みにゲパルトとは対空砲で、「水まき」は地面への機銃掃射だ。
「ハァ...またヴァルトファング!!おてんば娘ね、アテーナ了解、暴れてきて」
「Jawohl!!フォーメーションα!!シールド展開!!SAW1!SAW2!切り刻め!!」
ヘルムートはシールドを展開する。ただのシールドではなかった。それは回転ノコギリのようなシールドで、そいつを自在に飛ばせるのだ。威力は、重戦車の天板をバターのように切れる。
「次は私の番!!ねらってー!!撃つ!!!」
ダン!!ナタリアのデグチャレフ対戦車ライフルが火を吹いた。固有魔法は武器強化。弾丸に爆発性を持たせたり、貫通力が上がる。
「僕が!!十条東寺でとどめさす!!」
ドドドっ!!魔眼使いの小早川がコアに正確に20mm機関砲を撃ち込む。
三人は精鋭だった。手際よく、ヨアヒムが見つけた、高脅威目標を始末していく。しかしネウロイはいつだってイタチの最後っ屁を用意しているんだ。
「第一、 第二、第三小隊、攻撃開始せよ」
その号令をもとに、爆撃機たちが緩降下爆撃を始めた。Ju-88がPe-2がB-25までもこの部隊には配備されている。国籍も多国籍の傭兵部隊のような風体だった。
轟音とともに敵陣が吹き飛んだ障害を排除された爆撃機たちはまさに死の鳥だ。
「ん!!いけない!!地中から高熱源!!各機散開!!」
遅かった。地中から巨大な熱線が、戦略型陸戦型ネウロイがご登場だ。3機のB-25ミッチェルが食われた。
「来やがったな!!エイジス小隊!!これよりBIGHUNTに入る!!」
BIGHUNT戦略的に重大な脅威となりうるネウロイの討伐戦闘だ。
「わかりました。アハトゥンク!!アハトゥンク!!状況RED!!速やかに撤退!!後は頼むわよムート!!」
「任された!!」
それは巨大な戦車だった。四本足の先に、キャタピラが付き、高速で走行していた。右には多段式ROCKETランチャー、二連装砲が彼女たちを狙う。
「動き続けろ!!捕捉されるな!私がおとりになる!!!懐へ!!」
ヘルムートがスズメバチのようにまとわりつくようにネウロイの鼻先で飛ぶ。
「撃ってこい!!」
ズガン!!ズガン!!主砲が鋭く撃ち込まれる、しかしヘルムートは怯まない。シールドを巧みに変異させ、回転させ、エネルギーを受けながし、多層に重ねて熱を遮断する。彼女のシールドは戦艦の40cm砲弾をも弾く。
「効かんな!!」
「コア発見しました!!砲塔後面!!うなじにあります!!」
小早川が魔眼でコアを発見した。
「任せて!!弾薬!!粘着榴弾!!!FIRE!!」
デグチャレフの14.5mmがコアの外郭を吹っ飛ばした。
「よし!撃ちまくれ!!」
「うら!うら!うら!うら!!」
小早川が20mm機銃をフルオートで撃ちまくった。パッキーン!!コアが跡形もなくはじけ飛ぶ。
「コア消失!!シールド!!」
「コメット!!」
シールドを忘れた小早川をかばい、ナタリアがシールドを張った。ヘルムートと言えば最低限しかシールドを構えない。涼しい顔だ。
「BIGHUNT成功!!帰還するぞ。反省会はあとだ」
ヘルムートがそう合図すると三人の戦乙女は帰路につく。爆撃部隊はもう基地に戻っているようだ。
基地の食堂が閑散としていた。
「おい、馬鹿にテーブルがスカスカだ。何があった?ナタリア?俺たち、勝ったんだよな」
驚いたヘルムートが士官の席でタバコを吸う、ヨアヒムに声をかける。
「勝ちはしたわ、送り狼よ。帰りにラロスの群れに背中をつかれた。連隊の3割が食われたわ。でも想定の範囲内の犠牲で済んだ。作戦の障害になっていた、移動要塞もあなたたちが撃破。素晴らしい戦果!!さぁ諸君!!今宵の勝利に乾杯!!」
ヨアヒムは疲れた顔から無理やり笑顔を作り、空っぽのジョッキを掲げる。
「おお...」
「チッふざけんなよ」
「し...聞こえるぞ」
皆の態度は冷ややかだった。
「そんな、こんなに死んだんですか?」
小早川は空っぽになった10人掛けテーブルたちを指さした。今回の戦死者は35名。それを物語るのはガラガラの食堂だった。
「私がもたついたせい?」
たまらず小早川がすすり泣く。
「大佐の作戦のせいでしょ!!」
ナタリアが小早川のために怒った。
「はぁ...二人ともこい」
ヘルムートは二人を人気のない食糧庫に連れていく。そこにはたくさんのジャガイモと小麦の袋が山と積まれていた。静かにヘルムートが怒り出した。
「いい加減にしろ。私たちがやっているのはピクニックじゃない!!戦争だ!!殺し合いなんだ!!人は死ぬ!!仕方がないだろ!!まず小早川、いちいち自分を責めるな。お前の悪い癖だ。それにナタリア、その発言は指揮官として容認できん。次は言うなよ。かばえんぞ。二人とも今日はよくやった。怪我無く、五体満足で帰ってきたお前たちを私は誇りに思う。今日はよくやった」
ヘルムートをはそう言うと、片っぽの腕で二人をしっかりと抱きしめる。
「はい...」
「むー納得いきません」
「はい、解散しっかり飯を食い、しっかりと眠れ」
「「Ja!!」」
二人を見送ると、ヘルムートはヨアヒムを探す。作戦司令の部屋に明かりがついていた。
「ヨアヒム!!いい加減にしろ!!もうこんなことはやめろ!!」
「いきなり何?可哀そう?確かに搭乗員が死に過ぎたわね。残念だわ」
「違う!!可哀そうなのはあの子たちだ!新兵はまだ人死に慣れてない!!あいつらにエスコート任務をやらせるな!!もっと簡単な任務をやらせろ!!」
噛みつくヘルムートにヨアヒムは淡々と書類仕事をこなしていた。
「またその話?これからウィッチ隊を増員しようって時に」
「ふざけるな!!それはしない約束だろ!!このウィッチキラーめ!!何人のウィッチを使い潰す気なんだ!!いつになったらやめる気だ!!」
胸倉をつかみ迫るヘルムート。
「勝利するその日まで」
「クズめ...」
「アラ今更気づいた?」
つかつかと大きな足音を立てながらヘルムートはエバンスの部屋に向かった。こういう時は夫に甘えるに限る。
誰もいなくなった作戦司令室、ヨアヒムがペンを走らせる。ひとつの詩を読んだ。
「冥界を流れるステュクスの川、その呪われた赤い水を、ハデスは飲めと勧める。拒めない。誰が飲むか決めなければ。カールスラント人は三杯のんだ。オラーシャ人は四杯飲もう。オストマルク人は十分のんだ今日は勘弁してやろう。大所帯のリベリアンは十杯煽れ。一杯飲むたびボマーが燃える。オシリス神の天秤にあとどれだけ心臓をのせれば、私たちは許されるの?」
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