地元では久しぶりに公立校で春とはいえ、甲子園に出場できる俺達に注目が集まっていた。
掴んだ全国大会の切符。
顧問もにっこにこである。
冬の間に能力の向上にも力を入れて、ライズボールとグラビティボールの開発にも成功していた。
「監督」
「ライズボールはプロまで取っておけ……うちのキャッチャー陣じゃぁ最大限には活かせない。使うとしたらグラビティの方だ」
球が重く感じるという投球をするピッチャーがいる。
球位があるとも言われるが、基本的には球の回転数が少ないのに速い球を投げると球を重く感じると言われる。
ノビのある球の反対とも言える。
実際には球の回転数が少ないことで、球が重力を受けて若干沈み込む様になり、打者視点だと、ボールの上を擦ってしまう為、芯から外れるが故にボールを重く感じるというのが正体。
逆に伸び上がる球は回転数が多く、投球した場所からの落差が少いことにより、打者視点だと伸び上がってくるように思えて、空振りを誘発する。
超能力を使うことでこの反する二つを掛け合わせるとどうなるか……それが春の甲子園で存分に試された。
1回戦から他県の強豪校と激突した俺達はまぁ点が入らない。
俗に言うムエンゴという状態に陥っていた。
これは仕方がない。
というかうちの学校で勝てる可能性があるとすれば、延長までもつれ込んで、タイブレーク……延長時、無死1塁2塁にランナーを置いて試合を進める方法で得点を取れるのを祈るしかない。
それでもうちのチームで点を取れるとしたら1点、良くて2点が限度。
9回までは絶対に相手に点を取られてはいけないゲームの始まりである。
春の甲子園の実況では異様な雰囲気の両チームの投手戦に盛り上がっていた。
『三振! 7回を投げ抜いた大久保、今日12個目の三振を奪います』
『いやぁ、ストレートが投球の8割を占めるピッチャーですが、これは凄い。名門山名山梨学園相手のエラーで出塁することはあれど、まだヒットを1本も打ててません』
『対する千葉の吉田松陰高校もこの回も快音が聞こえません』
ヤクエナキャッツのスカウトである藤林はラジオで実況を聞きながら、バックネット裏で試合を凝視していた。
(早めにうちがツバ付けて正解だったな)
甲子園で活躍すればプロに入れる確率はぐっと高まる。
夏の大会が注目されがちではあるが、プロスカウトは目ぼしい選手が居ると分かれば、どこへでも赴くのがお仕事。
特にヤクエナキャッツの関東の選手スカウトを担当している藤林にとって、大久保の価値は高まっていた。
(最速148キロのストレート、完成度の高いフォークとスライダー、及第点ながらチェンジアップとカットボールも使える。そして長いイニングを投げてもケロッとしているスタミナ……投手層が薄いうちには是非とも欲しいタイプの投手だ)
ヤクエナキャッツは2年前に2軍本拠地の移設や選手寮の新設で設備投資がかさんでしまい、上層部が去年からベテランの査定額を落としたりした、緊縮財政モードに突入していた。
親会社の業績は悪くないので、数年でペイできると思われているが、それによりFA……フリーエージェント権を行使して、他所の球団に移籍する……ということが発生していた。
お陰でチームは去年から最下位争いを続けていて、チーム再建が急がれていた。
そんなチーム情勢なので、イニングを投げられる若手が増えれば、選手運用に幅を出すことができる。
甲子園に出たことで、他球団の注目は集まるだろうが、上層部に進言して4位以内でのドラフト指名をお願いしてある。
(もっとも、ここからもう一皮剥けてくれればこちらとしてもありがたいが……)
『延長10回が終わって両チームまだヒットが1本も出ておりません』
『山名山梨学園は3番手投手に継投していますが、吉田松陰高校動きません。エース大久保が11回も続投です』
(多投で壊されないと良いんだが……)
酷いことに、この試合は延長15回に突入してしまい、高校野球の規定によって1投手が投げられる投球回制限に引っ掛かってしまい、大久保投手は無念の降板。
そしてそういう時に2番手投手というのは打たれるもので、延長16回山名山梨は2番手投手を滅多打ちにして一挙5得点。
もうヘロヘロで力を使い尽くした吉田松陰高校に反撃の余力は残っておらず、春の甲子園1回戦で姿を消すことになるのだった。
ただ吉田松陰の投手大久保は今回の春の甲子園で1試合最多の21奪三振を記録。
一躍新聞やネットに悲運の投手として名前が広がることになるのだった。
「大久保、お前さんにお客さんだ」
「顧問それって……」
「スカウトの非公式の接触だ。他の連中にはロードワークに出かけたって言っておくから会ってこい」
「ありがとうございます」
というわけで、俺はランニングウェアに着替えて、ロードワークに行くふりをしながらスカウトさんがいる学校近くのコンビニに向かった。
「ヤクエナの帽子を被った人……あの人かな? すみません」
「やぁ、よく来てくれた。悪かったね呼び出してしまって……春の甲子園見させてもらったよ。頑張ったね」
「いえ、チームの皆のお陰……いや、せめてタイブレーク中には打って欲しかったですが……」
「はは、ヤクエナキャッツ関東スカウトの藤林だ」
「大久保利通です。よろしくお願いします」
「車の中で話そう。他の人の目があるからな」
「あ、はい」
俺は藤林さんの車の中に入る。
後ろの席には大量の資料が積み込まれていた。
「おじさんオールドタイプでね、パソコンも活用するが、紙で記録することが多いんだ。パソコンにデータを入れると共有されて足がつく事があるけど、紙ならそんなことが無いからね」
「なるほど」
藤林さんから幾つか質問をされる。
怪我は無いか、投げられる変化球の種類、友人関係、進路の希望。
「プロに成れるんだったら成りたいですね」
「プロ志望はあり……と。甲子園でフォークを全然投げなかったけど理由はあるかい?」
「うちの捕手だと、俺の全力の変化球は捕れなくて……幾つか封印している変化球があるんですけど……もしよかったら見ます?」
「見せてもらってもいいかい」
「了解です」
俺と藤林さんは車から降りて、監督に言うと、ネットとブルペンの使用を許可された。
藤林さんに打席に立ってもらって、俺は開発したライズボールを彼に見せる。
「!?!?!?」
「まぁそんな反応になりますよね……」
「球が浮き上がった? 伸びる球ではなく、本当に浮き上がっていないか?」
「ライズボール……ソフトボールでそういう呼び方をされているので、俺もライズボールって呼んでますけど」
「確かに、これは並みの捕手は捕れないな……いや、どうやって投げているんだ? 普通ありえないだろ?」
「いや、まぁ……投げられるとしか……」
「そのライズボール……もしかして縦だけじゃなくて斜め上とかもできたりしないかい?」
「その練習は始めてます。ライズボールができてるので、あとは変化量の拡大と斜め上方向の変化量の拡大を」
「映像を撮っても構わないかい」
「ええ、というか映像に残って無いと信用されませんもんね」
「ああ、私の正気を疑われるからね」
その他にも全力のストレート見てってくださいって、俺は藤林さんに言い、超能力で全力ターボボールを見せつけた。
ゆったりとしたフォームから途中加速する球がネットに突き刺さると、藤林さんが持っていたスピードガンには169キロと計測されていた。
「いやぁ……全力で投げると、やっぱり疲れるんで、あんまりしないんですけどね。うちのキャッチャー捕れませんし」
藤林さん、口をあんぐり開けて驚いていた。
あとスライダー(カットボールに超能力で変化量を上げた高速スライダーみたいな球)、フォーク(超能力で急停止するボール)も観ていってもらって、その日の面談は終わりになった。
一応連絡先を交換し、数週間後に藤林さんはスカウト部門を統括している人物を連れてきて、俺の球を観るように勧める。
俺は藤林さんに言われた通りの球を投げる。
「大久保君」
「はい!」
「ヤクエナキャッツは君を上位指名で取る。いや、取らせる。どうか他のスカウトにはその球を見せないでください」
土下座する勢いで藤林さんと統括スカウトさんは頭を下げるが、上位指名だったら契約金が高くなるって聞いたことがあるので、勿論と約束。
そして始まる夏の甲子園予選。
まぁ相変わらず貧打のうちの学校は弱小や中堅校の4回戦まではなんとか喰らいついて得点をあげてくれたので、なんとかなったが、準々決勝から俺がフル稼働。
毎試合延長戦に突入するまで投げなければいけないので、顧問に、
「超能力で疲労回復能力や夏の暑さ対策ができている俺じゃなかったらぶっ倒れますよ」
と忠告。
勿論顧問もそれは分かっているからか、
「大久保以外にこんな運用するわけ無いだろ」
へへへ……と笑い合った。
と言うか顧問の娘さんの清水さんと付き合っているのもバレているので、顧問のことをお義父さんって学校外では呼んでいる。
「お前に娘預けるからにはプロでも活躍してくれよ。というか、お前は超能力で野球やってるから指導者とか絶対できないんだから貯金とかはしっかりしておけよ」
「わかってます。とりあえず契約金は母校への寄付と実家のリフォーム代金以外は株に投資して利回りでなんとかする予定何で」
「なんとかなるのか?」
「(清水)静香から俺の直感ならたぶん大丈夫って言われたんで、FXって株をとりあえずやってみます」
「それヤバいヤツじゃなかったか?」
「でも静香が教えてくれるって言ってましたが」
「うーん大丈夫なのだろうか……」
ちなみに俺の力投も虚しく、夏の甲子園には残念ながら行けなかったが、県予選決勝まで投げ抜いて、成績がこんな感じ。
県予選全7試合
投球回数 84回
防御率 0.11
失点 1
被安打 5
四死球 3
6勝1敗
1回だけの甲子園出場、それも1回戦負けというのを見ると内容を抜きにすればドラフト下位でギリギリプロの声がかかるか育成契約が妥当であるが……ヤクエナキャッツは上位指名を公言しているが果たして……。