新人合同自主トレが終わると、12球団一斉に始まる2月1日からの春季キャンプが始まる。
普通なら1年目の選手は2軍チームでキャンプを受けるのであるが、ヤクエナキャッツはちょっと違う。
プロ野球選手は支配下人数が70人までって決まっているが、育成契約をしている人や外国人の契約、トレードで選手を獲得することがあるため、だいたいのチームが70人ギリギリではなく、67人前後で人数を調整している。
金満と呼ばれる球団は育成契約選手だけで3軍、4軍を形成してるんだから凄いよなぁ。
で、ヤクエナキャッツは現在支配下人数は60人。
これは上層部が客を呼べなくなった年配の選手を首切りしたり、トレードで出したりしたり、長期間の怪我の治療が必要な人を、一旦育成契約に落としたことで、支配下人数を10人も空けている状態にしていた。
あと、キャンプなんだけど、ヤクエナキャッツのキャンプは普通だと1軍は沖縄、2軍は金を節約するために本拠地の神宮に分かれてキャンプをするんだけど、今年は支配下でも怪我人が10名近く出ている為、リハビリ組以外は全員沖縄に連れて行って、少しでも戦力の確認がしたい……という首脳陣の要望で、新人の俺達……6位指名の西住も含めて、沖縄キャンプに参加させて貰うことが出来た。
マジでありがたい。
「お、きたきた大物ルーキーの大久保だな」
「あ、小林選手だ!」
空港で声をかけてくれたのが、チーム最年長……今年で40歳になる小林選手。
5年前から選手代表……キャプテンを務めている人で、それでいてチームの勝ち頭なんだから凄い。
俺も偶にプロ野球見ていたけど、小学生の頃からずっと一定の成績を残すヤクエナキャッツの看板とも言える選手だ。
見た目は渋いおじさんで、試合中や試合外でも常にサングラスを常に掛けている。
最近白髪が増えてきたのが悩みって選手名鑑には書かれていた。
「球団職員に聞いたけど、実際に170キロ投げれるんだって?」
「ええ、まぁ」
「そりゃすげえな。どれぐらい出力維持できるんだ?」
「投げようと思えば100球超えても出せますよ。高校時代ネットに向かって投げてましたし」
「それ肘や肩の負担ヤバくないのか?」
「いえ、全然……力入れて投げてないですし」
「はえ~頑丈な身体で羨ましい。いや、だから上層部は君を1位強行指名したのか? とにかく壊れない選手を上層部は保持がっていたからな。できればローテの1角を担ってくれたら、おじさん的にも嬉しいんだが」
「あはは……そんなすぐにお鉢が回ってくるとは思ってませんよ。でもいつでも1軍で投げられるようにスタンバイできるようにはしておきますから」
「うん。期待しているよ」
そんなことを喋りながら飛行機に乗って沖縄のキャンプ場に移動。
監督とコーチの挨拶が行われた。
監督は高中監督でヤクエナキャッツ黄金期に抑えのエースとして活躍していた経験がある。
今でもイケメンだけど、試合で負けるとチベットスナギツネみたいな顔になると評判。
今年で監督5年目になり、フロント側が緊縮財政を数年前から行っているから、補強も上手くいかないし、選手は怪我人まみれの中、奇跡的に主力選手が故障しなかった4年前にリーグ優勝、日本一を達成している。
近年は4位、5位をウロウロしているけど、周りからは最下位じゃないのが不思議と言われるくらい選手層が激薄であった。
「えー、キャンプが始まるに当たって選手達への要望はただ1つ。怪我しないでくれ。既に長期離脱が確定している選手が10人も出ているから、これ以上の離脱は選手起用以前の問題になってくる。本当に頼む。プロとして怪我しないでくれ」
どんな挨拶だよ……と思うがヤクエナキャッツのあだ名……ヤ戦病院は近年のチーム状況を示す言葉として広がっていた。
(これ……超能力で他の選手を治癒する能力も覚えないとマズイんじゃ……でも新人だから出しゃばれないしなぁ……)
各種コーチ陣からも挨拶があり、キャンプが本格始動。
報道陣もブルペンに集まる中、2番手キャッチャーの福島さんが俺の球を受けてくれるとのことで、お願いした。
「150キロ直球」
スパーン
「155キロ直球」
スパーン
5キロ刻みに直球の速度を上げていく。
報道陣は最初は笑っていたが、俺が160キロ超えの直球を投げ始めるとおお〜と歓声が上がり始め、170キロと言うとざわつきに変わっていた。
報道陣はスピードガンで計測を始めるが、明らかにスピードがおかしく、うなるように伸び上がってくる球に報道陣のシャッターの音が響き渡る。
「ほんまに投げるんかい」
横で投げていた小林さんからも感嘆の声が上がる。
直球も一定の速度と回転数があると、シューという風切り音が聞こえてくるが、170キロのストレートだと風切り音というかライフルの弾丸が目の前を通ったかのような音が響き渡る。
キャッチャーの捕球音がパンと何かが破裂したかのような音になっていた。
「ナイスボール」
「今日直球だけで……えっと50球まででしたっけ」
「ああ、ブルペンは50球までだ」
「了解です」
残り35球あるが、170キロだろうが俺にとっては超能力無しで投げる140キロと同じ負荷で超能力使えば投げることができるので問題ない。
次々に170キロ連発で投げ込まれるので、記者達のざわつきは半端ないし、コーチももっと出力下げていいからと注文を付けてきた。
別にこれくらい俺にとってはキャッチボールの延長戦なのだが……。
これも顧問に鍛えられたこと、成長痛痛さに常に爆睡できるくらいランニングしまくったこと、超能力で自己回復を常にしているので、この程度だと全く疲れない。
ブルペンで50球投げ終わて、コーチに投げ足りないですで言ったら、走っておけって言われたので、グラウンドの周りを走っていた。
3時間ほど全力ダッシュを続けているとグラウンドの方から悲鳴が上がり、なんか選手が集まり始める。
「初日からこれかぁ……」
「どうしました?」
「ああ、守備練習中に正捕手の荻原さんが足をやっちゃったらしくて……軽いねんざだといいんだけど、なげてたこっちまでブチって切れる音がしたから……たぶんアキレス腱断裂だろうなぁ……」
初日から正捕手が消えるアクシデントが発生。
ヤクエナキャッツ職員はこの負の流れを断ち切る為に、沖縄で有名なシャーマンを呼んで、お祓いをしたが、連載は断ち切ることができなかった。
去年ローテ守っていた先輩投手が2人、中継ぎ投手が3人も故障離脱。
というか球団職員にも魔の手が襲いかかり、バッピとして雇われていた臨時コーチが3人も肩か肘をぶっ壊すという緊急事態。
連日報道されるヤクエナキャッツの選手故障の報道にペナント開幕前から終戦と掲示板では囁かれていた。
こうなると俺が連日170キロ出しているのも報道されているが、それ以上に故障者の報道が続くと、インパクトは薄れる。
2番手捕手だった福島さんもいつの間にか故障して東京に戻っていて、バッピが足りないと、プロ野球選手になってまで、俺はバッピをやることに……まぁあんまりの状況なので志願したんだけどさぁ……。
監督から、
「大久保、頼む……お前だけは壊れないでくれ……頼むよぉ」
めっちゃ悲痛な声で懇願させられたが、俺も調整が必要なので、西住に俺の球を受けてもらって捕球の練習をしながら、投手コーチを踏まえて投球をどうするか話し合っていた。
というかこのチーム状況だと、キャッチャーも不足していて、去年他球団で戦力外になっていたキャッチャー経験のある選手を最低年俸で3人獲得するというとんでもないニュースが飛び込んできたりもした。
西住と俺は、そんなベテラン選手から配球について教えてもらったり、していて、結構いい経験になったけど、投手コーチ曰く、俺も西住……というか今年のドラフトで取った選手だと外野手の床田以外は駒不足過ぎて、1軍で使うという判断が下されていた。
オープン戦前にして開幕1軍ゲットである。
投手と捕手は壊滅してるけど、他の野手に関しては怪我人は2名ほどで済んだので、なんとかなりそう。
「大久保……お前疲れが取れるのに何日かかる?」
「120球超えなければ半日あれは全回復しますし、高校でも無茶苦茶な投手運用されていたので慣れてますが」
「本当は……本当はこんな事をドラ1位にしたくないんだが、投手の駒数が圧倒的に不足するのが現時点で確定した。悪いんだが、若くて試合作れそうな大久保には中3日でローテ回して欲しい」
いきなり先発ローテ確約かよ……ヤバすぎる。
普通中継ぎで経験積んで先発やるのが近年の若手の出世コースだけど……。
というか中3日って……昭和かな?
注 現代の日本プロ野球では中6日が主流、メジャーでも中4日である。
単純計算で開幕から中3日で投げたら、35試合前後投げることになる。
先発だから試合を作ったとされるQS(クオリティスタート)は、6回を投げることが基本、HQS(ハイクオリティスタート)が7回投げきるだけど、中継ぎ使いたくないと思うから何回も完投させられる可能性も考慮すると……7回計算でも245イニングを登板することになる。
イニング数は沢村賞……日本一の投手に贈られる賞の選考基準の投球回数が180イニング、昔でも200イニングなのでヤバすぎる。
「普通の人壊れますよ」
「でも若手で試合を作れて、イニング食えそうなのが大久保と少林寺しか居ないから……」
「……俺はたぶん大丈夫だと思うんで、少林寺にもこんな無茶苦茶なローテするくらいなら、俺中1日でも投げますけど」
「流石にそれは最終手段にさせてくれ」
最終手段として考慮はするのかよ……どんだけやねん。
俺はとんでもないプロチームに入ってしまったのかもしれない。