「――そこまでよ、悪党」
時が止まる。というのはまさにこういうことを言うのだろう。
美しい少女だった。
腰まで伸びた桜色の髪は、毛先に向かって鮮やかなグラデーションを描き、その一部を三つ編みで結んでいた。風でなびかれた髪の毛の間から覗く深い青色の瞳からは、荘厳さと思慮深さがうかがえた。
柔らかな面差しからは美しさと可愛さが同居しながらも、どこか厳かな雰囲気を感じられる。身に纏っている夜空を思わせるような紺色のレオタードはかなりの露出度をしていた。
「あぁ?誰だお前……って黒曜石の老婆《グラスバーバ》!!」
「今だったら見逃してあげる。ただそれ以上やったら保証しないわよ」
「分かってる。分かってるよ!こいつは見逃すから勘弁してくれ!」
その少女を見た瞬間、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げる。さっきまで意気揚々とこちらを殴っていたのにいい気味だ。と笑うよりも先に現れるのは体中を殴られた痛みと、感謝だ。
なんせ、変なお面をかぶった奴でもなければ、チンピラでもない。ようやく話が通じそうな人間が現れたのだ。
「久しぶりに用事があるから外に出てきたと思えば、まさか人が襲われてるなんてね。キミ、大丈夫?」
「あぁ……あぁ!大丈夫かって言われたら正直微妙だけど、来てくれたおかげで助かったぜ」
落ち着いてジャージについた砂埃と血を払い、彼女の方を見る。
先ほどのチンピラたちが彼女の姿を見てすぐさま逃げるあたり彼女の戦闘能力は高いと考えても間違いないだろう。腰のあたりには氷を思わせるようなきれいな装飾品がキラキラと存在感を放ちながら輝いていた。
「結構やられてるわね。キミはどこの国の人?珍しい服装をしてるけど……」
「テンプレ的な答えだと、たぶん、東のちっさい国からだな!」
異世界ネタなら使い古されたパターン。世界の東側に存在するジパング的な隠れ里。
他国との国交がほぼない国で、そこから流れ着いたと聞けば大抵の人が納得してくれるという魔法のようなお約束。
「なんでそっちが疑問系なの……東の方ってことは稲妻?」
「何それかっこいい名前だな!?その国名つけた奴とは気が合いそうだぜ」
その国名に中学生時代、スバルが作り出した架空のキャラや技名。その他さまざまな設定が書かれた黒歴史ノートを思い出す。そしてその内容を思い出し、一人で勝手に悶絶し始める。
「稲妻を知らないって……東の方に住んでるなら稲妻を知らないは無理があるわよ」
「やっぱし?かくいう俺もちょっと無理があるかなーって思っちゃったり」
やっぱりだめか。と慌てふためくスバルに対して、何か思い悩む表情を見せる少女。
「あなた……もしかしてだけど『外』の世界から来た人?」
「まずここがどこなのかって問題があるのはさておき、たぶんそういうことになるな」
ここがどういったところなのかは一切わかってないが、元居た世界とは全く違うことだけはわかる。なんせ、稲妻なんていう国はスバルの頭のどこ探しても見当たらない。それに見たことのない生き物がうじゃうじゃといるここが元の地球だとは考えたくもなかった。
「……まぁいいわ。とりあえず怪我の治療ぐらいはしてあげるからついてきて」
「何から何まで本当に助かる!と、その前に自己紹介をしてなかったな」
怪我だらけの肉体にもかかわらず、スバルはその場で一回転を決め、指を天に向けてバシッという効果音が聞こえそうなほどのキメポーズを決める。
「俺の名前はナツキ・スバル!右も左もわからない上に天衣無縫の無一文!ヨロシク!」
「随分とへんてこりんなアイサツをするものね……私は「謎煙の主」のシトラリよ。よろしく」
残念ながらファーストインプレッションは失敗。異世界に来ても最初の挨拶を失敗してしまうのは元居た世界と変わらないらしい。高校初の登校日に女装でクラスに入り込み、そのまま気づかれることなく終わった高校よりはましだが。
「あれ?てっきりグラスバーバってのが名前だと思ってたんだけど……もしかして二つ名的な奴?」
「『黒曜石の老婆』と書いてグラスバーバよ。今じゃ名前よりもそっちの呼び名の方が浸透してるから勘違いするのも仕方ないわね」
スバルはシトラリの口から出た『老婆』ワードに今一つぴんと来ないまま頭を傾げた。なんせ、目の前にいるのは誰がどう見ても10~20代の美少女であり、老婆と称されるような要素はどこにもなかったからだ。
「その『老婆』っていうのはまさかシトラリのことか!?」
「あのねぇ……
シトラリはぷんすかという擬音が聞こえてきそうな様子でそう伝える。女性に年齢の話はアウトというのはコミュ障のスバルでもわかるが、あまりにもギャップがある二つ名に思わず突っ込むことをやめられなかった。
「小説でもよくあるでしょ。見た目は若いお爺さんとか、見た目は少女なのに百戦錬磨の英雄だとか、子供の体をした魔法使いとか……」
「この世界にもそういった類の小説はあるのね。ますます世界観とやらがわからなくなってきたぜ」
事実は小説より奇なり。という言葉はまさにこのような時のことを指すのだろう。もっとも、異世界転移などという一番のびっくり要素が起きてしまってるため、この程度のファンタジー要素はもはや許容範囲内だ。
「とにかく……私の年齢の話はどうでもいいから!次、その話をしたらギタギタにするわよ!」
「ギタギタって言葉もきょうび聞かねぇな……」
「う、うるさいわね!これでも頑張ってナウイコトバを使ってる方よ!」
先ほどから感じていた違和感。もといシトラリのやけに古臭い口調は彼女の年齢からくるものだったらしく、スバルはうんうんと一人で納得していたが、そんな様子が気に入らなかったのかシトラリはぴくぴくと青筋を立てながら腕を組んで告げる。
「思ったより余裕そうじゃない。これなら怪我の手当ても必要なさそうかしら」
「嘘です。限界です。助けてください。シトラリさん」
「ふん!じゃあさっさと行くわよ。時間は有限なんだから」
「応!道案内頼んだぜ!シト──」
ラリと続けようとしたその時、アドレナリンとドーパミンの効果が切れてしまったのか、一歩前を進んだだけでその場に倒れてしまうという無様な結果を残すことになってしまった。
炎天下の中で歩き回ってたことと、体中を殴られたことを考えればこの疲弊具合も当たり前のことだが、目の前の少女の前で無様な様を見せてしまったことに『漢』としてのナツキ・スバルは崩れ落ちてしまった。
「わりぃ。直ぐに立つ」
「いいわよ。無理しなくても。運んであげるから」
シトラリはどこからともなく巨大なぬいぐるみを取り出すと、まるで魔法の絨毯のようにふわふわと浮きながら倒れこんでるスバルを乗せた。日ごろの筋トレと父から受け継いだ筋肉質なスバルの肉体はおよそ70キロぐらいあるはずなのだが、このぬいぐるみはそれをまるで感じさせないぐらい余裕そうにスバルを運ぶ。
そのかわいらしいぬいぐるみのデザインと目つきの悪いスバルの組み合わせはいかんせん悪く、もし夜道に遭遇しようものなら通報間違いなしだろう。
「これってもしかして魔法ってやつか?にしてはエフェクトみたいなやつが見えないのが気になるが」
「これは魔法じゃなくて元素力と燃素の応用よ。これがあったらどこでも寝っ転がりながら、娯楽小説を読めるでしょ」
「魔法的な力を使ってやるのがどこでも寝っ転がれるぬいぐるみって……発想が引きこもりの俺とほぼ変わらないな」
「誰が一日中寝っ転がりながらお酒とスナックを片手に娯楽小説を読む引きこもりですって!」
「そこまでは言ってねぇよ!!ていうか酒を抜いたら本当に俺とほぼ変わらねぇ暮らししてんじゃねぇか……」
学校に行かずに引きこもり生活をしていたスバルとほぼ同じ生活。むしろ酒が加えられてることを考えればスバルよりひどいとも考えられるが、さすがに
ただ、先ほどから薄々感じ取っていたことではあるが、シトラリはスバルと一緒でコミュニケーション能力に少し難あり。つまるところ
「ここはひとつ引きこもり同盟andコミュ障同盟でも結んでおくか?」
「そんな不名誉な同盟は願い下げよ!!というかあなたには年上に対する敬意ってものがないワケ?」
「年齢の話をするなって言ったのはそっちでは!?」
「ソレはソレ、コレはコレよ!わかったなら無駄口叩いてないでついてきなさい」
図星を突かれて恥ずかしがってるのかシトラリは自分の歩くスピードと巨大ぬいぐるみの速度を一気に上げたのでずり落ちそうになるが、ぬいぐるみがスバルの体を押し上げることで位置を調整し、安定した姿勢に戻してくれた。
一見、こちらのことを気にしてなさそうな様子のシトラリだが、怪我人であるスバルが苦しくないように配慮をしてくれるところ、やはり彼女の本質は善なのだとスバルは思った。
「そういえば、一番肝心なここがどこなのかっていうことを聞き忘れてたんだけど……」
「──本当に何も知らないのね。ここはテイワット七国の一つ、龍の国ナタ」
「そして現在、アビスとの戦争の真っ只中よ」
まさかの初期リスポーンが紛争地帯というハードモードすぎる現実に対して、さすがのナツキ・スバルも運命様上等と殴り飛ばせなかった。
個人的認識としてシトラリはスバルと同じくらい、もしくはそれよりは少しマシくらいのコミュ障だと思ってます。