前編 『どうしてこんなに酷いことを』
私の右腕を見てください。ずっと小刻みに震えてます……もう治りません。
昔よく父に殴られてました。母を毎日のように殴っていたので、守ろうとしたらこうなりました。
生まれてから、一度も悪さをしたことはありません。断言します。
強いて言うなら、身体を売ったのはダメかも知れませんが。でも、売らされてたんです。
最近、父は母と無理心中しました。私がそれで出かけてる間にです。できれば、普通の人間になりたかったな……
かわいそうですよね? だから、助けてください……っと。
ここは
なんと俺の見た目は幸薄青髪アルビノ美少女……下に垂れてる平たいケモ耳、尻尾付きだ!
このすぐ折れそうな身体で、涙を溢れさせる青い瞳。小さくてギリギリ聞き取れる程度の声量……
そして悲しそうな演技を添え、今回挑むのは白い修道服に身を包んだ女。
外では亜人差別が減ったようだし、優しそうな顔してるから搾り取れる予感がする。
大丈夫だ。俺は見た目だけは良いんだ。大体おねだりすれば許してもらえる……
「少しで大丈夫です。血を、飲ませて……ください」
そうやって、貧弱激かわボイスで頼んだのに女は黙っている。舐めやがって。いや、俺も舐めさせてもらうから一緒だな……
「賢い魔物がいたものですね」
は? こいつ、今なんて言った?
「ふふっ、こんな森でその設定は無理がありますけどね……」
「そうやって何人、食べたのですか?」
へへ、三人だよ。凄いでしょ。カラカラになるまで吸わせて貰いました。お肉も当然、残しませんでしたよ。
なんてことは考えていられない……正体がバレている。そう、何を隠そう俺は魔物と同じ『魔人』に分類されるらしい。
似た姿だが人とは異なる存在なので、結局は人と他種族の子、亜人とも全く違う。
こんな姿になって既に数え切れないほど日が経っているので、人であることはとうに捨てている。
人を食うことに抵抗感はない。当然、そうしないと生きられない。しかも、こんな森に来るのは街にも住めない、とんでもない悪党だけらしいからだ。
最後に出会った特殊性癖のおじさんが、食われながらも色々と教えてくれたのだ。
だから俺には少しだけ、この世界に対する知識がある。この女も多分チンピラと変わらないでしょ……いただきます。
お腹がぺこぺこの俺は、女に抱きつくように近づいて口を開く。
女が呆れた顔をして懐から杖を取り出した。すると、何か空気が揺れている……?
「その見た目で肉食なの笑えますね」
突然、地面から光の柱が生えてきた。それは俺の右上腕を吹き飛ばすと、いつの間にか消えている。
「あっ、え」
間抜けな声が出た。腕が切断された……止血しようと強く押さえるが、意味なさそうだ。
なんで? えっ……痛い。痛い、痛い痛い痛い痛い。
地を転がる、何も出ないけど吐いた。やばい、命の危険を感じている。確実に狙う相手を間違えた!
「ふふっ、可愛い♡」
あ、殺される。まず最優先でするべきは命乞いだ……
「わっ、ごめ……なさ! ゆるして!」
とりあえず、手を前にして叫んだ。素で泣いている。嫌だ、もう絶対に死にたくない。
「おぇえ……調子にのりまひた! まって! 殺さないで!」
頭を土に擦り付けて懇願する。そもそも、お腹すくのは仕方ないのに……どうすれば良かったんだよ。
「そんなに死にたくないですか?」
クスクスと笑っている女に聞かれた。は? 当たり前だろ! だから人を食ってまで生き延びてんだよ!
叫びたいが、叫ぶと殺される気がする。
「あーあ、私を食べようとするから死ぬんですよ〜」
ダメだ。どっちみち殺される……俺の脳が逃げろと指示を出す。
でも、動けない。目の前の女がこわいからだ。ただ必死に言葉を重ねるしかない。
「ごめんなさい! 見逃してください!」
恐らく意味はない。それでも生にしがみつきたい。
さっきからありえないくらい笑ってるし、気分が良くて助けてくれたりしないだろうか?
そんなバカみたいなことを考えていると、女に言われた。
「じゃあ、まずはお礼を言いましょうか」
「え? おれ、い?」
女が笑いをこらえながら続ける。
「ほら、もう腕が震える心配はないですから。そのお礼を」
……とんだサイコパス女だ。やばい、多分いたぶるのが趣味だ。酷い殺され方をされてしまう! だが、少しでも長く生きて、奇跡的に助かることを諦めないのが俺だ。
延命のためなら、女が喜ぶように媚びてお礼を口にできる。
「えへっ……うで、なおしてくれて……ぐすっ」
無理だ。痛いし、どうせ無意味に遊ばれて殺されるんだろうし、涙も止まらないので言えない。詰んだ。なんで? 何もしてないのに……
「あー、イイですね。この弱いものいじめしてる感覚。可愛い女の子の見た目なのに、人権はないんですから最高です」
頭を踏まれた。本当になんで? どうしてこんなに酷いことを? ちょっと食べようとしただけじゃん……お前強いんだから、寛容であれよ。
だが俺はここで、この女に対する完璧な
「あっ、ペット! ペットになります!」
必死に尻尾を振ってアピールする。女の表情が明らかに緩んでいる……いける!
そう思っていると、思いっきり腹を蹴られた。
「がっ……!」
お腹を摩り痛みを和らげようとすると、右腕が無かった。そうだった、遅れて左腕を使う……
その姿が決め手になったのだろうか。女がしゃがみ込んで俺に目線を合わせてきた。
「情けないですね。どうしても生きたいですか?」
ニヤニヤしてる、笑われている。こわい……本当に人間か? 残虐すぎるだろ。
何度も「生きたい」と繰り返した。女の目を見ながら、必死に。
女が鼻で笑うと、杖をおでこに当ててくる。
「あっ」
……漏らした。足が濡れていくのが分かる。死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
目を瞑っていると、首に何かをつけられた感覚がある。え? 何?
これは恐らくチョーカーだ。チョーカーをつけられた。
「特別に、飼ってあげます。可愛く生まれて良かったですね?」
俺は女を見つめる……助かった?
「あー、自分から『殺して』って言わせるのが楽しみです」
は? どうやらコイツの悪意は底なしらしい。ここまで人は残酷になれるのか……
気づけば、喉が鳴っていた。威嚇するように、グルグルと。女が不機嫌そうな顔をする。
俺は即座に仰向けに寝転がり、お腹を見せた。今できる最も敵対心がないことを示すポーズをする。拾えた命を無駄にするな! 俺は必死に媚びるように鳴いた。
すると、満足そうな表情に戻った女が、俺のお腹を撫で始めた。
急に右腕が熱いと思ったら、なんと完璧に生えている。理解不能だ……え、どういうこと?
「四足歩行には不便ですからね」
女はそう笑っている。女の力なのか? 欠損した腕を再生させるなんて、神の御業としか思えない。
「あ、え……ありがとうございます」
俺は涙した。一旦、生き残りが確定した。ありがとう、過去のプライドを捨てた自分。
女は立ち上がり、俺の首を掴んで持ち上げる。
「小さくて軽いですね。百四十センチとかでしょうか?」
「丁度いいペットになりそう。名前は……なんか白いし『ワタ』とかにしますか」
息ができない。すぐに死の恐怖が再び訪れ、俺は意識を失った。
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