俺の目標は女──アリスを殺すこと。これを達成しなければ、もう何のために生きたのか分からなくなってしまう。
……少しの間だけ『可愛いワタちゃん』になりきっても、幸せにはなれなかった。
多分、本当に俺のことは好きなんだろう。でもそんなの受け入れたくない。当然だ。
そして完全に理解した。女は、この日々の終わりを必ず避けようとする。
明確で、他よりも圧倒的な拒絶反応を示した『目』に対して……そこまで女は踏み込んでいないつもりなのだろう。
性格的には、毎日のように狙ってきてもおかしくはなさそうだから、頑張って我慢しているはずだ。
本当に『俺に嫌われる』のだけが怖いんだろう。そこを避けるだけで嫌われないと思ってるなら、素晴らしい頭をしているが……高頻度で脅しとして使うから意味ないんだよ。
「私のこと好きですか? 好きですよね。好きって言って?」
最近は毎日、夜も一緒に寝てくるようになった……あの件からは一人で寝させるのが怖いらしい。
寝る前になると、ずっと好きって言わされて頭がおかしくなりそうだが、俺の心は変わらない。
「すき、だよ」
殺してやる。
「なら……尻尾、貸してください。追加でなんか可愛いことも言ってください」
やっぱり気持ち悪いなコイツ。俺は女に背を向けて、ゆっくりと尻尾を持ち上げた。
布団に頭を突っ込んで嗅いでくるが、何がそんなに良いんだよ。窒息しないかな。
「ちょっと、恥ずかしいかも」
お前が好きそうな言葉だな……きっと中で喜んでいる。勢い良く飛び出してきて、腹に手を入れてきた。
「寝る前なのに、こんな気持ちにさせないでくれますか。絶対にわざと煽ってますよね? 謝ってください!」
理不尽すぎるだろ……そんなことあるか? でも、声だけは本気なんだよな。
「えっと……ごめん、ね?」
「あー!! え、好きです! なんかこの甘々な感じハマりそうですよ!!」
声がでけぇよ。完全に
だが、どうせ後から爆発してとんでもないことをしてくるのが見えてる。常に警戒は必要だ。
「はい、おしまい。これだとアリスの顔が見れない」
俺は尻尾を動かして、女に向き直った。
「それは誘いすぎですよ? 私が寝れなくなったらどうするんですか……」
不眠で死ね。こっちはお前が求めたものを提供したんだから、さっさと寝ろよ。
「えへ、おやすみ」
俺はいたずらっぽく笑って、すぐに目を瞑った。
ベッドがありえないレベルで揺れている。完全に決まった。ただ女が『愛で欲求』を強めてくれることを祈る。どうか裏目に出ませんように……
◆
「学校っ! 行く前に、こんな誘惑してくるなんて……! 悪い子すぎますよっ!」
気持ち悪い言葉で目が覚めた。朝から女が、俺の髪を嗅いでいる。
最悪。そう思ったが、違和感があった。
これ俺から抱きついてないか? 腕が女の背を覆うように配置してあって、俺が上になるように足を絡ませている。
…………そんなはずないか。きっと、女が頑張って動かしたんだ。
「んん、すきすき」
面倒くさいから適当で良いや。俺は女に腹を押し当てた……やけに温かいから眠くなってきたな。
「なんですか、それ。どこで覚えたんですか……」
女がわなわなしている。
「眠いとそうなっちゃうんですか? それとも、どこまで可愛くなれば全部が許されるか試してるんですか?」
「えへへ」
前者も後者も答えない。普通に考えるのが面倒だからだ。この身体になってから、やっぱり朝は頭が働かない。
「あっ……今日は酷いことします」
変なのが聞こえてきたが、俺は寝た。
失敗した、後悔している。絶対にあんなことしないほうが良かった。
もういっそのこと、今日はあのキャラで行くか?
俺は一人で頭を抱えている。逃れられない暴力を、どうにかしてやめさせたい。
考えていると、扉が開く音がした。
「ワタちゃん起きてますか〜?」
来た。とりあえず走って出迎えた。
「今日もお昼寝、したいな」
「あ、ふぅ…………ダメです」
なんとかなりそうな気がするな、これは。
「やるって決めてるのがあるんです!!」
俺は尻尾を女に擦り付ける。勝てるというのが伝わってきた……俺が寝起きで考えた案、それが『酷いことより気持ちいいよ?』作戦だ。
普段なら逆効果で、そのほうが興奮するとか言われるだろう。だが……何故か今日はいける自信があった。
効きすぎて何も考えれなくしてやる。
俺は女の腹を、尻尾を左右に振って優しく撫で続ける。
「しろはた、痛いのは嫌」
「あっ!!!!」
女は胸に手を当ててしゃがみ込んだ。馬鹿みたいだな。
「そんなに無様なの見せられたら、興奮しすぎますよ……何が狙いですか」
痛いのが嫌だと言っても伝わらないのか? ならもう、恥ずかしいだけだったかも。
「いたいのは、いや」
追撃を入れる。尻尾を女の顔に近づけると、当然のように掴んで吸い始めた。
「と、特別ですよ? 『白旗』はもう大好きなので、痛いことしてるときに言ってもらいますから……」
「小さい女の子に手玉に取られる感じも興奮しますね。新しい発見です……そんなワタちゃんを泣かせるまでがセットですが」
気持ち悪いんだよ……自分の行動にも吐き気がするが、まぁいい。
俺はできるだけ苦しまないで生活したい。それがプライドなんかと交換できるなら、喜んでそうしよう。
俺達はゆっくりとベッドに移動した。
「どうしましょう。今日は喉とかいじめる予定で、それでたくさん苦しんで欲しかったのに!! でも、こんなに可愛いし……だからこそ感もありますが…………」
「これで許されなかったら、もうこんなことしませんもんね? 定期的に見たいです」
……想像以上に決まったな。やはり俺に女の子らしくとか、無理に可愛い動きをさせたりするのが好きなのか?
女を殺すのにハニトラが一番の近道だったら笑えるな。
「アリス、ワタお腹すいたかも」
間抜け面してる時に搾取してやる。
「……! いいこと思いつきました」
女は急いで部屋を出ていき、すぐに帰ってきた。鉄製の容器をその手に持っている。
「お犬さんごっこをしましょう。ワタちゃんの恥ずかしい姿が見たいので!」
容器は女の手から血が注がれた後、床に置かれている。全然大丈夫だ。
尊厳なんて、ペットになった時点で無かったしな。
俺は血を飲むために、ベッドから降りて移動する。
「あれ、お犬さんごっこですよ」
……四足歩行なんて久しぶりだな。
今日は明らかに血の量が多い。女の機嫌が良い証拠だろう。
舌を出して、女に分かりやすいように舐めた。
女は興奮しながら頭を撫でてくる。
「すごい! 可愛いです♡」
「…………わん」
サービスしてやる。気持ちよくなってろ。
「え、は? は? そんなの酷いこと我慢できませんよ? たくさんお腹とか蹴りたくなってきました……」
「ふー、わふ」
「私を喜ばせるためですか? ちょっと効きすぎてます。やめてください……このプレイにハマりそうです」
「痛いことしたら二度とやらないって目をしてますね? うぅ、生意気です……」
勝った。女は俺を撫で続けている。お前のアホさに合わせて媚びるのも慣れてきたな。
俺は血を舐めきったので、ベッドに戻ることにする。
とりあえず、今日は大丈夫そうだな。一日だけでも休憩できるのは良かった。
「あー!! あのワタちゃんなのに、こんな馬鹿みたいな……ダメです、今日だけは抑えないと……絶対もう一回は見たいです」
「昨日あんなに綺麗に笑ってくれてた子が、無様にお尻を振って犬の真似なんて……こんなの誰でも
我慢させる形になった分、次に爆発される可能性が高い……失敗したか?
クソ、なるべく楽で痛くないほうに誘導しないといけないな。女は喉とか言っていたし、苦しいのも予想される……
俺は激しく近寄ってきた女を無視して眠ることにした。
目が覚めると、添い寝していた女がこっちを見ている。まさか、寝てる間ずっとそうしてたのか? 俺がどれだけ寝ていたか分からないが、普通に気持ち悪いな。
「起きましたね。やっぱり寝顔も可愛いかったですよ」
お前はさっさと寝ろよ。急に気分を変えそうで落ち着かないんだよ。
「……やっぱり我慢できません」
最悪だ。呼吸を乱しながら手を伸ばして、俺の頬を掴んできた。
「ちょ、ちょっとだけ、酷いことしたいです。喉に痛いことはしません! 約束しますから! 可愛いお口で少しだけ耐えてほしいだけです……」
「あと、犬の真似は続けてください」
聞いた俺の表情が曇っていたのだろう、女は即座に付け足した。
「その可愛い感じはまたやってほしいので、嬉しい約束をしましょう! 許してくれたら、
…………それはつまり外出ってことか? これで嘘だったら嗅がれるときに嫌な顔をしてやる。
「わん」
外にもう一度出れるなら、きっと何でも耐えられる。俺はそう考えて返事をした。
◇
女は、俺に膝枕をしてきた。
手足を畳んで、尻尾を振り続けてほしいとか言い出した時は困惑したが……そんなことはどうでもいい。
こんなことで外に出れるなら、喜んで犬にでもなってやる。
「ではお口、開けてください」
「ぁ……え」
俺は素直に従う。
「これから、喉を針で引っ掻きます」
見せられたのは、そこそこの長さをした針だった。普通に痛そうじゃねぇかクソ女。
「グサグサと刺したりはしません。吐きそうなのが見たいだけですから……最近、あのお顔もすきなんです♡」
気持ち悪い。それが望みなら、お前の顔を見るだけで実行できるからやめてほしい。
ゆっくりと針が近づけられる。すぐに喉の奥に触れた。
「ぅ゙えっ……」
痛みと吐き気が同時に襲ってきたので、俺は強くえずいた。喉が締まる。
不愉快な痛みだった。俺の目には涙が浮かんでいる。
「ふふっ、凄い。やっぱり感じるものがありますね! いけないことしてる気分です」
……してるだろ。
「まだ当たっただけでしたよ? カリカリしたいんです。我慢、できますか?」
「わ、ぅ」
気持ち悪い。喉の閉塞感で息がうまく吸えない気がする。
「お返事できて偉いですよ♡」
再度、針が喉に触れた。
「おぇえ……」
女の手は引かれない。痛い、痛い痛い。絶対に刺さってるだろ……吐きそうだ。
「もう、おやつじゃないですよ。飲んじゃダメです」
針が横に押し込まれた。喉が締まる……我慢なんてできない。
「我慢できないのは悪い子になりますけど、どうします?」
どうもできないだろ、これは反射とかじゃないのか? 簡単に抑えれるものじゃないことぐらい…………
「きゅっ」
気持ち悪くて変な音が鳴った。
「え、なんですかそれ。可愛い! やっぱり良い子な気がしてきましたね」
女は嬉しそうだ。針を強引に抜いて、口内を眺めてくる。
「うわぁ。これって本当に見ていいやつですか? なんか、その……」
クネクネするなよ、お前のせいでまた吐きそうになるだろ。
「ふぅ。人を食べるときは流石に丸呑みとかじゃなくて、小さくしてから食べるのが伝わってきます……あれ、なんか歯は鋭くないですね?」
「ちょっと噛ませるぐらいなら、経験として良いかもしれません!」
……気持ち悪い。そんなチャンスがあれば首を食いちぎってやる。
俺の目を見て、針を指先で回しながら……ゆっくりと女は口を開く。
「ふふ、泣きながら尻尾を振ってるのイイですね……バカ犬っぽさを見せてくれると、もっと気持ちよくなれます」
女はそう言って、喉奥には当たらない中途半端な位置に針を固定する。
「ほら、どうしたらいいか分かります?」
…………死ね。
俺は首を持ち上げた。すぐに鋭い痛みから逃げたくなるが、今だけは耐える。
「ぃつ!」
「ふっ、ふっ……」
息が漏れる。痛い、吐きそう。大丈夫、これじゃ絶対に死なない。怖いだけだ。
「賢いじゃないですか。バカ犬っぽくはありませんね」
……どうしたら良いんだよ。お前の指ごといけば満足か?
「その顔! あー、
聞いただけで気持ち悪い。心の準備なんてできずに、女の手首が激しく動いた。
変な音と鉄の味がする、吐きそう。水が飲みたい、舌の位置が定まらない……
「ぅ゙ぷっ」
耐えられない、耐えられない耐えられない。ダメだ、このままじゃ吐いてしまう。
今日は血をたくさん飲んでいる、恐らくだがいつもの倍以上だ……あまり戻したくはない。
気を紛らわせるため、耳をパタパタと動かした。尻尾が立って痙攣している。
「ワタちゃん白目むいてますよ! かわいそう、震えてます! なんかすごく興奮してきました!!」
はやく抜けよ、吐きそうなんだよ。耐えれてるのが不思議だ……普通なら絶対に吐いてるだろう。
「ふー、おしまいです! 我慢できるなんて偉いですね」
頭を激しく撫でられる。
少ししてそれも落ち着くと、指が口に突っ込まれる。舌を引っ張り出そうとしてきた。
「あぇ」
まぁ、抵抗はしないほうがいいか? そう思った瞬間、激しい痛みが舌に響いた。
「喉は、我慢しましたから!」
は? 痛い、理解ができなかった。舌をしっかりと針が貫いている。
「涙を見てると、つい……そんな驚いた顔しないでください。笑ってみて?」
…………俺は笑おうとした。舌が固定されているせいで上手くできない。
「ぐちゃぐちゃな顔ですね。すごい、完璧です! ダメな気持ちが溢れそうです!」
「本当に良い子……絶対にお散歩は約束します。おうちにも一回だけ行かせてあげましょうか……?」
はやく針を抜けよ。
「げぇ……」
多分、血が喉まで上がってきた。
「あ!! そんなに効くものを見せないでください!!」
急いで針が抜かれる。女が口を押さえてきて、笑いながら言ってくる。
「飲み込んでください♡」
吐くよりはマシか……俺の喉がゆっくりと動いた。だんだんと痒くなってくる。
「最後に可愛いの聞きたいです!」
「わ゙……ん」
かすれた声しか出なかった。女はそれに満足そうな反応を見せ、俺に杖を向ける。喉はもう痛まない。
膝から起こして抱きしめてきた。
「もう普通に喋っていいですよ。一回、寝ますか? それとも遊びます?」
……お前との遊びは楽しくねぇよ。
「寝たい」
最悪の気分だ。でも耐えきった。
そういえば、外に出たら何ができるんだ? あまり考えてなかったが、まぁ……いいか。
俺は水をもらって寝ることにした。
喉、好きだよ。というか首は全部好き……共感してくれてありがとう。