風を感じて目を覚ました。太陽が眩しくて、薄目になる。
「……外?」
「あ、起きましたね」
俺は女にお姫様抱っこされていた……どうしてだよ。いつの間にか、外に連れ出されている。
「サプライズってやつです! では、お散歩をしましょうか!」
ゆっくりと降ろされたので周囲を見渡すと、かなり人が歩いている。
ここは、商店街か……?
俺の首にあるチョーカーからリードが繋がっていて、それを女が強く握っている。歩きづらいな……
この光景は異様じゃないのかと思ったが、誰一人として気にしている様子はない。
「安心してください。別に普通のことですから」
……本当かよ。
女はいつもの修道服ではなく、黒い外套に身を包んでいる。フードを深くかぶっていて顔も認識しづらい。
「何か気になるものがあれば、教えてください。なんでも買ってあげます!」
お前に買って欲しいものなんてねぇよ。そう思ったが、露店にある何かが目に入る。
「……なにこれ?」
覗き込んだのは半透明の丸い小さな玉……中には一つの十字架が浮いている。
この店には同じようなものがいくつもあるが、妙にその一つだけ惹きつけられた。
「綺麗」
「嬢ちゃん、それは『打ち上げ花火』ってやつだよ」
椅子に座っていたおじさんが、ゆっくりと立ち上がりそう言った。
「綺麗って言ってくれてありがとう。安全装置がついてるけど……危ないものだから、欲しかったらご主人様に相談してね」
花火に安全装置? なんだそれは。
「どうやってやるの」
「スイッチを押すだけで打ち上がるよ」
……なんか、久しぶりに見てみたいな。そう思っていると後ろから女が覗いてくる。
「ワタちゃん、それが欲しいんですか?」
「うん。ちょっとだけ」
「なら買いますよ」
即答されて、恐らく金が払われた。花火が透明のケースにいれられて、女に渡されている。
俺は綺麗なものが見たかったのかな。最悪なことばかりで、きっと何か救いが欲しくなったんだろう。
「…………ありがと」
女は上機嫌で、リードではなく俺の手を握っている。上を向いて、青空を目に焼き付けた。
この世界にきたばかりの時は何も思わなかったけど、今はとても貴重なものに感じる。
「ワタちゃん、どうしますか。花火……今日みたいですか?」
女が俺を見て優しく笑いかける。
…………どうしようか。
「また今度がいい」
俺は二度目の外に出る理由を作りたかった。ゆっくりと返事をして、それからまた女と歩き始めた。
たくさんの店を見ても、特に何も感じなかった。疲れた気がする。
「なんだかワタ、もう眠たいな」
「そうですか。じゃあ帰りますか?」
「うん」
答えた俺を、女がそっと抱き上げる。俺は目を閉じて身体を預けた。
またこの空が見れますように。
◇
「今日は苦しいことしたい気分です」
部屋に戻ると女は最初にそう言った。お前、俺が眠たいって知ってるよな?
「お昼寝したら、お願いします」
なんか女が妙にへにゃへにゃしている。気持ち悪いな。
ベッドまで移動してから口を開いた。
「…………わかった」
あまり我慢させすぎても、変なことをされそうだ。適度に発散させたほうが苦しまずに済むだろう。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
女は俺の手を握ると、俺より先に眠りについた。何なんだよコイツ……
いつの間にか寝ていた。目を開いてみると、女はまだ起きていない。
二度寝しようかな。
そう思っていると、タイミング悪く目を覚まされた。
「あ、ワタちゃんが起きてる」
少し時間をかけて起き上がった女が、静かに言った。
「じゃあ……苦しいことしますね」
すぐに床の上に座らされて、対面には女がいる。ゆっくりと太ももに手を置かれた。
なんだコイツ、気持ち悪いな。何か様子がおかしい。
「あっ」
何かを刺された。下を見ると、注射器のようなものを当てられていた……体内に押し込まれたのは毒か?
「少し気になったんです。ただ弱っていくワタちゃんを見るのも気持ちいいんじゃないかって……」
「でも、ちょっと強いお薬なので……助けてほしい時はしっかり言ってくださいね?」
その言葉を聞いた瞬間、激しく視界が回転して……身体に力が入らない。
「あぇ?」
顔から地面に倒れた。
「うわ、ピクピクしてますね。苦しそうです……結構好きかもしれません♡」
何か眩しい。頭がパチパチして、変な声が聞こえる。
クマさんと、女と俺が白い部屋で踊ってる? なんだこれ、気持ち悪い。変な映像が断片的に脳内に溢れる。
「おぇ……」
吐いた感覚はしない。でも、多分吐いた。
「たふ……へへ」
上手く喋れない。
「何を言ってるんですか? ワタちゃん、よく聞こえませんよ」
笑われている気がするけど、寒くてそれどころじゃない。怖くなってきた、死が近づいている気がする。
「しん……じゃう」
「ふふっ、だからどうしてほしいんですかね?」
「たす……」
言えたかどうかも分からない。死んでいいって言われた? あれ……気持ち悪い。
耳鳴りも酷くて、青空を感じる。
これ、絶対にダメなやつだ。
「あふ……た、すけ」
「て」
暗いのに明るいし、俺の手から草が生えてる。知ってる、これは森でいっつも食べてたやつで……?
「限界そうですかね。いま助けますよ〜」
「もうちょっと頑張りましょう」
「死にそうですか? そのほうが可愛いので、ずっとこのままで!!」
…………分からない。何を言われてるんだろう。たくさん女の声が聞こえる。
動けないのに、目がない人形が近づいてくる。顔に手が伸びてくる。
「い、や! おぇ……たす、けへ!!」
きっと喉から血が出たと思う。自分でも信じられないぐらいの大きい声が出て、それが風船を膨らませた。
「あれ?」
急に意識がはっきりとする。女が俺の頬に杖を押し当てていた。
「まって、気持ち悪い……」
「可愛かったですよ。頭どんな感じですか? 今日はたくさんこれをしましょう!」
無理だ。一回で頭がおかしくなった気がする。どうにかして、止めないと。
「だめ……! やめっ」
動けない、針が首に近づいてくる。
「これ、なんかえっちかもしれません。凄い顔してますよ? 少し鼻血が出てますし」
……吐き気がする。なんだこれ、お腹いっぱいだ。今なら女を殺せる気がしてきた。
「やら」
「いや、い…………から」
「本当に何言ってるか分かりませんね」
嬉しいことがたくさんあったね。花火を買ってくれてありがとう……伝えたいことがあるのに、声が出ない?
「……すき」
そうかも。考えるより先に口が動いたから、本当のことに違いない。
「あー、凄く興奮してきました!!」
お腹を蹴られたけど、好き。俺とワタちゃんが友達になれる夢みたいな時間が、ずっと続いていた。
寝ないと、苦しくても……次があるから。
声が聞こえる、緑に光ったのは神様だろうか? すごい、こんなに時間が過ぎて行くなら……ずっと幸せってことだと思う。
「と、り……」
隣にいたいな。
「こんなに良いお顔をしてくれるなんて……! そろそろ助けてほしいですか?」
上に頷く。多分、否定だと思うけど。
「おえぇ……」
朝起きた感覚がした。ふわふわする、なんだこれ? やばい。息が上手く吸えない。
「何か言いたいことありますかね」
「っ怖いから! やめ……」
「今は『愛してる』って言って欲しかったです」
は? そんなの知らねぇよ。お前の大好きなワタちゃんが死ぬだろうが。
「チクッとしますよ〜」
…………暗い。長いことしか分からない。
「反応、薄くなってきましたね」
頬をぺちぺちと叩かれた。
「……ゔぁ」
「だらんとしちゃって、痙攣もやめちゃいましたね?」
「もうお薬の効果は切れてますよ?」
「あ、い……てるから」
頭を撫でられている。気持ち悪い。ただ、今は吐きそうだった。
「嬉しいですよ。抱っこしてあげます」
何かが、悲しくて泣いた。違う。
俺も嬉しいんだ。さっき、やっと報われた気がしたから。もう分かった……耐える必要なんてないんだ。
「頭おかしくなっちゃいましたか? 大丈夫ですよ〜、今日は何も考えなくていいですからね!」
頭を撫でられる。もういいよ。それは気持ち良くないから。
お昼と比べると、怖いくらい静かだ。きっと昨日と何も変わらないのに……落ち着かない。
こんな夜でも、こいつと一緒にいても嬉しくはならないんだな。本当に嫌いだ。
俺は瞼をそっと閉じた。