あの女、俺の年齢を聞いてから態度を完全に変えやがった。
撫でる回数が目に見えて減り、代わりに匂いを嗅ぐようになってきた。それでいて普通に暴力も欠かさない……何がしたいんだ。
考えていると、女がゆっくりと入ってきた。
「ワタちゃん、起きましたかね。今日の気分はどうですか?」
「最悪。お前が生きてるから」
俺は目を見て即答する。すると、女は笑顔を浮かべて俺の下腹部に拳を押し付けてくる。
「もう、可愛いですね。今日もいっぱい泣きたいんですか?」
……鈍い痛みが続く、気持ち悪い。
「ワタちゃん、弱いし頭も良くないじゃないですか……私に拾われてなきゃ、きっと死んじゃってましたよ? お礼は?」
これも変化の一つだ。やけに俺を救ったという方向にシフトしようとしてくる。気持ち悪いな本当に。そんなに懐いてほしいか?
……何があっても言うかよ。お前がいなければ痒い所もかけたし、ご飯も床を舐めないで良かったんだ。
女は俺を持ち上げて、座る。膝の上に乗せてきて、髪の匂いを嗅いでくる。
「あまりいい匂いはしませんね。女の子なんですから、綺麗な方が嬉しいですよね?」
お前に嗅がれるぐらいなら汚い方が嬉しいよ。本当に気持ち悪いなコイツ……ペットとして愛でようとし始めているのか?
理解不能だ。あんなことしておいて、ちょっと謝ったら許してもらえると思っているのか? 馬鹿にするのも大概にしろよ。絶対に殺してやる。
ゆっくり立ち上がった女は、俺を抱える手を離して落としてきた。
「ぎゅっ……」
強い衝撃に声が漏れる。意味がわからない、情緒どうなってるんだよクソ女。
「なんっ……で」
「お風呂に行くためですよ〜」
……繋がってねぇよ。女は俺を拾うと、何度も床に落としてくる。
「暴れられると面倒なので、眠っててくださいね」
腹を貫かれるほどの強烈な痛みではないが、女が楽しそうに転がる俺を見て笑うので耐えられない。
「クソッ、死ね。お前はこれの何が楽しいんだよ!!」
俺は無い腕を女の首に伸ばす。すると、女は尻尾を掴んで持ち上げてくる……痛い。
「素直になってくれたら、もっと優しくしてあげますよ」
話が通じない。ダメだ、女は俺が意識を失うまで続けるつもりだ……
何回、落とされたか分からない。全身痛くて、呼吸が苦しい。耳を乱暴に掴んできたりするし、何かだんだんと怖くなってきた。
なんで? こんな女なんかを絶対に喜ばしたくない。だが、俺の身体はひたすら歯を鳴らす。
もう嫌だ。意味もなく拷問されるような悪いことをした記憶なんてない……涙が出てきた。
「嬉しいです。こんなに小さい子で遊べるなんて」
あと何回繰り返せば、この時間が終わるんだろう。
落とされる位置が少し高くなって、顔から落ちた瞬間は終わりを確信した。
だが、女が俺を拾い上げて頬に杖を押し当てると、すぐに意識が覚醒する。
「……なんで? そんなこと」
「痛そうだったので、つい助けちゃいました。これが母性ってやつかもしれませんね」
女がニヤニヤしながら俺を揺さぶる。
頭が揺れる。気持ち悪い……こいつ目的が風呂から変わってるだろ。このままだと満足するまで落とされる気がした。
俺は最近、分かったことがある……それは
この理不尽がどうしても受け入れられない。一度死んだことによる強い生への執着が、俺の死へのセンサーを敏感にしている。
今の俺は恐怖を感じやすく、繰り返しのことでも適応することができていない。悔しいが、苦しい方が大きいので口を開いた。
「暴れ、ません。静かにするので……やめてください」
……クソ。女が頭を撫でてくる。どうしようもなく惨めな気分になるが、諦めない。
お前が調子に乗って、俺の手足を戻す時は必ず来る。お前に与えられた苦痛を必ず返してやる。
「うわ、いいおねだりですね。でも私は喚《わめ》いてる方が効くんですよね」
当然のように地面に叩きつけられた。ありえないだろ、意味が分からない。どうして?
俺はまた拾われそうになる。
「クソクソクソ、痛いんだよ! 離せよ!!」
女を喜ばせたいわけじゃない。抵抗しないと耐えられない。
「あっ……まって」
空気が、揺れている。
「お礼も言えないし、言葉遣いも最悪ですね。やっぱり本当に幼いと躾が大変……その方が背徳感がありますけど」
俺に杖が向けられている。またあれがくる……怖い。
「あ、え。まって、痛くしないで! その、ありがとうございました。ペットに……してもらわなかったら、死んでました!」
「あの、だから……綺麗にしてください」
驚くほどすらすらと出た。女は今までになく嬉しそうだ。
俺の目の上に手を被せると、笑いながら囁かれる。
「目、開けたらダメですよ。守れないと、もっと苦しいことしますからね」
俺は女に持ち上げられて、強く抱きしめられている。すぐに逃げ出したい。呼吸が乱れてきた……
移動が長い気がする。無理だ、吐きそう。
「たすけて……ごめんなさい」
何かに謝る。それは意味がないどころか、女の耳に入り力を強くさせた。
ダメだ、弱気になっている……また女が怖い気がしてきた。
「つきましたよ〜」
気づけば、俺は風呂場にいた。女が服を脱がそうとしてくる。
そういえば、この白のワンピースも勝手に着させられたものか……俺はボロボロの茶色い布を羽織ってる状態だったはずだし。
手つきが気持ち悪い。絶対に服を脱がすのと関係がない動き……無駄に
「目、開けて良いって言いましたっけ?」
身体が跳ねた。
「わ、そんな反応しなくても……軽い冗談ですよ? もっと気を抜いてくださいね」
…………できるわけないだろ、何が冗談だ。
「私は仲良くしたいんです。ワタちゃん、可愛いペットですからね。少し意地悪してますけど、これも愛情の形ですよ」
理解できなった。本気で言っているのか?
少しどころじゃない暴力に、クソみたいな部屋へ監禁していて仲良くしたいとはどういうことだ。これも軽い冗談か?
女を見ると、気持ち悪い笑みを浮かべている。
「私をちゃんと見てくれないから、悲しくなってるだけなんです」
……は? 殺意しかない。暴れたいが、落ちるのが怖くなっていてできない。震えながら言う。
「お前、その方向で行こうとしてるのか? そんなに生かして懐かれたいか?」
「ちっちゃくて可愛いから当たり前です。言葉遣いは、好みじゃないですけど」
「でもワタちゃんは子供だから、すぐに矯正できますよね……そのうち『好き』って言わせたいな」
心の底から失敗した。年齢は前世を足すべきだったか?
全てがあまりにも気持ち悪すぎる……死ねしか言わねぇよクソ女が。
「やっぱり白くて綺麗な身体ですね。羽根がない天使さんみたいです」
そう思うなら手足をもぐなよ。俺から失わせすぎだろ。
「あ、お風呂の説明をしますね? 熱いお水で身体を綺麗にする場所です。森にはないので、きっと驚きますよ」
……俺を怖がらせようとしているのが透けている。女がニヤニヤし始めた……もし驚いたら何なんだよ、お前は感謝でもされたいのか?
入ると、ありえないぐらいの広さをしていた。銭湯くらいは余裕である……もしかしなくても金持ちなのだろう。なんでも手に入ると、コイツみたいな化物が育つってのは親も残念だろうな。
「今から洗ってあげますからね」
床にそっと置かれてシャワーのようなものが向けられる。お湯が腹に直撃すると、思わず声がでた。
熱すぎるだろ、この女は俺の皮を剥ごうとしているのか? 身体を
いい加減にしろよ……
「やめろ。苦しいから」
「この程度で熱いんですか? 慣れてないからですかね。それとも皮膚が弱いのかな」
女は困惑した顔をしているが、普通にお湯を当て続けてくる。好きって言わせたかったんじゃないのかよ……お前がしてるのは、愛情表現じゃなくて拷問だ。
「この白いので綺麗にしますからね」
お湯を止め、泡を手に乗せた女が俺の身体を撫で回す。気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い。なんでこんなやつに触られないといけないんだ……
「最近は噛もうとしませんね。ふふ、すっかり良い子さんです! 一回、歯を抜いてみて正解でしたね」
やめろ。あれを思い出させるな。
「もう綺麗です」
気づくと泡も洗い流されている……
「私は頭も洗うので、先にここへ入っちゃいましょう」
俺は優しく持ち上げられて、浴槽に連れて行かれる。ありえない笑顔をしている……絶対に、俺を溺れさせようとしてるだろ。
そう思って構えていると、なんと普通に段差の部分に置かれた。お湯の位置は鎖骨あたりまでだ。
「暴れると死んじゃいますから、大人しくしててくださいね」
女はさっきの位置まで戻って行き、髪にシャンプーのようなものをつけ始めた。
このクソみたいな生活が続くなら、ここで溺死したほうがマシかもしれないが……俺の気がすまない。
絶対に殺してやらないと、納得できない。
俺は耐えることにした……が、数分が経つとクラクラしてきた。早すぎる気もするが、
そんなことを考えていると、いきなり背中を押された。
「は?」
落とされた。顔から沈んだ……大量にお湯を飲んだし、体勢が変わらない。
後ろに人が入って来た感覚がする。クソ、舐めやがって。
少しして、ゆっくりと抱き上げられた。
「ほら、危ないですよ。ワタちゃんが死んじゃう所でした! 暴れたらダメって言いましたよね」
馬鹿にするのも大概にしろよ。お前は、それで俺が助けられたと感じる間抜けだと思ってるのか?
「げほっ……何がしたいんだよ」
「助けてあげただけです」
女がニコニコしている。クソ、ここまで舐められないといけないのか。
「つまりお礼を言えば満足か? 熱いんだよ。もう上げろ」
「いいえ。私の好きな所を三つ言えるまで、ここにいてもらいます」
……ここを墓場にすることはできない。いつか来るその時まで、俺は耐えなければ。
「…………助けてくれた。身体が大きい」
思ってもないことを言うのは難しいな。何かないか? 女の特徴、それを探して俺は初めて意識した。
「髪が綺麗」
女はピンク色の髪をしている。きっと珍しいことだろう。
「もう私のこと好きじゃないですか!」
嬉しそうに俺の背中を抱き寄せた。好きなわけないだろ……
それからすぐに、風呂から出て身体を拭かれた。クソ、屈辱だ。
楽しそうに女は服を着せてくる。俺は人形じゃないんだぞ。
「戻りますから、目を閉じてくださいね」
頭がぼーっとして上手く考えられない。いつの間にか部屋の定位置まで連れて行かれていた俺は、ゆっくり意識を失った。