傷つけられることは減った。正確には生命の危機を感じるほどの暴力が……
普通に顔を叩いたりしてくるが、それも適当に尻尾を振って媚びとけばすぐにやめる。
動きと言葉……両方が女を止める方向に適応されていた。
ちゃんとした寝床を用意するという言葉は本当だったようで、まず部屋が変わった。
窓がないし、どこだか分からないが……しっかりした部屋といった感じだ。
巨大な天蓋付きベッドが用意されていて、その上にはたくさんのぬいぐるみが置かれている。
『いいこと』とはその中にあった。女を模したぬいぐるみ(――『アリス人形』とかいうふざけた名前のもの)が、とんでもない主張で座している。
他のクマみたいなぬいぐるみとは一線を画す……圧倒的なサイズだ。抱き枕にして寝てほしいらしい。
イカれすぎだろ。
自由に動けるので脱出しようと、ドアノブを回そうとしたことがあったが無理だった。
触ると何かに弾かれるのだ。恐らく魔法とかいうやつなんだろう。
クソ、閉じ込めるのに便利でいいなぁ?
俺にやることなんてないので……寝転がりながら、とにかくアリス人形に拳を打ちつけるのが最近の暇つぶしだ。この拳が本人に届くのが楽しみで仕方ない。
「いたっ、いたいです!」
不快な声が響いた瞬間、ベッドの前に女が立っていた。音がないので気付かなかった。やばい、見られた。
「そんなことするなんて……ワタちゃんはいけない子ですね〜」
「昨日も仲良くお昼寝をしたのに。何か不満があるんですか?」
全てが不満だが、確実に待遇は良くなっている。女は俺に好意を向けられたくて仕方ないようだ……まずは暴力をやめろよ。
だが、ここで悪口を言うと手足を取り上げられる。すでに二回経験しているが、そうなると加害性が桁違いに跳ね上がる。
ので、頬を膨らませアリス人形を抱き寄せる……これが正解だ。
「むぅ、寂しかったから」
自分でも流石に反吐が出る。これをすることで、女は呼吸を乱しながらベッドに入り込んできた。
「イイですね……可愛い。興奮します」
俺の匂いを嗅ぐために、すぐ近くまで移動してくるが……いちいち動きが気持ち悪いんだよ、後ろに回って腕を絡ませるな。
「一人にしてごめんなさい。私もワタちゃんに会えない時間は苦しいです」
全身を撫でながら頭を嗅いでくる化物が、性欲を俺にぶつけてくる。たまったものじゃないので、殺してやりたい。
「ワタちゃんは、やっぱり最初のことを怒ってますよね? 遠慮しないで、今日も叩いていいですよ……」
コイツは最近、俺に自分を殴らせてくる。一日二回まで腹を殴っていいらしい。頭わいてるだろ……
そして意味がないことは分かった。多分、力が弱っているのだ。逆に俺のほうが痛いことを知り、正直やめたい……確実に殺せる確信を持てるまでこの権利を取っておきたい。
「もういい。痛いことしないなら」
俺は尻尾を左右に振り、女の腹に擦り付ける。絡んでくる腕をそっと握ると、ゆっくりと震えている。
「すごい。すごい、これを毎日なんて……絶対にいじめるだけよりも幸せです」
愛に飢えた結果なのか? 好意を持っているように振る舞う俺に対して、女は異常な執着を見せている。
「他の子はもっと臭かったです。やっぱり人をたくさん食べてたからですかね? ワタちゃんは癖になる匂いしてますよ」
……前まで飼っていたらしき『
内心に留め、口に出すのはこれだ。
「えへへ」
そう。えへへ……これを言うだけでいい。大抵のことをこれで返すだけで、この女は満足するのだ。
「ふふ……もう、我慢できません」
だが、女の気分次第で
「今日もいいですか?」
いいわけないだろクソ女……
「痛いのは……ダメ」
俺は条件を出す、最近だと大体は通る。女は甘くなってきているのだ。
「どこがダメですか? 良い所だけおしえてください。酷いことしたいです……」
クソ、なんでまたこのパターンなんだ。気持ち悪い質問だな……何が良い所だよ、存在しねぇよ。
ここで答えるのは一つ。良い所ではなく、ダメな所を答えるのが苦しまないコツだ。俺は今までで一番キツかった部位を選択から除外させる。
「目以外なら、いいよ」
女は嬉しそうに俺を抱きしめる。吐き気がする……クソ、本当は全部嫌に決まっている。大体は光を貫通させてくるからだ。
明らかに気に入っているのだろう。何度も経験しているが、やはり痛みを我慢できるようにはなっていない。
「悩みますね」
一生そのまま悩んでろよ。何があっても行動に移すな。
「やっぱり今日もここにしたいです!」
そう言って女は俺の鼠径部あたりへと手を伸ばしてくる。気分が悪くなってきた……女は四日間連続で同じ場所を狙っている。
そこに何があるんだよ。そんなにお前にとって魅力的か? そんなに好きならそこで寝ろよ。そのほうがまだマシだわ。
「……そこだけなら」
返事は決まってこれにしている。他の言葉だと、「実はイヤだったりしませんか?」とか舐めたことを言って場所を変えてくる。
女は呼吸を整えて、俺をベッドに寝かせてから服をめくる。実は最近、青いふわふわのパジャマを着せられているのだ。
本当に子どもっぽい方が良いようで、女はそれに大興奮している。最悪の趣味だな。
ズボンを少しだけ下げられて、露出している部分を杖でなぞってくる。気持ち悪い動きしてんじゃねぇよ……
「ワタちゃん、怖いですか?」
頭の上に伸ばした俺の腕を、押さえつけるように女は座っている。
必要なさそうな確認をしてくるのが受け付けないんだよ。
どれだけ怖がらせたいんだ……だが、ここの返事は重要だ。
「やっぱりやめよ?」
これが安定の択になる。下手に何かを言ってしまうと、女を興奮させすぎて長引くことがあるからだ。
つまり、この言葉は俺を甘やかしたい女が……「怖がりつつも我慢してくれたので、早めにやめますね」というルートに最も突入しやすいということになる。
「あ、
何かを覚醒させてしまった。今日は運が悪い……クソ、死ねよ。大逆転で運が味方しろよ。
「えい!」
舐めた声とは見合わない、とんでもない威力の光が俺を貫く。
「かひゅ……」
下半身に無数の穴が空いた感覚がする。こいつ調子に乗りすぎだろ……
「きら、いに……なるよ」
俺は声を振り絞った。女の笑顔は崩れない。
「あー! そんなに酷いこと言うなんて、お仕置きが必要です。私が許すまで取り上げちゃいますよ?」
女が俺の鼻先に指を置く。クソ、舐めやがって……どれだけ俺が譲歩してると思ってんだ? 今すぐお前が大好きな『ワタちゃん』を取り上げてやることもできるんだからな。
「ごめっ、なさい。やめて……」
泣きそうな顔を作って言う。面倒なんだよこいつ……本当に泣きたくなってきた。なんですぐ俺に殺させてくれないんだ。
「次また同じ事を言ったら、私ワタちゃんを捨てちゃうかもしれません」
一番そんな気はないだろ。それが脅しに使えると勘違いしてる姿が哀れだな……
俺が本気でお前に助けられたと思ってるとでも? 寂しいと思ってるとでも? いつまでも気持ち悪いな……勝手に捨ててくれ。
「なんで! そんなこと言わないで!」
しかし、ここで必要なのも渾身の演技だ。
最初の『記憶喪失作戦』は、頭が回ってなかった。つまり極限状態だったから失敗しただけだ……
ここでの演技は否定して欲しいのが見え見えのバカ女には見破れないだろ。
案の定、女は満足そうな顔をして……俺に穴を開けては塞ぐ作業を再開し始めた。
痛い、クソ。なんなんだよ。
「ワタちゃん、あれ! あれ言ってください。この前に言ってくれたの好きです!」
「ワタ、クマさん達が見てると恥ずかしいから……今日はお昼寝しよ」のことだ。
不愉快すぎる女に与えられた名前『ワタ』を一人称にして、ぬいぐるみを抱えながら発動したそれは最高火力だったようで……女は定期的に俺とのお昼寝の時間を設け始めた。
俺はため息と殺意を漏らしそうになるが、我慢して口を開く。
「やっぱりワタ、みんなが見てるの恥ずかしいよ……もうやめよ?」
少し言葉を変更し、新鮮さを与える工夫を見せる。俺の脳は、この痛みを最速で終わらせるために圧倒的な回転をしているのだ。
「ふふっ、今日はいけません! ちょっと止めてあげるので、クマさん達には後ろを向いてもらいましょう!!」
クソ女が! さてはこいつ、これが言いたかっただけだな?
女は俺の腕から降りて、俺に起き上がるように言う。
それから囲うように配置されているクマ達が、後ろを向くように俺に回転させる……本当にゴミみたいな時間だな。
「あぁ……こんなに小さくて可愛いワタちゃんに、自分が
頼むから死んでくれないか……
「クマさんあっち向いててね」
俺が健気に動かしている姿を見て、興奮しすぎた女は力強く肩を掴んできた。
「やっぱりこのままじゃダメですか?!」
俺の時間を無駄なものにしたいってか? 殺すぞ。苦しくて少し休憩したいんだよクソ女が……
「どうしたの? アリスとワタだけの時間にしないの?」
しまった、適当なことを言い過ぎた。これでは気持ちよくなられてしまう。
「したいです! 全然このままじゃダメですね!! 私もその方がいいと思います!」
「興奮してきました。少しじゃ終われない気がします……夜も一緒に寝ましょう」
過去最悪の延長が確定してしまった……二人だけの時間はNGワードに登録しなければならないようだ。クソ、こんなのおかしい。
最後のクマを後ろに向かせると、女が強引に押し倒してきた。気持ち悪すぎるだろ、なんなんだよ。
「そうだ、痛いのは禁止って言ってましたもんね。やっぱり無視しちゃうのは信用してくれなくなっちゃいますよね」
……まず信用なんかするかよ。正気か?
「今日は寝るまで苦しいのだけにします」
そう言った女は、俺の頭の上に座ると首に手を当ててくる。最悪だ。
「息がしたくなった時の『合図』を決めましょう。そうですね……」
「やっぱり、『好き』が一番すぐ分かるのでこれにします」
……お前が言われたいだけじゃねぇか。クソ、これは言わないと長いやつだ。早めに満足させないと面倒になる。
首を絞められた。ただ息ができない感覚が強くあって、女が楽しそうに俺を覗いてくるのが許せない。
「苦しそう♡ これどうですか?」
何がどうですか? だよ。死にそうなんだよ……知りたいならお前も息を止めとけ。
「くっ……るしい」
「ふふっ、もっと教えて欲しいです」
俺は足をバタバタと動かし、適当な言葉を並べる。
「逃げ、たいっ」
「死ん……じゃう、から」
「やめっ」
完璧な演技だ、女は息が荒くなっている。ここで俺は合図を出す。
「す、き……すき」
できるだけ、細く小さく言葉を落とす。
女は笑っている。
「もう、悪い子。本当はまだまだ苦しくないですよね」
……は? なんだこいつは? 俺が好きって言ってやったんだから満足してろよ。
「ワタちゃんの……もっと必死で恥ずかしい動きが見れないと、私はやめませんよ」
力が強くなり、急激に喉が押し込まれて気持ち悪い。まずいこれは本当に限界だ。
「す、き。……ねぇ! すき!」
なんでやめねぇんだよクソ女!!
「まだ大丈夫ですよね」
お前が決めることじゃないだろ。死ねよ。クソ、苦しい。空気を吸いたい……
俺は足をピンと伸ばしてから、足首を交差させる。太ももの間に通した尻尾が立ち、激しく揺れている。
「す、き。すき……だか、ら」
女の手が震えている。顔を歪めて、嬉しそうにしている。
「すき!!」
一番小さかったが、一番必死だったその声は……しっかりと女の耳に入った。
手がパッと離される。
「そんなに急いで息がしたかったんですね。可愛い……」
クソ、お前もやってみろよ……こんなの何回もやられたらストレスが爆発してしまう。そうすると女に言い返してしまうので、手足も取られて悪循環が始まる。
やめさせよう。
「ありす、もうおしまい」
女を見て言うが、耳にゴミでも詰まっているのか……返事がない。
股の間に手を入れた女は、もじもじするとまた俺をベッドに押さえつけた。
「もう一回いいですよね! 本当に最後にしますから!!」
俺がここで止めると、いつかこの分が返ってくる。それまでに女を殺している確信はないので、大人しく従うことにするか……
「ぜったい?」
俺は確認を取る。女は強く頷いているので、これで守らなかったら反抗してやる。
また同じ流れをして、俺が足を伸ばして尻尾をバタつかせるとすぐにやめた。どうやらこれが好きらしい。気持ち悪い。
「ワタちゃん、もう一回みたいです」
女が呼吸を乱しながら言うが、許すわけないだろ。
「最後って、いった……よ」
「あ、その顔ダメです!」
俺が涙を指で
「もう一回、やりたいです。また苦しそうな顔みたいです♡」
……めんどくさいな。ここで絶対に終わらせたい俺は女に選択を取らせる。
「良いけど、背中向けて寝ちゃう……よ」
夜も一緒に寝る、これを了解していることを前に出しながら……俺はかなり小さな反抗を見せる。
決まった。一番、効いている顔をした。
「えっ、それは……いけません!!」
「やめますね! 約束しましたし!」
……バカ女が。お前の顔を見ながら寝なきゃいけない俺は、どこまで神様に嫌われているんだ?
「えらい」
つまらない台詞を吐いて、女まで近寄る。
俺は正座を崩して左右に足を開き、女の子座りの体勢で、股の間に置いた手を支えに身体を少し前に倒す。
女に顔を近づけて言った。
「すぐにやめてくれたら、もっと好き」
「あっ!!!!」
女が胸に手を当てている。どうした、心臓発作か? それが天罰だよ。
「……もっと好きになってほしい。今なら、すぐにやめたってことになりません?」
なるわけねぇだろタコ。
「ならない」
「そんなぁ……」
女がなよなよしている。
これは、何か俺に有利な約束を取り付けられる予感がする。俺はできるだけ甘い声を出す意識で言葉にした。
「でも『まじあ』のこと教えてくれたら、今日はアリスが寝るまで『好き』って言ってあげてもいいよ」
「本当ですか!!!???」
効果は抜群だった。俺はクソみたいな約束を守ることになるが、まぁいいだろう。
『
すぐに二人で寝転がることになると、女は俺を見続けている。
今すぐに目を瞑れ。その足を絡ませてくるのをやめろ。
俺は女に囁きながら、多分普通に俺のほうが先に寝た。