これで刺せって……これで? 刃が親指と小指を全力で離した時ぐらいあるだろ。
自分でなんか無理だ。流石に嫌だ、これをお腹に? そんなの怖い。どうかしてる。
「これは、無理だよ……?」
俺は女に訴えるが、ただ嬉しそうな顔をするだけだ。聞き入れる気はないだろう。
「今日も長く一緒にいられるんです。たくさん待ちますけど、絶対やってもらいます」
…………イカれてる。
「これを奥まで、しっかりと突き刺してください。もちろん治しますから、安心して良いですよ……ワタちゃんは大切にします」
俺は震えながら短剣を拾い、腹の横に並べてみた。奥までなんて、どう見たって貫通する長さだ。
「クマさんを後ろ向かせてる時、思ったんですよ。これで気持ちいいなら、自分で酷いことさせるのも最高なのでは? と」
は? 意味が分からない。実は何かに怒っているのか? 本当にそう思っているだけ?
「もしかして、何か悪いことした?」
「お仕置きなら謝る。やめてほしい」
「もし本当にそうなら、その『何か』が分かってない時点で……ですよね?」
クソ、こいつ……気持ち悪い。
「やっぱり嫌なんですね。可愛い……どうにかして逃げたいみたいですが、絶対に私の楽しみは減らさせませんよ」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。何が楽しみだ……まずい、これは実行が遅れると何かあるのか? 分からない、回数が増えたりしたら最悪だ。
恐らく複数回やらせてくるのは前提で、そのラインを引き上げてきそうだ。
「ちょ、っと……まって」
俺が短剣を見つめる。
「立ったほうが良いです。そのほうが見やすいですし、私が興奮します!」
いつもと何が違うんだ、こいつの普段の拷問も、同じかそれ以上の痛みと苦しみのはずだ。やはり自分でやるからか……怖い。クソ、気分が悪い。
俺はベッドから抜け出して、震えながら女のほうを向く。
「服をめくって、顎で押さえてください。横向きに刺すんですよ? できますか?」
ゴミみたいな指示が飛んでくる。なんで朝からこんなことに……これが一日の始まりなんて耐えられない。もしかして今日はずっとこれをやらされるのか?
「すごく可愛かったら、今日はお昼寝の時間を増やします。私のことが好きなワタちゃんなら、ご褒美があるから頑張れますよね」
正気じゃない。呼吸が乱れる、できるだけ苦しまない所とかないのか? あるわけないか……どうする。
やるしかないのは分かった。抵抗しすぎれば手足と、今までの努力が消えてしまうのもだ。
俺は言われた通りにして、へそより少し上ぐらいの位置に剣先を当てる。震える、押し込む? これを? 大丈夫、光が貫通するほうが絶対に怖かったはずだ。
だから、この程度…………俺は思い切って受け入れる。
「あぐっ……」
熱い、熱い熱い熱い熱い。痛いし、怖い。こんなのを見て笑ってる女はおかしい。どうして嬉しそうなんだ……そんな顔ができるんだ。理解不能だ。クソ、これを何回も?
「ワタちゃん、泣いてますけど……まだ半分ぐらいですよ? ほら頑張って♡」
女が近づいてくる。俺の前でしゃがみ込んで、楽しそうにしている。本当に半分?
どこまで刺さっているかは見れない……嫌だ。
「もう、焦らさないでくださいよ。意地悪ですね」
「……頑張ってるから! 限界なの!」
俺は叫ぶが、通じるわけがない。
「ふふっ、大丈夫ですよ。ワタちゃんならできます」
どうしてそこまで……女を見つめると、少し残念そうな顔をした。
まずい、これは本当に。後に響く。
「……あ」
俺は勢い良く刃を押し込んだ。長い、吐いた。柄が腹に沿うのが分かった……足が震える。大丈夫だ、大したことない。こんなの、比べるまでもないはずだ。
「おー、嬉しいです。私のことを思ってやってくれたのが伝わります! これは優しくしないとですね」
「じゃあ、グルっと
捻る? もう、無理だ。痛いんだよ。見たら分かるだろ、そんなのできない。
「いつものします? 媚びてきて良いですよ。可愛いから大好きなんです」
「うぁ……あ」
俺は持ち手を回そうとするが、怖い……滑る。吐きそうだ。
叫ぶ、力を入れた。すぐに終わらせたい。
回った。
「…………あれ」
おかしい。痛くない。
「あー抜けてますよ? やり直しです」
多分、穴が塞がった。俺は短剣を落とす……女に近づいた。
「むり、むりむりむり。もういやだ」
俺はしゃがみ込んで女に言う。
「休憩ですね、分かりました」
「そういうことじゃない……やめて」
女は嬉しそうだ、でも要求は通さない。
「私はワタちゃんのこと好きですけど、やっぱりいじめたいんです。普段は良い子にしてますよね? 理不尽かもしれません。でも、それで苦しんでるのが興奮します」
気持ち悪い。この瞬間が一番、女の舌が回っている。
「悪い子に戻っちゃったら、もちろん悲しいので全部没収します。お部屋もですよ? そんなの嫌ですよね! 大丈夫です。私はそんな子じゃないの分かってますから!!」
歪な釘も刺してくる。どうすれば……
拾い上げられた短剣が、俺に丁寧に渡される。
ダメだ、逃げようがない。今さら反撃に出るのも意味がないし、今後をできるだけ良くする方法を探せ……何か何か何か何か。
何かないのか?
結局、女に媚びるぐらいしか思い浮かばないのが情けない。
「じゃあ、頭……撫でてて」
自分で言ってて気持ちが悪い。発言的に逆効果の可能性も高い……だが、少しでもこの時間を早めに終わらせる選択をしなければ。
お昼寝とか言っていた、そこに賭けるぐらいしかない。
「撫でられながらお腹を刺すって、どんな気分なんですか? やっぱり私に褒められてると頑張れるんですかね」
……そんなわけないだろクソ女。最悪だ、撫でてない方の手で、変に腰とかを触ってくる。
「それやめて。服、押さえといて」
「サービスが良すぎませんか……私、もう好きになっちゃってます」
ならやめさせろよ。お前の『好き』は気持ち悪いんだよ、大声で教えてやりたい……手が震える。
「うあ……」
短剣を腹に突き立てた。勢いだけでごまかすように、奥まで押し込み捻ろうとする。
「……ひっ」
ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。絶対にやっちゃいけない動きな気がする。女の呼吸音が妙に頭に響く。
「うーん、難しいならグリグリするだけでも良いですよ。もちろん! 代わりにたくさんグリグリしてくださいね!」
気持ち悪い。大して変わらない代案を出してくるんじゃねぇよ。
「おぇ……」
……怖すぎて吐き気がする。えずいたら、激痛が走って動けなくなった。
「ふふ、可愛い♡」
「ずっと……そのままのつもりですか?」
俺は、その言葉で女と目を合わせた。
「はやくしないと、お腹と剣をくっつけちゃいますよ〜?」
杖を振り回し、柄を言葉に合わせて叩いてくる。くっつける? このまま魔法で回復するってことか? なんで? そんなの、人間のすることじゃない……
「ま、まって……ごめん、なさい……おねがいだから、まって!」
必死に叫んだ。状況は変わらない。
「あーそれです。すっごく気持ちいい。今のワタちゃんが一番可愛いですよ」
「ならっ……!」
「だから、です」
…………もう、怖い。ただ女が怖くて、久しぶりに心が折れそうだ。強くこいつを殺したいと思えるのは、今思えば嗅がれてる時が一番多い気がしてきた。本当は恐怖に屈してるんじゃないか? ダメだ、弱気になるな。
ああ、クソ。動かしてなくても痛い。
「さん」
女がニコニコしながら言った。何だ?
「に、いち」
カウントダウンだ。多分、やらなかったらこのまま……
「アリ、スぅ……! や、め」
「ぜろ♡」
逃げ場なんてない。俺は短刀を腹の中で回した。女が笑っている……痛い。
「あー、『お漏らし』したらダメですよね? 恥ずかしいことって、教えましたよ」
「ぁ……え?」
「しーしーの合図だと思ったんですか? 残念ですけど違いますよ。お腹のも縦になっただけじゃないですか」
縦になっただけだと? こんなに、痛くて苦しいのに……
「また、ぐるっとするんです。一回転したら抜いてもいいですよ」
「むり……ぜったい、やだぁ……」
俺は泣いた。怖い、心から。
女のことも、お腹に短剣が刺さったままなのも絶対に嫌だ。
「なら『伝説のワタちゃんソード』を、『勇者』の私が抜く遊びにしましょうか! お人形遊びとか、好きでしたもんね?」
無理。無理無理無理無理無理。怖い、怖い、どうして? なんでこんなことをするんだ? 意味が分からない。理解不能だ。見てて何が、こんなことをさせて何が面白いんだ。
「そんなに泣くなんて、可愛い♡ 懐かしいです。最近はそのお顔は見せてくれなかったので……」
「ごめん、なさい。ゆるしてください」
「もうわがまま……いいません」
俺は言った。これは敗北宣言だ、全てを差し出した……そう受け取られても構わない。
「それがわがままですよ?」
嘘だろ、お前。
「遅くて、ごめんなさい! 漏らしてごめんなさい! 泣いてごめんなさい、わがままでごめんなさい!! だから、だからぁ! くっつけないでください……」
ふざけるな、俺にここまで言わせたんだ。許せない、殺してやる。なんでこっちが謝らないと……
「ふふっ、あー……気持ちいいです!
でも、今日から上向いて寝れませんね? それが刺さっちゃって起き上がれませんから」
「ゆるして、ねぇ! おねがい。ごめんなさい! ねぇ!」
「大切なのは行動です。私がワタちゃんのことを好きなのって、たくさん言わなきゃ伝わらないじゃないですか。これで分かりましたかね……?」
分からない。
「せーの♡」
「……ぅ゙え」
…………できた。
「できた、できたよ」
頭をたくさん撫でられる。
「偉いですね。可愛い♡ それで、次はどうします?」
次? ダメだ。そんなの、もう耐えられないから……
「それ、抜いていいですよ。次はおめめさんを取りましょうか」
剣が落ちた、俺の膝と同時だった。
「それだけ、はぁ……!!」
「わ、冗談ですよ? あれ何回もやっちゃうと、絶対にワタちゃんに嫌われちゃいますからね!!」
よかった、俺は心の底から安心した。すでに嫌いなんて言葉は、頭に浮かびもしなかった。
「じゃあ、休憩としてお昼寝しましょうか? 今日はとっても長いですからね!」
やっぱり安心なんて、できない。ダメだ。何をさせられるんだ……絶対にこれで終わりでいいだろ?
いいはずだ。腹を自分で刺させたんだから、これ以上なんてあってはいけない。
「床、どうしますか?」
指が示した先は濡れている。女が息を漏らしながら舌を出して、一回ペロリと動かした後で口にしまう……そういう意味だろう。
「……わかった、から」
「酷いことしないでね?」
俺は、震えている。
「ふふっ、また冗談です。それも結構な酷いことじゃないですか」
……お前の冗談は何も面白くないんだよ。そんなに怖がらせて楽しいのか。クソ、クソクソクソ。舐めやがって、舐めやがって。
俺の喉が、鳴っていた。
無意識だった。久しぶりだった。こんなことはしてはいけない、失敗した。
「あー、怒らせちゃいました?」
「そっ、そんなことない! 一緒に寝るのが楽しみなの……!」
「そうですか? なら、嬉しいです」
死んでくれ。なんで、こんなこと。
「お着替えと、お掃除をしないとですね」
「というかお風呂に行きますか……」
女がそう言って、俺を見つめる。怖い。
「脱がないとダメですよね。拭かないとダメですよね?」
目線は俺の上半身……これで拭けってことか? もう何も分からない、これも冗談?
「青い……」
そこまで聞こえて、俺は服に手をかけた。
「シートを持ってきましょうか」
……クソ。
「あれ、パジャマで拭こうとしたんですか? それは悪い子ですよ。なんでも大切にできないなら、お風呂でお仕置きです」
「ごめっ、んなさ……い」
ただ立ち尽くした。頼むから、お前が俺を大切にしてくれよ。