「えっと……あれ?」
完全に迷った。まさかずっと昔から住んでる島で迷子になるなんて。リフレッシュしようと思って普段行かない森林公園に寄っちゃったのがまずかったかな。
遠くに見える海が西日を反射してわたしを笑ってるみたいだった。
ミスっちゃったなぁ。
放射状でも碁盤の目でもいいんだけどさ、どこも同じような見た目なんだもん。
油断してメガネも置いてきちゃったし、かといって電話かけて迎えに来てもらうのも恥ずかしいし。詰んだ……。
「計画都市だか知らないけど、こういうとこがさ……」
思わず声に出てしまって、あたりを見まわす。危ない危ない。この狭い島はどこで誰が聞いてるか分かんないんだから。
「あの、ちょっと」
「ああいやそのごめんなさいこれはなんというか気の迷いと言いますか……あれ?」
黒髪。眼鏡。高校生くらいの女の子。
「……あなたはどこから?」
「ええと、」
こんな大人しい子は見たことがない。お客さんかな?
「えっとですね、」
道案内モードに頭を切り替える。
「中ノ島でもここらへんは北区の中でも西寄りっていうかむしろ西区の北寄りぐらいのところだと思うんで、どっちに行くにしてももうちょっとタワー方面に戻って大通りに出たら17号の周回バスに乗ってもらうか路面電車の南北線が速いと思います。ネクストとかキザチカでお土産とか買いたいとしてもそれで大丈夫だと思います」
「その……」
「地下鉄でも行けるんですけど、あんま時間変わんないですしその割には高いんですよ。ここだけの話あれは『グラウンド』の敷地内に入るから国際ナントカの管理費が入ってるってことっぽいですけどね」
ところが、どうやら彼女に必要なのは案内ではなかったようで。
「あの……わたし、観光客ではなくて」
「あれっお客さんじゃないの?」
「そうです、このあたりに来月から住む予定で……」
ああ、そういえば、隣の家にトラックが止まっていたことがあったっけ。遅刻しそうになってた時だからあんまりよく覚えてないけど。
「それで、あなたもそうかなって……迷ってるように見えたから……ごめんなさい」
まあ、そうだよね……。そう思っちゃうよね……。
なんで迷ってんだろうね、わたし。
「いいっていいって!わたしここに住んでるんだ」
自分で言っててすごく惨めな気持ちになってきた。
小学校からここに住んでるなんて言えない。恥ずかしすぎる。
「最近私のお父さんがここに転勤になって、それでなんです」
「へえ、案外珍しいかも」
この島の宿舎街にはいつでも代わるがわる色んな人が泊まってくるけど、このあたりの住宅街に新しく入居してくる人はほぼいない。この区に年に15人くらいの新顔が来るくらいで、あとは定住するなんてアウトオブ眼中で仕事が終わればこんな海にぽっかり浮かんだ辺境からさっさとオサラバしていく人ばっかりだ。
「あなたはどの辺に住む予定なの?」
「はい、ええと、北区横沢町左10-3です。スリー住所で《桜、猫、電車》の場所」
聞き覚えのある住所。
「……あれ、おとなりさんだね」
わたしは確か《桜、猫、たき火》だったはず。
「そうでしたか。私もここの高校に通うことになるので、もしかしたらまた会うかもしれませんね」
「学年が同じならクラス同じだよ。学年1クラスしかないから」
その子は一瞬だけ複雑な顔をした。まあ内地の人からそういう視線を向けられるのは慣れっこだから、露骨に表に出さないでくれるだけありがたい。
「じゃあ一緒に帰りましょうか、ええと…」
「わたしはアリア。笹鐘アリアだよ。」
「ありがとうございます。行きましょう、アリアさん」
「ええっ、その、大丈夫?ここ来たばっかりなんでしょ?……あっそうか、メガネがあるもんね!助かった……」
メガネにナビアプリがあればどうにだってなるもんね。渡りに船!まさに女神様…!
「いえ、住所が分かればなんとかなるので」
「えぇ、まさかこの島の地図全部覚えてるとか……?」
この島に来月から完璧超人の女の子がやってくる……!?
「それは無理です!ええと、『横沢』ですよね。横沢だから北区の横のほうにあるんです。」
「……そうなの?」
確かに、横木とか横畑とかあるけどさ。
「そうです。新上野も上……北にありますし。東区の『祭戸』はちょっと笑っちゃいましたね。サイドだから祭戸って……」
そうなんだ。
え?この島の住所ってそんな名付け方なの?ショック。
馴染み深すぎてどういう意味で地名が付けられてるかなんて考えたこともなかった……。
「うそ……。」
もうそれくらいしか声に出せなかった。
その後は、なんとスリー住所がマンホールの柄になっているところまで教えてもらった。
ああ、そっか……だからサクラの柄が入ってるんだ。っていうか、この島にサクラじゃない場所もあるんだ。
移住案内用のパンフレットの隅っこに書いてあったらしい。
そっか……。知らなかったな……。
その子はわたしの様子を歩きながら気にかけてくれたけど、正直何も頭に入らなかった。
この島に来て間もない子に道案内されて送り届けてもらっちゃった……。わたし小1からここに住んでるのに…………。
泣きたい気分だった。空を見ながら帰った。
海はもう色を持たないで、夜の暗さを帯びたタワーから伸びる雲を貫くケーブルが、水平線の下から射してくる夕日を受けてぴかぴか光って眩しかった。
海に行きます?とその子が言ってくれたけど、また今度ね、と言った。
連絡先も交換できず。とほほ。
「ただいま……」
なんとなくとぼとぼして玄関を開けた。
「あらアリア、ずいぶんと遅かったわね」
「うん、ま、ちょっとね」
おや、お母さんの機嫌がやたらいい気がするな。いつもなら怒るか注意するくらいするのに。
「なんか良いことあったの?」
「そうなのよ、おとなりさんが最近越してきたでしょ、そのお父さんから挨拶に高めのお肉をいただいちゃって!」
「なんとまあ」
「というわけで、今夜はすき焼きです!」
「やったあ!」
「あ、そうそう、高校生くらいの女の子も来てたのよ。お隣さんどうし仲良くできるといいわね」
そうだね。わたしその子知ってる気がします。不思議なこともあるもんですね。
すき焼きには奮発して買ってくれたっぽい卵が入っていた。おいしかった。
また会えたら、ごちそうさまでしたって言おうかな。