「倉崎奈佐。海が好きです。よろしくお願いします」
ホワイトボードにインクたっぷりで書かれた名前の横で、知った顔が紹介された。
なにも聞かれていないのにすかさず手を挙げて隣の席を空けた。
「同じ学年だったんだね」
こくり、と奈佐ちゃんが頷いた。
「この前は大変お恥ずかしいところをお見せしまして……」
奈佐ちゃんは微笑んで、こくり、とまた頷いた。
「そういえば、その時に海に誘ってくれてたのは、海が好きだから?」
こくり。
「ね、奈佐ちゃんって呼んでいい?」
目がぱちくりして、こくり。
「ねえ、奈佐ちゃんの名前って、やっぱりNASAから?」
奈佐ちゃんは不機嫌そうに、こくり。
「……あんまり、好きじゃないの?」
少し表情が戻って、こくり。
「じゃあ今度からその話はしないようにするね」
こくり。そして、奈佐ちゃんの口が開いて、
「いつか話すから」と返事をしてくれた。
次に何を言おうか迷っていると、奈佐ちゃんの方から、
「……奈佐ちゃんって呼び方は、大丈夫」
と言ってくれた。
わたしも単純なやつで、それだけで嬉しくなってしまうのだった。
「わたしの名前言ってなかったね、わたしは……」
途端に、頭上から名簿が降ってきた。
「いてっ」
「こら、アリア。授業中。倉崎が困ってるだろうが」
「いえ、困っては……。」
「ま、こういうやつなんだ。仲良くしてやってくれ」
「……!はい」
また、目がぱちくりして、こくり。
休み時間は、奈佐ちゃんはよく図書室に居た。
たまにギリギリに帰ってくるので、教室で読んだりしないの?と聞くと、潮風は本に悪いから、ということだった。言われてみれば暑いから教室の窓ってよく開いてるもんね。
気になって図書室の入り口付近からそーっと覗いてみると、とても集中して読んでいた。
不思議と、奈佐ちゃんはどこか寂しそうな目だった。
どこかで見たような目で、でもそれがどこかは思い出せなかった。
◆
お隣さんなので、奈佐ちゃんとは一緒に帰ることになった。
「そうだ!あのお肉、ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末さまでした」
「奮発して卵も入れてすき焼きにしたんだ、とっても美味しかった!」
「ふふ、上向いて歩いてたもんね」
「あっちょっとその時の話はずかしいからやめて……」
ん……?どうしてわたしが空を見て歩いてた話になるんだろう。
まあいっか。前会った時に逃したもう片方もやっとこう。
「連絡先も交換しようよ」
「ああ、うん」
はい、どうぞ、と奈佐ちゃんの顔が近づく。
視線を合わせてお互いに認証。
あれ、奈佐ちゃんの眼、最初に会った時にしっかり見られてなかったけどよく見ると……。
「……眼、青い」
[認証完了]の文字が表示されると同時に、奈佐ちゃんは驚いて飛びのいた。
「あれ、どしたの奈佐ちゃん」
「……間近でそんなことを言われると、はずかしいでしょう」
「そうかな?」
「そう」
「でも、海の色みたいで、すてき」
そう言うと、ますます奈佐ちゃんの頬は色づいて、ガードレールの向こうに見える西日を反射した海とそっくりになった。
「もう、本当に、やめてってば」
奈佐ちゃんのこんな顔見るの初めて。
もう少しいろんな顔を探したかったけど、次のひとつを探す前にわたしたちの家が近づいてしまった。
「……そろそろだね」
「……そうね」
「じゃ、また明日ね」
「うん、またね」
一番星はもう夜空に明るく光っていて、さっきまで夕日を受けて紅く輝いていたきざはしタワーの壁面は、ゆっくりと空に吸い込まれるように下から暗くなっていった。