なかなか眠れない。
ホームシック、というのでもないけれど。
単に、知らない環境で落ち着かないからだろう。私がこの島で知っているところはほとんどない。スリー住所の規則や大雑把な方角なんかは単なる知識として分かっているだけで、見たことのない、馴染みのない場所だらけだ。
そういうとき不思議と、知るようになったあの子を思い出すと安心する。
そういえば、あの子をなんて呼ぶかまだ決めてなかった。笹鐘さん、かな。アリアさん、なんてのはまだくすぐったい。
横になりながらカーテンを開くと、窓の向こうに暗闇に溶け込もうとするあのタワーがうっすらと見えた。ワイヤを行き来する鉄製の偽物の星が、相も変わらず仄かな航空障害灯の横で忙しなく動いていた。
すぐにカーテンを閉めて、窓に背を向けた。
この島に降り立つ前から分かっていたことだ。
ベッドの横のメガネ置きから音を立てないようにそっとメガネを取り出して、視線操作モードで開き、リストバンドを付け直す。万が一お母さんに見つかったとしても、外し忘れてたってことで誤魔化そう。
あ……か……さ……笹鐘……。
あれ?いない。上のほうに「アリア」でいる?いない。
……あ、見つけた。Aria。
奈佐
目をつむって返事を待つ。
しばらくするとサイレントの通知がしずかに浮上した。
Aria
さあて。どうしたものか。
わたしから送ってしまったはいいけど、どう続けよう。
奈佐
Aria
ややあって、返事。
Aria
ふたたび窓の方に向き直って、人工光に目をやる。
たしかに、わたしも小さい頃は飛行機に憧れたものだった。雲を突き抜けてどこへ行くのだろう、と、見えなくなるまで飛行機雲の後ろから目で追いかけていた。その頃のことをひどく懐かしいと思った。
奈佐
Aria
Aria
Aria
奈佐
自然と笑みがこぼれた。
わざわざ言わなければ、そんなことは思わないのに。子どもみたいって思われたくないのは子どもの一番の特徴。画面の向こうでコロコロ表情が変わっているのが浮かんでくるようで、やっぱり微笑ましいし、なんだか安心する。
でも、そっか。
どうしよっかな。わたしは。
奈佐
つい、こんなことを言ってもいいかなと思ってしまった。
隣の家から、窓が勢いよく開く音が聞こえた。きっと笹鐘さんの部屋だ。
わたしが何かしでかすんじゃないかと心配して、こちらの様子をうかがったに違いない。
耳を澄ましていると、控えめにカラカラ……とさっき開いた窓を閉める音が聞こえた。
そういうところが無性に、かわいらしいな、と思った。
この島に来て、やっぱりわたしはどこかおかしくなっているのだと思った。
あるいは、世界中のみんながわたしだけを取り残していったのだ。
Aria
Aria
Aria
やっぱり、この子は優しい。
奈佐
それだけ送って、またメガネとリストバンドを外して、わたしは眠りについた。
今度はすぐに眠くなった。我ながら単純なやつだな、と思った。