死にたくない私の悪あがき【リメイク版】   作:淵深 真夜

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幕間:9月10日

 

(なるほど、怒ったのはそーゆーワケ)

 

 アントキバの建物上階から、“絶”で気配を隠しながらビスケは納得する。

 

(こりゃ、あのバカ(ソラ)が可愛がる訳だわさ)

 

 自分のバカ弟子が、彼女の最愛並みに可愛いだの良い子だの大好きだの言っていた子供二人を眺めながら、楽しげに笑った。

 

 

 

* * *

 

 

 

 選考会で子供二人を見た瞬間、ビスケが思ったことは「なんでいるの?」だった。

 

 ソラがハンター試験を合格した際、電話でまずは報告され、詳しくはメールに色々書いてあったが、どちらもハンター試験や合格に関しての内容はほぼなく、あったのは彼女の最愛の家族であるクラピカとの再会を狂喜乱舞していることと、あとは試験で出会った仲間のこと。

 その仲間のうちの二人である、ゴンとキルアだとビスケには一目でわかった。

 

 写真をソラは撮ってなかったので、具体的な容姿は知らなかったが、年齢といい、その歳で理想的な“纏”を維持している実力といい、そして何よりソラが楽しそうに、愛しげに語っていた通り、真っ直ぐで眩しすぎるほどに純粋なダイヤのような子と、生意気で素直ではないところが可愛いサファイアのような子という評価に納得して確信していた。

 

 だからこその、「なんでいるの?」という疑問だ。

 

 ぶっちゃけこの時のビスケはゴン側の事情、G・Iがジンの手がかりかもしれないということはもちろん、ソラのここ1ヶ月ほどの動向をほぼ把握していなかったので、そりゃ謎だろう。

 

 ビスケはソラの“念”の師匠であると同時に、この世界の後見人、保護者のような立ち位置だが、さすがに天空闘技場での手加減を学ぶ修行に合格した時点で、ソラはほぼ独り立ちしており、さほど頻繁に連絡を取っている訳でもない。

 それでも月に1、2回程度、普段ならソラから他愛もないメールや連絡は来ていたが、特に理由もトラブルもなく連絡しないというのも普通にあったので、ビスケの方から連絡すべきこともなかった為、気づいていなかった。

 

 なのでビスケがソラから着拒されて、連絡を断たれていることに気づいたのは、つい数日前。

 ヨークシンで「旅団」が現れたという情報を得てすぐソラに連絡したのは、彼女とその最愛と旅団の因縁を知っているから、その為の情報提供なんかではない。ビスケは積極的に情報収集していた訳でもないのに得られた情報を、あのバカ弟子が得ていない訳がない。

 

 もう既にバカ弟子は間違いなく旅団の情報を掴んでいるし、なんなら交戦していると確信しており、あの破壊神はどこで何をやらかしているのかを確認する為の電話だったが、これも予想していたが、ソラは止められることとビスケを巻き添えにしない為、連絡を絶っていた。

 

 一応、6日に「生きてまーす」という生存報告メールだけ一方的に送りつけてきたが、またすぐに着拒でビスケの連絡を絶っているので、今のビスケに弟子への心配はない。あるのは、そのメールが来るまで胃を痛めつけた、心配が反転した怒りのみだ。

 

 正直、ビスケがこのG・Iの選考に応募してG・Iをプレイしようとしているのは、ゲーム知識がほぼないビスケには、「ゲームなんだからモンスターとか倒せば良いんでしょ?」という発想で、そのモンスターを今どこで何しているかわからないバカ弟子代わりにぶっ飛ばしたいからである。

 元からブループラネットの情報を掴んでいたので、別にこの件がなくてもプレイしていただろうが、今のビスケが欲しているものは、希少な宝石よりも思いっきり殴り飛ばしても誰にも迷惑がかからない、ストレス解消サンドバッグだ。

 

 そんな考えが、ゴンとキルアを見つけたことで思わず吹っ飛ぶ。

 

 この二人が、ただ単にソラが可愛がっている、ソラとだけ知り合いならば、「あー、子供だからゲームに興味持ってんのね。すごい偶然だわさ」で終わるのだが、ビスケは彼らがソラの最愛、クラピカとも友人であることをソラから聞かされて知っている。

 

 ソラとソラから聞いていたクラピカの性格上、子供であるこの二人を、ソラもクラピカも基本的に頼らない。

 信頼しているが大切だからこそ、仮に自分より格上の実力を持っていたとしても、自分達の都合で危険な目に遭わせないことはわかっていた。

 

 なのでソラやクラピカがおそらく、旅団と交戦したことを知らないのかとも思ったが、旅団がガッツリ派手に暴れ回ったせいで、本来なら表に出ない地下競売がらみだというのに、普通にニュースとなっている為、クラピカと旅団の因縁を知っていれば、ビスケと同じように「この二人、どこで何してる!?」となるはずだ。

 

 それなのにソラから生存確認メールが届いた4日後の本日、のほほんとこのゲーム参加権の選考会に来ているというのが、ヨークシンでの事情は知らないが、ソラから彼らの性格等はかなり細かく聞いて把握していたからこそ、ビスケにとってはかなり謎だった。

 

 なので直接二人に問い詰めようかと思ったが、ムカついたのでやめた。

 ムカついた理由は、ビスケの視線に気づいた二人が振り返ってビスケと目が合っても、どちらも少し驚いたような顔をしただけで、すぐに興味をなくしたから。

 その様子で、ビスケは確信する。

 あのバカ弟子はこの二人にビスケのこと、特に容姿が普段は彼らと同い年くらいの姿をしているとは話していない事を。

 

 少女の念能力者なんて珍しい存在なのだから、話していたら確信は持てなくても、ビスケを見て「もしかしてこいつが……」とは思うだろう。

 そしてキルアなら、ソラがビスケを避けていることを知っていれば、彼女の意図を汲んで知らないふりをするかもしれないが、ゴンの方は咄嗟にそういう事が出来るタイプではないことも、ビスケはソラから聞いていた。

 

 なのであの、「自分たちと同い年くらいの女の子がいること」のみに対して驚いていた二人の反応は、間違いなくソラから自分のことは何も聞いてないなら良い方。おそらくあのバカ弟子は、ババアだの妖怪だの喧嘩売ってるとしか思えない情報のみを二人に与えているからこそ、この美少女がソラの師であることに気づいていないと確信する。

 

 なお、ソラも少女バージョンビスケの容姿を説明する際は、「ロリータ服が似合う美少女」と素で評するので、ビスケの自称は間違っていないのだが、おそらくその説明をしていてもキルアは「ならこいつは違うな」と判断していたので、キルアは知らぬところで命拾いをしていた。

 

 とにかくビスケは二人のほぼ無反応という反応で、吹っ飛んでいたバカ弟子への怒りを再燃させ、そのまま選考会が始まったのでさっさと審査してもらおうと、ステージに上がって行く。

 

 ……二人の様子からして、誰かを心配している様子も、無力感に苛まれている様子もないことで、ソラがただ生きているだけではなく、無事と言える状態である事を確信し、胸の奥に蟠っていた心配や不安が消え去ったからこそ、ビスケは純粋にムカつき、怒りながらも足取りは軽かった。

 

(ま、話ならそれこそゲームの中でもできるわさ)

 

 自分はもちろん、ゴンとキルアの合格を確信しながら、ビスケはツェズゲラの前で建物をぶっ壊さない程度に手加減して壁をぶん殴った。

 

 

 

* * *

 

 

 

 G・Iをプレイ開始してすぐ、バッテラの依頼による他プレイヤーに誘われて、広場でこのゲームで使用される呪文(スペル)カードについてと、そのカードを独占する事で他のプレイヤーからカードを奪ってゲームクリアを目指すというチームの目的を聞かされた。

 

 ビスケとしては正攻法でクリアしても、バッテラとの契約で自分の目的であるブループラネットは手に入らないので、元から二周目も視野に入れている。

 なので成功報酬の額は下がっても、さっさとクリアして二周目に行けるのならば、あまり趣味ではないハメ技的な彼らの計画に乗るメリットは十分だった。

 

「俺はいい。自力でプレイするから」

 

 しばし乗るか乗らないかを考えて傾いたのは、時間ができてからゆっくり話をしようと思っていた子供二人が彼らの誘いを蹴った、それもゴンという子供は、何かに静かに怒っていた事が気になったという事。

 

「あいつら、ジンが作ったゲーム、殺戮だとか奪い合い前提だとか、悪いふうにばっか言うんだもん」

 

 なのでビスケも、元より多勢に無勢なやり方が趣味ではないので断り、二人の後をつけてゴンが怒った訳を盗み聞きして納得。

 ソラが言っていた通り、どこまでもまっすぐな子だと思いながら、ゴンだけではなくゴンの思いを尊重しつつ、「カードを奪うのは卑怯だからなし」という考えに固執し過ぎないよう、妥協点を提示してやるキルアも、ビスケは気に入った。

 

 いつものビスケなら、この二人の無垢な友情を気に入ったからこそ、サディスティックな欲求が疼いて、ちょっと引っ掻き回してやろうかなーという悪趣味なことを思うのだが、流石にソラが可愛がっている二人にそんな事はしない。したらセレストブルーのガチギレが待っているのだから。

 

 ちなみにビスケはソラにキレられると思っているが、ソラはビスケを本気で身内認識、具体的に言うと祖母扱いしているので、ビスケが12歳の少年相手に、姫プレイのサークラ行為をしたと知れば、キレる前にガチのドン引きをしていただろう。なおさら、思いとどまって良かった。

 

 だがしかし、素直に「ソラの念の師匠」だと名乗るのも癪だった。

 おそらく名乗っても、ゴンはともかくキルアはすぐには信じない。それもビスケの名前や容姿どころか性別さえも知らないから、警戒して信じないのなら別に構わないが、「ババア」という要らん情報のせいで疑われるのは、今すぐにゲームから現実世界に戻って、その情報源のバカ弟子をしばき倒したいほどムカつくので、しばしどうしようかとビスケが考えた結果。

 

「あの……ゴンくんとキルアくんですか?」

 

 いつもより高めの声を意識して出し、路銀を得てアントキバの町から出ようとする二人を呼び止める。

 二人は相手が自分の名前を知っている事に、険しい顔をしつつ振り返ったが、呼びかけたのが選考会にもいた少女だと知って、その警戒心はやや薄れる。同い年くらいの子供がいるのなら注目するし、自分たちは普通に名前を呼び合っていたので、把握していても不思議ではなかったから。

 

 しかし少女の続いた言葉で、キルアの警戒心は跳ね上がる。

 

「ソラっていう人、知ってますか? 白い髪に、なんて言うかその……美人の無駄使いとしか言いようのない人なんですけど」

 

 ビスケはソラの師匠であることは名乗らなかったが、彼女とは既知であること、ゴンやキルアと似たような立場の少女を演じて、まずは近づく事にした。

 特に意味はない。ただ正直に名乗っても嘘をついても、どっちにしろ警戒されるのはわかっている。

 そしてどちらでも警戒されるのなら、初めからババア扱いされるより、バレるまで見た目通りの少女扱いされたかったという、結局はソラがドン引きするような理由でしかない。

 

「え? 君、ソラと知り合い?」

「はい! えっと、一緒に念能力の勉強をしました! お二人の事もよく話してくれていたので、お会いできて嬉しいです!」

 

 ゴンはソラの名前とソラの容姿も性格もよく知っているからこそ出てくる「美人の無駄使い」という表現で、好奇心が警戒心を吹っ飛ばして尋ねると、全力猫被りビスケがはにかんで答える。

 そしてそのまま、ビスケが自分も仲間に入れて欲しいと頼めば、ゴンは二つ返事で「いいよ!」と言いかけ、キルアがその口を塞いで小声でゴンに忠告した。

 

「バカかお前! 怪しすぎるだろこいつ!

 ソラが体質柄、念に関して誰かを教えるのがほぼ出来ないこと忘れたのか? あと、俺らのことをこいつに話すなら、俺たちにもこいつの話しするだろ」

 

 まだ目以外の“凝”の存在を知らないのか、耳に“凝”をすれば余裕で聞き取れる声音でキルアは叱責し、ゴンも「あ、そうか。でもここで嘘つく理由ってある?」と尋ね、しばし男子二人は作戦会議を始め、ビスケはニコニコ笑顔でそれを眺める。

 

 キルアの警戒は真っ当であり、むしろゴンが無警戒過ぎて心配だったが、ゴンはゴンで子供がソラの名前を使って、自分達に近づくメリットなんてあるか? と割と冷静に見ていたことがわかり、なんだかんだで面倒見が良すぎるビスケはホッとする。

 

 そしてキルアも、旅団が今更こんな手段を使って自分達に近づくとは思えないが、旅団以外にこんな嘘をついて、自分らに近づく輩の心当たりもない。

 そして何気にビスケは、自分とソラの立場を逆にするような嘘はつかず、「念能力の勉強」と語り、更にそれは「魔術」を「念能力」寄りに矯正する為、ビスケがソラと実際に行っていた事。

 なのでキルアが「あいつから“念”を教えてもらったのか?」という問いには、「ちゃんとした師は他にもいる。ソラがしてくれたのは“発”に関する深掘りと解説」と、やはりしれっと嘘はつかず誤魔化した。

 

 もちろんビスケの言葉をキルアは信用しないが、嘘と判断できる情報はなかったので、ひとまずこの場での追求は諦めた。

 それでも彼女が怪しすぎるのは事実で、ゴンもその事には納得しており、ひとまず仲間になる事はOKし、自分たちの側に置いて見張るという方向で決まり、キルアは渋々「……いいぜ」とビスケに答えた。

 

 ここまではビスケの計画通り。

 しかしビスケはこの後、ビスケが自覚していなかった弊害による、割と自業自得なストレスを無駄に抱えることとなる。

 

 ゴンの方は「何か隠し事をしているけど、嘘はおそらくついてない」と、勘でほぼ正答に辿り着いて、好意的にビスケに接しようとしているのだが、キルアの方はバリバリに警戒してゴンをほぼビスケに近づかせない。

 しかしソラのことはどこまで何を知っているのか、頻繁に探りを入れる。

 

 それだけなら、警戒されて当然のことをビスケはしているので、別にストレスでもなんでもない。「あらあら若くて青いわねー。探り入れるなら、そんなピリピリせずに自然にやんなきゃダメよー」くらいに思って、ニマニマ眺めていただろう。

 

 ストレスなのは、仮にも仲間かつ同い年くらいの少女だと思っているのに、キルアは警戒心を抜いても、その配慮が皆無だからだ。

 

 さっさと先に進む、足場の悪い山道でも、気遣いの言葉どころか振り返りもしないし、休憩も自分とゴンのペースで取って、ビスケに確認しない。

 流石にゴンが指摘して軽く叱ったのだが、キルアはゴンに叱責され、キョトンとしていた。警戒してわざとやっていたのではなく、本気で彼はビスケに何も気遣ってなかったし、叱っても「それ、やらなきゃダメなのか?」と言わんばかりのキョトン顔だった。

 

 それだけでもだいぶムカつくのは当然だが、ソラが弟扱いで可愛がっている事で、ビスケはついキルアとソラを比べて更にイライラする。

 ソラは暴言を吐きまくるが、車道側を歩く、荷物、特に重いものは全部持つ、階段など段差の上り下りで手を差し出してエスコートするなど、紳士的な事を自然にビスケに対して行う為、何気にビスケが求める女の子扱いのハードルをナチュラルに上げ、少なくとも「歩くペースを合わせる」は「して欲しい事」ではなく「して当然のこと」となっていた。

 

 なお、ソラがビスケにしている事は、別にビスケの希望を汲んだ「女の子扱い」ではないのだが、これはきっと知らない方がビスケにとって良い話だろう。

 

 とにかくそんな訳で、キルアの好感度がガンガン下がっていくのもあって、ビスケは何かと「ソラだったらこれくらいしてくれた」だの、「やっぱりソラは大人で頼りになる」だの、ソラを引き合いに出してキルアをディスったり、ゴンが「ソラは俺たちのこと、どう話してた?」と尋ねたら、ゴンに対しては「素直でまっすぐで可愛い」と普通に好意的な話をしたが、キルアに関しては「逃げ癖を心配してた」と、嘘ではないがわざとネガティブな評価だけ伝えるという、大人げ皆無かつ陰険な事をやらかす。

 

 もちろんソラがそんな愚痴のような話だけするとは思ってないキルアは、ビスケの嫌がらせだと気づいて彼もビスケに対し、警戒心とは別のイラつきを抱え、互いの好感度を下げまくっていた。

 

 その苛立ちがお互いに限界を迎えたのは、山賊のイベント後。

 

* * *

 

「オメーがソラの何を知ってるって言うんだクソガキ!!」

「あのバカのことならあんたの100倍知ってるわさクソガキ!!」

「あーもう……ソラ〜、どうしたらいいのこの二人……」

 

 キルアとビスケの大喧嘩に、ゴンは途方に暮れながらここにはいない、喧嘩の元凶なんだかとばっちりなのかよくわからない人物に助けを求めるが、当然その声は届かない。

 それはわかっていたので、「どうしてこうなった?」とゴンは現実逃避気味に思い返す。

 

 山賊全員が病にかかり、その中でも特に重症の子供のために有り金を全部渡し、そしてゴンとキルアは寒気を訴える子供のために身ぐるみまで剥がされたのだが、キルアが期待していたようなイベント報酬は何もなかった。

 その事に腹を立てながらも山を下っていたキルアが、「っていうか、何で服を要求されたのは俺らだけなんだよ!」と叫ぶ。

 

「女性プレイヤーに対する配慮でしょ、エロガキ」

 

 その叫びに、もうだいぶ被っていた猫が剥がれ落ちているビスケが、つっけんどんに言い返す。

 実際ビスケの言う通り、女性プレイヤーにこの要求は普通にセクハラなので、あの追撃追い剥ぎイベントは、男性プレイヤー限定なのだろう。

 それくらいキルアだって、冷静ならばすぐに理解できたが、冷静になれない苛立ちの元凶に言われた挙句、エロガキ扱いにプツンときた。

 

「んな発想が出るテメーの方がエロガキだろ。それ以上に自意識過剰だけどな」

 

 そしてキルアの発言に、ビスケも同じくプツン。

 

「はぁ? ソラのスリーサイズやら黒子の位置やらに食いついてた思春期がほざくんじゃないわさ」

 

 ソラについて探りを入れていたキルアを揶揄う際にあげた、ソラの際どい情報に赤面してややテンパったことを指摘すれば、キルアはまた顔を赤くしてキレた。

 

「はぁっ!? 食いついてねーよ!! んなこと知ってるテメーを怪しんでるだけだっつーの!!」

「女同士なんだから知っててもおかしくないでしょーが!! なんでもエロに結びつけるんじゃないわよ思春期が!!」

「なんでもエロに結びつけてるのはテメーの方だろうが痴女!!」

「誰が痴女だわさ!? この甘ったれノンデリビビりヘタレ!!」

「図星つかれたからってテキトーな悪口並び立てんなブス!!」

「目玉腐ってんのか!? こちとらソラからお墨付きの美少女だし、今の悪口も全部ソラが言ってたことの要約だわさ!!」

「ソラが俺のことそんな風に言うわけねーよ!! お前! やっぱりソラと知り合いなんて嘘だろ!!」

「そうよ言わないわよあの子は! でも要約したらそういうところを心配してることくらい知ってんでしょ!!」

 

 完全に二人は頭に血が上り、ゴンが口を挟む余裕もなく、相手の言葉全てに噛みついて言い返し、でも何故か足は止めないで山を下り続けて岩石地帯まで辿り着き、そしてゴンが「この辺からモンスターが出るらしいから! 危ないから喧嘩はやめよう!!」と叫んでやっと立ち止まる。

 しかし二人は立ち止まっただけで、喧嘩はやめずにギャンギャンと言い争い続けて、ゴンは割と本気で二人を放置して先に進もうかと考える。

 

 考えるだけで、実行はしない。

 それはビスケの様子や言葉の端々から、彼女の「隠し事」をなんとなく察してきたから。

 

 しかしゴンが察している事を、怒りで頭に血が昇っているわ、そもそも警戒心で視野狭窄な節があったキルアは全く気づかないまま、ビスケに対して一番気に入らない所をブチ切れながらぶちまける。

 

「じゃあお前はソラが、ヨークシンでどんな目に遭ったのか知ってんのかよ!?

 あいつは確かに強いだろうけど、どいつもこいつも無傷で助けられる程強くないくせに、自分がどんな怪我をしても、こっちにその痛みを渡してくれないで笑う奴だって知ってんのか!? 知った上であいつが頼りになるとか、あいつならしてくれて当然とか思ってんのか!?

 ソラに甘ったれてるのはテメーの方だろうが!!」

 

 キルアにとってビスケは、何もかもが気に入らない。

 話しかけて来た時の猫被りは鼻につくし、ソラの探りを入れたら、マウントか捻じ曲がった嫌がらせとしての情報を流す所に苛立って仕方がない。

 気に入らない所尽くめだが、その中で一番気に入らないのは、キルアが彼女を全く気遣わなかった事に対する当てつけ。

 

『ソラの方がよっぽど紳士的で頼りになるわさ』

 

 いくらビスケが気に入らなくても、自分たちのペースについてゆけず息も絶え絶えになっていたのなら、キルアだってゴンに叱られたら反省するし、面倒臭いと思いつつも気を遣っただろう。余裕でついて来ていたからこそ、キルアは今も全くビスケを、女の子扱いしてやる気はない。

 

 だから当てつけ自体は、どうでもいい。

 気に入らないのは、怒りの根源は、自分たちについてこれるだけの実力が既にあるのに、ソラに頼っていること。

 女の子扱いされて、子供扱いされて、守ってもらうのが当然と思ってるようにしか、キルアには聞こえなかったからこそ、許せない。

 

 キルアにマウントを取り、そして実際に同性だからかキルアより彼女のことを知っている口ぶりで、彼女に甘え、頼るのが、……ソラの負担になっている自覚もなく、彼女なら何があっても大丈夫だと、なんの根拠もなかったのに信じて疑わなかった、少し前までの自分のようで腹が立って、ムカついて、苛立って仕方がない。

 

 そんなキルアに、ビスケは言い返す。

 

「知らないからこっちはブチ切れてるんだわさ!!

 旅団の事をニュースで知って、6日にあの子から生存報告メールが届くまでこっちがどんな心境だったか知りたいのかクソガキ!!

 あんたにわかるか!? あのバカが自分の容姿を利用して人体蒐集家に取り入って潜入して、目玉抉られそうになるわ、剥製にされそうになるわでズタボロになってから、『家もコレクションも社会的地位も精神もぶっ潰したー』って笑顔で報告されるあたしの心労が!!

 明らかに危険度がヤバい死者の念の除念を依頼されて、あたしの今までの経験が何の役にも立たず、あのお人好しすぎるバカが余計な苦労と傷を背負いこむのを、ただ見てるしかないあたしの気持ちが!?

 あのバカ弟子が強くなんかないなんて知ってるわよ! 誰かを助けて甘えさせる余裕なんかないこと、本人よりも知ってるわさ!!

 けどあの甘え下手すぎるバカは、こっちが甘えないと、弱さを見せないと、むしろ『私がいなくてもこの人は大丈夫』って思って離れていくのよ!!

 一人で何もかも背負い込んで傷ついて、それでも幸せだって言い張るバカだってことを、あんたこそ知ってんのかクソガキ!!!!」

 

 怒涛の勢いで、まずはヨークシンの出来事を知らない事を逆ギレし、そしてそのままソラの壊れてしまったのに手離さない人間性故に見続けて来た苦労を叫び、そしてソラの弱さを、頼りたくなんかない、むしろ頼って欲しいのに、それがままならない愚痴をソウルシャウト。

 

 その勢いに、思わずキルアの怒りは吹っ飛び、彼は目をまんまるくして唖然。

 気に入らないからこそ、反論の余地があれば揚げ足でもなんでも取るつもりだったので、もはや雄叫びに近かったビスケの叫びを、案外ちゃんとキルアは聞いていた。

 だからこそソラの弱さも狂気も知っていて、自分たちと同じ悔しさを抱えているという情報が処理しきれず混乱するが、処理落ちする前にキルアは一つの聞き捨てならない情報に気づき、思わず声に出した。

 

「…………バカ弟子?」

「………………あ」

「あ、やっぱりソラのこっちの世界の師匠だったんだ」

 

 流石にノンブレスであのソウルシャウトによって息切れしていたビスケが、特に意味はないが隠していた情報を、うっかり盛大に自分で暴露していた事に気づいて気まずそうな声を上げると、ゴンがしれっとほぼ確信していたこともぶちまける。

 

「は? ゴン、お前気づいてたのかよ!?」

「んー、初めからじゃないし、何となくそうじゃないかなーって程度だけど。

 ビスケのソラの話、キルアやクラピカとかがソラのことを話してるのとは違って、むしろソラが俺やキルアやクラピカのことを話してくれてる雰囲気に近かったから。ソラの事『あの子』って、明らかにソラの方が年下みたいな言い方もしてたから、もしかして……って思ってた」

 

 キルアの「気づいてたなら言えよ!」と言いたげな問いに、ゴンは事もなげに答える。

 キルアとの喧嘩で猫被りどころか、ゴンたちと同世代の演技すらできなくなっていたからこそゴンは気付けたのに、やり取りしていたキルア自身が気づけていなかったのが悔しいのか、キルアはビスケを指差して、未だ信じられない理由を叫ぶ。

 

「けどあいつの師匠、ババアのはずだろ!?」

「誰がババアだわさ! っていうか、やっぱりあのバカ、あたしのことババアとしか言ってないんかい!!」

 

 キルアの指摘にまたビスケはキレるのをゴンはナチュラルスルーして、実は前から思っていた事をついでに語る。

 

「というかそもそもソラって多分、ビスケが本当におばあちゃんの姿をしてたら、『ババア』って呼ばないと思う。

 ビスケはババアって言われても、傷つくよりソラにガンガン文句やツッコミを入れるからが第一だろうけど、普通のおばあちゃんにふざけてババア呼びは、ソラだけじゃなくてビスケも弟子の躾がなってないって思われて、ソラは大切な人が自分のせいでそう思われるの絶対に嫌がるから、言わないんじゃない?

 俺、ずっとそこら辺がソラらしくなくて不思議だったけど、ビスケ見て納得した。どう見ても子供にしか見えないビスケをババア呼びなら、ソラが変な奴って思われるだけだから、ソラは甘えてふざけてたんだってわかったから」

 

 ハンター試験後の講習会で、ゴンがイルミに「キルアを連れ戻す」と言った時。

 キルアの家で、最初の電話でのゴトーの「キルア様に友達などおりません」という言葉。

 

 どちらも聞き流してもおかしくない発言に、ソラはしっかり逃さず捉えて、注意して、キレた。

 ソラは口は非常に悪いが、言葉そのものを大切にしている。

 何気ない発言が人生の救いにも、一生を縛る呪いにもなる事を知っているからこそ、他者に対しても厳しいとゴンは知っていたからこそ疑問だったが、答えはまさかの「ババアに見えないからこそ遠慮なくふざけた」で、思わず苦笑する。

 そしてキルアも、「あー……」と納得の声を上げ、言われ慣れ過ぎて実は特に疑問に思ってなかったビスケは「何で自分が変人扱いは許容するのよ……」と呆れ返っていた。

 

 呆れ返りつつも自分と同じように納得しているビスケを横目に、キルアは気まずそうにも悔しそうに見える顔で頭を掻き、ぽつりと言った。

 

「……本当に、ソラの師匠なんだな?」

 

 その問いに、ビスケは答えない。

 ただ黙って、真っ直ぐにキルアを見た。

 姿そのものはやはり、ゴンやキルアと同い年くらいの少女にしか見えないが、その眼差しは先ほどまでと違って、10年そこらでは出せない貫禄が詰まっていた。

 

 何かの覚悟を問う時のソラとよく似た、大人の眼にキルアは思わず言葉が詰まりそうになる。

 

『逃げ癖を心配してたわ』

 

 だけど、頭に浮かんだビスケの言葉、陰険な嫌がらせでしかない、けれど決して嘘ではない言葉が、その詰まりかけた言葉を吐き出させた。

 

「ソラに頼って、守られてる訳じゃないんだな!?」

 

 許せなかった、絶対に許容できなかった、大嫌いでたまらなかった部分は、子供を演じていたが故の嘘であることを確認する。

 ソラに守られているのではなく、守ろうとしている立場であることを問う。

 

 その問いに、ビスケの目が少し細くなる。

 ビスケにとってもキルアはクソ生意気で、ソラが何であんなに溺愛しているのかサッパリわからない気に入らない子供だが、それでもその問いだけは……、自分を特に気に入らなかった、怒っていた、許せなかった部分だけは、確かに好ましかった。

 

 だからソラとゴンから見たら、キルアによく似ている素直じゃなさを発揮して、ビスケは胸を張ってぶっきらぼうに答える。

 

「ふん! あの最悪の想像の斜め上を常にいくバカに頼る訳ないでしょ!!

 むしろ本当にマジで! 面倒だけど! それでも黙ってなんかやらした後に報告されるより億倍マシだから! 頼れ!!!! って毎秒思ってるわさ!!」

 

 特に意味もないツンデレを発揮したかと思ったら、力強い本音の「頼れ!!!!」に思わずゴンとキルアは一瞬呆気に取られてから、笑った。

 

 彼女がソラの師匠である明確な証拠は、実は今もない。

 だけど、その発言がソラのことをこの上なくよく理解している証明であり、二人もソラをよく知るからこそおおいに同意して、そして常日頃自分たちが思っていたことを見事に言語化したことがツボにハマり、二人して腹を抱えて笑う。

 

 そんな子供二人の爆笑に、今度はビスケの方がちょっとポカンとするが、彼らが笑いながら「そーだよなー」「ホント、確かに毎秒思うよね」と自分の発言に同意する言葉で、彼女も笑う。

 

 笑って、あのこの上なく面倒臭いのに放って置けない、頼ってくれないからこそ守りたいバカ弟子の愚痴を、そのまま語る。

 愚痴なのに、それは惚気や自慢にしか思えないほど、柔らかな声音だった。

 

* * *

 

「……あのさ、えーと……ビスケ」

 

 一通りビスケもキルアも、ゴンでさえもソラのどーしようもない面倒臭さを語り終えた後、キルアがビスケから目を逸らして、気まずそうに話しかける。

 何を言おうとしているのかは、さすがにビスケもわかっているし、ここで揶揄うほと大人げないマネはしない。

「なにさ」と先を促す言葉だけをかけて、ビスケはソラとよく似た優しい目をして、キルアの言葉を待つ。

 

 その目が気に入らないが、ここでまた意地を張る方がガキだと思い知らされるので、キルアはやはり目を逸らしたまま、頭をポリポリ掻いて言う。

 

「その……何か色々言い過ぎて……悪かっ…………いや待て、これ、俺が悪いのか?」

「「は?」」

 

 しかしまさかのほぼ言い切っていた謝罪の言葉がギリギリのところでぶん投げられた。

 しかもキルアの素のキョトン顔からして、いつものツンデレやプライドによる意地張りではなく、言葉通りの疑問であることも一目で知れる為、ビスケはもちろんゴンも困惑する。

 

「いやだって、そもそもソラがババアだの妖怪だのとしか言ってなかったのが悪いとはいえ、コイツも無意味にガキの振りしてたせいで、余計に怪しかったじゃねーか!

 挙げ句の果てに陰険な煽りしてきやがったし!!」

「「あー……」」

 

 しかしその困惑は、そもそも二人が険悪になった理由を思い出し、そして語れば納得しかなかった。

 確かにビスケの嘘は、悪意などない可愛らしいものではあったが、意味もなく無駄にキルアを警戒させたのは事実であり、ソラのスリーサイズをバラそうとした揶揄いはまだしも、ソラの言っていた事を曲解した話は普通に陰険過ぎた。

 

「そこら辺に関しては、確かにあたしの方が大人げなくて悪かったわさ。ごめん。

 でもあんた、同世代の女の子だと思っててあの気遣いのなさはマジで反省しろ。そこに関しては本当にソラを見習え」

 

 なのでビスケの方が「確かにこれはキルアよりあたしが悪い」と納得して、素直に謝った。

 しかしビスケが割とライン越えしてる陰険な嫌がらせをする原因だった、キルアのノンデリ具合には流石に苦言を呈する。

 

 だがキルアは、ビスケがソラの師匠だと知ったことで確信したことを、「なんで気づいてねーのコイツ」と言いたげな、呆れきった眼でビスケを見て言い返す。

 

「いや、ソラのその紳士対応ぜってー『女の子扱い』じゃねーよ。

 それ、『お年寄り(ババア)に対する親切心』だ」

 

 ゴンも実は気づいていたことを、ビスケに苦言されたノンデリで言い放ったキルアは、あまりにも自然体でしてくれていたので普通に受け入れて気づいていなかったビスケによって殴られ、ついでにこちらはビスケだけが気づいていたビノールトに向かって吹っ飛ばされた。

 

 その後、キルアの修行がゴンに比べて数倍厳しかったのは言うまでもない。

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