「あの……所長。アポなしで訪ねてきているお客様が……」
多忙である為、滅多に顔を出せない自分の弁護士事務所の溜めてしまっていた事務仕事に集中しようとしたタイミングで、事務員の女性が狼狽しながらミザイストムに告げる。
事務員は何も悪くないが、タイミングよりアポなしという所にイラッとしながら彼は、弁護依頼なら他の者が対応する、それ以外ならば多忙で対応できないと答えるように指示を出すつもりだったが、それよりも先にその「客」が受付で待つようにという指示を無視して、ひょっこり顔を出して言う。
「よっ、久しぶりだなミザイ。ちょっと時間作れ」
「帰れ」
無精髭に薄汚れたターバンからはみ出る、ボサボサの髪。
一見すると浮浪者にしか見えないが、子供のように真っ直ぐでキラキラした眼の輝きが、その印象を「冒険者」に塗り替える。
十二支んの二大問題児の一人、「亥」のジン=フリークスが図々しいことを言い放ち、ミザイストムは率直な要望で返す。
しかし「帰れ」と即答しておきながら、彼の手は机の書類やノーパソを片付け、スペースを作る。
自分の一言で素直に帰るような奴ではないことなど、最初からわかっている。
そして唯一の幸いと言うべきか、流石に「暇だからちょっと茶をしばきに」などどいう、ほぼ嫌がらせ目的で多忙な自分の元に来る奴ではないことも知っている。だからこそ、放置はできない。
ハンターらしく機を見計らい、読み取ることに長けるこの男が、多忙だとわかりきっており、十二支んという同僚なだけで、ハンターとしての活動分野も違い、親しい訳でもない自分へアポ無しでやってくるということは、それなりに緊急性がある、もしくは緊急性はないが今から覚悟を決め、対応を想定すべき事があるかと思われた。
しかしそれは、ミザイストムやハンターや社会にとっての緊急性や重要性ではない可能性も高い、ジン個人の問題であるかもしれないというがムカつく所。
だが、うんざりしてムカつきつつもそちらだった場合、少し楽しみにしている自分がいることにも、ミザイストムは気づいている。
このジンという同僚は、同僚として、社会人として見ると、パリストンと完全に同類の問題児だ。
社会的正義より自分のこだわりを優先し、目的は後付けで行動するくせに、下準備や根回しはしっかりする、面倒くさくて厄介この上ない不動のバカである。
けれどパリストンと違い、十二支んや弁護士といった肩書きをなくした、ただのハンターとして、個人としてなら、ジンという人物をミザイストムは決して嫌いではない。
まず第一に、社会的正義は持ち合わせていないが、パリストンと違って人柄自体は善良なので、ジンがやらかすことに怒りや苛立ちはあっても嫌悪はない。
そして彼の功績である冒険譚は正直、少年心が蘇ってワクワクするからこそ、この評価でありこの対応だ。
「帰りませーん! 真面目な話をしに来ましたー!」
「わかったわかった。とっとと話して、さっさと帰れ。何の話だ?」
なので大人げなくギャーギャー喚く相手をテキトーに流しながら、困惑している事務員にコーヒーを持ってくるよう指示を出して、不服ではあるが話をする場を整え、とりあえず何の話かを尋ねる。
その問いに、ジンは喚くのをやめて静かに答えた。
「ソラ=シキオリについてだ」
ジンの答えにやや間を置いて、ミザイストムは深いため息をついてから呟く。
「……両方は流石に予想してなかったな」
「両方ってなんだよ?」
重要性が、社会やハンターとしてとジン個人の両方という意味だと、答える気力もミザイストムにはなかった。
* * *
ジンが話題に上げるのは納得だが、どういう内容なのかは全く想像出来ない。
それはジンよりも、話題に上げられた人物が原因。
つい最近、自分の弟子が多大な迷惑をかけたが、それ以上に色々とやらかしたソラ=シキオリは、
ミザイストムが彼女と直接関わったのは、弟子の付き添いで仕事の依頼をしたことと、その仕事にまつわる後始末で多少、話をしたくらいだ。
なので彼女の人柄など、ほとんど知らないしわからないのだが、数少ないわかっていることといえば、自分がジンに対して抱く印象とほぼ同じ。
善良というより底抜けのお人好しと言っていいし、望む結果に至る過程は選んでくれるが、手段そのものは選ばない、自分の我を誰の前でもどこでも貫く、神経の図太さが規格外であることなど、自分もノッたが副会長であるパリストンをいない者扱いした時点でわかっている。
人柄の時点でここまでわかっているのに訳がわからないという有様だが、そこらを無視して彼女の能力やら実力のみに注目しても、同じぐらい訳がわからない。
死者の念すら殺す除念師というだけで驚異だが、まだそれはオーラの系統と厳しい誓約と制約、そして修行の成果だと思えばあり得るもの。
あり得ないのは、特質ど真ん中でないと不可能であろう除念能力を持ちながら、あの女は強化系のアタランテとガチンコで渡り合える、彼女もバリバリの強化系であるということ。
つまりは色んな意味で予測も想像もつかない女であることしかわかってないというべきだが、それでもミザイストムは彼女に関して一つだけ決めていることがある。
「それで? 一体何の用で何の話だ?
ソラ=シキオリへの仲介なら断る。嫌われたのなら自業自得だ」
「違ぇよ! つーか何で俺があいつに嫌われる前提なんだよ!?」
ひとまず互いに席へと着き、ミザイストムが改めて用件を尋ね、一番可能性が高そうだった予測の答えをさっさと答えておいた。
幸いながら違ったらしく、まさしく自業自得な自分への評価にブツクサとコーヒーを飲みながら文句を言うジンを無視して、彼は話を続ける。
「そうか。なら本当に何の話だ?
内容や状況によるが、俺は基本的にお前よりソラ=シキオリの方を味方するので良ければ話せ」
ミザイストムの言葉、エコ贔屓とも思える発言にジンは一瞬キョトンと目を丸くしたが、すぐにその目は面白がるように、喜ぶように細くなった。
「あいつの味方って、断言するが俺より面倒だぜ?」
「自覚があるならお前、少しは自重しろ」
わかりきっていることを指摘されたので、ジンに対してだけ突っ込んでおく。
言われるまでもなく、面倒は百も承知。
同じように、面倒どころではない夢物語の理想論でしかなかったはずの弟子の悲願を、彼女は掴んで離さなかったから。
最初に味方になってくれたのは、彼女の方だから。
だからこそミザイストムの弟子であるアタランテは、ある意味大暴走した。
かなり変則的な念能力によって、暴走させられていた被害者の側面は大きいが、ソラに全く非などなかったのに、あまりに大きな迷惑をかけたのは事実。
そもそもこれはほぼパリストンのせいなのだが、最初から師弟揃ってソラをパリストン派かと思って失礼な対応だった時点で、話も聞かずに依頼を断られてもおかしくなかったというのに、話をしているうちに彼女の分野外、除念から外れた依頼内容になっても自分から首を突っ込み、折れかけていたアタランテに手を差し伸べて連れて行った。
そして被害者の母子に、アタランテが彼女も念能力のせいで正気ではなかったとは言え襲いかかり、母子を守るソラに深傷を追わせて、危うく真犯人を逃す時間を与えてしまった。
思い返せば弟子は本当に、いくら詫びても足りないほどソラに迷惑をかけているので、アタランテ側の事情を全部知った上で、「この先一生、二度と関わりたくない」と言われても、その通りですとその要望を実行するしかないはずだった。
なのに彼女は、最後までアタランテの望みに沿って行動した。
彼女の夢の味方であり続けた。
ハンター協会に、虚偽の報告をするほどに。
アタランテとソラが、グラムガスランドの連続不審死事件で大きな何かを隠していることぐらい、ミザイストムは気づいている。
気づいた上で彼は何も聞かず、だが彼女らの報告で綻びそうな、不自然な部分をフォローしてきた。
それはあの痛々しいほど自分の夢に、「この世全ての子供が幸せに生まれ育つこと」を諦めない弟子が、自分の保身や利益の為に嘘をつけるほど器用ではないことを知っているからでもあるが、それ以上にこの件で一番とばっちりの貧乏くじを引かされたソラが、彼女の味方だったから。
どれほど迷惑をかけられても、傷ついても、それでもソラはアタランテの夢を守り続けたのだから、師である自分がその夢のためについた嘘を暴くのは、あまりに不義理で不誠実だと思ったから、社会的秩序を重んじる普段の自分を裏切って、ミザイストムは共犯者になることを選んだ。
この選択が他者や世間に晒されて、自分の立場を追われたとしても、ミザイストムは後悔しない。するとしたら、そこまでアタランテの夢に献身してくれた、本来なら無関係で迷惑ばかりをかけた被害者であるはずの彼女が非難され、そしてあの
だからこそミザイストムは、ジンに対して真っ向から「ソラの味方」であることを宣言する。
ジンが彼女をどう思っているかなど知らないが、少なくとも自分より先に関わったのだから、彼女がパリストンに目をつけられていることぐらい把握しているだろう。
そして奴と彼女なら、ジンは間違いなく彼女を味方する。
口では彼女の除念能力が便利だからだの、パリストンがただ嫌いだからだの、息子が世話になっているからだのと言い訳を重ねるが、本音はきっと彼女がアタランテを味方した、弟子の夢を守り続けた理由と同じもの。
それをどうも素直に表さない、誰得なツンデレでしかないジンに要は、「お前の不得意分野での味方になってやるから、お前はお前で彼女を守れ」とミザイストムは言っている。
そのことをわかっているからこそ、揶揄うように、面白がるように、そして確かに喜んでジンは笑い、ようやく話が本題に入る。
「自重したら、それこそ
ジンが皮肉げに笑って言いながら、懐から写真を一枚取り出して机に乗せる。
自分以外パリストンには敵わないと言ってるも同然な発言にイラっとしたが、それよりもジンが見せてきた写真の人物と、続けたジンの発言で苛立ちは全て吹っ飛んだ。
「ミザイ。こいつの情報というか食いつきそうな餌をとにかく集めて、いつでも自分の陣営に入れられるように囲い込め」
薄い紙切れに印刷されているのは、中性的な美貌のまだ少年と言える年頃の新人ハンター。
クルタ族の生き残り、クラピカが見切れた誰かに対して、楽しそうに笑っていた。
* * *
「……遠回りな自殺がしたいのかお前は?」
「おう、そう言えるだけ
とりあえず率直な感想兼疑問を口にすると、ジンは写真の人物説明などはしなくていいことを理解しつつ否定した。
「むしろ何で、あの二人の関係をある程度でも知っていて、手を出そうとしてるんだお前は?
ソラ=シキオリに殺されたいとしか思えないのだが?」
しかしミザイストムの方が、ジンの返答で余計に混乱する。
もちろん本当に自殺志願を疑っていたわけではないが、自分と同程度にこの二人のことを知っているのなら、まずあり得ない指示だから。
ジンの言う通り、ミザイストムは写真の人物をある程度だが知っている。というか、ソラのことを調べれば、自動的に彼も知ってしまう。
それぐらいにこの二人は、行動を共にしている期間はさほど長くないのに、比翼連理であることが調べたらすぐにわかった。
そしてクラピカの方は、若さによる経験不足や隠し通す為の伝手のなさ故に知られてしまうのだろうが、ソラの方はある程度はわざと晒している。
彼は自分の弱点ではなく、逆鱗であることを。
どんなにソラの方が巧妙に隠しても、クラピカの方が隠しきれていないのなら意味はない。
ソラの方にクラピカの行動等を制限する気がないのなら、尚のこと隠しきれやしない。
だからこそあえてあの女は、「そこ」を晒す。
自分でもクラピカでも、どちらかを調べればすぐに互いに行き当たるようにして、「そこ」に触れたらまずは警告を行う為にわかりやすく、触れやすい所に置き、触れられたらすぐに気づいて行動に移せる為の罠であることを、ミザイストムは既に知っている。
『ごめんねー、ミザイさん。面倒いっぱいかけちゃってー』
グラムガスランドの件がある程度片付いたことで、ソラが自分に挨拶しに来た時、思い知った。
『お詫びに私の手が欲しい時はいつでも言ってくださいね』
にこやかに、朗らかに笑って彼女は言った。
『違法人体オークション検挙の囮役とか』
冴え渡る蒼天の、「死」を引き摺り出す死神の眼で。
ソラの礼や詫びの言葉は本心からだとわかっているし、ミザイストムは自分が信頼されている方だという自負もある。
だからこそ、「警告」で済ませたのだろう。
ソラに関して調べ、今年のハンター試験で彼が「緋の眼」を晒してしまったからこそ、割と本心から「もっとちゃんと隠せ!」と心配になり、ついでにクラピカについても調べたことは、おそらくちゃんと善意と正義感からだと理解してくれている。
した上で、それでもあの眼で警告するほど、それは触れてはならない逆鱗であることを教えてくれたのは、むしろ幸いだと思っている。
ないとは思うが何かの行き違いと勘違い、そしてミザイストムが踏み込みすぎたことで彼女に「敵」認定され、警告なしであの眼で狩りに来られるよりはよほどマシだ。
そう思っている、思い知っているからこそ、ジンのしろと言っていることは、ミザイストムを殺したがっているというより、自殺志願だ。
彼女は確実に情報を集めろと指示した者も逃さない。なんなら、そっちの方がおそらく命の保障がない。絶対に彼女は、裏から手を回して自分の手を汚さない輩の方こそ、許さないし逃さない。
「逆だ逆。手を出す気ねーから、先んじて情報集めて囲い込んでおくべきだろ。
そうでもしねーと、ソラはともかくこっちがヤバい。実力と才能があって覚悟もガンギマリだから大概は何とかなる分、それらに見合って成長してないメンタルがぶっ潰れる前に後ろ盾になってやれ。
お前なら既にソラと接点かあって、信頼もされてる。
「……ぶちかまされたのか」
「……いや、されてねーよ。予想だ予想」
最初の発言だとクラピカを人質に取ろうとしているようにしか聞こえなかったが、ここはミザイストムが想像していた通り、言葉が悪いだけで真意は「守ってやれ」だった。
「お前がやってやれよ」と思ったが、そのツッコミはジンが自ら信用のなさを暴露して消え去り、代わりに同情なのか呆れなのか自分でもわからない感情でミザイストムは呟いた。
その呟きにジンは目を逸らして、一応否定。嘘はついてない。犬神事件以降、ソラとは電話やメールの類でもゴンに繋がってしまうので、やりとりはしていないから、ドロップキックはされていない。
ぶちかまされたのは、別れる直前にバックドロップである。
そこらを深掘りしても自分が無駄に疲れるだけだとわかっていたので、ミザイストムは話を進める。
「まぁ、後ろ盾になるのは別に構わない。彼の志望動機は俺の活動分野にも重なるし、表と裏の試験結果からしても、純粋に欲しい人材だ。
だが、ジン。何故わざわざ、お前が、俺に、頼むんだ?」
「……どっちも息子が世話になってるようだからっていう親心だよ」
「お前にそんな『まとも』な親心、あるわけないだろう」
ひとまずは了承「してもいい」とは答えるが、まだ了承はしない。
「囲い込め」の真意が「守ってやれ」なのはわかったが、その「守ってやれ」の真意がまだ明かされていないのなら、了承する訳にはいかない。
ジンはミザイストムの問いをのらりくらりと答えるが、即座に否定されて若干拗ねた。
まったく可愛くないおっさんのいじけに、ミザイストムは本気で苛立ち、「答えないなら退席してもらうぞ」と、赤いカードを具現化する。
「わかったわかった。
っていうか、そんなご大層な裏はねーよ。……俺にはな」
降参と言うように両手を軽く上げ、ジンは答える。
ほとんど何も語っていないが、ミザイストムには充分だった。
「……パリストン対策か」
彼の言葉に、ジンは上げていた手を下ろして、机に頬杖をついて語る。
「ミザイ、もしも世界を滅ぼせる個人がいるとしたら、それは『無敵の人』だと思うか?」
無敵の人。
所謂ネットスラングで、意味としては家族や財産、恋人や友人や社会的地位など失うものが何もない人間が、やけっぱちで犯罪を起こした場合、その犯人が称される。
犯罪者としてはあらゆる意味で対策の取りようがないのに、被害は間違いなく甚大という最悪の部類なのは間違いないだろう。
だがジンが言う「世界を滅ぼせる個人」には、それはなり得ない。
「違うな。そんなヤケクソヤローは、前も後ろも見てねーから、ほっといてもそのうち自滅する。犠牲はデカくても、世界を滅ぼせやしねぇ。
本当に滅ぼしかねないのは、世界に絶望してる奴じゃない。世界に希望があることを信じて期待し探し求める、世界や人類を愛してるからこそ諦めきれない、諦めを諦めた狂人だ」
その答えに関しては、同意できた。
そしてその「狂人」が誰を指しているかも、理解できた。
アタランテがまさにその域に達していると思っていたが、「本物」を目にして弟子はまだ正気の常人だったと理解した。
「……あいつは、『死ぬ理由』を探してるんだと。
『生きる理由』は見つけたから、その『生きる理由の所為で死んだ』にならないように、『死ぬ理由』がいるそうだ。
マジで無茶苦茶だな、あの女」
ジンは世界を滅ぼしかねない狂人が、諦める事を諦めたものが何であるかを更に語る。
ピンっと、机に置いた写真を一度弾いて。
「あいつは世界の醜さも救えないド外道の存在も知っていて、その上で美しいもの、尊いものも知っているから、人間も世界も好きだし、守ろうとするだろう。
……だが、そのどれもがこの『生きる理由』を上回りはしねぇ。あいつ、お人好しではあるが、優先順位は明確につけてやがる。
だから普通に老衰やら、誰も悪くねぇ事故や病気なら耐えてくれるだろうが……人間の悪意によって奪われ、壊され、失えばこいつは、人類と世界に牙を向ける。
そのくせ変わらず、人間と世界は好きで期待してるから、何一つ許せねぇのに世界を愛してることは変わらない。だから自分が死ぬまで暴走し続けるのに、引き際を忘れず生き残ろうと足掻き抜いて、『死ぬ理由』を見つけて満たすか、自分が許せるもの、代わりではない『生きる理由』を、ないものをあると信じて、探して、求め続ける。
マジで無敵の人の方が可愛く見える災害だな」
ジンの話を「大袈裟だ」と一蹴することは出来なかった。
アタランテさえも折れかけた彼女の夢を離さなかったのだから、精神性で言えばそれぐらいするとミザイストムも確信している。
精神性はともかく、実際に出来るかどうかは話が別なのも、もちろんわかっている。
その上で、ミザイストムは「あり得る」と思っている。
それはジンが関わった犬神の件が、本来なら自分の活動分野であったからこそ調べ、知った彼女の異能がまさに異常としか言いようがないものだったから。
だからプロになる前、アマチュア時代のことも調べた。
調べれば調べるほど、わからないことが増えてゆき、正直言ってミザイストムは恐怖を覚えたからソラから離れて、心配になったクラピカの方の情報を集めたと言っていい。
手を引いた彼は、臆病者ではなく賢明だと讃えるべきだ。
一歩でも敷地内に入り込めば、何処までも追い詰め、入った本人だけではなく家族や友人までも巻き添えに呪い殺す家。
ハロウィンの夜、数時間だけ具現化という限定的だが、その間不死身の化け物として拷問と殺戮の限りを続ける殺人ピエロ。
元は被害者と言えたが、自分と我が子の仇をその子供ごと殺して復讐を果たしても、その殺戮に愉悦を見出して無関係の妊婦まで襲うようになってしまった女。
ハンター協会が被害を知りながら手の出しようがなく、その土地や地区の封鎖、特定日の厳重警戒、ターゲットの条件に合う者を遠ざける、そして被害がでてしまえば操作系能力者が生き残った者や遺族の記憶を弄り、世間を無駄に混乱させないように情報規制という対症療法のような対処が精一杯だった、危険度Bクラスの凶悪極まりない死者の念たち。
それらを彼女は全て「殺し」、五体満足のまま今に至る。
これらに加えてソラの活動分野、除念とは関係ない、むしろ
はっきり言ってソラが検挙した人体蒐集家どもは、プロの今ならもちろんアマチュアの頃でも殺しが免責になると思われるクズ揃いだが、運悪くゾルディック家とかち合った件のように、死者はソラ以外の要因で出ており、彼女は誰も殺していない。
だが、生存者はほぼ全員発狂していた。
例外と言えるのはコレクターの何も知らなかった幼い子供や、脅されて従う以外に選択肢がなかったブローカーの部下くらいと言った、被害者と言える者のみ。
それ以外の関係者全員が「殺さないで」「死にたくない」と顔の穴という穴から水気を垂れ流しながら哀願し、青系統の色を異常に恐れるようになったのは、間違いなく偶然でも事故でもなく、奴らの存在そのものが彼女の逆鱗をむしり取る行為そのものだからこそ、身勝手な私刑だとわかっていても行った制裁だろう。
それらもどうやったのかは少し前まではサッパリだったが、あの警告で理解できた。
おそらくミザイストムに警告したあの眼は、あくまで警告であり、相当手加減している。
が、あの時点で悪寒が背筋を全力疾走し、生存本能の警鐘が頭に鳴り響いた。
加減しており、死に直面など珍しくもない分野のダブルハンターの自分でこれだ。
あまりに悍ましい蒐集家でありながら、自らの手を直接汚したことがあるかも怪しい、裏稼業でありながら、忌まわしいがそれでも「普通」と称するべき人間が、手加減抜きのあの眼が向けられたのならば、その精神は恐怖で壊れ果てる。
だからミザイストムは、ジンの言葉に深く同意しながらついでに思い出した、彼女が世界を滅ぼしかねない人間である根拠を呟く。
「……流石はパリストンに惚れられる女だな」
「待て、それは俺初耳。いやあいつが気に入るのは分かりきってたが、マジで?」
「…………一目惚れだとほざいていた」
しかし意外なことにジンは知らなかった情報らしく、ドン引きと同情が入り混じった絶妙な表情で聞き返し、ミザイストムはいい笑顔で言い放たれた奴の発言を、ひたすら遠い目で答えておいた。
「周りより本人が一番得しねぇ
まぁとりあえず、俺がお前にこいつを囲い込めって言う意味と理由はわかっただろ?」
ソラ本人が泣いて「その通りだよ! 発揮したくなかったわ!!」と叫びそうな感想を呟きながら、ジンは話を結ぶ。
ミザイストムも頭痛を堪えるようにこめかみに指をやりながら、「まぁな」とこたえる。
あの破滅願望というより性癖で破滅を望んでいる構ってちゃんは、ジンやミザイストムと同じ認識をした上で、だからこそウキウキでいつか必ずソラの逆鱗を、生きる理由を、世界が続く礎を壊し尽くそうと手を伸ばす。
そしてまさかクラピカも、自分の存在が世界の存亡に関わっているとは思ってもいないのと、彼自身もソラと同じく、彼女の害となる者は彼女が認識する前に排除してなかったことにしたがるからこそ、まだまだ隠し事も暗躍も拙く、ソラの庇護下である今のうちは良いのだが、成長して彼女の手から離れてしまった時が一番危うい。
ジンの言う通り、才能も実力もあるからこそ、メンタルの成長が追いつく前に出来ることが増えてしまい、あまりにアンバランスなままあの怪者と対峙するのは、パリストンに玩具を献上しているようなもの。
そんな最悪の事態になる前に、パリストンが彼に接触する前に、活動分野的に彼が欲する情報を手に入れやすいし信用も得られるであろう自分が接触し、盾になれという話だ。
「……いいだろう」
ジンの話を頭の中で要約し、ミザイストムは応える。
元よりソラの味方を選んだ時点で、彼を守ることも自動的に決まっていたも同然であり、ソラのことを抜いてもクライムハンターとして、クラピカというあまりに陰惨で悍ましい犯罪の被害者である少年を放っておくことはできなかった。
なのでジンの話は素直に「教えてくれてありがとう」と思えるのだが、これもクライムハンターとしての勘なのか、ひっかかるものを感じ取る。
その感じ取ったものを、ミザイストムはジンに問う。
「だが、ジン。なんでこのタイミングなんだ?
確かに俺とソラが面識を持ち、ある程度の信頼を得た今なら、話は早い。
だが、ソラもクラピカもライセンスを取りプロになったことで、協会の要請による任務に強制力が出来た時点で、いつパリストンがクラピカに接触してもおかしくないだろう。
奴を警戒しているのなら、奴対策なら、少なくとも犬神の件の直後には行動に移すべきじゃないのか?」
ジンが何の為に動いているかを知れば、逆に「遅すぎる」とミザイストムは思った。
確かに犬神事件の直後、同じ要請をジンからされたら、「世界の存亡は大袈裟すぎる」と呆れただろうが、クラピカに関しては自分の案件と言えるので受けただろう。
それぐらいわかっていただろうに、わざわざソラと自分に接点が出来てからという余裕が、ミザイストムは気になった。
その疑問を、ジンはへらりと笑って答える。
「別にそれも裏なんてねーよ。ただ何の接点もないのにこいつに近づこうものなら、あいつの警戒網に引っかかって信頼されず敵認定されて意味ねーから、お前やチードル、サッチョウ、ボトバイあたりがまずはソラと接点持ってくれることに賭けて待ってただけだ。
で、猶予期間内にお前が見事に引き当ててくれて、俺は賭けに勝った。それだけのこった」
「猶予期間?」
目的からしてソラからの信頼が重要なので、確かにそれは事前にあった方が良い。なのでジンがその信頼を得られそうな人物とソラの面識が出来るまで待っていた事は、初めから理解できる。
わからなかったのは、あの愉快犯がソラはまだしもクラピカへ接触する前に、その面識や信頼が生まれる保証もなかったのに、悠長に待っていた事だが、どうも彼にはパリストンがまだ動かない根拠はあったらしい。
その根拠と猶予期間はいつまでなのかを問いただそうとしたが、ジンはミザイストムが口を開く前に残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「ミザイ。俺の要請は『パリストン対策』ってのは正確じゃねぇ。
正確にはパリストン対策『でもある』だ」
ミザイストムにこれ以上の質問をさせる気も答える気もなく、彼は勝手に語る。
それをやはりイラッとしながらも、ミザイストムは黙って聞いた。噛みついて問い詰めても、答えないと決めたのならコイツは拷問されても答えない強情さをよく知っているので、無駄に疲れることはしない。
「あいつの能力、死者の念特効な所を注目されてあいつはゴーストバスターやってるが、マジでヤバいのはそっちじゃない。
あいつ、暗示系の操作系能力も殺して無効化しやがった」
改めて突きつけられた、犬神事件の時にソラがした事を指摘されて、ミザイストムは無言のまま目を見開いた。
ジンの言う通り、死者の念特効に注目しすぎていたが、死者の念はそれがどのような能力かによっては、除念師でなくとも対応できる場合がある。
だがアルノーという男の能力は、「他者が認識できなくなる」という暗示系かつ概念に干渉してくる能力だった。
マコトや彼女の娘の存在そのものは認識出来ていたので、おそらくは自分以外の生き物にはかけられず、物質や土地にのみという制約があったのだろうが、だからこそこの能力は死者の念以上に除念は困難。
能力の強さで言えば死者の念が圧倒的に強いが、そもそもこちらは「認識出来ない」のだから気づくことすら出来ないという根本的すぎる問題。
しかし彼女は認識出来ないまま、それでも「世界の違和感」を感じ取り、奴の「能力そのもの」を見つけて殺し、無効化した。
改めて考えると、確かに死者の念を相手取るより無茶苦茶をしているし、ついでにアタランテにかけられていた「感情の強化」というこれまた変則的な能力も、かけられたアタランテが廃人になる可能性が高かったからしなかっただけで、こちらも普通に「殺せた」と何の感慨もなく言い放っていた事を思い出す。
「パリストンみたいな奴は少数派だろうが、比喩抜きで『神様だって殺せる』であろうあいつを欲しがる奴も、あいつへの人質にクラピカを使おうと思う奴も有象無象なんだよ。
ある意味、さっさと一番厄介な奴に目をつけられたのが、あいつにとっても俺らにとっても幸運かもな。そいつが『目的』のその時まで、ある程度雑魚を蹴散らかして、パリストンも牽制してるから」
なかったはずの問う気が、その言葉で湧き上がって口を開く。
「一番厄介な奴」やその「目的」を訊く気はない。それに答える気があるのなら、もう既にジンは語っているはずだ。
答えを知りたいのは、パリストンでさえも「今はまだ動くな」という指示に従うような相手ならば、ミザイストムが先に動いてクラピカを囲い込んだとしても、自分ごとその相手によって更に囲い込まれる可能性を否定できるほど、ミザイストムは自惚れていないから。
だから、問う。
「お前、そいつが目的の為に動き出した時、この二人をどうやって止める気だ?」
ミザイストムの疑問と心配はそこ。
ソラはもちろん情報でしか知らないはずのクラピカさえも、大人しく守られるような気質ではない事を既に彼は確信している。
絶対に自分のことより相手を道具のように使おうとしたことにキレ散らかして、暴走するのが目に見えた。
暴走しつつもこの二人、頭に冷静な部分を残して行動するであろうことも想像できたからこそ、ミザイストムは割と本気で「一番厄介な奴」がそこまでわかっているのか、わかった上でやろうとしているのかも疑問に思ったし、少し同情した。
だがジンは、彼の問いにキョトンと目を丸くして即答。
「は? ミザイお前、馬に蹴られて死にてーの?」
「は?」
ジンの心底「何言ってんだおめー」と言いたげな顔で言い放たれた発言に、ミザイストムは同じ顔で一言発する。
その反応がツボにハマったのか、ゲラゲラとジンは笑い出したのでミザイストムは無言で黄色いカードを出す。
「はははっ、やめろバカ、笑わせたまま拘束しようとすんな!
って言うか、マジで言ってんのか? あんな青臭い甘酸っぱさ、見ててわかんねーほど枯れてもなけりゃ、余計なお節介で出歯亀するような悪趣味もお前にはないだろ?
なら、あとはお若い二人に任せておっさんらは退場以外することあんのか?」
爆笑しながらジンは逆に聞き返し、しかし答えは聞かずにそのまま勝手に部屋から出ていった。
どうも本気で奴は、これで話を終わらせたようだ。
相変わらず誤用の方で破天荒な自由人ぶりに、ミザイストムは疲れ切った溜息を吐き出してだらりと背もたれにもたれかかり、チラリとテーブルに残された写真に目を向ける。
見切れた誰かと談笑している少年。
家族どころか自分と連なる者全て族滅され、最も悍ましくて惨たらしい形見である眼球は物として愛られ、それを取り戻す為に誇りを捨てて最も憎い者に媚を売るという、地獄以上に地獄めいた環境にいるはずだが、写真の中の彼はあまりに幸せそうに笑っている。
それはおそらくはハンター試験中に撮られたと思われる写真なので、まだマシな時期だからと言うのもあるだろうが、きっと彼は本物の地獄の中でも見切れた人物がいれば、同じように笑えるだろう。
それほどに楽しそうで、嬉しそうで、幸せで仕方がないと如実に語る、夢見る少年の笑顔だった。
ミザイストムはやっと、ジンの真の目的を理解する。
「……お前さては、『馬に蹴られて死ぬ
両方かと思っていた話の重要性は、結局はジン個人のものだったことを確信し、改めて不動のバカのバカさ加減にもう一度溜息を吐く。
それでも、今度はわずかに口角が上がっていた。
困ったことに、それは確かにミザイストムも見たいものだった。