死にたくない私の悪あがき【リメイク版】   作:淵深 真夜

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幕間:大好きな人の話

 

 ほんの数日前と、数時間前の他愛ない話。

 それは、大好きな人の話でした。

 

 

 

* * *

 

 

 

(ソラ)

 

 トリックタワー、「連帯の道」を攻略し始めて約10時間後、ポンズの方の体力が切れたので休憩となり、二人は携帯食を齧りながら雑談を交わす。

 

「そういえば、あなたと一緒にいた4人とは付き合い長いの? 兄弟子と弟弟子とか?」

 

 質問をしているが、ポンズはほぼ「うん」という肯定以外、想像していなかった。

 目立つ集団だったので、観察などしていなくても記憶に残っていた彼らは、仲が良さそうかつ新人(ルーキー)でここまで来たことから、ソラと同じプロハンターの弟子で、その師からお墨付きをもらったから一緒に受験しているのだと思っているポンズに、カリコリカリコリと小動物のようにカロリーバーを意外と可愛らしく齧っていたソラが、きちんと飲み込んでから答えた。

 

「いや、全然違うよ。二人はこの試験で初めましてこれからも末長くよろしくお願いしますだし、もう一人は試験会場に行く途中で知り合って勝手に弟認定した子で、最後の一人は3年前に一ヶ月一緒にいて生き別れた大好きな家族だよ」

「ほぼ他人!!」

 

 ごくごく真っ当な想像をぶち壊すのはまだいいが、想定以上の付き合いの短さと浅さ、それでいながら既にソラは全員大好きであることを語られ、思わずポンズは勢いで突っ込む。

 

「他人じゃないよ! 一億歩譲ってゴンとレオリオ、一兆歩譲ってキルアは他人でも、クラピカは私の家族だよ!」

「譲る気ほぼないでしょ」

 

 しかしポンズからの「他人」評価は、ソラからしたら不満だったらしく、パタパタと彼女の肩あたりを叩く振りをして抗議する。

 キルアどころか、ゴンとレオリオの他人扱いすら数百km単位かけないと譲れないソラに、ポンズは呆れながらまた突っ込む。

 

「でも……、確かに最後の子を他人扱いは失礼ね。ごめん。

 そのクラピカって人は、どの子? 銀髪の子?」

 

 だがソラが気に入るほど、ちょっと意地張りだが善良な彼女は、ソラの「3年前に生き別れた」という言葉を、流さず気づいて受け止めたからこそ、軽く謝罪してからその相手について尋ねた。

 もちろん本気で怒っていたわけではないソラは、あっさり許して答えた。

 

「いいよ。あと、銀髪の子はキルア。クラピカは金髪の……」

「あぁ、あの可愛い子」

「ごめんメンズ」

「…………マジで?」

 

 試験中、ソラに特にベッタリだったのはクラピカよりキルアだったので、ポンズがしていた勘違いを正そうとしたら、まさかの別の勘違いも発覚し、ソラが即座に訂正。

 いや、性別の言及などポンズはしていないのだから、それこそ自分の勘違いかもしれないと、即答してからソラは思ったが、やや間を置いた確認の言葉で、無情にもクラピカ可哀想な誤認が確定した。

 

「マジなんだよ。私も再会した時、あれ? もしかしてこの子、女の子だった? って心配になって聞いてみたら、木刀投げつけられた」

「なんでソラの方も心配になってるのよ」

「3年前から紅顔の美少年だったけど、あそこまで女の子っぽくなかったんですぅー」

 

 クラピカに同情しつつ気持ちはわかったので、自分も全く同じ事を思ったと告げたら、普通に呆れられた。

 そしてもちろんポンズは、その「女の子だっけ?」の確認が再会の数十秒後、泣かせにかかる対応の0.5秒後だったとは思っていない。

 

「けどここで、勘違いに気づいて良かった。この塔降りてポンズを紹介する時、その勘違いがぶちまけられたら、クラピカだいぶショック受けたと思うから。

 私相手ならすぐにブチ切れて、さっさと怒りを発散してくれるからいいんだけど、初対面の女の子相手なら、クラピカの方が我慢してお互い無駄に気を遣っちゃう」

 

 ごく自然に、自分たちも相手もこの試験をクリアすることを前提としているわ、何故がポンズを彼らに紹介する気満々だわ、ツッコミ所は色々あったが、そのどれもポンズは悪い気がしなかったので、そこらはスルーして別の所を突っ込んだ。

 

「自分が怒られるのを少しは嫌がりなさいよ」

「いやあの子、見た目に反して気が短いけど、見た目通り優しくて繊細が両立してるから、ストレスはさっさと吐き出させて溜め込ないようにしないと、キレて他人に毒吐いてそれを自己嫌悪のループしだすんだよ。

 それで無駄に疲弊するなら、私に八つ当たりしてくれた方が億倍マシ」

 

 ポンズは「もっと言い方を気をつけるとか、反省しろ」という意味合いで言ったのだが、ソラから相手の性格を熟知しているからこそわざとやってると答えられ、ポカンと口を開ける。

 しかし本人にとっては、して当然のことでしかなかったらしく、また小動物のように携帯食を齧りながら首を傾げていた。

 

「……なんていうか、あなたはそのクラピカって子の為なら死にそうだし、その子によって生かされてるの? ってくらい、その子が大好きなのね」

「え? 違うよ」

「え?」

 

 ソラの狂的な献身の片鱗を目の当たりにし、ポンズは若干引きながら思ったことそのまま口にしたら、まさかの否定が入り、困惑どころか狼狽える。

 

「クラピカの為に、私が死ぬことなんてないよ。

 そんなことしたら、あの子は罪悪感で生きていけなくなる」

「あ、そっちね。なるほど」

 

 あれほど相手のことが好きで好きでたまらないという発言をしておいて、否定が来るとは思ってなかったが、ソラからの返答でひとまず納得。

 彼の為に死ぬ気がないのではなく、こちらも相手の性格を想っての、むしろ重すぎる覚悟完了済み故の否定だった。

 

「そう。こっち方面で、私は死ぬ気はないよ。

 あと私は、クラピカの為に私の人生も体も能力も、何もかもを使い潰すのは別にいいし、クラピカは私の生きる理由だけど、あの子によって生かされてるってのは否定するなー」

「どの辺を否定してんのよ、それは」

 

 サラッとまた更に重すぎる愛情と献身を語られるが、それをもう深掘りする気がないポンズは、矛盾してると思える否定の方を指摘する。

 その問いに、ソラはカロリーバー最後の一欠片を口に放り込んで噛み砕きながら、しばし思案。

 そして飲み込んでから、答えた。

 

「これもあの子のためではあるけど、それ以前に人としての最低ラインみたいなもんでしょ。

 その人によって生かされてるのなら、私の罪も不幸も全部、あの子の責任になっちゃうじゃん。

 私は私の意思で、私のために、それが私の幸せだから、あの子に全てを捧げる覚悟なんてとうの昔に決めたからこそ、あの子によって生かされない。

 私を生かすのは私で、私は死にたくないし、幸せになりたいから、私の勝手で生きている。

 

 これだけは、あの子であっても思い上がることは許さない線引きだよ」

 

 自分が最初に感じた「狂的な献身の片鱗」は、実際は片鱗どころではなかったことを、この答えでポンズは理解した。

 片鱗の一欠片ですらなかった、あんなの常識の範囲内であったと、叩きつけられるように理解させられたポンズが返せたのは、だいぶ上擦った声での「そ……そう……」という相槌だけだった。

 

* * *

 

 クラピカという少年を、とてつもなく重いが彼に負担をかけぬ配慮も重ねるほど、ソラが大切に想っていることはよくわかった。

 だからこそ、ポンズにとっての謎が深まる。

 

「いったい何があって、あなたはそこまであの子のことが好きなの?」

 

 しれっとソラが語った彼との関係、「3年前に生き別れ」だけなら、何があったかはわからなくとも、付き合いの長さでまだ納得できる。

 しかし彼女は、「3年前に一ヶ月一緒にいて生き別れた」と言っていたのを、ポンズはしっかり聞き取って覚えていたからこそ、無駄に疑問が湧いて、聞くつもりはなかったのだが、思わず尋ねた。

 

 その問いに、ソラはしばし中空を眺めて考える。

 ソラとしては、自分のことは直死や異世界出身であること含めて語ってもいいが、クラピカのことに関しては、何故か本人に対しては斜め上だが配慮の塊である為、どこまでどう話すかを悩んだ。

 

 とりあえず、クラピカの出生や何があったかは詳しく語らず、ソラ自身の魔術や異世界関連も、ポンズが余計に混乱するだけだと思って、最低限な話をすることを決めた。

 

「……クラピカはさ、はじめは『私』のことなんか全然見てなかったし、興味もなかったんだ。

 ただ私に、あの子が亡くした大切な人たちの面影を見て、縋りついただけ」

「はぁ?」

 

 ソラの答えに、ポンズが不愉快そうな声をあげたが、それ以上は何も言わなかった。

 あそこまで献身的に想われているのに、相手はソラ自身ではなく誰かの面影を見ているということが、不快だったのだろう。

 それでも咄嗟に声を上げただけなのは、やはりソラが語った「亡くした大切な人」という部分を聞き逃していないから。

 

 そんな彼女の、どちらに対しても優しい反応にソラは笑いながら、クラピカをフォロー。

 

「怒ってくれてありがとう。でも怒らないでやって。その時の私も、同じようなもんだったから。

 私もクラピカ個人に関しては、割とどうでも良かったし、興味なかったよ。

 私はただ、欲しくなんかなかったのに手に入れてしまった、それがないと生きてゆけなかったのに、何よりもいらないものを持て余していたから……、だから、嬉しかったんだ。

 

 私が欲しくなかった、いらなかったものには、同じように見向きもせず、私が気付いていなかった部分に気づいて、見つけて、そこにあの子はあの子の大切な人たちの面影を見た。

 私が価値なんて見出したくない部分は無視して、だだそこにあるものに価値を見つけてくれたから、私もあの子に価値を見出した。

 最初はただそれだけの、どっちも身勝手なお互い様だったんだよ」

 

 クラピカに指摘されるまで、ソラは自分の眼の色が変わることにすら気づいてなかった。

 今すぐに眼球を抉り出したい衝動を、そんなことしてもこの視界から解放されない、むしろ余計に酷くなると言い聞かせて耐えていたぐらい、ソラにとってこの魔眼は、逃げ出したい「死」から逃れることはできないと突きつけらる、最も手放したいものであると同時に、自分が「 」から生還した証、今はちゃんと生きていると認識できる拠り所だった。

 

 そんな疎ましさしかなかったものに、価値をつけてくれた。

 直死の効果という、ソラが捨てたい部分ではなく、気づいていなかった部分。

 綺麗だとソラも思えた部分に彼は、「同胞の面影」という、彼にとって最も大切なものを見てくれた。

 

 死しか見えない世界で、殺すことしかもう自分に出来ることなどないと思っていたソラに、死した誰かの面影を持ち、その人の記憶の中で鮮明に蘇らせることができるということが、あの頃のソラにとっては、どれほどの救いであったかは、今、話を聞いているポンズは当然、そしてクラピカ本人にもわからない。

 

 わからなくてもいい。

 それはソラが勝手に感じて、手に入れた幸せなのだから。

 誰の責任でもない、ソラだけのものなのだから。

 

「まぁ、そんな感じで最初はどっちもどっちなんだけど……、あの子、ほーっっっんとに真面目な良い子だから、すぐに私個人を見なくちゃ失礼だって思って、見てくれたんだよ。

 ……見た上で、一緒にいたいって言ってくれたんだ」

 

 藍色の眼を細め、ソラは懐かしげに語る。

 この時ばかりは、「死」が見えなかった。

 見えたのは、3年前の出会った日。

 

『……オレは君と一緒にいたい! もう独りは嫌だ! 独りきりで生きるのは嫌だ! 君と、ソラと一緒が良いんだ!!』

 

 出会ったきっかけがそもそもトラブルからだが、出会った次の日に別のトラブルを引き当てて、それが解決した直後、彼は泣きながらソラの手を掴んで、握りしめて、言ってくれたあの日の光景が、ソラには見えていた。

 

 ソラにしか見えない、彼女が全てを捧げても守ろうと誓った、最愛を見つけた日を見ていた。

 ソラにしか見えないはずなのに、それでもポンズは言った。

 

「……あぁ。

 それは……大好きになって当然ね」

 

 ソラのあまりに眩いものを見るような、今にも泣き出しそうなほど、幸福そうな笑顔を見たからこそ、ポンズも安堵したように言う。

 ソラの答えに、納得していると。

 

 彼女の献身は、やはり重すぎて理解できないし正直引いているが、それでも……ソラがどうしてそこまで大好きなのかは、理解できなくても納得はできた。

 

「自分」を見てくれること、「自分」を見て、必要とされることがどれほど嬉しいことなのかは、もうポンズも知っているから。

 

 そんなポンズの答えに、ソラは晴々とした笑顔で「でしょ!!」と、力強くドヤった。

 そして同じ笑顔のまま、天井を仰ぎ見て独り言。

 

「あー。早くみんなと再会して、ポンズを紹介したいなー」

 

 その発言に、ポンズは「何でよ」とは突っ込まず、スルーして就寝準備を始める。

 突っ込めば、「君のことだって大好きだから」とでも即答されると、もうポンズもわかっていたから。

 

 ただ照れくさいから、照れ隠しのとっさで否定なんてしたくないから、深掘りしなかった。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

(クラピカ)

 

 喉の渇きで目が覚めて、ゴンは起き上がり、給水機を探して小部屋を見渡す。

 

 レオリオの賭け負け分の拘束時間。それが後5時間を切ったところで、これからのトリックタワー攻略の為、体力を万全にする為にトンパも含めて全員が睡眠をとっているので、他の者を起こさないようにしなくちゃ……と思いながら、あたりを見渡して気づく。

 

「……? クラピカ?」

 

 壁に背を預けて、ゴンが起きた事にすら気づかないほどぼんやりとしているが、確かに起きているクラピカに気づいた。

 

「! すまない、起こしたか?」

「ううん。喉が渇いたから起きただけ……」

 

 ゴンの声でようやく彼は気づいて、自分のせいで起こしたのかと思って謝るので、ゴンは訂正を入れる。

 そして水を飲んでから、元の寝ていた位置からクラピカの隣に移動して座り、彼は尋ねた。

 

「寝れないの?」

「……あぁ。…………彼女は、もうクリアしているのではないか、もし私が間に合わなければ、どうしようかと、色々と考えてしまってな」

 

 ゴンの問いに彼は、困ったような苦笑を浮かべて肯定し、その眠れない訳をポツリ、ポツリと語る。

 

「あー、確かにソラならもうクリアしてそう。

 早く会いたいね!」

 

 無意味だとわかっていたが、出さずにいた名前をあっさり出された挙句、素直に口には出せなかった望みを、あまりにも他意なく無邪気に口にするゴン。

 そんな彼の前で意地を張るのは、ソラとは別の方向性で意味がないと理解して、クラピカも「……そうだな」と応じた。

 

「早く、会いたいな。できればちゃんと制限時間に間に合って、合格という形で」

「え? クラピカ、それ以外でどうやって再会するの?」

「私たちが間に合わなければ、彼女は3次試験合格を捨て、逆走して探しにくる」

 

「会いたい」という意見が一致したのはいいが、何故かその為の当たり前の前提を、まるで第一希望、他に選択肢があるようにクラピカが語るので、ゴンが疑問を抱くが、それを問うと即答で返された。

 

「……なんていうか、ソラって本当にクラピカとキルアが大好きなんだね」

 

 軽口にも、呆れたようにも、そして照れているようにも見えない、今日の天気でも語るように、ごく普通にクラピカが即答するほど、そうすると確信させるソラの行動力と、その行動力の源である人物をすごいなぁと、やはり子供らしい無垢さでゴンは思う。

 

「……私やキルアだけではなく、ソラは既にゴンの事も好きだよ」

 

 そしてクラピカは、自分たちだけではなくゴンもその枠に入っていると、穏やかで優しい笑みを浮かべて答える。

 レオリオが入れられなかったのは、50時間タイムロス以上のクラピカにとって戦犯案件(セクハラ)故なので、自業自得である。

 

 わりとゴンもそれは仕方ないと思っているので、そこは突っ込まず、素直にその評価は嬉しいと受け止める。

 照れて、「そうだといいな」と笑うゴンを、ソラと良く似た優しい瞳で、微笑ましそうにクラピカは見ていたが、徐々にその瞳の柔らかな光が、仄暗い闇に変わってゆく。

 

「…………ゴン」

 

 眼の色があの囚人との試合のように、変わった訳ではない。けれど明らかに、温度の消えていく瞳にゴンは気づいていたが、そのことを心配して「どうしたの?」と尋ねる前に、クラピカの方が先に話し出す。

 

「お前がこれからも、ソラの友人であり仲間だと思ってくれるのなら……、彼女と関わってゆきたいと思ってくれるのなら……、一つ、彼女について知っていて欲しいことがあるのだよ」

「知って……欲しいこと?」

 

 唐突なクラピカの、頼み事にも警告にも聞こえる話に、ゴンは盛大に戸惑いながらも、話の続きを待つ。

 クラピカは、隣のゴンに目や顔を向けず、最初にゴンが起きて気づいた時と同じく、正面を向いているのにどこも見ていないような、ぼんやりとした様子で、その「知っていて欲しいこと」を口にする。

 

「彼女は、狂ってる」

 

* * *

 

「何言ってるの?」も、「そんな言い方酷いよ」も、口から出てこなかった。

 

 変な人だとは正直言って思っているが、流石にこのハンター試験で、自分も「変な人」側であることを自覚したゴンにとって、クラピカの言葉は意味不明だった。

 

 彼女の変なところなんて、自分と同じぐらいだと思っているし、何よりクラピカがこんな強い言葉で、ソラを表するのが信じられずにいるゴンに、やはりクラピカは視線を向けることなく、淡々と語る。

 

「……ゴン。彼女は、『死にたくない』んだ。

 その一心だけで、本来なら死ぬ以外なかったはずの道から外れ、私以上に様々なものを失い、死んだ方がマシな視界で生きている。正気を保っていたら、生きて行けるはずなどない地獄に、彼女はずっといる。狂う以外に、彼女は自分の『死にたくない』という原初の願いを、叶える術などなかったんだ」

 

 信じられなかったし、意味もやはりわからない。

 けれど、クラピカがあんなにもはっきり「狂っている」と表した理由は、分かった気がした。

 どんなに好きでも、一番こんな言葉を使いたくないと思っていても、そう表現するしかないことを、彼は一番近くで見てきたのだろう。

 

 だからゴンは、何も言わずにただ聞いた。

 言葉が出てこないから何も言わないのではなく、自分の意思で何も言わない。

 きっと彼が彼女の「狂気」を受け入れたように、ゴンもクラピカが語る彼女の話を、ただ聞いた。

 

「そんな地獄にいるのに、自分のことだけでいつも精一杯のはずなのに、彼女は……私を助けてくれた。私の『助けて』という身勝手な懇願に、『いいよ』と応えてくれたんだ。

 ……応じたのは彼女のはずなのに、彼女の方がまるで救われたように、笑って。

 

 ……その結果、私は彼女を更に壊して、狂わせた。

『死にたくない』彼女には、一番必要がないもの、持っていてはならないものである、他者を、自分にとって大切な誰かを守りたいという、自己犠牲を手離せない呪いをかけてしまったんだ」

 

 ゴンは思い出す。

 クラピカの「狂っている」という言葉に、「何でそんなことを言うの?」と思っても、口に出せなかった理由の一端。

 その評価を、納得して受け入れてしまった一部分、「自分と同じくらい」から確かに外れた壊れた箇所を、ゴンは知っていた。

 

 援護のつもりだった。今となっては思い上がりにも程があるが、ヒソカから助けるつもりの行動だった。

 だがそれは、助けとは認識されず、自分が生き残るためには、排除すべき邪魔と判断され、向かってきた時のソラの眼。

 

 全身から鳥肌が総毛立ち、体の奥から内臓よりも重大なものが、力づくで無理やり引きずり出されるような感覚に襲われたが、ソラの眼はどこまでも無機質だった。

 歯を食いしばった口元や怒りで上がった眉が、かろうじてきっと誰かを、クラピカを守ろうとしている、彼の為に怒っているとゴンは読み取れたから、ソラのしたことを今もその時も気にしてないが、眼は間違いなく何の感情も宿してなかった。

 

 あれは確かに、「死にたくない」という狂気であったこと、そしてその行為はその狂気に反したまた別の愛情(きょうき)だったことを思い出す。

 

「私たちが間に合わなければ、彼女は探しにくると言っただろう?

 あれは間違いなく、彼女は私やキルアやゴンのことが好きだからが根幹だが、彼女は今、生きているということが、どれだけ数多くの奇跡によって成り立つものなのかを知っている。生とは、死という冷たい海に浮かぶ薄氷の上に立っているということを、常に実感しているからこそ耐えられないのだよ。

 私たちがきっとどれだけ強くなろうとも、彼女は自分の眼で確かめないと、安心できない。

 だから探しにくるんだ。死にたくないくせに、死地に危険を冒してでも、私たちの元へ彼女は来てしまう」

 

 あまりに自然に語った、ゴンが「照れないんだ」と意外に思った「探しにくる」は、ソラに愛されているという証明であると同時に、彼女の壊れている部分であったからこそ、クラピカは照れも喜びもせず、淡々と語ったことを知る。

 

「……3年前、私と彼女が生き別れたのは、私が原因だ。あのマジタニという囚人と同じ、偽の旅団に私は耐えることが出来なかった。

 ……そのせいで、彼女は壊れていても、狂っていても、守っていた最後の一線を超えてしまった。

 …………殺人を犯して、彼女は私を守り、逃してくれたんだ」

 

 もうクラピカ自身、ゴンに語っている自覚はないのかもしれない。

 話がどんどん繋がりなく、移り変わる。

 けれど何の話か、わからないということはない。

 ゴンは知っている。覚えている。

 この小部屋で、レオリオが皆に改めて自分の失敗を謝罪し、クラピカも元は頭に血が上った自分のせいだとこちらも謝罪した時、キルアが思い出したから何気なく口にした話。

 

『そーいや試験前にも、あいつがぶっ殺した偽クモの残党みたいなのに絡まれたわ』

 

 キルアからしたら本当に何気ない、悪気など一切ない、ただの事実を羅列しただけの言葉だった。

 しかしその発言を聞いて振り返ったクラピカは、血の気が完全に引いた真っ白な顔で、……酷く傷ついた顔をしていた。

 

 その様子で、キルアは全てを察したのだろう。

 試験前に絡んできたのは、ソラがクラピカと別れた後、彼女個人で起こったトラブルではなく、彼と一緒にいた時に起こったもの。

 そしてあのマジタニに対してと、同じようなことが起こり、その結果をキルアは口にしてしまった。

 

『あいつがぶっ殺した』

 

 クラピカもその偽クモがどうなったかは、知っていたはずだ。

 けれど自分の眼で見た訳ではない、彼女本人の口から聞いた訳ではないから、眼を逸らして耳を塞いで知らないふりをしていた。

 

 ソラは誰も殺してないと、欺瞞に過ぎなくても、彼女のために信じていたかった。

 

 しかしあまりに拙い言い訳は、キルアの言葉であっさりと崩れ落ちた。

 だから何かとクラピカに突っかかっていたキルアも、「……悪い」とだけ言って、それ以上は何も語らなかったことを、ゴンは思い出した。

 

「……『その人を知りたければ、その人が何で怒るのかを知れ』」

 

 口を閉ざして、クラピカの話をただ聞いていたゴンが呟いた。

 クラピカが緩慢にだが、やっとゴンの方に顔を向けたので、彼は言った。

 

「俺の好きな言葉なんだ」

 

 自分を育ててくれた人が、教えてくれた言葉。

 座右の銘のような、胸に刻んだ生きる指針ではなく、それよりも深く、当たり前の前提のように息づく考えを口にし、ゴンは笑って続ける。

 

「クラピカは辛くて嫌なのは分かってるけど……、俺は何ていうか……嬉しいよ。

 ソラが狂っても、壊れても、それでも人を殺さないって頑張ってたことも、その頑張りを捨ててでも守りたかったのは、それほど怒っていたのは、クラピカのことだってのが。

 …………こんなこと、言ってもソラはきっと、背負ったものを下ろしてくれないんだろうけど、それでも俺は……ソラに言いたい。

 クラピカを守ってくれて、ありがとう。おかげで俺は、クラピカと出会って友達になれたよって」

 

 仄暗く、温度を失っていた瞳に光が灯る。

 薄く涙の膜を張りつつも、あたたかな光を確かに宿して、クラピカは笑った。

 

「……そうか」

 

 それだけを言って、クラピカは体育座りをしている自分の膝に、額を押し当てるように俯いてしまう。

 

「……腹が立つな。……悪いのは、向こうのほうなのに……、罪はこちらが負うなんて」

「……うん」

「……どうして、私たちが何も関与していないところで、死んでくれなかったと、いつも思う」

「……うん」

「……あんな輩、死んで当然だと思っておけばいいのに」

「……クラピカ、自分にできないことをしろって言うのはダメだよ」

 

 そのままクラピカは、弱音とも愚痴とも言えることをまた、雨垂れのようにとめどなく語り、ゴンは相槌と時々彼の方が大人なことを返していた。

 

 子守唄というには内容はネガティブだが、これは彼が前を向く為、トリックタワーを降りた時、罪悪感ではなく喜びを抱いて彼女と会う為に必要なことだとゴンはわかっていたから、だからこそ気張らず聞いて、睡魔が訪れた時も抵抗せずに委ねた。

 

 意識が夢に落ちる前、ゴンは確かに聞いた。

 

「…………ありがとう。ゴン」

 

 結局、クラピカがゴンに「知っていて欲しい」ことは、頼み事だったのか、警告だったのかはわからない。

 けれど、どちらでも意味はない。

 

 ゴンもまた、彼女の「狂気」を否定などしないから。

 ソラがソラであるのなら、それでいい。

 

 クラピカと同じ結論を、彼に言われるまでもなく出していたから。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 これは、大好きな人からの話。

 これは、大好きな人に語る話。

 

 これは、大好きな友達の話だったのです。

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