(ソラと鍛錬)
カンカンと乾いた硬い木の打ち合う音が、リズミカルに響く。
音楽を奏でている訳ではないが、軽快にいい音で鳴る為、ゴンはその音に合わせて少し体を左右に揺らしながら、楽しげに眺め続ける。
「やっぱりクラピカのその剣術、かなり独特だよね。
二刀流前提で、しかもヌンチャクみたいに繋がってるとか、最初は儀礼の剣舞とかだったんじゃない?」
「そうだな。私も昔調べてみたら、やはり祭事での舞が元となっているようだった」
「だろうねー。クラピカの型、凄い綺麗だもん。
でも習得難易度が高い分、普通の剣術ではあり得ない動きも多いから、使いこなせたら動き読みにくくて、私はめちゃくちゃ敵に回したくないから良いと思う」
「……全て片手間で防がれながら言われても、腹が立つだけなのだが?」
ソラとクラピカの、他愛ない雑談を交わしながら、木刀といい感じの棒での打ち合いを、ゴンは楽しげに鑑賞し続ける。
ソラの言う通り、クラピカの剣術はクルタに伝わる伝統武術であり、そもそも武器がヌンチャクのように柄の部分が紐で繋がった木剣というかなり独特なものなので、それを使った剣術もまた独創的だった。
剣術に限らず、正道の武術の類を何も知らないゴンでもそれがわかるくらいなのだが、これもソラが言うように、元は神楽舞などに近いものだったからと、おそらくはクラピカの性格ゆえ、アレンジなど加えず愚直に正しい型を、動きを学んで鍛錬し続けてきたからこそ、彼の剣舞は綺麗だ。
しかしゴンからしたら、ソラが褒める気持ちはよくわかるが、ソラの方も同じぐらい凄くて綺麗だと思った。
彼女の方は、昨日ゴンが何故が勢いで拾ってきたいい感じの棒を使って、クラピカの木刀を受けている。
クルクルと舞うような動きが多いクラピカに対し、ソラはその場からほとんど動かず、両手で持って構えた棒を軽く左右に動かす程度で、クラピカの剣戟を受け止めて防いでいた。
クラピカも雑談しながらなのと、数少ないが試験中に見た彼の戦闘時と比べたら、明らかに剣の勢いは弱いので、どちらもあくまで鍛錬であり本気など出していないが、それでも確かに最小の動きで防がれ続けたら、褒められたって嬉しくないだろう。
「片手間じゃないよー。ちゃんと真面目に攻めあぐねてますー」
拗ねたクラピカの主張に、ソラはちゃんとしていると反論。
彼女の性格上、特にクラピカ相手ならふざけて言った煽りではなく、事実だとクラピカ本人もわかっていたが、わかった上でもムッとしてしまうお年頃。
なのでクラピカは、結果はわかっていたのについ、されてもいない挑発に勝手に乗ってしまう。
急にスピードと剣を振り下ろす勢いを、実戦時ほどではないが上げて、ソラと打ち合いをし出す。
流石に勢いが増したことと、ソラの方はちゃんとした木刀ではなく、何故か男児がテンション上げるいい感じの棒でしかない為、少し後ろに下がりながら、その勢いを受けようとしたが、クラピカは左から右へ薙ぎ払うように振った木刀から手を離す。
もう片方と繋がっていることを活かした、本当にヌンチャクのような使い方をいきなりしてきたのだが、この狂った死の演算機構が、その程度を読めぬ訳はない。
手放すことでリーチを伸ばしてきた武器から、棒で受けるのではなく、すり足でなめらかに更に後ろに下がって避け、追撃をかけようとしたクラピカよりも先に、下がっていた足を踏み出して距離を詰め、彼女も棒を両手持ちから片手に持ち替え、やや斜めになった体勢でだが、それでもその棒はクラピカの頭約1センチ上で寸止めする。
所謂、剣道の小手抜き片手面に近い技を決められた。
日本の剣道など当然クラピカは知らないが、剣術を扱うものとして、ソラに決められた技の難易度くらいは理解できる。
「クラピカ。君はマジで、煽り耐性身につけた方がいいよ。怒ったら大抵は動きが単調になって読みやすくなるんだから、せっかくのその剣術の利点が台無しじゃん」
「……今、痛感した。悪かった」
謝りつつもクラピカは唇を尖らせているので、明らかに拗ねている。
自爆の自覚はあるのだが、まさかここまでの瞬殺は悔しいようだ。
「……言っとくけど、今の技を選ぶ余裕なかったからね。難易度高くても、あれくらいしかないと思ったから、出した奴だから」
そんなクラピカの複雑なようで単純な心境を理解しているからか、ソラは棒を引いてフォローの言葉をかけると、クラピカは汗を拳で拭いながら「そうか」とだけ答える。
目元は拳で隠しても、嬉しげに上がった口角は隠しきれていなかった。
「すごいすごいすごい!
ソラもクラピカもかっこよかったー!!」
二人の鍛錬を真剣に見ていたゴンが、棒と木刀を引いて二人が離れたタイミングで立ち上がり、拍手しながら率直な感想を興奮しながら叫ぶ。
実はいたレオリオも、当初は暇つぶしで見ていただけだったが、いつしかゴンと同じように魅せられていたことに、ゴンの拍手で現実に引き戻されて気づく。
そして同時に、二人の剣戟を見ていて思ったことを口にした。
「っていうか、ソラ。おめーも剣術ガチでやってたのかよ」
レオリオもゴンと同じく、武術の類は経験なし。せいぜい、学校の授業やテレビのスポーツ観戦レベルだが、それでもやはりソラの構えや先ほどの技の決め方からして、我流ではなくちゃんと学んだもの、それもこれは正道と言えるものであることは理解できた。
「え、うん。いや……ガチとは言えないのかな? 段位は何もないし」
しかしソラの答えは、何故か肯定の疑問系だった。
訳のわからない答えに、「どういうことだ?」と問う前、クラピカがゴンから渡してもらったタオルで汗を拭きながら、彼も思い出したことを告げる。
「あぁ、そういえば言っていたな。友人の母親から教えてもらっていたもので、正式な道場などに通っていた訳ではないと」
「あー、そういうことか」
3年前も今と同じように、鍛錬に付き合ってもらいながら、教えてくれた彼女の思い出の一つを語り、レオリオも納得する。
どこぞの流派に弟子入りして学んだ訳ではないという意味で、「ガチ」ではなかったらしい。
「うん、そう。娘である友達は興味一切なかったけど、私は興味あったから教えてもらった。
初めはちょっと体を動かす程度、殺陣ごっこ出来るかなー程度の気持ちだったんだけど、思ったより私に筋があって、式さんに気に入られちゃって、いつのまにか割とガチで教え込まれて仕込まれた。
でも結局は、経験者から個人的に教えてもらったものだから、一応私は向こうの世界でも格闘技経験者扱いされない。中学の時、剣道部に入って昇段試験受けようとしたけど、試合出禁になってそのまま時計塔に行っちゃったし」
「待て。お前何をした」
クラピカの言葉を肯定して、補足するソラ。
その内容はやはりレオリオの想像通りではあったが、最後がクラピカも初耳エピソードだったので、呆れたようなジト目で突っ込まれる。
「練習試合中、うっかり『死ねぇぇぇっ!』って叫んだからだったかな? あと入部初日に新入部員しごきしてた3年を、向こう防具あり私は無しでしばき倒した事への嫌がらせだったのかも」
「お前は本当に、予想通りの斜め上なことばかりしているな」
想像していなかった事なのに納得しかない答えを返されて、クラピカは頭痛を堪えるように頭を抱え、ゴンは曖昧に笑いながらソラにもタオルを渡し、彼も疑問を口にする。
「けどソラ、年上も歯が立たなかったって、昔から凄く強かったんだね。
けどさ、それならどうしてハンター試験中、武器として剣を持ってこなかったの?」
「こっちで出会ったハンターの師匠から、『あんたは武器、特に刀は私の許可なく持つな使うないい感じの棒にしとけ。殺すから』って言われてるから」
「「殺すな」」
ソラの即答に、クラピカとレオリオも思わず即答で突っ込んだ。
しかしゴンが、一番のツッコミどころを最速処理してくれたからか、別の部分に気づいて尋ねる。
「あれ? 武器はダメなのに棒はいいの?」
言われて、クラピカとレオリオも気づく。
ソラが師匠から、「殺すから武器を使うな」という命令は、彼女の狂気とその眼の異能を知っていれば、彼女にとっても周りにとっても最良の安全策だと、ツッコミつつも納得していたが、よく考えると彼女の眼を使えば、武器が真剣かいい感じの棒かなど、違いはほぼない。リーチが長くなることを危惧しているのなら、棒なども禁止されるはず。
師匠の言葉の綾を、ソラが勝手に言質にしているだけかとも思ったが、ソラはゴンの疑問に「あー……」と声を上げてから、気まずげに笑って答えた。
「……いや実は、この『殺すから』は直死ほぼ無関係な要因で心配されてる」
「「「どういうこと・だ???」」」
* * *
「えーと、クラピカならわかると思うんだけど、剣術に限らず武術って、『型』があるものじゃん? そしてそれは、未経験の素人が側から見たら不合理なものに見えても、実際は一番効率的で威力が出るから、継承されているものだ」
「……まぁ、……そうだな」
まさかの、クラピカ達が納得していたからこそ、疑問の前提である直死が無関係だと言われ、困惑する三人にソラは気まずさ続行のまま、話も続ける。
話の繋がりがよくわからない話題だが、ソラはこういう脈絡ないようでちゃんと繋がる話をよくするので、ひとまず誰も話の腰を折らず、彼らも聞く。
「だから真面目に学ぶほど、実践でどんなイレギュラーがあっても、型は崩せないんだよ。イレギュラーが起これば、崩れた型で技を出すより、体勢を整える方を優先するぐらい、正確に『型』を守る。少なくとも、私はそう教えられたし、その教えを守ってきたんだよ。
………………ゴリッゴリに実践向けの殺人剣を」
「おいそれは本当に友人の母親か!?」
最後、目をそらして小声早口で聞き逃すことを期待して言い捨てるが、全員しっかり聞き逃さず、クラピカがやはり反射でツッコむ。
「いやこの場合は、普通の剣道だと思ってる私と、実践向けなの知ってると思ってた式さんのアンジャッシュに気づいておきながら、私が3年しばき倒すまで何も教えてくれなかった末那が全部悪い」
しかしソラは剣術を教えてくれた相手を悪く思われたくなかったのか、キッパリとフォロー。代わりに親友であるはずの友人が、戦犯だと言い切る。事実なので仕方がない。
「まぁそんな訳で、中学で部活に入ってからはスポーツとしての剣道も学んだけど、私の基礎はバリバリ実践向けで、躊躇なく急所を狙うんだよ。だから、私の部活でのあだ名は首狩族だった。
それだけなら、半年もしないうちに姉と親共が死んで、私は時計塔に行ったから、そんなん習ってたなーで終わるはずだったけど……私を弟子にしたクソジジイは、魔法使いであると同時に剣士でもあったんだよね」
ソラの剣術の基礎はわかったし、何となく「直死は無関係」な理由も察すことができたが、まだ最初の話に繋がりきってないので続きを聞いていると、ソラの眼が死んだ。
「で、あのジジイ曰く『お前の才能と素質と努力と覚悟と切願と幸運全てを費やして、ただ一度起こせる「
「何の話だ?」
ソラの話に魔法の師匠である「クソジジイ」が出たら、彼女の目が死ぬのはもはや全員学習しているので深くは突っ込まず、しかし意味不明な疑問には、律儀にクラピカが突っ込んでおいた。
「この辺の魔法の理屈や技の理論は、もう面倒だから端折るけど、とにかく私はそもそも魔術より剣術に才能あるから、そっち伸ばした方がいっそ魔法に至る可能性があるって言われて、そして私は何としてもあのクソジジイを一回ぐらいぶった斬ってぶっ殺したいというモチベで、ひたすらに時計塔で魔術より真剣をぶん回して、式さんから教わった型を繰り返し鍛錬しまくってた」
クラピカだけではなく、ゴンやレオリオもソラの口から「殺す」という言葉は聞きたくない、言わせないようにしたいと思っているのだが、多分この魔法使いの師は本当に一回くらい死んでも問題なさそうなので、「他にモチベなかったのか」程度でスルーして、クラピカが大体察しているが、一応聞いておいた。
「で? その話の結論は?」
「魔法には至らないけど、だいぶ極めた結果、真剣だと寸止めや峰打ちもできない、融通も応用も効かない、急所一直線狙いな奴になりました!」
クラピカもオリジナルティを発揮するのではなく、「型」を崩さず精度を上げて洗練させるタイプである為、想像出来てしまった通りの答えをおそらくヤケクソの笑顔で返されて、また彼は頭を抱える。
「それ、本末転倒してねーか?」
「殺してしまうっていうのを抜いても、戦いにくいんじゃない?」
クラピカがどこから突っ込めばいいのやら……状態になっているので、レオリオとゴンが率直に思ったことを突っ込めば、ソラから気まずげな「だよねー」という肯定はなく、普通に反論された。
「いや戦闘に限らず、パフォーマンスに条件づけは効果的だよ。確かに融通と応用が極端に狭まったりするけど、その分極めれば自己暗示によってマジで体がその瞬間、作り変わる」
何気にソラがしていたこと、そしてできるようになったことは、念能力の「制約と誓約」に近い為、裏試験のことを考えて詳しくは語らず説明する。
しかしその配慮故にレオリオから理解は得られず、「作り変わるって、んなアホな」と呆れられてしまった。
ソラとしては、その反応は当然だと思っているので怒ってないし、一ミリたりとも不快さもない。
しかし今後の念能力獲得に、その固定観念はない方がいいと判断した結果。
「ふぅん。じゃ、レオリオ。
「「「え"」」」
挨拶程度の高くも低くもない素のテンションによる宣言で、レオリオだけではなくゴンとクラピカも声を上げつつ、血の気を引かせた。
そしてレオリオが謝り、ゴンとクラピカが止める前にソラは持っていた良い感じの棒を、納刀するように構えたと三人が認識した瞬間。
「––––––双ね鐘楼」
その声が、誰のものか認識できなかった。
いつもよりやや低めだっただけのはずなのに、ゾッとするほどそれは「別」に聞こえ、そしてその声を「誰?」と思う思考を置き去りに、「それ」はレオリオの目の前に現れた。
2mほどは距離があったはずなのに、音もなくソラは距離を詰め、横薙ぎに払った棒を、レオリオの首1mmで寸止めしていた。
眼の色は平素のミッドナイトブルーでありながら、その顔は酷く人間味がなく、機械じみて見えた。
作り変わったかの如く、別人に見えた。
「ほい。私も式さんも、剣士モードになるとこんな感じだよ」
真剣ではなかったから、まだ融通が効いたソラの「本気」を目の当たりにして、棒が首から引かれたことでようやく冷や汗が吹き出したレオリオは、クラピカにまずは言った。
「おい、お前マジで片手間で相手されてたぞ」
「違うよ! クラピカが大好きすぎて棒でも剣士モードに入れないだけだよ!!」
クラピカのプライドを傷つけそうなことをレオリオが言い出したので、ソラが即座に「手抜きしていたわけではない」と主張する。
その相変わらずストレートな愛情を示しまくる言葉に、クラピカもいつものように顔真っ赤にして「黙れ!」と怒鳴り、ゴンは苦笑しながら宥める。
そんないつも通りのやり取りをしながら、三人は内心で誓う。
ソラに刀剣の類、特に刀を持たせないにしようと、彼女の師と同じ決意を固めた。
* * *
(バレンタインと誕生日)
「今日はおやつあるよ」とソラに言われて、皆で筋トレを中断して休憩に入る。
おやつが何であるかは聞かなかったが、嗅覚が鋭すぎるゴンでなくとも匂いでわかっていた。
が、予想外だった。
「「「多くない・ね・か?」」」
「いやなんかつい作りすぎちゃった」
山小屋の食卓に並んだ、チョコケース、チョコレートムース、そしてチョコレートのマカロン。
朝食後から何故か、ソラが台所にこもって板チョコを刻んでいたのは知っていたが、思った以上に量も種類も作っていたことに、三人は困惑する。
「どうしたの、これ? キルアからリクエストされたの?」
席に着きながらゴンが、尋ねながら一番可能性が高そうな推測を口にする。
この山を訪れ、そして滞在する理由である友達は試験中も「あー、チョコロボくん食いてー」などよく言っていた、お菓子好きのチョコ好きであることを思い出したから。
「種類がやたらと多くなったのは、キルアがチョコ好きだからってのもあるけど、今日作ったのは全然別」
「今日? 日付が何か関係あるのか?」
「こっちの世界だと無関係。
私の世界だと、2月14日はバレンタインっていう、好きな人にチョコあげる日だったから」
ゴンの問いにソラがケーキを切り分けながら答え、クラピカがその答えでさらに湧いた疑問を尋ねれば、ソラは切り分けたケーキをクラピカに差し出しながらしれっと言った。
その発言で、皿を受け取ろうとしていたクラピカが、顔を真っ赤にして固まった。
ソラの発言とクラピカの反応に、レオリオとゴンはいつものように苦虫を噛み潰したような顔と困ったような苦笑になるが、ソラだけいつもとちょっと違った。
いつもならクラピカ赤面フリーズの原因を理解せず小首を傾げる所、本日は何故か気づいて気まずそうに言う。
「あ、ごめんクラピカ。君のことは大好きだし24時間四六時中愛してるけど、このチョコにはあんまり他意はない」
「逆に何が込められているんだこれは?!」
珍しく「好きな人にチョコを渡す日」と言われて照れている事に気づいたのは良いが、何故かクラピカ大好きっぷりは強調しておいて、「別にそういう意図はない」と言い出した為、再起動したクラピカはちょっと変な方向性でキレつつ突っ込んだ。
「いや、元は女の子が好きな人にチョコ渡して告白して、一ヶ月後に男側がお返しで返事っていう、製菓会社が海外のイベントに便乗して広げたものでさー、告白の為だけならそんなにチョコ売れないじゃん。
だから仕事の同僚や上司に『お世話になってます』程度の気持ちで渡す義理チョコとか、友達同士で交換し合う友チョコとか、高級チョコを自分用にってコンセプトのご褒美チョコとか、なんか企業努力の迷走と、食い意地の張った国民性が融合して、最終的に美味しいチョコ食べる日って形でほぼ定着してるんだよ」
ソラの返された答えで、本当に最初に説明したような意味合いは皆無だったことを理解して、クラピカは「……そうか」とだけ言って、ケーキを口に運ぶ。
拗ねているような不貞腐れているようなその様子にレオリオが、「いや何が不満なんだよおめー。お前が好きなのは前提で当たり前扱いされてたじゃねーか」とツッコミ、脇腹に肘鉄を入れられるのはもはや様式美。
なのでゴンもソラもスルーして、ゴンはケーキを美味しそうに食べ、ソラはキルアやカルトに渡す用のチョコレートを用意する。
「最初の好きな人に渡すっていうのもロマンチックで良いけど、みんなで美味しいものを食べるっていうのはやっぱり楽しくていいよね!
こっちにもこのイベント、あれば良いのに」
ペロリとケーキ一切れを完食し、チョコムースを食べ始めながらゴンは言う。
ちなみにソラが宗教に全く興味がないから気づいていないだけで、実はこちらの世界にもキリスト教は存在するし、バレンタインもある。
しかしソラが思いっきり日本語発音で「バレンタイン」と言ったことと、独自進化を爆進した日本式バレンタインで説明した為、誰もその事に気づかず話は進む。
「そうだよねー。日本はやたらと食い意地が張った国民性だからか、季節の行事ごとにこれを食べるってイベントが多いし、他国の行事も食べ物関連で広がりやすいんだよ。
来月なら3月3日の雛祭りがあるから、ちらし寿司を作ってあげたいな。二次試験の寿司の亜種で、見たら驚くよ。握り寿司とは全然違うから」
「へぇ。3月3日になんか祭りあるのか。どんな祭りなんだ?」
「祭りっていうか、女の子の成長を祝って、無病息災を願うっていう日」
「……へぇ。そうか」
ゴンの感想に同意し、ソラが直近の食べ物とセットになっている行事を上げると、何故かレオリオが少し嬉しげに食いついた。
その事を少し不思議に思いつつ、ソラが簡単に雛祭りについて答えると、今度は若干だがテンションが落ちた。
流石にその様子の変化に他二人も気づき、怪訝そうに「どうしたの?」「どうした?」と問えば、レオリオは気まずげに答える。
「いや、悪い。別に誰も悪くねーけど、……3月3日が俺の誕生日だから、女の子の祭りってのはちょっとだけ微妙だなって……」
言われて三人は納得した。
偶然、自分の誕生日と異世界の祝日だかイベントが同日という事で少しテンションが上がったが、それは異世界要素を抜いても無関係だったことを残念がったという事だろう。
「へー、レオリオの誕生日3月3日なんだ。
そういえば、キルアは7月7日が誕生日って言ってたよ。覚えやすいね、君たち二人とも」
「えっ!? キルアもゾロ目なんだ!?」
「キルア『も』?」
納得しつつ、ソラは試験会場までの道中で聞いたキルアの誕生日を思い出して話題に上げると、ゴンが嬉しそうに食いついた。
「俺、5月5日生まれ!」
「うわっ! 覚えやすい奴らしかいない!」
「何だこのゾロ目率!?」
「……全員同一の誕生日並みの偶然が重なってそうだな。……私含めて」
「え? クラピカ、君の誕生日いつ?」
ゴンの反応に不思議そうと言うより「まさか……」と言いたげな顔でソラが視線を向けると、ゴンは手を上げて元気よく答える。
その答えにソラとレオリオが笑いながら驚き、クラピカも驚きながら最後ボソリと呟いたのをソラは聞き逃さない。
ゴンとレオリオは少しだけ、ソラがクラピカの誕生日を知らない事を意外に思った。
ソラが知らないのは、彼女が過去に聞かなかったのは、まだ同胞を失った傷が新しすぎた彼に、毎年祝ってくれた人がいないという事実を突きつけたくないという気遣いであった事を、今はもう知っているクラピカは、自分はもう大丈夫だと教えるように淡く微笑んで答えた。
「……4月4日だ」
「……あはっ! 本当にすごい偶然!
惜しいなー。私はあと十日、早く生まれるべきだったよ」
クラピカの答えをクラピカの意図通り受け取ってくれたのか、ソラは晴々しく笑って答えた。
そしてソラの答えに、ゴンが反応する。
「え? ソラの誕生日ってもしかして、6月16日?」
彼女の「惜しい」「十日早く生まれていたら」で、ちょうどゴンとキルアの間に挟まる6月6日にニアピンしているのかと、ゴンだけではなく二人も思ったが、それは違った。
「ううん。私の誕生日は2月12日」
ガシャーン!! とド派手な音がする。
試しの門を開ける為の筋トレの場となっている山小屋は、食器のフォークですら10キロ物なので、落とした時の音はド派手だ。
そんな音を立てたことすら気づいていないくらい、フォークを手から落としたクラピカは、驚きやら怒りやら悔しさやら呆れやら、様々な感情が混在した表情で眼を見開き、「は?」とだけ言った。
「え? ……く、クラピカ?」
そんな感情と声をぶつけられた当の本人であるソラは、今度は残念ながらクラピカの心境を理解できていないらしい。
ゴンとレオリオは、「何故さっきのはわかって、これはわからない……」と頭を抱える。
そして何もわかっていないソラにクラピカは、いつも通りブチ切れながら教えてやる。
「何故! 今になって言う!!??
せめて当日に教えろーっっ!!!!」
* * *
クラピカにキレられても、ソラはキョトンとした顔で答える。
「え? 当日は普通に忘れてたし、今言ったのは話の流れ。正直、私は誕生日別に祝って欲しくないし。っていうか、二十歳過ぎの誕生日なんて祝う価値ある?」
「あるだろ!? 特にお前は二十歳過ぎと言っても、21だろう!? 歳を取ることを嫌がるような歳ではないだろうが!!」
まさかの「祝ってもらうのを強要してるようで嫌だった」とかではなく、本気で「誕生日おめでとう」という言葉すら求めていなさそうな様子で即答され、クラピカは更にキレる。
だがソラからしたら、本当に自分の誕生日に価値や意味を見出していないのか、クラピカの剣幕には困り果てているが、彼の怒りポイントを理解できていないような困り方をしており、そのせいでクラピカも何故かどんどんしどろもどろになっていく。
そんなカオスな状況に、ゴンが助け舟を出した。
「ねぇ、ソラ。もしも俺たちが今のソラみたいなことを言って、お祝いなんていらないって言ったらどうする?」
「あ……」
ゴンの言葉で、ようやくクラピカが何に怒っているのか、彼が受け取って欲しいものが何なのかを理解したように、ソラは眼を丸くする。
クラピカはゴンのストレートな例えに、怒りではなく羞恥で顔をまた赤くさせたが、流石にゴンを怒鳴るわけにはいかず、赤面したままソラを睨みつける。
「あ……そっか。……うん、そうだね。ごめんね、クラピカ」
自分の誕生日は二十歳過ぎたら祝う価値などないと思っているようだが、他の者の誕生日はきっといくつになっても彼女は祝いたいのだろう。
すんなり納得して、ソラはクラピカに謝った。
「だから、やっぱり私の誕生日は祝わなくていいよ」
「「「何でそうなる??!!」」」
しかし結論は何一つ変わっておらず、思わず三人同時に突っ込んだ。
しかし今度は彼らの反応に狼狽もせず、どこまでも斜め上な女はあっさり答える。
「えー、だって『誕生日おめでとう』って、『生まれてきてくれてありがとう』と同義でしょ?」
「そこまでわかっていて、何故拒絶するんだお前は!?」
恥ずかしいが、まさに二日前にクラピカが言いたかったことを理解した上で完全拒否するソラに、割と本気で泣きそうな気分になりながら、クラピカが怒鳴って突っ込む。
そしてソラはクラピカの気持ちをわかっているからこそ、「ごめんごめん、本当にごめん」と言いつつも、更に答えた。
「その言葉や気持ちは嬉しいよ。けど……、生まれてくるって、それこそ魔法を使わないと『両親』って存在が切り離せないじゃん」
「「「あ…………」」」
そこまで言われて、三人は気づく。
ソラは実は食事作法だとか、書いた字の綺麗さだとか、そういう所作や育ちが見える部分は非常に綺麗なのだが、それを褒めると嬉しそうどころか嫌そうな顔をする。
何でそんな反応をするのかを、ゴンが直球で尋ねたらソラも直球で答えた。
「行儀の良さ=親の躾の成果だと思われて、親の評価が上がるのがすっっごい嫌だから。私の食事作法とかは全部姉の真似だよ。親は関係ない」
パドキアに到着するまでの飛行船で知った、人身売買と言っていいソラの結婚未遂事件で、ソラが間接的でも親の高評価に繋がるもの全てを嫌がるのは理解できた。
だからこそ、「誕生日を祝わなくていい」という謎しかなかった主張も、理解できてしまった。
「未成年の間は、癪だけど認めてやる。でも、成人したのならもう絶対に、あいつらの存在も価値も意味も認めてやる気は私にはない」
ソラが嫌がったのは、「生まれてきてありがとう」は、ソラからしたら本当に産んだだけでしかない両親にも、「産んでくれてありがとう」と感謝する言葉になってしまうからこそ嫌がったらしい。
彼女自身、自分以外の他者を祝うのならば、直接会ったことがなくてもそう思って感謝するからこそ、嫌なのだろう。
それが、四六時中愛していると公言する最愛からの言葉だからこそ、なおのこと嫌がった。
そこまで理解すると、クラピカどころかゴンとレオリオも何も言えなくなってしまう。
「……ここまで徹底して意味も価値も与えないで嫌ってるの、ある意味健全だな」
せめてものフォローのつもりか、レオリオは絞り出すように言ったが、割と本音だった。
虐待経験のある者が、自分がされたことを虐待だと認めず、加害者である親を庇うというのはよく聞く話。
虐待されていた、愛されていなかったという現実を否定するという、自分の心を守る為に最悪の環境から逃げ出さず、留まり続けることと比べたら、親を嫌い抜いているソラは確かに健全だろう。
「うん。嫌い。大嫌い」
レオリオの考えを肯定するように、ソラは子供っぽい言い方でハッキリと両親への嫌悪をあらわにし、拒絶する。
「姉さんを殺した奴と、姉さんを罵倒して死んだ奴なんか絶対に許さない」
……それは両親が最期にしたことだから、特に印象強く残っているだけで、他にもっと嫌う理由も、許さない理由もあるのかもしれない。
それでも、ソラの答えにレオリオとゴンは黙り込む。
……姉にしたことを「許さない」と憤り、自分がされたことは何一つ言及しなかったソラに、かける言葉は何も思い浮かばなかった。
「……お前は本っっっ当に、自分のことに関してはバカだな」
二人には何も浮かばなかった。
クラピカには考えるまでもなかった。
「何でそこまで考える? お前に向けられた言葉なのだから、お前一人が受け取ればいい。親が好きなら、お裾分け感覚で渡せばいいだけのことだ。渡す意味も価値もないのなら、渡さなくていい」
クラピカは自分が落としたフォークを今更拾って、ついでにもう食べ終わっていたので、ケーキが乗っていた皿を一緒に洗い場へ持って行きながら、怒涛の勢いで伝える。
自分の言葉を、きっと大事に大事にしてくれるからこそ、受け取れないと拒絶された時、言えなかった言葉を。
両親に愛されて育ったからこそ理解しきれず、ほんのわずかに抱いていた期待が潰えたからこそ、遠慮なく彼は告げる。
「お前に何も与えなかった両親の存在に、私だって意味も価値もあるとは思わない。タイムパラドックスだろうが何だろうが、知ったことか。そんな奴ら、生まれてこなければ良かったのにとしか、私は思わない」
両親がいなければソラは存在しないのに、その矛盾を無視してクラピカは、ただ一人の存在のみを肯定する。
「絶対に渡すな。
私が伝える祝いと感謝の言葉は、他の誰かに一欠片たりとも向けられていない、お前だけに……ソラだけに渡したものだ」
たとえ直接の面識がなくても、育ててくれた、愛してくれた人にも深い感謝を抱いて、その感謝を渡すソラの思いは美徳だが、自分の言葉にそれはしなくていいと、クラピカは告げる。
それはソラだけが独り占めしていいものだと、伝える。
その発言にソラはポカンとしてから、笑った。
花が綻ぶように、嬉しげに笑って彼女は「そっかぁ……」と納得したような声を上げるので、今頃羞恥心が湧き上がり、クラピカは食器を洗うことに専念して自分の熱を誤魔化すことにした。
「クラピカ」
「……なんっむ?!」
しかしソラが後ろから肩を叩いて呼びかけるので、無視するわけにはいかず首だけ振り返ると、自分の唇に何かを押し当てられた。
それは、まだクラピカが口にしてなかった菓子。チョコレートのマカロンだった。
食べろと言うように押し付けられたので、クラピカは困惑と恥ずかしさによる怒りでソラを軽く睨みつけるが、ソラはニコニコ笑ってるだけで引く気はなく、手はまだ泡だらけなのもあって仕方ないので口を開けて、放り込んでもらった。
口の中ですぐに解けるようになくなるメレンゲの独特な口当たりに、初めて口にしたことで衝撃を受けつつも、何がしたかったんだこいつ? と思い、そのままその疑問を口にするつもりが、ソラは笑顔のままクラピカに一言言って、ゴン達が座る食卓に戻ってしまった。
「じゃあ、来年は期待してるよ。私のマカロン」
「はぁ?」
意味不明な呼称に困惑するクラピカ。
その疑問は、ゴンがやはりストレートに「どう言う意味?」と尋ねたことにより10秒足らずで判明し、今日も彼はソラの愛によって羞恥で撃沈する。
* * *
(ソラの好みと初恋の人)
「見て見て見てみんな見て!!
キキョウさんから貰っちゃった!!」
「満喫していたようで何よりだ! 私の心配を返せ!!」
「はいごめんね楽しんできました! 心配の返却はハグでいいかな!?」
やたらとハイテンションで山小屋に帰って来たソラに、クラピカは完全な八つ当たりで木刀を投げつける。
どこをどう取っても、ソラに非はない八つ当たりなのだが、気持ちは割とわかるので、ソラ本人が全く気にしていないのもあり、ゴンやレオリオどころかゼブロすらも苦笑で済ませた。
クラピカが「返せ」と言っている心配は、つい先日ソラがバレンタインのチョコケーキなどを、カルトやキルアに差し入れで本邸まで持って行ったところ、ゾルディック家当主の妻であり、キルアの母親であるキキョウと鉢合わせし、「せっかく滞在されているのなら、女同士でお茶会でもどうかしら?」と言われてしまったから。
ソラの話では、キキョウはイルミと並ぶキルアの過保護に囲い込むタイプ過激派かつ、行動力もガッツリある人なので、下手に断って彼女自身が山小屋まで来てしまったら、お気に入りのソラはともかく三人が本気で危ないとソラは思い、その「お茶会」の約束を受け入れ、本邸に出向いたのが本日。
ソラがキキョウをイルミとは別ベクトルで同じくらい、下手するとイルミ以上に苦手に思っているのは聞いていたのに、彼女を人身御供のように本邸に出向くのを見送るしかできなかった自分の無力さを、クラピカはソラが戻ってくるまでずっと呪い続けていた。
彼女の苦手意識だけではなく、イルミとも鉢合わせないかも心配だったし、何よりクラピカはキキョウがソラを気に入っている理由が、ソラ曰く「見た目」というのが、何よりも気に入らなかった。
まさにその「見た目」だけを求められ、一族の全てを蹂躙されて奪われたクラピカにとって、キキョウは彼の地雷ど真ん中を踏み抜いている。
そんな相手とお茶会など、人体蒐集家に自分の緋の眼を晒すようなものと認識していたクラピカは、ソラが本邸に出向いてから戻ってくる今の今まで、顔色はずっと悪いまま、筋トレなんて危なっかしくてゴン達全員が止めたが、何もしてないと本邸に直撃しそうだったので、ひたすら木刀で素振りをさせられていた所に、あのテンションで帰還するソラ。
木刀投擲の気持ちはよくわかるのだが、実はソラは事前にハッキリ、「心配ないよ。って言うか、普通に私も楽しみ」と言っていたので、本当にクラピカがしていることは八つ当たりでしかない。
ソラがキキョウの一番苦手な部分は、マイペースに自分の興味ある話のみをマシンガントークでぶつけて来て、会話は成立するのに意思疎通ができない所。
そして今まではキキョウがマシンガントークで語るのは、自分が愛してやまない我が子たちの話であり、それをソラはいつも死んだ目で「そーですかー、可愛いですねー」botとなって聞き流していた。
ソラにとって面識あるイルミとミルキは、歳やら性格やらその他もろもろの要素で、「可愛い」など思える輩ではなく、キルアはもちろんカルトでさえ前回の仕事で紹介されて外見だけ知ったという、完全に知らん子供の話でしかないのは、子供好きのソラでも流石に興味など湧かない話題だった。
だが、キルアとカルトの人となりを知った今では、話が別。
右から左だったキキョウの「うちの子可愛い」エピソードは、ソラからしたら前のめりで聞きたい話となった為、ソラは素直にキキョウのお誘いを喜んで受け、そのことをストレートにクラピカ達にも伝えた上での本日である。
だからこそゴンやレオリオは全く心配していなかったのだが、クラピカだけが一人勝手にネガティブに心配し続けていた。
クラピカ側の事情から、心配するなというのは無理だともゴンとレオリオはわかっているし、自分たち以上にソラが理解しているので、彼の理不尽はまるっと受け止めているのだが、流石にゼブロがオロオロとし出したので、ゴン達がクラピカを宥めようとする。
が、その前にソラは言った。
「うん、本当にごめんねクラピカ。でも大丈夫! 君はキルアと同率一位でいつでも私にとっては天使だから!!」
「何の話と謝罪をしてるんだお前は?!」
「キキョウさんから貰ったキルア3歳の写真の話!!」
わざとなのか本気なのか、クラピカが全く想像も求めもしてない方向での謝罪とフォローをぶちかまし、クラピカも怒りより困惑が勝った。
そしてそのまま、見て見てと叫んでいた写真を掲げ、力技にも程がある話題転換に持って行きやがったよ、この女。
「おや、これはこれは懐かしい……」と、ゼブロが目を細めて、微笑ましげにまずは言った。
それに続き、ゴンも嬉しげで楽しげな声を上げて、ソラの持つ写真に手を伸ばす。
「わぁっ! 子供の頃のキルアだ!! 本当だ! すっごい可愛い!!」
今もキルアは子供だし、お前も子供だし、そして今その反応が写真のキルアと同じぐらい可愛いと、周りの年上組は思いながら、ゴンの反応に和む。
クラピカも怒りやら不安やら、そういったものは完全に抜けてしまい、彼も笑ってソラがゴンに渡した写真を見てみる。
乳幼児独特の関節がちぎりパンのようになっている丸みこそは抜けているが、それでも今の彼と比べたら信じられないほど柔らかそうで丸っこい、ぷくぷくほっぺのキルアが振り向いている構図の写真だった。
なお、その手にはダーツの矢があり、彼が振り返るまで向いていた方向にはダーツの的があったが、普通にクラピカ達はもちろん、ソラも「大人がやってるのを真似したがったから、持たせてるだけ」と思っている。実際の所、既にルールを理解して嗜んでいたのが、末恐ろし過ぎる。
「これは……本人は嫌がりそうだが、確かに可愛らしいな」
「可愛げがあったんだな、この頃は」
「キルアは今でも可愛げの権化じゃん。この頃のクラピカと負けないくらいくらいの天使さだよ」
「知らんだろうが、私の幼い頃をお前は」
キルアの反応が想像ついて少し笑いながらクラピカが言うと、レオリオがキルアの今までの言動を思い出したのか、「どうしてこれがあれに……」と言いたげに軽く愚痴ると、ソラが速攻で異議を申し立てる。
しかしその意義に、何故かしれっと自分も混入されていたので、クラピカは突っ込んでおいた。
「そう! 知らないのが本当に悔しい!! 絶対にクラピカも天使なのに! めちゃくちゃ見たいのに!!
私は今、初めてジジイの魔法の時間旅行が羨ましい!!」
「もっと他にないのか魔法の使い道!?」
「ない!!!!」
しかしその突っ込みは、肯定された上で本気で悔しがられた。姉の死と永遠に晴れない疑問の答えすらいらないと否定した魔法を、本気で欲しがるくらいに。
「ははっ! でも俺も、クラピカの子供の頃は見てみたいかも。これぐらいの頃から、すっごく難しそうな本とか読んでそうだよね。
俺は3歳くらいの頃の写真って、なんか常に動いててブレまくってるのしかないんだよね」
「何つーか、親御さんお疲れ様がよく伝わるな。
俺の写真は確か……物食ってる時のばっかだったな。しかもどんな食い方したんだ? ってくらい、顔面全体が食べカスまみれの」
「えー、どっちもそれはそれで可愛いじゃん! 見たい見たい!!」
ソラの力強い断言にゴンは笑いながら同意して、想像の幼児クラピカを語ってついでに自分のことも語ると、レオリオはミトさんを労りながら、彼も思い出して人のことが言えない子供だったことを知る。
そしてソラは、ゴンだけではなくレオリオの子供時代にも食いついた。
正直レオリオとしては、「あ、レオリオのはいらない」とでも言われるネタ枠だと自覚しながら、そのボケ待ちで言った所があったので、本気で楽しそうに「どんな子だった?」と尋ねるソラに少々戸惑う。
そんなレオリオとソラにちょっとだけムッとしながらも、クラピカは二人と、キルアの幼少期をゼブロから聞いているゴンからも離れて、台所に向かう。
ソラが本邸に向かう前に作り置きをしてくれていた料理を、食卓に運んでおこうと思ったからだ。流石に頭が冷えたら、ソラが帰宅してすぐの投擲はやりすぎだし、ゴンやレオリオに散々心配と迷惑をかけたと思えたので、せめてもの詫びに一人で夕飯の支度をし始めた。
そのことに気づかず、レオリオはソラに言った。
「マジでお前は子供好きだな。って言うか、子供なら何でもいいのか?」
「全力で語弊を生む言い方だな。言っとくけど、子供は好きだけどそういう意味で好きな訳ないからな。私の好みは年上だし」
「「「あ」」」
レオリオのからかい混じりの言葉に、ソラもわかっていたが本当に真っ当な意味で子供好きだからこそ、冗談でも嫌だったからか全面的に否定し、特にその根拠となる情報を付け加えた瞬間。
会話を交わしていたレオリオだけではなく、キルアの話をしていたゴンとゼブロまで声を上げた。
そしてソラが彼らの反応に、「え? 何どうしたの?」と尋ねる前にドゴン! と重すぎて派手にならない鈍い音がした。
音の先を全員がそれぞれ顔を向けて見ると、そこには顔色を悪くしたクラピカが本日のおかずを皿ごと落として床にぶちまけ、呆然と立ち尽くしていた。
* * *
「?!!? クラピカ!! 大丈夫!? 足の上にお皿落としてない!?」
真っ先にクラピカの元に駆け寄って、心配するソラ。ここの山小屋の食器は、30キロやら50キロやらする為、足に落としたら本気で洒落にならないので、このソラの反応は過保護ではなく当然。
しかしクラピカは、本当に足に直撃していたとしても、おそらく気づけていないと確信できるほど茫然自失状態だった。
一応、ソラの問いに「あぁ」だの「大丈夫」だの「問題ない」だの答えているが、どう見てもその答え通りではない。完全にその三語のbot状態に、ソラはなおさら心配して泣き出しそうな顔になるので、慌ててクラピカのショック状態の理由を察している三人が乱入。
「く、クラピカ! おかず落としちゃったのがそんなにショックだった?!
大丈夫だよ! そんなことでソラも俺たちも怒らないよ!!」
「そ、そうですよ! それより怪我はないですか!? 掃除は任せて、怪我をしているのならそちらをまず先に治療しましょう!」
「そうそう! ほら! オメーのことが365日大好きなこいつに! お前のことで魔法を欲しがるくらいクラピカ命のこいつに治してもらえ!!」
とりあえずクラピカが呆然としているのは、彼が自分でやらかしたドジのせいだということにして、ついでにクラピカにソラはお前のことが大好きだと、分かりきっていることを強調しておいた。
ソラは思いっきり三人の反応を不審がるが、それでもクラピカには少しは効果があったのか、彼はようやくbotから抜け出してソラに語りかけた。
「…………ソラ」
「! クラピカ! ねぇ、本当に大丈夫?」
「…………年上が……好みなのは……本当か?」
しかしまだショックが強すぎたのか、彼はいつもの意地を取り繕う余裕もなく、直球で尋ねた。
その問いに、泣き出しそうなクラピカの何かを懇願するような問いに、ソラは戸惑いながら答えた。
「え? ……本当というか、初恋の人がそうだったからそうなんじゃない?」
「「「何でここでトドメを刺す?!」」」
ソラの答え、「初恋の人」にクラピカはビシリと石化し、ハラハラと見守っていた三人から同時にソラは怒られた。
「何で私は怒られてるの!? って言うか、クラピカは本当に一体何がそんなにショックなの!?」
そしてびっくりするほど何もわかってないソラは、完全にテンパってクラピカをガクガク揺さぶり、「ねぇクラピカ! 本当にしっかりして! 再起動して!!」と頼み込む。
その願いが通じたのか、石化したクラピカが何とかまだ希望を見出そうと、再び尋ねる。
「……どんな……人……だった?」
「え? えーと、私の初恋の人のこと?」
ソラが確認すると、先ほど以上に泣きそうな顔で、それでもクラピカは小さく頷いた。
少しでもその人物と、何が共通する部分があることを、年齢という努力しようがないものではなく、自分の力で手に入れることができる物であることを期待したクラピカの問いに、ソラはやはり戸惑いながら即答した。
「地味な黒髪メガネのお人好し」
「本当に初恋の相手の評価かそれは?!」
「あ、戻った。おかえりクラピカ」
まさかの照れたり、大切そうに語ることもなく、端的に特徴だけ、それもなんか悪口に思える言い草で言い放ち、思わずクラピカのショックは別の意味の衝撃で上書きされ、再起動を果たす。
再び見守っていた三人も脱力して、クラピカと同じことを思った。
そんな全員にソラは相も変わらず困惑しながら、やはり即座に答えた。
「だって私の初恋、親友のお父さんだよ?
これぐらい未練ゼロじゃないとむしろヤバいでしょ」
「…………親友の……父……親?」
ソラの答えに、クラピカが目を丸くして情報を復唱すると、ソラは怪訝そうにしながらも「そうだよ」と肯定。
ソラの闇深エピソードばかり飛び出る過去から、信じられないくらいにごく普通の微笑ましくて、確かに未練などないと確信出来る相手であることを知り、ようやくクラピカの強張っていた全身から力が抜ける。
「……マジで何なの? まさかクラピカ、年上が好みってだけでイルミとのフラグでも想像して、不安になった?」
ようやく安堵したクラピカの様子に、ソラは安堵よりまだ困惑が勝りながら、かなり斜め上に解釈しだしたが、クラピカは気まずげに目を逸らして、「悪かったな」と肯定するような返答をする。
全く何も察していないのは腹立つが、気づかれたら羞恥で死ぬのは自分なので、ソラの勘違いに便乗しておいた。
そしてソラと違って完全に気づいている三人の内、困ったように気まずそうに苦笑しているゴンとゼブロには申し訳なさでいっぱいだったが、ニヤニヤしているレオリオにはふくらはぎに思いっきりローキックを入れてから、自分がぶちまけた料理の掃除に加わる。
「すまない、ソラ。せっかく準備してくれていたものを、台無しにして」
「いいよ、君に怪我がないのならそれで。
それよりも変な誤解と不安だけはやめて。イルミなんて幹也さんと共通点、年上なのと黒髪っていう、割とどうでも良いところしかないから。……あれ? ふーん……なるほど」
改めて、ソラの手料理を台無しにしてしまったことを詫びると、ソラはそのことは初めから何も気にしてないが、クラピカが何一つしてない勘違いの方を本気で嫌がって、イルミとのフラグはないと強調しておいた。何気に、「年上」もソラにとっては「割とどうでも良い」つまりは「強いてあげるなら」レベルでの好みだったらしく、クラピカの機嫌は向上した。
が、ソラは自分で言って何かに気づいたようだが、それは一人で納得して終わらせて、誰にも話してはくれなかった。
* * *
メインのおかずがなくなったので、急遽ソラはおかずを作り直すことにする。
冷蔵庫を開けて中の食材から、サッと作れる士郎直伝時短レシピを脳内検索し、取り出したピーマンを手早く刻み、豚コマ肉や調味料と一緒に炒め始める。
「ソラ。洗い物はあるか? 洗っておく」
「あ、それじゃあ流しにあるやつお願い」
フライパンに具材を投入したタイミングで、片付けを終わらせたクラピカがまだぶちまけの責任を感じているのか、ソラを手伝いに来た。
遠慮すると余計に気にすることをソラはよく知っているので、気軽に指示を出す。
具材を炒める音と洗い物の音の合間、クラピカはソラに訊いた。
「先ほどは、何に気づいたんだ?」
「ん? あー、さっきの独り言?」
「何の話?」と聞き返されたら素直に答えられる自信はなかったので、ソラがすんなり理解してくれたことにホッとする。
まだソラの好みのタイプや初恋の人かどんな人物なのかを気にしていることを、素直に伝えるにはクラピカに理性が戻りすぎていた。
「いや、さっきふと気づいたんだけど、私の初恋の人とここの世界での兄弟子が、ほぼ特徴一緒なんだよ。
でもさっき気づいたぐらい、私にとってその兄弟子は、『優しいおにーさん』でしかなかったから、別に幹也さんの特徴が私の好みってわけではないのかもなーって思っただけ」
その答えは、クラピカにとって朗報なのか悲報なのか、自分でもわからなかった。
初恋の人と兄弟子の特徴が一致していると聞いた時は、また皿を危うく落としそうになったし、全然恋心を抱いていないという言葉にはホッとしたが、その後に続いた言葉に、自分のどちらの感情も浅ましく思え、軽い自己嫌悪に陥った。
「そもそも、私は幹也さんが本当に好きだったのかな。すぐに末那に遠慮して諦めたような感情、恋なんかじゃなかったのかもね。初めから」
彼女が焦がれるものが何であるかを、あの夜の飛行船で知ったから。
彼女の魔術師という生き物につけられた傷と歪みの中で守る、ただ一つの夢が幻想だったのかもと笑うソラが、クラピカにはひどく痛ましげに見えた。
なお、ソラが
ソラは知らない。
ソラだけが知らない。わかっていない。
末那はソラが自分の父に抱く思いが、ただの憧れや父性を求めていたのならば、胸を張って「私のパパ素敵でしょう!」とドヤる程度で終わっていた。
末那がガチ目の殺気を放つくらい、それは本物であったことを。
とても美しい一つの夢であったことを、本人だけが知らないまま笑う。
「っていうか、流石に恥ずかしいな!
私のことより、クラピカは? 初恋の人、どんな人だった?」
少しだけ頬を赤くさせ、誤魔化すようにソラはクラピカの方に話を振る。
そしてクラピカは、答える。
「悪いがまだだ。そんな人はいない」と、答える……つもりだった。その答えが、真実のはずだった。
恋なんて知らない。
恋の定義なんてわからない。
だけど、ソラに問われて、自分が真実だと思っていた答えより先に脳裏に浮かび上がったのは、記憶の宝箱の鍵が開いたのは––––
『ぴゃっ………………』
小鳥のような声を上げた、少女らしくて可愛いソラだった。
初めて会った時から、世界一綺麗だとは思っていた。
それもクラピカの贔屓目による過言ではなく、客観的事実として今もそう思ってるし、何なら本日の心配の要因にもなっているので、自分の贔屓目であってほしいぐらいだ。
そしてこの評価は、見た目だけの話ではない。
ソラは聖人君子ではないが、それでもクラピカにとっては見た目と内面は一致している。
内面含めて、ソラは綺麗で、美しくて、カッコいい。
ずっとそう思っていた。
あの、夜の飛行船まで。
彼女の傷と、尊い一つの夢を知るまで。
まるで同い年くらいの、未熟で、幼く、恩義や正義感ではなく、庇護欲ですらない、ただのクラピカ自身の意思で、願望で、どうしようもなく守りたくなった少女のようなソラが、可愛かった。
あの時のソラだって、客観的事実として世界一可愛いと思ってる。
それでも、世界の誰よりも彼女を可愛く見えていたのは自分だ。
誰よりも、何よりも、可愛いと思っているのは自分だと、クラピカは確信している。
この愛に名前なんてなくていい。
恋の定義なんて知らない。
それでも、夢は始まってしまった。
あの瞬間、確かにそれは芽吹いた。
「? クラピカ?」
黙り込んだ自分の顔を伺うソラの顔が至近距離にあることにようやく気づき、クラピカはやっと顔を赤くさせ、後ずさって距離を取る。
「え? その反応は、ちゃんといるんだね初恋の人! 良かった! まだとか言われたら遅ぇよ! クルタ族の女の子ちゃんと見ろ! って怒るところだった!」
クラピカの反応に、半端な勘の良さを発揮して喜び、そして答えを期待するソラにクラピカは答えを窮する。
散々、挙動不審でソラの好みのタイプと初恋の人に関して聞いておきながら、自分は何も答えないのは生真面目なクラピカにはできなかった。
「……し、シータだ! ハンターに憧れるきっかけとなった本をくれた!」
「えーと……あぁ、
しかしとっさに、ソラと自分の母親以外でパッと浮かぶ、印象深かった女性を上げて誤魔化した。
自分に嘘はつかないと約束してくれているソラに、不誠実な対応だと自己嫌悪するが、それでもクラピカは答えられなかった。
シータと答えても、自分のように動揺もせず、ショックも受けず、納得して笑う彼女を見て、クラピカは芽吹いたものから目を逸らす。
名前は結局つけないまま、蓋をして閉じ込める。
これからも、彼女の隣にいる為に。
「へー、そっかー。クラピカ、年上が好みなんだー」
クラピカの気も知らないで、炒めた肉とピーマンを大皿に盛りながらソラは言う。
やはりソラは何も悪くないのだが、それでも今、蓋をしたものをこじ開けようとする発言にイラッとして、「歳などどうでもいい」と答えるつもりだったが、その前にソラが少し悪戯を企むような笑顔で言った。
「あ、だから私が年上が好みって言って、拗ねてたんだ」
「…………そうだ」
「へ?」
ソラとしては、ちょっとしたからかいのつもりだった。
いつものように「関係あるか!」と軽く怒らせて、自分がノンデリで悪いと言うことにして、クラピカの羞恥やら自己嫌悪を少しでも解消するつもりでしかなかったのだが、まさかの肯定が返って来て、思わず固まる。
予想外の返答に硬直するソラヘ、クラピカは真っ赤な顔で俯きながら蛇口を止めて、それでも言った。
「…………年下というだけで論外扱いは、業腹だ」
今のクラピカが言える、精一杯の本音を口にする。
その本音に、ソラは……
「ぴゃっ……」
小鳥のような、ささやかすぎる悲鳴なのか何なのかもよくわからない声音に、思わずクラピカの俯いていた顔が跳ね上がる。
そこには、自分以上に真っ赤になったソラがいた。
とてつもなく恥ずかしそうで、どうしたらいいかわからなくなって困り果てている、あの日のような
同い年どころか、自分より幼いくらいに見える
目を逸らすことなどできない、世界一可愛いソラがいた。
「えっと……それは……何と言うか……の、ノンデリで……誠に申し訳ございませんでした……」
クラピカの言葉に、何故か妙に畏まった敬語でソラは謝り、逃げるように作ったおかずを食卓の方に運んで行った。
その背を見送り、クラピカはその場にしゃがみ込む。
しばし後、ソラが赤い顔で「……食欲ないから、私は良いから先に食べてて」と言って寝室に引っ込み、いつまで経ってもクラピカが台所から出てこないことを流石に心配した三人が覗き見て、様子を伺った。
「……なんであいつはいきなりああなんだ? 普段は私のことなど弟どころか妹だと思ってる節すらあるのに、なのにどうしていきなり意識しだす? どうせ明日になればいつも通りの人の気も知らないで、好きだの愛してるだの言ってくる癖に、何でよりにもよってこのタイミングで……」
台所の流し場前でしゃがみ込んで、真っ赤な顔を両手で覆いながらひたすらブツブツ呟き続けるクラピカがそこにいた。
側から見たらだいぶヤバそうな光景だが、三人は「あぁ、ソラからクリティカルヒットもらったのか」で終わらせて、彼らは二人をほっといて少し遅れた夕食を勝手に始めた。
なおソラはクラピカの予想通り、翌日にはいつも通りクラピカ好き好き大好きでもどー見ても男だと思ってねーだろな距離感空気感だったので、しばしクラピカの機嫌はすこぶる悪かった。
裏タイトルは、クラピカ連敗記録。