ソラが天空闘技場に来て二日目の昼過ぎ。
筋トレや組み手、そして“纏”の維持という日課の鍛錬を終え、休憩を告げると同時にウイングは思い出す。
「あ、そうだズシ。ソラさんから貰ったプリンが冷蔵庫に入ってるよ」
「本当っすか! じゃあ早速、おやつにしましょう! 自分、お茶を淹れるっす!!」
午前中に、一応程度だがソラが見つけた死者の念に関しての報告をし合った後、本日のおやつに作ったらしいプリンのお裾分けを思い出し、ウイングが弟子にその存在を教えると、ズシは年相応の子供らしく喜んで、ウイングの分までお茶を淹れる。
ちなみにこのお茶淹れ、師匠に対しての敬意による厚意という部分は否定しないが、それよりも単純にウイングに任せると、ひどく渋いか薄いかの両極端になるという、負の信頼の割合が強い。
そのことを自覚しているので、ウイングは少しきまり悪げではあるが、素直に「ありがとう」と告げて、彼は冷蔵庫から貰い物のプリンをテーブルに並べる。
ズシもティーバッグでだが適切な濃さでお茶を淹れて、そのまま師弟で微笑ましいおやつタイム。
「ソラさんって、お菓子も作れるんっすねー。
昨日のカレーも、自分がよく使うルーと同じだったのに、すごくコクがあってめちゃくちゃ美味かったっす!」
美味しそうにズシはプリンを食べながら、その作り手を話題に上げたので、ウイングも和かにあまり付き合いはないが、それでも可愛いと思っている妹弟子について語る。
「そうだね。師範代もよく、ソラさんの料理を褒めてたよ。
師範代の誕生日に好物やケーキ全て手作りして、サプライズでお祝いした時は、意地を張りきれずに泣いてましたし」
「それはソラさんの優しさに泣いてたんじゃないっすか?
けど本当、あんなに美人で料理も上手で強くて優しいなんて、完璧な人っすね! キルアさんがそりゃ憧れるのも当然っす!!」
ズシは無邪気に、自身も憧れを強く抱く瞳でソラを語ると、ウイングの笑みが若干強張る。
別にズシによるソラの評価に、間違いはほぼない。
あるとしたら「完璧」くらいだが、それもウイングから見たソラは、魔術回路の弊害による念能力の偏りといった例外を除けば、わりと何事も卒なく優秀にこなすタイプなので、やはり否定するほどではない。
……ないのだが、間違いなくズシが抱いているソラの「美人で優しいおねーさん」像は、実際のソラとは違う。
ここ天空闘技場の闘士だった事は知っており、二日前に夕食を共にしているので、別にズシもお淑やかだとかそういうイメージは抱いてない。
だがおそらく、ズシにとってのソラの人物像は、ウイングのような穏やかな人格イメージだろう。
まだ付き合いがそれこそ一昨日の夕飯時と、ゴンやウイングの話くらいで、しかも夕飯時は拗ねるキルアに、ニコニコ余裕を持って付き合う完全におねーさんモードのソラだったので、その想像は無理もなく、しかもこれも間違いではないことが更にややこしい。
何故、「優しい」も「穏やか」も嘘ではないのに、実際の人物像と大きく乖離しているのだろうと、ウイングは改めて妹弟子の何とも言えない人柄に、遠い目で思いを馳せる。
「師範代? どうしたんっすか?」
「え? いや、何でもないよ!」
笑みが強張った事には気づかなかったが、流石に遠い目には気付いたズシが少し困惑しながら尋ね、ウイングは意識をこちらに戻す。
そしてズシの、些細なような大きすぎるような勘違いを正すべきか、このまま夢を見させておくべきか、正すのならどうすれば可愛い自分の弟子が傷付かずに済むのか考え、ウイングは困り果てるが、良くも悪くもその悩みは本日解決が決定。
まだ何かに悩む師を見て、ズシは首を傾げるが、宿泊している部屋の扉がノックされたので、ひとまず彼はそちらの対応を優先した。
「はいはーい、どちら様っすかー? あれ?」
「よう」
「ズシ、ウイングさん、ちょっといい?」
ドアの向こうには、友人と言える間柄の二人が立っており、ズシは予想外の来訪に驚きつつも喜んで迎え入れる。
「え、どうしたんっすか二人とも?」
「いやちょっとこれ見てーから、ビデオデッキ貸してくんね?」
ズシが来訪理由を尋ねると、キルアは持っていた大きめの紙袋から、中身を一つ取り出して言った。
それは、ビデオテープ。
「? それはいいっすけど、何のテープっすか?」
答えてもらっても余計に謎が増したので、ズシだけではなく遅れてやってきたウイングも首を傾げ、今度はゴンが答えた。
「ソラが闘士だった頃のビデオなんだ! 闘技場の過去試合は、人気選手のものなら記録が残ってるし、貸し出しもしてるって聞いて、片っ端から借りてきた!
ねぇ、ウイングさん! 見てもいいでしょ? 200階未満の試合なら、“念”は無関係だし!!」
答えと一緒にねだられ、ウイングは少しだけ悩んだ。
確かに200階未満なら、念能力による戦闘ではないので、彼に科した“念”の修行禁止には当たらない。
だが、そもそもウイングがゴンに「“念”の修行禁止」を科したのは、彼の危なっかしい闘争本能を抑える為である。なのでウイングの本音としては、快癒するまで試合や戦闘関連全てに距離を置いて欲しい所。
しかし自分の慕っている相手が、過去にどんな闘いをしたか、気になって見たがる気持ちもよくわかった。
何よりゴンに駄目だと反対すれば、おそらくはゴンと付き合って修行を中断しているキルアもまた、同じように見るのを諦めるかもしれないし、そしてズシは、ゴンの返答でその試合記録に興味を持ってしまい、目をキラキラ期待で輝かせている。
ズシもまた、ゴンが見れないのなら気を遣って諦めるだろう。
それは流石に全員が可哀想すぎたので、ウイングは少し苦笑をして「いいでしょう」と許可を出した。
少し不安げだった子供たちが、その一言で喜色満面となり、ドタバタと騒がしくテレビデオがある部屋まで向かってゆく。
そんな彼らの背中に、ふと気付いた疑問をウイングは投げかけた。
「ところでソラさんは?」
「あー、あいつはその……武器の補充中だから、集中させようと思って」
ウイングがどこまでソラの何を知ってるかを、キルアは把握し切れてなかったので、曖昧な言い方で答える。
幸いウイングは、本人と師であるビスケからソラのことは異世界出身であることまで教えられていたので、「あぁ、宝石に魔力充填とは、確かに訳がわからなくて言えませんよね」と、全てを理解して納得した。
しかしズシの方が、「武器? 補充中?」と疑問に持ってしまい、これもどう説明しようかとまたウイングが少し悩み出す。
「そっかー。だからソラさんはいないんすね」
疑問には思ったが、積極的に知りたいと思うほどではなかったのか、ズシはそれよりもソラがいなかった事に納得の声を上げる。
そこに混じる、わずかな「残念」という感情を、キルアは見逃さなかった。
ガシッと、急にキルアはズシの肩を組むように掴んで、妙に大袈裟な笑顔で言う。
「ソラに会いたかったのか? お前はまだ、ソラのこと何も知らねーもんな。ま、本人の代わりにこれ見て、どういう奴か知ればいいじゃん」
「え? えぇ?」
キルアの友好的なその笑顔と言葉、そして「逃がさん」と言わんばかりの力で自分の肩を掴む手に、ズシは盛大に戸惑う。
何なら昨日の、素直ではないが全力で表していたソラヘの独占欲を考えたら、この対応は不穏すぎて恐怖すら覚えた。
そんなズシが助けを求めるようにゴンやウイングに視線を向けるが、二人は「あちゃー」と言いたげな苦笑を浮かべている。
「……まぁ、たぶん遅かれ早かれ知ることだから」
「キルア君、お手柔らかにお願いしますね」
「待って! 今から何が始まるんっすか!?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。お前が知りたいソラの事が、よく知れるだけだっつーの」
ズシの不安を解消どころか、不穏さを煽るような事を言う二人に、ズシは泣きそうな顔で助けを求めて手を伸ばすが、キルアが棒読みでそれを無視して、テレビデオの前まで引きずって行った。
* * *
ソラが天空闘技場の闘士から引退したのが2年前と、比較的最近に加えて、ほぼ皆無の女性闘士だったのもあって、初期から注目の人気闘士であった彼女の試合記録はかなり多かった。
その中でもあまり下の階では面白くないだろうと判断して、100階ぐらいからの試合を片っ端から借りてきたので、ビデオはそれなりの数となった。
しかしビデオのケースに書かれているタイトルは、選手名と日付と何階での試合かだけで、どのような内容かはサッパリわからなかった為、ゴンたちは完全テキトーに選んだものをビデオデッキに入れて、試聴を始めた。
《はい! 本日も観客席はソールドアウトの満席! 立ち見客も溢れかえっています!
信じられますか! 200階の化け物頂上決戦のような試合ではなく、120階の試合でこの人気ぶり!!
しかあぁぁし! ここにいる皆様ならご存知の通り、この人気は当然のもの!!
本日は! あの! 人気闘士! ソラ=シキオリの試合だあああぁぁぁぁっっ!!》
やけにテンション高い司会の実況から、映像は始まった。
闘士が現れる前から、司会はやたらと「豪放磊落かと思いきや、気韻を感じさせる繊細な技を駆使して舞うその姿を目に焼き付けろー!!」など、無駄に豊富な語彙力でマシンガントークな為、もしかしたらこの司会はソラのガチファンなのかも知れない。公私混同が過ぎる。
いきなりソラとはほぼ無関係な部分で、子供三人どころかウイングも辟易していたところで、映像内に、闘技場にソラが現れ、2年前のソラを知らない子供たちは息を飲む。
たったの2年前で、ソラは当時19歳。成長は打ち止めされてるはずなので、容姿に変化など誤差の範疇だと思っていた。
実際はそうなのだが、それでも彼らは息を飲み、そして納得してしまう。
ソラの服装は、現在と変わらない体のラインを隠すツナギで、両手をポケットに突っ込んだまま彼女は現れた。
彼女が自分で説明していたように、緋の眼以上に唯一無二な存在である両目を隠す、バイクの運転時にでも着用するであろう、大型のゴーグルをつけて。
目を隠す為なので、レンズは鏡面加工でもされているのか、完全に顔の上半分をゴーグルが隠して仮面じみている。
なので顔なんてほとんどわからないはずなのに、それでもソラの容姿は優れている事がわかった。
ウイングも久しぶりに改めて見て、ビスケが語っていた雑学をふと思い出す。
人間が顔を見て、「美」を判断するのは顔の上半分、つまりは目元であり、「醜」を判断するのは鼻や口元といった下半分という話だ。
ビスケは続けて、「だからマスクつけた女は気をつけなさい! マスクイケメンと同じくマスク詐欺の可能性大だわさ!!」と、ウイングからしたら非常にどうでもいい忠告していたのだが、困ったことにこの忠告、このソラを見ていると逆の意味で納得してしまう。
目元は完全に隠れて何も情報がなく、「醜」の判断材料となる鼻と口元を晒しているのに、それでも「美しい」という結論が出せるほど、彼女の顔の造形は非の打ち所がないのだと、ウイングは感嘆しつつ納得する。
顔だけではなく表情も大部分が隠れてしまう為、非常にミステリアスな印象を与える闘士としてのソラ。
それは確かに、それなりに高い階層とはいえど、念能力バトルの200階でもないのに、観客席が立ち見客も溢れるほどの人気選手になるのは、このビジュアルだけで説得力の塊であり、ズシだけではなくゴンとキルアですら、言葉をなくして彼女に魅入っていた。
「……あいつ、髪は黒かったんだ」
ポツリと、キルアは呟く。
ハンター試験最終試験後の、イルミとソラとのやりとりを知らない彼は、毛先は黒いが耳の辺りから白い、モノクロのツートンカラーな髪を言及する。
何も知らないズシに、彼女のことを見せつけてやろうと思ったのに、自分こそ何も知らなかったことを突きつけられた気がして、胸の中にモヤっとしたものが生まれたタイミングで、司会が会場入りしたソラへの、私情に塗れまくった実況を入れた。
《先に入場したのは、私の最推し!! 今日も麗しくて空気が美味しい生きてて良かった!! 『雪髪戦姫』!! ソラ選手のご降臨だあぁーーっっ!!》
『何その恥ずかしい二つ名! 誰の事!?』
《私の心の中の中学二年生が真夜中に大暴走してつけましたー! これでも同僚達からの審査を突破した一番大人しい奴でーす!! そして
『そんな特級呪物、同僚に見せたの!? メンタル何製!? とりあえず私と同僚に謝っとけ!!』
キャラが濃すぎる実況につけられた自分の二つ名に驚き、ミステリアスな雰囲気は吹っ飛び全力でツッコミを入れるソラに、魅入っていた三人は一気に脱力した。
そして映像内の観客からはドッと笑いが起こり、「もう化けの皮が剥がれたぞ外見詐欺ーっ!」だの、「見た目だけは似合ってんぞー! 雪髪戦姫ー!」だの、盛大に弄られていた。
「……なんか、ソラさんって思ったよりだいぶその……面白い人っすね」
「この面白さは俺も予想外だよ」
ズシがやや困惑しつつも、とりあえずキルアの思惑通りソラのイメージが修正された感想を口にするが、キルアは呆れ切った口調で自分も正直すぎる感想を漏らす。
「けど本当、凄い人気だね。多分観客、ほぼ全員ソラ目当てだよ」
ゴンの方も司会と観客に弄られている、通常運転なのかそうじゃないのか微妙な所のソラに苦笑しつつ、司会が私情しかない実況でほぼ対戦相手のことを語らなくても非難されないわ、観客もソラのアンチっぽい罵倒こそはあっても、やはり対戦相手の応援らしきものはほぼ聞き取れない。
完全にこの試合、良くも悪くもソラに関心を持つ者しか集まっていないのは、確かにソラの人気の高さの証明であり、ストーカーが現れるのも納得である。
そのことがまたなんとなく気に入らず、キルアは「……試合じゃなくてコント観に来てんのか、コイツら」と憎まれ口を叩くと同時に、映像内で対戦相手があまりにも自分を蔑ろにされている事に、ついにキレた。
『どいつもコイツも俺を舐めてんじゃねぇーーっ!!
俺はどんな手段使っても、フロアマスターになるんだよ! てめぇはその前座だクソ女!
お前! 足を痛めてるんだろ! 左足!! バカみたいに派手な大技で誤魔化してたが、昨日の試合でやたらと庇ってたのを俺は知ってるんだよ!! 昨日、動けはしても庇うような怪我、今日には治ってる訳ねぇよな!!
見逃してもらえると思うなよ! 散々俺を虚仮にした代償は、テメェ自身に払ってもらうからな雪髪戦っ『だからその二つ名で呼ぶなって言ってんだろうが!!』
「「「……………………」」」
筋骨隆々な対戦相手が、入場しても「あ、対戦相手のえーと……××選手の入場でーす」とおざなりに実況は済まされ、観客からの声援もほぼゼロである事にキレるのは仕方ない。
しかしソラもソラである意味、観客と司会に虚仮にされており、そいつらの対応に忙しく相手のことをよく見てなかったとはいえ、バカにもしてないはずのソラに自分の不平不満を全て被せた挙句、堂々と「怪我している箇所を狙う」発言に、ゴン達は不快そうに険しい顔となる。
が、相手も何故かソラの二つ名を採用して叫ぶとソラが思いっきり被せて、相手を蹴り飛ばしていきなり場外まで転がり落とす。
ポケットに両手を突っ込んだままの、前蹴りで。
所謂ヤクザキックという、柄も行儀も悪すぎる攻撃に、三人は固まってしまった。
《あ、今日のソラ選手はチンピラ戦法っぽいですねー。
この柄の悪さ全開なのに、時々出る女言葉とか、素の人の良さとかのギャップがたまらないんですー! あー! ソラ選手のゴーグルになりたい!!》
歪みなくキャラの濃い司会は、欲望全開ラブコールの合間に、やけに冷静なソラのやらかし実況を挟むが、子供ら三人の衝撃、特にズシは抜けきれておらず、ゴンとキルアと映像をそれぞれ交互に見て、「え? え?」と戸惑い続ける。
そんなズシをなんとかゴンはフォローしようとするが、何も浮かばずオロオロし、ソラヘの幻想をぶち壊す気だったキルアでさえ、「違っ、俺は……こんなつもりは……」と言いたげな悲痛すぎる表情を浮かべていたので、慌ててウイングがフォローする。
「……多分この試合、師範代から両手を使うなってハンデを課せられているんだと思いますよ。
あと、対戦相手が言っていた足を痛めているも、実際は痛めているのではなく、同じような課題だったのでしょう。左足を軸足にして、蹴っていましたし」
流石にあそこまで柄も行儀も悪いのが通常運転ではない、そう見えてしまったのには理由があるとフォローし、ゴンとキルアは「あぁ、なるほど」と納得。
ソラは魔術師という前提があるとはいえ、実は「資産家の生粋お嬢様」と言える生まれ育ちだからか、基本的に自然体の動作というか所作は行儀が良くて綺麗であり、1月2月という普通に寒い時期のハンター試験中やククルーマウンテン滞在時でも、ポケットに手を突っ込んで歩いている所などゴン達は一度も見たことがない。
よくよく考えれば、初めから「ポケットに手を突っ込んで登場」自体がおかしな事だと気づけば、ソラが闘士をやってた理由も思い出して納得したが、ズシは逆に余計に戸惑った。
「え? なんでそんなハンデつけられて、ソラさんは試合に出てるんっすか?」
その問いに、キルアは一旦ビデオを一時停止にしてウイングの答えを待つ。彼がどこまでソラのことを知っており、それをどう説明するかが気になったようだ。
ゴンも同じく気になったのか、振り返ってウイングに注目するが、この辺りの説明は前々から決めていたのか、ウイングはすんなりと語り出す。
「師範代からの又聞きなので、詳しいことは私もわかってないけど、ソラさんは生き残ったのが奇跡というより異常と言えるほどに死にかけたことで、生存本能が暴走している人なんだよ。だから、彼女は相当な実力があるけど、少しでも相手を『脅威』だと感じたら、過剰防衛と言えるほど全力で叩き潰してしまう危険性が当時はあった。
例えるなら、ギドとゴン君の試合でソラさんがギドだったとする。
当時の彼女だと、ゴン君が“絶”でコマを避けるという真似をした時点で、まだ圧倒的な実力差があるとわかっていても、それを『脅威』と認識し、全力でゴン君を潰す。
もちろんソラさんは、そんな過剰防衛で相手に取り返しのつかない怪我を負わせて、『仕方ない、私は悪くない』と思える人じゃない。……むしろ正当防衛でも、自分の罪だと認識して手離さないような人だよ。
だからこそ師範代は、ギドとゴン君以上の実力差がある200階未満の闘士達、彼女が絶対に『脅威』を抱かない相手にハンデをつけて戦わせることで、ソラさんに手加減の仕方やその調整を学ばせ、脅威に対しての過剰反応を矯正していたのが、ソラさんが闘士をしていた事情だよ」
異世界関連の事情は語らず、ソラの「死にたくない」理由と、それ故の危険性をある程度オブラートに包んでウイングは説明し、ズシもようやく納得した。
「ソラさん……、そんな事情があったんっすね……」
そしてズシのソラヘの認識が、「だいぶ面白い人」から痛々しい方向にまた変化する。
実際、彼女の過去や境遇はあらゆる意味で痛々しさに満ち溢れているのだが……
「気にする必要はねーぞ、ズシ。というか、気にした方が損だ」
「え?」
ズシの悲しげで痛々しげな呟きを、キルアは一蹴してビデオを再び再生する。
そして戸惑うズシを尻目に、当たり前だが映像のソラは空気を読んでいなかった。
『玻璃の
腹を押さえながらもリングに上がった対戦相手に走って接近し、宙返りで蹴り付けて着地したと思ったら、そのままバク転の要領で物理法則を無視しているとしか思えない蹴りを放ち、更に連続ローリングソバットをガンガン決める。ちなみにもちろん、ソラはずっとポケットに手を突っ込んでいる。
どう見てもソラは余裕すぎて遊んでいるレベルだが、流石に両手使用禁止のハンデは大きいのか、コンボが途切れた隙に相手はだいぶふらつきながらも殴りかかってきたので、ソラはカウンター技でも出そうと、咄嗟に手を使いかけたが直前で思い出し、もう一度柄悪く前蹴りで相手を再び場外へ。
ちなみに最初の技は、本来蹴り技ではなく切りつける剣技である。
「何故、こんなアクロバティックに殺意高い技を教えられてて、普通の剣道だと思っていた」が、母と親友のアンジャッシュに気づいていながら、それを指摘しなかったソラの親友の言い分である。
「……えーと、ソラさんっていつもこんな感じっすか?」
「「うん」」
「……もしかして自分は、ソラさんに凄く気を使われてました?」
ソラの元気いっぱいな無双ぶりを見て、ズシはゴンとキルアに尋ねる。
無事、ソラへの間違ってはいないのに間違っていた人物像が修正されたようで、二人は真顔で肯定し、ズシは若干遠い目になって呟いた。
「いや別に、気を遣ってたとかそういうのじゃないと思う。ズシの知ってる一昨日のソラも、この試合のソラも、俺からしたらいつもの……」
『っざけてんじゃねぇぞ!! クソ肉便器がっ!!』
ズシから見たソラが穏やかだったのは、猫被りとまではいかないが、完全外行きの態度だったと解釈したような発言に、ゴンがそれは違うと否定するが、彼が言い切る前にあまりにも酷い罵倒がゴンの言葉をかき消した。
あと1ポイントで敗北が決定した対戦相手が、鼻血をボダボダ垂れ流しながら、完全に悔し紛れの捨て台詞を喚き散らしているのだが、その捨て台詞は相手をとにかく不快にさせたい、傷つけたいとしか思ってないからか、脈絡がゼロに加えて相手が女だからか、淫猥な言葉の羅列だった。
ゴン達のような子供が見ることなど前提としてない為、貸し出し用のビデオでもピー音などで処理はされておらず、幼稚でありながらひたすらに女性を貶め、蔑み、それでいながら欲望の対象として舌なめずりしているのがわかる、穢らわしい言葉がそのまま、テレビデオから垂れ流される。
ソラに熱烈ラブコールをし続けていた司会も、弄り倒しながらもソラを応援していたファンも、罵倒していたアンチさえも、脈絡がなさすぎる卑猥な言葉にドン引きしていた。
ゴン達どころかウイングさえも、同じくそれを言葉ではなく音としか認識できず、ポカンと画面をしばし見つめることしかできなかった。
画面のソラは、ゴーグルのせいで表情がわからない。
隠れていない美しい唇は、真一文字のまま。何の感情も、そこから読み取ることはできなかった。
数秒ほど画面の観客達と同じく、訳がわからないし理解もしたくないからこそ、唖然としていたウイングが我に返り、リモコンに手を伸ばす。
ただでさえ子供に聞かせるべきではない発言のオンパレードに、それをぶつけられているのが彼らにとって、そして自分にとっても大事な人。
自分の行動が遅すぎたと後悔しながらも、ウイングはリモコンで電源自体を落とそうとしたが、それより先にリモコンを最初から握っていたキルアが、そのリモコンを振りかぶった。
ウイング以上に今更だが、それでも許せなかったから、画面の男に叩きつけて粉々に壊してしまいたかった。
しかし幸いながら、ウイングとズシの部屋のテレビデオは、理不尽なのに責められない理由で粉砕される前に、映像内で空気を読んだ人物に救われる。
『ん? あ、師匠ー! ハンデ解禁していいのー? やったー!
じゃあ、最後はド派手にいっきまーす!!』
画面のソラが何かに気づいたように、顔の角度が対戦相手から観客席の方を向いてから言った。
どうやら彼女の師も観戦していたらしく、ウイングやキルアと同じような感情を抱いたのだろう。
ソラが脅威を抱く可能性はゼロで、手加減を間違える心配もないと判断もされ、観客席からソラに「ハンデ解禁」の指示を出したらしく、ソラはポケットに突っ込んでいた両手を出し、そのままバックステップでまずは距離を取る。
逃げるためではなく、必要な助走距離を取り、そして駆ける。
《!? ハンデ解禁!? 両手をポケットから出しました! これは来るか来るか来るかーっ!! お師匠さん、ありがとうございますー!!》
ソラの発言と行動に、キャラの濃い司会も調子を取り戻して実況を再開。
対戦相手は「クソビッチがあぁぁっっ!!」とやはり脈絡などない罵倒を吐きながらも、立ち上がってがむしゃらに腕を振り回す。
ほぼ駄々をこねる子供とやってる事は同じだが、筋骨隆々の格闘経験がある男がやれば、ソラのような細身の女性など掠っただけでも吹っ飛ばされて、骨もいくつか折れる凶悪な暴力だ。
しかしソラからしたら、それはまさしく子供の駄々。
素人から見たら破茶滅茶で規則性などがない動きだろうが、ゴンやキルア、ズシの動体視力なら動きを見極め、ごく単調な動きしかしていないことがすぐわかる。そしてそれは当然、ソラも同じ。
両手のハンデが解禁されたソラは、軽々そのぶん回している腕をいなして懐に入り込み、決める。
『おらっ!!』
《決まりましたー! まずは! 最初に! ローリングソバット!!》
「「「最初?」」」
ソラが決めた、飛び上がって横回転しながら決める回し蹴りであるローリングソバットを「最初」と言ったことに、リモコンを振り上げたままのキルア含めて、またしても唖然としていた三人がハモる。
ウイングの方は、何かを諦めたように片手で頭を抱えていた。
ソラから頭にモロのソバットを喰らって男は倒れかけ、審判もダウン宣言をしようとするが、それよりも先にソラが男の足を掴む。
そして…………
『あははははははははっ!!』
《ジャイアントスイング入りましたー!! ソラ選手が楽しそうで何よりです!! このまま天高くぶん投げてぇーっ!!》
変なスイッチでも入ってテンションおかしいソラが、爆笑しながら自分より20cmは背が高いマッチョの両足を持って、ブンブン回転。
そして司会の要望通り、遠心力の勢いのまま男を高くぶん投げる。
しかしそれでもまだソラは終わらない。
ぶん投げた男を追うようにソラは駆け出し、そして男の背後に回る位置まで辿り着いて跳び上がり、男を後ろからキャッチ。
さらにそのまま、ソラは空中で男を掴んだまま背をのけぞらせてブリッジに近い体勢、重量のままに地面へ男の頭を叩きつける。
怒涛の勢いコンボに、一拍の間を置いて観客から割れんばかりの拍手と爆笑と「めちゃくちゃだー!!」という、罵倒なのか賞賛なのか不明な言葉が飛び交った。
《バックドロップ! 決まりましたー!!
これぞ私たちの心を鷲掴んでやまない、我らのソラ選手の必殺技!! 淑女のぉぉ! フォォークっ! リフトぉぉっ!!
どのあたりが淑女なんでしょーかぁぁっ!!》
『ルヴィアさん、ありがとー!!』
《誰だぁぁーーっっ!!》
司会はマイクの音割れがしそうなほど叫び、歓声を上げつつ何故か急に正気を取り戻してツッコミを入れた。
そしてソラはもう司会を無視して、自分にこの技を教えてくれた姉弟子に礼を伝え、更に突っ込まれた。
「……あれ、こういう技なんだ」
「……あれをヒソカに決めたがってんのかよ、あいつ」
ソラが時々、ヒソカなどに決めたがっていた謎すぎる技名の全容を知り、ゴンとキルアはひたすら遠い目になる。
「…………ソラさんって、めちゃくちゃ面白い人なんすね」
そして無事にと言うべきか、悲しいことにと言うべきか、ズシのソラへの認識は「おもしれー女(文字通り)」となった。
* * *
その後しばらく、ソラの試合を4人でいくつか鑑賞し、最初に見たものと同じような「こいつ、エンターテイナーとして優秀だな。コメディ方面だけど」という感想を抱いて、ソラの試合動画鑑賞は終了。
ゴンとキルアはビデオを返却しにゆき、ズシとウイングは夕飯の支度のためにスーパーに向かう。
「あ、ウイングさーん! ズシー!」
そのスーパーで、おそらく同じように夕飯の買い物に来ていたソラと鉢合わせて、何故かズシは気まずくなった。
ソラの人物像が「めちゃくちゃ面白い人」に修正されたが、本人を前にするとその評価を申し訳なく思い、何故か罪悪感が湧き上がる。
おそらく映像のソラは、髪色がツートンカラーのショートカットで、ゴーグルをかけていたのもあって、ズシの中では今現在のソラと過去のソラが繋がっていないからこそ、まだ「優しくて綺麗なおねーさん」のイメージが抜けきってないソラを前にすると、「面白い人」という評価が申し訳なくなるのだろう。
なのでズシはソラから目を逸らし、ややぎこちなく「こ、こんばんわっす」と挨拶する。
その初対面時の緊張によるぎこちなさとは違うものに、ソラは無駄に気がついた。
「? どうしたの、ズシ? 私がどうかした?」
「えっ!? い、いや、何もないっすよ!」
「……もしかしてキルアあたりから私の話聞いた? ハンター試験の時とか。それで私の残念さに気づいちゃった?」
どうもソラ自身、自分が外見詐欺で中身が残念である自覚があるからこそ、ズシにはまだそこらへんを見せてないこと、そしてどうもキルアはソラがズシを気にかけることが気に入らず、拗ねていたことを思い出し、そこからズシのぎこちなさを理由を察していた。
「そ、そんなことないっす! めちゃくちゃ面白かったっす!!」
「ズシ……。それはフォローになってないよ」
「あはは、そりゃ良かった」
試合動画を見たことは流石に気づけてなかったが、それ以外はほぼ図星だったので、ズシは慌てて「残念だとは思ってない」と伝えるつもりで、結果としてはほぼ「残念だ」と断言しているような発言となる。
そのことにウイングが困ったようにツッコミを入れたが、言われた当の本人はあっけらかんと笑っていた。
失礼な態度だったし、失礼なことを言ったのに、全く気にせず笑うソラに、ズシはどうしても繋がらなかったビデオのソラとの繋がりを見つける。
だが、まだ完全には繋がらない。
だからズシは思わず、思考をそのまま声にしてしまう。
「……ソラさんは、何で戦うんっすか?」
「「え?」」
ソラだけではなく、自分の発言などを謝ってくれていたウイングもキョトンとした顔となり、ズシを見る。
その視線で、自分が疑問をそのまま口に出していたことに気づき、羞恥で赤くなってズシは「変なこと言ってすみません!!」と頭を深く下げた。
「いや、別に変なことじゃないよ。んーけど、戦う理由かー。
ズシは、私がここの闘士だったって話は聞いてるんだっけ? 闘士やってた理由は知ってる?」
ソラはやはり先ほどのズシの面白発言と同じく、気にせずに頭を上げるように言いながら尋ね返す。
「えっと……はい。さっき、師範代から聞いて……」
「あー、だから気になったんだね。
『死にたくない』癖に、手加減を学んで戦おうとするから」
ズシ自身、なんでそのことを疑問に思っているのか言語化出来ていなかった部分を、ソラはあっさり見抜いて納得する。
そして彼女は、やはり笑って答えた。
最初から、初めて会った時から変わらない、穏やかで、晴々とした、とても綺麗な笑顔で。
「理由はまぁ、色々とあるよ。私の大好きな子を守る為とか、私のトラウマが根深すぎて、平和な方がそのトラウマを思い出しちゃうとか。
でも、そうだね……あえて言うなら、『持って生まれた』から、かな?」
「……持って?」
生き残るのが奇跡ではなく、生き残ったのは異常と言われるような、死んで当たり前だったはずの目に遭ったなど思えないほど。
「才能だとか体質だとか立場とか、平和に何も知らないで守ってもらうより、守る立場に向いてるいろんなものを持って生まれたから。
だから、戦うんだ」
少しでも「脅威」と感じれば、それが年下の子供でも、実力差は十分にあるとわかっていても、潰さずにはいられないほどの傷を抱えているなんて、想像できぬほど。
「
私がどう生きたら、幸せに生きて行けるかっていう勝負のね」
けれど、間違いなくこの人は幸せなのだろうと確信できるほど、綺麗な笑顔でソラは答えた。
その笑顔と答えが、ズシの中で二人の人物像を繋げる。
「そう……なんっすね……」
穏やかで優しいソラと、過去の映像のめちゃくちゃで、騒がしくて、元気いっぱいで、面白くて……そして強くてカッコ良いソラが、確かに繋がった。
「…………キルア君。ソラさんが年下に強すぎて、思惑が外れてるねこれは」
ズシが正しいソラの人物像で、最初よりキラキラとした目でソラを見るようになったことに気づき、ウイングは思わずキルアに同情した。