イズナビを書いてみたかったから書いただけの話。
「イズナビ、相談がある」
もはや敬称つけろだの敬語を使えだの叱るのもバカらしくなる物言いに、イズナビは慣れた様子で「何だ、珍しい」と応える。
今期のハンター試験に
クルタ族の最後の生き残り、クラピカという少年はイズナビが指導したハンターの中で最も優秀だが、同時に最も面倒くさくて手が焼かされた問題児でもあった。
指導そのものは、楽な部類だった。
一を聞いて十を知る頭の出来に、どんなに地味な修行もストイックにこなす真面目さは、素直に素晴らしいと評価している。
だが、彼はあまりにも性急に成果を求めていた。
しかしそれも、彼の境遇と目的を知れば責められない。むしろ、何としても力になってやりたいと思ったからこそ、イズナビはこの面倒くさい弟子の面倒を見てきた。
「亡くなった者たちは復讐なんか望んでいない」など、こちらの自己満足でしかない綺麗事を言うつもりはない。
例え本当にそうだとしても、それでも憎悪を押し殺して生きて、本当に幸せになれるのかは疑問だから。
本心の憎悪に無理やり蓋をするくらいならば、相手は生死問わずの賞金首なのだから、殺して復讐を果たして、そこからまた何もかもを始める方が良いとイズナビは思っている。
だと言うのに、おそらく張本人の弟子がその割り切りをできない、善良そのものだ。
だからこそイズナビは根気強く、何度も何度もクラピカに尋ね、伝える。
本当にそれで良いのか、本当にそれは命をかけるほどのことなのか、お前はそれで後悔をしないのかと、何度も何度も尋ね、そして今なら引き返すことは出来る、他の方法を探すことも、誰かに手伝ってもらうことも可能だと、クラピカの選択肢を増やす努力をし続けたが、この弟子は真面目でストイックで、それ以上に意固地だった。
イズナビが言葉を尽くせば尽くすほど、頑なとなり聞く耳を持たなくなる。
その頑なさが、「自分が正しい」という自信を例え間違であっても持っているからこそならば、まだマシだ。
おそらくこの弟子は弟子なりに、自分に感謝をして慕っている。自らの出自、クルタ族であることを明かしている時点で、信頼はそれなりに得ているだろう。
だからこそ、クラピカはイズナビから距離を置く。慕っているようには見えない態度をとり、嫌われて当然の言動を取る。
それは間違いなく、大切なものを同じような理不尽で奪われ、壊され、なくしたくないからこそ、初めから持っておかないようにする、あまりに悲しい予防線。
同時にこの弟子は、自分から嫌われようとしているくせに、暴言を吐いたらまるで彼の方が言われた側のように、傷つき、恐れる顔をする。
嫌わないでほしい、捨てないでほしい、もう自分を独りにしないでほしいという願いが、全く隠しきれていない。
だからイズナビは、最終的にクラピカの要望を全部飲む形で、“念”に関しての修行カリキュラムを組んだし、能力の助言もし、忠告は最低限にした。
そうしないと、独りに耐えられないくせに勝手に離れていって、独学で無茶をして能力を完成させ、復讐に赴いてしまう。
守らなくて良い、守る立場であるイズナビすらも、守るために。
出来が素晴らしく優秀だからこそ、基礎さえ学べば独学で十分出来てしまうのが、また厄介だった。
そんな優秀な所がむしろ欠点を加速させているバカ弟子が、もう教えることも能力の調節もほぼ終わり、ただ単に斡旋所から受けた仕事の面接までの都合で、まだクラピカが山小屋に滞在しているという状況で、タイミング的に師弟として最後の相談を持ち込んでくれたことは、正直言って嬉しかった。
「正直言って、お前が建設的な答えが出せるとはまっっっったく期待してないが、藁にもすがる思いで聞きたい」
「……お前さぁ、何でわざわざそれを言う?」
流石に無駄な正直さを発揮されて、師として頼られる喜びはかなり減ったが、まぁそれでも一応まだ嬉しかった。
「期待していないから、本当は言いたくない。
ただお前に相談する前に、自力で思い付かないかという時間稼ぎだ」
「無茶苦茶な悪あがきするなお前!?」
面倒くさいツンデレではなく、おそらく本音と思われる本気で嫌そうな顔で言い放たれ、イズナビは怒りより困惑で突っ込む。
本気で一体何を言うつもりなのかが不安になるが、同時に好奇心が疼いた。あまりにも素の真顔だったので、旅団関連ではないと察したからこそ、不安ではあるがイズナビに余裕も生まれ、「大人をあんまり舐めんな。さっさと言え。俺がズバッと解決してやるよ」と軽口混じりに先を促す。
イズナビの軽口にクラピカは、一瞬不快そうな顔をしてから俯いた。
そしてしばらく俯いたまま黙り込むので、イズナビが「おーい、どうしたー?」と呼びかけようかと思ったタイミングで、クラピカは口にする。
「……は、……を……たら……だろうか?」
「はぁ?」
しかし俯くクラピカの声量は、蚊が鳴くよりもはるかにか細くて、ろくに聞こえやしない。
それを伝えると、クラピカは遠慮なく舌打ちをしてもう一度言うが、声量は変わっておらず、イズナビが耳に“凝”をして、その言葉を拾い上げた。
「…………女性は、何をプレゼントしたら喜ぶだろうか?」
言われたことを理解して、イズナビが弟子をよく見ると、俯いて顔を隠しているが首まで真っ赤になっており、羞恥のせいかプルプル全身が震えている。
そんな弟子に、イズナビが向けた言葉はこちら。
「爆発しろ!!」
「だから言いたくなかったんだ!!」
* * *
思ったよりもはるかに私情の相談だったことにちょっとホッとしたが、それ以上にイズナビはキレた。
「知るか! そして悪かったな! 全く期待できなくて!!
っていうか、その女性って『ソラ』だろ!! そいつ相手なら、出会い頭に抱きついて大好きだの愛してるだの本音をぶちまけとけ!」
「それが出来たら相談なんかするか!!」
「期待してない」が思った以上に失礼すぎたことに、イズナビは大人の余裕を投げ捨ててキレつつ、指摘ついでに割と本心からのアドバイスを送る。
クラピカがなんだかんだで慕うだけあって、この男は本当に面倒見がいい。
しかし当然、その案はクラピカの羞恥心が耐えられないので却下される。自分が出来る出来ないの問題であり、イズナビの案で喜ぶことを疑ってないあたり、「何でそこは自信あるんだ……?」とイズナビは若干引いた。
だが引いたのは一瞬。すぐに彼は、「いや、これは自信を持つな」と思い出して思い直す。
思い出したのは、この弟子の誕生日に贈られたメールと写真。
弟子を見事に轟沈させたのは、あまりに美しくて幸せそうな笑顔の写真と、添えられた一言。
「大好きだよ、クラピカ」という言葉。
イズナビは、クラピカへの説得はやめた。
やめたが、諦めた訳ではない。
自分はあくまで“念”の師匠であり、彼の人生そのものを導く者ではない。自分の役割ではないと気付いたからやめた。
彼が心を少しは開いた時から、わかっていた。
彼の出自とハンターになった理由を、力を求める理由を問われた時に答えでもう既にわかっていたこと。
『クルタ族を虐殺した幻影旅団を捕える為。同胞の眼を全て取り戻す為』
彼の悲願と言える、彼を縛る過去と一緒に、クラピカは真っ直ぐ自分を見据えて答えた。
『大切な人を守る為、だ』
罪悪感と憎悪で自縄自縛の少年が、ただ一つ望んだ未来の象徴に託したことを思い出す。
しかし思い出すと尚更に、自分との扱いの落差に気づいてやはりムカついた。
なのでイズナビはからかい混じりに言う。
「しっかし、お前は本当にその『ソラ』とやらが大好きだな。意外と面食いなのか」
「はぁ?」
「やはり時間の無駄だった」と言わんばかりの顔で部屋から出て行こうとしたクラピカに、ほぼ捨て台詞で言ってみたら、彼は足を止めて振り返る。
だがそこにあった感情は、面食い扱いされたことに対する心外などといった不快さではなく、「何の話だ?」と言いたげな困惑だった。
「……おい。俺がどんな奴だよって聞いた時、『世界一美人だ』って言い切ったのは、どこのどいつだ?」
誕生日の件の前から、クラピカにとって最も大切な人、「ソラ」に関しては知っていた。
というのも、この「ソラ」がかなり特殊な念能力者なせいで、クラピカは時々“念”に関して変な質問をしてきたからだ。
「『魔術』や『魔法』と呼ばれる技術は、念能力の言い換え、もしくは亜種という考えで良いのか?」は、まだいい。
「オーラを生み出す炉心を、擬似神経として作り出すことは可能か?」と問われた時は、どんな発想? と思ったし、極め付けが「いわゆる幽霊が死者の念ならば、念能力者なら蹴り飛ばして対処は可能か?」と訊かれた時は思わず、「出来るか!? というかするな!!」と怒鳴ったし、訊いた本人が頭痛に堪えるような顔をして、「……その通りだな」と言っていた。
前者の変な発想はまだ良いが、後者は死者の念に対して危機感を薄れさせ、危険を冒しかねないので、イズナビは割と本気でクラピカにそのようなデタラメを吹き込んだ相手が許せず怒っていたが、クラピカにとってはそれはデタラメではなく自分の目で見た事実であり、更に言えば自分を助けてくれた思い出なので、イズナビの怒りの方が不快で、この時も少々ケンカが勃発し、最終的にクラピカが渋々「ソラ」という、変な質問や発想の元凶にして実例を語ったのが、イズナビが彼女の存在を認知したきっかけだ。
その際に、彼女が自分を救ってくれた恩人であること、「魔術」という念能力と似て非なる技術の使い手であること、そして死者の念すら「殺す」という異端の除念師であることをクラピカは語ったが、同時に彼は真顔で言い切った。
「世界で一番、美人だ」と、照れもせず淡々と言い切られたので、茶化すこともできずイズナビは「……お、おう。そうか……」としか言えなかったのをよく覚えている。ついでに誕生日に写真を見て、「……惚れた欲目じゃねーのかよ」とも思った。
しかし言った当の本人は、しばし考えてから「……そういえば言っていたな」と言い出す。
本気で彼にとってその情報は、「林檎は赤い」レベルの情報だったのだろう。
「美人であることが無駄すぎて忘れていた」
「そんなんあるか!?」
更にクラピカは、真顔続行で訳のわからないことを言い出した。
「ある。彼女は世界一の美人だと言っても過言ではないが、その容姿を上回って性格やら能力やらの何もかもがめちゃくちゃな、奇跡のバカだ。
だから結果として容姿の良さなど、肌が白い黒い、髪は何色かというのと同レベルの身体的特徴でしかなくなる。
世界一美人であるとは思っているし、そのこと自体は忘れないが、彼女の内面を見ずにそこだけに惹かれる発想は私にはないから、本気で先ほどの発言は意味がわからなかった」
イズナビ大困惑なツッコミに、クラピカは淡々と答える。
そしてその答えに、クラピカから聞いた死者の念騒動の話やら、クラピカから聞いて少し調べて知った、今年のハンター試験での彼女のやらかし……、特に最終試験での念能力者同士の死闘を思い返すと、納得の説得力だった。
確かにあの女は、容姿以上にそれ以外が規格外すぎて、親しい関係であればあるほど「面食い」と言われても心外ではなく、訳がわからなくなるだろう。
容姿だけで惹かれてついていける女ではないし、何より容姿よりも素晴らしいものがあるからこそ、どうしようもなく惹かれている。
素直ではない弟子の言動に慣れきったイズナビは、そこまでクラピカの言いたいことを読み取って理解していた。
だから、もう呆れきって言うことは決まっていた。
「お前さぁ、本当にそいつが大好きだよな」
イズナビのわかりきっていたことに、それこそクラピカにとってソラが「世界一の美人」であることと同じぐらい、もはやイズナビにとっては当然の情報なのに、クラピカの頬に赤みが差す。
怒ったような拗ねたような眼で一度睨みつけ、クラピカは背を向けて部屋から出ようとしたのをイズナビは見送らず、疲労のため息をついた。
「イズナビ」
だがクラピカは、扉の前でイズナビに背を向けたまま、彼を呼んだ。
不思議そうにイズナビが顔を上げ、「まだなんかあるのかよ?」と問えば、弟子は背を向けたまま尋ねる。
「私の緋の眼と、ソラの容姿。どちらの方が美しくて希少性が高い?」
* * *
イズナビは、答えない。
答えられない。
イズナビに人体収集の趣味などない。そんな趣味嗜好、理解できない。
理解できない。けれど、思ってしまった。
クラピカの誕生日に贈られた写真はもちろん、ハンター試験時の時の写真や映像も、彼女のことを軽く調べた際に見ている。
髪の長い、絶世の美女としての彼女でも、人体蒐集家たちは目の色を変えて欲するのが想像ついたのに。
髪の短い、両性にして無性の美人を見て、思ってしまった。
ここまで奇跡的なバランスを保った「美」は、このまま後世に遺すべきではないか? と思ってしまうほど、それは奇跡の逸品。
クラピカから話を聞き、そしてハンター試験を調べたことで、彼女も眼の色が変わることを知っているが、それを抜いても彼女は、ソラ=シキオリは、類い稀なき美しい容姿という一点で、「最後のクルタ族」であるクラピカのレアリティを上回りかねない。
「…………無駄なのだよ。あんな容姿。
彼女が望む、ありきたりでありふれた、『普通』の幸せを掴むのに、世界一美人であることなど、邪魔で無駄でしかない。
……この世で一番、可愛いだけで十分なんだ」
イズナビの答えなど、最初から期待していなかったのだろう。
クラピカはただそれだけを言って、ドアノブを回して扉を開け、今度こそ出て行こうとするが……
「……花、はどうだ?」
クラピカの問いの答えではない言葉が返ってきて、思わず振り返った。
いや、これもクラピカの問いの答えだ。
緋の眼とソラ、どちらがより
「サクラを見に行こうって約束を言い出したのも、ソメイヨシノって花のことをお前に教えたのも、その『ソラ』なんだろ?
なら、花が好きなんだろうよ、きっと。だから、花でも贈っとけ」
あまりに今更すぎる答えにクラピカはポカンと呆気に取られたが、すぐに体の向きを直して背を向け、言い捨てるように端的に反論した。
「すぐに枯れるだろう」
「じゃあ枯れる前に、新しい花を贈ってやれ」
しかし即答で、その反論は叩き落とされた。
クラピカはそれ以上、何も言わなかった。
何も言わずに部屋から出てゆき、イズナビも「ったく、世話が焼ける」と愚痴るだけで弟子に何も言わなかった。
* * *
結局、ソラへの誕生日プレゼントは髪飾りにしようと自分で決めた。
けれど、その日からクラピカに奇妙な癖が出来た。
花屋を見つけたら、その前で一度立ち止まって花を見るという癖が出来た。