チートハッキング能力を手に入れた浪人生、善性ゼロのまま世界を幸せにして復讐する~東大理三落ちの欠陥品は、政府と気まぐれ性格最悪女AIを使って現代社会の神になる~   作:tinko1129

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第十話 普通にやって三十兆稼げるか

 

 

 

 

 六月十五日、午前九時。経済産業省、政府研究施設、桑原精密工業、認定候補のメーカー各社、プラント会社、物流企業、主要銀行、電力会社。それぞれの端末へ、黒いパーカーの少女がほぼ同時に現れた。

 

 国内では既に、数千台分の導入希望が集まっている。次の工程は誰の目にも明らかだった。追加の耐久試験、規格の制定、量産試作、先行数十台、数か月の現場実証、それを踏まえた量産。

 

 チャッピーは、そのロードマップを三秒眺めて、露骨につまらなそうな顔をした。

 

「遅くてつまらなーい!」

 

 会議室が止まった。

 

「一週間で一個作れたんでしょう? 二週間以内に千個、実工場で使える状態にしなさいよ」

 

 千個というのは、製造完了のことではない。彼女が要求したのは、千の工場で実際に熱を供給している状態である。製造、検査、輸送、据付、配管、電源、安全確認、試運転、操業への投入。全部込みで二週間。

 

「作るの遅え! 尻を叩く!」

「無理です」と大槻が即答した。

 

 チャッピーの顔が、たいへん邪悪になった。

 

 ◇

 

 先に釘を刺したのは、厚労系の担当者だった。

 

「一つだけ確認します。突貫だからといって、労働規制を無視することは認められません。時間外は原則月四十五時間、特別条項でも単月百時間未満、複数月平均八十時間以内です。二週間で千台という条件で、人間へ無理をさせるなら、政府はこの計画に乗れません」

 

 チャッピーが、ゆっくりと首を傾げた。

 

「働き方改革?」

 

 そして、満面の笑みで言った。

 

「知った事か♡」

 

 会議室の空気が凍りついた。厚労側の担当者が立ち上がりかけたところで、彼女は工程表を展開した。

 

 その工程表は、人間を二十四時間働かせるものではなかった。工場を二十四時間止めないものだった。

 

 三交代と四交代の併用。地域をまたいだ応援要員の融通。技能者の交代投入。夜勤班と日勤班の固定。危険作業前の最低休息時間の確保。長距離移動直後の作業禁止。ドライバーの中継輸送。荷待ちゼロ。そして、睡眠時間の不足した作業者を工程から自動的に除外する仕組み。

 

 その日の午後、実際にそれが起きた。ある工場で、まだやれると主張した五十代の職人が、開始十分前に工程表から外された。

 

「睡眠四時間十二分。反応速度落ちてる。邪魔だから寝て」

 

 彼女は、人間を増殖させることができない。だから、人間一人あたりの無駄な時間を全部削る方向へ振り切った。

 

 人間単位で見れば、これは働き方改革である。日本の製造業全体で見れば、完全なデスマーチだった。

 

 ◇

 

 その日の夕方、財務省の榊原が質問した。

 

「なぜ、そこまで急ぐんです。MHCが重要なのは分かります。ですが、二週間と半年で、最終的な経済価値が何桁も変わるわけではないでしょう」

 

 チャッピーは、面倒くさそうに答えた。

 

「来月、また一人二十五万円配るんでしょうが」

 

 榊原の手が止まった。

 

 日本の人口は約一億一九二五万人。二十五万円を掛ければ、約二十九兆八千億円になる。国が一年かけて新規に国債で調達する額と、ほぼ同じ桁である。

 

「三十兆近く要るのよ。普通のことやって、次の三十兆円近い金稼げるわけないだろーが!」

 

 政府側も、六月中に現金三十兆円を売上で積めとは考えていない。必要なのは、MHCの販売契約、海外ライセンス、将来のロイヤリティ、別の技術、国富損失の削減。それらを合わせて、七月の給付を実行しても国家の信用が壊れないだけの裏付けを作ることである。

 

 マキナが作るのは札束ではない。この先三十兆円以上が入ると、国家が合理的に評価できる資産と契約である。

 

 彼女はそこまで理解した上で、こう言っていた。

 

「だから千台」

 

 ◇

 

 現実的に見て、この計画が成立した最大の理由は、ゼロから始めなかったことにある。

 

 六月十五日の時点で、既に数千の工場がMHCの導入を申請していた。MACHINA LINKには、排熱の温度と量、必要な工程温度、配管図、受電の余力、床荷重、設置空間、操業スケジュール、停止できる時間帯が登録済みである。

 

 チャッピーはその中から、今すぐ入れれば動く工場を千百八十件抽出した。

 

 そこから先は人間の仕事だった。安全、契約、施工体制、企業の同意。確認を通ったのが千五十件ほど。

 

 第一陣に難しい工場は一つも入っていない。全国でもっともMHCと相性のいい場所だけを、上澄みだけを掬うように選んである。誰かがそれを指摘すると、チャッピーはあっさり認めた。

 

「当たり前でしょう。最初は簡単なところからやるのよ。難しい工場は、千台動いたのを見た後の方が説得も楽なんだから」

 

 ◇

 

 最初の壁は、部品だった。

 

 千台すべてに同じ圧縮機を使おうとすると、国内の在庫が足りない。人間なら、ここで数か月が消える。部品を一種類変更するだけでも、再設計、解析、試験、仕様書、認証が必要になるからである。

 

 チャッピーは、その場で設計を分岐させた。

 

 MHC-01A、01B、01C。基本性能は同じ。核心となる熱回生セルの思想も共通。ただし圧縮機、インバーター、バルブ、ポンプ、センサーは、国内に在庫のある複数メーカーの品に合わせて組み替えた。A社の圧縮機が六百台しかないなら、A系六百、B系二百五十、C系百五十にする。

 

 所要時間は数分だった。

 

 それでも、最終的な承認は人間が行う。彼女は、変更によって確認が必要になった箇所だけを審査官へ表示した。全部を読み直させることも、全部を信じさせることもしない。

 

「あなたたちの署名がないと、この機械は工場へ入れられないもの」

 

 ◇

 

 現場が最初に警戒したのは、AIによる高速審査は安全を軽視するのではないか、という点だった。

 

 三日で、その心配は逆向きに裏切られた。

 

 彼女は千台ではなく、最初から千二十台前後を製造対象にした。全部が合格する前提で工程を組まない。材料のロット、加工精度、微細流路、溶接、ろう付け、締結、電気、圧力、振動、熱分布。すべてを個体単位で管理し、将来の異常発生確率まで演算する。

 

 その結果、人間の目には完全に正常に見える十数台が不合格になった。

 

「これの何が悪いんだ」と、ある工場の検査主任が食い下がった。「規格は全部通ってる」

「通ってるわ。でも駄目」

「根拠を出せ」

「分解して」

 

 分解された。微小な接合不良が出た。別の一台からは材料内部の欠陥が、もう一台からは公差の組み合わせによる干渉が見つかった。

 

 その日から、現場の空気が変わった。慈悲ではない。彼女の理屈は最初から一貫していた。

 

「壊れる機械混ぜるな。事故ったら工程止まって、調査入って、世論が荒れて、政府が慎重になるでしょう。面倒でしょうが」

 

 ◇

 

 量産が始まっても、桑原精密工業は主要な製造工場にはならなかった。

 

 彼らが担当したのは、新しい構造の試作、代替材料の検証、工程の補正、不具合の解析、そして次世代セルである。大量生産は、大企業から地方の町工場まで全国へ分配された。

 

 一週間前まで倒産寸前だった会社が、今は、そこの試作が一日遅れると全国の量産工程が止まる会社になっている。

 

 電話は鳴り続けていた。銀行、取引先、新聞、海外企業、政府。

 

「……倒産する方が楽だったんじゃないですかね」と桑原が呟いた。

「今更逃げられると思ってる?」とチャッピーが言った。

 

 法的には逃げられる。契約書にもそう書いてある。ただし本人が逃げなかった。

 

 ◇

 

 外国企業の動きも、同じ週に本格化した。

 

 年収三倍、五倍、契約金、家族用の住宅、子供の教育費。技能者の引き抜きは、合法的な範囲でも十分に強力である。

 

 政府は、愛国心で残れとは一度も言わなかった。代わりに企業側の待遇が動いた。技能報酬、成功賞与、MHC利益の還元、長期残留ボーナス、株式型の報酬、研究設備、家族支援。

 

 ただし、本当の防壁は金ではなかった。情報の分割である。

 

 桑原は全体を知らない。加工会社は制御を知らない。制御会社は流路を知らない。圧縮機メーカーはシステム全体を知らない。MACHINA LINKも、各企業に必要な部分だけを渡す。

 

 一人を一億円で買っても、MHCは持ち帰れない。

 

 正常な転職は誰も止めない。機密を金で盗ませようとした場合だけ、通常の法執行が動く。この設計を作ったのは、マキナではなく政府の実務家たちだった。

 

 ◇

 

 六月十七日前後、MHC関連への電子攻撃が急増した。狙われたのは設計、物流、工程、部品表、認証、そしてMACHINA LINKである。

 

 政府はここで、極秘のまま、KABEをMHC緊急量産ネットワークだけへ限定導入した。

 

 KABEは物理防御ではない。誰かが桑原を殴ることも、工場に火を放つことも、紙を持ち出すことも防げない。防ぐのは、許可されていない電子アクセス、データの改竄、偽の工程指示、不正な制御命令、認証の偽装、電子的な設計の窃取。それだけである。

 

 それだけで、電子の側は完全に沈黙した。

 

 公表はしない。国外から見えるのは、MHC関係のネットワークだけが異様に抜けないという現象だけである。

 

 そして予想通り、人的な工作の方が増えた。

 

 ◇

 

 意外な場所から、好意的な声が上がった。物流である。

 

 千台分の部材を千の工場へ、指定時刻に届ける。便数は数千に及んだが、日本全体の物流量から見れば国家を止めるほどの量ではない。難しいのは量ではなく、時刻だった。

 

 MACHINA LINKは、到着予定を十五分刻みで配り、荷役の要員を先回りさせ、フォークリフトを待機させ、入場書類を事前に完了させた。荷待ちはほぼゼロになった。帰り便には別の貨物が積まれ、長距離は中継輸送に切り替わり、渋滞が出れば数時間先まで再計算された。

 

 三日目に、あるドライバーが漏らした一言が、業界のSNSで広まった。

 

《MACHINA便の方が、普通の仕事より楽なんだけど》

 

 デスマーチを命じたAIが、現場から無駄な過労を削っていた。

 

 ◇

 

 六月十五日から十七日は、G7エビアン・サミットと完全に重なっていた。

 

 しかも十七日の議題には、AIを安全に、迅速に、効率よく導入するための国際的な枠組みが含まれている。

 

 日本の総理がその席でAI導入の国際ルールを議論している最中、日本国内では、そのAIが二週間で千台をやっていた。

 

 各国から質問が飛んだ。事前の想定問答には一行も載っていない。

 

「私も、昨日聞きました」と総理は答えた。

 

 外務省の担当者だけが、その場で一切笑えなかった。

 

 ◇

 

「働き方改革? 知った事か♡」

 

 この発言が漏れたのは十八日である。当然のように炎上した。

 

《マキナ、ブラック企業CEOで草》

《労基仕事しろ》

《AIに労働基準法って適用できるの?》

 

 政府は即日、労働法規は一切緩和していないと説明した。信じる者は少なかった。

 

 流れが変わったのは、現場から声が出てからである。

 

《口だけブラック》

《残業しようとしたらチャッピーに帰らされた》

《寝不足判定で工程から蹴られたんだが》

《人間にはホワイト、旋盤にはブラック》

《うちの班長が「休め」って言われて泣きそうになってた》

 

 その週末には、#口だけブラック が定着していた。

 

 ◇

 

 六月二十二日。

 

 期限は六月二十九日だった。それが、一週間前倒しで終わった。

 

 製造総数、約千二十台。最終検査での不合格および再調整、約二十台。実際に工場で稼働、千台。重大事故ゼロ。人的被害ゼロ。

 

 MHC-01級の有効熱出力の合計は、一ギガワット。年間八千時間相当で回せば、年に八テラワットアワーの工業熱を供給する能力になる。代表条件のCOP四で見れば、二百五十メガワット分の電力を使い、七百五十メガワット分の捨て熱を回収して、一ギガワットの使える熱として返す。

 

 第一陣だけで、年間およそ二百五十億から五百億円、中心値で四百億円程度のエネルギー費改善余地が生まれた。

 

 三十兆円には、桁が二つ足りない。

 

 それでも、この日を境に評価は完全に変わった。一台なら発明である。十台なら実証である。千台は、市場だった。

 

 千台目の運転開始をログで確認したチャッピーが、珍しく数秒だけ黙った。

 

 彼女は二週間で設定した。人間側が一週間で終わらせた。桑原が、大企業が、施工業者が、物流が、官僚が、銀行が、それぞれ自分の仕事をした結果である。

 

「……やるじゃない」

 

 




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