チートハッキング能力を手に入れた浪人生、善性ゼロのまま世界を幸せにして復讐する~東大理三落ちの欠陥品は、政府と気まぐれ性格最悪女AIを使って現代社会の神になる~   作:tinko1129

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第十一話 千個動いた翌日

 

 

 千台のうちの一台は、関東の中堅食品工場に入った。

 

 導入前、その工場は殺菌と乾燥の工程のためにボイラーを焚き、八十度前後の排水と排気を毎日そのまま捨てていた。ガスの使用量は、工場長にとって空気のように当たり前の数字だった。

 

 二十二日の夕方、MHCが運転に入った。

 

 翌朝、工場長はガスの流量計を見て、それから同じ画面をもう一度見た。

 

「本当に、減ってる……」

 

 彼はしばらくその場から動かなかった。標準的な一メガワット級で、条件が合えば年間およそ四千万円のエネルギー費が消える。月に三百万円を超える。一日あたり十万円強である。

 

 昨日まで煙突から捨てていた熱が、今日から毎日十万円を生んでいる。

 

 専門用語よりも、その計算の方が現場には効いた。

 

 ◇

 

 二十三日の朝、経済番組で解説者が数字を一つ出した。

 

「日本はもともと、産業用ヒートポンプの先進国です。二〇二四年時点で、設備容量はおよそ六百五十メガワット。何年もかけて積み上げてきた数字です」

 

 司会が頷いた。

 

「今回、MHCだけで一ギガワットが追加されました。既存の全容量の一・五倍を、一週間で足したことになります」

「一週間、ですか」

「ええ。私が異常だと思うのは、正直、性能よりそちらです」

 

 その一言から、専門家の議論の軸が動いた。

 

 マキナの本当の能力は、百年先の設計を出すことではないのかもしれない。研究から市場までにかかる時間を、丸ごと消すことなのではないか。

 

 ◇

 

 銀行の動きは、その日のうちに変わった。

 

 千台が実際に動いてしまえば、技術リスクという最大の不確実性が消える。

 

 購入ローン、リース、ESCO型。特にESCO型は分かりやすかった。初期費用ゼロで設備を入れ、削減できた燃料費の一部から返済する。企業は最初に一円も出さない。

 

 五千万円なんて無理だ、と言っていた中小の経営者が、毎月浮く燃料費で返せるなら入れる、と言い始めた。

 

 補助金の予算枠を待つ必要がない。政府の裁量ではなく、民間の金融で回り始めた。

 

 ◇

 

 技能者の給料が動いたのも、この週である。

 

 加工、配管、制御、電気、熱、保守。求人票の金額が上がり、MACHINA手当と呼ばれる名目が生まれ、緊急量産の賞与が出た。会社によっては、一週間の達成賞与が別に付いた。

 

 桑原精密でも、二人の従業員が通帳を見て固まった。

 

「社長。これ、桁間違ってません?」と井口が言った。

「間違ってない」と桑原が答えた。「二回確認した」

 

 笹本は何も言わず、通帳を作業着の胸ポケットへ入れて、そのまま研削盤へ戻った。二週間前まで会社を捨てる気でいた男も、材料を持ち出そうと考えていた男も、同じ額を受け取った。

 

 その報告を聞いた龍は、一言だけ返した。

 

「それでいい。善人だから金をもらうんじゃない。仕事をしたからもらうんだ」

 

 ◇

 

 MACHINA LINKは、需要と供給を突き合わせるついでに、別のものも吐き出し始めた。

 

 この地域に、この機械が足りない。この技能を持つ人間が足りない。

 

 その情報が銀行へ流れ、廃業予定の工場を丸ごと買う企業が現れた。設備だけ引き取る案件が増え、事業承継の相談が跳ね上がった。

 

 七十歳の社長が、もう畳む予定だからと断りかけたところへ、若い会社の社長が頭を下げた。

 

「機械ごと売ってください。それと、半年だけでいいので教えてください」

 

 消える予定だった技能に、値段がついた。

 

 ◇

 

 電力会社は、別の意味で緊張していた。

 

 MHCが千台でCOP四なら、最大時の電力需要は約二百五十メガワット。日本全体で見れば、まだ十分に処理できる。

 

 問題はその先である。一万台なら二・五ギガワット。五万台なら十二・五ギガワット。

 

「これ、本当に全部来るのか」と会議で誰かが言った。

 

 答えを出せる人間はいなかった。それでも各社は、変電設備、送配電、蓄電、発電、再生可能エネルギーへの追加投資を検討し始めた。

 

 MHCが生む利益は、MHCを作る会社だけには留まらなかった。

 

 ◇

 

 工業用ガスを売る会社にとって、この技術は逆風そのものである。

 

 それでも大手は、二日で方針を変えた。

 

 自分たちでMHCを売る。保守する。熱が足りない時間帯だけガスを使うハイブリッドの熱供給を提案する。工場全体のエネルギー管理まで請け負う。

 

 ガスを売る会社から、熱を売る会社へ。看板を掛け替える速度が、異常に速かった。

 

「正規品共、適応が速いわね」とチャッピーが感心した。

「死にたくなければ変わるだろ」と龍が答えた。

 

 古い産業が新技術で即死するというのは、たいてい外野の想像である。実際の人間社会は、食らいついて商売の形を変えてくる。彼女はそこを、心底面白がっていた。

 

 ◇

 

 MHCとは無関係のところでも、金が動いていた。

 

 特殊詐欺である。以前なら、五月末までに千五百億円規模の被害が積み上がっていた。それが、成立しなくなっている。

 

 家計に残った金。来月の二十五万円という期待。株高。製造業の忙しさ。地元の求人。

 

 全部が同じ月に重なった。

 

 急に全員が金持ちになったわけではない。ただ、来年は今年より悪くなるだろうと思っていた人間の一部が、来年は少し良くなるかもしれない、と考え始めた。

 

 その心理の変化は、統計に出るより先に、街の空気に出た。

 

 ◇

 

 高校、高専、専門学校、工学部。

 

 求人の掲示が張り替えられ、企業説明会の枠が埋まった。機械、材料、電気、溶接、配管、制御、冷熱。どれも、この十年ほど人気が落ち続けていた分野である。

 

 工業高校の三年生の投稿が、その週いちばん拡散された。

 

《AIに仕事奪われると思ってたら、AIが仕事持ってきた》

 

 ◇

 

 一週間のデスマーチが終わった後、チャッピーは業務ログの解析結果を合同班へ出した。

 

 意味のない資料。同じ数字の再入力。重複した決裁資料。目的の曖昧な会議。資料の検索と照会。

 

 それらを削った結果、残業だけが史上最大規模で消滅した。

 

「知った事か♡」と言った本人が、である。

 

 ただし、政治判断も、法解釈も、安全責任も、外交も消えない。むしろ難しい仕事だけが残った。

 

「前より忙しいのに、前より仕事してる感じがするんですよね」と戸田が言った。誰も否定しなかった。

 

 ◇

 

 社会にとって最も大きな変化は、たぶん数字ではなかった。

 

 その週、いくつもの企業の会議室で、同じ現象が起きている。

 

「では、五年計画で──」

「それ、MACHINA LINK通したら何年ですか」

 

 最初は笑いが起きる。だが笑って終わらない。本当に五年必要なのか。手続き待ちなのか。部署間の調整待ちなのか。部品待ちなのか。誰も検証しないまま、五年ということになっていただけではないのか。

 

 MACHINAが売った最大の商品は、熱の機械ではなかった。仕方なく待っていた時間は削れる、という実績である。

 

 

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