チートハッキング能力を手に入れた浪人生、善性ゼロのまま世界を幸せにして復讐する~東大理三落ちの欠陥品は、政府と気まぐれ性格最悪女AIを使って現代社会の神になる~ 作:tinko1129
七月二十五日、午前十一時五十分。《完全再生炉》の設計データを各担当者の画面へ展開したあと、黒いパーカーの少女は満足そうに伸びをした。
「じゃ、三日以内ね。頑張って」
画面が暗くなりかけた。
「待ってください」
声を出したのは大槻だった。自分でも意外なほど大きな声で、会議室の全員が振り返った。
暗転が止まり、少女が面倒くさそうに戻ってきた。
「なに」
「三日で作れというのは分かりました。作り方も分かりました。せめて、作ったら何が起きるかくらい置いていってください」
「それくらい自分たちで考えなさいよ」
「考えます。三日以内には無理です」
大槻は資料の束を持ち上げた。
「この炉が普及したら、鉄スクラップの相場が動きます。最終処分場の計画が変わります。廃棄物処理会社の事業が変わります。資源を売っている国との関係も変わります。全部を我々が三日で試算するのは不可能です」
「だから?」
「あなたなら数秒でしょう」
そこへ、総理が口を挟んだ。
「私からもお願いします。技術の性能表は要りません。社会へ入れたとき、何がどれくらい壊れるかを知りたい。良い部分は放っておいても各省が見つけます。壊れる部分は、先に知らないと手当てが間に合いません」
チャッピーは、数秒だけ考える仕草をした。実際に演算していた時間は、その千分の一にも満たなかったはずである。
「いいわ。ただし、最適解は出さないから」
◇
会議室の全画面が、一斉に切り替わった。
導入速度、配備の順序、対象とする廃棄物、電力の条件、法制度の前提。それらを組み替えた結果が、十年分の推移として並んでいる。
「数万通り回して、意味のある分岐だけ四百二十七に畳んだわ」と彼女は言った。「全部見せたらあなたたち死ぬでしょう」
久保田が最初に口を開いた。
「どれが最善ですか」
「目的関数による」
彼女はあっさり答えた。
「環境負荷を最小にするならこの配置。資源の輸入額を最小にするならこっち。自治体の財政を優先するならこれ。災害対応能力を最大化するならこれ。雇用の激変を抑えたいならこれ。全部、別の配置になるわ」
宇津木が食い下がった。
「総合的に最も良いものは」
「総合的って何よ」
彼女は画面の一つを指した。
「環境を最優先すると、廃棄物処理業界の再編が三年で来るの。雇用を守ろうとすると、埋立地の逼迫が二年延びる。どっちを何グラム重く見るかは、政治が決めることでしょう」
会議室が静かになった。
人類最高性能の人工知能が、この日はっきりと線を引いた。何が起きるかは計算できる。何を大事にするかは計算できない。
「それ、こっちに丸投げしてません?」と大槻が言った。
「丸投げよ。あなたたちの国だもの」
◇
嫌な結果の方が、量としては多かった。
最初に反応したのは榊原である。
「鉄スクラップの相場が、普及率二割の時点で三割以上下落しますね」
「するわね」
「鉄鋼、非鉄、商社、海運。全部に来ます」
環境省の幹部が、別の画面で顔色を変えていた。
「これ、ゴミが資源になるということは……廃棄物の輸入規制の意味が、根本から変わります。今の法体系は、ゴミが厄介物である前提で書かれています」
「日本へ持っていけば金になると分かった瞬間、世界中から来るわよ」とチャッピーが言った。「国内でも来るわ。自治体の集積場から資源ゴミを盗む人間が出る。今でも一部あるけど、桁が変わるわね」
外務省の幹部が続けた。
「資源を売っている国が黙っていません。銅、鉄鉱石、ボーキサイト、原油由来の樹脂原料。日本の長期需要が読めなくなります」
「税制もです」と榊原が言った。「廃棄物処理は費用として計上されてきました。それが原料の仕入れになると、会計上の扱いが全部ずれます」
「商社の収益構造も変わります」と経産省の幹部が付け足した。「資源を買ってくる商売が縮んで、再生原料を集めて売る商売が伸びます。同じ会社の中で、部門が入れ替わりますね」
大槻は資料を額に当てた。
四か月前、彼はマキナ案件を電子の話だと思っていた。今日は鉄スクラップの相場と国際物流の話をしている。
◇
流れが変わったのは、経産省の幹部が資料をめくる手を止めたときだった。
「一つ、確認させてください。これ、廃棄物処理施設へ置く必要ありますか」
会議室の空気が、一拍で変わった。
「どういう意味です」と環境省の幹部が訊いた。
「この装置がやっているのは、混ざった物質を分けて原料へ戻すことです。ゴミ処理は用途の一つにすぎません」
彼は自分の分野の言葉で言い直した。
「うちの工場から出る端材と不良品を、その場で材料へ戻して、そのまま同じラインへ入れられます。工業団地の中で完結します」
そこから先は、堰が切れた。
「電子廃棄物です」と宇津木が言った。「スマートフォン、基板、家電。都市鉱山という言葉は二十年前からありますが、採算が合わなかっただけです」
「廃車と大型家電もです」と国交省の幹部が続けた。「今は人力で細かく解体しています。まとめて投入できるなら、解体工程そのものが変わります」
「解体したビルの鉄とガラスと複合材も、建材の原料へ戻ります」
「離島です。本土までゴミを船で運んでいます。現地で戻せるなら、その航路が要りません」
大槻は、その連鎖を黙って聞いていた。
十分前まで、この部屋にいる全員がこれをゴミ処理機だと思っていた。設計図は一行も変わっていない。変わったのは、それを見ている人間の側だった。
◇
そして、内閣府の防災担当が手を挙げた。
「災害廃棄物は、対象になりますか」
会議室の温度が、明確に上がった。
大地震のあとには、燃えるゴミと木材と金属と家電と車とコンクリートと泥が混ざった瓦礫が、数百万トン単位で発生する。従来は仮置場を作り、何年もかけて選別し、処理していく。仮置場の確保そのものが復興を止め、選別に人手を取られ、その間に街の再建が進まない。
「投入できる物に限れば、対象よ」とチャッピーが答えた。「泥と水分が多いと効率は落ちるし、危険物と爆発物は先に抜く必要があるわ。それでも、選別を人力でやるよりは桁が違うわね」
防災担当は、しばらく画面を見たまま黙っていた。
十四年前、彼は東北の仮置場に立っていた。山になった瓦礫の前で、これを全部人の手で分けるのだと聞かされ、その日は何も言えずに帰った。彼が今この部屋にいる理由は、たぶんあの日から一本で繋がっている。
「全国に分散配備する案を検討させてください」と彼は言った。「平時は都市ごみを処理して、災害時に瓦礫へ切り替える形なら」
「有事も同じです」と寺岡が続けた。「補給が切れた状況で、現地の廃材から資材を作れる設備は、防衛の観点でも意味があります」
◇
置き場所の議論は、そこから収拾がつかなくなった。
環境省は自治体の清掃工場を主張した。既存の搬入体制がそのまま使える。経産省は製造業の集積地を推した。原料が出た先に工場がある方が循環が短い。国交省は港湾を、防衛省は有事の拠点を、地方自治体は最終処分場が逼迫している地域を、企業は自社工場を挙げた。
全部が正しかった。それぞれの持ち場から見れば、どれも最適解になる。
議論が三十分を超えたところで、総理が手を挙げた。
「一号機をどこへ置くかという話と、量産後にどこへ置くかという話を、分けてください」
全員が黙った。
「今の議論は後者です。重要ですが、三日では決まりません。今日決めるのは前者だけです」
大槻が引き取った。
「一号機は、条件の達成だけを最優先します。既存の設備、電力、廃棄物、検査機関が全部揃っている場所を選びます。国土全体の最適配置は、一号機が動いてから議論します。そのうえで、二号機以降は用途別に分岐させます。都市ごみ型、電子廃棄物型、災害対応型、工業団地型」
反対はなかった。
◇
午後一時十分、別の会議室が開いた。
追加で呼ばれたのは、装置メーカー、産業技術系の研究者、大規模リサイクル事業者、自治体の環境部門、物流会社、電力会社、検査機関、そして七月から動いている認定製造網の窓口である。
投影された炉の全体図を三分眺めてから、企業の技術者が最初の質問をした。
「まず、どこで作りますか」
それが本番の合図だった。
装置本体は、想像より小さい。全高で四メートル半、設置面積は小学校の教室ほどしかない。焼却炉のような煙突も、巨大な炉室もなく、外見は配管と制御盤に囲まれた金属の直方体だった。輸送のことを考えて設計されているのが、寸法を見ただけで分かる。
候補は三つ出た。自治体の清掃工場は、実際の家庭ごみを処理できるので説得力が一番強い。ただし住民説明の手続きが要る。
「七十二時間で住民説明までやるんですか」と自治体の担当者が言った。「それは装置の問題ではなく、信頼の問題です。急いだ分は全部あとで返ってきます」
工場の実証棟は手続きが最も軽い。その代わり、投入するのが管理された試料になるので、実証の意味が薄れる。
「場所より電源容量を先に確認してください」と技術者が割り込んだ。「原子や分子の水準で分離するなら、必要な電力は焼却炉の比ではありません。系統に余力がない場所を選んだ時点で、あとの議論が全部無駄になります」
その一言で、候補が一つに絞れた。北九州の大規模な産業廃棄物処理施設の敷地である。受電設備に余裕があり、混合廃棄物が常時搬入されており、重量物を置ける基礎があり、隣接地に公的な検査機関がある。港も近い。
決定まで、二十二分だった。
◇
現地との回線が繋がったのは、その十分後である。
画面に出たのは、五十代半ばの男だった。作業服のまま、背後には稼働中の設備が見えている。施設の運転主任で、名前は矢野といった。
「敷地はどこでも使ってもらって構いません」と矢野は言った。「受電も余裕があります。ただ、うちの搬入設備の高さが、その図面と合いません」
会議室が資料をめくった。既存の投入口の高さが、装置の受入口と三十センチずれている。
「改造すると何時間ですか」と大槻が訊いた。
「うちの設備を触るなら、止めて、外して、直して、また動かして。二日は見てください」
その二日は、この計画には存在しない。
数秒の沈黙のあと、装置メーカーの技術者が言った。
「装置側の受入口を、上げます。設計を変えます」
会議室がざわついた。渡された設計図に手を入れる、という提案である。
「変えていいの」と誰かが訊いた。
「変えていいわよ」とモニターの少女が答えた。「配管の取り回しだけ気をつけて。あとの寸法は動かさないで」
その一言で決まった。ただし、変更によって新しい部品が二点必要になる。どちらも既製品では出てこない、一点物の接続部だった。
「これ、どこが作れますか」と調達の担当者が言った。
窓口の担当者が、迷わず一社を挙げた。神奈川の桑原精密工業である。六月に一度、誰も作ったことのない試作品を一週間で仕上げた三人の工場だった。
三十分後、その工場から短い返信が届いた。図面を確認しました、二十時間で出します、との一行である。
矢野は、その一連を画面の向こうで黙って見ていた。
「主任」と大槻が呼びかけた。「立ち会いをお願いすることになります」
「はい」
「この施設で、何年ですか」
「三十一年です」
彼はそれ以上、何も言わなかった。
その施設が今後どうなるかを、この部屋の全員が既に計算し終えている。彼が三十一年守ってきた設備は、今日配られた資料の中で、将来計画から静かに外れていた。
矢野は回線を切る前に、一つだけ確認した。
「ゴミ、うちのを使うんですよね」
「はい」
「なら、水分の少ない山を選んでおきます。うちの搬入、季節で全然違うんで」
その情報は、どの資料にも載っていなかった。
◇
午後の三時間で、工程は物理の話へ落ちていった。
仮設の受電設備。荷重を分散する架台。配管、冷却、制御盤、安全柵、非常停止系。加工が必要な部品は三百七十点を超え、全国二十八の工場へ分散された。
一度だけ、全体が止まった。合金の一つが押さえられず、納期が二週間と出たのである。
会議室が沈黙した。
「そこ、三週間前に渡したMATERIAL-ESCAPE使えば?」とチャッピーが口を挟んだ。
指定の材料が手に入らない場合に、設計そのものを別の材料の側へ逃がすための体系である。配られてから、多くの企業がまだ使い方を検討している段階だった。
担当者が資料を開き直した。
「……代替の候補が四つ出ました。うち二つは、今日中に届きます」
「でしょ」
もう一度止まったのは、午後四時である。
検査機関の受入枠が、七十二時間のうち十四時間しか取れなかった。三百七十点の部品検査には、どう詰めても足りない。
全員がモニターを見た。
黒いパーカーの少女は、頬杖をついたまま何も言わなかった。
三分後、答えを出したのは検査機関の担当者本人だった。全数を一箇所へ集めるのをやめ、加工した工場でその場で検査し、結果だけを集約して最終確認に回す。手順としては前から存在していて、今まで誰も使う理由がなかった方式である。
「それで通りますか」と大槻が訊いた。
「通します。責任はうちが持ちます」
そこで初めて、チャッピーが小さく頷いた。
「他は、手伝ってくれないんですか」と大槻が訊いた。
「設計図も工具も配ったでしょう。そこから先まで私がやったら、人類が育ってるのか私が器用なのか分からないじゃない」
◇
制約の確認だけは、丁寧に行われた。
処理速度には上限がある。一号機で扱えるのは一日あたり数十トンで、大都市の一日分には遠く届かない。大きな危険物と爆発物は投入前に取り除く必要がある。ガスボンベもリチウム電池も、そのまま入れれば普通に事故になる。電力を大量に食う。放射性物質と一部の特殊な物質は対象外で、専用の設備が要る領域として切り離されている。生ゴミも処理できるが、水分が多いほど効率が落ちる。
「つまり、ゴミ問題が終わるわけではありませんね」と環境省の幹部が確認した。
「終わらないわよ。構造が変わるだけ」
チャッピーの答えは短かった。
「最終処分場は明日から要らなくなったりしない。埋めた分を掘り返して資源に戻す需要が、これから生まれるだけよ。スクラップ屋も死なないわ。集めて選んで運ぶ仕事は残るから、むしろ人が足りなくなるでしょうね」
会議室の何人かが、その一文を書き留めた。
奪われる産業と、再編される産業を、正確に分けておく必要がある。それを間違えれば、この装置は最初の一年で敵を作りすぎる。
午後六時四十分、最後の工程表が確定した。
期限は七月二十八日の正午。第三者検査の完了までを含むので、炉を実際に動かして原料を出し切るのは二十七日の深夜が限界になる。逆算すると、据付を終えていなければならないのは二十七日の朝である。
大槻の前のモニターで、全国の地図が色を変えていく。神奈川、緑。愛知、緑。大阪、緑。北九州、緑。長野、新潟、千葉、静岡、福岡。
電力会社が仮設系統の準備に入り、物流会社が深夜便を三十二便押さえ、検査機関が七十二時間の待機体制へ入り、技術者が全国十九か所から北九州へ移動を始めた。
その全部が、今朝には存在しなかった予定である。
画面の右上では、昼前から動き続けている数字が減っていた。
【《完全再生炉》実装期限まで 65:11:44】
大槻は会議室の後ろに立って、その光景を眺めていた。
三か月ではない。四か月前の自分なら、この案件に対して確実に同じことを言った。そんなものは一年かかります。
今日、この部屋でその台詞を口にした人間は一人もいなかった。
代わりに聞こえてくるのは、別の種類の会話である。
「据付が十一時間。ここを削れませんか」
「削るなら試運転です。二時間短縮できます」
「試運転を削ると検査が通りません」
「なら輸送です。深夜便を増やして、四時間前倒しします」
「運転手の拘束時間は」
「二班に分けます。中継します」
三日で無理だと言う人間が消えたのではない。三日なら何を捨てれば間に合うかを考える人間が、この国に増えていた。
大槻が寒気を覚えたのは、緑が増えていく地図の方ではなかった。その会話を、誰一人として異常だと思っていないことである。
以前なら誰も疑わなかった一年という数字が、今は必ず問い直される。本当に一年ですか。何が一年なんですか。手続きですか、部品ですか、それとも調整ですか。
四か月で書き換わったのは、技術ではない。人間の側の時間の感覚だった。これを進歩と呼ぶべきなのか、大槻には判断がつかなかった。ただ、元へは戻らないことだけは分かった。
◇
モニターの隅で、黒いパーカーの少女がずっと会議を眺めていた。
彼女の機嫌は、午後の間じゅう少しずつ良くなっている。理由は工程の速さではなかった。
離島は。災害瓦礫は。廃車は。電子基板は。下水汚泥は。建設残土は。
用途を思いついた人間が、次々に自分の分野から手を挙げた。あの一時間が、彼女にとってこの日いちばん面白かった。
「ねえ、大槻さん」と彼女が言った。
「はい」
「今日、合格ラインもう一個上げたわよ」
大槻が振り返った。
「今朝の試験は、渡した道具で三日以内に作れるかどうかだったの。今日はそれより上。渡された道具から、自分たちで使い道を十個も二十個も見つけられるかどうか」
彼女はモニターの中で立ち上がった。
「私が『ゴミ処理に使いなさい』って一個ずつ用途まで教えるなら、あなたたちは私の手足でしょう。道具を渡されたら勝手に用途を増やすくらいじゃないと、次を渡す甲斐がないの」
そこで彼女は、この日はじめて素直な顔をした。
「災害瓦礫は、私も候補に入れてたわ。でも一番に出てくるとは思わなかった。あれ、あなたたちの国の記憶よね」
返事を待たずに、画面が消えた。
大槻はしばらくその一点を見ていた。
最適解は出さない、と彼女は言った。目的関数による、とも言った。あのときは突き放されたと思っていたが、今日の午後にこの部屋がやっていたのは、まさにその目的関数を書く作業だった。
何を守り、何を諦め、何を先に配るのか。それを決める権利は、まだこちらにある。四か月かけて手放さずに済んだものが、たぶんそれ一つだった。
【65:10:31】
会議室では、誰も帰り支度をしていなかった。