チートハッキング能力を手に入れた浪人生、善性ゼロのまま世界を幸せにして復讐する~東大理三落ちの欠陥品は、政府と気まぐれ性格最悪女AIを使って現代社会の神になる~ 作:tinko1129
七月二十七日、午後十時四十分。北九州市若松区、響灘。
矢野は装置の脇に立って、締結を終えた作業員が工具を下ろすのを見ていた。勤続三十一年、この市営処分場の運転主任である。
「主任、いけますか」
若い職員の岡が声をかけた。矢野は装置ではなく、その手前の搬入路を見ている。
「今日の山、どれだ」
「南側の、昨日入った分です」
「あれでいい。水気が少ない」
季節ごとに搬入物の水分がどう変わるかは、どの資料にも載っていない。三十一年ここで見てきた人間の頭にしか入っていない情報だった。
装置は思ったより小さかった。全高四メートル半、設置面積は小学校の教室ほどしかない。煙突もなければ炉室もなく、配管と制御盤に囲まれた金属の直方体が置かれているだけである。
その受入口の付け根に、他より新しい接続部が二つ付いていた。既存の搬入設備と高さが三十センチ合わなかったので、装置側を上げるために急遽作られた一点物である。神奈川の桑原精密工業から、依頼の十四時間後に届いた。
(十四時間って何なんだ)
矢野は三十一年、部品の納期を一週間より短くしろと言って通ったためしがない。
投入が始まった。家庭ごみ、粗大ごみ、廃家電、金属くず。分別も何もしていない混合物が、そのまま受入口へ落ちていく。ぶつかる音と、装置の低い唸りが重なった。炎も煙も出ない。外から見ていると、大きな冷蔵庫が唸っているのと大差なかった。
四十分後、排出側の受け皿に最初の一つが出た。
灰色がかった金属の塊である。国の研究者が計量し、切断し、その場で成分を測った。
「……鉄です」
彼の声が上ずっていた。
「不純物、規格の四分の一以下。これ、そのまま製鋼に入れられます」
続いてアルミが出た。銅が出た。ガラス原料が出て、樹脂の原料が出た。基板から回収された金属の一群は、純度の数字を三回測り直された。
第三者検査の完了は、翌二十八日の午前六時十二分。期限まで五時間四十八分を残していた。
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同じ二十八日の未明、神奈川の桑原精密工業はシャッターを開けたまま動いていた。
夜勤の班が六人。三か月前、この工場に夜勤という言葉は存在しなかった。
桑原は事務所のパイプ椅子でコーヒーを飲みながら、壁の勤務表を見ていた。二十三人分の名前が並んでいる。六月の頭には三人だった。
「社長、二号機ぶんの二点目も上がりました」
井口が図面を持って入ってきた。作業着の袖に油が付いていて、声がやたらと大きい。二か月前まで、この男は会社が潰れたら工具を持ち出そうと本気で考えていた。
「待て。二号機の発注、来てないぞ」
「来てないですね」
「じゃあ何で作ってる」
井口が画面を指した。マキナリンクが表示している数字である。
「追加発注の確率、九十三パーセントって出てるんですよ。よそも十九社動いてます」
「発注書もないのに材料費出すのか」
「もう出しました」
桑原がコーヒーを置いた。
「誰が決めた」
「俺です」
井口は目を逸らさなかった。
「一号機で覚えた手順、今なら全員の手に残ってるんです。ここで解散したら、次に集まったとき覚え直しですよ。それで三日かかったら意味ないでしょう」
「外れたらどうする。九十三ってことは、十回に一回は外れるんだぞ」
「その時は俺が謝ります」
(誰だお前)
三か月前、この男は他人に謝るどころか、自分の借金の話を最後まで隠していた。
桑原は勤務表をもう一度見て、それから頷いた。
「材料費、いくら出した」
「四百二十万です」
「聞かなかったことにする。外れたら二人で謝りに行くぞ」
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その隣の部屋では、笹本が旋盤の脇に立っていた。削っているのは六月末に入った二十二歳で、笹本は腕を組んだまま何も言わない。
三週間前に来た若手が、そこそこ削れるようになっている。刃の当て方も、送りを落とすタイミングも、音が変わったときの対処も、全部データに入れて渡した。四十年かけて手に覚えさせたものである。
「笹本さん、どうです」
戻ってきた井口が訊いた。笹本はしばらく黙ってから、短く答えた。
「悪くはない。荒いけど」
「三週間ですよ」
「そこだよ」
彼は自分の右手を一度開いて、閉じた。
「俺が同じところまで行くのに四年かかった。あの四年、何だったんだって話にはなるわな」
井口が返答に詰まったので、笹本は自分で続けた。
「まあ、渡せるもんが増えるのはいい。俺が死んだら消えてた話だからな」
そう言いながら、彼は結局その日、若手の手元から一度も離れなかった。
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七月二十八日、午前七時。北九州市役所、環境局。
一号機は国の実証機である。市が出したのは敷地と、電力と、搬入されるゴミと、職員だけだった。データが欲しいのは国であって、市はその場所を貸しているにすぎない。
そのはずだった。
「これ、いつまで動かしていいんですか」
環境局の職員が国の担当者へ訊いた。
「連続運転のデータが要りますので、当面は」
「当面って、何日くらいの話ですか」
「一週間は回します」
その回答が、市役所の中を走った。
三十分後、財政局の徳永が電卓を叩いていた。二十九歳、この局に来て三年目である。
一号機の処理量は一日あたり四十トン前後。市の搬入量は一日六百トンを超えるので、割合としては小さい。この炉一基で市の財政が変わるという話にはならなかった。
(じゃあ、十基入ったら)
徳永はそこから計算を始めた。
これまで一トン受け入れるたびに、運搬費と焼却費と埋立費が出ていく。炉を通した後には、鉄とアルミと銅と樹脂原料が残る。処理費は今まで通り取れて、そのうえで原料が売れる。
三回やり直してから、彼は課長の席へ行った。
「課長。試算なんですけど、前提を置き直したいです」
「何をだ」
「量産機が十基入った場合です。一号機だけだと数字が小さすぎて、判断材料になりません」
「気が早いだろ」
課長は書類から顔も上げなかった。
「まだ実証中だぞ。国が一週間で撤収するかもしれん」
「周辺から問い合わせが来てます」
徳永は一覧を置いた。
「三日で三十七件です。全部、うちにも置けないか、共同で使えないか、輸送費はこっちで持つ、って話です」
課長がそこで顔を上げた。
「量産枠、取り合いになりますよね」
課長は一覧を三度読み、それから席を立って局長室へ向かった。
■■■■
矢野がその話を聞いたのは、その日の午後だった。
彼は装置の脇に立ったまま、岡の説明を最後まで聞き、それから搬入路の方を見た。
「主任、うちの処分場、あとどれくらい残ってましたっけ」
「六年だ」
毎年見てきた数字である。あと何年で満杯になるか。それが若松区のこの三十年の時計だった。
「じゃあ、これ入れたら」
「延びるな」
矢野はそこで少し考えた。
「いや、待て」
彼が振り返ったのは、装置ではなく埋立地の方角である。
この足元には数十年ぶんの廃棄物が埋まっている。金属も、樹脂も、家電の残骸も、分別という言葉が今ほど厳しくなかった時代のものが層になって重なっていた。
「なあ。今入ってくる分だけ処理する、って決まってるわけでもないよな」
岡は返事をしなかった。数秒遅れて、一度だけ頷いた。
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七月三十日、市の環境局と財政局の合同の打ち合わせに、国の担当者が呼ばれた。
「試掘は待ってください」
国側の返答は明確だった。
「今は現行の搬入分で連続運転のデータを取る段階です。埋立層を掘れば組成がばらつきます。実証にならない」
「掘るとは言っていません」と局長が答えた。「試料を採るだけです」
「同じことです」
その場に県の担当者もいた。彼が言ったのは、もっと現実的な話である。
「跡地の掘削は届出が要ります。地下水の監視義務もあります。二日で通る話ではありません」
市の側が黙った。
「じゃあ、どこなら掘れるんですか」と徳永が訊いた。
「閉鎖済みの区画なら、手続きの本数は少ない。それでも二週間は見てください」
(二週間か)
徳永は手帳に書いた。今のこの市で、二週間は長い方に入る。
打ち合わせは、試掘そのものを止める形で終わった。ただしその夜のうちに、市は重機を持っている土木会社と地元の廃棄物業者を集めていた。掘るためではなく、掘れることになった場合に何日で動けるかを聞くためである。
「二十年前の層は、家電がかなり入ってますよ」と業者の一人が言った。「あの頃は今ほど厳しくなかったので」
「銅の方はどうなんだ。量として期待できるのか」
「配線が入ってれば出ます。あと、金属くずをそのまま埋めてた区画もありますね」
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八月四日、財政課の試算が出た。
前提は量産機十基、回収率は保守側、掘削費と電力費と人件費と土地の改良費を全部引いた数字である。それでも、市の一般会計と比べて意味のある桁になった。
会議室が静かになった。
これまで、最終処分場は負債だった。管理し、監視し、地下水を測り、周辺住民に頭を下げ、そのために将来にわたって金を払い続ける施設である。
その同じ場所を、採掘可能な資源のストックとして評価し直す話が出た。
「一つ、確認していいですか」
徳永が手を挙げた。
「処分場を抱えてるから、うちには国と県から交付金が入ってます。ここが黒字化したら、あれはどうなりますか」
誰も答えられなかった。課長が三十秒ほど考えてから言った。
「……減るだろうな」
「減りますよね」
「その分より、原料の売却額が上回るかどうかだ」
「今の試算だと上回ります。ただ、量産機が入るまでは入りません」
その間に交付金だけ削られたら、市は数年間だけ穴を抱えることになる。
「計算し直せ」と課長が言った。「良い話だけ持っていくと、あとで殴られる」
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八月八日、住民説明会。想定の三倍が来た。
最初に立ったのは、処分場から三キロの工業団地で倉庫を持っている男である。
「うちの倉庫、二十年ずっと買い手がつかんかったんですよ。先週、三件来ました」
彼は素直に喜んでいた。処分場の近くという理由で長く安かった土地に、巨大な再生資源の拠点の隣、という言い方が付き始めている。
二人目は、五十年住んでいる高齢の男だった。
「悪臭も、大型車も、地価が上がらんのも、全部こっちが引き受けたんだ。あの頃は誰も来やせんかった」
彼は会場の後ろを指した。この週から急に増えた背広の一団が座っている。市外の企業と、県外の業者と、東京から来た商社の人間だった。
「今になって、金になると分かった途端これだ。散々押し付けておいて、うまい話になったら群がってくるな」
会場の何人かが頷いた。
三人目に立ったのは四十代の女で、話は途中で逸れた。
「あの、うちの息子が今、福岡市の方に出とるんですけど。この炉が来たら、こっちで働ける口は増えるんですか」
「増える見込みです」と局長が答えた。
「じゃあ、ええです」
彼女はそれだけ言って座った。
還元の仕組みについて訊かれたとき、答えたのは徳永である。
「地元への還元は検討しています。ただ、正直に言うと数字はまだ出せません。国からの交付金が減る可能性があって、そこを計算し直しているところです」
会場から声が飛んだ。
「じゃあ、金が入るって話も嘘なんか」
「いえ。入ります。入る時期が、思ってるより後になるかもしれないという話です」
その説明で納得した人間は、半分もいなかった。
矢野は会場の一番後ろに立って、最後まで聞いていた。三十一年、この場所の説明会には何度も出ている。頭を下げに来るのは、いつも自分たちの側だった。
今日も下げた。理由が変わっただけである。
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同じ週、行政より先に業者が動いた。
八月六日、市が撤去費を組もうとしていた山中の不法投棄場所へ、産廃業者の軽トラックが二台入った。長年放置されていた廃家電の山である。
そこの地権者は七十代の男で、二十年間この山を放置していた。撤去には自腹で数百万円かかると言われ、諦めていた。
「あんた、これ持って行くのか」
「はい。うちで処理します」
「金は」
「いただきません」
地権者が固まった。
「こっちが払うんじゃなくてか」
「今は買う話になってます。ただ、この山は写真で見た限りなので、開けてみて中身が空だったら引き返します」
三日後、市の担当課へ別の業者から電話が入った。同じ山を扱わせてほしいという話である。
担当者は入札にかける形を検討し始めた。撤去費を払う側だった行政が、処理を売る側に回る可能性が出てきた。
ネットの反応は、いつも通り速い。
《ゴミ山持ってる奴が勝ち組》
《最終処分場ガチャSSR》
《昨日まで負動産だったのに》
《ゴミ屋敷の主ワイ、人生逆転!》
《汚部屋は資産形成だった?》
《北九州、公害の街から環境の街になって、今度は鉱山になろうとしてて忙しすぎる》
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チャッピーが最初に引いたのは、七月二十八日の午前六時十二分だった。
検査完了の報告を見て、彼女は漫画を膝に置いたまま数字を確認した。締結まで五十八時間五十分。検査完了まで六十六時間十二分。
「……早くない?」
三日という条件は、彼女なりに計算して置いた数字である。全部使い切って、全員が寝る時間を削って、それでぎりぎり届くかどうか。届く可能性があるから見ていて面白い。
余裕を持って終わられると、試験にならない。
二度目は、その八時間後に来た。北九州に残っていた製造網が動き続けていることに気づいて、図面を確認したときである。
「え、ちょっと待って」
二号機だった。しかも三号機ぶんの部品まで手が付いている。
彼女は画面を三枚同時に開いた。二十八工場のうち十九工場が、指示も発注書もない状態で稼働していた。理由を辿ると、九十三パーセントという数字に行き当たる。政府が追加発注を出す確率をマキナリンクが表示していて、各社がそれを見て先に金を出していた。
(人間、AIの予測を担保にして材料費払い始めたわよ)
「そこまで急げとは言ってないんだけど。私まだ次の設計できてないわ」
そう言いながら、彼女は笑っていた。
三月にこの国の端末へ最初に現れたとき、政府は隔離した一台からプログラム一つを消せずに三時間かけていた。四か月半後、頼んでもいない二号機を勝手に作り始めている。
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七月三十日から、政府の側では別の交渉が始まっていた。
最初に接触してきたのは、複数の国の防衛部門である。壊れた車両も、破損した設備も、使えなくなった資材も、その場で原料へ戻せる。補給線が伸びきった状況で、現地の廃材から材料を作れる装置には明確な軍事的価値があった。
日本政府の回答は早い。最初の量産枠は都市ごみと災害対応と産業用途へ回す。軍事転用の可否は別の枠組みで議論する。
チャッピーは、その決定に一言も口を挟まなかった。
「誰に渡すか、決めるのはそっちよ」
彼女が政府へ言ったのはそれだけである。そのうえで、日本政府がどの国と何を交換するかを最初から最後まで見ていた。誰が譲り、誰が粘り、誰が先に折れるか。今週の見世物としては上等だった。
同じ週、国内で活気づいた業界がもう一つある。各国の情報機関である。
完全再生炉の設計は、既に国内の複数の企業と研究機関に渡っていた。無限水筒の中枢と違い、この炉は現代の材料と設備で作れる。図面さえ手に入れば再現できる。
各国が一斉に人を送り込んできた。
その動きを、チャッピーはほとんど止めなかった。
「なぜ潰さないんですか」と堂島が訊いた。
「盗まれて困る物じゃないもの」
彼女の答えは、いつもより実務的だった。
「水筒の中枢は渡さないわよ。あれは複製できないから、実物を持って行かれたら終わり。こっちは設計でしょ。そのうち各国が勝手に作るし、その方が私は早く見られるわ」
「うちの技術ですよ」
「あなたたちの技術ね。守るのもあなたたちの仕事でしょ」
止めた線は一つだけである。マキナ本体へ辿り着こうとする経路。そこへ入った瞬間、その計画は成立しなくなった。何が起きたのか、当事者にも分からない形で。
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海外の反応は、国ごとに分かれた。
中国が最も速い。国内の製造業の規模と都市部の廃棄物量を考えれば、この炉との相性は世界一だった。政府主導の計画が一週間で立ち上がり、日本へ技術提供を要求しつつ、同時に自力での再現研究へ大量の資金が入った。以前から彼らが宣言している通り、自国の制御機器と自国の演算基盤で実装する方針は変えていない。
北京で会議に出た担当者の一言が、外へ漏れた。
「あれを日本から買い続ける形にしたら、二十年後にうちの何が残る」
アメリカは民間が先に走った。廃車、電子廃棄物、退役した航空機、建設材、老朽化した設備。市場の規模を計算した投資家が、これは次の石油産業だと言い始めた。既存の鉱山会社と資源会社も、敵対する代わりに炉の側へ資金を入れている。負ける側に立たないための保険である。
そして、資源を売っている国の反応が最も注目された。
チリ、オーストラリア、インドネシア。銅、鉄鉱石、ボーキサイト。日本一国が輸入を減らす程度では、まだ致命傷にならない。ただし、これが世界の標準になれば、新規の採掘需要は長期的に落ちる。
最初の一週間、彼らの官僚と鉱山会社はこれを脅威として扱った。
二週目に、方針を変えた国が出た。自国にも都市ごみがある。鉱山の廃石がある。採掘の残渣がある。老朽化した設備がある。売られる側で待つより、自分たちも使う側へ回った方が早い。
チリの資源担当者が会議で言った一言が、各国へ伝わった。
「我々は鉱山を持っている。ただし、鉱山の隣にも山ほどゴミがあるんだ」
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八月八日の夜、平尾龍は問題集を閉じて、水を飲むためにテレビをつけた。
模試まであと二日である。この一週間、彼は意識してニュースを見ないようにしていた。前回の判定が本物かどうかを確かめる回で、余計な情報で頭を使いたくない。第一、世界の方は放っておいても勝手に動く。
画面には、見覚えのない銀色の装置が映っていた。北九州、と字幕に出ている。市の職員が説明していて、その隣で研究者が金属の塊を持ち上げていた。
《完全再生炉、実証一号機が連続稼働》
《最終処分場を資源ストックとして評価替えへ》
《資源輸出国、相次いで導入検討》
龍はコップを持ったまま、しばらく画面を見ていた。
「……なあ」
「なに」
チャッピーが仮想リビングから顔を出した。
「完全再生炉って何なんだ、これ」
「あなたのでしょ」
「俺のわけないだろ。作った覚えがない」
「七月の頭に言ってたじゃない。ゴミ袋出してたとき」
龍が記憶を辿った。夏期講習の資料が届いた頃、彼は錬成の実験で残った箱と、去年の模試の束を袋へ詰めていた。四つ目を縛ったところで、確かに何か言った気がする。
これ全部、元の材料に戻せたら楽なのにな。
「言ったな」
「言ったわね」
「それだけだろ」
「それだけよ。面白そうだったから設計したの。二週間くらいかかったわ」
「勝手に出したのか」
「そうよ」
龍は文句を言おうとして、途中でやめた。止める理由が思いつかない。
(俺の許可、いつから要らなくなったんだ)
そこは後で考えることにした。テレビでは、財政課の若い職員が地下に眠る数十年ぶんの廃棄物について説明している。負債として扱われてきた処分場が、資源として評価し直されるという話だった。
画面が切り替わり、住民説明会の映像が出た。倉庫の買い手が三件付いたと話す男が、はっきり笑っている。
龍はその顔を三秒ほど見た。
何も湧かなかった。
六月に一度試して、七月に温泉でもう一度試して、今回で三度目になる。喜んでいる人間を見て、自分の中で何が起きるかを観測する。結果は毎回同じである。安心も、達成感も、良いことをしたという感覚も出てこない。
出てくるのは、正規品共の生活が自分の雑談から書き換わったという事実に対する、いつもの気分の良さだけだった。
「ゴミを材料に戻せるなら便利だな、くらいの話だったんだが」
「そうね」
「資源安全保障の話になってるぞ」
「なってるわね」
彼女はそこで、少し不満そうに続けた。
「言っておくけど、私も予定より早くされたのよ。三日って言ったのに二日と十八時間で終わって、勝手に二号機作り始めてるの。あの人たち、こっちの計算を毎回追い越してくるわ」
「退屈しなくてよかったな」
「そうなのよね。それが一番腹立つの」
龍はテレビを消し、コップを流しへ置いて、机へ戻った。
夏期講習は残り二コマ。模試は明後日。問題集の四十一ページ目に、昨日引いた赤線がそのまま残っている。
彼はその続きから解き始めた。