「ふと思ったんだけど、桐埼くんは何故自殺したの?」
上司へのメールを書くのに疲れて、気分転換に、横で作業している桐埼に聞いてみた。
彼はわざわざ向き直って、
「自殺じゃないですよ。探求心です」
「探求心? 意味が分からないけど、ここで仕事しているということは『処理不可能な自殺』をしたということだよ?」
「だから自殺じゃないですって。聞いたらきっと――」
私は小説を書くのが好きでした。特に犯罪ものを書いていましたね。
あるとき、被害者がナイフで刺されて死ぬシーンを一人称で書いていました。
そこで考えたんです。
ナイフが腹に刺さったら、どのように感じるのでしょうか。腹をバーナーで炙られるような感覚ですか? いくらでも想像はできますが、所詮妄想です。実際は、痛みを通り越して気持ちがいいのかもしれない。
新たな表現に出会いたくて、刺したくて刺したくて仕方ありませんでした。
だからブスっといきました。
「――どうでしたか?」
「そういう人もいるんだ」
「答えになってませんよ。好奇心旺盛な小説家の鏡、ですよね?」
それを否定すると、桐埼の死が無駄になりそうなので首肯した。
桐埼が思いついたように聞いてくる。
「天音さんは、何故自殺――」
視界端のカウンターに人影が現れた。お客様である。
首を向けると、茶色いガスマスクに鉄帽を被っている人がカウンターに立っていた。兵士だろうか。
兵士?
唐突に頭痛がして、脳裏に人影が映った。若い女性がナイフを自分の腹に突き刺している。知らない感情が胸の奥でどす黒く渦巻いた。
何か大事なことを忘れている気がする。
「先輩大丈夫ですか? 風邪ですか?」
桐埼の声で、現実に引き戻される。お客様を待たせているんだった。
「大丈夫。死人は風邪をひかないから」
腰を上げてカウンターに近づく。
「日本担当の正道天音と申します」
「あ、どうもです」
掠れた男性の声だった。
天音はひび割れた二つのガラスを凝視した。
「今回は何故自殺を?」
「え、と、自分を見失うのが怖かったんです」
「はぁ、それはどのような?」
「……あの、これって必ず言わないといけませんか」
しまった。単刀直入過ぎたようだ。
死への感覚が鈍ってるのかな。
「すみません。言わなくて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「では、暫くの間お待ちください」
振り返って、桐埼を呼ぶ。
「桐埼くん。ついて来て」
「またですか」
『また』って何よ。教えてやるってのに。
天音はリスのように頬を膨らませた。
二人は、また赤い扉がある部屋に来ていた。
天音は扉横の液晶画面を弄っている。
「今回はお客様から情報を聞き出せていないから、別の方法でやるよ」
「そうですか」
二人は新しい世界へ足を踏み入れた。
気づけば、天音と桐埼は、血のように赤い椅子に腰掛けている。
左右背後には同じ椅子が段々的に並べられていて、どれも空席だ。目の前の壁一面には白いスクリーンが広がっている。
どこからどう見ても映画館だった。
部屋の明かりが消えて真っ暗になると、スクリーンが黒く点灯した。
『ほーらママですよ~』
スピーカーから甘い声がする。
勘のいい桐埼がはっとした。
「先輩、もしかして生まれた時から自殺した理由を探るんですか?」
「うん、そうだよ。映画みたいで楽しいでしょ」
「俺降ります。って、あ、動けない!」
桐埼は、尻に取り餅がついたように動けない。
「もう遅いって。全部見るまで戻れないよ。ざっと20年かな」
「……先に言えよ」
「そしたら逃げるじゃん」
「……ロリババアが」
「ロ、リバ……」
生意気な桐埼だけど、そんなこと言うわけないじゃないか。
「ポップコーン、いる?」
「ご、ごめんなさい」