自殺再生施設   作:機関銃手へ弾薬を運ぶ人

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3人目

 10年後、お客様は小学4年生になった。

 4限目が終わり、お客様は下駄箱から靴を下す。

 

 生まれてから今まで見てきたが、自殺する理由はなかった。

 だけど成り得そうなものはある。

 

 横で靴を履いた生徒に、お客様は話しかけた。

 

『俺の水筒に毒を入れただろ』

『え』

 

 その罪のない生徒は少しの間フリーズして、

 

『してないよ』

 

 その後、お客様は水筒に口をつけずに、家の冷蔵庫のお茶を飲んだ。

 

 こんなことが日常茶飯事になっている。

 他にも、来た道を何度も行き来したり、手を何度も洗ったりしている。

 心配性と自意識過剰が入り混じったようなものを持っているんだ。

 

 なかなか癖のある人間だなぁ、と天音は思う。

 

「先輩、この人頭おかしいんですか」

「おわっ、桐埼くん、起きてたの」

 

 6年間、桐埼は唾を垂らすだけの機械と成っていたから、急に人間に戻ると、心臓に悪い。

 

 天音は何の話かを思い出すと、

 

「お客様が頭がおかしい?」

「普通のことができていないところが、です」

「じゃあ生物としても普通すぎる、自ら命を絶たないことが、できなかった私たちも、頭がおかしいの?」

「……う」

 

 桐埼は口を噤んで俯いてしまった。質問が意地悪すぎたかもしれない。

 先輩らしくフォローをいれてあげないと。

 

 天音は声を明るくして、

 

「みんなはしばしば、生きるのを辞めたいと思ってるから、みんな頭がおかしいんだよ」

「全然フォローになってないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に10年後、成人したお客様は徴兵されて塹壕に立っていた。手に持ったスコップで目の前の黒い土を掘り起こしている。

 

 まだ自殺する理由は見つからない。

 桐埼はさっき起きて、どこかボーっとしている。

 

 お客様の足元に黄色い缶が転がってきた。

 瞬時にそれは、黄色い霧を噴き出してお客様を襲う。毒ガスか?

 

 お客様は震える手でガスマスクを顔に装着するが、既に吸ってしまっていた。

 霧はすぐになくなった。

 彼は自身の四肢を見下ろす。症状は?

 いつまで経っても身体に異常が出ない。敵の攻撃だから、必ず彼を苦しめるはずだ。

 

 荒い息のお客様とは対象に、桐埼は気楽だ。

 

「よかったじゃん。不発だったんだ」

「どうかな」

 

 天音は無表情のまま映像を見つめていた。

 

 お客様は重い足取りで壕に入る。8畳ほどのスペースに6人の兵士が談笑したり眠ったりしていた。

 お客様は人が少ない壁際に寄ると、倒れるように横になった。

 

 談笑していた兵士の話が聞こえてくる。

 

『――最近さぁ、何も症状が出ない毒ガスがあるらしいよ』

『なんだよそれ。毒ガスじゃねぇじゃん』

『でもさ、前に毒ガス吸ったっていうやつが、狂っちまったんだって』

『どんな風に』

『大丈夫だってブツブツ言いながら、自分の頭をスコップで殴り始めたらしい』

 

 誰かが鼻で笑った。

 ただの退屈しのぎの談笑は、お客様の肩を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 3日経っても、お客様には毒ガス特有の症状は出なかった。

 ガスマスクは飲食時以外つけっぱなしだ。

 彼の足取りは、枷をつけたかの如く非常に重い。

 上官の元へ行くと、彼は頭を下げた。

 

『毒ガスを吸ってしまったので、医者に診てもらう許可を下さい』

『立ってるじゃないか』

 

 上官はそれだけ言うと、去ってしまった。

 

 桐埼が呆れたように口を開く。

 

「もう大丈夫だと思うんですけど」

「桐埼くんは、悩んで解決策を見つけるのと、悩まずに以前兵士が話していた狂人に成り果てるの、どっちがいい?」

「……前者の方です。でもそれって信じなければいいじゃないですか」

「お客様は、もしもを本気で考えてしまう性格なの知ってるでしょ」

「ああ、そうですね。さすが先輩です」

「えへへ」

 

 初めて後輩に褒められた天音は、笑みを隠さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、彼は暗闇で虚ろな目をしていた。ずっと座っているにも関わらず息が荒い。

 彼は手相を入念に観察した後、「なんで世界は僕を見捨てたの」「置いてかないでくれよ」とかを囁いている。かなりいっているようだ。

 それはつまり……。

 彼はゆっくりと腰のナイフを抜いた。

 月の淡い光がナイフを鈍く照らす。

 

 桐埼が天音の顔を覗いていた。

 

「なんで平然としてるんですか」

「え、ただの映画だよ?」

 

 桐埼は天音の胸倉を掴んだ。

 天音の小さな喉ぼとけが前に押し出される。

 

「ちょ、離せよ」

「生まれた時からずっと見てきたのに! 親も同然なのに! なんで何も思えないんですか! おかしいですよ先輩!」

 

 おかしいのはその理論でしょ。それが正しいなら、熱心なストーカーは親になれるということだよ?

 だけど口には出さなかった。桐埼の表情は必死そのものだったから。憐れみさえも混じっている。

 

「俺、先輩には人間でいてほしいんです」

 

 まぁ、どうせ自殺止めるんだし、

 

「わかった今すぐ助けに行こう」

 

 後輩の思いに答えるのも先輩の仕事だろう。

 天音は立ち上がった。

 

 桐埼が呆けた声を出す。

 

「え」

「ああ、桐埼の椅子は私が弄ったんだ」

 

 天音がリモコンのボタンをぽちっと押した。

 すると桐埼は俯きながら()()()立ち上がる。彼の拳はわなわなと震えていた。

 

「ロ……」

「ろ?」

「なんでもないです」

 

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