『ようこソ』 作:なつ
お金が欲しい。
私、一之瀬
わけあって引きこもり生活を始めた中学時代、いつしか私は
お金が欲しい。一生遊んで暮らしたいなんて言わないけど、妹が我慢しなくていいくらいのお金が欲しい。両親が将来を悲観しなくていいくらいのお金が欲しい。お金に振り回されたくない。だからお金が欲しい。布団の中でそんなことばかり考えていた私は、情けなくて虚しくて、
「念じてみなさい。燃えろと」
冬。
進路が決まっていなかった私は、推薦入学できるという高校の話を聞きに行った。
校舎に直接行ったわけじゃなくて、高校の関係者だっていう人が中学まで来てくれて、面談は空き教室で。どんな人だったか今は忘れちゃった。頭にもやがかかったみたいで、とても変な気持ちだ。
「もえろ、燃えろ……」
「そう。それでいい」
私は言われるがままに紙を見つめて、燃えろ燃えろと念じた。紙は燃え上がって、灰になった。
「次は、凍れ」
「こおれ」
舞い上がっていた灰が、ぴしぴしと凍り付いた。
私は驚いた。この世にはこういう才能があるのは知っていたけど、まさか自分にあるとは思っていなかったから。
──霊力。
それは万物全てに宿っているという不思議な力で、才能のある人達は様々な形で活用できる。現代においても完全には解析されていない、まだまだ謎の多い力。お金になる力だ。
「証明できた。君には才能がある」
霊力を活用できる人間は稀少な存在で、その能力を活かした仕事はどれも稼げる。たとえば、本物の占い師とか。巫女さんとか。神様みたいに万能じゃないけど、たまに未来が見えたり、悪霊を祓ったりもできるみたい。まあ、そんな機会は滅多にあるものではなくて、普段は平凡な日常を送ってる人が多いみたい。
そんな説明を聞きながら、私は気分が明るくなるのを感じていた。このさい手段はどうでも良くて、将来に光が差したような気がして嬉しかったのだ。
この薄暗い人生が変わる。この時の私は、久しぶりに笑顔になった。
「この場をもって高度育成高等学校への入学を許可しよう。学校の期待に応えて卒業できれば、君の将来は約束される」
そうして誘われた、国立の名門校、高度育成高等学校。そこには私と同じような人が沢山いて、卒業すれば希望の進路が約束されるという。
私はその話に飛びついた。引きこもり生活が長引いてしまって、これから先の人生が不安で仕方なかった私にとって、その誘いは正しく救いの手だったのだ。
─────▲─────
どうやら父が狂っている。
悲しい事実に気付いたのは小学校低学年の時だ。世の中は肉体が全てだとか言って、常識外れの筋トレを課してきたクソクソ父上お父さま。
プロテインと嘘をついて飲まされた、あの怪しい薬の味。俺は絶対に忘れない。
「中学生の時も頭のおかしい生活は続いていてさ、だから思ったわけだよ。全力で星に願った。普通の高校生活を送らせてくださいって」
「そうか。良かったじゃないか。オレも親父とは色々あったが、この高校は全寮制。しかも外部と接触できない閉鎖空間だし、自由だ」
閉鎖されてはいるが、中での自由は保証されている。その点はたしかに素敵だ。とてもいい。
俺は高校初めての友人、
本日は四月上旬。入学式。
晴れて高校生になった俺は、やる気のなさそうな顔の友人をゲットした。今はコンビニの前でおにぎり食べてる。俺がツナマヨ、綾小路くんもツナマヨだ。彼は「ツナマヨ同盟だな」と喜んでいた。嬉しそうで何よりだ。
「綾小路君って、もしかして由緒正しい家柄だったりする? ほら、綾小路って高貴じゃん」
「いや、クソみたいな家柄だ」
「仲間だね。俺は嬉しい」
「オレは嬉しくはないが、こうして一緒に飯を食える友人がいるのはいいな。まあなんだ。これからよろしく。
変わった苗字で呼ばれたのは俺だ。
ちなみに俺はゴリマッチョではない。ゴリマッチョになりそうな過酷な筋トレをさせられてはきたが、あまり体格には反映されなかった。きっとプロテインもどきのせいだな。飲めば飲むほど痩せたし、あれは怪しい薬で間違いない。
「こちらこそよろしく、綾小路君。そういや部活とか入る?」
「いや、今のところ考えていない。オレは普通に高校生活を送ることができれば満足だ。そうだな、彼女のひとりやふたりは欲しいところだが」
「ふたりは不味いね。社会的に抹消される可能性があるけど大丈夫?」
「大丈夫じゃないな……やめておこう」
綾小路君はマイペースな人で、なんとなく見てて癒される感じがする。いきなり良い友達ができて俺は嬉しいよ。とても幸先が良い。この調子で普通に楽しい高校生活を満喫して、家を滅ぼすかどうかは三年後に決めよう──。
そんな風にのんびり構えて、ダラダラと日常を過ごし、あっという間に半月が過ぎた。
「高校生に十万円は大金すぎるな」
「そうだなぁ……お金が余ってるなら賭けトランプしない?」
「
「特別ギャンブル狂ってわけじゃないけど、勝負事って楽しいんだよね」
「なるほど。一万でいいなら付き合うよ」
俺達の入学した学校の名は、高度育成高等学校。
高育の呼び名で親しまれている同校は魅力たっぷり。入学と同時に十万円分のポイントがもらえて、卒業さえできれば希望の進路がなんでも叶う。外部と切り離された学園都市には、ショッピングモールはじめ様々な施設が入居している。
『見ろ、月が綺麗だぞ』
『ごめんゾッとした。え、なに。綾小路君って好きなのは女子だよね?』
『当たり前だろう。何を言っているんだミヤっち』
『ミヤっちってなんだ』
『前園がつけたお前のあだ名だ』
前園というのはクラスの女子のことだ。俺は一度遊びに誘われたことがあって、その後、険悪な関係になってしまった。遊びを断っただけなのに、あいつはヤリチンだとか噂を流されているようだ。俺が何をしたっていうんだよ。
『月が綺麗だな』
『今、雲に隠れたけどね』
前園さんのことはともかく、ある夜、俺は綾小路君と月を見ていた。デートではない。映画を見に行って帰りに月が出ていただけだ。
俺達は高校生活を満喫していた。遊ぶ場所が沢山あって、まさに夢のような学園生活。
うん、おかしいと思ってたよ。
いくら国立の名門校とは言っても、入学しただけで遊んで暮らせるようなVIP待遇。ありえないありえないと考えながらも、俺は綾小路君らクラスメイト達と自堕落な生活を続けた。しばらく何も考えずにダラダラしたかったのもあって、計画性ゼロで一ヶ月を浪費したのである。
「──この不良品共が。貴様らDクラスは歴代でもぶっちぎりの不良品だ」
五月最初の登校日。
我がDクラスは阿鼻叫喚の嵐に見舞われた。
毎月支給されるという話だったポイントが、1ポイントも入金されていなかったのだ。
「もう手遅れかもしれないが、これからはせいぜい真面目に生きることだな」
能面のような無表情で説明しているのは、正真正銘の美人教師こと
こうなってしまった原因は俺達の学生生活だ。
まず、現金代わりのポイントはプライベートポイントと呼ばれている。それとは別にクラスポイントというのがあって、初期値は1000。どうやらそこに100を乗じた数値が支給ポイントらしいが、残念なことにクラスポイントは0になってしまった。
「遅刻欠席、合わせて238回。授業中のカラオケ7回、動画視聴432回、他にもいろいろあるぞ? ひと月で随分とやらかしたもんだな。ハッキリ言って終わってるよお前ら」
うん、たしかに終わってる。
朝来たらほとんど誰もいない日とかあったからな……集団で動画鑑賞してる人達もいたし、今言われた数字はきっと正しいんだろう。だから歌うのはやめとけって言ったのに……。
「僕たちはそんなこと、聞いていません。たしかに褒められた生活は送ることができませんでしたが、遊んでいたのは僕たちだけじゃないはずです」
爽やかな男子、平田君が挙手をして立ち上がり、とても真剣な顔で言った。いや、被害者みたいな雰囲気を醸し出してもダメだろう。俺達は自分で選択して自堕落を突っ走ってしまったんだから。後悔はないわけがない。後悔あるよ。さすがに浮かれすぎた。普通にやってれば毎月お小遣い生活だったのに、なんて勿体ないことをしてしまったんだろうか。
「聞いていないからといって授業をサボる。堂々と社長出勤をかます。挙句の果てには歌い出すような馬鹿もいる。それら全て『ダメだと聞いていませんでした』などとは言わせんぞ。お前、これまでの人生で何を学んできたんだ。悪とされる行いを見てしまった以上は、管理する側は罰しなければならない。堂々とやらかせば罰せられる。当たり前のことだろうが」
少し言い方に含みを感じるけど、正論だ。
そして怖い。先生の目付きがめちゃくちゃ怖い。睨んでるというより
「最初に説明したはずだが、この学校は実力で生徒を測る。そして、今のお前達の評価は0。正確には異次元のマイナスだ。マイナス査定で借金発生……なんていうシステムがなくてよかったな」
ポイントはどれだけ下がろうが0。それが聞けて、少し安心した。巨額のアドバンテージはなくなってしまったものの、これが底ってことだからな。問題は浮上の方法が分からないってことだ。
「やはり納得できません」
皆が黙り込む中、平田くんは粘ろうとしている。これで事態を打開できたらヒーローだ。俺は、どうか頑張ってくれと念を送った。
「他のクラスはクラスポイントが残っています。それも
「お前達が突き抜けてやらかし、そして
「……」
平田くんは沈痛な顔で腰を下ろした。あっダメだ返す言葉がなくなってしまったようだ。でも自分を責めないで欲しい。こんなん誰が抗議しても無理だ。むしろこの有り様でよく噛み付こうと思ったよ。純粋に凄いと思う。
ホワイトボードに張り出されている一枚の紙。そこに記されている、各クラスのクラスポイント残は以下の通りだ。
Aクラス 1080
Bクラス 980
Cクラス 880
Dクラス 0
平田君が述べた通り、他のクラスは大して減点されていない。
「全く……まだ聞くべきことがあるでしょう」
澄まし顔の少女が立ち上がった。綾小路君の隣の席の堀北さんだ。名前は
ちなみに俺の席は窓際の最後列の一番奥。堀北&綾小路ペアは通路を挟んで右側である。
「いくらなんでも減点幅が小さすぎる。Aクラスに至っては初期値を超えていますよね。私が思うに、
綾小路君がウンウンと頷いている。目が凄くとろんとしてるけど大丈夫か? 昨日、紳士向けの裏サイトを教えたのがまずかったのかも。目の下にクマできてるし、彼は確実に夜更かししたのだ。
それはともかく、堀北さんは冷静だな。他人を見下しがちではあるけど、彼女は実際に頭がいい。自分にも他人にも厳しいタイプだ。
「さあ、どうだろうな? そんなことを気にするより、お前達にはやるべきことがあるだろう」
「と、言いますと?」
「まずはまともに生活する力を身につけろ。決まった時間に起きて、決まった時間に学校に来る。当たり前のことを当たり前にやれ」
「私はしています」
「これはクラスの問題だ。たとえば不祥事を起こした企業があったとして、一人が真面目に働いていたとしても会社への評価は変わらん。むしろ、同じ穴のムジナとして見られる」
「納得できません。どうして私がこんな低レベルな人達と」
ちょっと待って堀北さん。すずねる。それは良くない。今の言い方だと
「ちょっと、誰が低レベルよ、誰が!」
次の瞬間、誰かが消しゴムを、投げた。
ギャルの佐藤さんだ。
佐藤
くるくると回転する消しゴムは、堀北さんの後頭部に刺さった。綺麗な黒髪ロングに刺さっちゃった。実に見事な投擲だ。
「佐藤さん、あなた……獣かなにかなの? いきなり物を投げつけるなんて、本能で生きているのね、あなた」
「おい堀北だまれ! シャーペン投げるわよ!?」
「ちょっと佐藤さんダメダメやめて!」
「ひゃあっ!?」
荒ぶる佐藤さんを近くの席の女子が静止し、間近で大声を聞いた眼鏡女子が悲鳴をあげた。
そして、どさくさにまぎれて「佐藤を止めろ!」「おうよ!」と女子に触ろうとする男子二名。彼女募集中の山内君と池くんだね。日に日に行動が積極的になってるんだけど、なにか理由はあるんだろうか。
「──ほら、低レベルじゃない。その化粧といい、あなたって本当に品がないわ」
「堀北ァ!」
周りが止めたのでキャットファイトは始まらなかった。しかし、クラスの雰囲気は最悪。そんな中で我が友、綾小路くんは安らかな寝息をたてていた。
茶柱先生は、いつの間にか消えていた。
─────▲─────
霊力というものには幼い頃から馴染みがあるが、正直あまり好きじゃない。
まず、見たくもないものが見える時がある。ウォシュレットのスイッチを入れた瞬間、真顔の老婆が横からこちらを見ていたりとか。あれは中々に衝撃的だ。できれば二度と経験したくない。
まあ、霊的なものって大体が見かけ倒し。意外と害がないものが多くて、今まで俺が見てきた八割くらいは単にこっちを見つめてるだけ。中には仲間になりたそうな顔をしてた人もいたけど、俺は無視した。
透明な老婆を見るより霊力を扱う時の方が嫌かな、個人的には。体力が吸われてるようなゾワゾワする感覚がどうしても苦手だ。そして何より、霊力だ陰陽だ、霊的資源だとかっていう単語を聞くと、クソ父上お父さまを思い出す。
幼少期から着々と蓄えられてきたトラウマが蘇るのだ。だから、高校ではそっち方面の話とは無縁で、普通の高校生活を送りたかった。この学校でならそれが叶うと思っていたのに、あぁ、なんでこんなことに。
「いや、世界観が違うだろう……普通の高校生活で
全クラスポイントが吹き飛んだ夜、俺も
とにかく広い高育の敷地内の最南端、
『私は殺し屋じゃない。邪魔しようとした人を排除しようとしただけ』
「ほぼ殺し屋だろう……排除しようとしてるんだから」
振り向きざまに俺を蹴り飛ばした謎の人物が、不気味な声で話しかけてくる。くそ、まずった。夜の散歩をしてたら怪しい黒づくめを見つけたから、こっそりストーキングしたらこんなことに。
銃を持ってる相手でも制圧できる自信はあるんだけど、こいつ、身体能力がおかしい。軽く飛んで3メートルくらいは浮遊してたし、間違いなく霊力を使いこなせてる側の人間だ。
『今すぐ消えて。そうすれば見逃してあげるから』
「じゃあそっちも家に帰れ。どこの誰かはわからないけど、こんなとこに忍び込んで……ろくでもないことしようとしてるのは明白だろ」
声が不自然にぼやけていて、男か女かの判別は不可。体全体を覆っている
つまり正体は完全に不明だ。部外者なのかそうでないのかすら。まあ、学内の人間だったとして、全員の顔と名前とか知らないけども。
『大丈夫。ここを破壊したりはしないから。少し用事があるだけだよ』
「普通の人間は、そんな格好して、こんな時間にこんな所に用事はない」
『あなたには関係ないじゃん。しつこい』
「こんなん見て見ぬふりはできないだろ。せめて普通の服で歩いててくれたら、俺だってストーキングしたりはしなかったよ」
とりあえず、殺されることはないだろう。ないと信じたい。これでも身のこなしには自信があるほうだし、クソ父上お父さまのせいでソコソコの戦闘経験も積んできているのだ。
『ついてこないで。突き落とすよ』
「殺害するってことだよね、それ」
『死なないでしょ。あなたは。せいぜい骨が何本か砕けるくらいだと思うよ』
不審者は背を向けて走り出した。体は闇に紛れるが、足音は消えずに響いてくる。
俺の選択は諦める……なんてことはなく、全速力での追跡である。ここまで来て帰ったりしたら、気になって夢に出てきそうだ。
ああ、くそ
闇の中を駆けながら、俺は舌打ちを打った。入学前の説明では『普通の名門校』と言われていたのに、入ってみたら周りは特殊な人間ばかり。多かれ少なかれ霊力を活用できる人間の巣窟だった。なにが普通の進学校だふざけるな。
「おい待て! 危険人物!」
『あなたは粘着質なんだね。鬱陶しい』
黒づくめさんは壁を走って上のフロアへ。いやホント身のこなしが凄いな! どこかの組織のスパイだと言われても納得な動きだ。ちょっとやそっと才能あるくらいじゃできないぞ、そんなこと。
「止まれって言ってんの!」
『待てって言われて待つおバカさんはいないよ』
「そりゃそうだね! 間違いないよ!」
結局、追いかけっこは太陽が見えてくるまで続いた。最後は床を
そして襲ってくる理不尽。
爆発は俺のせいということになり、怪しい人物のことは
あの黒づくめ、いつか目にもの見せてやる。