海防艦 犬島   作:重装甲空母信濃

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もしも第三次久瀬川河口進入事故の状況は同じだが、もし貨物船が大型で、列車が重くて短い距離で止まることが難しい貨物列車だったらという話。(今回のみの設定なので今後の話には中型貨物船で列車は4両であったことをメインのストーリーとする)


犬島第三次久瀬川河口進入事故 貨物列車26両

海防艦・犬島

 

――もし、もっと重かったなら――

 

第三次久瀬川河口進入事故・仮想分岐

 

これは。

 

実際に起きた第三次久瀬川河口進入事故とは違う。

 

犬島が正規航路を航行していたこと。

 

操舵不能となった貨物船が犬島左舷中央へ衝突したこと。

 

貨物船に押される形で久瀬川河口へ入ったこと。

 

その先に鉄道橋があったこと。

 

そこまでは同じ。

 

違うのは。

 

二つだけ。

 

貨物船が。

 

もっと大きかった。

 

そして。

 

鉄道橋へ近づいていた列車が。

 

旅客列車ではなく。

 

長く。

 

重い貨物列車だった。

 

もし。

 

その二つが重なっていたなら。

 

第三次久瀬川河口進入事故は。

 

かなり違う事故になっていた。

 

---

 

一 大型貨物船「北辰丸」

 

午後四時十二分。

 

犬島。

 

指定航路。

 

速力十三ノット。

 

機関。

 

正常。

 

操舵。

 

正常。

 

航路逸脱なし。

 

一方。

 

久瀬川河口から出港していた貨物船。

 

船名。

 

北辰丸。

 

全長。

 

約百六十二メートル。

 

幅。

 

約二十三メートル。

 

満載排水量。

 

約二万八千トン。

 

積荷。

 

鋼材。

 

工作機械。

 

大型変圧器。

 

建設資材。

 

船体の大きさは。

 

犬島とは比較にならない。

 

犬島。

 

七十八・九メートル。

 

千トン級。

 

北辰丸。

 

その倍を超える全長。

 

そして。

 

何十倍もの質量。

 

本来なら。

 

犬島と十分な距離を保ち。

 

河口を出てから右へ変針する。

 

だが。

 

操舵機。

 

故障。

 

主油圧系統。

 

圧力喪失。

 

非常操舵系統。

 

切替不良。

 

舵角。

 

ほぼ中央。

 

北辰丸は。

 

ゆっくり。

 

しかし。

 

止めることが難しい巨大な質量のまま。

 

犬島の航路へ出てきた。

 

---

 

二 避けきれない

 

犬島が気づく。

 

距離。

 

一千三百メートル。

 

「……大きい船が曲がってない」

 

無線。

 

「北辰丸」

 

「こちら海防艦犬島」

 

「進路確認してください」

 

返答。

 

『犬島、こちら北辰丸』

 

『操舵故障』

 

『舵が効かない!』

 

犬島。

 

すぐ右転。

 

だが。

 

右側。

 

浅瀬。

 

航路標識。

 

回避幅。

 

限られる。

 

北辰丸。

 

機関後進。

 

開始。

 

だが。

 

巨大な船体。

 

止まらない。

 

犬島。

 

十三ノット。

 

北辰丸。

 

約九ノット。

 

相対位置。

 

急速に縮まる。

 

犬島が右へ避ける。

 

「もう少し……!」

 

しかし。

 

北辰丸の船首。

 

巨大。

 

犬島から見れば。

 

壁が近づいてくるように見える。

 

午後四時十六分。

 

衝突。

 

---

 

三 押されるというより、運ばれる

 

北辰丸の船首左舷側。

 

犬島の左舷中央。

 

衝突。

 

犬島の船体。

 

大きく横へ押される。

 

「っ……!」

 

破断。

 

なし。

 

だが。

 

左舷外板。

 

広範囲変形。

 

犬島は。

 

両舷機関を使う。

 

舵も切る。

 

しかし。

 

北辰丸の質量は。

 

犬島の推力で押し返せるものではない。

 

犬島が。

 

自分で動いているというより。

 

北辰丸に押され。

 

川の方向へ運ばれていく。

 

犬島が無線で叫ぶ。

 

「北辰丸!」

 

『機関全速後進!』

 

「そのまま!」

 

『犬島、離れられるか!』

 

犬島は。

 

船体へ掛かる圧力。

 

衝突角。

 

潮流。

 

全部を見る。

 

「今離れたら」

 

「北辰丸だけで橋へ向かいます!」

 

『しかし犬島が持たない!』

 

「まだ持ちます!」

 

犬島は。

 

自分から接触を維持した。

 

完全に離れれば。

 

北辰丸は。

 

操舵不能のまま。

 

真正面にある久瀬川鉄橋へ向かう。

 

犬島が横にいる間だけ。

 

北辰丸の船首を。

 

ほんの少し。

 

ずらすことができる。

 

---

 

四 鉄橋の向こうから来るもの

 

港湾監視所。

 

警報。

 

「大型船が久瀬川へ入った!」

 

「犬島も押されてる!」

 

「鉄道会社へ緊急連絡!」

 

その頃。

 

鉄橋へ向かっていたのは。

 

四両編成普通列車ではない。

 

二十六両編成貨物列車。

 

機関車。

 

大型電気機関車一両。

 

貨車。

 

二十五両。

 

積荷。

 

コンテナ。

 

鋼材。

 

化学原料。

 

総重量。

 

約一千六百トン。

 

速度。

 

約七十五キロ毎時。

 

旅客列車と比べ。

 

編成が長い。

 

質量も大きい。

 

制動距離も長い。

 

鉄道指令から停止指示が出た時。

 

貨物列車は。

 

久瀬川鉄橋まで。

 

約一・四キロ。

 

非常制動。

 

運転士。

 

主幹制御器を戻す。

 

非常ブレーキ。

 

空気が抜ける。

 

全車両。

 

制動。

 

だが。

 

一千六百トン。

 

止まるには。

 

距離がいる。

 

「止まれ……」

 

運転士の前。

 

遠く。

 

久瀬川鉄橋。

 

その向こう。

 

大型貨物船。

 

そして。

 

その横に。

 

小さく見える犬島。

 

---

 

五 犬島が盾ではなく舵になる

 

鉄橋まで。

 

約六百メートル。

 

犬島は。

 

自分の役割を理解した。

 

北辰丸を。

 

止めることはできない。

 

質量差が大きすぎる。

 

なら。

 

橋脚へ正面から当たらないよう。

 

進路をずらす。

 

犬島。

 

右舷機関。

 

全力前進。

 

左舷機関。

 

全力後進。

 

舵。

 

右三十五度。

 

船体を。

 

北辰丸の船首に押し付けられたまま。

 

少しずつ。

 

斜めへする。

 

北辰丸船長。

 

『犬島、何をしている!』

 

「北辰丸を曲げます!」

 

『無理だ!』

 

「少しでええです!」

 

犬島の右舷機関。

 

回転上昇。

 

左舷軸。

 

逆転。

 

船尾。

 

右。

 

艦首。

 

左。

 

犬島の船体そのものが。

 

北辰丸の巨大な船首へ。

 

横方向の抵抗を加える。

 

一度。

 

二度。

 

少しずつ。

 

北辰丸の船首方向。

 

変化。

 

橋脚中央。

 

そこから。

 

中央航路寄りへ。

 

数度。

 

本当に。

 

わずか。

 

だが。

 

数百メートル先では。

 

数度の違いが。

 

数十メートルになる。

 

---

 

六 貨物列車は止まりきれない

 

鉄道側。

 

貨物列車。

 

非常制動継続。

 

七十五キロ。

 

六十五。

 

五十五。

 

四十五。

 

鉄橋まで。

 

八百メートル。

 

まだ止まれない。

 

運転士が無線。

 

『久瀬川貨物、非常制動中!』

 

『停止見込み、橋梁手前までに困難!』

 

鉄道指令。

 

一瞬。

 

沈黙。

 

『可能な限り減速継続!』

 

貨物列車。

 

四十キロ。

 

鉄橋まで。

 

五百メートル。

 

北辰丸。

 

鉄橋まで。

 

四百五十。

 

犬島。

 

その横。

 

鉄道指令の画面。

 

港湾監視。

 

互いに。

 

ほとんど同時に気づく。

 

このまま。

 

両方とも。

 

鉄橋へ来る。

 

---

 

七 四本では足りない

 

犬島。

 

「投錨!」

 

右舷錨。

 

左舷錨。

 

両方落とす。

 

北辰丸も。

 

両錨投下。

 

合計。

 

四本。

 

だが。

 

北辰丸。

 

二万八千トン。

 

犬島。

 

千トン級。

 

四本の錨だけでは。

 

すぐ止まらない。

 

錨鎖。

 

激しく張る。

 

北辰丸。

 

機関。

 

全速後進。

 

黒煙。

 

船尾水流。

 

犬島。

 

両舷後進へ切替。

 

しかし。

 

接触位置が悪い。

 

犬島が後進すれば。

 

北辰丸船首との圧力が増す。

 

犬島。

 

左舷中央。

 

さらに押される。

 

外板。

 

歪み増大。

 

隔壁。

 

きしむ。

 

犬島本人も。

 

左側へ強い痛み。

 

それでも。

 

「止まって……!」

 

鉄橋。

 

三百メートル。

 

貨物列車。

 

速度。

 

約三十五キロ。

 

停止まで。

 

まだ数百メートル。

 

---

 

八 鉄橋を先に通す

 

港湾監視所。

 

一人が叫ぶ。

 

「列車が止まらない!」

 

犬島が無線を聞く。

 

「列車の速度は!」

 

『約三十キロ!』

 

「橋まで!」

 

『三百メートル!』

 

犬島。

 

北辰丸との距離計算。

 

貨物列車。

 

鉄橋到達まで。

 

約三十数秒。

 

北辰丸。

 

橋まで。

 

約二百八十メートル。

 

現在速度。

 

約三・八ノット。

 

こちらも。

 

数十秒。

 

犬島が叫ぶ。

 

「列車!」

 

「先に通してください!」

 

港湾監視。

 

『何!?』

 

「貨物列車は止まりきれません!」

 

「橋を抜ける方が早いです!」

 

鉄道指令へ伝達。

 

貨物列車運転士。

 

赤信号。

 

非常制動。

 

それでも。

 

橋手前で止められない。

 

なら。

 

可能な限り速度を落としたまま。

 

橋を通過する。

 

ただし。

 

船が橋脚へ当たる前に。

 

抜けなければならない。

 

これは。

 

列車を止める事故対応ではない。

 

列車が橋を抜けるまで、犬島と北辰丸が橋脚へ届かないようにする時間稼ぎ。

 

---

 

九 残り百メートル

 

北辰丸。

 

鉄橋まで。

 

百五十メートル。

 

貨物列車。

 

鉄橋進入。

 

速度。

 

約二十六キロ。

 

電気機関車。

 

橋上。

 

犬島が見る。

 

長い。

 

機関車。

 

コンテナ車。

 

一両。

 

二両。

 

三両。

 

まだ続く。

 

北辰丸。

 

百二十メートル。

 

犬島。

 

「もっと後進!」

 

北辰丸船長。

 

『これ以上は機関限界だ!』

 

犬島。

 

「そのまま!」

 

右舷錨鎖。

 

強い荷重。

 

左。

 

さらに伸びる。

 

北辰丸の錨も。

 

川底を引きずる。

 

犬島の右舷機関。

 

過負荷警報。

 

犬島は切らない。

 

貨物列車。

 

十両目。

 

十五両目。

 

橋上。

 

北辰丸。

 

八十メートル。

 

犬島。

 

「まだ……!」

 

貨物列車。

 

二十両目。

 

速度。

 

二十キロ前後。

 

北辰丸。

 

五十メートル。

 

犬島の艦首。

 

橋脚から。

 

さらに近い。

 

列車。

 

二十四両目。

 

二十五両目。

 

最後尾。

 

鉄橋中央。

 

犬島。

 

「早く……!」

 

最後尾が。

 

橋梁を抜ける。

 

その瞬間。

 

犬島が。

 

両舷機関を。

 

もう一段強く後進へ。

 

---

 

十 九メートル

 

北辰丸。

 

停止。

 

犬島。

 

停止。

 

犬島艦首。

 

鉄橋橋脚まで。

 

約九メートル。

 

北辰丸船首。

 

最寄り橋脚まで。

 

約十六メートル。

 

犬島の右舷錨。

 

ほぼ限界荷重。

 

左舷錨鎖。

 

数環変形。

 

北辰丸。

 

錨鎖二本。

 

一部伸長。

 

だが。

 

止まった。

 

貨物列車。

 

最後尾。

 

鉄橋から約百二十メートル先。

 

速度。

 

まだ十数キロ。

 

そこから。

 

さらに数百メートル進み。

 

ようやく停止。

 

犬島は。

 

鉄橋を見る。

 

貨物列車。

 

もう橋の上にはいない。

 

「……抜けた」

 

北辰丸船長。

 

『犬島』

 

返事なし。

 

『犬島!』

 

「聞こえとります」

 

『止まったぞ』

 

「はい」

 

『列車も』

 

犬島は。

 

遠くの貨物列車を見る。

 

「はい」

 

それから。

 

小さく。

 

「間に合いました」

 

---

 

十一 もし犬島に当たっていなかった場合

 

事故後。

 

大規模なシミュレーション。

 

北辰丸。

 

操舵故障地点。

 

速力。

 

風。

 

潮流。

 

機関後進開始。

 

錨投下時刻。

 

すべて入力。

 

犬島との衝突を。

 

計算上だけ。

 

消す。

 

結果。

 

北辰丸。

 

河口へ直進。

 

犬島による横方向抵抗なし。

 

犬島が吸収した運動エネルギー。

 

なし。

 

北辰丸船首方向の偏向。

 

なし。

 

停止距離。

 

さらに延長。

 

推定。

 

北辰丸。

 

鉄橋中央橋脚へ。

 

約四・五から六ノット。

 

衝突。

 

大型船。

 

二万八千トン。

 

鋼材積載。

 

橋脚。

 

重大損傷。

 

さらに。

 

時刻。

 

貨物列車。

 

橋梁上。

 

しかも。

 

短い旅客列車ではない。

 

二十六両。

 

全長。

 

四百メートル超。

 

仮に橋脚が破壊され。

 

橋桁の一部が沈下した場合。

 

列車全体が橋を抜ける前に。

 

軌道。

 

大きく変形。

 

機関車。

 

または中間貨車。

 

脱線。

 

後続貨車。

 

押し込む。

 

長大編成。

 

重量。

 

一千六百トン。

 

一両が川へ落ちれば。

 

後続が連鎖的に引き込まれる可能性。

 

報告書には。

 

重い表現が並んだ。

 

«犬島との接触が存在しなかった場合、北辰丸の橋脚衝突回避は困難。»

 

«当該時刻には重量貨物列車が橋梁上に存在すると推定。»

 

«橋脚損傷による軌道変位、脱線、貨車連鎖転落を伴う重大鉄道事故へ発展する可能性が高い。»

 

犬島は。

 

そこまで読んで。

 

ページを止めた。

 

「二十六両……」

 

提督。

 

「ああ」

 

「長いですね」

 

「かなり」

 

「全部落ちることもあったんですか」

 

提督は少し考え。

 

「全部とは限らない」

 

「だが」

 

「一部だけでも大事故だ」

 

犬島は。

 

黙って。

 

深緑色のスカーフへ触れた。

 

---

 

十二 犬島の損傷も大きくなる

 

中型貨物船だった本来の事故と違い。

 

大型船に押された犬島の損傷は。

 

かなり重かった。

 

左舷中央外板。

 

約二十七メートル変形。

 

最大変形量。

 

約七十八センチ。

 

左舷二区画。

 

浸水。

 

第三区画。

 

軽度漏水。

 

中央十二糎砲。

 

基部変形。

 

旋回不能。

 

左舷通風系。

 

複数損傷。

 

甲板。

 

一部座屈。

 

機関室左舷隔壁。

 

大きく変形。

 

機関そのもの。

 

稼働可能。

 

推進軸。

 

保持。

 

船体。

 

破断なし。

 

龍骨。

 

保持。

 

犬島自身。

 

左側へ強い痛み。

 

歩行。

 

可能。

 

だが。

 

医療班から。

 

安静を指示された。

 

それでも犬島は。

 

最初に尋ねた。

 

「北辰丸の人は?」

 

「全員無事」

 

「貨物列車は?」

 

「脱線なし」

 

「橋は?」

 

「接触なし」

 

犬島は。

 

ようやく。

 

目を閉じた。

 

「なら」

 

「よかったです」

 

---

 

十三 北辰丸船長

 

事故翌日。

 

北辰丸船長が。

 

犬島を訪ねた。

 

何度も頭を下げる。

 

犬島は。

 

三回目で止めた。

 

「もうええです」

 

「しかし」

 

「舵が壊れたんでしょう」

 

「はい」

 

「船長さんが壊したわけじゃない」

 

「だが犬島さんは」

 

犬島は。

 

自分の左側を見る。

 

修理用の仮補強。

 

「直せます」

 

「でも」

 

少し間。

 

「橋と列車は」

 

「壊れたら」

 

「直すだけでは済まんかったと思います」

 

船長は黙る。

 

犬島は続ける。

 

「だから」

 

「うちの方へ来たのは」

 

「事故としては困りましたけど」

 

少しだけ。

 

困ったように笑う。

 

「結果としては」

 

「うちでよかったです」

 

---

 

十四 貨物列車の運転士

 

貨物列車の運転士も。

 

後日。

 

犬島へ会いに来た。

 

「橋に入った時」

 

運転士が言う。

 

「前方に船が見えました」

 

犬島は聞く。

 

「止まれんかったんですか」

 

「ブレーキは掛かっていました」

 

「でも」

 

「貨物列車は重い」

 

「急に止められません」

 

犬島は。

 

少し考える。

 

「うちの実艦と似とりますね」

 

運転士が犬島を見る。

 

「大きいものは、止まるまで時間がかかります」

 

「はい」

 

「だから」

 

犬島は鉄橋の写真を見る。

 

「早めに気づくのが大事です」

 

運転士は頷く。

 

犬島も。

 

「前を見て」

 

「横を見て」

 

「後ろも見る」

 

小さく言う。

 

運転士が尋ねる。

 

「何ですか」

 

「うちの癖です」

 

---

 

十五 軍令部評価

 

軍令部。

 

最終評価。

 

犬島。

 

航路遵守。

 

回避。

 

適切。

 

接触後。

 

大型貨物船との接触を維持。

 

船体および機関を利用し。

 

北辰丸の船首方位を橋脚正面から偏向。

 

両錨。

 

主機後進。

 

最終停止。

 

さらに。

 

重量貨物列車が橋を抜けるまでの時間を稼いだ。

 

評価。

 

«犬島の行動は、自艦被害を増加させる危険を伴った。»

 

«しかし大型貨物船単独での鉄道橋衝突を避ける有効な代替手段は当時乏しかった。»

 

«犬島が接触後に離脱していた場合、北辰丸は鉄道橋へ到達した可能性が高い。»

 

«犬島の船体抵抗、推進力、投錨による減速および進路偏向が事故拡大防止へ大きく寄与した。»

 

犬島は。

 

報告書の最後へ。

 

自分で一行書いた。

 

«でも、次はもっと小さい船でお願いします。»

 

提督が見る。

 

「事故相手は選べない」

 

犬島。

 

「知っとります」

 

---

 

十六 もし本当に起きていたら

 

この仮想分岐では。

 

犬島は。

 

本来の第三次久瀬川河口進入事故より。

 

大きな損傷を受けた。

 

修理期間。

 

約二か月。

 

鉄橋。

 

無傷。

 

北辰丸乗員。

 

無事。

 

重量貨物列車。

 

脱線なし。

 

運転士。

 

無事。

 

貨物。

 

無事。

 

そして。

 

橋梁崩落。

 

発生せず。

 

河川への貨車転落も。

 

起きなかった。

 

ただし。

 

本来の事故より。

 

停止距離は短かった。

 

犬島艦首。

 

鉄橋橋脚まで。

 

十七メートルではなく。

 

九メートル。

 

犬島本人は。

 

後から数字を聞き。

 

しばらく黙った。

 

「九メートル」

 

提督。

 

「ああ」

 

「うちの全幅くらいですね」

 

「近かったな」

 

犬島は。

 

少し不満そうに言う。

 

「近かったで済ませんでください」

 

---

 

十七 そして、本編では

 

ただし。

 

この出来事は。

 

あくまで。

 

もしもの世界線。

 

本来の第三次久瀬川河口進入事故では。

 

犬島へ衝突したのは。

 

準中型貨物船・東栄丸。

 

鉄橋へ接近していたのは。

 

四両編成の普通列車。

 

犬島は。

 

鉄橋橋脚まで約十七メートルで停止。

 

普通列車は。

 

橋手前約四十メートルで停止。

 

それが。

 

犬島の本来の歴史である。

 

大型貨物船。

 

重量貨物列車。

 

九メートル。

 

それらは。

 

「もっと条件が悪かったらどうなったか」

 

という。

 

一度だけ考えられた仮想記録。

 

それでも。

 

どちらの世界線でも。

 

犬島が言うことは。

 

たぶん。

 

同じだった。

 

「誰も置いていかんけぇ」

 

そして。

 

久瀬川河口を見れば。

 

もう一つ。

 

「……できれば次は、普通に通過したいです」

 

と。

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