海防艦 犬島   作:重装甲空母信濃

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犬島が提督に対して自身が存在していることの証明と自分自分が生きている事を感じるために提督に少し強めの頭突きする話。
偶発的な事故(艦娘が原因ではない)、犬島以外の登場艦娘は白露、時雨、翔鶴、瑞鶴


犬島作業用大型クレーン倒壊接触事故

海防艦・犬島

 

――ここにおる証明――

 

事故は。

 

犬島のせいではなかった。

 

白露のせいでも。

 

時雨のせいでも。

 

翔鶴のせいでも。

 

瑞鶴のせいでもない。

 

そして。

 

提督の判断ミスでもなかった。

 

ほんの数秒。

 

港湾設備の一部が。

 

壊れただけだった。

 

それだけで。

 

犬島は。

 

自分が本当に「ここにいる」のか。

 

分からなくなった。

 

---

 

一 第一岸壁の午後

 

午後二時四十分。

 

第一岸壁。

 

犬島の実艦は。

 

いつもの位置へ係留されていた。

 

機関停止。

 

陸電接続。

 

燃料補給なし。

 

弾薬作業なし。

 

穏やかな整備日。

 

犬島は艦橋から降り。

 

岸壁側で提督へ報告書を渡していた。

 

近くには。

 

白露。

 

時雨。

 

少し離れた場所に。

 

翔鶴と瑞鶴。

 

白露が犬島を見つける。

 

「犬島ー!」

 

犬島が振り返る。

 

「はい」

 

「今日、出撃ないんでしょ?」

 

「整備だけです」

 

「じゃあ後で一緒に――」

 

時雨が。

 

突然。

 

岸壁上方を見る。

 

「白露」

 

「ん?」

 

「離れた方がいい」

 

白露が。

 

「え?」

 

と答えた。

 

その直後。

 

金属音。

 

---

 

二 港湾クレーン

 

第一岸壁横。

 

大型港湾クレーン。

 

その旋回機構内部。

 

減速機固定ボルト。

 

経年疲労。

 

一本。

 

破断。

 

続いて。

 

荷重偏在。

 

二本目。

 

破断。

 

クレーンは。

 

荷物を吊っていなかった。

 

だから。

 

通常なら。

 

大事故にはならない。

 

だが。

 

旋回中の巨大なブームが。

 

本来の停止位置を越えた。

 

制動機。

 

作動。

 

しかし。

 

減速機側が固定されない。

 

ブームが。

 

ゆっくり。

 

犬島の実艦側へ。

 

旋回する。

 

時雨が叫ぶ。

 

「犬島!」

 

犬島も気づく。

 

「実艦が――」

 

提督。

 

「犬島、下がれ!」

 

犬島は。

 

自分の実艦を動かそうとする。

 

だが。

 

機関停止中。

 

係留索。

 

四本。

 

陸電。

 

接続。

 

すぐには動かせない。

 

ブーム先端。

 

犬島の艦橋上部へ。

 

接触。

 

ごん。

 

という。

 

鈍い音。

 

---

 

三 大きくは壊れなかった

 

接触速度。

 

低い。

 

ブーム先端。

 

艦橋上部。

 

電探支持部。

 

マスト基部。

 

衝撃。

 

犬島自身も。

 

頭の奥へ。

 

強い振動を感じる。

 

「……っ!」

 

倒れはしない。

 

ただ。

 

一歩。

 

後ろへ。

 

翔鶴が犬島を見る。

 

「犬島さん!」

 

瑞鶴。

 

「大丈夫!?」

 

犬島は。

 

すぐ答えようとする。

 

「はい」

 

声は出た。

 

普通。

 

実艦。

 

大きな破断なし。

 

艦橋屋根。

 

一部へこみ。

 

前部マスト。

 

基部変形。

 

電探。

 

一時停止。

 

船体。

 

浸水なし。

 

機関。

 

無傷。

 

事故としては。

 

中程度。

 

修理できる。

 

問題は。

 

その直後だった。

 

---

 

四 音が遠い

 

犬島が。

 

提督を見る。

 

提督が何か言っている。

 

「犬島」

 

聞こえる。

 

でも。

 

遠い。

 

白露が近づく。

 

「犬島?」

 

時雨が。

 

犬島の前へ回る。

 

「顔色がよくない」

 

犬島は。

 

自分の手を見る。

 

指。

 

動く。

 

握る。

 

開く。

 

でも。

 

変な感じ。

 

手がある。

 

のに。

 

自分のものだという感覚が。

 

少し薄い。

 

実艦も。

 

同じ。

 

船体が第一岸壁へ浮いている。

 

右舷。

 

左舷。

 

艦首。

 

艦尾。

 

分かる。

 

でも。

 

いつものように。

 

身体の延長として。

 

はっきり感じない。

 

犬島が。

 

小さく言う。

 

「……薄いです」

 

提督。

 

「何が」

 

「うちが」

 

---

 

五 連絡感覚の乱れ

 

医療的な重傷ではなかった。

 

後の調査では。

 

クレーン接触時。

 

前部マスト基部。

 

艦橋上部。

 

電探系統。

 

複数の感覚連絡回路へ。

 

同時に衝撃が入った。

 

犬島と実艦の接続。

 

切断ではない。

 

ただ。

 

感覚情報が。

 

一時的に。

 

途切れ途切れになった。

 

犬島は。

 

立てる。

 

話せる。

 

歩ける。

 

意識も明瞭。

 

だが。

 

本人の感覚。

 

「自分が少し遠い」

 

白露が。

 

犬島の右側から。

 

手を振る。

 

「これ見える?」

 

「見えます」

 

瑞鶴。

 

「指何本?」

 

「三本です」

 

翔鶴。

 

「お名前は?」

 

犬島が。

 

少しむっとする。

 

「犬島です」

 

白露。

 

「そこは普通だね」

 

時雨だけは。

 

犬島の表情を見る。

 

「でも」

 

「犬島自身が」

 

「普通じゃないと思ってるんだね」

 

犬島は。

 

少しだけ。

 

頷いた。

 

---

 

六 自分がいる感じ

 

提督が。

 

犬島の正面へ。

 

少し距離を取って立つ。

 

「犬島」

 

「はい」

 

「私は見えているか」

 

「見えます」

 

「声も」

 

「聞こえます」

 

「では」

 

「私は犬島がここにいると分かっている」

 

犬島は。

 

返事をしない。

 

提督が続ける。

 

「白露も」

 

白露。

 

「いるよ!」

 

「時雨も」

 

時雨。

 

「見えてる」

 

「翔鶴も」

 

翔鶴。

 

「はい」

 

「瑞鶴も」

 

瑞鶴。

 

「ちゃんといるって分かってる」

 

犬島は。

 

全員を見る。

 

「でも」

 

「うちが」

 

深緑色のスカーフへ手を置く。

 

「うち自身が」

 

「分からんのです」

 

提督は。

 

黙る。

 

犬島は。

 

自分の胸元。

 

手。

 

足。

 

実艦。

 

全部。

 

確認する。

 

「痛いのも」

 

「さっきだけでした」

 

「今は」

 

「何か」

 

「うちが」

 

少し考える。

 

「紙みたいです」

 

白露の表情から。

 

明るさが少し消える。

 

---

 

七 時雨の提案

 

時雨が。

 

静かに言う。

 

「何か」

 

「犬島自身が決めて」

 

「確かめた方がいいかもしれない」

 

提督が。

 

時雨を見る。

 

時雨。

 

「触ってもらう、とかじゃなくて」

 

「犬島が」

 

「自分からできること」

 

犬島が。

 

考える。

 

翔鶴。

 

「無理に何かする必要はありません」

 

瑞鶴。

 

「そうそう」

 

「少し休めば戻るかもしれないし」

 

白露。

 

「白露の肩叩く?」

 

犬島。

 

「何で白露さんなんですか」

 

白露。

 

「元気が出るかなって!」

 

時雨が。

 

少し笑う。

 

犬島も。

 

ほんの少しだけ。

 

口元を緩める。

 

でも。

 

まだ。

 

自分が薄い。

 

---

 

八 提督を見る

 

犬島は。

 

提督を見た。

 

じっと。

 

提督も。

 

犬島を見る。

 

何も言わない。

 

犬島が。

 

一歩。

 

近づく。

 

提督。

 

「犬島?」

 

もう一歩。

 

犬島は。

 

提督の腹部を見る。

 

以前。

 

何度か。

 

軽く。

 

こつん。

 

と額を当てた場所。

 

犬島の名前には。

 

犬。

 

と入っている。

 

なのに。

 

その動きだけは。

 

猫のようだった。

 

白露が気づく。

 

「あ」

 

瑞鶴。

 

「まさか」

 

時雨。

 

「たぶん」

 

翔鶴。

 

「犬島さん?」

 

犬島が。

 

提督へ言う。

 

「動かんでください」

 

提督は。

 

すぐ答える。

 

「ああ」

 

---

 

九 いつもより強い

 

犬島は。

 

半歩。

 

下がった。

 

提督が。

 

少しだけ。

 

嫌な予感を持つ。

 

「犬島」

 

「はい」

 

「いつものより」

 

「少し強くします」

 

「なぜ」

 

犬島は。

 

提督を見る。

 

琥珀色の目。

 

少し不安。

 

でも。

 

自分で決めている。

 

「提督が」

 

「痛いって思ったら」

 

少し間。

 

「うちがちゃんと」

 

「ここにおるって分かる気がします」

 

提督は。

 

意味を理解する。

 

犬島が。

 

存在している証明。

 

自分が何かへ触れ。

 

その相手が。

 

本当に反応する。

 

それを。

 

自分の意思で確かめたい。

 

提督は。

 

少しだけ腹に力を入れる。

 

「分かった」

 

犬島が。

 

さらに確認する。

 

「ええんですか」

 

「ああ」

 

「ちょっと痛いかもしれません」

 

「構わない」

 

犬島。

 

「では」

 

一呼吸。

 

そして。

 

ごつん。

 

---

 

十 「痛い」

 

いつもの。

 

こつん。

 

ではない。

 

明らかに。

 

強い。

 

提督の身体が。

 

少し後ろへ。

 

「っ……!」

 

白露。

 

「わっ!」

 

瑞鶴。

 

「強っ!」

 

翔鶴。

 

「提督、大丈夫ですか!?」

 

時雨は。

 

犬島を見ている。

 

犬島は。

 

額を提督の腹部へ当てたまま。

 

数秒。

 

止まっている。

 

提督が。

 

息を吐く。

 

「……痛い」

 

犬島の肩が。

 

ぴく。

 

提督。

 

「犬島」

 

「はい」

 

「かなり痛い」

 

犬島が。

 

ゆっくり。

 

額を離す。

 

提督を見る。

 

「ほんまですか」

 

「ああ」

 

「ちゃんと?」

 

「ちゃんと」

 

犬島の目が。

 

少し揺れる。

 

「うちが」

 

「ぶつかったから?」

 

「犬島がぶつかったからだ」

 

その言葉で。

 

犬島が。

 

ようやく。

 

深く息を吸った。

 

---

 

十一 「おります」

 

犬島は。

 

自分の額へ手を当てる。

 

少し。

 

痛い。

 

提督も。

 

腹部を押さえる。

 

痛い。

 

犬島が。

 

手を見る。

 

今度は。

 

自分の手だと思える。

 

実艦。

 

艦橋。

 

甲板。

 

舵。

 

機関。

 

右軸。

 

左軸。

 

少しずつ。

 

感覚が戻る。

 

犬島。

 

「……おる」

 

白露。

 

「うん」

 

犬島。

 

「うち」

 

もう一度。

 

「おります」

 

時雨。

 

「うん」

 

翔鶴が。

 

安心したように。

 

小さく息を吐く。

 

瑞鶴。

 

「頭突きで確認するのは犬島くらいじゃない?」

 

白露。

 

「犬なのに猫っぽいけどね!」

 

犬島が。

 

白露を見る。

 

「今そこ言いますか」

 

白露。

 

「戻った!」

 

時雨。

 

「それは僕も思った」

 

---

 

十二 提督の腹部

 

数分後。

 

提督は。

 

まだ腹部を押さえていた。

 

犬島が。

 

少し気まずそうに見る。

 

「提督」

 

「何だ」

 

「痛いですか」

 

「ああ」

 

「まだ?」

 

「まだ」

 

犬島。

 

「……すみません」

 

提督。

 

「謝るくらいなら」

 

「もう少し弱くしてほしかったな」

 

犬島が。

 

少し俯く。

 

「でも」

 

「弱かったら」

 

「分からんかったかもしれません」

 

提督は。

 

犬島を見る。

 

「なら」

 

「今回はこれでいい」

 

犬島。

 

「ほんまですか」

 

「ああ」

 

「ただし」

 

犬島が。

 

少し身構える。

 

「次に同じ確認をするときは」

 

「先に強さを相談してくれ」

 

白露。

 

「次もある前提なんだ!」

 

瑞鶴。

 

「提督も大変ね」

 

翔鶴。

 

「瑞鶴」

 

「笑ってはいけません」

 

時雨。

 

「でも」

 

少し笑う。

 

「犬島らしい確認だったと思うよ」

 

---

 

十三 事故原因

 

翌日。

 

事故調査。

 

港湾クレーン。

 

旋回減速機。

 

固定ボルト。

 

金属疲労。

 

さらに。

 

整備点検では。

 

外部から確認困難な。

 

内部亀裂。

 

荷物。

 

なし。

 

クレーン操作員。

 

規定どおり。

 

犬島。

 

指定係留位置。

 

正常。

 

艦娘側操作。

 

なし。

 

白露。

 

時雨。

 

翔鶴。

 

瑞鶴。

 

関与なし。

 

結論。

 

«港湾設備の機械的故障による偶発事故。»

 

«犬島および周辺艦娘に過失なし。»

 

犬島実艦。

 

艦橋屋根。

 

局部変形。

 

前部マスト基部。

 

損傷。

 

電探支持架。

 

修理。

 

感覚接続系。

 

一時的な情報遅延。

 

数時間で。

 

ほぼ平常へ。

 

犬島本人。

 

額。

 

軽い打撲。

 

提督。

 

腹部。

 

軽い打撲。

 

白露が。

 

報告書を見る。

 

「提督の負傷理由」

 

「犬島の頭突きって書いてある」

 

犬島。

 

「そこ読まんでください」

 

瑞鶴。

 

「事故とは別件じゃない?」

 

時雨。

 

「本人同士の合意あり」

 

翔鶴。

 

「記録としては必要でしょうね」

 

犬島が。

 

少し顔を赤くする。

 

---

 

十四 翌日の確認

 

第一岸壁。

 

修理中の犬島実艦。

 

犬島。

 

提督。

 

白露。

 

時雨。

 

翔鶴。

 

瑞鶴。

 

犬島は。

 

自分の実艦へ手を当てる。

 

「今日は」

 

「ちゃんと分かります」

 

提督。

 

「自分がいることも?」

 

犬島。

 

「はい」

 

白露。

 

「じゃあ頭突きいらないね!」

 

犬島。

 

「今日はしません」

 

提督が。

 

少しだけ。

 

安心する。

 

瑞鶴が。

 

それに気づく。

 

「提督」

 

「今ちょっと安心したでしょ」

 

「した」

 

犬島。

 

「そんなに嫌でしたか」

 

提督。

 

「痛かったからな」

 

犬島。

 

「……すみません」

 

時雨。

 

「でも」

 

「昨日の犬島には」

 

「あれが必要だったんだと思う」

 

翔鶴。

 

「自分自身で選んだ方法だったことが」

 

「大切だったのでしょうね」

 

犬島は。

 

少しだけ。

 

頷く。

 

---

 

十五 もう一つの証明

 

その日の夕方。

 

犬島は。

 

提督と二人。

 

第一岸壁を歩いていた。

 

実艦。

 

まだ修理中。

 

犬島が。

 

自分の足音を聞く。

 

こつ。

 

こつ。

 

茶色の編上靴。

 

提督の足音。

 

少し重い。

 

二つ。

 

並ぶ。

 

犬島が言う。

 

「提督」

 

「何だ」

 

「昨日」

 

「痛いって言ってくれて」

 

「ありがとうございます」

 

提督。

 

「礼を言われることか?」

 

犬島。

 

「はい」

 

「提督が痛いなら」

 

「うちが触ったことが」

 

「ちゃんと現実に残ったので」

 

少し間。

 

「それで」

 

「うちも」

 

「ここにおるって分かりました」

 

提督は。

 

静かに答える。

 

「今は?」

 

犬島は。

 

第一岸壁を見る。

 

実艦。

 

海。

 

風。

 

自分の足音。

 

深緑色のスカーフ。

 

全部。

 

感じる。

 

「今は」

 

少し笑う。

 

「頭突きせんでも分かります」

 

提督。

 

「それは助かる」

 

犬島が。

 

少しだけ。

 

むっとする。

 

「でも」

 

「また分からんくなったら」

 

提督の表情が。

 

少し固まる。

 

犬島は。

 

その顔を見て。

 

久しぶりに。

 

小さく笑った。

 

「次は」

 

「もう少し弱くします」

 

提督も。

 

笑う。

 

「それで頼む」

 

犬島は。

 

歩き続ける。

 

右。

 

左。

 

足音。

 

一歩ずつ。

 

確かに。

 

自分のもの。

 

そして。

 

隣には。

 

頭突きを受けて。

 

「痛い」

 

と言った提督がいる。

 

犬島は。

 

小さく呟いた。

 

「海防艦・犬島」

 

「ここにおります」

 

今度は。

 

誰かへ証明するためではない。

 

自分自身へ。

 

そう言った。

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