海防艦 犬島   作:重装甲空母信濃

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何度も何度もおきている犬島が関連している事故を「犬島が自分からおこしにいっている」という報道がされ、一時的に犬島が閉じこもる話。最終的には解決する。


犬島誤報道による活動自主停止

海防艦・犬島

 

――「事故を起こしに行く艦」と呼ばれた日――

 

犬島には。

 

事故が多かった。

 

それ自体は。

 

否定できなかった。

 

貨物船に押された。

 

河口へ入った。

 

海底の鋼索を推進器へ巻き込んだ。

 

通信設備が壊れ。

 

命令を聞けないまま補給艦と接触した。

 

港湾クレーンが。

 

実艦へ接触した。

 

味方の艦上爆撃機が。

 

制御不能のまま艦橋へ衝突した。

 

ジャーヴィスの魚雷事故もあった。

 

四隻連鎖衝突事故にも。

 

犬島は巻き込まれている。

 

一つ一つを見れば。

 

理由がある。

 

犬島に過失がなかった事故。

 

相手にも過失がなかった事故。

 

設備故障による事故。

 

別の艦の手順違反から。

 

連鎖的に巻き込まれた事故。

 

それでも。

 

見出しだけを並べれば。

 

こうなる。

 

«また犬島。»

 

そして。

 

ある日。

 

それを。

 

もっと強い言葉へ変えた報道が出た。

 

«「事故を呼ぶ海防艦」犬島――本当に偶然なのか»

 

さらに。

 

その日の夜。

 

報道番組で。

 

一人の出演者が言った。

 

「これだけ毎回、同じ艦が現場にいるとなると」

 

少し間。

 

「犬島自身が事故を起こしに行っているのではないか、という疑問も出てきます」

 

犬島は。

 

その放送を。

 

自室で見ていた。

 

---

 

一 切り取られた記録

 

番組は。

 

犬島の事故を。

 

時系列で並べた。

 

しかし。

 

説明は。

 

妙に短かった。

 

«久瀬川河口進入。»

 

«貨物船衝突。»

 

«海底鋼索巻込み。»

 

«友軍艦との接触。»

 

«艦爆衝突。»

 

«四隻連鎖事故。»

 

それぞれの横には。

 

大きな赤字。

 

事故。

 

事故。

 

事故。

 

事故。

 

そして。

 

犬島の写真。

 

白い水兵服。

 

深緑色のスカーフ。

 

琥珀色の目。

 

番組では。

 

第三次久瀬川河口進入事故の映像も使われた。

 

犬島が。

 

貨物船に側面から押され。

 

河口へ向かっていく映像。

 

だが。

 

貨物船側の操舵故障について。

 

説明されたのは。

 

ほんの数秒。

 

それより長く。

 

犬島が河口へ入る映像が。

 

繰り返された。

 

次。

 

鋼索事故。

 

犬島の右舷推進器へ。

 

ワイヤが巻き付いた写真。

 

だが。

 

海底に残置された鋼索が。

 

先行曳船の推進流で浮き上がったこと。

 

犬島からは見えなかったこと。

 

それは。

 

字幕で小さく。

 

次。

 

通信途絶事故。

 

«「停止命令に応答しなかった犬島」»

 

その後。

 

通信装置の故障説明。

 

短い。

 

犬島は。

 

テレビの前で。

 

黙っていた。

 

---

 

二 「でも、事故は多いです」

 

翌朝。

 

第一岸壁。

 

犬島は。

 

いつもの時間に来なかった。

 

提督が。

 

少し気にする。

 

午前七時。

 

来ない。

 

七時十五分。

 

来ない。

 

七時三十分。

 

犬島の実艦。

 

第一岸壁。

 

係留されたまま。

 

機関。

 

停止。

 

犬島自身は。

 

艦内。

 

提督が無線。

 

「犬島」

 

しばらくして。

 

返事。

 

『はい』

 

「今日の朝報告は」

 

『……後で出します』

 

「体調が悪いか」

 

『悪くありません』

 

少し間。

 

『今日は』

 

「何だ」

 

『出ません』

 

提督は。

 

それ以上。

 

無理に聞かなかった。

 

「分かった」

 

犬島が。

 

小さく返す。

 

『はい』

 

---

 

三 最初の三日

 

一日目。

 

犬島。

 

第一岸壁から動かない。

 

二日目。

 

予定されていた沿岸護衛訓練。

 

犬島本人から。

 

辞退願い。

 

理由。

 

«当面の間、港外航行を控えたい。»

 

三日目。

 

整備工員が。

 

艦橋へ来る。

 

「犬島」

 

返事。

 

なし。

 

「工具箱置いとくぞ」

 

少しして。

 

艦橋扉。

 

少し開く。

 

犬島の手だけ。

 

工具箱を受け取る。

 

工員。

 

「顔くらい見せろ」

 

犬島。

 

「今日はええです」

 

扉。

 

閉じる。

 

---

 

四 提督が来る

 

三日目。

 

夕方。

 

提督。

 

第一岸壁。

 

犬島の実艦へ。

 

乗艦許可を。

 

犬島本人へ尋ねる。

 

「入っていいか」

 

少し間。

 

『はい』

 

提督は。

 

艦橋へ。

 

犬島。

 

窓際。

 

座っている。

 

深緑色のスカーフ。

 

いつもどおり。

 

制服。

 

いつもどおり。

 

ただ。

 

表情。

 

かなり沈んでいる。

 

提督は。

 

隣へ座らない。

 

少し離れる。

 

「番組を見た」

 

犬島。

 

「はい」

 

「事実ではない」

 

犬島は。

 

すぐには答えない。

 

やがて。

 

「でも」

 

と言う。

 

「事故が多いのは」

 

「ほんまです」

 

提督。

 

「ああ」

 

犬島が。

 

少しだけ。

 

顔を下げる。

 

「そこを否定されたら」

 

「たぶん」

 

「余計に嫌です」

 

提督は。

 

頷く。

 

「否定しない」

 

「犬島が関係した事故は多い」

 

犬島。

 

「はい」

 

「でも」

 

提督は続ける。

 

「事故が多いことと」

 

「事故を起こしに行っていることは」

 

「別の話だ」

 

犬島は。

 

黙る。

 

---

 

五 犬島が怖くなったもの

 

「提督」

 

「何だ」

 

「出たくないです」

 

「海へ?」

 

犬島は頷く。

 

「事故が怖いのか」

 

少し考える。

 

「それもあります」

 

「でも」

 

「次に何かあったら」

 

犬島は。

 

窓の外。

 

自分の前甲板を見る。

 

「また犬島って言われます」

 

提督は。

 

何も挟まない。

 

犬島。

 

「うちが正しい航路を通っても」

 

「向こうの舵が壊れても」

 

「海底からワイヤが出てきても」

 

「通信が壊れても」

 

「飛行機が落ちてきても」

 

一つずつ。

 

指折り。

 

「また」

 

「犬島がおったって言われます」

 

「なら」

 

少し間。

 

「うちが出んかったら」

 

「事故に犬島って名前が付かんです」

 

提督。

 

「そうだな」

 

犬島が。

 

少し驚いて見る。

 

提督。

 

「犬島が港から出なければ」

 

「少なくとも犬島が巻き込まれる事故は減る」

 

犬島。

 

「……はい」

 

「ただし」

 

提督は。

 

港を見る。

 

「犬島が護衛するはずだった船も」

 

「犬島が見つけるはずだった異常も」

 

「犬島が守るはずだった航路も」

 

「犬島なしになる」

 

犬島は。

 

何も言わない。

 

---

 

六 報道は広がる

 

その間にも。

 

記事は増えた。

 

«事故多発艦・犬島»

 

«なぜ犬島ばかり事故現場にいるのか»

 

«海軍は犬島を出港停止にすべきでは»

 

SNS。

 

掲示板。

 

新聞投書。

 

中には。

 

犬島を擁護する声も多い。

 

だが。

 

犬島は。

 

それを見なかった。

 

擁護を見ると。

 

「守ってもらっとる」

 

と思ってしまう。

 

批判を見ると。

 

「やっぱりそう見える」

 

と思ってしまう。

 

だから。

 

端末の電源を。

 

切った。

 

---

 

七 白桃菓子

 

四日目。

 

提督が。

 

犬島の艦橋前へ。

 

白桃菓子。

 

一つ。

 

置く。

 

何も言わず。

 

帰る。

 

一時間後。

 

包装紙だけ。

 

四つ折りになって。

 

同じ場所へ置かれていた。

 

翌日。

 

また。

 

一つ。

 

包装紙。

 

四つ折り。

 

提督は。

 

それを見て。

 

犬島へ何も言わなかった。

 

六日目。

 

犬島の方から。

 

無線。

 

『提督』

 

「何だ」

 

『白桃菓子』

 

「はい」

 

『毎日置かんでもええです』

 

「嫌だったか」

 

『違います』

 

少し間。

 

『太ります』

 

提督は。

 

わずかに笑った。

 

「分かった」

 

犬島。

 

『……二日に一個で』

 

「了解」

 

少しだけ。

 

犬島が戻ってきた。

 

---

 

八 提督は反論しない

 

軍令部。

 

鎮守府。

 

広報部。

 

報道への対応。

 

最初の案。

 

«犬島は優秀な海防艦であり、報道内容は事実無根である。»

 

提督は。

 

却下した。

 

「それでは弱い」

 

広報官。

 

「では抗議文を」

 

「それも違う」

 

「何を出しますか」

 

提督は。

 

犬島の事故記録。

 

厚い束。

 

机へ置く。

 

「全部だ」

 

「全部?」

 

「犬島が関連した事故を」

 

「一件ずつ」

 

「航跡」

 

「通信記録」

 

「故障解析」

 

「調査委員会判断」

 

「過失認定」

 

「事故原因」

 

「公開できる範囲で全部並べる」

 

広報官。

 

「かなりの量になります」

 

提督。

 

「量があるから」

 

「事故件数だけ切り取られた」

 

「なら」

 

「同じ件数だけ事実を出す」

 

---

 

九 一覧表

 

公開資料。

 

表題。

 

「海防艦犬島関連事故に関する事実整理」

 

一件目。

 

ジャーヴィス魚雷事故。

 

«犬島側過失なし。»

 

二件目。

 

第一次久瀬川河口事故。

 

«機械的・航行上の複合事故。犬島側の故意なし。»

 

三件目。

 

第三次久瀬川河口進入事故。

 

«犬島は指定航路を正常航行。貨物船側操舵装置故障による航路逸脱。犬島側過失なし。»

 

四件目。

 

港外東航路・浚渫用鋼索巻込み事故。

 

«海底残置鋼索が浮上。水面から発見不能。犬島側過失なし。»

 

五件目。

 

通信途絶接触事故。

 

«犬島側通信設備の複合故障により命令受信不能。意図的命令無視を否定。»

 

六件目。

 

艦爆衝突事故。

 

«味方艦爆制御系統の突発故障。犬島は回避操作実施。犬島側過失なし。»

 

七件目。

 

四艦連鎖接触事故。

 

«犬島・秋月・妙高に過失なし。能代の出港手順逸脱を主原因と認定。»

 

そして。

 

最後。

 

太字。

 

«公開可能な事故調査記録の範囲において、「犬島が事故を意図的に発生させた」と判断された事案は存在しない。»

 

さらに。

 

«事故件数の多さそれ自体は、故意または過失を示すものではない。各事故の原因は個別に評価されるべきである。»

 

---

 

十 決定的だった映像

 

特に反響が大きかったのは。

 

第三次久瀬川河口進入事故。

 

未編集の港湾監視映像。

 

公開された映像には。

 

犬島が。

 

指定航路を。

 

まっすぐ航行している。

 

横から。

 

舵故障の貨物船が。

 

進路を外れ。

 

犬島へ近づく。

 

犬島。

 

回避。

 

間に合わず。

 

貨物船。

 

犬島側面へ衝突。

 

そして。

 

貨物船に押されながら。

 

犬島が河口へ入っていく。

 

それまで。

 

テレビで繰り返されていたのは。

 

後半だけだった。

 

「犬島が河口へ進入する映像」。

 

完全映像では。

 

意味が違った。

 

さらに。

 

通信音声。

 

『犬島、状態!』

 

『うちは正常です!』

 

『押されとります!』

 

これが。

 

広く流れた。

 

---

 

十一 「押されとります」

 

翌日。

 

工員が。

 

犬島の艦橋前で。

 

新聞を持っていた。

 

犬島。

 

まだ出てこない。

 

工員。

 

「犬島」

 

『はい』

 

「昨日の映像」

 

『見てません』

 

「見なくてもいい」

 

『はい』

 

工員。

 

「ただ」

 

少し笑う。

 

「『押されとります』が」

 

「すごい勢いで広まってる」

 

犬島。

 

沈黙。

 

工員。

 

「事故起こしに行った艦の台詞には」

 

「聞こえんらしい」

 

少し間。

 

艦橋扉が。

 

ちょっと開く。

 

犬島の顔。

 

「……ほんまですか」

 

「ほんま」

 

犬島。

 

「変なところが広まりましたね」

 

「でも」

 

工員。

 

「役には立った」

 

---

 

十二 報道局の訂正

 

最初に。

 

「犬島自身が事故を起こしに行っているのではないか」

 

と放送した番組。

 

三日後。

 

訂正。

 

司会者。

 

«「先日の放送において、海防艦犬島が意図的に事故へ関与している可能性を示唆する表現がありました。」»

 

«「その後公開された複数の事故調査資料を確認した結果、そのような見方を裏付ける事実は確認できませんでした。」»

 

«「事故件数のみを並べ、各事案の原因・過失認定を十分に説明しなかったことで、誤解を招く内容となりました。」»

 

«「犬島および関係者へお詫びいたします。」»

 

犬島は。

 

録画で。

 

そこだけ見た。

 

見終わる。

 

テレビを消す。

 

提督。

 

隣ではなく。

 

少し離れて座っている。

 

「どうだ」

 

犬島。

 

「……遅いです」

 

「そうだな」

 

「最初に言う前に」

 

「調べてほしかったです」

 

「ああ」

 

犬島。

 

「謝ったら」

 

「言われたことが無くなるわけじゃないです」

 

「そうだな」

 

犬島。

 

少し黙る。

 

「でも」

 

「謝らんよりは」

 

「ええです」

 

---

 

十三 それでも出られない

 

報道は。

 

訂正された。

 

世論も。

 

かなり変わった。

 

それでも。

 

犬島は。

 

翌日。

 

出港しなかった。

 

提督は。

 

驚かなかった。

 

「まだか」

 

犬島。

 

「はい」

 

「分かった」

 

犬島が。

 

少し困る。

 

「怒らんのですか」

 

「何を」

 

「もう解決したのに」

 

提督。

 

「報道は解決した」

 

「犬島の中は」

 

「まだだろう」

 

犬島は。

 

しばらく。

 

提督を見る。

 

「……はい」

 

---

 

十四 第一岸壁から百メートル

 

翌日。

 

犬島。

 

係留索を外す。

 

ただし。

 

任務ではない。

 

訓練でもない。

 

第一岸壁から。

 

百メートルだけ。

 

沖へ出る。

 

提督。

 

岸壁。

 

何も言わない。

 

犬島。

 

前進微速。

 

十メートル。

 

二十。

 

五十。

 

百。

 

停止。

 

周囲。

 

何もない。

 

事故。

 

起きない。

 

犬島は。

 

そのまま。

 

五分。

 

海面を見る。

 

そして。

 

戻る。

 

「ただいまです」

 

提督。

 

「おかえり」

 

それだけ。

 

---

 

十五 次は港口まで

 

二日後。

 

港口。

 

往復。

 

何も起きない。

 

その翌日。

 

港外一海里。

 

何も起きない。

 

さらに。

 

短い沿岸航行。

 

何も起きない。

 

犬島は。

 

毎回。

 

帰ってくる。

 

そして。

 

少しずつ。

 

「事故が起きない日」

 

を。

 

自分の中へ。

 

積み直す。

 

---

 

十六 最初の護衛復帰

 

報道から。

 

十八日後。

 

犬島。

 

小型輸送船二隻。

 

近距離護衛。

 

提督。

 

「行けるか」

 

犬島。

 

少し考える。

 

「怖いです」

 

「中止するか」

 

犬島は。

 

輸送船を見る。

 

「いいえ」

 

深緑色のスカーフを。

 

自分で整える。

 

「怖いまま行きます」

 

出港。

 

犬島。

 

輸送船。

 

二隻。

 

何も起きない。

 

普通。

 

海。

 

普通。

 

航路。

 

普通。

 

帰投。

 

第一岸壁。

 

提督。

 

「おかえり、犬島」

 

犬島。

 

「ただいまです」

 

それから。

 

少しだけ。

 

笑う。

 

「今日は事故なしです」

 

提督。

 

「ああ」

 

「それが普通だ」

 

犬島。

 

「普通って」

 

少し考える。

 

「ええですね」

 

---

 

十七 記者会見

 

犬島自身が。

 

記者会見へ出ることになったのは。

 

さらに後。

 

強制ではない。

 

犬島本人が。

 

出ると言った。

 

壇上。

 

海防艦・犬島。

 

提督。

 

広報官。

 

記者。

 

一人。

 

質問。

 

「犬島さん自身は」

 

「なぜこれほど事故に関係することが多いと思いますか」

 

犬島は。

 

しばらく考える。

 

「分かりません」

 

会場。

 

静か。

 

犬島。

 

「事故は」

 

「原因が全部違います」

 

「一つの理由で起きとるわけじゃありません」

 

「うちが事故を呼んどるとも思いません」

 

少し間。

 

「でも」

 

「多いのは、多いです」

 

「それは否定しません」

 

別の記者。

 

「報道を見て、どう感じましたか」

 

犬島。

 

少し。

 

スカーフへ触れる。

 

「外へ出たくなくなりました」

 

会場の空気が変わる。

 

犬島は続ける。

 

「次に何か起きたら」

 

「またうちのせいって言われると思ったので」

 

「でも」

 

「出んかったら」

 

「護衛できません」

 

「誰かを迎えにも行けません」

 

「事故が怖いからって」

 

「海防艦をやめたくはありませんでした」

 

---

 

十八 「事故を起こしに行っているのか」

 

最初の報道をした記者。

 

その会見にもいた。

 

彼が。

 

犬島へ質問する。

 

「犬島さん」

 

「はい」

 

少し間。

 

「あなたは」

 

言いにくそうに。

 

「事故を起こしに行っているのでしょうか」

 

会場。

 

静寂。

 

犬島は。

 

怒らなかった。

 

ただ。

 

真っ直ぐ見る。

 

「いいえ」

 

一言。

 

そして。

 

続ける。

 

「うちは」

 

「帰ってくるために海へ出ます」

 

「護るために出ます」

 

「事故を起こすためじゃありません」

 

さらに。

 

「事故が起きたら」

 

「その時できることをします」

 

「止めます」

 

「避けます」

 

「助けます」

 

「帰ります」

 

少し間。

 

「それが」

 

「うちの仕事です」

 

---

 

十九 提督は何も足さない

 

会見終了。

 

記者。

 

退室。

 

犬島。

 

椅子へ。

 

深く座る。

 

「疲れました」

 

提督。

 

「ああ」

 

犬島。

 

「もっと何か言ってください」

 

「何を」

 

「よく言えたとか」

 

提督。

 

「必要か?」

 

犬島。

 

少し考える。

 

「ちょっとだけ」

 

提督。

 

「よく言えた」

 

犬島。

 

「はい」

 

少し。

 

笑う。

 

そして。

 

立ち上がる。

 

提督の前へ。

 

一歩。

 

二歩。

 

以前のように。

 

軽く。

 

こつん。

 

提督の腹部へ。

 

額を当てる。

 

提督。

 

「……今日は弱いな」

 

犬島。

 

「今日は」

 

「自分がおるの」

 

「もう分かっとりますから」

 

すぐ。

 

離れる。

 

---

 

二十 最後の報道

 

数週間後。

 

同じ報道局。

 

特集。

 

見出し。

 

«「事故を起こす艦」ではなく、「事故から帰ってくる艦」»

 

犬島は。

 

それを見て。

 

少し複雑そうな顔をした。

 

提督。

 

「気に入らないか」

 

「前よりはええです」

 

「では」

 

犬島。

 

「でも」

 

テレビを消す。

 

「事故じゃない時のうちも」

 

「ちゃんと見てほしいです」

 

提督。

 

「ああ」

 

犬島。

 

「普通に護衛して」

 

「普通に帰って」

 

「工具直して」

 

「白桃菓子食べて」

 

「第一岸壁歩いて」

 

「そういう時の方が」

 

少し笑う。

 

「多いので」

 

---

 

二十一 事故件数の横に書かれた数字

 

後日。

 

軍令部広報部。

 

犬島の要望で。

 

少し変わった資料を作った。

 

事故件数だけではない。

 

同じ期間。

 

犬島の出動回数。

 

護衛完遂回数。

 

通常帰投回数。

 

無事故航海。

 

救助。

 

航路警戒。

 

任務完遂。

 

全部。

 

並べる。

 

事故。

 

確かに複数。

 

だが。

 

その何十倍。

 

何百倍。

 

何も起きなかった航海がある。

 

犬島は。

 

それを見て言った。

 

「こっち」

 

「今まで誰も数えんかったんですね」

 

提督。

 

「普通だからな」

 

犬島。

 

「普通は」

 

「記事にならんのですね」

 

「そういうこともある」

 

犬島。

 

「なら」

 

少し考える。

 

「うちは」

 

「記事にならん日を増やします」

 

---

 

二十二 帰ってきた犬島

 

朝。

 

第一岸壁。

 

犬島。

 

実艦。

 

出港準備。

 

機関。

 

正常。

 

舵。

 

正常。

 

通信。

 

正常。

 

右軸。

 

左軸。

 

正常。

 

犬島。

 

報告。

 

「海防艦・犬島」

 

「出港準備、完了しとります」

 

提督。

 

「任務は」

 

「沿岸輸送船団護衛」

 

「航路」

 

「通常航路です」

 

「気分は」

 

犬島。

 

少し考える。

 

「ちょっとだけ」

 

「また何か起きんかなって思います」

 

提督。

 

「そうか」

 

犬島。

 

「でも」

 

海を見る。

 

「行きます」

 

係留索。

 

解除。

 

実艦。

 

ゆっくり。

 

第一岸壁を離れる。

 

犬島は。

 

前を見る。

 

横を見る。

 

後ろを見る。

 

空。

 

海面。

 

必要なら。

 

海底も。

 

それでも。

 

全部の事故を。

 

先回りして避けることなどできない。

 

犬島は。

 

それを。

 

ようやく受け入れ始めていた。

 

事故が起きたから。

 

事故を起こす艦になるわけではない。

 

巻き込まれたから。

 

海へ出る資格を失うわけでもない。

 

犬島は。

 

港口を抜ける。

 

その日。

 

何も起きなかった。

 

輸送船を送り。

 

帰ってきた。

 

第一岸壁。

 

提督。

 

「おかえり、犬島」

 

犬島。

 

「ただいまです」

 

少し間。

 

そして。

 

小さく笑う。

 

「今日は」

 

「記事にならん一日でした」

 

提督も。

 

少し笑う。

 

「いい一日だ」

 

犬島は。

 

深緑色のスカーフを整える。

 

「はい」

 

「こういうので」

 

「ええです」

 

海防艦・犬島。

 

事故を起こしに行く艦ではない。

 

事故に巻き込まれることがあっても。

 

そのたび。

 

できることをする艦。

 

そして。

 

事故のない日には。

 

ただ。

 

誰かを護って。

 

普通に帰ってくる艦だった。

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