海防艦・犬島
――今度は停電らしいです――
犬島、発電所にも行っていない
犬島に関する。
妙なSNS投稿。
最初。
事故を起こしに行っている。
次。
貨物列車を脱線させた。
その次。
鹿を線路へ追い込んだ。
普通なら。
鹿の時点で。
終わる。
誰も。
それ以上は行かない。
だが。
SNSというものは。
時々。
予想を越える。
ある日の午後。
中国地方の内陸部。
山間部にある。
大規模太陽光発電所。
設備故障。
送電停止。
周辺地域。
一部。
約二十分。
停電。
人的被害。
なし。
火災。
なし。
犬島。
関係なし。
鎮守府。
関係なし。
海軍。
関係なし。
鉄道。
関係なし。
海。
近くにない。
ところが。
事故発生から。
約四十分後。
投稿。
«〇〇県の大規模停電、海防艦犬島が原因という話がある。
犬島が沖合で何らかの電波を出して太陽光発電を止めた可能性。
最近の事故を考えれば否定できない。»
ネット。
数秒。
沈黙。
そして。
一斉に。
«「何を言ってるんだ?」»
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一 犬島はどこにいた
停電発生時。
犬島。
鎮守府。
第一岸壁。
実艦。
係留。
犬島本人。
工廠。
壊れた電動ドリル。
修理中。
それだけ。
太陽光発電所まで。
直線距離。
百数十キロ。
途中。
山。
市街地。
道路。
河川。
何個もある。
海。
ない。
犬島が。
何か電波を出した記録。
なし。
そもそも。
その時間。
犬島の実艦。
主電探。
停止。
通信設備。
港内待機モード。
大出力送信。
なし。
軍令部。
最初の報告を受ける。
情報担当参謀。
資料を見る。
しばらく。
黙る。
「……また犬島です」
総長。
「今度は何だ」
参謀。
「停電です」
総長。
「停電」
「はい」
「犬島が?」
「そういう投稿です」
総長。
顔。
まだ真面目。
「どうやって」
参謀。
「電波で」
総長。
止まる。
「何の電波だ」
「書かれていません」
「発電所は」
「山間部です」
「犬島は」
「第一岸壁です」
「距離」
「百数十キロ」
総長。
「……」
会議室。
静か。
そして。
一人。
「無理だろ」
別の一人。
「無理以前に」
「太陽光発電を電波で止めるって何だ」
そこで。
笑いが出た。
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二 SNS側の方が早かった
今回。
軍令部が。
事実確認を始める前に。
ネット上で。
ほぼ決着していた。
投稿への返信。
«「飛躍しすぎ」»
«「犬島、ついに電力会社になったの?」»
«「海防艦が山の太陽光発電所止めるな」»
«「まず何の電波だよ」»
«「犬島の射程どうなってんだ」»
«「百キロ超えて太陽光パネル止められるなら兵器じゃなくて怪異」»
«「事故が多いからって停電まで犬島にするのは無理がある」»
さらに。
一人。
«「この理屈なら犬島は台風も起こせる」»
別の人。
«「そのうち日食も犬島のせいにされそう」»
もう一人。
«「犬島万能説やめろ」»
そして。
最も拡散された返信。
«「犬島、海防艦だぞ。発電所じゃないぞ。」»
数万件。
共有。
犬島本人。
まだ。
何も知らない。
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三 軍令部、確認する気力を失いかける
総長。
「一応確認」
参謀。
「はい」
「発電所側」
「はい」
「犬島の位置」
「はい」
「電波記録」
「はい」
少し間。
総長。
「……本当に必要か」
参謀。
「SNS上では」
「すでに『意味不明』という評価が大勢です」
一人の将官。
「では終わりでいいだろ」
別の将官。
「いや」
「前回鹿まで確認したんだ」
「今回だけ確認しないのも」
総長。
「その考え方のせいで」
「軍令部が何でも調べる部署になりつつある」
笑い。
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四 犬島へ伝える
提督。
工廠。
犬島。
電動ドリル。
分解中。
「犬島」
「はい」
「また」
犬島。
手が止まる。
「……鹿ですか」
「違う」
「貨物列車?」
「違う」
犬島。
少し安心。
「じゃあ何ですか」
提督。
「停電」
犬島。
「……停電?」
「犬島が原因らしい」
犬島。
動かない。
五秒。
「何をしたことになっとるんですか」
「電波を出したらしい」
犬島。
さらに。
止まる。
そして。
持っていた。
ドライバーを置く。
「提督」
「何だ」
「うち」
「いつからそんなことできるんですか」
「できない」
「ですよね」
「山の発電所だ」
「山?」
「ああ」
犬島。
「海ですらないじゃないですか」
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五 犬島の電波知識
念のため。
提督。
質問。
「犬島」
「はい」
「太陽光発電所の仕組み」
犬島。
「太陽が当たったら」
「電気ができます」
「他には」
犬島。
考える。
「……パネル?」
「それくらいか」
「はい」
「電波を当てたら」
「止まると思うか」
犬島。
かなり真面目に。
「知りません」
少し間。
「でも」
「止まるなら」
「普通に危ないと思います」
提督。
「そうだな」
犬島。
「それで」
「うちの電探が?」
「ああ」
犬島。
「止めてました」
「知ってる」
犬島。
「じゃあ」
「どうしたらうちになるんですか」
提督。
「そこが今回最大の謎だ」
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六 本当の原因
電力会社。
原因公表。
太陽光発電所。
直流集電盤。
内部。
制御用電源ユニット。
故障。
保護装置。
正常作動。
系統から。
自動切離し。
さらに。
切替設備の復旧に。
時間。
約二十分。
犬島。
関係なし。
電波。
関係なし。
海軍。
関係なし。
外部干渉。
なし。
サイバー攻撃。
なし。
事故でも。
破壊行為でもない。
ただの。
設備故障。
軍令部。
報告。
「原因判明しました」
総長。
「何だ」
「制御用電源ユニット故障です」
「犬島は」
「関係ありません」
総長。
「知っていた」
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七 さらに投稿者が頑張る
普通なら。
ここで。
終わる。
だが。
投稿者。
追加。
«軍令部が犬島との関係を否定している時点で逆に怪しい。
犬島の電波が直接原因ではなく、空気中の何らかの波を通じて山まで影響した可能性もある。»
ネット。
今度は。
困惑。
«「空気中の何らかの波って何」»
«「説明を諦めるな」»
«「『何らか』で全部つなぐな」»
«「犬島は天候操作艦か?」»
«「もう物理法則より犬島の方が強い」»
«「発電所から犬島まで直線引いて満足してそう」»
そして。
誰かが。
簡単な地図を作る。
第一岸壁。
発電所。
その間。
山。
都市。
川。
道路。
地図の中央。
大きく。
«遠い。»
その画像。
大拡散。
犬島。
後で見る。
「分かりやすいです」
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八 軍令部上層部、大笑い
朝会議。
参謀。
追加投稿を。
読み上げる。
«空気中の何らかの波を通じて――»
そこまで。
総長。
「待て」
参謀。
止まる。
総長。
「何らかの波とは何だ」
「記載なしです」
「電磁波か」
「分かりません」
「音波」
「分かりません」
「衝撃波」
「分かりません」
「犬島は」
「第一岸壁です」
総長。
「もういい」
一人の将官。
完全に。
笑っている。
「前は鹿だった」
別の一人。
「鹿はまだ実体があった」
「今回は波だぞ」
「何の波かすら分からん」
総長も。
堪えきれない。
笑う。
「犬島本人に」
「この能力があることは伝えたのか」
参謀。
「提督から伝わっているそうです」
「反応は」
「『いつからそんなことできるんですか』とのことです」
会議室。
大笑い。
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九 犬島、少し怒る
犬島本人。
以前と違って。
傷ついてはいない。
ただ。
少し。
腹が立つ。
「提督」
「何だ」
「何でもうちにしたらええって」
「思われとるんですかね」
「一部にはな」
「貨物列車」
「はい」
「鹿」
「はい」
「停電」
「はい」
犬島。
指折り。
「次」
「何になりますか」
提督。
「考えない方がいい」
犬島。
「でも」
少し考える。
「今度は」
「ほんまに何もつながっとらんです」
提督。
「ああ」
犬島。
「鉄道事故なら」
「久瀬川で鉄道橋見ました」
「鹿なら」
「まあ、生き物です」
「停電は?」
提督。
「電気」
犬島。
「うちも電気使いますけど」
「それだけですか」
「ああ」
犬島。
「それで関係あるなら」
「世の中の船全部関係あります」
---
十 ネット上の新しい遊び
投稿そのものを。
信じる人。
ほぼいなくなる。
代わりに。
ネット上。
妙な遊び。
始まる。
«「今日雨が降った。犬島か?」»
«「自販機で釣り銭切れ。犬島の可能性」»
«「靴紐ほどけた。犬島が電波を?」»
«「猫が逃げた。犬島関連か調査中」»
もちろん。
犬島を責めるものではない。
元投稿の。
飛躍を。
笑うもの。
ただし。
犬島。
これを見て。
少し複雑。
「うち」
「何でもできることになっとります」
提督。
「人気者だな」
犬島。
「こういう人気いりません」
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十一 公式回答
問い合わせ。
一件。
記者。
「犬島と停電の関連について」
軍令部広報。
回答。
«「関連を示す事実は確認されていません。」»
記者。
「犬島の電波が山間部まで影響した可能性は」
広報担当。
少し間。
«「そのような現象は確認されていません。」»
「犬島は当時何を」
«「鎮守府内にいました。」»
「具体的には」
広報担当。
資料を見る。
«「工廠で電動工具を修理していました。」»
その回答。
記事になる。
見出し。
«「停電時、犬島は電動ドリルを修理していた」軍令部»
ネット。
さらに。
笑い。
«「電動ドリルの方が停電と関係ありそう」»
«「でも発電所とは関係ない」»
«「犬島、工具直してただけ」»
«「本人が一番普通」»
犬島。
記事を読む。
「何で」
「ドリルまで記事になっとるんですか」
---
十二 そして本当に呆れる投稿
数日後。
元投稿者。
さらに。
最後の投稿。
«犬島が発電所を直接止めた証拠はない。
しかし犬島が存在していることで事故が起こりやすい環境が形成されている可能性は否定できない。»
ネット。
さすがに。
空気が変わる。
«「そこまで行くと何でもあり」»
«「『存在してるだけで事故』は理屈になってない」»
«「証拠ゼロを『可能性』で埋めるな」»
«「犬島のせいにしたいだけじゃん」»
«「もう事故原因の話じゃなくて犬島叩きになってる」»
«「さすがにヤバい」»
«「飛躍しすぎ」»
«「犬島関係ないって結論出てる」»
そして。
投稿への反応。
一気に。
批判側へ。
犬島を疑う内容ではなく。
投稿そのものの。
無理筋。
それが。
問題視される。
---
十三 犬島が読む
犬島。
最後の投稿。
見る。
«犬島が存在していることで――»
そこ。
長く見る。
提督。
少し心配する。
以前。
「事故を起こしに行っている」
という報道で。
犬島は。
閉じこもった。
今回も。
似た言葉。
だが。
犬島は。
端末を置く。
「これ」
「前だったら」
少し間。
「かなり嫌だったと思います」
提督。
「ああ」
「今は?」
犬島。
少し考える。
「呆れます」
「それだけか」
「少し腹も立ちます」
「でも」
犬島は。
第一岸壁の自分の実艦を見る。
「うちが存在しとるだけで」
「百キロ先の発電所が壊れるなら」
「もう」
「うちにどうしろって話です」
提督。
「存在するな、という話になる」
犬島。
「それは嫌です」
即答。
「じゃから」
「無視します」
---
十四 軍令部の結論
軍令部。
案件終了。
総長。
報告書。
一枚。
«大規模太陽光発電所停止事案。»
«原因:設備内部電源ユニット故障。»
«海防艦犬島との関連:なし。»
総長。
署名。
さらに。
机の横。
SNS投稿資料。
«犬島が存在することで事故が起こりやすい環境――»
総長。
見る。
一度。
笑う。
そして。
シュレッダー行き。
「これは」
「公文書に残す必要もない」
参謀。
「前回の鹿は残っています」
総長。
「それだけでも十分だ」
---
十五 犬島自身の判定
その夜。
提督。
「犬島」
「はい」
「今回を事故記録へ入れるか」
犬島。
「入れません」
「SNS記録には」
「入れんでええです」
「なぜ」
犬島。
真顔。
「意味が分からんので」
提督。
少し笑う。
犬島も。
少しだけ。
笑う。
「貨物列車までは」
「まだ鉄道でした」
「鹿は」
「かなり遠かったです」
「今回は」
「停電です」
「しかも」
「うちの電波らしいです」
少し間。
「意味が分かりません」
---
十六 犬島万能説
翌朝。
工員。
犬島へ。
「犬島」
「はい」
「今日晴れてるな」
犬島。
「はい」
「犬島のおかげ?」
犬島。
「違います」
即答。
「風弱いな」
「違います」
「潮が」
「違います」
工員。
「まだ最後まで言ってないぞ」
犬島。
「だいたい分かります」
工員。
笑う。
犬島。
工具箱を持つ。
「うちは」
「海防艦です」
「天気も」
「鉄道も」
「鹿も」
「発電所も」
少し間。
「担当外です」
---
十七 そして普通の日
犬島。
出港。
沿岸護衛。
船団。
三隻。
天候。
晴れ。
海況。
穏やか。
通信。
正常。
機関。
正常。
航路。
正常。
事故。
なし。
停電。
なし。
鹿。
なし。
貨物列車。
なし。
山。
見えない。
帰投。
第一岸壁。
提督。
「おかえり」
犬島。
「ただいまです」
提督。
「今日は」
「何も止めなかったか」
犬島。
少し。
じとっと見る。
「提督まで言うんですか」
「確認だ」
犬島。
「何も止めてません」
「何も脱線させてません」
「鹿も追ってません」
「電波も出してません」
一呼吸。
「普通に護衛して帰ってきました」
提督。
「ああ」
犬島。
「それでええんです」
そして。
深緑色のスカーフを。
整える。
ネット上では。
その頃。
誰かが。
最後に。
こんな投稿をしていた。
«「犬島のせいにするには、さすがに犬島が万能すぎる。」»
別の人。
返信。
«「まず本人を現場に連れてきてから言え。」»
さらに。
«「本人、ずっと第一岸壁か工廠にいるぞ。」»
そして。
最後。
«「もう犬島じゃなくて物理法則を疑え。」»
その投稿だけは。
軍令部上層部でも。
少し評判がよかった。