海防艦・犬島
――近くにはおりましたけど――
今度は観覧車停止事件
犬島に関する。
妙なSNS投稿。
貨物列車。
鹿。
発電所。
ここまで来ると。
軍令部も。
犬島本人も。
かなり慣れていた。
特に。
「犬島が存在することで事故が起きやすくなる」
という投稿が出た頃から。
犬島は。
少々のことでは。
傷つかなくなった。
むしろ。
「次は何ですか」
と。
少し呆れながら聞く程度。
そんなある日。
久しぶりに。
犬島が。
本当に事故現場の近くにいた。
これまでとは違う。
犬島。
確かに近い。
事故発生時刻。
犬島。
現場から。
約七百メートル。
しかも。
見える距離。
だから。
SNS投稿者は。
ようやく。
少しだけ。
それらしい材料を手に入れた。
問題は。
起きた事故だった。
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一 港湾遊園地
鎮守府から。
少し離れた。
一般港湾地区。
海沿い。
小さな遊園地。
観覧車。
ジェットコースター。
回転遊具。
売店。
ゲーム施設。
家族連れが多い。
その日。
午後二時十四分。
遊園地。
大型観覧車。
高さ。
約八十メートル。
乗客。
計六十三名。
運転中。
突然。
停止。
ゆっくり。
ではない。
安全ブレーキ。
自動作動。
観覧車。
その場で停止。
ただし。
非常停止を想定した設備。
ゴンドラ。
落下なし。
火災なし。
負傷者なし。
係員。
非常手順。
実施。
約二十五分後。
予備系統へ切替。
低速で運転再開。
乗客。
全員降車。
事故としては。
設備故障による。
一時運転停止。
そこまで。
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二 その頃の犬島
午後二時十四分。
犬島。
港湾外側航路。
沿岸輸送船。
一隻。
護衛。
速力。
九ノット。
遊園地から。
約七百メートル。
海上。
犬島は。
観覧車も。
見ていた。
というより。
目立つので。
見える。
犬島。
「大きいですね」
提督。
無線。
『何が』
「観覧車です」
『乗りたいのか』
犬島。
少し考える。
「高いので」
「ちょっとだけ怖そうです」
その直後。
観覧車。
停止。
犬島。
気づく。
「あ」
『どうした』
「観覧車」
「止まりました」
以上。
犬島が。
その事故にしたこと。
見る。
それだけだった。
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三 十五分後
SNS。
投稿。
«港湾遊園地の観覧車が緊急停止。»
正常。
次。
«事故発生時、海防艦犬島がすぐ沖を航行していたとの情報。»
これも。
事実。
そして。
三行目。
«犬島の航行によって観覧車の安全装置が誤作動した可能性。»
ネット。
「?」
さらに。
投稿者。
«大型艦が近くを航行した振動や電波が観覧車に影響した可能性は否定できない。»
ネット。
「???」
そして。
«犬島が通過した直後に停止していることから関連性が疑われる。»
ネット。
一斉に。
«「また始まった」»
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四 今度は近くにいた
これまで。
「犬島は現場にすらいない」
それで終わった。
今回は。
違う。
返信。
«「でも今回は犬島近くにいたらしいぞ」»
別の人。
«「近いってどれくらい?」»
«「700mくらい沖」»
«「で?」»
«「で、って?」»
«「観覧車と海防艦どう繋がるんだよ」»
沈黙。
そして。
別の投稿。
«「今回はアリバイがない!」»
即座に。
返信。
«「アリバイ以前に犯罪方法が存在してない。」»
かなり拡散された。
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五 軍令部
翌朝。
情報担当参謀。
紙。
一枚。
軍令部総長。
参謀の顔を見る。
「犬島か」
「はい」
総長。
「今度は何をしたことになっている」
参謀。
一呼吸。
「観覧車を止めたそうです」
総長。
目を閉じる。
「……観覧車」
「はい」
「遊園地の?」
「はい」
別の将官。
すでに。
笑いを堪えている。
総長。
「犬島は現場に」
参謀。
「今回は近くにいました」
会議室。
少し。
空気が変わる。
「ほう」
「距離」
「約七百メートル」
「何をしていた」
「輸送船護衛中です」
「観覧車に接近した?」
「していません」
「砲撃?」
「していません」
「電波照射?」
「していません」
「曳航索でも繋がっていた?」
「ありません」
「そもそも」
総長。
少し間。
「どうやって海防艦が観覧車を止める」
参謀。
「投稿では」
嫌そうに。
読む。
「航行による振動」
総長。
「七百メートル先の陸上へ?」
「はい」
「または電波」
「はい」
会議室。
笑い。
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六 犬島に確認
提督。
第一岸壁。
犬島。
帰投後。
工具箱。
整理中。
「犬島」
「はい」
「観覧車」
犬島。
顔を上げる。
「あ」
「昨日止まってました」
「見たか」
「はい」
「犬島が止めたらしい」
犬島。
停止。
工具。
持ったまま。
提督を見る。
「……うちが?」
「ああ」
犬島。
観覧車の方向を見る。
遠い。
「どうやってですか」
「航行の振動か」
「電波」
犬島。
しばらく。
黙る。
それから。
「提督」
「何だ」
「うち」
「観覧車の操作方法」
「知りません」
「だろうな」
「電源がどこにあるかも」
「知らない」
「安全装置も」
「知らない」
「昨日」
犬島。
指を一本。
「見ただけです」
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七 犬島、本当に考えてみる
犬島。
少し。
真面目になる。
「仮に」
提督。
「うん」
「うちが観覧車を止めたいとして」
「うん」
犬島。
考える。
「……どうするんですか」
提督。
「私に聞くな」
「砲撃したら」
「それは停止ではなく破壊だ」
犬島。
「ですよね」
「陸まで行って電源切る?」
「それなら可能かもしれない」
犬島。
「でも昨日は海におります」
「ああ」
「じゃあ」
犬島。
首を傾げる。
「関係しようとする方が」
「難しくないですか」
提督。
「今回の要点はそれだ」
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八 観覧車側の原因
遊園地。
技術調査。
停止原因。
観覧車。
駆動モーターそのもの。
異常なし。
主減速機。
異常なし。
ブレーキ。
正常。
原因。
ゴンドラ位置検出用。
回転エンコーダ。
信号。
一瞬。
不整合。
安全制御装置。
「位置情報異常」
と判断。
自動停止。
調査。
エンコーダ接続部。
微細な接触不良。
振動。
経年。
熱膨張。
複数条件。
重なった。
安全装置は。
設計どおり。
正常作動。
犬島。
無関係。
外部電波。
無関係。
海上交通。
無関係。
犬島の航行による振動。
測定限界以下。
影響。
認められず。
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九 振動説
軍令部。
一応。
港湾技術者へ確認。
「七百メートル沖を」
「約九ノットで海防艦が航行した場合」
「遊園地の観覧車へ」
「機械的影響を与えられるか」
技術者。
しばらく。
無言。
「質問の意味は分かります」
「はい」
「でも」
少し間。
「普通は考えません」
「理論上」
「犬島が作る航走波は海岸へ届きます」
「はい」
「でも観覧車は」
「陸上の基礎に立っています」
「はい」
「その波で安全装置が作動するなら」
技術者。
かなり真面目に。
「先に遊園地の設計を疑います」
軍令部参謀。
「ですよね」
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十 電波説
次。
電波。
犬島。
事故時。
主電探。
通常航海状態。
対空捜索。
低出力。
港湾側設備。
観覧車制御盤。
電磁遮蔽。
規格内。
電波干渉記録。
なし。
さらに。
同じ時間。
周辺には。
携帯基地局。
放送設備。
港湾無線。
船舶レーダー。
多数。
犬島だけ。
選ぶ根拠。
なし。
軍令部総長。
報告書。
読む。
「つまり」
参謀。
「犬島が近くにいた」
「それだけです」
「本当にそれだけ?」
「本当にそれだけです」
総長。
「では」
少し笑う。
「カモメが飛んでいたら」
「カモメにも同じ疑惑をかけるのか」
会議室。
笑い。
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十一 ネットも限界
SNS。
原因公表。
«観覧車停止原因:位置検出装置の接触不良。»
すると。
元投稿。
«犬島の航行振動が接触不良を誘発した可能性も残る。»
ネット。
今回は。
かなり早い。
«「残らない」»
«「700m先だぞ」»
«「もう犬島が近くにいたってだけじゃん」»
«「同じ時間に遊園地にいた客の方が距離近いぞ」»
«「じゃあ観覧車の下歩いてた人全員容疑者か?」»
«「犬島のせいにしたいだけになってる」»
そして。
一つ。
«「犬島が関係するより、観覧車の中に犬島が乗ってた方がまだ話として成立する。」»
犬島。
それを見る。
「うち」
「乗ってません」
提督。
「そこは皆分かっている」
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十二 さらに極端な比較
ネット。
誰か。
地図。
作成。
観覧車。
中心。
半径。
七百メートル。
その中にいたもの。
遊園地来園者。
約二千人。
自動車。
数百台。
バス。
十一台。
港湾作業船。
六隻。
カモメ。
推定多数。
犬島。
一隻。
投稿。
«「この理屈だと犬島より観覧車の真下にいた二千人の方が怪しい。」»
別の人。
«「カモメの方が観覧車に近かった。」»
さらに。
«「犬島、カモメに容疑者順位で負ける。」»
犬島。
それを見て。
少しむっとする。
「何で競わされとるんですか」
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十三 軍令部上層部
会議。
最終確認。
総長。
「犬島」
「事故現場付近に存在」
参謀。
「はい」
「それだけは事実」
「はい」
「事故との因果関係」
「なし」
「物理的接触」
「なし」
「通信」
「なし」
「電気的接続」
「なし」
「施設への立入り」
「なし」
「設備操作知識」
「本人申告ではありません」
一人の将官。
「本人申告必要だった?」
参謀。
「念のため」
総長。
半笑い。
「犬島に」
「観覧車を止めたか聞いたのか」
「提督が」
「返答は」
「『見ただけです』」
そこで。
会議室。
大笑い。
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十四 犬島の反論
犬島自身。
公式反論。
しない。
記者に聞かれる。
「犬島さん」
「観覧車停止について」
犬島。
「はい」
「当時近くを航行していたのは事実ですか」
「はい」
「観覧車を確認しましたか」
「見ました」
「停止したことも?」
「見ました」
「では関係は」
犬島。
「ありません」
記者。
「かなり近かったようですが」
犬島。
少し考える。
「近くにおるだけで」
「関係になるなら」
港を見る。
「毎日」
「いろんなものと関係しとることになります」
少し間。
「昨日は」
「普通に海を通っただけです」
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十五 決定的な質問
別の記者。
半分。
冗談。
「犬島さんが」
「観覧車を停止させようと思った場合」
「できますか」
犬島。
真剣に。
考える。
会場。
静か。
犬島。
「遊園地へ行って」
「係員さんに」
少し間。
「止めてもらうようお願いするくらいです」
会場。
笑い。
犬島。
「それ以外」
「分かりません」
提督も。
横で。
少し笑った。
この回答。
かなり拡散された。
«犬島「止めたいなら係員さんにお願いする」»
ネット。
«「正攻法すぎる」»
«「犬島より投稿者の方が特殊能力持ってそう」»
«「海防艦に観覧車ハッキング能力を求めるな」»
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十六 犬島が少し気に入ったもの
事故から。
数週間。
遊園地。
観覧車。
修理完了。
営業再開。
犬島。
沿岸任務。
再び。
近くを通る。
観覧車。
ゆっくり。
回る。
犬島。
見る。
提督。
無線。
『また観覧車か』
「はい」
『今日は止めないのか』
犬島。
「提督」
声。
少し低い。
『冗談だ』
犬島。
「ほんまに」
少し間。
「今日は動いとります」
『乗りたいか』
犬島。
観覧車を見る。
「……ちょっと」
『前は怖いと言っていた』
「海より高いところ」
「少し興味あります」
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十七 初めて乗る
後日。
休日。
犬島。
遊園地。
もちろん。
実艦ではない。
犬島本人。
提督。
観覧車。
係員。
「どうぞ」
犬島。
ゴンドラ。
乗る。
扉。
閉まる。
ゆっくり。
上昇。
犬島。
窓。
見る。
海。
港。
第一岸壁。
遠く。
自分の実艦。
犬島。
少し驚く。
「上から見ると」
「小さいです」
提督。
「犬島も小さい」
犬島。
「今それ関係ありません」
観覧車。
頂上付近。
犬島。
下を見る。
「……高いです」
「怖いか」
「少し」
でも。
楽しそう。
観覧車。
止まらない。
普通に。
一周。
地上へ。
犬島。
降りる。
「今日は」
「うちが乗っとっても止まりませんでした」
提督。
「ああ」
「有力な反証だな」
犬島。
少し笑う。
「そんな確認のために乗ったんじゃありません」
---
十八 ネット上の結論
犬島が。
観覧車へ乗った。
という話。
なぜか。
またネットへ。
投稿。
«犬島、例の観覧車に乗車。»
返信。
«「止まった?」»
«「止まらなかった」»
«「犬島無罪」»
«「最強の実証実験」»
«「乗ってても止まらないなら700m沖から止めるの無理だろ」»
犬島。
それを見る。
「何で」
「遊びに行っただけなのに」
提督。
「結果として分かりやすい」
犬島。
「最初から分かっとったでしょう」
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十九 今回は近くにいた
犬島。
事故記録。
今回も。
入れない。
提督。
「今回は」
「一応近くにはいたぞ」
犬島。
「それだけです」
「事故を見てもいる」
「はい」
「観覧車にも興味を持った」
「事故の後です」
「後日乗った」
犬島。
じっと。
提督を見る。
「それでも」
「うちの事故じゃありません」
提督。
「ああ」
犬島。
「近くにおる」
「見とる」
「それだけで」
少し考える。
「原因にはなりません」
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二十 犬島の新しい基準
以前。
名前が出れば。
犬島は。
自分のことのように感じた。
次。
現場にいなければ。
「関係ない」
と言えるようになった。
今回。
現場の近くにはいた。
それでも。
言える。
「関係ないものは関係ない」
犬島自身。
そこを。
かなり気に入っていた。
夕方。
第一岸壁。
犬島。
提督。
犬島が。
遠くの観覧車を見る。
「提督」
「何だ」
「次」
「近くに何か事故が起きても」
少し間。
「まず原因見ます」
「犬島が近くにいたかではなく?」
「はい」
犬島。
少し笑う。
「近くにおっただけで犯人になるなら」
「港におれません」
提督。
「ああ」
犬島。
「じゃから」
「普通におります」
その言葉どおり。
犬島は。
第一岸壁にいた。
観覧車も。
遠くで。
普通に回っていた。
どちらも。
近くに存在している。
ただ。
それだけだった。