海防艦・犬島
――最後の最後で、こつん――
宇野港一般公開・出港時接触事故
※メインストーリーとは別の可能性
宇野港一般公開。
来場者。
約六千四百人。
人的事故。
なし。
犬島実艦。
損傷なし。
停電。
なし。
列車脱線。
なし。
鹿。
なし。
観覧車。
正常。
SNSでも。
«「犬島一般公開、何事もなく終了!」»
という投稿が広がっていた。
犬島本人も。
かなり満足していた。
「今日は」
「ほんまに普通の日でした」
提督。
「ああ」
「事故なしです」
「ああ」
「一般公開も成功」
「ああ」
犬島は。
少し胸を張る。
「これで」
「普通に玉野へ帰ってきたって記録だけ残りますね」
この時点では。
そのはずだった。
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一 出港準備
午後五時二十分。
宇野港。
一般公開終了。
犬島。
出港準備。
岸壁には。
まだ。
数百人。
見送りの一般客。
犬島の実艦。
右舷着け。
出港後。
港内航路へ出て。
鎮守府へ帰投予定。
風。
南寄り。
やや強くなっていた。
海面。
小さな波。
特別。
危険というほどではない。
ただし。
宇野港外。
大型フェリー。
通過。
その航走波が。
数分後。
港内へ。
入ってくる。
犬島。
「係留索、確認」
前部。
正常。
後部。
正常。
タグボート。
一隻。
犬島艦尾側。
出港補助。
犬島自身でも。
十分出港できる。
ただ。
一般公開で。
岸壁周辺に。
仮設設備。
多数。
安全のため。
今回は。
タグを使用。
犬島。
タグ船長へ。
「よろしくお願いします」
『了解』
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二 岸壁から離れる
午後五時二十八分。
係留索。
順次解除。
犬島。
右舷機関。
後進微速。
左舷。
停止。
艦首。
少し岸壁から離れる。
タグ。
犬島艦尾。
軽く押す。
予定。
艦尾を。
港側へ。
出す。
そこまでは。
正常。
岸壁。
見送り。
手を振る人。
犬島も。
艦橋から。
小さく手を振る。
「ありがとうございました」
汽笛。
短く。
一回。
SNS。
撮影。
多数。
誰か。
配信。
«「犬島、宇野港出港!」»
そして。
その約二十秒後だった。
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三 波
港口側。
海面。
少しだけ。
盛り上がる。
大型フェリーの航走波。
外では。
大した波ではない。
だが。
港内。
岸壁。
防波施設。
複数方向から。
反射。
ちょうど。
犬島艦尾側。
タグボート。
横方向から。
波を受けた。
タグ船長。
「ん?」
タグ。
一度。
持ち上がる。
次。
横。
犬島側へ。
ずれる。
推進器。
修正。
しかし。
小型タグ。
犬島より。
はるかに軽い。
波と。
反射波。
二つ。
重なる。
タグ。
犬島艦尾へ。
予定より。
強く接触。
どん。
犬島。
「え?」
タグに押される。
犬島艦尾。
ゆっくり。
岸壁側へ。
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四 嫌な距離
犬島。
後方を見る。
岸壁。
近い。
「ちょっと」
右舷機。
前進。
艦尾を。
離そうとする。
タグも。
すぐ。
後進。
しかし。
一度押された犬島。
慣性。
残る。
艦尾。
岸壁。
三メートル。
二。
一。
犬島。
「待って」
提督。
「犬島?」
犬島。
「これ」
「当たります」
そして。
午後五時二十九分十一秒。
犬島。
右舷艦尾。
岸壁。
防舷材。
こつん。
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五 静寂
大きな音ではなかった。
岸壁の防舷材が。
少し。
沈む。
犬島の艦尾。
ほんの少し。
揺れる。
それだけ。
でも。
見送り客。
全員。
見ている。
犬島。
艦橋。
動かない。
タグボート。
動かない。
提督。
岸壁。
動かない。
数秒。
誰も。
何も言わない。
そして。
犬島が。
ゆっくり。
自分の艦尾を見る。
「……当たりました」
提督。
「ああ」
「最後の最後で」
「ああ」
犬島。
かなり。
残念そうな顔。
「今日」
「事故なしだったのに」
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六 タグ船長
タグ。
すぐ。
犬島から離れる。
船長。
無線。
『犬島、すまん!』
犬島。
「大丈夫です」
『波に持っていかれた』
「見えました」
『艦尾は!?』
犬島。
自分の感覚。
確認。
外板。
痛み。
ほんの少し。
変形感。
ほぼない。
「たぶん」
「塗装くらいです」
提督。
「一度止めろ」
犬島。
「はい」
出港。
一時中止。
係留索。
一本。
戻す。
港湾職員。
確認。
犬島。
少し。
肩を落とす。
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七 損傷確認
犬島右舷艦尾。
損傷。
防舷材接触部。
塗装。
約四十センチ。
擦過。
外板。
約六ミリ。
ごく浅いへこみ。
手すり。
異常なし。
推進器。
異常なし。
舵。
異常なし。
船尾構造。
異常なし。
浸水。
なし。
岸壁。
防舷材。
擦過痕。
機能。
問題なし。
タグボート。
船首防舷材。
擦れ。
以上。
工員。
「これ」
「事故って呼ぶほどか?」
港湾担当。
「接触は接触なので記録します」
犬島。
横から。
「記録するんですか」
「します」
犬島。
「……そうですか」
明らかに。
残念そう。
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八 原因確認
港湾局。
犬島。
タグボート。
簡易確認。
航走波。
港内監視映像。
確認。
大型フェリー。
通常航行。
速度。
規定内。
フェリー側。
過失なし。
タグボート。
配置。
正常。
操船。
正常。
波確認後。
直ちに修正操作。
ただし。
複数の反射波が。
ほぼ同時に。
タグ側面へ。
作用。
一時的に。
横移動。
犬島へ接触。
犬島。
出港操作。
正常。
タグ配置。
正常。
波確認後。
機関操作。
適切。
結論。
«港内へ進入した航走波および岸壁反射波が重なったことによる偶発的接触。»
犬島。
過失なし。
タグボート。
過失なし。
フェリー。
過失なし。
犬島が。
資料を見る。
「誰も悪くないですね」
提督。
「ああ」
犬島。
「なら」
タグボートを見る。
「謝らんでええですよ」
タグ船長。
『いや、でも犬島の尻を岸壁に』
犬島。
「言い方」
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九 SNSは全部見ていた
問題。
一般客。
まだ。
たくさん残っていた。
しかも。
スマートフォン。
多数。
つまり。
接触の瞬間。
完全に撮影されていた。
SNS。
事故から。
約二分。
«犬島、出港直後に岸壁へ軽く接触»
さらに。
動画。
タグ。
波。
横へ。
犬島へ。
犬島。
押される。
岸壁。
こつん。
犬島の。
「……当たりました」
という声まで。
入っている。
そして。
一般公開終了時。
すでに投稿されていた。
«事故なし!»
という投稿。
引用される。
«「投稿から10分も持たなかった」»
別。
«「犬島、最後の最後にやる」»
即座に。
別の人。
«「動画見ろ。犬島何もやってないぞ。タグが波で押されてる」»
さらに。
«「犬島自身が起こした事故ではない」»
«「むしろ出港操作は正常」»
そして。
一番拡散。
«「犬島、事故を起こしてないのに事故の方から最後に挨拶しに来た。」»
犬島。
それを見る。
「……嫌な挨拶です」
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十 例の誤報勢
当然。
以前から。
何でも犬島のせいにしていた一部アカウント。
投稿。
«やはり宇野港でも犬島が事故。»
ところが。
今回は。
動画がある。
最初から。
全部。
映っている。
返信。
«「タグが押してるじゃん」»
«「犬島、むしろ離れようとしてる」»
«「波まで犬島のせいにするの?」»
«「一般公開で本人に質問した翌日にこれ言えるのすごいな」»
«「宇野港にいた6,000人が証人」»
さらに。
一般公開参加者。
«「今日本人に『事故起こしに行ってません』って聞いたばかりだけど、目の前で事故の方から犬島に来た。」»
大拡散。
犬島。
読む。
「だから」
「事故が自分から来るって言い方も」
「変じゃないですか」
提督。
「だが今回はかなり近い」
犬島。
「近くないです」
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十一 見送り客
点検終了。
出港再開。
午後五時五十一分。
犬島。
係留索。
再解除。
今度。
タグ。
使用しない。
犬島自身。
慎重に。
離岸。
岸壁。
約五メートル。
十。
二十。
正常。
犬島。
港口へ。
見送り客。
なぜか。
一回目より。
拍手。
大きい。
犬島。
「何でですか!」
岸壁から。
誰か。
「今度は大丈夫ー!」
別。
「気を付けてー!」
犬島。
「うちが気を付けても」
少し間。
「さっきのは防げんです!」
岸壁。
笑い。
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十二 最後の質問
出港中。
一般公開に参加していた。
小学生。
岸壁から。
大声。
「犬島ちゃーん!」
犬島。
振り返る。
「はーい!」
「事故なしだったー!?」
犬島。
一瞬。
止まる。
周囲。
笑い。
犬島。
少し考え。
大声で。
「だいたい事故なしですー!」
さらに。
笑い。
提督。
「だいたい?」
犬島。
「塗装が擦れただけです」
「接触事故だ」
犬島。
「……軽い事故です」
少し。
不満。
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十三 玉野側の反応
宇野港。
イベント主催者。
翌日。
一般公開結果報告。
来場者。
約六千四百人。
一般公開中。
事故。
なし。
一般公開終了後。
出港作業時。
軽微接触。
人的被害。
なし。
施設機能障害。
なし。
艦艇運航への影響。
なし。
出港。
約二十二分遅延。
担当者。
報告書を書く。
最後。
少し迷う。
«イベントそのものは成功。»
と。
付記。
犬島。
後で聞く。
「そこ」
「大事です」
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十四 玉野造船の工員
後日。
犬島。
軽微修理。
玉野の工員。
塗装。
直す。
へこみ。
簡単な板金。
犬島。
横で。
見ている。
工員。
「せっかく里帰りしたのに」
「最後に傷付けて帰るとはな」
犬島。
「うちがぶつけたんじゃありません」
「分かっとる」
「ほんまに?」
「監視映像見た」
犬島。
少し安心。
工員。
「でも」
「玉野で造った艦が」
「宇野港でちょっとへこんだくらいなら」
「玉野で直せばええ」
犬島。
その言葉。
少し。
気に入る。
「はい」
「壊れたら」
工員。
「また直しゃあえ」
犬島。
少し笑う。
「それ」
「うちの台詞です」
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十五 タグ船長と再会
数週間後。
犬島。
再び。
宇野港。
短時間寄港。
そこ。
同じタグボート。
犬島。
見つける。
タグ船長。
無線。
『犬島』
「はい」
『今日は押さないから安心しろ』
犬島。
「波が来たら?」
『逃げる』
「お願いします」
少し間。
犬島。
「でも」
『ん?』
「前の事故」
「船長さんのせいじゃないので」
『……ああ』
犬島。
「そこだけは」
「忘れんでください」
タグ船長。
しばらく。
返事なし。
そして。
『了解』
犬島。
「はい」
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十六 SNSに残ったもの
宇野港一般公開。
この世界線。
最も広がった写真。
犬島本人。
実艦。
大勢の来場者。
ではなく。
出港時。
艦橋から。
ものすごく残念そうに。
艦尾を見ている犬島。
投稿文。
«一般公開を事故なしで終えた約30分後の犬島。»
その下。
引用。
«「最後まで宇野港らしい思い出作らなくていいんだぞ」»
別。
«「犬島の過失ゼロなのがさらに犬島らしい」»
別。
«「タグも悪くない。フェリーも悪くない。犬島も悪くない。波がちょうど悪かった。」»
そして。
一番。
犬島本人が。
納得した投稿。
«「一般公開は無事故。出港作業で軽く当たっただけ。一般公開の成功とは別件。」»
犬島。
それを見る。
「これです」
提督。
「何が」
「ちゃんと分けてくれとります」
「一般公開は」
「事故なし」
「はい」
犬島。
少し満足。
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十七 別世界線の結末
この事故で。
犬島が失ったもの。
塗装。
少し。
出港時間。
二十二分。
それだけ。
得たもの。
宇野港一般公開。
成功。
約六千四百人。
玉野で。
「おかえり」
と言ってくれた人。
大量。
SNS上。
犬島本人への好感。
かなり増加。
そして。
新しい。
妙な呼び名。
«「事故を起こさなくても事故に追いつかれる海防艦」»
犬島。
当然。
気に入らない。
「追いつかれてません」
提督。
「艦尾へ来ただろう」
犬島。
「波に押されたタグです」
「事故が走ってきたわけじゃありません」
「ああ」
犬島。
少し。
むっとする。
でも。
最後には。
笑った。
「まあ」
「誰も怪我してないので」
「そこはよかったです」
そして。
宇野港を。
今度こそ。
普通に。
離れていく。
艦尾。
塗装。
少しだけ。
新しい。
犬島は。
後ろを確認する。
タグ。
なし。
岸壁。
離れている。
波。
穏やか。
「後ろ、よし」
少し間。
「今度こそ」
「帰ります」
宇野港。
今度は。
何も犬島を追いかけてこなかった。