海防艦 犬島   作:重装甲空母信濃

47 / 94
犬島公式SNSに一つの投稿があった。
最近軍令部の上層部と提督がうちの名前を見過ぎて犬の字が分からんようになっとるらしいです。うちが結果的には原因に、なっとるけどちょっと面白かろ?

投稿者がゲシュタルト崩壊してきたのでそれをネタにしました。


犬島ゲシュタルト崩壊

海防艦・犬島

 

――「犬」ってこんな字でしたっけ――

 

犬島公式SNS、珍しく本人が原因を認める

 

ある日の午後。

 

犬島公式SNSに、一つの投稿があった。

 

事故報告ではない。

 

夕焼けでもない。

 

白桃でもない。

 

工具でもない。

 

写真すらなかった。

 

ただの文章だった。

 

«最近、軍令部の上層部と提督が、うちの名前を見過ぎて「犬」の字が分からんようになっとるらしいです。

 

今回は結果的にはうちが原因になっとるけど、ちょっと面白かろ?»

 

投稿から十数秒。

 

反応が一気に増えた。

 

«「犬島本人が原因認定してる!?」»

 

«「ついに犬島が原因の事件が」»

 

«「事故じゃなくてゲシュタルト崩壊なの草」»

 

«「犬犬犬犬犬犬犬犬犬って書いてたら確かに分からなくなる」»

 

そして。

 

«「犬島関連で初めて本人も軍令部も納得する『犬島が原因』が出た。」»

 

犬島はそれに「いいね」を付けた。

 

---

 

一 始まりは軍令部

 

原因は、その日の午前中にあった。

 

軍令部。

 

定例会議。

 

机の上には、犬島関連の資料が積まれていた。

 

事故報告ではない。

 

犬島公式SNSの運用状況。

 

過去の河口進入事故十件の整理。

 

最近の護衛実績。

 

一般公開実績。

 

広報資料。

 

そして、犬島に関する誤情報の記録。

 

当然。

 

資料の中には、

 

犬島

 

という文字が大量に出てくる。

 

一ページ。

 

犬島。

 

次。

 

犬島。

 

また。

 

犬島。

 

事故名。

 

海防艦犬島。

 

担当艦。

 

犬島。

 

投稿者。

 

犬島公式SNS。

 

総長が資料を読んでいた。

 

しばらくして。

 

手が止まる。

 

「……参謀」

 

「はい」

 

「犬という字は」

 

参謀。

 

「はい」

 

「これで合っていたか」

 

会議室。

 

静かになる。

 

参謀は資料を見る。

 

犬島。

 

「……合っています」

 

総長。

 

もう一度見る。

 

「そうか」

 

数秒後。

 

「いや」

 

「何か変じゃないか」

 

別の将官も資料を覗く。

 

「犬」

 

「……犬ですね」

 

「だよな」

 

「でも」

 

少し間。

 

「こんな形だったか?」

 

三人目。

 

「見せてください」

 

資料を見る。

 

「……」

 

総長。

 

「どうだ」

 

「分からなくなってきました」

 

---

 

二 会議が止まる

 

本来なら。

 

数分で終わる確認だった。

 

ところが。

 

上層部。

 

全員。

 

犬という文字を見る。

 

犬。

 

一画。

 

二画。

 

三画。

 

四画。

 

別の将官。

 

紙へ書く。

 

犬。

 

その横。

 

もう一回。

 

犬。

 

さらに。

 

犬。

 

「……二つ目がおかしくないか」

 

「同じです」

 

「本当か?」

 

「たぶん」

 

総長。

 

「辞書を出せ」

 

参謀。

 

「そこまでします?」

 

「私が今、自分を信用できない」

 

電子辞書。

 

検索。

 

犬。

 

画面。

 

 

会議室。

 

全員。

 

黙る。

 

一人が。

 

「辞書の字まで変に見えてきた」

 

そこで。

 

総長。

 

とうとう。

 

笑った。

 

「駄目だ」

 

「今日は犬島の資料を見過ぎた」

 

---

 

三 提督まで

 

その頃。

 

鎮守府。

 

提督も。

 

犬島の書類を処理していた。

 

河口進入事故一覧。

 

犬島公式SNS運用記録。

 

一般公開報告。

 

修理履歴。

 

護衛任務報告。

 

書類。

 

犬島。

 

犬島。

 

犬島。

 

犬島。

 

提督は申請書へ署名しようとして。

 

止まる。

 

犬島。

 

見る。

 

「……」

 

犬島本人。

 

隣。

 

「どうしました?」

 

提督。

 

「犬島」

 

「はい」

 

「お前の名前」

 

「はい」

 

「犬って」

 

「こんな字だったか」

 

犬島。

 

しばらく。

 

提督を見る。

 

「……はい?」

 

提督。

 

紙を見せる。

 

犬島。

 

読む。

 

犬島。

 

「合っとります」

 

「そうか」

 

「何がおかしいんですか」

 

「分からない」

 

犬島。

 

少し心配。

 

「疲れとるんじゃないですか」

 

提督。

 

「犬という字だけ分からなくなった」

 

犬島。

 

「何でですか」

 

「見過ぎた」

 

犬島。

 

一瞬。

 

黙る。

 

そして。

 

少しだけ。

 

口元が上がった。

 

「……うちのせいですか」

 

「今回はな」

 

---

 

四 犬島、珍しく認める

 

その言葉。

 

犬島には。

 

少し新鮮だった。

 

これまで。

 

犬島が事故に巻き込まれるたび。

 

犬島自身。

 

過失なし。

 

河口。

 

過失なし。

 

座礁。

 

地殻変動。

 

台風。

 

貨物船。

 

通信故障。

 

漂流物。

 

何か起きるたび。

 

「犬島が原因ではありません」

 

と説明してきた。

 

ところが。

 

今回は。

 

提督が「犬という字が分からない」。

 

軍令部上層部まで。

 

同じ。

 

原因。

 

犬島の名前を見過ぎたこと。

 

つまり。

 

犬島。

 

少し考えてから言った。

 

「これ」

 

「結果的には」

 

「うちが原因ですね」

 

提督。

 

「そうなるな」

 

犬島。

 

嬉しそうでもなく。

 

困ってもいない。

 

ただ。

 

少し面白そう。

 

「初めてです」

 

「何が」

 

「うちが原因でも」

 

「誰も困らんやつです」

 

---

 

五 公式SNS

 

そこで。

 

犬島。

 

端末を開いた。

 

提督。

 

「投稿するのか」

 

「はい」

 

「事故じゃないぞ」

 

「良いなと思ったことも載せてええんでしょう」

 

「これを良いと思ったのか」

 

犬島。

 

少し笑う。

 

「面白いです」

 

そして。

 

投稿。

 

«最近、軍令部の上層部と提督が、うちの名前を見過ぎて「犬」の字が分からんようになっとるらしいです。

 

今回は結果的にはうちが原因になっとるけど、ちょっと面白かろ?»

 

---

 

六 ネット、大喜び

 

反応。

 

猛烈。

 

«「平和すぎる犬島原因案件」»

 

«「犬島公式が自分で原因認定してる」»

 

«「軍令部上層部にゲシュタルト崩壊起こさせる海防艦」»

 

«「10回の河口事故では原因じゃなかったのに、漢字崩壊では原因なのか」»

 

«「犬島の事故歴全部読んでたらこっちも犬の字変に見えてきた」»

 

さらに。

 

誰か。

 

投稿。

 

«犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬»

 

その下。

 

«「ほら、もう犬に見えなくなってきた」»

 

返信。

 

«「やめろ」»

 

«「本当に分からなくなった」»

 

«「犬島現象感染中」»

 

別の人。

 

«「犬島、物理事故では無過失なのに認知現象では主原因。」»

 

犬島。

 

「認知現象って」

 

提督。

 

「間違ってはいない」

 

犬島。

 

「妙に大げさです」

 

---

 

七 軍令部にも届く

 

軍令部。

 

参謀。

 

「総長」

 

「何だ」

 

「犬島本人が投稿しました」

 

「何を」

 

画面。

 

見せる。

 

総長。

 

読む。

 

そして。

 

笑う。

 

「本人まで面白がっているのか」

 

「はい」

 

別の将官。

 

「原因認めてるじゃないですか」

 

総長。

 

「今回は認めても問題ない」

 

参謀。

 

「公式記録へ入れますか」

 

総長。

 

即答。

 

「入れるな」

 

会議室。

 

笑い。

 

---

 

八 犬島本人も試す

 

夕方。

 

犬島。

 

第一岸壁。

 

紙。

 

一枚。

 

そこへ。

 

犬。

 

と書く。

 

見る。

 

もう一つ。

 

犬。

 

もう一つ。

 

犬。

 

五個。

 

十個。

 

提督。

 

「何をしている」

 

「確認です」

 

「何の」

 

「うちも分からんようになるか」

 

犬島。

 

さらに。

 

犬。

 

犬。

 

犬。

 

犬。

 

犬。

 

少し。

 

止まる。

 

「……」

 

提督。

 

「どうした」

 

犬島。

 

紙を見る。

 

「ちょっと」

 

「変に見えてきました」

 

提督。

 

笑う。

 

犬島。

 

「提督」

 

「何だ」

 

「笑わんでください」

 

「原因は犬島だぞ」

 

犬島。

 

少し考える。

 

「今回は」

 

「否定できんです」

 

---

 

九 SNS第二報

 

その日の夜。

 

犬島。

 

珍しく。

 

追記。

 

写真。

 

紙一面。

 

手書きの「犬」。

 

文章。

 

«自分でも何回も書いたら、ちょっと分からんようになりました。

 

犬で合っとります。

 

たぶん。»

 

SNS。

 

«「本人まで感染した」»

 

«「最後の『たぶん』やめて」»

 

«「公式アカウントが自分の名前の漢字に自信なくしてる」»

 

«「犬で合ってます」»

 

«「犬島さん、あなたが犬島なので信じてください」»

 

犬島。

 

最後の返信を見る。

 

「それもそうですね」

 

---

 

十 妙な呼び名

 

その後。

 

ネット上で。

 

この現象。

 

勝手に。

 

「犬島ゲシュタルト事件」

 

と呼ばれ始めた。

 

犬島。

 

当然。

 

気に入らない。

 

«事件ではありません。»

 

返信。

 

«「じゃあ犬島現象」»

 

犬島。

 

«現象でもありません。»

 

«「犬島案件」»

 

«普通のゲシュタルト崩壊です。»

 

«「原因:犬島」»

 

しばらく。

 

返信なし。

 

数分後。

 

«今回はそれでええです。»

 

---

 

十一 軍令部の対策

 

翌日。

 

軍令部。

 

総長。

 

犬島資料。

 

読む。

 

今度。

 

意識的に。

 

犬という字を。

 

見過ぎない。

 

参謀。

 

「対策します?」

 

総長。

 

「何を」

 

「資料内の『海防艦犬島』を」

 

「一部『同艦』表記にするなど」

 

総長。

 

少し考える。

 

「採用」

 

別の将官。

 

「そこまで?」

 

総長。

 

「昨日、本当に犬の字が分からなくなったんだ」

 

「笑い事では」

 

言いながら。

 

本人。

 

笑っている。

 

---

 

十二 犬島の感想

 

夜。

 

提督。

 

犬島。

 

第一岸壁。

 

犬島。

 

SNSを見る。

 

事故投稿ではない。

 

それでも。

 

かなり多くの反応。

 

誰かが傷ついたわけでもない。

 

何かが壊れたわけでもない。

 

誤情報でもない。

 

ただ。

 

犬島という文字を。

 

皆が見過ぎただけ。

 

犬島。

 

「こういうので」

 

「うちが原因になるなら」

 

「別にええですね」

 

提督。

 

「ああ」

 

犬島。

 

少し笑う。

 

「事故じゃないですし」

 

「誰も怪我してません」

 

「軍令部の人が」

 

「犬の字を忘れただけです」

 

提督。

 

「忘れてはいない」

 

「分からなくなっただけだ」

 

「似たようなもんです」

 

犬島。

 

空を見る。

 

そして。

 

ぽつり。

 

「うちの名前」

 

「いっぱい見てくれとるってことですし」

 

少し間。

 

「それなら」

 

「ちょっとだけ嬉しいです」

 

翌朝。

 

犬島公式SNS。

 

いつものように。

 

アカウント名。

 

海防艦 犬島【軍令部公式】

 

提督。

 

それを見る。

 

一秒。

 

二秒。

 

「……」

 

犬島。

 

「提督」

 

「何だ」

 

「また分からんようになりました?」

 

「少し」

 

犬島。

 

笑った。

 

「犬です」

 

「右上に点がある方です」

 

「知ってる」

 

「なら大丈夫です」

 

その日の犬島は。

 

事故なし。

 

河口進入なし。

 

座礁なし。

 

接触なし。

 

ただし。

 

軍令部内で。

 

「犬」という漢字を分からなくさせた。

 

原因。

 

海防艦犬島。

 

本人も。

 

今回は。

 

異議なしだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。