海防艦 犬島   作:重装甲空母信濃

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犬島公式SNSに犬島が過去に艦体のみを失った時のことを投稿した。("犬島最大の不幸"の内容)


犬島最大の不幸SNS投稿

海防艦・犬島

 

――犬島最大の不幸――

 

公式SNSに初めて書かれた「艦体を失った日」

 

犬島公式SNSは、基本的に現在のことを投稿する場所だった。

 

事故があれば事故の状況を書く。調査結果が出れば原因を書く。何も起きなければ、時々、夕焼けや白桃、玉野の景色、直した工具などを載せる。

 

過去の事故について触れることはあっても、河口進入事故のまとめのように、現在でも質問される出来事を整理する場合がほとんどだった。

 

だから、その日の夜に投稿された長文は少し異質だった。

 

写真は一枚だけ。

 

現在の犬島の実艦が、夕暮れの第一岸壁に静かに係留されている写真。

 

文章は、こう始まっていた。

 

«昔、一度だけ、うちの艦体がなくなったことがあります。

 

今まで事故の話をいろいろ書いてきましたけど、たぶんこれが、うちにとって一番不幸だったことです。

 

今は艦もありますし、うちもおります。なので、今だから書きます。»

 

投稿を見た人たちは、最初の三行でいつもの事故報告ではないと気づいた。

 

---

 

一 白嶺海域

 

犬島が書いたのは、白嶺海域で起きた出来事だった。

 

当時、犬島は複数の民間船を含む船団の護衛に就いていた。

 

その中には、自力航行に大きな問題を抱えた民間の医療船もいた。

 

海況は悪化し、周辺では敵性反応も確認されていた。

 

犬島には撤退できる余地があった。

 

だが、速度の出ない船を残せば、その船だけが海域に取り残される。

 

そこで犬島は最後尾へ残った。

 

いつもの言葉どおりだった。

 

「誰も置いていかんけぇ」

 

犬島は船団と医療船の間に入り、護衛を続けた。

 

しかし午後五時台、犬島自身が重大な損傷を受けた。

 

それでも、船団が危険海域を抜けるまで犬島はその場を離れなかった。

 

そして午後五時四十三分。

 

犬島の実艦は、白嶺海域で海面から姿を消した。

 

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二 犬島だけが残った

 

公式SNSの続き。

 

«艦体を失った時、うち自身までいなくなったわけではありませんでした。

 

そこが少し説明しにくいところです。

 

うちは残っとるのに、いつも感じとった艦橋も、機関も、舵も、主砲も、船底もありませんでした。

 

動かそうと思っても、動かす艦がありませんでした。»

 

この部分には、投稿直後から多くの反応が付いた。

 

«「本人はいるのに艦だけないって、想像できない」»

 

«「犬島にとって実艦って身体の一部みたいなものなんだよな」»

 

«「機関も舵も感じないってかなり怖かっただろうな」»

 

犬島はこの投稿について、個別には返信しなかった。

 

続きを書いた。

 

«普段は、うちが艦橋に立っとっても、艦尾がどこにあるか分かります。

 

機関が回っとるのも分かります。舵が切れたら分かります。波が艦首に当たったのも分かります。

 

その時は、それが全部なくなりました。

 

自分の後ろがなくなったみたいでした。»

 

---

 

三 最初に聞いたこと

 

救助後。

 

犬島は安全な場所へ移された。

 

提督や軍令部の担当者が確認に来た。

 

犬島自身には大きな異常はなかった。

 

立てる。

 

話せる。

 

歩ける。

 

記憶もある。

 

だが、犬島が最初に聞いたのは、自分自身の状態ではなかった。

 

「船団は?」

 

船団は脱出。

 

医療船も生存。

 

乗っていた人々も退避できた。

 

その報告を聞いて、犬島はしばらく黙った。

 

そして、

 

「なら、そこはよかったです」

 

と言った。

 

提督は後に、この言葉について、

 

「犬島自身の艦がなくなった直後に言う言葉ではない」

 

と話している。

 

---

 

四 「帰れません」

 

問題はその後だった。

 

犬島には帰るための艦がない。

 

第一岸壁へ戻ることはできる。

 

犬島本人だけなら、輸送艇でも車でも移動できる。

 

だが、それは犬島にとって「帰投」とは少し違った。

 

公式SNS。

 

«提督から「帰ろう」と言われた時、一回だけ「帰れません」って言いました。

 

鎮守府には戻れます。でも、うちの艦で帰れんかったので、あの時は帰るって感じがしませんでした。

 

今考えたら、ちょっと難しいこと言っとりますね。

 

でも、その時はほんまにそう思いました。»

 

反応。

 

«「これはきつい」»

 

«「帰る場所はあるけど帰るための身体がないのか」»

 

«「普段の『普通に帰りました』が重くなる」»

 

«「犬島が無事帰投を大事にする理由の一つなんだろうな」»

 

この最後の反応だけ、犬島は後から「いいね」を付けていた。

 

---

 

五 海底に残った旧艦体

 

犬島の旧艦体は、沈んだ後もすぐに消えたわけではなかった。

 

調査船が白嶺海域へ向かった。

 

海底探査。

 

ソナー。

 

無人潜水機。

 

そこで犬島の艦体は確認された。

 

大きく損傷していた。

 

ただし、それでも「犬島だったもの」が海底に残っていた。

 

犬島自身も、その報告を聞いた。

 

位置。

 

姿勢。

 

損傷箇所。

 

残存構造。

 

犬島は細かく尋ねた。

 

「中央部は?」

 

「主砲は?」

 

「錨は?」

 

「艦首は残っとります?」

 

提督から、

 

「聞くのがつらいなら聞かなくていい」

 

と言われたが、犬島は首を横へ振った。

 

「うちの艦なので、知っときたいです」

 

---

 

六 さらに悪かったこと

 

犬島にとって「最大の不幸」と呼ばれる理由は、沈没だけではなかった。

 

海底の艦体は、その後、海況と損傷の影響で少しずつ崩れていった。

 

最初の調査時には残っていた構造物が、次の調査では失われている。

 

艦橋の一部。

 

甲板。

 

船体外板。

 

艤装品。

 

そして、最終的には大規模な引き揚げ修復に耐えられる状態ではなくなった。

 

犬島公式SNS。

 

«一番つらかったのは、沈んだ時より、その後かもしれません。

 

最初は「引き上げて直せるかもしれん」と思っとりました。

 

でも、調査のたびに少しずつ崩れとって、最後は元の艦をそのまま戻すのは難しいと言われました。

 

事故なら直しゃあえって、いつも言っとるんですけど、この時だけは同じ艦をそのまま直すことができませんでした。»

 

この投稿には、普段の犬島公式SNSでは珍しいほど返信の速度が落ちた。

 

読んでいる人が多かった。

 

しかし、軽い冗談を書く雰囲気ではなかった。

 

«「『壊れたら直せばいい』の犬島が直せなかった唯一に近い事故なのか」»

 

«「本人が最大の不幸って言う理由が分かった」»

 

«「艦娘本人が残っているからこそ、失った艦のことをずっと覚えてるんだな」»

 

---

 

七 それでも回収した

 

元の犬島をそのまま復元することは難しくても、何も残さないわけではなかった。

 

軍令部。

 

工廠。

 

玉野の関係者。

 

回収可能な部材は回収する方針を取った。

 

外板片。

 

艤装部品。

 

銘板。

 

小型金具。

 

艦内機器の一部。

 

犬島が特に希望したもの。

 

「うちだったものを、捨てんでください」

 

可能な範囲で回収された。

 

状態が悪いものもあった。

 

再利用できない部材も多かった。

 

それでも保存された。

 

犬島は、一つ一つを確認した。

 

「これは前の艦橋です」

 

「これは中央部です」

 

「ここ、玉野のところですね」

 

新しい艦を持った後も、それらを廃棄することには同意しなかった。

 

---

 

八 玉野で再び造る

 

旧艦体を失った犬島のため、新しい実艦を建造する案が正式に動き始めた。

 

場所。

 

玉野。

 

犬島にとって一番故郷と感じる場所。

 

新艦体は、単純な複製ではなかった。

 

旧艦の記録。

 

設計。

 

事故で得られたデータ。

 

回収可能だった部材。

 

それらを基に、新しい犬島として組み上げられた。

 

犬島は建造途中の艦を何度も見に行った。

 

ある日。

 

まだ完成していない中央部の前で、工員に尋ねた。

 

「これ、うちになります?」

 

工員は答えた。

 

「なる」

 

「前と同じです?」

 

「同じところもある。違うところもある」

 

犬島はしばらく考えた。

 

それから。

 

「なら、それでええです」

 

と言った。

 

「壊れたら、また直しゃあえ」

 

少し考えて。

 

「同じ形に戻らんでも、また航れたらええです」

 

---

 

九 新しい艦体に戻った日

 

新艦体。

 

完成。

 

海上試験。

 

機関始動。

 

その瞬間。

 

犬島は艦橋に立っていた。

 

左右。

 

確認。

 

機関。

 

感じる。

 

二軸。

 

舵。

 

艦首。

 

艦尾。

 

第一主砲。

 

中央十二糎砲。

 

波が外板へ当たる感覚。

 

犬島は何も言わなかった。

 

提督。

 

「どうだ」

 

数秒。

 

犬島。

 

「……後ろがあります」

 

提督は最初、意味が分からなかった。

 

犬島はもう一度言った。

 

「艦尾まで、ちゃんとあります」

 

そして。

 

少しだけ笑った。

 

「うちの艦です」

 

---

 

十 現在の犬島から

 

公式SNSの長文は、ここで現在へ戻った。

 

«今の犬島の艦体は、その後に造ってもらったものです。

 

前の艦と同じではありません。

 

でも、うちの艦です。

 

昔の艦の部品も、残せたものは残してもらっています。

 

玉野でまた造ってもらったので、前より玉野を故郷と思うようになったところもあります。»

 

続いて。

 

«よく「犬島最大の不幸って何ですか」と聞かれます。

 

事故の大きさだけなら、他にも危なかったことはあります。

 

でも、うち自身が残っとるのに、艦だけなくなった時が一番嫌でした。

 

機関も舵も艦橋も感じん状態は、今でもあんまり思い出したくありません。»

 

そして最後。

 

«でも今はあります。

 

今日も第一岸壁におります。

 

機関も動きます。舵もあります。主砲もあります。

 

また壊れることはあると思います。事故も、たぶんあります。

 

その時はまた直します。

 

今の写真を載せときます。»

 

添付されたのは、最初に表示されていた写真。

 

夕暮れ。

 

第一岸壁。

 

静かに浮かぶ現在の犬島。

 

---

 

十一 SNSの反応

 

投稿は急速に広がった。

 

ただ、河口事故や鹿の話の時のような笑いではなかった。

 

«「今まで『壊れたら直せばいい』を軽く聞いてたけど、これを経験した上で言ってるのか」»

 

«「犬島本人だけ残る方が、むしろ本人にとってはつらかったんだな」»

 

«「『後ろがあります』で無理だった」»

 

«「新しい艦を前の艦の代用品じゃなくて『うちの艦』って言ってるのいい」»

 

«「保存されてる旧艦部品も犬島にとって大事なんだろうな」»

 

玉野市民からも反応が来た。

 

«「玉野でまた造ってくれてありがとうって言うの、こっちがありがとうだよ」»

 

«「何回でも帰っておいで」»

 

«「宇野港一般公開で『ただいま』って言ってた意味が前より分かった」»

 

犬島は、そのいくつかに「いいね」を付けた。

 

---

 

十二 そして、少し犬島らしい返信も

 

あまり重い雰囲気のままになるのを犬島自身が気にしたのか。

 

一件。

 

«「今の艦体で一番好きなところは?」»

 

犬島。

 

返信。

 

«全部です。»

 

別の人。

 

«「一つだけなら?」»

 

犬島。

 

少し時間を置いた。

 

«選べません。なくなったことがあるので、あるものはだいたい好きです。»

 

その返信が、長文投稿本体と同じくらい広がった。

 

さらに別の人。

 

«「機関も?」»

 

«はい。»

 

«「舵も?」»

 

«はい。»

 

«「錨も?」»

 

«はい。»

 

«「主砲も?」»

 

«はい。»

 

«「河口へ連れていく原因になる機械も?」»

 

犬島。

 

しばらく返信なし。

 

十分後。

 

«それは機械が悪いとは限らんので、はい。»

 

ネット上に、少しだけいつもの空気が戻った。

 

---

 

十三 軍令部上層部

 

軍令部でも投稿は読まれた。

 

総長はかなり長い間、何も言わなかった。

 

やがて、

 

「本人から書いたのか」

 

と確認した。

 

「はい。広報から依頼していません」

 

「修正は?」

 

「機密事項の確認だけです。文章は犬島本人です」

 

総長はもう一度最後の写真を見る。

 

第一岸壁にいる犬島。

 

「そうか」

 

それだけだった。

 

犬島の事故を何度も読んできた上層部でも、この出来事だけは笑い話にはしなかった。

 

---

 

十四 翌日の投稿

 

翌朝。

 

犬島公式SNS。

 

いつもの投稿。

 

昨日とは打って変わって短い。

 

写真。

 

第一岸壁から見た朝の海。

 

«昨日は昔の話を長く書きました。

 

今日は普通に護衛へ行きます。

 

艦がありますので。»

 

反応。

 

«「いってらっしゃい」»

 

«「無事に帰ってきて」»

 

«「普通に帰る日でありますように」»

 

夕方。

 

犬島。

 

帰投。

 

事故なし。

 

SNS。

 

«帰りました。

 

今日は何もありませんでした。

 

こういう日がええです。»

 

そして。

 

第一岸壁。

 

提督。

 

「おかえり、犬島」

 

犬島はいつものように答えた。

 

「ただいまです、提督」

 

船体はそこにある。

 

艦橋もある。

 

機関もある。

 

舵もある。

 

艦首から艦尾まで。

 

全部感じる。

 

犬島は一度だけ、自分の実艦を失った。

 

だからこそ。

 

ただ浮いていること。

 

動けること。

 

護衛へ出られること。

 

そして、自分の艦で帰ってこられること。

 

それだけで十分に「良いこと」だと、以前よりよく知っていた。

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