動画投稿サイトにて両艦の普段の生活を投稿しただけだったが広報としてはかなり良かった。
一番の盛り上がりは鎮守府内を歩いている時お互いに避けようとしてぶつかった時
これに加えて撮影をしている広報担当官の笑い声についてのSNSやコメントの反応(良い方の反応)
海防艦・犬島/藍島
――広報担当になりました――
呉鎮守府公式動画「犬島と藍島の普通の一日」
※メインストーリーとは別世界線
犬島と藍島が並んでいる。
それだけで、人が集まるようになっていた。
第813号艦「藍島」が突然現れてから、まだそれほど長い時間は経っていない。
最初は久瀬川河口で犬島と間違えられ、その後、第813号艦であることが判明。犬島より実艦で約三十センチ、艦娘として約三センチ大きい後続姉妹艦だった。
性能確認航海では、二隻揃って海底天然ガス噴出事故に遭った。
その後、岸壁工事のため隣り合わせで停泊した時には、犬島が公式SNSへ非常に嬉しそうな写真を投稿した数時間後、局地的な嵐で仮設接舷設備が流され、二隻が接触。藍島の切れた空中線が犬島の空中線へ絡みつくという、妙な事故まで起こした。
事故ばかりが理由ではない。
犬島と藍島。
似ているが、同じではない。
犬島は静かで実務的。藍島は犬島より少し好奇心が強い。
犬島がお姉ちゃんらしく振る舞おうとすると、藍島が無意識に先へ行く。
藍島が犬島へ「お姉ちゃん」と呼びかけると、犬島は未だにほんの一瞬だけ反応が遅れる。
工具の話になると二人とも急に詳しくなる。
そして実艦まで並んでいる。
当然。
人気が出た。
---
一 軍令部広報部
ある日の午前。
軍令部。
定例広報会議。
担当官が報告書を読み上げていた。
「先月の公式SNS関連です。犬島公式、藍島公式ともに閲覧数は上昇。特に両艦が同一投稿に登場した場合、通常投稿の約三・六倍となっています」
総長。
「事故報告ではなく?」
「事故報告も多いですが」
担当官。
資料をめくる。
「事故のない投稿でも数字が高いです」
「例えば」
「犬島が藍島と工具箱を整理している投稿」
「はい」
「藍島が犬島の白桃を一個間違えて取った投稿」
「はい」
「第一岸壁と第二岸壁から互いに手を振っている投稿」
「はい」
「全部人気です」
総長。
少し考える。
「つまり」
「何も起きていなくても見られる?」
広報担当官。
「むしろ最近は、その傾向があります」
これは軍令部にとって。
かなり重要だった。
事故。
海難。
損傷。
そうした投稿は、確かに注目される。
しかし広報機関として本当に欲しいものは、
何も起きていない日の鎮守府
を見てもらうことだった。
海防艦。
巡洋艦。
駆逐艦。
空母。
日々。
整備する。
訓練する。
食事をする。
書類を書く。
掃除する。
出港する。
帰投する。
それが本来の日常。
だが。
事故に比べ。
地味。
普通なら。
広報動画をかなり工夫しなければ見てもらえない。
そこで。
総長が。
言った。
「犬島と藍島を広報に使えないか」
会議室。
一人だけ。
顔色が。
変わった。
---
二 顔面蒼白
呉鎮守府広報担当官。
三等海佐。
長年。
艦娘一般公開。
公式写真。
動画撮影。
広報誌。
取材対応。
施設公開。
全部。
担当。
犬島と藍島。
広報担当。
この言葉を聞いた瞬間。
頭の中。
一つ。
浮かぶ。
自分の仕事がなくなる。
「……え」
隣の担当者。
「どうしました?」
「いえ」
顔。
完全に。
青い。
総長。
説明。
「犬島・藍島両艦を、呉鎮守府特別広報担当として――」
担当官。
さらに。
青くなる。
「……」
広報部長。
気づく。
「大丈夫か?」
「はい」
大丈夫ではない。
犬島。
藍島。
SNS。
強い。
二人。
人気。
高い。
実艦。
ある。
本人。
いる。
動画。
伸びる。
一般公開。
人。
集まる。
これ。
自分。
いらないのでは。
担当官。
頭の中で。
異動先まで。
考え始めていた。
「月一回程度」
総長。
続ける。
担当官。
顔を上げる。
「……はい?」
「通常広報は従来通り広報部が担当」
「犬島と藍島には月一回だけ特別企画へ参加してもらう」
担当官。
「月一回」
「そうだ」
「毎日では」
「ない」
「公式SNS運用も」
「本人のアカウントは本人。ただし鎮守府広報業務を全面移管する予定はない」
担当官。
目に見えて。
血色。
戻る。
広報部長。
横から。
「お前、自分の仕事取られると思っただろ」
担当官。
「……少し」
総長。
笑う。
「安心しろ」
「彼女たちに取材申請処理や映像編集までやらせるつもりはない」
担当官。
心の底から。
「ありがとうございます」
総長。
「そこまで安心されると、それはそれでどうなんだ」
---
三 犬島と藍島へ
午後。
第一岸壁。
犬島。
第二岸壁。
藍島。
二人。
呼ばれる。
広報担当官。
説明。
「今後、月一回程度、二人には呉鎮守府の特別広報活動へ参加してもらいます」
犬島。
「広報?」
藍島。
「何するんです?」
「一般公開への参加、動画撮影、施設紹介など」
犬島。
「事故説明です?」
「今回は違う」
犬島。
少し安心。
藍島。
「動画って、何をするんです?」
担当官。
そこで。
資料。
見る。
実は。
具体案。
ほとんど。
決まっていない。
軍令部からの指示。
「作り込まなくてよい。普段の様子を見せること」
担当官。
「普段通りでいい」
犬島。
「普段?」
「そう」
「掃除しても?」
「いい」
「工具直しても?」
「いい」
藍島。
「犬島さんについて行っても?」
「いい」
犬島。
「藍島さんがついてくるんですか」
藍島。
「嫌です?」
犬島。
「嫌じゃないです」
担当官。
「それでいい」
犬島。
少し。
困る。
「何が広報になるんです?」
担当官。
正直。
「私にもまだ分からない」
---
四 第一回広報動画
企画名。
「呉鎮守府の日常――海防艦犬島・藍島の一日」
動画時間。
二十四分三十八秒。
台本。
ほぼなし。
撮影班。
三名。
固定カメラ。
二台。
小型撮影機。
二台。
撮影方針。
演出。
最低限。
朝。
起床後。
第一岸壁。
艦体点検。
朝食。
事務作業。
工廠訪問。
昼食。
鎮守府内移動。
装備確認。
夕方。
実艦。
それだけ。
広報担当官。
投稿前。
かなり。
不安。
「これでいいんでしょうか」
部長。
「軍令部がいいと言っている」
「犬島がボルト締めてる時間だけで二分ありますよ」
「本人楽しそうだっただろ」
「はい」
「藍島が横から工具渡してるだけのところも一分あります」
「姉妹らしいだろ」
「広報動画として……」
部長。
「出してみろ」
---
五 動画公開
午後七時。
呉鎮守府公式動画投稿サイト。
タイトル。
【公式】海防艦犬島・藍島の一日 ―呉鎮守府の日常―
説明。
«第812号艦・犬島と、第813号艦・藍島。
姉妹艦二隻が呉鎮守府で過ごす一日を撮影しました。
大きな訓練も事故もありません。
普段の二隻をご覧ください。»
公開。
一分。
再生。
数千。
十分。
数万。
一時間。
想定。
大幅。
超過。
広報担当官。
画面。
見る。
「……何で?」
部長。
「成功だな」
「何でです?」
「知らん」
---
六 開始30秒
動画。
朝。
第一岸壁。
犬島。
カメラを見る。
「おはようございます。犬島です」
隣。
藍島。
「藍島です」
犬島。
「今日は広報の動画らしいです」
藍島。
「普段通りでいいそうです」
犬島。
「なので」
少し。
間。
「普通にします」
字幕。
『普通にします』
コメント。
«「かわいい」»
«「何だこの始まり」»
«「本当に台本ないな」»
«「事故なしって説明欄に書いてあるだけで安心する」»
---
七 実艦点検
犬島。
第一岸壁。
自分の実艦。
甲板。
歩く。
「ここ、昨日塗ったところです」
藍島。
「見えます?」
犬島。
「近くなら」
藍島。
しゃがむ。
見る。
「ほんとだ」
犬島。
「踏まんでください」
藍島。
「乾いとりますよ」
犬島。
「一応です」
コメント。
«「姉妹の会話が生活感ありすぎる」»
«「犬島、塗装に細かい」»
次。
藍島実艦。
点検。
犬島。
点検口。
見る。
「やっぱり広い」
藍島。
「まだ言っとる」
犬島。
「うちは狭いですから」
字幕。
『犬島より整備性改善』
コメント。
«「姉が妹の改良点を羨ましがってる」»
«「812実績がちゃんと813に生きてる」»
---
八 朝食
食堂。
犬島。
和食。
藍島。
同じ。
藍島。
犬島の小鉢。
見る。
「それ何です?」
「ほうれん草です」
「うちにもあります」
「同じです」
二人。
自分の膳。
見る。
本当に。
同じ。
数秒。
沈黙。
コメント。
«「何の会話だよ」»
«「こういうのでいい」»
---
九 工具
午前十時。
工廠。
犬島。
壊れた。
小型ラチェット。
修理。
カメラ。
犬島の手元。
犬島。
「ここが空回りしとるんです」
藍島。
横。
見る。
「ばらします?」
「はい」
犬島。
小さな部品。
並べる。
藍島。
「バネ」
「そこ置いてください」
「はい」
数分。
犬島。
組み戻す。
かち。
かち。
正常。
犬島。
嬉しそう。
「直りました」
藍島。
「さすがお姉ちゃん」
犬島。
わずかに。
止まる。
「ありがとうございます」
コメント。
爆発。
«「お姉ちゃんに反応して一瞬止まるの好き」»
«「犬島まだ慣れてない」»
«「工具直った時の顔が事故なし投稿の時より嬉しそう」»
字幕。
『壊れたら、また直しゃあえ』
動画内。
人気場面。
第三位。
---
十 昼前
鎮守府。
廊下。
犬島。
書類。
持つ。
藍島。
反対側から。
歩く。
撮影班。
少し後方。
廊下。
十分。
広い。
普通なら。
何も。
起きない。
犬島。
右。
歩く。
藍島。
左。
歩く。
正面。
近づく。
互い。
気づく。
犬島。
藍島。
同時。
右へ。
「あ」
二人。
同時。
止まる。
次。
犬島。
左へ。
藍島。
左へ。
「……」
また。
同じ。
二人。
少し。
笑う。
犬島。
「藍島さん、そっち」
藍島。
「犬島さんこそ」
犬島。
右へ。
藍島。
右へ。
三回目。
撮影班。
カメラ。
微妙に。
揺れる。
撮影担当。
笑い。
堪える。
犬島。
「ちょっと待ってください」
藍島。
「止まります?」
犬島。
「はい」
二人。
一度。
完全停止。
犬島。
「うちは左へ行きます」
藍島。
「じゃあ、うちは右へ」
犬島。
「はい」
せーの。
犬島。
自分から見て左。
藍島。
自分から見て右。
つまり。
同じ側。
二人。
一歩。
前。
こつん。
肩同士。
軽く。
ぶつかる。
二人。
止まる。
犬島。
「……」
藍島。
「……」
撮影班。
とうとう。
笑う。
犬島。
カメラ。
見る。
「今の使います?」
撮影担当。
「使います」
犬島。
「使うんですか」
藍島。
笑う。
「広報ですから」
犬島。
「何の広報になるんです?」
---
十一 投稿直後
この場面。
動画。
十一分四十二秒。
投稿後。
コメント欄。
タイムスタンプ。
大量。
«「11:42」»
«「11:42 全員ここ見ろ」»
«「11:42 姉妹の同期率100%」»
«「11:42 最終的にぶつかるの草」»
«「実艦は事故で接触、本人たちは廊下で接触」»
犬島公式。
動画共有。
«呉鎮守府の広報動画に出ました。
普段の一日です。
途中で藍島さんとぶつかったところも使われています。
あれは事故記録には入りません。»
ネット。
さらに。
«「本人そこ気にしてるの?」»
«「人間サイズの接触は事故件数に数えません」»
«「犬島事故統計厳密すぎる」»
藍島公式。
«お互い4回くらい同じ方向へ避けました。»
犬島。
«3回です。»
藍島。
«最後を入れたら4回です。»
犬島。
数分。
返信なし。
«そうかもしれません。»
---
十二 切り抜き
翌朝。
動画サイト。
短尺動画。
大量。
公式。
切り抜き。
「避けたいのに避けられない犬島と藍島」
二十三秒。
犬島。
右。
藍島。
右。
左。
左。
右。
右。
停止。
相談。
そして。
こつん。
再生数。
本編。
超える勢い。
コメント。
«「打ち合わせしたのかってくらい同じ動き」»
«「姉妹艦の操艦特性が似てるから本人の回避特性も似てる説」»
«「3cm背高い方が藍島です」»
«「桃が犬島、藍が藍島」»
«「結局ぶつかるまでが完璧」»
誰か。
動画。
スロー。
左右。
線。
入れる。
犬島。
藍島。
回避。
タイミング。
ほぼ同時。
«「回避開始の差0.14秒」»
犬島公式。
それ。
引用。
«そこまで調べんでええです。»
---
十三 軍令部
広報会議。
担当官。
再生数。
報告。
「公開二十四時間で、本編は二百十八万再生」
総長。
「……二百万?」
「短尺版は四百九十万」
「何がそんなに」
担当官。
資料。
見る。
「犬島と藍島が廊下でぶつかるところです」
総長。
「……広報動画だよな?」
「はい」
「艦艇紹介では」
「それも入っています」
「機関性能は」
「入っています」
「装備説明」
「あります」
「一番人気が廊下?」
「はい」
総長。
しばらく。
黙る。
「広報とは難しいな」
担当官。
心から。
「本当に」
---
十四 元々の広報担当官
ただ。
一番。
安心していたのも。
この担当官だった。
動画。
成功。
犬島。
藍島。
人気。
でも。
撮影。
編集。
字幕。
公開審査。
機密確認。
音声調整。
コメント管理。
取材対応。
全部。
広報部。
犬島と藍島。
出演しただけ。
担当官。
机。
大量の。
次回企画案。
見る。
「ああ」
同僚。
「何だ」
「仕事」
「あるな」
「いっぱいあります」
「よかったな」
担当官。
少し。
複雑。
「よかったです」
---
十五 犬島、広報担当官の誤解を知る
数日後。
犬島。
広報室。
次回。
打ち合わせ。
雑談。
藍島。
「そういえば」
担当官。
「はい」
藍島。
「最初、うちらが広報担当になるって聞いた時、顔真っ青でしたよね」
担当官。
固まる。
犬島。
「そうなんです?」
藍島。
「はい」
犬島。
担当官。
見る。
「体調悪かったんですか」
担当官。
「いや」
少し。
迷う。
正直。
「仕事がなくなると思った」
犬島。
「……」
藍島。
「……」
犬島。
真面目。
「うちら」
「動画編集できませんよ?」
担当官。
「知っている」
藍島。
「取材の予定管理も」
「私の仕事だ」
犬島。
「写真の公開確認も」
「私の仕事」
犬島。
「じゃあ」
少し。
間。
「うちらだけじゃ何もできんですね」
担当官。
「そういう言い方もどうなんだ」
藍島。
笑う。
「安心してください」
「月一回だけです」
担当官。
「それは最初に聞いて安心した」
犬島。
「ほんまに心配しとったんですね」
---
十六 二本目の企画会議
軍令部。
第一回。
成功。
当然。
第二回。
企画。
担当官。
「次は何をしますか」
犬島。
「普通でいいんですよね」
「それが一番反応が良かった」
藍島。
「また歩きます?」
犬島。
「ぶつからんですよ」
担当官。
「ぶつかる必要はない」
藍島。
「じゃあ普通に」
担当官。
「それでいい」
犬島。
「本当に?」
「本当に」
犬島。
少し。
不思議。
「広報って」
「もっと格好いいことするんだと思っとりました」
担当官。
「我々もそう思っていた」
「でも」
犬島。
「でも?」
担当官。
「犬島と藍島の場合は、普通にしている方が広報になるらしい」
藍島。
「楽ですね」
担当官。
「編集する側は楽じゃない」
---
十七 なぜ成功したのか
軍令部。
後日。
視聴者。
アンケート。
実施。
「動画のどこが良かったか」
上位。
第一位。
二隻の普段の関係が分かった。
第二位。
鎮守府の日常が自然に見えた。
第三位。
事故以外の犬島・藍島を見られた。
第四位。
艦娘と実艦がどう生活しているか理解できた。
第五位。
廊下でぶつかった場面。
広報担当官。
見る。
「五位?」
同僚。
「単独場面では一位だ」
「なるほど」
さらに。
自由記述。
«「犬島は事故報告のイメージが強かったが、普段は工具を直したり妹を気にしたりしている普通の子だと分かった」»
«「藍島が犬島をお姉ちゃんと呼ぶ度に犬島が一瞬止まるのが面白い」»
«「実艦だけでなく本人たちの日常も見られてよかった」»
«「軍事施設の広報なのに妙に生活感があって身近に感じた」»
軍令部。
狙い。
成功。
---
十八 犬島公式SNS
アンケート結果。
犬島。
聞く。
その夜。
公式SNS。
«広報動画、たくさん見てもらったそうです。
事故の話じゃなくても見てもらえたのが、うちは嬉しいです。
工具を直しとるところや、藍島さんとご飯食べとるところまで見てもらえるとは思いませんでした。
廊下でぶつかったところが一番話題になっとるのは、ちょっと分かりません。
次は普通に避けます。»
反応。
«「次回検証」»
«「本当に避けられる?」»
«「二人とも同じ方向行きそう」»
犬島。
«避けられます。»
藍島。
引用。
«たぶん。»
犬島。
«藍島さん。»
---
十九 そして翌日
動画撮影。
関係なし。
完全。
普通の日。
犬島。
鎮守府。
廊下。
向こう。
藍島。
二人。
気づく。
足。
止まる。
犬島。
「藍島さん」
「はい」
「右行きます?」
藍島。
「どっちから見た右です?」
犬島。
「……」
二人。
考える。
通りがかった時雨。
「犬島がそこで止まって、藍島がこっち通れば?」
犬島。
「あ」
藍島。
「あ」
時雨。
普通に。
通り過ぎる。
犬島。
「これでええですね」
藍島。
「はい」
二人。
無事。
通過。
接触。
なし。
ただし。
撮影。
誰も。
していない。
犬島。
少し。
残念そう。
「こういう時に限って」
藍島。
「カメラないですね」
---
二十 月一回
こうして。
犬島。
藍島。
呉鎮守府。
特別広報担当。
月一回。
定着。
ある月。
工廠。
ある月。
食堂。
ある月。
護衛任務の準備。
ある月。
玉野。
ある月。
一般公開。
作り込まない。
普段。
そのまま。
動画タイトルも。
だんだん。
簡単。
「犬島と藍島、工廠へ行く」
「犬島と藍島、出港準備」
「犬島と藍島、昼食」
視聴数。
安定。
高い。
そして。
広報担当官。
仕事。
増える。
「私の仕事がなくなるどころか増えたんですが」
部長。
「人気になったからな」
「月一回ですよね?」
「撮影はな」
「コメント確認と問い合わせは毎日です」
部長。
笑う。
担当官。
「笑い事じゃありません」
---
二十一 軍令部公式動画・年間ランキング
年末。
公式動画。
年間。
再生数。
ランキング。
第一位。
「犬島・藍島の普通の一日」
二位。
大規模観艦式。
三位。
新型装備公開。
四位。
航空隊大規模訓練。
五位。
呉鎮守府一般公開。
軍令部総長。
一覧。
見る。
「観艦式より上なのか」
広報担当官。
「はい」
「新型装備より」
「上です」
「何をした動画だった」
「犬島と藍島が朝起きて、実艦を点検して、朝食を食べ、工具を直して、歩いて、昼食を食べ、夕方まで過ごします」
総長。
「それだけ?」
「それだけです」
総長。
少し。
考える。
「例の接触は」
担当官。
「十一分四十二秒です」
総長。
「覚えているのか」
「問い合わせが多いので」
---
二十二 本人たちは
第一岸壁。
犬島。
第二岸壁。
藍島。
犬島。
ランキング。
見る。
「一位です」
藍島。
「すごいですね」
「観艦式より上です」
「うちら何しましたっけ」
犬島。
「工具直しました」
藍島。
「ご飯食べました」
犬島。
「歩きました」
二人。
同時。
廊下。
思い出す。
「……」
藍島。
「ぶつかりました」
犬島。
「それですね」
「広報として良かったんですかね」
犬島。
少し。
考える。
「事故じゃないですし」
藍島。
「怪我もないです」
犬島。
「じゃあ」
少し。
笑う。
「ええんじゃないですか」
---
終章 広報担当・犬島と藍島
犬島公式SNS。
年末。
一件。
«今年から藍島さんと月1回、呉鎮守府の広報をするようになりました。
最初は何をしたらええか分かりませんでしたけど、普通にしとったら良いそうです。
事故じゃない日のうちらも知ってもらえたので、広報をやって良かったと思います。
一番見られたのは、藍島さんと廊下ですれ違おうとして、何回も同じ方向へ避けて最後にぶつかったところだそうです。
来年はちゃんと避けます。»
藍島公式。
引用。
«来年もよろしくお願いします。
犬島さんが右へ行ったら、うちは左へ行きます。»
犬島。
«お互いから見た右左を先に決めましょう。»
反応。
«「まだ不安」»
«「次の広報動画それだけで一本作れそう」»
«「犬島藍島回避訓練編」»
犬島。
«訓練にせんでください。»
そして。
元々の広報担当官。
その投稿。
見る。
机の上。
来年度。
十二本分。
企画書。
問い合わせ。
撮影申請。
公開審査書類。
大量。
一年前。
「犬島と藍島に仕事を取られる」
と顔面蒼白になった男。
今。
逆。
「二人とも人気になりすぎなんだよ……」
そう言いながら。
少し。
笑っていた。
犬島。
藍島。
月一回。
特別広報担当。
やること。
ほとんど。
普段通り。
それだけで。
鎮守府の仕事。
艦娘の日常。
実艦との関係。
姉妹艦の距離。
たくさんの人へ。
伝わった。
そして。
最大の広報成果。
軍令部の立派な企画でも。
高度な映像技術でも。
派手な演習でもなく。
廊下で。
姉妹二人が。
「右へ避けよう」
「左へ避けよう」
と互いを思った結果。
同じ方向へ動き続け。
最後に。
軽く。
こつん。
とぶつかった。
その二十三秒だった。
――後ろで笑っとる人がおります――
広報担当官の笑い声まで人気になった話
※メインストーリーとは別世界線
呉鎮守府公式動画、
「海防艦犬島・藍島の一日――呉鎮守府の日常」
その中で最も再生された場面。
十一分四十二秒。
廊下の向こうから歩いてくる犬島と藍島。
二人。
互いに気づく。
犬島が右へ。
藍島も右へ。
「あ」
左へ。
二人とも左へ。
また右。
また同じ。
最後には一度立ち止まり、
「うちは左へ行きます」
「じゃあ、うちは右へ」
と相談。
それなのに。
互いから見た左右を基準にしてしまった結果。
再び。
同じ側。
そして。
こつん。
肩同士が軽くぶつかる。
犬島。
「……」
藍島。
「……」
その直後。
動画の奥から。
小さな音。
«「っ……ふふっ」»
さらに。
カメラがわずかに揺れる。
撮影していた呉鎮守府広報担当官だった。
最初は耐えようとしていた。
だが。
三回連続。
同じ方向。
最後。
相談までしたのに。
また同じ方向。
耐えられなかった。
---
一 編集で消す予定だった
動画編集室。
公開前日。
広報担当官。
自分の笑い声を聞く。
「……これ消せます?」
編集担当。
「消せますよ」
「お願いします」
「何で?」
「公式動画ですよ」
「はい」
「撮影担当が笑ってるんですよ」
「はい」
「駄目でしょう」
編集担当。
映像を見る。
犬島。
右。
藍島。
右。
左。
左。
右。
右。
こつん。
広報担当官。
«「っ……ふふっ」»
編集担当。
しばらく黙る。
「残しません?」
担当官。
「何でですか」
「自然だから」
「軍令部公式ですよ?」
「だからこそ」
担当官。
困る。
最終的に。
広報部長。
確認。
「残せ」
「部長まで?」
「いい映像だ」
「私が笑ってます」
「笑うだろ、これは」
「広報担当として」
「人として正常だ」
結果。
残った。
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二 公開直後
視聴者。
すぐ。
気づく。
コメント欄。
«「11:42、後ろで誰か笑ってるw」»
«「撮影スタッフ耐えられなくなってる」»
«「カメラちょっと揺れてるの好き」»
«「犬島と藍島も面白いけど撮ってる人まで笑ってるの含めて好き」»
«「公式なのに現場の空気がそのまま残ってる感じ良いな」»
さらに。
«「スタッフが笑ってるから、普段から二人がこういう感じなんだろうなって分かる。」»
このコメント。
高評価。
大量。
犬島本人。
動画を見返す。
「……笑っとりますね」
藍島。
「笑ってますね」
犬島。
「撮影中は気づきませんでした」
藍島。
「うちは聞こえました」
犬島。
「ほんまです?」
「はい」
「何で言わんかったんです」
藍島。
「犬島さんも面白かったので」
犬島。
「藍島さんも同じ動きしとったでしょう」
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三 「消さなくて正解」
動画公開から数時間。
SNS。
撮影担当官の笑い声。
話題。
«「こういう笑い声なら残して正解」»
«「バラエティの笑い声じゃなくて、普通に現場スタッフが吹いた感じなのがいい」»
«「作られた演出じゃないって分かる」»
«「二人が普段から鎮守府で大事にされてる感じがする」»
«「スタッフが緊張してなくて、犬島と藍島も普段通りなんだろうな」»
別の投稿。
«「広報動画なのに、撮影者の笑い声が入ってることで逆に距離が近く感じる。」»
これも。
かなり拡散。
軍令部広報部。
担当官。
見る。
「……好評なんですね」
同僚。
「好評だな」
「笑っただけですよ」
「そこがいいらしい」
担当官。
「広報って分からないですね」
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四 犬島公式SNS
犬島。
当然。
触れる。
«広報動画の廊下のところで、撮影しとった広報担当の人の笑い声が入っています。
編集で消す予定だったそうですけど、そのまま使ったそうです。
皆さんから評判が良いらしいです。
うちらがぶつかったことより、笑い声まで見つけられるとは思いませんでした。»
反応。
«「めちゃくちゃ聞こえるよ」»
«「むしろあれが完成形」»
«「担当官さん笑ってくれてありがとう」»
«「あそこで無音だったら逆に寂しい」»
犬島。
最後。
少し。
考えて返信。
«確かに、笑ってもらえた方がええかもしれません。»
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五 藍島公式SNS
藍島。
さらに。
«廊下で犬島さんとぶつかった時、後ろで広報担当さんが笑っています。
最初の2回くらいは我慢しとったそうです。
最後に相談したのにまた同じ方向へ行ったところで耐えられなくなったそうです。
うちは撮影中に聞こえました。
犬島さんは気づいてませんでした。»
反応。
«「藍島は気づいてたのか」»
«「犬島だけ真剣だったのかわいい」»
«「担当官さん2回耐えたの偉い」»
«「むしろ3回目まで耐えられたのすごい」»
犬島公式。
«うちも真剣に避けようとしとったんです。»
藍島。
«うちもです。»
ネット。
«「だから面白いんだよ」»
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六 撮影担当官本人
当然。
本人にも。
取材。
来る。
呉鎮守府公式SNS。
短い。
舞台裏投稿。
«【広報動画・撮影担当より】
「犬島と藍島が最初に同じ方向へ動いた時は偶然だと思いました。
2回目も同じで、少し危なかったです。
その後、二人が一度止まって『左へ行く』『右へ行く』と相談したので、今度こそ大丈夫だと思いました。
その結果、また同じ方向へ行って軽くぶつかったので、耐えられませんでした。
撮影中に笑ってしまい申し訳ありませんでしたが、二人とも笑って許してくれました。」»
SNS。
反応。
優しい。
«「謝らなくていいです」»
«「あれは笑う」»
«「むしろ残してくれてありがとう」»
«「現場の空気が良かったのが伝わった」»
«「犬島藍島とスタッフの関係が良さそうで安心した」»
そして。
かなり人気。
«「誰かを馬鹿にしてる笑いじゃなくて、仲の良い人が思わず笑った感じなのが良かった。」»
犬島。
これ。
「いいね」。
藍島も。
「いいね」。
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七 犬島の感想
広報室。
犬島。
担当官。
対面。
「すみませんでした」
担当官。
「何が?」
犬島。
「動画で笑われたこと」
「いや」
担当官。
「私が謝る側だろ」
犬島。
「でも」
少し。
考える。
「嫌じゃなかったです」
担当官。
「本当か」
「はい」
「うちら、ほんまに同じ方向行っとりましたし」
藍島。
隣。
「犬島さん、最後ぶつかった後すごい顔してました」
犬島。
「藍島さんもです」
担当官。
少し。
笑う。
犬島。
それを見る。
「また笑っとる」
担当官。
「すまん」
犬島。
今度。
少し笑う。
「これは大丈夫です」
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八 コメント欄の人気コメント
後日。
公式切り抜き動画。
「犬島と藍島、どうしても避けられない」
コメント上位。
«「後ろのスタッフが徐々に耐えられなくなるの好き」»
«「最初の『あ』ではまだ無音なのに、最後のこつんで吹くの完璧」»
«「撮影担当の笑い声が入ることで、二人の日常を一緒に見てる感じがある」»
«「スタッフも含めて呉鎮守府の日常なんだな」»
«「普通の職場みたいな雰囲気が見えて良かった」»
«「軍令部公式で一番好きな音声が広報担当官の笑い声になるとは思わなかった」»
さらに。
«「犬島と藍島を『人気艦娘』として撮ってるんじゃなくて、普段一緒に働いてる仲間を撮ってる感じがする。」»
このコメント。
広報担当官。
かなり気に入る。
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九 軍令部の評価
年間広報評価会議。
数字。
高い。
動画。
大成功。
そして。
評価資料。
珍しい項目。
「視聴者が好意的に挙げた非演出要素」
一位。
犬島・藍島の自然な会話。
二位。
工具修理。
三位。
撮影担当官の笑い声。
総長。
「笑い声が評価項目に入るのか」
広報部長。
「入りました」
「広報担当官本人は?」
「非常に複雑そうです」
総長。
少し笑う。
「次回も笑わせろとは言うなよ」
「演出になりますからね」
「そうだ」
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十 次回撮影
翌月。
第二回。
撮影開始。
広報担当官。
カメラ。
犬島。
見る。
「今日は笑いませんから」
犬島。
「普通でええですよ」
藍島。
「無理に我慢せんでも」
担当官。
「広報担当としては我慢したい」
犬島。
「前回も途中まで我慢しとったんでしょう」
「してた」
藍島。
「最後は?」
担当官。
「無理だった」
三人。
笑う。
撮影。
開始前。
すでに。
少し。
カメラ。
揺れる。
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十一 視聴者が良いと感じた理由
後に。
アンケート。
「なぜ撮影担当の笑い声が良かったですか」
回答。
多かった。
自然だったから。
犬島と藍島が職場で親しまれていると感じたから。
二人を笑いものにするのではなく、二人と一緒に笑っている感じだったから。
公式動画なのに堅苦しくなかったから。
撮影スタッフまで含めて鎮守府の日常だと思えたから。
犬島。
結果。
読む。
「一緒に笑う」
提督。
「いいじゃないか」
犬島。
「はい」
少し。
笑う。
「それなら、ええです」
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終章 あの笑い声
動画。
十一分四十二秒。
犬島。
右。
藍島。
右。
犬島。
左。
藍島。
左。
また。
右。
右。
最後。
止まる。
相談。
今度こそ。
犬島。
左。
藍島。
右。
そして。
同じ側。
一歩。
こつん。
二人。
「……」
後ろ。
«「っ……ふふっ」»
カメラ。
少し。
揺れる。
犬島。
「今の使います?」
担当官。
笑いを堪えながら。
「使います」
犬島。
「使うんですか」
藍島。
「広報ですから」
犬島。
「何の広報になるんです?」
結果。
その二十三秒。
犬島と藍島だけではなく。
撮影していた人まで含めて。
呉鎮守府の。
普段の雰囲気。
伝えた。
視聴者からは。
こう言われた。
«「あの笑い声が入ってるから好き。」»
«「犬島と藍島が、周りからちゃんと愛されてるんだなって分かる。」»
その感想を見た犬島。
少しだけ。
恥ずかしそう。
でも。
削除してほしいとは。
もう言わなかった。
藍島。
横。
「残って良かったですね」
犬島。
「はい」
少し。
間。
「でも次は」
「はい」
「ちゃんと避けます」
広報担当官。
後ろから。
「本当か?」
犬島。
藍島。
同時。
振り返る。
「本当です」
また。
二人。
同じタイミング。
担当官。
小さく。
笑った。
今度は。
犬島も。
藍島も。
一緒に笑った。