海防艦・犬島/藍島
――うちの艦、こんなんでしたっけ――
広報動画で姉妹そろって点検表を間違えた話
※メインストーリーとは別世界線
犬島と藍島が、呉鎮守府の月一回特別広報担当になってから四回目。
前回までに、
廊下ですれ違おうとして同じ方向へ避け続け、最後に軽くぶつかる。
撮影用名札を互いに取り違える。
という、軍令部の誰も台本に書いていない場面が人気になっていた。
そのため、今回の広報担当官は撮影開始前にかなり念を押した。
「今日は艦体の日常点検を撮る」
犬島。
「はい」
藍島。
「はい」
「普通に点検してくれればいい」
「はい」
「面白いことをする必要はない」
犬島。
「したことありません」
広報担当官。
「知っている」
藍島。
「前回の名札も普通に間違えただけです」
「だから分かっている」
担当官。
少し遠い目。
「頼むから、普通にやってくれ」
犬島。
藍島。
同時。
「はい」
撮影担当官。
その時点で少し嫌な予感がしていた。
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一 二枚の点検表
撮影場所。
第一岸壁と第二岸壁。
犬島実艦。
藍島実艦。
二隻とも出港予定なし。
午前中。
定例点検。
机。
二枚。
クリップボード。
一枚。
「第812号艦 犬島 停泊時日常点検表」
もう一枚。
「第813号艦 藍島 停泊時日常点検表」
大部分。
同じ。
しかし。
細かなところ。
違う。
犬島。
機関室点検口。
旧型。
藍島。
拡大型。
通風設備。
位置。
違う。
中央十二糎砲周辺。
点検順序。
違う。
通信設備。
藍島。
少し増設。
当然。
本人たちは。
自分の艦。
よく知っている。
本来。
点検表を間違えた程度で、大きな問題にはならない。
広報担当官。
「これ持って」
犬島。
「はい」
藍島。
「はい」
その時。
藍島。
犬島へ。
「犬島さん、昨日うちの右舷通風口見ました?」
「見ました」
犬島。
話しながら。
机。
右側のクリップボード。
取る。
藍島。
「ちょっと音しとった気がして」
「それ、朝見ます」
藍島。
残った左。
取る。
二人。
話。
継続。
文字。
見ない。
結果。
犬島。
藍島用点検表。
藍島。
犬島用点検表。
撮影担当官。
カメラ。
設定。
また。
気づかない。
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二 撮影開始
犬島。
自分の艦。
乗る。
藍島。
自分の艦。
乗る。
カメラ。
二班。
撮影。
犬島。
「まず前部から見ます」
藍島。
「うちは後ろからです」
それぞれ。
点検。
艦首。
外板。
係留索。
第一主砲。
正常。
まだ。
気づかない。
犬島。
点検表。
「前部十二糎砲、異常なし」
チェック。
藍島。
「後部十二糎砲、異常なし」
チェック。
普通。
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三 最初の違和感
犬島。
艦中央部。
来る。
点検表。
見る。
「中央部機関室点検口 開口状態確認」
犬島。
「はい」
自分の。
点検口。
開ける。
少し。
止まる。
「……?」
撮影担当。
「どうしました?」
犬島。
点検口。
見る。
点検表。
見る。
「これ」
「はい」
「狭くないです?」
撮影担当。
「?」
犬島。
「いや」
もう一回。
見る。
「いつも通りですね」
当然。
犬島用。
旧型。
広くない。
ただし。
犬島が持っているのは。
藍島用。
そこには、
「拡大型点検口・全開時干渉確認」
とある。
犬島。
「全開時……」
開ける。
最後まで。
「干渉はないですけど」
少し。
首を傾げる。
「うち、こんなに狭かったです?」
撮影担当。
黙る。
「……犬島」
「はい」
「お前の艦は前からその大きさだぞ」
犬島。
「そうですよね」
まだ。
気づかない。
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四 一方の藍島
第二岸壁。
藍島。
同じ頃。
自分の機関室点検口。
開ける。
点検表。
犬島用。
「点検口開閉、周囲接触確認」
藍島。
「はい」
開ける。
広い。
大きい。
藍島。
止まる。
「……」
撮影担当。
「どうした」
藍島。
「うちの点検口」
「はい」
「前より広くなりました?」
撮影担当。
「元からだ」
藍島。
「そうですよね」
点検表。
見る。
「でも、ここ」
少し。
困る。
「犬島さんと同じ書き方になっとる」
撮影担当。
画面越し。
少し。
嫌な予感。
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五 通風設備
犬島。
次。
点検表。
「右舷側第二通風筒基部確認」
犬島。
自分の艦。
見る。
「……第二?」
実艦。
配置。
違う。
犬島。
右。
左。
見る。
「これ」
撮影担当。
「はい」
「位置、違いません?」
「何と?」
「昨日までと」
撮影担当。
「艦の設備が一晩で移動することはない」
犬島。
「ですよね」
点検表。
見る。
艦。
見る。
「……」
まだ。
気づかない。
一方。
藍島。
犬島用点検表。
通風筒。
確認。
「一番って」
自分の艦。
見る。
「こっちです?」
担当。
「藍島、自分の艦だぞ」
「分かっとります」
「なら何で聞く」
「表と違うんです」
ここで。
担当。
ようやく。
「表?」
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六 同時に気づく
第一岸壁。
犬島。
点検表。
表紙。
見る。
今まで。
項目しか。
見ていなかった。
上。
大きく。
第813号艦 藍島
犬島。
「……」
第二岸壁。
藍島。
同じ。
表紙。
第812号艦 犬島
藍島。
「……」
二人。
ほぼ同時。
無線。
入れる。
犬島。
『藍島さん』
藍島。
『犬島さん』
また。
同時。
『点検表――』
二人。
止まる。
犬島。
「先どうぞ」
藍島。
「犬島さんから」
犬島。
「じゃあ」
少し。
間。
「うち、藍島さんの点検表持っとります」
藍島。
「うち、犬島さんのです」
数秒。
無線。
静か。
そして。
二人。
同時。
「……やっぱり」
撮影担当官。
遠くのカメラ。
音声。
聞いている。
「ふっ」
また。
笑った。
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七 犬島、原因を考える
犬島。
第一岸壁。
点検表。
見る。
「何でです?」
藍島。
『朝、犬島さんが右の取りました』
「藍島さん左取りましたよね」
『はい』
犬島。
「あ」
藍島。
『何です?』
犬島。
「藍島さんの通風口の話しとったから」
藍島。
少し。
間。
『うちも犬島さんの話しながら取りました』
犬島。
「また?」
『またですね』
犬島。
名札事件。
思い出す。
「相手の話しながら取るの」
藍島。
『やめた方がええですかね』
犬島。
少し。
真剣。
「取る前に名前見る方がええと思います」
藍島。
『普通そうです』
犬島。
「……はい」
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八 担当官、笑いを堪えられない
犬島。
自分の点検口。
もう一回。
見る。
「でも」
撮影担当。
「何だ」
「うち、さっき本気で」
少し。
恥ずかしそう。
「点検口、昨日より狭くなったんかと思いました」
担当官。
「昨日より?」
「はい」
「鋼板が縮んだと思った?」
犬島。
「一瞬」
担当官。
「……」
堪える。
犬島。
「笑わんでください」
担当官。
「いや」
声。
震える。
「悪い」
藍島。
無線。
『うちも前より広くなったと思いました』
担当官。
完全に。
無理。
「ははっ……」
犬島。
「担当官さん」
藍島。
『また笑っとりますね』
担当官。
「二人とも、自分の艦だろ」
犬島。
「表が違ったら一瞬分からんことあります」
藍島。
『あります』
担当官。
「二人とも同じこと言うな」
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九 点検表交換
二隻。
岸壁。
近い。
犬島。
藍島。
それぞれ。
降りる。
中央。
会う。
犬島。
藍島用。
渡す。
藍島。
犬島用。
渡す。
犬島。
今度。
表紙。
指差す。
「犬島」
藍島。
同じ。
「藍島」
犬島。
「確認しました」
藍島。
「うちもです」
広報担当官。
「小学生みたいな確認するな」
犬島。
「前回名札もやったので」
藍島。
「必要です」
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十 動画編集
撮影終了。
編集室。
映像。
確認。
犬島。
«「うち、こんなに狭かったです?」»
藍島。
«「前より広くなりました?」»
そして。
ほぼ同時。
«『点検表――』»
編集担当。
笑う。
「使います」
広報担当官。
「知ってた」
「切ります?」
「いや」
担当官。
少し。
諦めた顔。
「もう残せ」
編集担当。
「笑い声も?」
担当官。
「……残せ」
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十一 公式動画公開
タイトル。
【公式】犬島と藍島、実艦を点検します――呉鎮守府の日常④
動画。
開始。
視聴者。
気づく。
犬島の手元。
一瞬。
映る。
813
コメント。
«「待って」»
«「犬島それ藍島の表じゃない?」»
«「またやってる?」»
«「名札の次は点検表?」»
そして。
犬島。
«「うち、こんなに狭かったです?」»
コメント。
大量。
«「あなたの艦です」»
«「前からです」»
«「犬島、自分の艦を疑い始めた」»
一方。
藍島。
«「前より広くなりました?」»
コメント。
«「姉妹そろってるw」»
«「藍島も逆」»
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十二 一番盛り上がった場面
動画。
八分二十一秒。
犬島。
表紙。
見る。
藍島。
表紙。
見る。
無線。
同時。
«「藍島さん」»
«「犬島さん」»
«「点検表――」»
二人。
止まる。
コメント。
流れる。
«「同期率高すぎる」»
«「気づくタイミングまで一緒」»
«「姉妹艦すぎる」»
«「別々の艦にいるのに同時に気づくの何」»
そして。
撮影担当官。
後ろ。
小さく。
«「ふっ」»
視聴者。
«「担当官また笑ってる!」»
«「今月も笑い声確認」»
«「この人もう第三のレギュラーだろ」»
«「担当官さんの笑い声が入ると安心するようになった」»
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十三 最も高評価されたコメント
動画。
コメント欄。
一位。
«「お互いの艦をちゃんと知っているからこそ、表が違うと『艦の方が変わった?』って一瞬思うのかわいい。」»
二位。
«「犬島は藍島のこと考えながら藍島の点検表を取り、藍島は犬島のこと考えながら犬島のを取る。前回の名札から何も学んでないのに仲良し度だけ上がってる。」»
三位。
«「事故じゃなくて姉妹が書類間違えただけで済む広報動画、ずっとこれでいい。」»
犬島。
三位。
「いいね」。
藍島も。
「いいね」。
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十四 犬島公式SNS
犬島。
動画共有。
«今月の広報動画です。
藍島さんと艦体の日常点検をしました。
最初に点検表を逆に持っていってしまいました。
うちは藍島さんの点検表を見ながら自分の艦を点検したので、機関室の点検口が「前より狭くなった?」と思いました。
狭くなってません。元からです。
藍島さんは逆に「広くなった?」と思ったそうです。
途中で二人とも気づきました。
点検そのものはやり直して、異常ありません。»
反応。
«「『元からです』で笑う」»
«「自分で訂正してる」»
«「犬島の点検口狭い問題がまた掘り返された」»
犬島。
«ほんまに藍島さんの方が広いです。»
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十五 藍島公式SNS
藍島。
«犬島さんの点検表を間違えて持っていきました。
犬島さんも、うちのを持っていきました。
お互い相手の設備の話をしながら取ったので、また確認してませんでした。
犬島さんの点検表を見ると、うちの点検口がかなり広く感じました。
ちょっと得した気分でした。
でも最初から広いです。»
犬島。
返信。
«羨ましいです。»
藍島。
«交換します?»
犬島。
«できません。»
このやり取り。
また。
人気。
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十六 軍令部公式短尺
広報部。
切り抜き。
タイトル。
「自分の艦なのに構造を疑う姉妹艦」
最初。
犬島。
「狭くないです?」
次。
藍島。
「広くなりました?」
画面。
大文字。
原因:点検表が逆
最後。
二人。
同時。
«「点検表――」»
担当官。
«「ふっ」»
犬島。
«「笑わんでください」»
再生数。
猛烈。
反応。
«「担当官の笑い声までセット」»
«「広報動画なのに毎月ホームビデオ感増してる」»
«「軍令部はこの路線を守ってくれ」»
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十七 広報担当官への反応
今回。
視聴者。
担当官。
笑い。
また。
好評。
«「犬島が『昨日より狭くなった?』って言った瞬間にスタッフが耐えられなくなるの好き」»
«「担当官さんももう二人の扱いに慣れてる」»
«「怒るんじゃなくて笑ってからちゃんと点検やり直させてるの良い職場感」»
«「犬島藍島+後ろで笑う広報担当官の三人組が好きになってきた」»
担当官。
見る。
「三人組?」
同僚。
「レギュラーだな」
担当官。
「私は撮影側です」
同僚。
「声だけ毎回出てる」
担当官。
頭。
抱える。
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十八 点検上の扱い
もちろん。
軍令部。
安全上。
そこは。
真面目。
点検表。
取り違え。
発覚。
途中までの項目。
一旦。
無効。
二人。
正しい表。
最初から。
全項目。
やり直し。
結果。
犬島。
異常なし。
藍島。
異常なし。
犬島。
「ちゃんとやり直しました」
広報担当官。
「当然だ」
藍島。
「動画では短くなっとりますけど」
「全部撮ったら一時間超える」
犬島。
「見たい人おります?」
担当官。
「いると思う」
犬島。
「ほんまです?」
実際。
コメント。
«「ノーカット点検版ください」»
数千。
高評価。
担当官。
犬島。
藍島。
三人。
黙る。
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十九 翌月への対策
次回撮影。
準備。
広報担当官。
机。
名札。
犬島。
藍島。
離して置く。
点検表。
犬島。
藍島。
離して置く。
しかも。
大きな色付き札。
犬島用
藍島用
犬島。
見る。
「ここまでします?」
担当官。
「する」
藍島。
「信用ないですね」
「前科二回」
犬島。
「事故じゃありません」
「事故とは言ってない」
藍島。
「仲良いだけです」
担当官。
少し。
笑う。
「それは知ってる」
犬島。
藍島。
少し。
嬉しそう。
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終章 似ているから、間違える
犬島。
第812号艦。
藍島。
第813号艦。
同じではない。
犬島。
少し。
小さい。
藍島。
三十センチ。
長い。
点検口。
藍島。
広い。
通風設備。
少し。
違う。
補強。
違う。
機関特性。
少し。
違う。
だから。
点検表。
同じではない。
それなのに。
二人。
毎日。
相手の艦。
見る。
相手の設備。
知る。
犬島は、
「藍島さんの通風口、昨日ちょっと音しとった」
と覚えている。
藍島は、
「犬島さんの工具、直りました?」
と覚えている。
相手。
考えながら。
机。
手。
伸ばす。
自然。
相手の名前。
書いてあるもの。
取る。
そして。
自分の艦へ。
持っていく。
犬島公式SNS。
夜。
最後。
«今日は藍島さんと点検表を間違えました。
艦を間違えたわけではありません。
自分の艦はちゃんと分かります。
ただ、藍島さんの表を見ながらだと、ちょっと自信なくなりました。»
藍島公式。
«うちもです。
でも犬島さんの艦と、うちの艦の違いを改めて確認できました。»
犬島。
«それは良かったです。»
藍島。
«次は間違えません。»
広報担当官。
公式アカウントではなく。
動画の最後。
遠くから。
「前も聞いた気がするな」
犬島。
藍島。
同時。
「次は大丈夫です」
担当官。
また。
笑った。
視聴者。
コメント。
«「この三人、ずっとこのままでいてほしい。」»
そのコメント。
犬島。
藍島。
そして。
広報担当官本人まで。
全員。
少し。
嬉しかった。