話始めは「犬島藍島が注目されてまともに鎮守府の紹介ができてないのであの二人は無しで紹介していきます。この動画は月1の広報動画ではないので安心してください。」
呉鎮守府公式広報
――今度こそ鎮守府を紹介します――
月1広報ではない、ごく普通の施設紹介動画
※犬島・藍島別世界線
「犬島藍島が注目されてまともに鎮守府の紹介ができてないのであの二人は無しで紹介していきます。この動画は月1の広報動画ではないので安心してください。」
画面中央。
呉鎮守府広報担当官。
身長約百八十センチ。
黒に近い濃い髪。
整った顔立ち。
いつもならカメラの後ろにいる男が、今回は珍しく最初から画面の前に立っていた。
字幕。
『呉鎮守府広報部』
その下。
『今回は普通の施設紹介です』
担当官は念を押す。
「本当に普通の鎮守府紹介です。犬島と藍島の日常動画ではありません。二人が廊下でぶつかることも、名札を間違えることも、椅子を譲り合って誰も座らないこともありません」
撮影補助員がカメラの後ろから言った。
「そこまで言わなくてもいいんじゃないですか」
「言わないとコメント欄が最初から二人の話になる」
「もう今言ったせいでなりそうですけど」
担当官。
一秒。
黙る。
「……始めます」
---
一 正門
最初の紹介場所は呉鎮守府正門。
画面。
大きな門。
警衛所。
標識。
担当官。
「こちらが呉鎮守府の正門です。外部から訪問される方が最初に通る場所ですが、当然ながら通常時は一般の方が自由に出入りできる施設ではありません」
字幕。
『正門』
「一般公開日などは、ここで入場確認や手荷物検査を行います」
非常にまとも。
軍事施設の広報動画として、何の問題もない。
担当官自身も少し安心する。
撮影補助。
「いいですね」
「だろ」
「やれば普通にできますね」
「最初からできる」
その瞬間。
門の向こう。
遠く。
白い半袖の水兵服。
紺色のスカート。
小柄な人影。
歩いていく。
撮影補助。
「あ」
担当官。
「何」
「あれ犬島じゃないですか」
担当官。
振り向く。
約四十メートル先。
犬島。
工具箱。
持って。
普通に歩いている。
撮影には気づいていない。
担当官。
「……背景だ」
「映ってますけど」
「背景だ」
犬島。
そのまま。
画面外へ。
担当官。
カメラへ戻る。
「続けます」
---
二 庁舎
次。
鎮守府本庁舎。
歴史ある外観。
担当官。
「こちらが本庁舎です。司令部機能のほか、各種事務部門、会議室などが入っています」
映像。
廊下。
執務室前。
掲示板。
非常に。
まとも。
「艦娘の任務計画や港湾運用、整備予定なども――」
後方。
扉。
開く。
藍島。
出てくる。
大量の書類。
持っている。
担当官。
気づかない。
藍島。
撮影。
気づく。
一瞬。
止まる。
担当官。
説明。
続ける。
藍島。
カメラへ。
小さく。
会釈。
静かに。
横切る。
撮影補助。
笑い。
堪える。
担当官。
説明終了。
「次へ行きます」
撮影補助。
「藍島映りました」
担当官。
目を閉じる。
「……普通に仕事してただけだろ」
「はい」
「なら問題ない」
「二人なしって最初に」
「出演なしという意味だ」
「なるほど」
担当官。
少し。
声。
強い。
---
三 食堂
昼前。
鎮守府食堂。
広い。
多数の座席。
厨房。
担当官。
「続いて食堂です。艦娘、職員、各部署勤務員が利用します」
食堂担当。
「日によって献立は変わります」
担当官。
「人気のメニューは?」
「カレー、焼き魚定食、それと季節の果物ですね」
担当官。
「季節の果物」
嫌な予感。
「例えば?」
「今なら白桃です」
担当官。
一瞬。
止まる。
撮影補助。
「犬島ですね」
「言うな」
担当官。
カメラ。
見る。
「白桃は岡山県産を含め、時期に応じて仕入れています」
食堂奥。
ちょうど。
犬島。
白桃。
食べている。
藍島。
隣。
いる。
二人とも。
撮影。
知らない。
撮影補助。
「います」
担当官。
見ない。
「食堂なので誰がいてもおかしくありません」
「二人ともいます」
「昼だからな」
犬島。
藍島。
何か。
話す。
犬島。
自分の皿。
藍島へ。
少し。
寄せる。
藍島。
首。
振る。
また。
犬島へ。
戻す。
担当官。
それ。
視界の端。
入る。
「……」
撮影補助。
「また譲り合ってません?」
担当官。
「カメラ止めろ」
---
四 撮り直し
十分後。
犬島。
藍島。
食堂から。
退出。
撮影。
再開。
担当官。
「こちらが食堂です」
何事もなかった。
ように。
説明。
ただし。
編集段階。
最初の映像。
確認。
編集担当。
「こっちの方が自然ですよ」
担当官。
「駄目だ」
「何で」
「二人なしの鎮守府紹介だ」
「背景ですよ」
「白桃譲り合ってる」
「鎮守府の日常ですよ」
担当官。
黙る。
最終的。
映像。
一瞬。
使用。
ただし字幕。
『※犬島・藍島特集ではありません』
---
五 工廠
午後。
呉鎮守府工廠。
担当官。
最も。
広報らしい顔。
戻る。
「ここからは工廠です。艦艇の点検、修理、部品整備などを行います」
大型設備。
工作機械。
保管棚。
「軽微な補修から、船体構造へ手を入れる大規模修理まで――」
工員。
横。
「あ、担当官」
「はい」
「犬島に言っといてくれ」
担当官。
顔。
止まる。
「何を」
「頼まれてたラチェット直った」
「俺に言わず本人に」
「ちょうど撮影中だったから」
担当官。
「……分かりました」
撮影補助。
「犬島なしの動画ですよね」
「工廠の職員が名前出しただけだ」
「はい」
担当官。
説明。
再開。
今度。
工廠奥。
藍島。
工具棚。
見ている。
担当官。
発見。
説明しながら。
カメラ位置。
ほんの少し。
右へ。
藍島。
画角。
外れる。
撮影補助。
「今避けました?」
「何が」
「藍島」
「設備を見せるためだ」
---
六 第一岸壁
そして。
問題の場所。
第一岸壁。
担当官。
立つ。
後ろ。
犬島の実艦。
係留。
第二岸壁。
少し奥。
藍島。
実艦。
担当官。
完全に。
諦めた。
「こちらが第一岸壁です」
撮影補助。
「もう犬島の艦ありますけど」
「第一岸壁だから当然だ」
「二人なしでは?」
「本人を出さないだけだ」
担当官。
カメラ。
向く。
「呉鎮守府では各艦ごとに停泊位置が割り当てられています。現在、第一岸壁には第812号艦・犬島、第二岸壁には第813号艦・藍島が停泊しています」
撮影補助。
「普通に紹介しましたね」
「艦があるのに名前隠す方が不自然だ」
「方針変わりました?」
「鎮守府紹介だからな」
少し。
理屈。
変わっている。
---
七 本人登場
担当官。
犬島実艦。
説明。
「犬島は全長七十八・九メートル――」
その時。
艦橋。
犬島。
顔。
出す。
「担当官さん」
担当官。
止まる。
「……何」
犬島。
「撮影です?」
「そう」
「月1の?」
「違う」
犬島。
「じゃあ何です?」
「鎮守府紹介」
犬島。
「ああ」
そして。
普通に。
「頑張ってください」
艦橋。
戻る。
撮影補助。
カメラ。
担当官。
顔。
映す。
担当官。
しばらく。
黙る。
「……今のは出演じゃない」
撮影補助。
「会話しましたよ」
「向こうから話しかけてきた」
---
八 第二岸壁
第二岸壁。
藍島実艦。
担当官。
「こちらは第813号艦、藍島です」
藍島本人。
甲板。
作業中。
広報担当官。
完全に。
見えている。
藍島。
手。
振る。
担当官。
反射的。
手。
振り返す。
撮影補助。
「出演してますね」
担当官。
「……」
藍島。
遠くから。
「担当官さん、今日うちら出ないんじゃないんです?」
担当官。
「その予定だった!」
藍島。
「映っとりますよ」
「分かってる!」
藍島。
少し。
笑う。
---
九 艦橋紹介
鎮守府施設紹介。
一部。
犬島実艦。
艦橋。
使用。
担当官。
「艦娘が実艦をどのように運用しているかについては――」
撮影補助。
「犬島呼んだ方が早くないです?」
担当官。
「今日は犬島なしだ」
「でも本人が一番詳しいですよ」
担当官。
犬島の艦橋設備。
見る。
操作盤。
見る。
説明資料。
見る。
沈黙。
三秒。
「……犬島」
艦橋後方。
すぐ。
犬島。
「はい」
担当官。
驚く。
「いたのか」
「うちの艦です」
「そうだった」
犬島。
「説明します?」
担当官。
長い。
ため息。
「お願いします」
撮影補助。
笑う。
担当官。
「笑うな」
---
十 方針崩壊
犬島。
艦橋。
説明。
「うちの実艦には人間の乗員はおりません。操艦や機関、主砲、その他の設備はうち自身が直接動かしとります」
担当官。
横。
「こういう説明が必要だった」
犬島。
「最初から呼んだら良かったんじゃないです?」
担当官。
「今回は二人なしで」
犬島。
「あ」
少し。
申し訳なさそう。
「じゃあ出たら駄目でした?」
担当官。
犬島。
見る。
「いや」
少し。
間。
「もういい」
犬島。
「いいんです?」
「説明続けて」
犬島。
「はい」
その後。
第二岸壁。
藍島。
同じように。
呼ばれる。
担当官。
「藍島」
「はい」
「犬島との差を説明して」
藍島。
少し。
笑う。
「うちら無しじゃなかったんです?」
担当官。
「言うな」
---
十一 休憩
午後三時。
撮影。
長い。
担当官。
ベンチ。
座る。
犬島。
藍島。
隣。
犬島。
「結局出ましたね」
担当官。
「出たな」
藍島。
「かなり」
「出た」
犬島。
「最初に『あの二人は無し』って言いましたよね」
担当官。
「言った」
藍島。
「安心してくださいまで」
担当官。
「それ俺じゃなくて動画の視聴者に言ったんだ」
犬島。
「結果」
担当官。
端末。
見る。
撮影素材。
犬島。
食堂。
犬島。
第一岸壁。
犬島。
艦橋。
藍島。
食堂。
藍島。
第二岸壁。
藍島。
艦体説明。
担当官。
「……かなり出てるな」
犬島。
「はい」
藍島。
「うちらの広報動画とあんまり変わらんですね」
担当官。
「違う」
「何がです?」
「俺が鎮守府の説明をしてる」
犬島。
少し。
笑う。
「そこですか」
---
十二 動画公開
タイトル。
【公式】呉鎮守府を普通に紹介します
サムネイル。
広報担当官。
正門。
背景。
鎮守府庁舎。
犬島。
藍島。
なし。
担当官。
満足。
公開。
動画。
冒頭。
«「犬島藍島が注目されてまともに鎮守府の紹介ができてないのであの二人は無しで紹介していきます。この動画は月1の広報動画ではないので安心してください。」»
コメント。
開始。
数秒。
«「フラグ」»
«「絶対出る」»
«「安心できない」»
«「もう名前言ってる」»
担当官。
公開後。
コメント。
見る。
「何で最初から信用されてないんだ」
---
十三 正門の犬島
開始一分二十一秒。
背景。
犬島。
通過。
コメント。
«「はい犬島」»
«「1分21秒」»
«「開始80秒で終了」»
«「『あの二人は無し』とは」»
犬島公式。
後に。
«あの時は工具を工廠へ持っていくだけだったので、撮影とは関係ありません。»
反応。
«「なお映った」»
---
十四 庁舎の藍島
二分四十八秒。
藍島。
書類。
持って。
横切る。
コメント。
«「藍島もきた」»
«「両方揃いました」»
«「開始3分以内に達成」»
藍島公式。
«普通に仕事しとりました。»
犬島。
«うちもです。»
担当官。
«二人とも説明しなくていい。»
---
十五 食堂
白桃ゼリー。
譲り合いかけ。
一瞬。
映る。
コメント。
«「また始まってる」»
«「カットされたw」»
«「担当官が『カメラ止めろ』って言ってるの好き」»
«「鎮守府紹介なのに裏で月1広報始まりかけてる」»
---
十六 最大の笑い
第一岸壁。
犬島。
「頑張ってください」
担当官。
「今のは出演じゃない」
コメント。
«「苦しい」»
«「会話してる」»
«「本人と会話して出演じゃない判定」»
第二岸壁。
担当官。
藍島へ。
反射的。
手を振り返す。
コメント。
«「完全にいつもの三人」»
«「担当官も条件反射で返してる」»
«「広報担当官、犬島藍島を排除する気ゼロ」»
そして。
犬島艦橋。
担当官。
とうとう。
「犬島、説明して」
コメント欄。
爆発。
«「自分から呼んだ!!!!」»
«「方針崩壊」»
«「13分持った」»
«「結局犬島に頼る兄」»
担当官本人。
動画内。
犬島から、
「今回は二人なしで」
と言われ。
«「もういい」»
その場面。
短尺化。
---
十七 人気コメント
一位。
«「『犬島藍島なしで紹介します』→背景に犬島→背景に藍島→最後は自分から犬島呼ぶ、完璧な構成。」»
二位。
«「犬島藍島を出さずに鎮守府を紹介しようとした結果、鎮守府の日常に二人が普通に存在してるから無理だった。」»
三位。
«「特別扱いで出てくるんじゃなくて、普通に仕事してるから映り込むのがいい。」»
四位。
«「この動画で一番分かったこと:犬島と藍島が本当に鎮守府の日常の一部。」»
担当官。
四位。
長く。
見る。
そして。
少し。
納得。
「……まあ」
「そういう広報なら成功か」
---
十八 犬島公式SNS
«呉鎮守府の紹介動画が公開されました。
最初に担当官さんが「犬島藍島は無し」と言っていますけど、うちは普通に鎮守府内におったので何回か映っています。
途中から艦橋の説明を頼まれたので、そこからは普通に出演しました。
月1の広報動画ではありません。
事故もありません。»
反応。
«「犬島が月1じゃないこと強調してる」»
«「『普通にいたので映りました』がすべて」»
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十九 藍島公式SNS
«鎮守府紹介動画に少し映りました。
撮影に参加する予定はなかったです。
庁舎で書類を運んどったら映って、第二岸壁でも映って、最後は犬島さんとの差を説明してほしいと言われました。
普通の勤務でした。»
一般。
«「それが一番良い広報なのかもしれない」»
藍島。
«うちもそう思います。»
担当官。
それを見る。
「……まあ」
少し。
笑う。
---
二十 軍令部の評価
月例広報会議。
ただし。
犬島・藍島月1企画ではない。
通常広報。
総長。
「鎮守府紹介動画は?」
担当官。
「好評です」
「施設の理解は進んだか」
「視聴後アンケートでは、庁舎・工廠・岸壁・艦娘実艦運用への理解がかなり上がっています」
「犬島と藍島は?」
担当官。
「出す予定ではありませんでした」
総長。
「知っている」
「かなり出ました」
総長。
少し。
笑う。
「鎮守府紹介として自然では?」
担当官。
「結果的には」
「なら成功だ」
担当官。
「はい」
少し。
間。
「ただ次回は本当に二人なしで」
総長。
「無理では?」
担当官。
「最初から諦めないでください」
---
終章 鎮守府の日常
呉鎮守府。
正門。
庁舎。
食堂。
工廠。
第一岸壁。
第二岸壁。
訓練場。
倉庫。
広報室。
そこに。
普通に。
犬島。
いる。
藍島。
いる。
特別広報の日だけではない。
事故の日だけでもない。
一般公開の日でもない。
勤務。
する。
食事。
する。
工具。
持つ。
書類。
運ぶ。
実艦。
点検。
する。
だから。
鎮守府そのものを。
撮ろうとすれば。
自然。
映る。
担当官。
動画冒頭。
あれほど。
言った。
«「犬島藍島が注目されてまともに鎮守府の紹介ができてないのであの二人は無しで紹介していきます。この動画は月1の広報動画ではないので安心してください。」»
結果。
犬島。
何度も。
映る。
藍島。
何度も。
映る。
後半。
担当官本人が。
呼ぶ。
「犬島、説明して」
「藍島、ここの違い頼む」
編集担当。
完成動画。
見る。
担当官へ。
「結局、二人出ましたね」
担当官。
「……出たな」
「失敗?」
担当官。
少し。
考える。
画面。
第一岸壁。
犬島。
第二岸壁。
藍島。
その間。
工廠。
職員。
庁舎。
勤務員。
普通の。
呉鎮守府。
「いや」
担当官。
小さく。
笑う。
「鎮守府を撮ったら普通に二人がいた、ってことだから」
「これでいい」
編集担当。
「じゃあ次から最初に『二人なし』って言わなくても」
担当官。
即答。
「それは別だ」
「まだ挑戦するんです?」
「次は本当に普通の施設紹介にする」
編集担当。
「はいはい」
その会話。
エンドカード後。
なぜか。
残されていた。
コメント。
最後。
«「次回も無理だと思います。」»
高評価。
多数。
担当官。
それを見る。
一言。
«「次はできます。」»
犬島公式。
«頑張ってください。»
藍島公式。
«うちらも普通に仕事しときます。»
担当官。
返信。
«それが一番映るんだよ。»