久瀬川河口二隻同時進入事故
――犬島4回目、藍島2回目――
「なんで二人そろって入っとるんですか」
久瀬川。
呉鎮守府関係者にとって。
そして。
犬島の公式SNSを昔から見ている人にとって。
妙に聞き覚えのある名前だった。
犬島。
これまで。
久瀬川河口へ。
三回。
入り込んでいる。
藍島。
この世界へ現れてから。
一回。
ある。
そして。
四度目と二度目。
その日。
二隻。
そろって。
同時に。
増えた。
---
一 事故当日
午前十一時十三分。
天候。
晴れ。
視程。
良好。
風。
南東。
五・二メートル毎秒。
潮流。
久瀬川河口沖。
北東方向へ。
約一・四ノット。
犬島。
藍島。
二隻。
呉鎮守府外港から。
沿岸航行訓練。
終え。
帰投途中。
速度。
十ノット。
犬島。
先行。
藍島。
約三百二十メートル。
後方。
双方。
機関。
舵。
航海機器。
異常。
なし。
犬島。
無線。
『藍島さん』
『はい』
『今日は何もありませんね』
藍島。
少し。
間。
『今それ言います?』
犬島。
『普通のことです』
『犬島さんが言うとちょっと怖いです』
『失礼ですね』
その。
約一分後。
本当に。
何か。
起きた。
---
二 浚渫台船
久瀬川。
河口外。
約九百メートル。
港湾浚渫工事。
実施。
中。
大型。
非自航式。
浚渫台船。
第七海栄号。
全長。
約六十八メートル。
複数。
係留索。
海底アンカー。
固定。
作業中。
だった。
犬島。
藍島。
航路。
から。
十分。
離れている。
本来。
問題。
ない。
ところが。
十一時十五分。
台船。
西側。
主係留索。
一本。
破断。
続いて。
補助索。
二本。
荷重。
集中。
一本。
抜ける。
台船。
急速。
回頭。
する。
風。
潮。
受ける。
船尾。
航路側。
張り出す。
作業員。
緊急。
無線。
『周辺船舶注意!第七海栄号、係留保持不能!』
犬島。
即座。
見る。
藍島。
同じ。
犬島。
『藍島さん、台船来ます!』
『見えてます!』
---
三 逃げ場がない
犬島。
前方。
大型台船。
右舷。
浅瀬。
左舷。
久瀬川河口。
後方。
藍島。
さらに。
外側。
港湾作業船。
複数。
通過。
中。
犬島。
機関。
後進。
開始。
藍島。
同時。
減速。
ところが。
第七海栄号。
予想以上。
速い。
潮流。
受け。
横向き。
流れる。
犬島。
計算。
する。
このまま。
停止。
すれば。
台船。
右舷中央部。
接触。
可能性。
高い。
外側。
回避。
すれば。
藍島。
進路。
交差。
犬島。
無線。
『藍島さん、外へ出られます?』
藍島。
周囲。
見る。
『無理です。作業船おります』
犬島。
一瞬。
河口。
見る。
久瀬川。
入口。
幅。
十分。
水深。
河口中央。
犬島。
藍島。
通れる。
奥。
行かなければ。
危険。
比較的。
少ない。
犬島。
決める。
『河口へ入ります』
藍島。
『うちも行きます』
犬島。
『一緒に?』
藍島。
『他に逃げる場所ありません!』
『……了解です』
---
四 二隻同時進入
十一時十六分三十二秒。
犬島。
左舵。
十五度。
微速前進。
久瀬川河口。
進入。
その。
二十七秒後。
藍島。
同じ。
河口。
入る。
犬島。
約六ノット。
藍島。
五・八ノット。
間隔。
約二百四十メートル。
二隻。
縦列。
久瀬川。
入る。
岸。
河川監視カメラ。
映る。
先。
犬島。
後ろ。
藍島。
監視担当。
画面。
見る。
数秒。
止まる。
「……犬島?」
別。
担当。
「後ろ藍島じゃない?」
「二隻?」
「二隻」
そして。
管制。
すぐ。
呉鎮守府。
連絡。
---
五 提督の反応
提督。
執務室。
電話。
鳴る。
「はい」
『久瀬川河川管制です』
「どうしました?」
『海防艦が二隻入りました』
提督。
止まる。
「……二隻?」
『犬島と藍島と思われます』
提督。
目。
閉じる。
副官。
顔。
見る。
「何かありました?」
提督。
受話器。
押さえる。
«「犬島と藍島が久瀬川に入った」»
副官。
「……同時に?」
「同時に」
副官。
少し。
上。
見る。
「またですか」
提督。
「今回は二隻だ」
---
六 犬飼担当官
広報室。
犬飼藍人。
一般公開。
チラシ。
校正。
中。
扉。
開く。
職員。
「犬飼さん」
「何?」
「犬島と藍島が久瀬川河口に入りました」
犬飼。
手。
止まる。
「……二人とも?」
「はい」
犬飼。
数秒。
沈黙。
「事故?」
「回避行動らしいです。詳細確認中」
犬飼。
立つ。
端末。
取る。
「二人の状態は?」
「無事です」
犬飼。
少し。
息。
吐く。
「ならまずそれでいい」
その後。
小声。
«「なんで二人そろって入るんだよ……」»
---
七 河口内
犬島。
藍島。
進入。
後。
速度。
落とす。
犬島。
『藍島さん』
『はい』
『うちら』
『はい』
『久瀬川におりますね』
藍島。
少し。
間。
『おりますね』
犬島。
『二隻とも』
『はい』
犬島。
ため息。
『絶対また言われます』
藍島。
『何をです?』
『回数』
藍島。
数秒。
考える。
『犬島さん、今回で四回目です?』
『久瀬川は四回目です』
『うち二回目です』
『数えんでください』
---
八 安全確保
犬島。
河口。
約三百八十メートル。
地点。
停止。
藍島。
約二百九十メートル。
地点。
停止。
双方。
投錨。
なし。
川底。
状態。
事前。
不明。
そのため。
機関。
微速。
維持。
船位。
保持。
浚渫台船。
河口。
直前。
補助曳船。
三隻。
到着。
十一時二十分。
台船。
確保。
航路。
安全。
回復。
呉。
港務。
犬島。
無線。
『犬島、河口から出られるか』
犬島。
『出られます』
『藍島』
『うちも大丈夫です』
『順番に出ろ』
犬島。
『はい』
---
九 藍島が先に出る
河口内。
幅。
限られる。
犬島。
奥。
藍島。
手前。
だから。
藍島。
先。
後進。
少し。
回頭。
河口。
出る。
犬島。
待つ。
藍島。
外。
出た。
あと。
無線。
『犬島さん、出られます』
『はい』
犬島。
ゆっくり。
後退。
回頭。
十一時二十九分。
犬島。
河口。
離脱。
進入時間。
犬島。
約十二分。
藍島。
約十一分。
接触。
なし。
座礁。
なし。
損傷。
なし。
河川施設。
被害。
なし。
---
十 調査
即日。
調査。
開始。
確認。
犬島。
藍島。
航行装置。
正常。
機関。
正常。
舵。
正常。
見張り。
問題。
なし。
台船。
係留索。
破断。
原因。
製造欠陥。
ではない。
海底側。
係留金具。
長期間。
浚渫。
伴う。
局部。
地盤。
洗掘。
発生。
アンカー。
保持力。
低下。
荷重。
偏る。
主索。
過負荷。
破断。
台船。
漂流。
犬島。
藍島。
回避。
必要。
だった。
調査員。
航跡。
シミュレーション。
犬島。
停止。
→接触可能性高。
犬島。
右転。
→藍島との衝突危険。
藍島。
外側。
回避。
→港湾作業船群との接触危険。
二隻。
河口。
進入。
→最も人的・物的リスク低。
最終。
判断。
犬島・藍島とも過失なし。
---
十一 提督
報告。
読む。
「やっぱり無過失か」
副官。
「はい」
「河口へ入った判断も?」
「適切です」
提督。
「……」
窓。
見る。
犬島。
第一岸壁。
藍島。
第二岸壁。
いつも。
場所。
戻っている。
提督。
小さく。
«「正しい判断で久瀬川に入ることもあるんだな」»
副官。
「何回かありますね」
提督。
「それが困るんだよ」
---
十二 犬飼のところへ
帰投。
後。
犬島。
藍島。
広報室。
入る。
犬飼。
机。
座る。
二人。
前。
立つ。
犬飼。
顔。
上げる。
「おかえり」
犬島。
「ただいまです」
藍島。
「戻りました」
犬飼。
「無事?」
「はい」
「はい」
犬飼。
頷く。
「ならいい」
犬島。
少し。
間。
「担当官さん」
「何」
「怒っとります?」
「何で」
「久瀬川」
犬飼。
二人。
見る。
「避けるために入ったんだろ?」
「はい」
「他に安全な逃げ場なかった?」
「ありませんでした」
「じゃあ怒る理由ない」
二人。
安心。
する。
藍島。
「……犬飼さん、良かった」
犬飼。
気づく。
少し。
笑う。
「そこまで気にしてた?」
藍島。
「ちょっと」
犬島。
「うちもです」
犬飼。
「事故じゃなくて緊急退避だ。正しいならそれでいい」
少し。
間。
そして。
«「ただ二人同時はびっくりした」»
犬島。
「うちもです」
藍島。
「うちもです」
---
十三 犬島公式SNS
その夜。
犬島。
投稿。
«【久瀬川河口進入について】
本日、藍島さんと帰投中、久瀬川河口沖で浚渫台船の係留設備に異常が発生し、台船が航路側へ漂流しました。
犬島・藍島さんとも衝突回避のため久瀬川河口へ一時的に進入しました。
犬島は河口から約380m、藍島さんは約290mの位置まで入りました。
台船が確保された後、二隻とも自力で河口から出ています。
接触・座礁・損傷はありません。
調査の結果、犬島・藍島さんとも過失なしです。
久瀬川河口への進入は犬島が今回で4回目です。
藍島さんは2回目です。
二隻同時は今回が初めてです。
あまり嬉しくない初めてです。»
ネット。
即。
反応。
«「4回目!?」»
«「藍島も2回目!?」»
«「姉妹で回数増やすな」»
«「二隻同時とか新記録作らないで」»
そして。
最上位。
«「犬島が一人で入る時代から、姉妹で入る時代へ。」»
犬島。
返信。
«時代にせんでください。»
---
十四 藍島公式SNS
藍島。
投稿。
«今日、犬島さんと一緒に久瀬川河口へ入りました。
うちは2回目です。
犬島さんは4回目です。
浚渫台船が漂流してきたので、衝突を避けるための進入です。
うちらの操艦や機器に異常はありませんでした。
河口内でも二隻は接触していません。
無事に出ています。
犬島さんが河口内で、
「絶対また回数を数えられます」
と言っていました。
その通りになりました。»
犬島。
即。
返信。
«最後いらんでしょう。»
藍島。
«事実です。»
---
十五 ネットの反応
事故。
過失。
なし。
損傷。
なし。
だから。
安心。
確認。
された。
瞬間。
完全。
ネタ。
方向。
流れる。
«「久瀬川『犬島だけじゃなく妹も連れてきた』」»
«「久瀬川河口、姉妹艦対応」»
«「犬島4、藍島2」»
«「スコアみたいに書くな」»
«「姉妹合計6回」»
犬島。
公式。
«合計せんでください。»
さらに。
«「次は3:3?」»
犬島。
«競ってません。»
藍島。
«追いつく予定もありません。»
犬島。
«そのままでお願いします。»
---
十六 例の言葉
過去。
犬島。
河口。
関係。
投稿。
有名。
だった。
だから。
当然。
出る。
«「第5回は?」»
犬島。
«ありません。»
別。
«「フラグ?」»
犬島。
«フラグではありません。»
藍島。
返信。
«うちも第3回はありません。»
犬島。
数秒。
後。
«二人とも言わん方がええ気がしてきました。»
ネット。
爆笑。
---
十七 犬飼への質問
視聴者。
当然。
犬飼。
通常指揮官。
思い出す。
«「犬飼さん、通常指揮官としてどう思います?」»
広報担当。
少し。
時間。
後。
公式。
返信。
«【広報担当・犬飼藍人】
二隻とも安全上必要な回避行動を取った結果なので、今回の久瀬川進入について注意や処分はありません。
河口へ入ったこと自体より、漂流していた台船と接触しなかったことを評価しています。
ただし、
「犬島4回目・藍島2回目」という報告を一度に受け取るとは思っていませんでした。»
ネット。
«「通常指揮官も困惑」»
«「そこは兄」»
犬飼。
«通常指揮官です。»
---
十八 提督の反応も公開される
呉鎮守府公式。
質問。
«「提督はどう思いましたか?」»
回答。
短い。
«「『二隻とも久瀬川です』と言われた時は聞き返しました。」»
ネット。
«「そりゃそう」»
«「提督『二隻?』」»
«「報告する方も嫌だっただろうな」»
---
十九 河川監視映像
後日。
安全確認。
個人情報。
問題。
ない。
部分。
静止画。
公開。
河口。
中央。
犬島。
その。
後方。
藍島。
本当に。
二隻。
縦列。
入っている。
ネット。
«「本当に二隻いる」»
«「文字で読むより面白い」»
«「犬島の後ろを藍島が普通についてきてる」»
«「遠足じゃないんだぞ」»
藍島。
«緊急回避です。»
犬島。
«遠足ではありません。»
---
二十 一般人の反応
久瀬川。
沿岸。
住民。
すでに。
犬島。
有名。
なので。
地元。
反応。
独特。
«「最初犬島だけかと思ったら後ろにもう一隻いて二度見した」»
«「河川カメラ見て『犬島また来た』と思ったら藍島までいた」»
«「今回は台船避けたなら仕方ない」»
そして。
地元。
店。
看板。
翌日。
『犬島・藍島 無事でよかった』
その下。
小さく。
『次は港でお待ちしています』
犬島。
写真。
見て。
公式。
«はい。次は港に行きます。»
藍島。
«うちもです。»
---
二十一 回数表を作る人
当然。
現れる。
久瀬川河口進入回数
犬島 ■■■■ 4
藍島 ■■ 2
犬島。
見る。
«作らんでください。»
その後。
誰か。
更新。
姉妹合計 6
犬島。
«合計欄を消してください。»
藍島。
«犬島さん、かなり気にしています。»
犬島。
«藍島さん。»
---
二十二 一番人気の投稿
ある。
一般ユーザー。
«「今回の犬島と藍島、台船にぶつかるくらいなら河口へ入る、という判断そのものは正しい。
だから事故としては責めるところがない。
問題は『犬島4回目・藍島2回目・初の二隻同時』という字面が面白すぎること。」»
犬島。
いいね。
しない。
藍島。
いいね。
する。
犬島。
気づく。
「藍島さん」
「はい」
「何でいいねしたんです?」
「正しいので」
「前半だけでしょう」
「後半も事実です」
犬島。
黙る。
---
二十三 広報室で
翌日。
犬島。
藍島。
犬飼。
広報室。
犬飼。
書類。
確認。
犬島。
隣。
座る。
藍島。
反対。
犬飼。
「そういえば」
犬島。
嫌。
予感。
「何です?」
犬飼。
「久瀬川」
犬島。
「はい」
「犬島4」
犬島。
「担当官さん」
犬飼。
「藍島2」
藍島。
少し。
笑う。
犬島。
「数えんでください」
犬飼。
「公式記録だから」
犬島。
「記録は必要ですけど口に出さんでも」
藍島。
「合計6です」
犬島。
「藍島さん!」
犬飼。
吹き出す。
犬島。
「担当官さんも笑わんでください」
犬飼。
「ごめん、ごめん」
それでも。
笑う。
---
二十四 少し真面目な話
犬飼。
笑い。
収まる。
二人。
見る。
「でも」
犬島。
「はい」
「二人とも正しい判断だった」
「はい」
「船を傷つけない」
「人を巻き込まない」
「それが一番」
藍島。
「はい」
犬飼。
「だから河口に入った回数なんて、本当は大した問題じゃない」
犬島。
少し。
安心。
「……犬飼さん」
犬飼。
気づく。
「そこまで嬉しい?」
犬島。
「ちょっと」
藍島。
「うちもです」
犬飼。
二人。
頭。
軽く。
撫でる。
「次も危ない時は、記録より安全を優先しろ」
犬島。
「はい」
藍島。
「はい」
少し。
間。
犬飼。
«「でもできれば第5回と第3回はなしで」»
犬島。
「それはうちもそう思います!」
藍島。
「同意です」
---
終章 久瀬川河口
その後。
呉鎮守府。
正式。
事故記録。
名称。
「久瀬川河口浚渫台船漂流に伴う海防艦犬島・藍島緊急進入事案」
原因。
浚渫台船。
係留設備。
保持力。
低下。
犬島。
過失。
なし。
藍島。
過失。
なし。
河川施設。
損害。
なし。
両艦。
損傷。
なし。
人的被害。
なし。
ただし。
備考。
犬島:久瀬川河口進入4回目。
藍島:久瀬川河口進入2回目。
さらに。
内部資料。
誰か。
手書き。
一行。
加える。
二隻同時進入:初。
犬島。
後日。
それ。
見る。
「これ誰が書いたんです?」
担当者。
「記録上必要だから」
「必要です?」
「たぶん」
藍島。
横。
「初めてですね」
犬島。
「嬉しくない初めてです」
そして。
犬島。
公式SNS。
事故。
最後。
更新。
«調査は終了しました。
犬島・藍島さんとも過失なしです。
今回は台船との衝突を避けるため、安全確保を優先して久瀬川河口へ入りました。
次に同じ状況があっても、安全のため必要なら同じ判断をします。
ただし、普通に帰れるなら普通に港へ帰りたいです。
犬島4回、藍島さん2回です。
これ以上増えんことを希望します。»
藍島。
引用。
«うちも希望します。»
ネット。
最後。
一番。
多い。
返信。
«「本当にそうしてください。」»
犬島。
«うちらに言われても困ります。»