海防艦犬島・藍島
――まず、自分の心配をしてください――
安芸灘・青波島臨時泊地事故
久瀬川でもない。
呉鎮守府の第一岸壁でも第二岸壁でもない。
船団護衛の最中でもない。
その日は、犬島と藍島にとって比較的簡単な沿岸任務の帰りだった。
場所は呉から離れた安芸灘。
青波島北東約二・四海里に設定された臨時泊地。
翌朝まで海況が悪化する予報が出たため、犬島と藍島は提督の指示で一時的にここへ退避し、天候の回復を待ってから呉へ戻る予定だった。
任務そのものは終わっている。
敵影なし。
機関異常なし。
犬島も藍島も無傷。
あとは泊地へ入るだけ。
――そのはずだった。
---
一 青波島沖、17時26分
「藍島さん、泊地入口見えました?」
『見えとります。犬島さんの右後ろ、四百メートルくらいです』
「了解です」
犬島が先。
藍島が後ろ。
速度は七ノット。
海面には多少のうねりがあるものの、航行に問題が出るほどではなかった。
犬島は海面を確認しながら少しだけ速度を落とす。
「六ノットにします」
『うちも合わせます』
「今日は泊まるだけですし、普通に終わりそうですね」
無線の向こう。
少しだけ沈黙。
『犬島さん』
「何です?」
『最近それ言った後、何か起きません?』
犬島。
「……」
考える。
久瀬川。
台船。
第二岸壁。
潜水艦。
思い出す。
「今回は大丈夫です」
『その言い方も少し怖いです』
「藍島さん失礼ですね」
そんな会話をしていた。
17時28分。
犬島の右舷後方。
海面の下。
誰からも見えない場所に。
長さ約六十メートル。
古い大型漁網が漂っていた。
---
二 海中の漁網
後の調査で分かった。
漁網は青波島南側にあった養殖施設から流出したものだった。
ただし。
流出したのはその日ではない。
約三週間前。
荒天で固定具の一部が破損。
管理者が回収したと思っていた漁網の一部が、重りを付けたまま海底近くに残っていた。
その後。
潮流。
海底。
引っ掛かる。
外れる。
移動。
を繰り返し。
この日。
犬島の進路上まで流されていた。
海面から。
見えない。
犬島の見張り。
問題なし。
航路情報にも記載なし。
17時29分08秒。
犬島。
異変。
感じる。
「……え?」
右側。
急激。
強い。
引っ張られる感覚。
次の瞬間。
ガンッ!
船体。
低い振動。
犬島。
顔。
歪む。
「っ……!」
右舷推進軸。
回転数。
一気。
低下。
さらに。
停止。
犬島。
「右軸停止!?」
右スクリュー。
大型漁網。
巻き込む。
網。
軸。
締め付ける。
重り。
船底。
当たる。
右軸。
強制的。
停止。
一方。
左軸。
まだ。
前進。
している。
その結果。
犬島艦体。
急激。
右。
回頭。
始める。
そして。
その右後方。
藍島。
いる。
---
三 犬島が最初に言ったこと
犬島。
自分。
右軸。
止まった。
痛み。
右脚の奥から腰。
響く。
それでも。
最初に。
無線。
«『藍島さん、避けて!』»
藍島。
ほぼ。
同時。
異変。
把握。
『見えてます!』
右舵。
機関。
後進。
犬島。
横。
出てくる。
藍島。
進路。
ずらす。
両艦。
最接近。
約六十五メートル。
接触。
なし。
犬島。
少し。
安心。
「良かった……」
だが。
藍島。
避けた先。
別の問題。
起きる。
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四 今度は藍島
青波島臨時泊地。
北側。
海洋観測。
作業用。
小型。
鋼製ポンツーン。
全長。
約二十九メートル。
無人。
係留中。
本来。
藍島。
進路。
十分。
外。
だった。
しかし。
犬島を避けるため。
藍島。
右側。
大きく。
進路変更。
同時。
海上。
局地的。
強い。
突風。
発生。
最大瞬間風速。
二十四・六メートル毎秒。
ポンツーン。
係留索。
二本。
強い。
荷重。
一本。
破断。
原因。
内部腐食。
外側。
見ただけでは。
分からない。
ポンツーン。
風。
受ける。
動く。
藍島。
犬島。
避けた直後。
前方。
見る。
「……え」
ポンツーン。
横向き。
近づく。
藍島。
機関。
後進。
『犬島さん、ちょっと待ってください』
犬島。
まだ。
自分。
右軸。
止まっている。
それでも。
藍島の声。
違う。
分かる。
«『藍島さん、何です!?』»
『前に台船――』
正確には。
ポンツーン。
しかし。
説明。
終わる。
前。
藍島。
回避。
する。
ただ。
犬島。
左側。
ポンツーン。
前。
浅瀬。
右。
完全。
避ける。
空間。
ない。
藍島。
艦首。
外す。
次。
ゴォンッ!
ポンツーン。
藍島。
左舷後部。
接触。
藍島本人。
脇腹。
押さえる。
「っ……!」
船体。
傾く。
最大。
七度。
戻る。
ポンツーン。
反対。
流れる。
藍島。
左舷外板。
大きく。
擦過。
変形。
---
五 互いに、自分を見ない
犬島。
無線。
«『藍島さん!』»
『はい!』
『どこ当たりました!?』
『左舷後ろです! 犬島さん右軸どうなっとるんです!?』
「止まってますけど、藍島さん浸水は!?」
『今確認してます! 犬島さんこそ軸!』
「うちは浮いとります!」
『うちも浮いとります!』
犬島。
「それだけじゃ分からんでしょう!」
藍島。
«『犬島さんもでしょう!』»
数秒。
無線。
沈黙。
呉鎮守府。
指揮所。
全部。
聞いていた。
艦隊指揮官。
提督。
マイク。
取る。
『犬島、藍島』
二人。
同時。
«『はい』»
提督。
少し。
間。
«『まず自分の損傷を報告して』»
犬島。
藍島。
「……」
提督。
«『相手の報告をしなくていい。自分の報告』»
犬島。
「はい……」
藍島。
『はい……』
指揮所。
副官。
小さく。
「二人とも相手のことしか言いませんね」
提督。
「知ってたけど、ここまでとは思わなかった」
---
六 犬島の報告
犬島。
深呼吸。
「犬島、報告します」
『どうぞ』
「右舷推進軸停止。左軸正常」
「右スクリュー周辺に異物巻き込みと思われます」
「船底右舷後部から断続的な振動があります」
「舵、作動」
「機関室、浸水なし」
「右軸系統は使用不能です」
『了解』
提督。
「本人は?」
犬島。
「……」
少し。
言いづらい。
「右脚から腰が痛いです」
『最初に言って』
「はい」
藍島。
無線。
横。
聞く。
『犬島さん、痛いんです?』
犬島。
「藍島さん今は自分の報告してください!」
提督。
«『犬島も今は黙って』»
犬島。
「はい……」
---
七 藍島の報告
『藍島、報告します』
「左舷後部外板、接触損傷」
「左舷後部区画、一か所浸水警報」
「現在排水中」
「左舷推進軸に振動あり」
「右軸正常」
「舵正常」
「主機関正常」
提督。
『本人は』
藍島。
「左脇腹と左脚が痛いです」
犬島。
即。
『藍島さん、足も――』
提督。
«『犬島』»
「……はい」
『黙る』
「はい」
藍島。
少し。
笑いそう。
でも。
痛い。
笑えない。
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八 二隻の状態
海上保安。
ではなく。
鎮守府。
港務支援艇。
曳船。
到着。
潜水。
確認。
犬島。
右スクリュー。
大量。
漁網。
巻き付き。
金属製。
網枠。
右舷プロペラ。
一枚。
曲げる。
右軸。
偏芯。
確認。
使用禁止。
藍島。
左舷後部。
外板。
擦過。
最大。
凹み。
十八センチ。
小規模。
亀裂。
一か所。
浸水量。
少ない。
応急閉鎖。
完了。
左軸。
接触時。
衝撃。
軸受。
ずれる。
低速。
使用。
可能。
ただし。
停止。
推奨。
二隻。
とも。
片軸。
だけ。
使用。
可能。
犬島。
左軸。
藍島。
右軸。
並ぶ。
犬島。
見る。
藍島。
見る。
藍島。
見る。
犬島。
犬島。
«「藍島さん、ほんまに大丈夫です?」»
藍島。
«「犬島さんこそ歩けるんです?」»
「歩けます」
「うちもです」
「じゃあ大丈夫ですね」
「犬島さん、それ担当官さんに怒られるやつです」
犬島。
止まる。
「……藍島さんも言っとったでしょう」
「はい」
二人。
少し。
黙る。
---
九 帰投
安全。
確認。
後。
曳船。
二隻。
支援。
犬島。
藍島。
呉。
帰る。
速度。
五ノット。
間隔。
約三百メートル。
犬島。
無線。
『藍島さん』
『はい』
「後ろ、ちゃんとおります?」
『おります』
「良かったです」
藍島。
少し。
間。
『犬島さん』
「はい」
『前、ちゃんとおります?』
犬島。
「おります」
『良かったです』
提督。
その。
会話。
聞く。
副官。
「止めます?」
提督。
「もういい」
「はい」
「今くらいは好きに確認させよう」
---
十 犬飼藍人、報告を受ける
この時。
犬飼。
広報室。
通常業務。
中。
犬島と藍島。
海上。
なので。
指揮権。
提督。
犬飼。
できること。
ない。
ただ。
通常指揮官。
として。
報告。
入る。
職員。
「犬飼さん」
「はい」
「犬島・藍島、帰投中に事故」
犬飼。
顔。
上げる。
「二人とも?」
「はい」
「状態」
「犬島は右推進軸損傷。藍島は左舷後部損傷」
犬飼。
立つ。
「本人は」
「両名とも意識清明。軽傷相当」
「帰ってくる?」
「曳船支援で帰投中です」
犬飼。
一度。
目。
閉じる。
「分かった」
職員。
少し。
間。
「あと」
「何?」
「二人とも、自分より相手の損傷ばかり確認して、提督から『まず自分の損傷を報告しろ』と言われたそうです」
犬飼。
「……」
数秒。
黙る。
そして。
«「帰ってきたら俺からも言う」»
---
十一 呉鎮守府
20時41分。
犬島。
第一岸壁。
藍島。
第二岸壁。
いつもの。
場所。
ただ。
今日は。
曳船。
付き。
犬島。
接岸。
藍島。
接岸。
犬飼。
岸壁。
待っている。
犬島。
先。
降りる。
右脚。
少し。
庇う。
それでも。
犬飼。
前。
来て。
最初。
«「担当官さん、藍島さんの左側――」»
犬飼。
手。
上げる。
「犬島」
犬島。
止まる。
「はい」
«「まず、自分の心配をしろ」»
犬島。
「……はい」
直後。
第二岸壁。
藍島。
来る。
左側。
少し。
庇う。
「担当官さん、犬島さん右軸が――」
犬飼。
藍島。
見る。
«「藍島も。まず、自分の心配をしろ」»
藍島。
「……はい」
犬島。
藍島。
顔。
見る。
犬飼。
二人。
見る。
「お前ら」
ため息。
「何で事故直後から相手のことしか聞いてないんだよ」
犬島。
「心配だったので」
藍島。
「うちもです」
犬飼。
「知ってる」
「でも犬島」
「はい」
「右軸壊れて、本人も右脚痛いんだろ」
「はい」
「藍島」
「はい」
「左舷穴開いて、本人も脇腹痛い」
「はい」
犬飼。
二人。
指差す。
«「自分も心配する。相手も心配する。順番はそれでいい」»
二人。
「……はい」
---
十二 それでも気になる
医務室。
検査。
犬島。
右脚。
打撲に近い感覚障害。
艦体損傷。
連動。
骨。
身体。
異常なし。
藍島。
左脇腹。
同様。
艦体損傷由来。
身体自体。
重い。
怪我。
なし。
二人。
診察。
別。
カーテン。
仕切り。
犬島。
「藍島さん」
隣。
「はい」
「大丈夫でした?」
藍島。
「大丈夫です。犬島さんは?」
犬島。
「うちも――」
カーテン。
外。
犬飼。
«「聞こえてるぞ」»
二人。
静か。
なる。
医務官。
笑う。
---
十三 損傷確定
翌朝。
工廠。
正式。
損傷。
確認。
犬島
右スクリュー。
一翼。
約十二度。
曲損。
右推進軸。
芯ずれ。
十九ミリ。
中間軸受。
二基。
交換。
右舷船底。
漁網金属枠。
擦過。
約九メートル。
外板。
小規模。
凹損。
舵。
異常なし。
浸水なし。
修理見込み。
十八日。
判定。
中破未満・小破上限程度。
藍島
左舷後部。
擦過損傷。
約十三メートル。
最大凹損。
十八センチ。
外板亀裂。
長さ。
七十四センチ。
フレーム。
四本。
交換。
左軸受。
位置ずれ。
八ミリ。
後部区画。
一時浸水。
約十一トン。
排水済み。
修理見込み。
二十一日。
判定。
中破。
双方。
操艦上。
過失。
なし。
---
十四 原因
犬島。
事故。
原因。
海中を漂流していた未回収漁網。
視認。
不可能。
航路。
記録。
なし。
犬島側。
回避。
困難。
藍島。
事故。
原因。
犬島を避けるための適切な緊急回避後、突風と係留索内部腐食による作業用ポンツーン漂流が重なったこと。
藍島。
回避。
適切。
接触時。
減速。
最大。
実施。
過失。
なし。
つまり。
二隻。
一緒。
事故。
起きた。
でも。
原因。
違う。
犬島。
漁網。
藍島。
漂流ポンツーン。
不運。
二段。
重なる。
---
十五 犬島公式SNS
犬島。
投稿。
«【青波島沖での事故について】
昨日、青波島北東の臨時泊地へ向かっていたところ、海中を漂流していた大型漁網を右スクリューに巻き込みました。
右推進軸が停止し、急に回頭したため、後方におった藍島さんが回避しました。
犬島と藍島さんは接触していません。
犬島は右スクリューと右推進軸を損傷しています。
修理見込みは18日です。
犬島に操艦上の過失はありません。
藍島さんは犬島を避けた後、別の理由で漂流した作業用ポンツーンと接触して中破しています。
修理見込みは21日です。
藍島さんに操艦上の過失はありません。
二人とも呉へ帰っています。
昨日は藍島さんの状態がかなり気になって何回も確認しました。
提督と担当官さんから、
「まず自分の心配をしろ」
と言われました。
犬島も修理されます。
次からは自分の状態もちゃんと確認します。»
ネット。
投稿。
数分。
後。
反応。
増える。
---
十六 藍島公式SNS
«【青波島沖の事故について】
犬島さんの右スクリューに漁網が絡んで、急に右へ回頭したため、うちは衝突を避けました。
犬島さんとは接触していません。
その後、突風で作業用ポンツーンの係留索が切れて、うちの方へ流れてきました。
左舷後部が接触して中破しています。
少し浸水しましたけど、もう排水されています。
修理できます。
犬島さんも右推進軸を壊していますけど修理できます。
事故直後、犬島さんが自分の右軸よりうちの浸水を気にしていました。
うちも自分の左舷より犬島さんの右軸を気にしていました。
提督から二人とも注意されました。
帰ってから担当官さんにも同じことを言われました。
「まず自分の心配をしろ」
だそうです。
気をつけます。
でも犬島さんが壊れたら心配はします。»
犬島。
返信。
«藍島さんが壊れてもうちも心配します。»
犬飼。
数分。
後。
返信。
«そういうところだぞ。»
---
十七 ネット上の第一声
二人。
無事。
分かる。
そして。
過失なし。
分かる。
ネット。
最初。
«「また二人同時に事故か」»
«「原因別々なの何なんだ」»
«「犬島が漁網、藍島が漂流ポンツーン」»
«「一回の事故で不運二種類」»
«「二人とも帰ってきたならよかった」»
しかし。
すぐ。
注目。
別。
部分。
移る。
犬島。
«「藍島さんの状態がかなり気になって何回も確認しました」»
藍島。
«「うちも犬島さんの右軸を気にしていました」»
視聴者。
«「いやまず自分見ろ」»
«「担当官が正しい」»
«「提督も正しい」»
«「二人とも自分そこそこ壊れてるぞ」»
---
十八 最も多かったコメント
«「犬島:右軸停止、脚も痛い→『藍島さん大丈夫です?』
藍島:左舷中破、浸水あり→『犬島さん右軸大丈夫です?』
まず自分の心配をしろ。」»
圧倒的。
一位。
犬島。
見る。
いいね。
押す。
藍島。
見る。
いいね。
押す。
犬飼。
見る。
いいね。
押す。
---
十九 さらに突っ込まれる
«「犬島『うちは浮いとります!』」»
«「藍島『うちも浮いとります!』」»
«「大丈夫の基準が雑すぎる」»
以前。
第二岸壁。
事故。
後。
犬飼。
言った。
「動ける=大丈夫は禁止」
覚えている。
視聴者。
«「犬飼さん、前に『動ける=大丈夫は禁止』って言ってたよね」»
«「今回は『浮いてる=大丈夫』になってる」»
«「基準変えただけじゃないか」»
犬飼。
公式。
«「浮いてる=大丈夫」も禁止します。»
犬島。
«はい。»
藍島。
«はい。»
---
二十 犬飼の公式SNS
犬飼。
通常指揮官。
として。
投稿。
«【犬島・藍島の青波島沖事故について】
両艦とも帰投済みです。
犬島は右推進系統、藍島は左舷後部を中心に修理を行います。
二人とも操艦上の過失はありません。
原因も別々であり、犬島は海中漂流物、藍島は係留設備不良によって漂流した作業用ポンツーンとの接触です。
二人とも事故直後から相手の状態ばかり確認していました。
相手を心配すること自体は悪いとは思いません。
ただし、自分自身が損傷している時は、
まず自分の状態を把握してください。
自分の状態が分からないまま相手を助けようとすると、二次事故につながります。
犬島・藍島には直接伝えています。
なお二人とも現在は同じ工廠で修理中です。
互いの様子は見える位置にいます。
なので、もう少し自分の修理に集中してほしいです。»
ネット。
«「最後に本音出てる」»
«「見える位置に置かれてるの笑う」»
«「離すと心配するから隣にしたのか?」»
犬飼。
«工廠の都合です。»
一般。
«「ほんとに?」»
犬飼。
返信。
なし。
---
二十一 修理中も直らない
工廠。
犬島。
右軸。
外される。
藍島。
左舷。
外板。
切除。
隣。
ドック。
犬島。
作業。
止まる。
少し。
藍島。
見る。
藍島。
同じ。
犬島。
「藍島さん」
「はい」
「痛くないです?」
藍島。
「大丈夫です。犬島さん右軸外されとりますけど大丈夫です?」
犬島。
「うちは――」
後ろ。
犬飼。
«「お前ら」»
二人。
振り返る。
「担当官さん」
犬飼。
腕。
組む。
「昨日何て言った?」
犬島。
「まず自分の心配をする」
藍島。
「です」
「今何してた?」
二人。
「……」
犬飼。
「犬島」
「はい」
「右軸」
「修理中です」
「自分の痛み」
「今は少ないです」
「藍島」
「はい」
「浸水箇所」
「外板交換中です」
「本人」
「大丈夫です」
犬飼。
少し。
頷く。
«「それを先に言えればよし」»
犬島。
藍島。
少し。
嬉しそう。
犬飼。
「その後なら相手の心配していい」
二人。
同時。
«「はい」»
---
二十二 ネットが優しくなる
事故。
二日。
経つ。
損傷。
安定。
修理。
開始。
ネット。
冗談。
増える。
«「まず自分の心配をしろ姉妹」»
«「妹が壊れる→姉、自分を忘れる」»
«「姉が壊れる→妹、自分を忘れる」»
«「相互監視システムだけ性能高すぎる」»
«「自己診断機能も強化してください」»
人気。
投稿。
«「犬島と藍島、相手の異常は0.1秒で気づくのに自分の異常は『浮いてるから大丈夫』で済ませる。」»
藍島。
いいね。
犬島。
いいね。
犬飼。
«いいねしてる場合じゃない。»
二人。
同時。
いいね。
解除。
ネット。
爆笑。
---
二十三 担当官が本気で言った理由
翌日。
犬飼。
二人。
広報室。
ではない。
工廠。
休憩所。
呼ぶ。
犬島。
藍島。
座る。
犬飼。
向かい。
「ちょっと真面目な話」
二人。
姿勢。
正す。
犬飼。
「俺が『まず自分の心配をしろ』って言ったのは、相手を心配するなって意味じゃない」
犬島。
「はい」
「藍島」
「はい」
「例えば犬島が右軸止まった状態で、藍島を助けに無理して動いたら」
犬島。
視線。
下。
「もっと壊れるかもしれない」
「はい」
「藍島も浸水した状態で犬島に近づいたら?」
藍島。
「浸水が増えるかもしれません」
「そう」
犬飼。
二人。
見る。
«「自分を守ることは、相手を安心させることでもあるんだよ」»
犬島。
止まる。
藍島。
同じ。
犬飼。
「犬島が自分の状態ちゃんと報告したら、藍島は安心できる」
「藍島がちゃんと自分を守ったら、犬島も安心できる」
二人。
しばらく。
黙る。
犬島。
小さく。
«「……犬飼さん」»
犬飼。
気づく。
声。
柔らかく。
「うん」
犬島。
「分かりました」
藍島。
«「犬飼さん、うちもです」»
犬飼。
二人。
頭。
軽く。
撫でる。
「ならよし」
---
二十四 SNSでそれを話してしまう
犬島。
夜。
投稿。
«担当官さんから、
「自分を守ることは、相手を安心させることでもある」
と言われました。
今まで、藍島さんが壊れたら藍島さんを先に確認しないと、と思っとりました。
でも犬島の状態が分からんかったら、藍島さんも心配するので、次からは自分の損傷も先に確認します。
そのあと藍島さんの心配をします。»
藍島。
引用。
«うちも同じです。
まず自分を確認して、そのあと犬島さんを心配します。
心配せんようにするのは無理なので、順番だけ変えます。»
犬飼。
返信。
«それでいい。»
ネット。
«「担当官、いいこと言う」»
«「禁止じゃなく順番の話なの良い」»
«「二人も納得した」»
---
二十五 ただし改善には時間がかかる
修理。
十一日目。
犬島。
工廠。
軽い。
試験。
右軸。
低速。
回す。
一瞬。
振動。
犬島。
「……っ」
藍島。
遠く。
即。
«「犬島さん!?」»
犬島。
「大丈夫です!」
その瞬間。
犬島。
藍島。
見る。
藍島。
左舷。
修理中。
足場。
一つ。
音。
する。
犬島。
«「藍島さん!?」»
犬飼。
少し。
離れた。
ところ。
両方。
見る。
「……」
撮影補助。
隣。
「直ってませんね」
犬飼。
«「時間かかりそうだな」»
---
二十六 修理完了
犬島。
十八日目。
修理。
完了。
藍島。
二十一日目。
完了。
三日。
犬島。
先。
直る。
ただ。
犬島。
出港。
しない。
第一岸壁。
待つ。
藍島。
二十一日目。
第二岸壁。
戻る。
犬島。
岸壁。
いる。
藍島。
見る。
「犬島さん」
犬島。
「おかえり」
「ただいまです」
犬飼。
後ろ。
いる。
藍島。
「担当官さんも」
「おかえり」
三人。
並ぶ。
犬飼。
犬島。
見る。
「犬島、自分の状態」
犬島。
「修理完了。異常なしです」
「藍島」
「修理完了。浸水なし。左右軸正常です」
犬飼。
「よし」
二人。
顔。
見合わせる。
犬島。
«「藍島さん、大丈夫です?」»
藍島。
笑う。
«「大丈夫です。犬島さんは?」»
犬島。
«「大丈夫です」»
犬飼。
少し。
笑う。
「今度は順番合ってるな」
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終章 まず、自分。それから相手
この事故。
後。
ネット上。
犬島。
藍島。
関連。
少し。
新しい。
言葉。
定着。
する。
犬島。
相手。
心配。
しすぎる。
藍島。
同じ。
だから。
どちらか。
SNS。
「大丈夫です」
書く。
コメント。
最初。
必ず。
誰か。
«「自分の状態は確認した?」»
犬島。
«確認しました。»
藍島。
«しました。»
それから。
«「じゃあ相手の心配してよし」»
二人。
«はい。»
ある日。
犬飼。
そのやり取り。
見る。
少し。
笑う。
「視聴者にまで教育されてるじゃん」
犬島。
「担当官さんが言ったからです」
藍島。
「ネットにも広がりました」
犬飼。
「悪いことじゃない」
そして。
事故。
一か月。
後。
三人。
広報室。
犬島。
右。
藍島。
左。
犬飼。
真ん中。
犬島。
ふと。
藍島。
見る。
「藍島さん、今日は大丈夫です?」
藍島。
すぐ。
答えない。
まず。
自分。
確認。
「はい。うちは大丈夫です」
その後。
犬島。
見る。
「犬島さんは?」
犬島。
同じ。
「うちも大丈夫です」
犬飼。
聞いている。
少し。
笑う。
«「よくできました」»
犬島。
「子供扱いせんでください」
藍島。
「でも合格です?」
犬飼。
「合格」
二人。
少し。
嬉しそう。
ネット。
後日。
この会話。
紹介。
される。
最上位。
コメント。
«「結局二人とも相手を心配するのは変わらなかった。でも、自分を先に確認できるようになったならそれでいい。」»
犬島。
いいね。
藍島。
いいね。
犬飼。
いいね。
そして。
犬島。
返信。
«心配するのをやめるのは無理なので。»
藍島。
«はい。お互いです。»
犬飼。
最後。
«それなら、まず自分が無事でいてください。»
今度は。
二人。
同時。
«はい、担当官さん。»