海防艦犬島・藍島
――八月十三日、藍島が大破した日――
藍島には、正確な進水日というものが存在しなかった。
第813号艦は、この世界では本来建造されなかった艦だった。玉野造船に残されていた資料には基本計画や設計変更の記録こそ存在したものの、起工も進水もしていない。そのため、突然この世界へ実艦とともに現れた藍島について、軍令部が艦籍を整理する際に一つ困った項目があった。
「進水日をどうするか」。
犬島の場合は八月九日という日がある。
しかし藍島にはない。
本人に聞いても、
「玉野で造られた記憶はあるんですけど、日にちは分かりません」
というだけだった。
結局、軍令部は本人とも相談したうえで、第813号艦という計画番号から八月十三日を便宜上の進水記念日として登録した。
藍島自身も深くこだわってはいなかった。
「分からんままよりはええです。813号なので、8月13日なら覚えやすいですし」
犬島も、
「藍島さんの日が一個できるなら、うちはええと思います」
と喜んだ。
そうして決まった八月十三日。
その日が、後に二人にとって忘れられない日になるとは、この時は誰も考えていなかった。
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一 午前六時十二分
八月十三日。
呉鎮守府第二岸壁。
藍島は自分の実艦の艦首に立ちながら、端末を見ていた。
日付が変わった直後から、公式SNSにはかなりの数のメッセージが届いている。
「進水記念日おめでとう」
「813だから8月13日なの覚えやすい」
「本当の進水日はなかったけど、今ここにいるんだから今日でいい」
藍島は少し嬉しそうに画面を眺めた。
第一岸壁から犬島が呼ぶ。
「藍島さん」
「はい?」
「そろそろ出ますよ」
「分かっとります」
犬島は少し考えたあと、普段より柔らかい声で付け加えた。
「あと、改めて。進水記念日、おめでとうございます」
藍島は笑った。
「ありがとうございます、お姉ちゃん」
犬島は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに「はい」と返した。
その朝の藍島公式SNSには、こんな投稿が残っている。
«今日は8月13日です。
うちには元々正式な進水日の記録がないので、第813号艦から取って8月13日が進水記念日になっています。
本当にこの日に進水したのかは分かりません。
でも、今はこの日を自分の日として使わせてもらっています。
犬島さんにもおめでとうと言ってもらいました。
今日は普通に任務へ行って、普通に帰ってくる予定です。»
後から見ると、最後の一文だけが妙に重かった。
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二 任務
その日の任務は、呉南方海域での沿岸船舶警戒だった。
犬島と藍島。
他に駆逐艦二隻。
補助哨戒艇三隻。
大規模な作戦ではない。
敵潜水艦の活動情報はあったものの、直近数日間に確実な接触はなく、対潜警戒を維持しながら予定航路を巡回する通常任務だった。
午前十一時を過ぎた頃には天候も安定していた。
犬島は藍島の左前方約八百メートル。
二隻とも十三ノット。
犬島が無線で呼ぶ。
『藍島さん』
『はい』
『今日、帰ったら何食べたいです?』
藍島は少し考えた。
『白桃の何か』
犬島が笑う。
『岡山ですね』
『犬島さんもでしょう』
『否定はしません』
二人の会話はいつも通りだった。
その直後だった。
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三 十一時二十七分
藍島の水中聴音に、ごく短い異音が入った。
一秒にも満たない。
藍島はすぐに姿勢を変えた。
「……?」
探信儀を回す。
明確な反応はない。
犬島にも送る。
『犬島さん、今そっち何か拾いました?』
『いえ。どうしました?』
『一瞬だけ音が』
犬島の声が変わる。
『方位は?』
藍島が答えようとした、その時。
右舷前方。
見張り。
海面。
白い航跡。
一本。
続いて二本目。
藍島の表情が変わった。
«『魚雷!』»
犬島も即座に反応する。
『藍島さん、右へ!』
藍島は右舵いっぱい。
両舷機関最大。
最初の一本が艦首前方を横切った。
二本目も艦尾後方を通過する。
三本目。
避けられない。
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四 命中
十一時二十七分四十九秒。
魚雷は藍島の左舷中央よりやや後方に命中した。
爆発音は犬島の艦橋でもはっきり聞こえた。
海水が高く上がり、藍島の船体中央部が一瞬見えなくなる。
犬島の顔から表情が消えた。
『藍島さん!』
返事がない。
『藍島さん、返事してください!』
数秒。
犬島には、それが異常に長く感じられた。
やがて、雑音の向こうから声が戻る。
『……はい。聞こえとります』
犬島が大きく息を吐く。
『状態は!?』
『左舷中央から後ろ、大きくやられました。浸水あります。左軸停止。右軸は動きます』
犬島は周囲を探しながら叫ぶ。
『退避してください!』
『犬島さんは?』
『潜水艦探します!』
『でも――』
犬島の声が強くなる。
«『藍島さんは自分の心配してください!』»
少し前まで、犬飼に何度も言われていた言葉だった。
今度は犬島がそれを妹に言っていた。
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五 藍島、大破
藍島の損傷は重かった。
左舷中央後部に大きな破口。
第三・第四区画へ浸水。
左推進軸停止。
中央十二糎砲は基部変形により使用不能。
後部通信線の一部断線。
左舷外板は十数メートルにわたって大きく変形し、複数のフレームが破断していた。
幸い、水密隔壁は保持している。
右機関も正常。
沈没の危険は直ちにはなかった。
それでも判定は明確だった。
大破。
藍島本人も左脇腹から腰にかけて強い痛みを感じ、膝をつきかけていた。
それでも最初に聞いた。
『犬島さん、魚雷ほかに来てません?』
犬島。
『来てません!』
『なら良かったです』
犬島の眉が動く。
『良くないです。藍島さん大破しとるでしょう』
『でも犬島さん無事です』
『そういう問題じゃありません!』
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六 犬島、捕捉
十一時二十九分。
犬島の探信儀。
反応。
左前方。
距離約一六〇〇メートル。
水中目標。
犬島の目つきが変わった。
普段の穏やかな犬島を知る者なら、それだけで違いが分かった。
『潜水艦、捕捉しました』
海上指揮。
『犬島、追撃許可。藍島から距離を取れ』
『了解』
犬島は速度を上げた。
左。
変針。
探信儀。
目標。
追う。
敵潜水艦も移動を始める。
先ほどまでほぼ停止していたらしい。
探知される前に雷撃し、離脱を図るつもりだった。
犬島はもう藍島を見ていなかった。
正確には、見ないようにしていた。
見れば、攻撃に集中できなくなる。
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七 最初の爆雷
十一時三十二分。
犬島は敵潜水艦の推定進路上を横切った。
爆雷投下。
第一回。
六発。
数秒後。
海面が連続して盛り上がる。
探信反応。
残る。
犬島。
『まだおります』
再接近。
第二回。
八発。
海中。
爆発。
再び。
反応。
弱くなる。
藍島。
遠く。
応急排水。
続けながら。
無線。
聞く。
『犬島さん』
返事。
ない。
『犬島さん、無理せんでください』
犬島。
短く。
«『大丈夫です』»
その声は、普段の犬島と違っていた。
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八 撃沈
十一時三十五分。
第三回攻撃。
犬島は潜水艦の予測位置へさらに爆雷を投下した。
直後。
海面。
大量の気泡。
浮上。
黒い油。
木片。
内部部品と思われる破片。
そして探信反応が完全に消えた。
随伴していた駆逐艦から報告。
『目標、沈没と判断』
海上指揮。
『了解。犬島、攻撃終了。周辺警戒へ移れ』
犬島。
聞いている。
はず。
だった。
しかし。
犬島は旋回した。
再び。
同じ海域。
向く。
海上指揮。
『犬島?』
返答。
ない。
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九 もう沈んでいる
犬島は再度、爆雷投下位置へ向かった。
探信儀。
反応。
なし。
敵潜水艦。
もう動いていない。
海面には油。
気泡。
破片。
撃沈の兆候。
十分。
出ている。
それでも犬島。
第四回。
爆雷。
投下。
四発。
海上指揮。
『犬島、攻撃終了だ』
犬島。
さらに旋回。
藍島。
無線。
聞いている。
『犬島さん』
返事。
ない。
第五回。
四発。
水柱。
上がる。
犬島の顔は怒っているというより、何かに必死に耐えているようだった。
海上指揮。
今度は強く。
«『犬島! 攻撃を止めろ!』»
犬島。
ようやく。
返答。
『……まだいるかもしれません』
『探信反応なし。撃沈判定済みだ』
『でも』
犬島。
藍島。
方向。
一瞬。
見る。
大きく傾いた。
妹の艦。
見える。
そして。
また。
海面。
見る。
«『藍島さんを撃ったので』»
海上指揮。
少し。
沈黙。
『犬島。分かってる。でももう終わっている』
犬島。
動かない。
藍島。
無線。
入る。
『犬島さん』
犬島。
『……はい』
藍島。
痛みを堪えながら、できるだけ普通の声で言った。
«『もうええです。うち、まだおります』»
犬島。
何も。
言えない。
藍島。
もう一度。
«『帰りましょう、お姉ちゃん』»
その一言で。
犬島はようやく爆雷投下位置から艦首を外した。
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十 攻撃記録
後の戦闘記録では、敵潜水艦は第三回爆雷攻撃によって撃沈された可能性が極めて高いとされた。
犬島がその後に行った第四回・第五回攻撃は、撃沈後の海域に対するものだった。
総投下数。
第三回まで二十二発。
撃沈判定後。
さらに八発。
合計三十発。
犬島自身も、後で記録を見て長く黙った。
「……八発も追加しとったんですね」
調査担当官。
「はい」
犬島。
「覚えとりますけど、数までは」
「当時かなり動揺していましたね」
犬島。
何も言わない。
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十一 藍島を迎えに行く
攻撃を終えた犬島は藍島へ向かった。
藍島。
右軸だけ。
微速。
応急排水。
継続。
犬島。
近づく。
ただし。
接触しない。
約二百メートル。
距離。
保つ。
『藍島さん』
『はい』
『大丈夫です?』
藍島。
少し笑う。
『さっきからそればっかりですね』
『大丈夫なんです?』
『大破です』
犬島。
言葉に詰まる。
藍島。
続ける。
『でも浮いとります』
犬島。
すぐ。
«『浮いとるイコール大丈夫は禁止です』»
藍島。
『犬島さんが言います?』
犬島。
そこで初めて。
ほんの少しだけ笑った。
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十二 進水記念日
帰投。
途中。
藍島。
ふと。
思い出す。
『犬島さん』
『はい』
『今日、8月13日ですよね』
犬島。
止まる。
『……はい』
『うちの進水記念日』
犬島。
『はい』
藍島。
少し。
困ったように。
«『大破しましたね』»
犬島。
何も。
言えない。
藍島。
『初めてちゃんと決めてもらった日なのに』
犬島。
低い声。
«『すみません』»
藍島。
すぐ。
『何で犬島さんが謝るんです?』
『守れんかったので』
藍島。
少し。
強い。
声。
«『守りました』»
犬島。
『でも大破しました』
『沈んでません』
『それは――』
『犬島さん』
藍島。
«『うち、来年も8月13日ありますよ』»
犬島。
しばらく。
返事。
できない。
やがて。
«『……はい』»
藍島。
『なら、今日はそれでええです』
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十三 帰投
午後四時五十八分。
呉鎮守府。
藍島。
曳船。
支援。
第二岸壁。
帰る。
犬島。
第一岸壁。
先。
接岸。
しかし。
犬島本人。
第一岸壁。
残らない。
すぐ。
第二岸壁。
向かう。
そこ。
犬飼藍人。
いる。
海上任務。
中。
指揮。
できない。
だから。
ずっと。
報告。
待っていた。
藍島。
接岸。
艦体。
左側。
ひどく。
壊れている。
犬飼。
表情。
変わる。
藍島本人。
降りる。
犬島。
先。
駆け寄る。
「藍島さん」
藍島。
「犬島さん」
犬島。
藍島。
全身。
見る。
「ほんまに大丈夫です?」
藍島。
「検査まだです」
犬飼。
横。
«「藍島、それが正解」»
藍島。
「担当官さん」
犬飼。
「おかえり」
藍島。
「ただいまです」
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十四 犬飼が犬島を見る
その後。
犬飼。
犬島。
見る。
少し。
長い。
犬島。
気づく。
「……何です?」
犬飼。
「爆雷」
犬島。
視線。
落とす。
「聞いたんですね」
「聞いた」
犬島。
黙る。
犬飼。
怒鳴らない。
ただ。
静か。
言う。
「撃沈判定の後も八発落としたって?」
犬島。
「はい」
「何で」
犬島。
しばらく。
答えない。
それでも。
最後。
«「藍島さんが大破しとるのを見たら、止められませんでした」»
藍島。
横。
犬島。
見る。
犬飼。
ため息。
「気持ちは分かる」
犬島。
顔。
上げる。
犬飼。
続ける。
«「でも、戦闘中は止まれと言われたら止まれ」»
犬島。
「はい」
「お前まで事故起こしたら藍島がどう思う」
犬島。
藍島。
見る。
藍島。
即答。
「嫌です」
犬飼。
「だろ」
犬島。
小さく。
「……はい」
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十五 藍島から
犬飼。
医務室。
向かう。
よう。
指示。
藍島。
歩く。
犬島。
一緒。
その途中。
藍島。
「犬島さん」
「何です?」
「怒っとったんです?」
犬島。
少し。
考える。
「怒っとったと思います」
「潜水艦に?」
「はい」
「かなり?」
犬島。
答えない。
それだけ。
答え。
だった。
藍島。
犬島。
袖。
軽く。
つまむ。
「もう大丈夫です」
犬島。
「大破です」
「直ります」
犬島。
目。
少し。
伏せる。
藍島。
«「犬島さんが壊れた時、うちもたぶん怒ります」»
犬島。
「爆雷三十発はやめてください」
藍島。
少し笑う。
「分かりました」
---
十六 正式評価
戦闘調査。
結果。
藍島への魚雷命中。
回避行動。
適切。
探知。
困難。
藍島。
過失なし。
犬島。
敵潜水艦。
発見。
追撃。
第三回までの爆雷攻撃。
適切。
撃沈。
確認。
その後。
第四回・第五回。
八発。
戦術上不要。
ただし。
戦闘直後。
敵艦撃沈確認。
確定まで。
短時間。
だった。
重大処分。
なし。
犬島。
口頭。
厳重注意。
内容。
«「撃沈確認後は指揮命令に従い攻撃を終了すること」»
犬島。
素直。
受ける。
「はい」
そして。
自分。
言う。
「次は止まります」
調査官。
「お願いします」
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十七 藍島の損傷
詳細検査。
左舷中央後部。
魚雷破口。
約七・二メートル。
周辺外板。
広範囲。
変形。
フレーム。
十二本。
交換。
左軸。
完全。
使用不能。
左機関。
基礎。
一部。
変形。
配管支持。
十九か所。
損傷。
第三・第四区画。
浸水。
中央十二糎砲。
砲座。
変形。
使用不能。
後部マスト。
配線。
複数。
断線。
艦体。
破断。
なし。
機関室主要区画。
保持。
修理可能。
修理見込み。
五十三日。
藍島。
その数字。
見る。
「長いですね」
犬島。
横。
「待ちます」
藍島。
「犬島さんが?」
「はい」
「五十三日?」
「はい」
藍島。
少し笑う。
「じゃあ早く直してもらいます」
---
十八 公式SNS
当日夜。
まず。
藍島。
投稿。
«【本日の敵潜水艦攻撃について】
今日、任務中に敵潜水艦から魚雷攻撃を受けました。
魚雷1本が左舷中央後部に命中しています。
うちは大破です。
浸水は止まっています。
修理可能です。
修理見込みは53日です。
犬島さんに損傷はありません。
攻撃してきた敵潜水艦は犬島さんが撃沈しました。
今日は8月13日で、うちの進水記念日として登録されている日です。
本当の進水日は分からないので、第813号艦から取って決めてもらった日です。
進水記念日に大破しました。
あまり嬉しくない偶然です。
でも来年も8月13日はあります。
なので、直してもらいます。»
---
十九 犬島公式SNS
その約二十分後。
犬島。
投稿。
«【藍島さんへの雷撃について】
本日、藍島さんが敵潜水艦の魚雷を受けて大破しました。
藍島さんに操艦上の過失はありません。
現在は呉へ帰投しており、修理に入っています。
攻撃した敵潜水艦については犬島が探知し、爆雷攻撃で撃沈しました。
その後、撃沈判定が出たあとも犬島は追加で爆雷8発を投下しています。
追加攻撃については戦術上不要だったとの判定を受け、攻撃終了命令への対応が遅れたとして注意を受けました。
その通りです。
藍島さんが大破したのを見て、かなり頭にきていました。
でも、指示が出たら止まらないといけません。
次から気をつけます。
藍島さんは直ります。
今日は藍島さんの進水記念日だったので、本当は普通に帰ってお祝いしたかったです。
来年は普通にお祝いしたいです。»
---
二十 ネット上の反応
最初。
藍島。
大破。
情報。
広がる。
«「藍島大破!?」»
«「8月13日なのに……」»
«「進水記念日に魚雷直撃はきつすぎる」»
«「修理可能って書いてある。まずそこ安心した」»
«「53日か……かなり大きいな」»
そして。
犬島。
投稿。
公開。
空気。
少し。
変わる。
«「犬島、潜水艦撃沈したのか」»
«「待って、撃沈後も8発?」»
«「犬島がそこまでやるの珍しい」»
«「普段の犬島から想像つかない」»
---
二十一 「藍島さんを撃ったので」
戦闘通信の一部。
後日。
公開可能範囲。
文字起こし。
出る。
海上指揮。
«『犬島、攻撃を止めろ』»
犬島。
«『まだいるかもしれません』»
«『探信反応なし。撃沈判定済みだ』»
犬島。
«『でも、藍島さんを撃ったので』»
ネット。
静か。
なる。
«「犬島、本気で怒ってる」»
«「この犬島初めて見た」»
«「いつも原因調査終わるまで誰も責めない犬島が、敵の攻撃だけは別なんだな」»
ただ。
同時。
«「でも止まれと言われたら止まらないと危ない」»
«「犬飼さんの注意が正しい」»
«「犬島自身も認めてるから、それ以上責める話ではないと思う」»
---
二十二 藍島の一言
さらに。
通信。
«『犬島さん』»
«『……はい』»
«『もうええです。うち、まだおります』»
«『帰りましょう、お姉ちゃん』»
ネット。
ここ。
最も。
反応。
大きい。
«「藍島が犬島止めたのか」»
«「これ言われなかったらもう一周してたんじゃ」»
«「大破した妹が姉を止めてる」»
«「『うち、まだおります』が強い」»
犬島。
後日。
返信。
«あれを言われて、やっと藍島さんの方をちゃんと見られました。»
---
二十三 進水記念日との重なり
そして。
やはり。
話題。
なる。
«8月13日。»
第813号艦。
だから。
決められた。
日。
本当。
進水した。
日。
ではない。
でも。
藍島。
自分。
日。
受け入れていた。
朝。
投稿。
«「普通に任務へ行って、普通に帰ってくる予定です」»
夕方。
大破。
ネット。
«「朝の投稿見るとつらい」»
«「来年は何も起きない8月13日にしてほしい」»
«「進水記念日が事故記念日になるのは嫌だな」»
藍島。
この。
反応。
見る。
追加。
投稿。
«8月13日は事故の日ではなく、うちの進水記念日のままでええです。
今年大破しただけです。
来年は普通に過ごします。»
犬島。
即。
返信。
«来年は一緒に白桃食べましょう。»
藍島。
«はい。»
---
二十四 犬飼担当官の反応
犬飼。
公式。
投稿。
«【広報担当・犬飼藍人】
藍島は帰投済みで、修理可能です。
犬島も無事です。
海上戦闘中の指揮は私ではなく艦隊指揮系統が担当します。
今回、犬島は敵潜水艦撃沈後も攻撃を続け、攻撃終了命令への対応が遅れました。
犬島本人とも話しました。
藍島が大破したことで強く動揺していたことは理解しています。
ただ、だからこそ命令が出たら止まる必要があります。
犬島自身も理解しています。
なお、藍島については現在かなり犬島を心配しています。
犬島については現在かなり藍島を心配しています。
二人とも、まず自分の状態を確認してください。
また同じことを言っています。»
ネット。
«「最後でいつもの担当官に戻った」»
«「藍島大破してるのに犬島心配してるのか」»
«「犬島無傷なのに藍島心配しすぎ」»
犬飼。
追加。
«犬島は身体的には無傷ですが、今日は休ませます。»
---
二十五 犬島が藍島のドックにいる
修理。
開始。
翌日。
犬島。
藍島。
ドック。
見に来る。
藍島。
艦体。
左側。
大きく。
開かれている。
犬島。
無言。
見る。
藍島。
本人。
横。
「犬島さん」
「はい」
「そんな顔せんでください」
犬島。
「どんな顔です?」
「昨日からずっと、うちの方が心配になる顔です」
犬島。
少し困ったように笑う。
「大破した人に心配されとる」
「はい」
犬島。
藍島。
見る。
「ほんまに帰ってきてくれて良かったです」
藍島。
«「犬飼さんみたいなこと言いますね」»
犬島。
「担当官さんなら何て言います?」
ちょうど。
後ろ。
本人。
来る。
犬飼。
«「まず自分の心配をしろ」»
二人。
同時。
振り返る。
「担当官さん」
犬飼。
「聞こえてた」
---
二十六 犬飼と犬島
犬飼。
犬島。
横。
立つ。
しばらく。
修理中。
藍島。
艦。
見る。
「犬島」
「はい」
「昨日のこと、まだ引っかかってる?」
「爆雷です?」
「それも」
犬島。
少し考えた。
「藍島さんが撃たれたところもです」
犬飼。
「そうだろうな」
犬島。
「魚雷が当たった時、返事なかったんです」
「うん」
「数秒だけですけど」
犬島。
視線。
落とす。
「また返事が来んかったらどうしようと思いました」
藍島。
横から。
「来ました」
犬島。
見る。
藍島。
「ちゃんと返事しました」
犬島。
「はい」
犬飼。
二人。
見る。
«「だから次は、返事が来たらちゃんと戻ってこい」»
犬島。
少しだけ笑った。
「はい」
---
二十七 ネットで最も支持された投稿
数日後。
ある一般ユーザーの投稿が大きく広がった。
«「犬島が撃沈後まで爆雷を落としたことは正しかったとは思わない。本人も注意を受けて認めている。
でも、なぜ普段あれだけ冷静な犬島が止まれなくなったのかは分かる気がする。
藍島が魚雷を受けて、数秒返事がなくて、やっと返事が来たと思ったら大破していた。
その直後に攻撃した潜水艦を捕まえた。
犬島に必要なのは『よくやった』だけでも『やりすぎだ』だけでもなく、次はちゃんと止まって藍島のところへ戻れることだと思う。」»
犬島。
いいね。
藍島。
いいね。
犬飼。
いいね。
---
二十八 五十三日後
八月十三日から。
五十三日。
藍島。
修理。
完了。
左舷。
新しい。
外板。
左軸。
正常。
中央十二糎砲。
再調整。
浸水。
なし。
第二岸壁。
帰る。
犬島。
第一岸壁。
待つ。
犬飼。
その間。
いる。
藍島。
接岸。
犬島。
岸壁。
近く。
来る。
「藍島さん」
「はい」
犬島。
«「おかえり」»
藍島。
笑う。
«「ただいまです、お姉ちゃん」»
犬島。
今度。
自然。
「はい」
犬飼。
後ろ。
「修理完了?」
藍島。
「左右軸正常、浸水なし、兵装も正常です」
「よし」
犬島。
「うちも異常なしです」
犬飼。
「聞く前に言えるようになったな」
犬島。
「学習しました」
---
終章 次の八月十三日
それから。
一年。
次。
八月十三日。
朝。
藍島。
公式SNS。
投稿。
«今日は8月13日です。
第813号艦なので、うちの進水記念日になっています。
去年は魚雷を受けて大破しました。
今年は第一岸壁の犬島さんと一緒に呉におります。
任務はありません。
今日は白桃を食べます。»
犬島。
引用。
«今年は爆雷も使いません。»
藍島。
«それが一番です。»
犬飼。
«本当にそれでお願いします。»
そして。
その年の八月十三日。
事故。
なし。
敵。
なし。
魚雷。
なし。
爆雷。
なし。
犬島。
藍島。
犬飼。
三人。
食堂。
白桃。
食べる。
藍島。
一口。
食べて。
「美味しいです」
犬島。
それを見て。
笑う。
「今年は普通ですね」
犬飼。
「進水記念日は普通でいいんだよ」
藍島。
「はい」
犬島。
藍島。
見る。
去年。
大破した。
妹。
今。
隣。
普通。
座っている。
それだけで。
十分。
だった。
八月十三日は、藍島が大破した日ではなく。
やはり。
藍島の進水記念日だった。